一般財団法人 環境イノベーション情報機構

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H教授の環境行政時評環境庁(当時)の職員から大学教授へと華麗な転身を果たしたH教授が、環境にかかわる内外のタイムリーなできごとを環境行政マンとして過ごしてきた経験に即して解説します。

No.069

Issued: 2008.10.02

第69講 激動の9月

目次
キョージュ、国政の混乱を憂う
食品不祥事 ―事故米転売、メラミン入り食品
米国破産への第一歩か ─リーマン破綻と公的資金投入
脱ダムの流れ本格化 ―川辺川、淀川水系
地方分権は温暖化対策に有効か ─産業公害と地球環境問題
ポスト京都へ ─国内排出量取引制度開始前夜、政府のポスト京都案
リユースとリサイクル
サンゴ礁の危機
トキ放鳥 ―幸の鳥と鬨の声
環境行政学会員の奮闘

Aさんセンセ、いやになるほど今月(9月)はいろんなことがありましたね。

H教授そうだなあ。突然の福田サンの辞任【1】。それに引き続いてミニマムアクセス米の事故米転用問題が発覚し、今もその波紋は広がるばかりだ。で、ついに農水省では大臣も次官も更迭されてしまった。
年金記録の改竄問題、つまり「消えた年金」事件も同じ頃発覚し、国民にショックを与えたし、同じ厚生労働省案件では、スタートしたばかりの後期高齢者医療制度自体を見直すと大臣そのものが言い出している【2】

Aさん海外に目を向ければ、中国では粉ミルクのメラミン汚染が発覚したかと思ったら、それがたちまち日本にも上陸、今も上へ下への大騒ぎになっています。

H教授一方じゃ、米国ではサブプライム問題に端を発し、AIGが経営破綻し救済したかと思ったら、リーマンブラザーズが破産、そのあとワシントンミューチアル銀行も破綻で、金融不安が広がるばかり。金融全般への破産連鎖を押さえ込もうと、なんと75兆円もの公的資金の投入が議論されている非常事態で、“金融9・11”などと言われている。そして日本も巻き込んだ国際的な金融再編成が行われようとしている。

Aさんそんな中、政治は空白状態で、自民党総裁選で5人の候補者が揃って全国行脚。体のいい選挙活動ですよね。それで、ようやく麻生サンが首相に就任しました。
<改革>の象徴であるコイズミさんが突然の政界引退、というサプライズまでありました。
その麻生内閣ですが、発足直後に中山成彬国土交通大臣がとんでもない失言を3連発、その上さらに暴言を重ねた挙句、今日(9/28)、辞任に追い込まれ、苦しい船出を強いられています。

H教授この人の暴言癖は以前から知られていたんだから、こういう人を大臣にした麻生サンの任命責任が問われて当然だろうな。

Aさんそんな中で例の橋下サンだけが、「失言・暴言」を評価しています。

H教授暴言・妄言ということでいえば、2人とも確信犯というか、癖というか、ほとんどビョーキだからな。
今まで挙げた話題だけでも、語りだしたらそれだけで、この時評は終わってしまいそうだな。

Aさんま、寸評だけでもしておきましょうよ。


キョージュ、国政の混乱を憂う

H教授じゃ、まずポスト福田サンだな。5人の候補者が立って、財政出動派だ、財政再建派だ、上げ潮派だとか言われていたが、皆目先のことしか言わない。20年、30年先の日本をどうするというビジョンらしいものが、どの候補者からも聞かれなかったのが情けない。
もっともそれは民主党も同じで、根拠のないバラ色の夢をふりまくだけ。
ボクの予測じゃ、総選挙で自民党大敗、自民党は政権の座を降りるが、民主党政権も結局は国民の信頼を得られず、政界再編成で、二大政党制はどっかへ行っちゃうんじゃないかなどとすら思っちゃうね。

Aさんセンセ、もう少し具体的に。

H教授言い出したらきりがないけど、例えば福田サンは環境革命なんてことを言い出し、「福田ビジョン」を公表した【3】。そして2050年CO2の60〜80%削減を究極の目標とした「低炭素社会づくり行動計画」を閣議決定【4】し、今秋の税制改革には環境シフトを明言したりして、それなりに熱心そうだったけど、ソーリをやめるといった途端に、そういうことはぴたっと言わなくなった。
イギリスのブレアさんが、首相を辞めたあとも、いくつかの案件だけはライフワークとばかりに熱心に取り組んでいるのと大違いだ。
後任は麻生サンになったけど、麻生サンの口からは、景気回復ばっかりで、環境の「カ」の字も聞こえてこない。補正予算を通してからかどうかわからないが、早期の解散総選挙で超短命内閣になりそうな気がする。だから税制改革も吹っ飛んじゃうんじゃないかな。道路特別会計の一般会計化【5】だって見せ掛けだけのものに終わってしまいそうな気がするな。

Aさんうーん、お先真っ暗ですね。で、コイズミさんの引退劇はどうですか。

H教授コイズミさんが小池サン支持を打ち出したけど、まったく反響はなかった。それが引退へつながったのかもしれない。負の遺産だけが目立つコイズミ改革の完全なる終焉だな。


食品不祥事 ―事故米転売、メラミン入り食品

Aさんいつまでもこの話はなんですから、次にいきましょう。
事故米の転売事件というのはヒドイですねえ。三笠フーズなんて滅茶苦茶じゃないですか。金儲けさえできれば、国民の健康なんてどうでもいいってわけでしょう。

H教授だけど、農水省もどうかしているぜ。事故米を工業用糊製造に転用するというんだけど、そんなものをなんで食品業者に売れるような仕組みになっているんだ。第一、糊のメーカーじゃ米の澱粉なんか使ってないなんて話だってある。
まあ、あえて農水省のために弁解すれば、ミニマムアクセス米の輸入義務だとか、事故米を売らなきゃいけないような枠組を作ったのは行政じゃなくて政治。政治が決めた枠組の中で、行政が一生懸命やろうとすれば、ああなっちゃうのも仕方がないという面もあるだろう。それは社会保険庁の年金記録改竄問題にしてもそうじゃないかな。
だいたいミニマムアクセス米自体、需要がほとんどないというんだけど、だったら全量、ODAとして現物支給すりゃあいいじゃないか。

Aさんそして、中国の粉ミルク事件。メラミンが増量剤として混入されていて、何万という乳幼児に腎臓結石ができ、死者まで出ています。対岸の火事だと思っていたら、実は日本の食品メーカーの中国工場で、メラミン入り粉ミルクを使用した加工食品がつくられ、日本に輸入されていたんですね。水際で輸入をストップできなかったんですか。

H教授もともと日本ではメラミンを食用にすること自体想定していなかったから、検査もしなかったらしい。

Aさんこちらは厚生労働省ですね。やはり消費者庁が必要だわ。これを決めたのは福田サンの功績じゃないですか。


H教授でも食品に関してはちゃんと食品安全委員会という独立機関があって、形式上はかなりの権限を持っているんだ【6】。にもかかわらず…。
だから、組織をつくったからって改善されるとは限らない。
食品安全委員会のホームページをみると、毎週一回定例の委員会が開かれているんだけど、事故米転用事件やメラミン入り食品事件が発覚したあとも緊急の委員会が開かれた様子もなく、定例の委員会ですら取り上げていないようだ。ホームページには厚生労働省や農水省からの公式情報がアップされているだけ。実に情けないねえ。

Aさんところで事故米転用やメラミン入り食品の健康影響はどうなんですか。

H教授事故米はメタミドホス入りのものとアフラトキシン入りのもの、それに正体不明のカビ入りのものがあるらしい。
メタミドホスの方は、基準を超したものが見つかっている。ただ、基準そのものが「一生食べ続けても大丈夫」という基準だから、直ちに健康影響が出るということはないと思う。
アフラトキシンは発がん性が強いもので、リスクは摂取量に応じてだから、ごくわずかだろうけど発ガンリスクは増える。
カビの方は正体不明だからわからない。
健康影響を過度に心配する必要はないとは思うけど、だからといって農水省は免責されるわけではないし、とんでもないことに変わりはない。
メラミンの方は、まだよくわからないが、加工乳製品だから粉ミルクを毎日飲んだ中国の乳幼児に較べれば、摂取量はごくわずかだろうから、健康影響が出るほどのものじゃないと信じたいね。


米国破産への第一歩か ─リーマン破綻と公的資金投入

Aさんガラッと話は変わりますが、米国のリーマンブラザーズの破綻などの連鎖倒産は、まさに“金融9・11”みたいな状況ですけど、日本に影響はないんですか。

H教授ないわけはないし、ひょっとしたら甚大な影響があるかもしれないが、ボクは株とか証券とかにはまったく縁がないし、経済オンチなのでさっぱりわからない。ただ、間違いなくドルは暴落し、基軸通貨としての信用は落ちるんじゃないかな。
経済政策ではブッシュさんと同じ市場原理主義だったはずのマケインさんもここへきて、宗旨替えしたかの如くの発言をしているし、大統領選も一時接戦と言われていたが、この事件のあと、オバマさんにぐいと水をあけられたようだ。
ボクが予言した通り、ブッシュさんは史上最低最悪の大統領として、その名を世界史に残しそうだね。


脱ダムの流れ本格化 ―川辺川、淀川水系

Aさんさ、ぼちぼち環境ネタに行きましょう。川辺川ダムについては、本時評でも取り上げたことがありますけど【7】、熊本県知事が反対の意見書を提出しました。

H教授うん、おまけに福田サンまでが、知事が反対するようなら難しいだろうというような発言をしている。多分、これで「勝負あった」じゃないかな。地方分権がやっと機能し出したと言える案件だな。

Aさん地元自治体としては環境云々よりも、地元負担に耐えられなくなったんじゃないですか。

H教授はは、うがったことを言うけど、それもあるだろうねえ。
それにしても、これまで、いったんはじまった公共事業について、自治体が国土交通省に正面切って反対意見書を出したことはない。これが前例となって、いろんなところで同じような脱ダムの動きが起こるだろう。

Aさんふふ、まずは淀川水系4ダムですね【8】


H教授うん、すでに淀川水系流域委員会は、大戸川など3つのダムについては効果が限定的で緊急性が低く「不適当」とし、残りの1ダムについては規模・運用方法が示されておらず、事業の「見直し」を求める最終意見書を昨日(9/27)決定した。
これについては、滋賀、京都、大阪3府県知事が共同の意見書を出すそうだ。すでに京都府は大戸川ダムについて反対だと言っているし、滋賀県も同じだ。大阪府だけが態度を表明していないが、橋下サンはポピュリストで世間の風向きをみるのに長けているから、それに同調するだろう。4ダムすべてノーでないにせよ、相当厳しい意見書が出ることは間違いない。
国土交通省はトップ不在の混乱した中で、進退窮まるところに追い込まれると思うよ。


地方分権は温暖化対策に有効か ─産業公害と地球環境問題

Aさんそういう意味では、地方分権が事実上進行しつつあるといっていいですね。
日本の公害行政は地方自治体がリードしたと、よくセンセイがおっしゃってましたね。地方分権が進めば、温暖化対策も一気に進むんじゃないですか。

H教授残念ながらそうはいかないだろう。なぜなら、地域の産業公害と、地球規模の環境問題とはまったく性質が異なるからだ。
どう違うのか、考えてみよう。地域の産業公害の特徴は?

Aさん加害者と被害者がはっきりしていて、因果関係もはっきりしていることですね。

H教授うん、加害者は工場だし、被害者は地域住民。しかも公害被害は、目でみえ、肌で感じられるから、ふつふつと怒りも込み上げてくる。そうした地域住民と一番身近に向き合うのは自治体だから、国がアテにならないとすれば、条例だとか、協定だとか、自分たちでやれることを極限までやり、最後は国を包囲して現在のような公害行政を強制した。
じゃ、地球環境問題、例えば温暖化問題をみてみよう。加害者は?

Aさん…工場もだけど、ワタシたち自身もですね。


H教授因果関係は?

AさんIPCCは人為が原因というのが、ほぼ確かと言っています。

H教授第4次報告書でやっとそれだ。まだまだわからないところも多く、不確定要素も大きい。専門の学会では、さすがに温暖化懐疑論というのは姿を消したが、巷には温暖化など起きていないだとか、起きているけどそれは自然現象だとか、温暖化は悪いことばかりじゃないだとか、温暖化はどうあがいても止まりようがないから、やるだけムダだといった有象無象の温暖化対策懐疑論者【9】が掃いて捨てるほどいる。

Aさん彼らの本がベストセラーになったりしているんですよね。

H教授というのも、温暖化の場合、被害者は未来の世代だったり、途上国や他の生物。住民は自分たちが被害を実感しているわけではないから、地域の産業公害のときのように、感覚的な怒りが込み上げてきて、直接行動に結びつくということがない。
しかも自分たちのライフスタイルも原因だと言う。だったら、そういう懐疑論者の言うことが、ホントだったらいいなあと思うじゃないか。最近の温暖化対策懐疑論本の著者たちは、そういう層を顧客にして、売名とカネ稼ぎをしているんじゃないかと思い込みたくなるぐらいだよ。
ま、これ以上言うとカッカくるばかりだから、この辺りにしておこう。
で、温暖化への解決策は?


Aさんどこまで効果が上がるかは疑問だし、どこまでやれるかも疑問ですけど、省エネとか、自然エネルギーへの回帰だとか、エネルギー消費の抑制ですね。

H教授つまり自分たちの快適な暮らしを犠牲にしたり、余分な負担をしなくちゃあいけないということだ。
世論調査では温暖化対策は必要だと言いつつ、実際に自分の生活にかかわってくるということになれば、及び腰になってしまうし、ボクだって例外じゃない。
そうした地域住民の本音を真っ向から受けるのが自治体。だとしたら地方分権が進めば進むほど、マットウな温暖化対策をやれる自治体は少なくなっても不思議ではない。

Aさんだから、東京都などごく一部の自治体以外は、普及啓発のようなことばかりで、温暖化のための規制だとか、経済的な誘導策などの低炭素社会づくりのためのシステム改変ができないんですね。

H教授もちろん環境部局はやりたいだろうけど、2050年70%カットなどをスローガンとして掲げる先進自治体であっても、他の部局などの抵抗にあって、結局は普及啓発活動や庁舎の節電などの「率先行動」程度に終わってしまうことが多いんだ。

Aさんそんなことを言うと救いがなさすぎるじゃないですか。


H教授事実だから仕方がない。まあ、東京の場合は例外で、以前に石原サンの特異なパーソナリティを挙げたことがあったけど、院生のSクンが都にヒアリングに行ったところ、どうもそうじゃなかったようだ。
彼の話によると、環境部局は以前から地道で強力な個別指導を関係者の納得づくで展開してきたようだ。そういう積み上げがあったから、今度の規制導入に際しても、都庁内他部局や市区からの真っ向からの反対などなかったそうだ。
東京都の場合、“規制をすることによって工場が都外に出てくれるなら、むしろ歓迎、商業ビルやオフィスビルなんかも、東京に進出したいところがいっぱいあって、規制をかけたからって都心が空きビルだらけになる心配もない”──なんていう首都の特殊性が背景にあるんじゃないかとボクなんかは勘ぐってるけどね。

Aさんつまり例外はあっても、地方分権の進展により、CO2の排出削減を誘導するシステムが自動的に導入されることは期待しにくいということですか。

H教授多分ね。自然エネルギーに恵まれた地域など、結果的にCO2の排出削減をすることが地域のメリットになるようなところは別にしてね。

Aさんということは国際圧力に押されて、政府がリードせざるを得ない状況が続くということですね。

H教授当面はね。だが、前講でも言ったように、ロングタームで考えれば、エネルギーの自給化とか、エネルギー消費の抑制をせざるを得ない状況に追い込まれるときがくるだろうし、そのときは、がらっと変わるだろう。
そうなったときに、地域は自分のアタマで生き残りを考えざるを得ない。そのときに備えて今から地方分権しておくことは重要なことだ。
どういう低炭素社会を具体的に地域で構築するかをあらかじめ考え、今から先取りして実施に努める英明な首長や、首長に提言できる優秀な役人が必要だと思うよ。
そして、現在は少数者であっても、そういうことを自覚し活動する市民リーダーができるだけ多くいて、時代を先取りする地域社会を、彼らとともに作り出せればいいんだけどね。


ポスト京都へ ─国内排出量取引制度開始前夜、政府のポスト京都案

Aさんま、センセイのそういうご荒説は、さて置いて、具体的な政策の話をしましょう。
政治は混乱、というか空白状態が当分続きそうですが、国内排出量取引制度【10】がいよいよ来月から試行されることになったそうじゃないですか。いろいろ批判もあるそうですが。

H教授うん、新制度においてはキャップは国から強制的に割り当てるんじゃなくて、参加企業が自主的に決めるということにしたのと、各企業が未達成の場合でもペナルティを科さないというのが特徴だ。

Aさんだったらなんのために企業が参加するんですか。それにそんなんじゃあ効果だって期待できないでしょう。排出量取引はトータルとしてのCO2削減にもっとも合理的だというので導入するんでしょう。

H教授そりゃあそうだし、批判派の言うことはもっともだと思うんだけど、日本は「和をもって尊し」とする国だ。
産業界だって今となっては、巷に氾濫する温暖化対策懐疑論に与するような愚かな真似はせず、できるだけの排出抑制を図るとして、経団連の主導で業界ごとに定量的な削減目標を定めている。

Aさん「自主行動計画」ですね。


H教授うん、産業界は国内排出量取引制度に反対していたが、福田サンが国内排出量取引制度の試行的導入を明言してからは方針転換した。つまり個別企業ごとのキャップではなくて、自主行動計画の業界別の目標値をキャップにし、業界単位で導入するよう主張した。
政府側は業界単位での排出取引量制度だけは拒否し、個別企業を単位としたんだが、その代わり、キャップについては企業ごとの自主目標で行くとした。つまり業界ごとの目標はすでに「自主行動計画」で決まっているから、企業ごとのキャップの割り当ては自分たちでやってくれというわけだ。
だとすれば、参加するインセンティブはないけれど、参加を拒む企業もないだろうと考え、とりあえずは制度をスタートさせることだけに主眼を置いたんだと思うよ。

Aさんでも、そんなんでうまく行くのかしら。2020とか2030とか2050とかを考えたら、そんなのではどうしようもないでしょう。

H教授スタートさえさせれば、あとは時間をかけて国際標準に持っていけばいいと環境省は考えているんだろう。ただ、福田サンの突然の退陣で、逆風が吹き出した。
経団連は、この制度はあくまで試行であって、本格導入を前提としたものでないと再び強く主張し出したし、主要企業こぞって参加してくれという環境大臣の要請にも言を左右にしていたそうだ。


Aさん新聞では、産業界は環境税についても既存エネルギー税の組み換えなら容認という記事が出ていましたが、斉藤鉄夫環境大臣との対談のときには否定していましたし、今年の税制改正でも環境税の本格的な導入は見送られる可能性が高そうですねえ。

H教授ただねえ、米国が大統領交代でガラッと変わるのはほぼ確実。それを先取りするように、米国では9月25日に東部10州排出量取引の第一回排出枠のオークションが行われ、制度がスタートした。
だから経団連もいつまでもそんな時代錯誤の主張は続けられないと思うな。
それと、今回の試行では、ボクが以前から主張していた、国内CDM制度【11】も導入されることになった。これはやりようによっては、結構効果は大きいと思うんだけどねえ。

Aさんところで、政府のポスト京都案がまとまったという記事が出ていましたね。

H教授まだ公式発表もないほやほやのニュースだね。
京都議定書では先進国と途上国と大きく2つに分けられていたが、この案では途上国を「主要途上国」と「その他の途上国」に分けている。具体的には書いてなかったが、主要途上国には中国、インド、ブラジル等の例のMEMメンバー【12】を想定しているんじゃないかな。
そして主要途上国には総量目標は課さないものの、主要セクター別と国全体についての効率指標のような定量的な目標を課すというものだ。そして、基準年については、「最新年を含む複数年」とすると言っているらしいが、この記事だけではよくわからない。


Aさん日本の総量目標については何も言ってないんですね。

H教授それはまさにカードそのものだから、まだ出してないし、出せるようなものは何一つまとまっていない。

Aさん国際社会の反響がどうかですね。多分、途上国からは反発が出るでしょうね。
他にも温暖化対策関連の動きとして何かありますか。

H教授バイオマス促進法が10月に施行される。この法律に基づく、バイオマス関連事業や、それへの税制上の優遇措置などの支援策も11月から動きそうな気配だ。
今、原油価格は沈静化してきたが、いずれまた徐々に上がり始めるだろうから、政治の空白は空白として、着実にバイオマス利用を増やさなきゃいけないと思うな。
でも肝心の農水省がああ不祥事続きじゃあ、国民の信頼も得られないというのが問題だな。


リユースとリサイクル

Aさんさあ、ぼちぼち次の話題に行きましょうか。
家電リサイクル法では、テレビ、エアコン、冷蔵庫、洗濯機の使用済み廃家電について、逆ルートでの回収義務を課していますよね。
その際、処理費・運搬費は、販売店での引き取り時の消費者負担になっていますが、リユースできるものまでリサイクルに回すのが問題だとか、あるいはメーカーまでの運送を請け負った業者などが、リサイクルに回さずにこっそりリユースして儲けているなんて指摘が以前からありました【13】

H教授うん、北朝鮮に横流しして摘発されたことがあったね。そうそう、あの国の偉大なる首領、金正日サマの動静が不明だそうだ。重病説やら死亡説まで流れている。案外、この時評がアップされる頃には何食わぬ顔して出てくるかもしれないけど。

Aさんもう、話の腰を折らないでください。
このほど環境省と経産省の方で、この問題に対するガイドラインを定めたという記事が出ていました。
何でもガイドラインは2つあって、一つは製造後7年以内のものは原則としてリユースラインに乗せるとしているそうです。もう一つは、テレビとエアコンは製造後15年以上、冷蔵庫と洗濯機は製造後10年以上のものは、家電リサイクル法のルートに乗せてリサイクルするということのようです。で、その間のものは販売店が個別に判断することになるんだそうです。
リサイクルよりリユースだと言っておきながら、現実はリサイクルばっかり強調しているとセンセイはよく批判してましたが、ようやく政府もリユースにも目を向け出したようですね。


H教授正確に言うと、パブコメを経て、中央環境審議会と産業構造審議会のそれぞれの小委員会の合同委員会の「小売業者による特定家庭用機器のリユース・リサイクル仕分け基準作成のためのガイドラインに関する報告書」がまとまったということだ【14】
もちろん一歩前進には違いないし、この報告書はホームページでも公表されているけど、さあっと読んだだけじゃあよくわからないところがあった。

Aさんえ? どういう点ですか。

H教授これは販売店がリユースとリサイクルの品を仕分けする際のガイドラインとなっている。東京じゃあ、消費者から持ち込まれた廃家電を、リユース品とリサイクル品に分けて引き取っている販売店があるのかもしれないけど、ボクらの町じゃあ、リユース品と明言して引き取る販売店なんて聞いたことがない。
また、そうしたリユース品を引き取っている販売店の場合、販売店が買い取っているのか、無償なのか、逆にオカネをとっているのか、その実態がわからない。買い取っているとすると古物商の免許が要ると思うんだけど、その辺りの実態もよくわからない。
このガイドラインでは、そこをどうしようとしているのかも、ボクにはわからなかった。

Aさんセンセイが不勉強なだけでしょう。

H教授そりゃあそうかもしれないけど、たいていの人はわからないと思うよ。
それと、リサイクル品の定義は家電リサイクル法で規定すればいいと思うんだけど、ガイドラインはあくまでガイドラインで、強制力がない。家電リサイクル法の改正に結びつくものかどうかもわからない。
それと、ここでいうリユース品はただ単に製造期間7年以内と言うことじゃあなく、きちんと今でも動くもののようだ。故障しているけど、修理すれば使える物は入ってないようだし、また製品でなく部品リユースについてもガイドラインの範疇外。この辺りをどう考えているのかわからない。


サンゴ礁の危機

Aさんなあるほど、新聞記事を読んで感心していたけど、実際にはいろんな問題点があるんですねえ。
あとは自然系の話をしましょうか。
サンゴ礁白化が深刻で【15】、日本最大のサンゴ礁海域である沖縄の石西礁湖では、国立環境研究所と朝日新聞の合同調査によると、この5年間に7割が失われていたことがわかったそうです。

H教授水温上昇が原因だね。もちろん水温の変化自体はエルニーニョ、ラニーニャという自然循環の一部なんだけど、温暖化がその水温の底上げをしているのだろう。IPCCでもサンゴ礁の将来については、極めて悲観的な予測をしている。
少なくとも人為的な水温の押し上げ部分については、減らすように最大限の努力を傾注すべきだと思う。
同様の問題としては、ホッキョクグマの絶滅でも手をこまねいて座視できないと思うけど、温暖化対策に冷淡な生物学者って一体なんなんだろうね。

Aさんふふ、養老センセイや池田センセイのことですね。


H教授ま、それはともかくとして、今年は国際サンゴ礁年だし、生物多様性保全法もできた【16】。福田サンも、「国内のサンゴ礁の埋立を一切行わない!」ぐらいの閣議決定をしてから、辞めりゃあよかったのにと思うよ。そしてそれを担保するために、国内のサンゴ礁水域は、すべて自然公園法海中公園地区または自然環境保全地域海中特別地区にするくらいのことが、トップダウンでやれなかったのかなあ。


トキ放鳥 ―幸の鳥と鬨の声

Aさんでも明るい話題もあります。豊岡のコウノトリ【17】に続いて、佐渡で朱鷺(トキ)が放鳥されました。

H教授学名がニッポニア・ニッポンで、まさに日本を象徴する鳥だけど、乱獲や農薬、自然改変で激減したトキ。当時の環境庁はついに全頭捕獲、人工飼育に踏み切ったけど、トキすでに遅く、5年前に最後の一羽が死に、ついに日本産のトキは全滅した。
その後中国のトキを使って、人工繁殖で育てられた雛が育ち、つい数日前に10羽が放鳥された。無事自然の中で繁殖してほしいねえ。

Aさんコウノトリはどうなんですか。

H教授順調みたいだよ。先日は淡路島まで飛んでいったことが確認されたし、わが町でも確認されている。でもそれは有機農業の導入など、市民・農民の協力があったからこそなんだ。豊岡はコウノトリで町起こしを図っている。佐渡でもそうなれば、いよいよ自然再生への“トキの声”が鳴り響くことになるんだけどねえ。

Aさんはあ、オジンギャグか…(白ける)。


環境行政学会員の奮闘

H教授ところで環境行政学会って知ってるよな【18】

Aさん環境庁・環境省OB大学人の飲み会でしょう。確かセンセイがその飲み会の幹事だったんですよね。

H教授し、失敬な。キミがよくカンニング用に使っていたEICネットの環境用語集だけど、あれだって環境行政学会有志の労作なんだぞ。

Aさんえ、センセイも書いているんですか。

H教授皆で分担している。ボクの分担分は学生、院生に書いてもらったのを、ボクが監修している。

Aさんなんだか心配になってきたなあ。

H教授何を言っているんだ。優秀な学生、院生を指名して書かせているんだ。だからこそ、キミは指名されなかったんじゃないか(溜飲を下げる)。


Aさん言わなきゃよかった…。で、その環境行政学会とやらがどうしたんですか。

H教授うん、今年になって、相次いで学会メンバーが本を出したので、それを紹介しておこう。
6月に、ボクと同じマジメな学究肌で(Aさん、吹き出す)、事務官OBの京大の一方井サンが『低炭素時代の日本の選択―環境経済政策と企業経営』(岩波書店、2400円+税)を出された。
抽象論、観念論じゃなく、欧州諸国などの先進的な企業の経営戦略や環境経済政策と、それに対比する形で日本の動向を緻密に調査し、日本を厳しく批判。安定的で持続可能な社会を作り上げるため、現在の社会経済システムの改変がぜひとも必要だと警鐘を鳴らしている。
専門書だけど、ややこしい数式はなく、学生や一般市民にも読めるよう工夫している。
ま、キミにはちょっと難しいかもしれないけど。

Aさんつまり、センセイにもちょっと難しかったんだ(溜飲を下げ返す)。

H教授な、なに言っているんだ。ボクが直感で感じてここで放言していることを、専門書にすればこういうふうになるんだなと思ったぞ。

Aさんはいはい、他にもあるんですか。

H教授今月になって、法政大の藤倉サンと慶應大のマナミさんの共著で『文系のための環境科学入門』(有斐閣、2100円+税)が出た。

Aさん何ですか、「マナミさん」なんて、馴れ馴れしい。


H教授あ、2人はオシドリ夫婦なんだ。だからダンナは姓、ヨメさんは名で区別している。どちらも環境庁技官OB。つまり職場結婚して、今は2人ともわが環境行政学会員。
マナミさんは以前、関西の財団法人地球環境センター(GEC)にいたことがあって、その頃一緒にキューバへ行ったことがある【19】。帰りに乗り換えのため、メキシコ空港に降り立ったときに、ちょうど例の「9・11」が起きて、メキシコで3〜4日足止めされたという思い出がある。それにしても、すっごい才媛だよ。
一方、ダンナの方とも、合同で学生を引き連れて、北九州エコタウンに行き、飲み明かしたことがある。ベランメエ口調だけど、学位もあるちゃんとした理系の研究者。

Aさんセンセイと大違いですね。

H教授う、うるさい。ダンナの前作『環境問題の杞憂』はベストセラーになった。入試問題にも使われたそうだし、ウチの学部の推薦入学者の入学時提出読書感想文の課題図書にも挙げられていた。
随分、印税を稼いだんだろうなあと思うと少しうらやましいが、武田センセイのようなトンデモ環境本がベストセラーになる中で、マトモな中身の本が売れたのは素直にうれしい。
ヨメさんとの共著で出したこの本も力作だよ。ブルーバックスの『数式を使わない物理』といった類の環境版のような本で、環境問題の科学的な本質と対策を、ややこしい化学式や数式などをできるだけ使わずに書いているが、ポイントをきちんと押さえていてわかりやすい。
ボクは実は土壌汚染だとか、騒音・悪臭のようないわゆる特殊公害なんかは、環境庁在職中は関わったことがなく、講義でもほとんどスルーしてきたので、勉強になった。


Aさんだったら、センセイも書かなきゃあ。

H教授何を言ってるんだ。年末か年明けには、ボクの第2作『Hキョージュの鉱物冗報通信―四人組・誤認組編―』が出るぞ【20】
今挙げた2つの本と較べると、ページ数は3分の1程度で薄っぺらいし、部数はたぶん百分の一か、千分の一だろうが、その代わり値段は少し安くなりそうだ。どうだ、すごいだろう、エヘン。

Aさんまたオタク本かあ…(ガックリ)。



注釈

【1】福田前首相の辞任
内閣総辞職に当たっての内閣総理大臣談話【平成20年9月24日】
【2】消えた年金問題と、後期高齢者医療制度の見直し
年金記録問題について(日本年金機構)
長寿医療制度について(厚生労働省)
閣議後記者会見概要(H20.09.26(金)10:27〜11:09 省内会見場)
大臣厚生労働記者会挨拶及び共同会見(H20.09.25(木)13:25〜13:57 省内会見場)
【3】福田ビジョン
第66講「福田ビジョンの可能性と限界」
【4】低炭素社会づくり行動計画と、その閣議決定
第68講「「低炭素社会づくり行動計画」閣議決定」
低炭素社会づくり行動計画について(平成20年7月29日 閣議決定)
第21回地球温暖化対策推進本部の開催結果と低炭素社会づくり行動計画の閣議決定について(環境省)
【5】道路特別会計の一般会計化
第64講「道路特定財源の一般財源化で変わること変わらないこと」
【6】食品安全委員会
第55講「食品不祥事と食品安全委員会」
【7】川辺側ダム
第5講「川辺川ダム高裁判決」
【8】淀川水系4ダム
第68講「淀川水系4ダムと地方自治体」
淀川水系流域委員会
【9】温暖化対策懐疑論者
第50講「温暖化を疑い、反温暖化対策論を疑う」
【10】国内排出量取引制度にまつわる話
第62講「国内排出量取引制度の検討開始へ」
【11】国内CDM制度 ─キョージュの“拡大排出権取引”構想
第51講「低炭素社会に向けて ──拡大排出権取引」
【12】MEMメンバー
第67講「洞爺湖サミットを振り返る」
【13】使用済み廃家電の問題
第14講「廃家電横流しは悪か?」
【14】リユースに対する政府の姿勢
小売業者による特定家庭用機器のリユース・リサイクル仕分け基準作成のためのガイドラインに関する報告書
【15】サンゴの白化現象
第54講「ツボカビ、ホワイトシンドローム」
【16】生物多様性保全法
第65講「生物多様性基本法成立」
第64講「生物多様性基本法の動き」
【17】豊岡のコウノトリの野生放鳥
第33講「羽ばたけ、幸の鳥」
【18】環境行政学会
第9講「プロローグ」
【19】キューバ紀行の思い出話
第52講「キューバ研修と環境研修のあり方をめぐって」
【20】キョージュの処女作『Hキョージュの鉱物冗報通信』
第60講「遠慮がちのPR」
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(平成20年9月28日執筆、同年9月末編集了)

註:本講の見解は環境省およびEICの見解とはまったく関係ありません。また、本講で用いた情報は朝日新聞と「エネルギーと環境」(週刊)に多くを負っています。

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