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H教授の環境行政時評環境庁(当時)の職員から大学教授へと華麗な転身を果たしたH教授が、環境にかかわる内外のタイムリーなできごとを環境行政マンとして過ごしてきた経験に即して解説します。

No.054

Issued: 2007.07.05

第54講 猛暑を前に激動の環境行政あれこれ

目次
消えた年金記録
温泉の爆発事故
国立公園ヌーベルバーグ
ツボカビ、ホワイトシンドローム
IWC年次総会顛末
東京大気汚染訴訟
都が拡大排出権取引にチャレンジ?
「21世紀環境立国戦略」再説

消えた年金記録

Aさんセンセイ、宙に浮いた年金がなんと50,000,000件ですって。あきれちゃいますねえ。

H教授うん、おかげで、せっかくの官邸・環境省タッグの「美しい星50」だとか「21世紀環境立国戦略」も霞んじゃったものな。
ま、この話はあとでするとして、この年金の件では、民主党の議員が随分前から社会保険庁に資料を出せ出せと突いていたんだけど、なかなか出そうとせず、全貌がおぼろげに見えてくるのに半年もかかったらしい。
昔と違い、今じゃどの役所もホームページを設け、情報公開に熱心みたいだけど、一皮向けばその隠蔽体質は変わらないねえ。そしてこれがようやく明るみに出たんだけど、実は社会保険労務士の間では公然の秘密、いわば常識だったと聞いて、驚いちゃったよ。


Aさん国民が怒るのは当たり前ですね。で、ボーナス返納のパフォーマンス…。

H教授んなの、制度設計の話で、マジメに働いている職員には何の罪もないじゃないか。制度設計を最終的に承認したのは国会だ。参議院選挙向けのくだらないミエミエのパフォーマンスはやめてほしいね。そんなことしたって国庫に返納されるだけで、喜ぶのは財務省だけだ。
それ以上に現在の年金制度は人口が増大し続け、経済が成長し続けるという前提の下で設計されているんだけど、人口減少時代に入ったんだから、破綻は必至なんだ。
小手先のテクニックではどうにもならないことを知っておいた方がいい。

Aさんまた、そんな実も蓋もないことを。そうか、センセイはしっかりと年金を貰っているからそんなことをのほほんと言ってられるんだ。

H教授冗談じゃない。ボクより十年くらい上の世代までは、どんな高収入であっても年金を満額貰ってるんだけど、ボクらは一定以上の収入があれば基本的に全額カットだ。生きているうちに満額もらえるようになるかどうかも怪しいんだぜ。
(段々怒りがこみ上げてくるのを抑えて)まあこの話はここまでにしておこう。ここは環境行政時評だからな。


温泉の爆発事故

Aさんところで環境行政マターかどうかわからないですが、先日、渋谷の一等地にある日帰り温泉で天然ガスが爆発する事故がありましたね。事業者に責任があるのは当然ですが、行政の方には責任はないんですか【1】

H教授建前だけでいくと行政は法を執行する立場で、法の不備は立法の責任だということになる。ま、実際には立法も政府提案が大半だから、道義的な責任は免れないだろう。
この事故の場合、温泉掘削の際、炭化水素を主成分とする天然ガスが同時に出てきているのに、それをきちんとチェックしていなかったみたいだ。

Aさん温泉法にはそういう規制はないんですか。

H教授なかった。そもそも温泉法は「温泉を保護しその利用の適正を図る」ことを目的としている。ご丁寧なことに第二条の温泉の定義のところには「温水、鉱水及び水蒸気その他のガス」としておきながら「その他のガス」のあとに括弧して「炭化水素を主成分とする天然ガスを除く」とわざわざ明記までしてある。


Aさんどういうことですか。

H教授天然ガスは鉱業法の対象となっている。だから、天然ガスの採掘を省いたんだ。温泉掘削のとき、可燃性の天然ガスが出てくることまで立法の時点ではカウントしてなかったんだろうなあ。
厚生労働省の労働安全衛生法では爆発、火災等の防止のための規制はあるが、想定しているのは、化学工場のプラントなどだ。
関東平野の南部では「南関東ガス田」と呼ばれる天然ガスを大量に含む地層があって、掘削して湧出する温泉にはメタンなどの可燃性の天然ガスが含まれていることが多いらしい。温泉によってはそうした天然ガスをきちんと鉱業法の許可を取って、加温に使ったりしているところもあるというから、あの温泉の事業者の責任は大きいのはもちろんだけど、行政も批判されて当然だろうなあ。
自治体や国の出先機関などでも行政指導でいろいろやってるケースもあったみたいだけど、きちんとした規制がなかったのは事実のようだから。

Aさん環境大臣は温泉法の欠陥だと指摘していましたし、環境省は都道府県にあわてて指導通知を出したようですが、もっと前になんとかならなかったんですか。

H教授質学者がそういう危険性をあらかじめきちんと指摘し、それを受け止める技術官僚、つまりテクノクラートが政策立案すればよかったんだ。でも、平時にはなかなか難しいんだろうなあ。

Aさんどうしてですか。

H教授温泉法を改正して規制を導入しようとすれば、目的規定まで変えなくちゃいけない大改正になる。
仮に学会の勧告や、国際的な規制の動き、マスコミの指摘だとかがまったくない状態では、立案したところで、省内での優先順位も低いだろうし、そこを突破できても、温泉業界の反対もあるだろう。業界にとっては余計な費用がかかるわけだから、政治家や各省に反対陳情をするだろうし、結果、各省協議でもみくちゃにされて潰される危険は極めて高い。
以前も言ったことがあるけど【2】、落としどころも見えないならば、普通の役人なら引いてしまうし、仮に不安になった市民が方々に陳情しても、「うちの権限ではない」とたらい回しされるのがオチだったかも知れない。
未然予防と口で言うのは簡単だけど、事が起こるまでは、消極的権限争いになってしまわざるを得ないことも多いんだ。


Aさんでも地質学者ならそういう危険に気づいていたんじゃないですか。

H教授れはそうだろうけど、研究者は研究が本命なんだ。だから、一文にもならないのに役所を走り回って説得する奇特な研究者はなかなかいないだろうし、平時に学会で勧告決議をするなんてことはあまりないんじゃないかなあ。

Aさんなんだか情けないなあ。

H教授だけど、こういうことがあれば法改正もスムースに行くだろうし、温泉法だけじゃなくて、他省庁の管轄する法律だって改正するかもしれない。場合によっては「うちの縄張りだ」と積極的権限争いが始まるかも知れない。
温泉法って、ついこの間改正したばかりだけど【3】、今回の事故を受けての再改正は必至だろうな。

国立公園ヌーベルバーグ

Aさんそんなものなんですかねえ。なんか悲しいなあ。
ところで前講で国立公園の話をしましたけど【4】、あれからいくつかの話があったみたいですね。


H教授うん、一つは日光国立公園から尾瀬とその周辺地区を独立させて尾瀬国立公園にするという話だ< a herf="#NO5">【5】。
もともと尾瀬地区は植生なども他の日光国立公園とはだいぶ違っていて、この話は何年か前から進められてきたんだけど、夏のシーズンを前にようやく話がまとまったみたいだ。
もうひとつ、宮内庁管理の那須御用邸というのがある。ここは以前から大半が日光国立公園に入ってはいたみたいだけど、皇族以外は使えなかった。このほどその敷地の半分、570ヘクタールを環境省の管理に移して、広く国民に開放することにするそうだ【6】
尾瀬の話は数年前から小耳に挟んでいたけど、これはまったくの初耳。なんでも言い出しっぺは天皇陛下みたいだよ。うれしいねえ。

Aさんでも、環境省はどういうふうに管理するんですか。

H教授那須御用邸は天然林でなくて二次林が主体らしいけど、よいところらしいよ。
環境省が地主になったんだから、一種の営造物公園としての整備と管理ができる。数年かけて、自然観察路などの利用施設の整備を進めてから、国民に開放するんじゃないかな。生態系モニタリングなどの拠点にもするそうだ。
法制度上は自然公園の利用調整地区にして、エコツアーのモデル地区にでもすればいいんじゃないかと思うけどな【7】

Aさん利用調整地区?

H教授2002年に自然公園法の改正でできた制度なんだけど、利用者数を制限したりして利用の適正化を図ることができる地区だ。
公園の計画には保護計画と利用計画、内容的には施設の整備と規制がある。これらが組み合わさって、保護の規制計画、保護の施設計画、利用の施設計画と利用の規制計画の4つがあることになるんだけど、従来は公園計画というと、もっぱら保護の規制計画と利用の施設計画だけだった。最近は、植生復元事業など保護施設計画もかなり見られるようになってきたが、利用の規制計画はわずかにマイカー規制が取り上げられるくらいで公園計画上はほとんど無視されているような状態だったんだ。利用調整地区制度ができて、利用の規制計画の中身ができたといえるんじゃないかな。保護規制計画上の特別地域に設定し得る地区だ。
この利用調整地区をエコツアーのモデル地区にして、質の高い利用を図れというのがボクの以前からの主張なんだけど【8】、実際には土地所有者との調整が難しく、やっと先日、吉野熊野国立公園の大台ケ原の一部で指定されたのみで【9】、まだほとんど指定がされていない。
エコツー推進法【10】も今国会では成立したみたいだし、この那須御用邸敷地と尾瀬地区を全域利用調整地区にすることで、日本の国立公園史に新しい1ページを開いてほしいねえ。

 利用面保護面
規制計画 利用規制計画 保護規制計画
施設計画 利用施設計画 保護施設計画
  • 植生復元事業など

Aさんえ? 尾瀬国立公園も利用調整地区に、ですか。

H教授うん、尾瀬の方は大台ケ原と同じ雄大な原生的自然。那須の方は良好な二次林で、性格は違うけど、多様性の時代だ。いろんな利用調整地区があったっていいだろう。
もともと尾瀬は東京電力の土地と国有林、それに若干の環境省所管地で構成されているんじゃなかったかな。昔は尾瀬ダム構想なんてのがあったけど、今じゃ東電だってそんなことは考えておらず、国立公園管理に協力的だ。だから、環境省が林野庁や東電に働きかけて合意が取れれば、全域を利用調整地区にすることだって可能だろう。
以前、大国立公園という考えを話したことがあるけど【11】、その第一歩につながるという考え方も成立するかもしれない。尾瀬を独立の国立公園にするからには、このくらいの目標を掲げてほしいと思うのはボクばかりじゃないと思うけどね。

Aさんその場合、入園料は取るんですか。

H教授うん、国立公園の利用調整地区では、立ち入りには環境省か指定認定機関の認定が必要だし、手数料の納付も必要になる。利用者負担という考え方からすれば当然そうなるだろう。ツアーガイド付きの入園しか認めないなら、ツアー会社からまとめて取ればいい。
尾瀬全域はちょっと難しそうだから、それに代わる簡便な方法を考え出さなきゃいけないね。
ま、いずれにせよいろんなステークホルダーの意見を広く聞いて、いい公園づくりをやってほしいと思うよ。

ツボカビ、ホワイトシンドローム

Aさんあと、自然関係では以前お話されていたツボカビ症が国内の野生のカエルからも発見されたという記事がありましたねえ【12】

H教授うん、昨年、ペットショップのカエルから発見されて危惧されていたけど、ついに野生種にも及んだ。現行法制では対応が難しいそうだけど、緊急に対応策を打つとともに、そのための法整備と予算措置も大至急進めてほしいね。たかがカエル、されどカエル。このまま放置しておけば、大変なことになりかねない。
ま、この件では国際的な問題になっているし、環境省もいろいろ検討していると思うけどね。


Aさんそれだけじゃなくて、サンゴにホワイトシンドロームという奇病が見つかったなんて記事も出ていましたね【13】

H教授以前から、サンゴは海水温の上昇など外的環境の変化が起こると、組織内に共生する藻類を追い出すか逃げ出すかしていなくなってしまうことが知られている。共生藻類は、光合成をしてサンゴに栄養分と酸素を供給しているから、長期に渡って共生藻類が戻らないとサンゴは死滅する。これが白化現象だ。
エルニーニョだけでなく、温暖化でもすでにかなりのダメージを受けているらしい。
今回報じられたホワイトシンドロームは感染症らしいんだけど、原因は不明。ただ、やはり海温上昇が関係しているようだから、温暖化対策を至急打たねばならないし、ホワイトシンドロームについても緊急に調査してほしいね。
ホッキョクグマはこのままいけば遠からず絶滅は避けられないんじゃないかと言われている。豊かな海のパラダイス、サンゴ礁だってこのままいくと赤信号。
温暖化対策は経済に悪影響を及ぼすなんて議論は、もういい加減にしてほしいよね。

Aさん本当に、行政がやるべきことは次から次と出てきますよね。でも一方じゃ、というか、総論部分では役人をもっと減らせだとか、小さな政府だとかいろいろ言われていますよね。どう考えればいいんですか。

H教授自治体のやっている環境基準の常時監視【註】でもSO2やCOに関してはもはや大半が不要だと思う。環境省や各省でも、そういう部分があるはずなので、業務内容を見直して、節減した財源を自前で機動的に使えるようにしてほしいよね。
ましてや今国会の会期を延ばして参院選も先延ばしにしたなんてのはとんでもない話だ。それだけでウン億円のカネがかかるらしいじゃないか。宙に浮いた年金だとか住民税増税だとかで、自民党の苦戦は必至なんだから、党利党略での姑息なあがきはやめて、選挙後にじっくりと百年の大計を議論してほしいね。

IWC年次総会顛末

Aさんそうそう、生物ネタといえば、IWC(国際捕鯨委員会)の第59回年次大会が米国のアンカレッジで開かれたけど、またもや日本の主張は通らず、IWC脱退も示唆したそうじゃないですか。

H教授うん。実は、反捕鯨団体の過激な調査捕鯨への妨害活動に対して加盟国は責任ある対応を取るべきだとの日本の動議は可決されたし、先住民生存のための捕鯨枠の更新・拡大は可決されたんだ。
だけど、ミンク鯨などの日本の沿岸小型鯨類捕鯨枠の設定は認められなかったし、そのための鯨類資源管理機関としてのIWCの見直しも平行線のままだ。
日本はこのままではIWC脱退もあり得るとし、2年後のIWCの年次会場としていた横浜の立候補も取り下げるとしている。
いつまで経ってもこの問題の解決の見通しはないね。IWC脱退はアイスランドのような小国ならともかく、脅しとしては使えても、実際に脱退できるかどうかは疑わしい。


Aさんセンセイは日本側の主張をどう思われますか。

H教授前にも言ったように【14】、沿岸の小型鯨類捕鯨自体の主張は正しいと思うけど、先住民生存捕鯨と同じだという主張はちょっと首を傾げるねえ。
それと正面きっては言わないにせよ、国内では鯨害獣論が結構はびこっている。そう主張する漁民の気持ちはわからないでもないけど、GDP超大国ニッポンがそういうことを言うのはマイナスだと思うなあ。

Aさん調査捕鯨という名目で、実際は捕獲したクジラの肉を市場に下ろしているのも批判を浴びる原因じゃないですか。

H教授うん、かつては1,000トン以下だったのが年々増加、昨年は5,000トンを超したものなあ。この20年間で捕獲したクジラは1万頭を越した。「形を変えた商業捕鯨」と非難されるのは、ある意味仕方がない。名を捨てて実をとるという日本流のやり方は不信感を招いているみたいだね。

Aさんで、そういう事態を受けてセンセイはどう思われるんですか。

H教授正直言ってIWCはもはや機能不全だね。
昨年の総会では「捕鯨禁止は必要ない」との宣言が採択され、単純多数決じゃ捕鯨再開派がやっと過半数になったみたいだけど、モラトリアム、つまり商業捕鯨一時停止という重要決定を引っ繰り返す4分の3には程遠い。
第一、再開派も反捕鯨派も、クジラとはそもそも縁もゆかりもない大半の加盟国相手に多数派工作しているのが実態みたいだし、科学的な議論も通用しそうにない。

Aさんだからどうすればいいんですかと聞いているんです!

H教授ボクの考えを大胆に言わせてもらえば、IWCを脱退、沿岸商業捕鯨を再開するが、捕獲量は誰が見てもミンク鯨の増加分に見合うものに限定し、乱獲を厳に戒めるとともに、すべてのデータを公表する。
一方じゃ、大型鯨類やジュゴンなどの絶滅に瀕した海棲哺乳類ウミガメは厳正に保護する。
魚網に非意図的にかかったイルカやアザラシなどの海棲哺乳類やウミガメはその保護に万全を期する。
また、日本では縄文の昔から、人間の都合で食べられてしまう動物への感謝と慰霊を行う風習があったんだけど、それを盛大に復活する。
というようなことをやればどうかなあと思うけど、他の外交問題にもどのように発展するかわからないから、断固としてIWC脱退、沿岸商業捕鯨すべきだとまでは言えないなあ。

東京大気汚染訴訟

Aさんなんだか煮え切らないなあ。
あと東京大気汚染訴訟(→49講その1)がどうやら解決の方向に向かいそうですね【15】

H教授東京都内のぜんそく患者らが96年に国や都、そして自動車メーカーを相手取って提訴。一審では国や都が敗訴し、賠償を命じられた一方で、メーカー側には責任はないとした。
国と原告は当然のごとく控訴したんだけど、昨年高裁が和解に向けて動き出した。。
これを受けて、都は医療費助成制度の創設を提案し、国やメーカーに費用負担を呼びかけた。
メーカー側も都の新制度に拠出金を出すとともに原告側に解決金を支払う意志を表明、かたくなだった国 ――環境省が矢面に立ったけど、実際には財務省の意向が相当効いていたと思う――も、5月に官邸が60億円拠出すると決断し、6月には道路環境対策の強化を提示した。
先週、高裁が正式に和解勧告。原告がこれを呑めば、一気に解決に向かいそうで、どうやら原告側も呑みそうだ。


Aさんよかったですねえ。石原サンもなかなかやるじゃないですか。センセイはお好きじゃないようですけど。

H教授ま、石原サンのヒットだということは認めるよ。環境派とは到底思えないし、およそ論理的思考とは無縁な人だと思うけど、ポピュリストなんだね。大受けすることだと思ったんだろう。
今度、あの猪瀬サンを副知事にするとか。でも目立ちたがり屋同士でうまく息が合うのかなあ。

Aさんそれに一審は「メーカー側に責任なし」となったんでしょう。よくメーカー側も呑みましたねえ。

H教授今やCSRが騒がれている時代だ。世論を敵に回したくなかったんだろう。幸い企業自体は好景気らしいからねえ。
和解案でも法的責任といわず社会的責任というコトバを使い、企業に花を持たせるとともに、額そのものは12億円と相当の高額で、原告側にとってはメーカーが事実上の法的責任を取ったと解釈できるようにした。
いかにも日本的な解決だ。


Aさんどうしてですか。

H教授さっさと判決を下せばいいのに、和解といういわば手打ちに持ち込んだ。それだっていきなり和解勧告じゃなく、和解できそうだという見通しが立ってから勧告という手法は日本型そのものじゃないか。それに勧告の中身自体も両方、いや三方一両損みたいな内容だしね。

Aさんセンセイはそれがいけないと?

H教授そんなことは一言も言ってないし、むしろいいことだと思うよ。
でもバブル崩壊後、時代の流れはそういう日本型スタイルはダメだという方向にひたすら押し流されてきた。
ボクらは、そういう時代の流れそのものを、もう一度疑わなきゃいけないと思うな。

都が拡大排出権取引にチャレンジ?

Aさんそういえば、第51講でセンセイ、拡大排出権取引だか拡大CDMだとかいう話をされたでしょう【16】。東京都がそのあとセンセイの言ったような方針を出しましたよ。なんでも大発生源に厳しいキャップをかけるそうじゃないですか【17】

H教授うん、あれには驚いた。6月1日に石原サンが「気候変動対策方針」というのをぶちあげ、その中で大規模事業場に対してCO2等総量削減の義務付けと排出量取引制度の導入を表明。これから細部を審議会で詰め、来年度にも環境確保条例改正を行うとした。
国のように国民運動なんていうお仕着せがましいことは言わず、正面から切り込んだのは立派。
まずはお手並み拝見、うまくいけば他の自治体だって追随するかもしれない。どうやら昭和30年代後半から40年代の、自治体が先行して、政府が渋々それに追随するという時代がよみがえるのかも知れない。


Aさん大阪ガスだって「エナジーバンク」という、中小企業のCO2排出削減を支援するファンドを設立するそうですし、削減したCO2に相当する排出権を大企業に販売できるようにするそうです。民間の動きも急ピッチですね【18】
まあ、センセイがおっしゃるように政府だけが、環境税にしたってずうっと先送りだし、国内排出権取引制度構築への対応が鈍いのが気になりますが、その政府だってあれよあれよという間に、「美しい星50」を組み込んだ「21世紀環境立国戦略」を閣議決定。それでもってG8ハイリゲンダム・サミットに打ってでて、サミットでは「2050年GHG半減を真剣に検討する」という声明にあの頑迷なブッシュさんまでが同意しました【19】
本当に、世界は激動しているということを実感させられました。

「21世紀環境立国戦略」再説

H教授うん、次講のときも何か新たな動きが出ているかも知れないね。いや、本講だって、アップされる頃にはどう変わっているかわからない。
でもねえ、変わらないことだってあるんだ。
例えば、閣議決定された「21世紀環境立国戦略」だ。


Aさんああ、結局のところビジョン作りであって、立国戦略とは言えないっておっしゃってましたね。でもビジョンとしてはどうなんですか。

H教授そりゃあ、低炭素社会、循環型社会、自然共生型社会ってビジョンは正しすぎるほど正しいけど、定量性に欠ける。
そして今後1〜2年で重点的に着手すべき8つの戦略というのがあるけど、そのための予算や人員のことは一言も言っていない。

Aさん8つの戦略って、「気候変動問題に向けた国際的リーダーシップ」「生物多様性の保全による自然の恵みの享受と継承」「3Rに向けた持続可能な資源循環」「公害克服の経験と智慧を活かした国際協力」「環境・エネルギー技術を中核とした経済成長」「自然の恵みを活かした活力溢れる地域づくり」「環境を感じ、考え、行動する人づくり」「環境立国を支える仕組みづくり」ですね。
どれももっともといえばもっともですが、なんとなく具体性に欠けるし、あまりにも総花的すぎるような気が…。

H教授うん、だから前講で言ったように、世界のCO2半減とはいいながら、日本では半減を目指すのか、目指さないのかわからないままだ【20】

Aさん環境税とか国内排出権取引制度の構築の話はどうですか。

H教授やはり、前講の(その1)で予想した通り、検討課題として挙げられているだけだ。 で、さっきも言ったように、目玉は国民一人一日1kgのCO2の減少を目指す国民運動を展開し、ライフスタイルや価値観の変換を目指すとしている。
そんなの、大幅な減税をする代わりに、その減税分を補うだけの大胆な環境税をかけて、省エネしたやつが得をする仕組みでも作りさえすりゃあ、おのずとライフスタイルも価値観も変わってくると思うんだけどなあ。
そして東京都が宣言したように、大発生源に厳しいキャップをかけて、国内排出権取引制度と国内CDM制度を構築すれば、数年もしないうちにガラッと変わるよ。

Aさんでも、その環境立国戦略って、もともとは中央環境審議会の答申だったわけでしょう。日本の環境知性の結晶がどうしてそういうふうになっちゃうのかしら。

H教授審議会長のコメントが面白いよ。
「社会経済システムを持続可能なものに変革していくためには、公的部門自らが変革を進めるとともに、市場を始めとする私的部門の変革のシグナルを送る必要がある。このために、様々な政策手法を組み合わせた効果的かつ効率的な環境政策を検討するとともにすべての公的部門の政策に環境配慮が織り込まれる手法について早急に検討され、実施に移すことを期待したい」
だそうだ。


Aさんでも立国戦略って、ビジョンだけじゃなく、そのビジョンを実現させるような「様々な政策手法を組み合わせた効果的かつ効率的な環境政策」と「すべての公的部門の政策に環境配慮が織り込まれる手法」を具体的に提言するものじゃないのかしら。

H教授うん、だからそうならなかった口惜しさのようなものが滲み出ていると感じたなあ。
前にも言ったように、中央環境審議会に26名の特別部会を設置し、委員の意見をもとに事務局が案をとりまとめたものだと思うけど、委員が26名もいるとどうしても総花的なものになってしまう。
おまけに審議会メンバーには各省推薦枠があって、各省から環境省が暴走しないようお目付け役のような委員も入ってくる。各省が盛り込みたいことを代弁するとともに、盛り込んでほしくないことには徹底抗戦したんだと思うよ。

Aさんえ、審議会メンバーってそうなんですか。そんなこと、どこに書いてあるんですか。

H教授マル秘の覚書のようなものがあるんじゃないかなあ。
ただ逆に言うと、だからこそ審議会の答申が実効性を持ってくるんだともいえる。各省協議を事実上先行してやってるようなものだからな。でなければ答申の数日後に閣議決定なんてありえないもの。

Aさんじゃ、日本が大きく変わることなんかあり得ないじゃないですか。

H教授政治のリーダーシップだろう。安倍サンがコイズミさんの郵政民営化のときのように、断固として主張すれば少しは変わったかもしれない。ま、ボクは郵政民営化が正しいことだとは思わないけどな。
ただ、現に自治体じゃ、首長のリーダーシップで変わることが結構あるからな。東京都は石原サンがリーダーシップを取ったかどうかは知らないけど、「国の鼻を明かし、皆がびっくりするような思い切った政策立案をしろ」くらいはハッパをかけたんだろう。

Aさんへえ。でもセンセイ、今日は石原サンの評価が高いじゃないですか。

H教授好き嫌いと評価は別だ。それに今だって、同じ石原なら、石原慎太郎よりも石原莞爾の方を百倍も評価している。

Aさんうそばっかり。センセイ、本当に好きなのは石原さとみでしょう。ワタシ、知ってますよ、元サユリストが実は隠れサトミストだって。ほんと、センセイってロリコンなんだから!

H教授…。


注釈

【1】渋谷区の温泉施設における天然ガス爆発事故と、その後の対策について
【2】役人生態学 ──消極的権限争い
【3】温泉法の改正
【4】前講の国立公園の話
【5】尾瀬国立公園の独立
【6】那須御用邸の一部移管・国民への公開
【7】エコツアーのモデル地区
【8】利用調整地区をエコツーリズムのモデル地区へ ──キョージュの持論
【9】大台ヶ原の「西大台利用調整地区」
【10】エコツー推進法
【11】キョージュの大国立公園構想
【12】ツボカビ症
【13】ホワイトシンドロームの脅威
【14】捕鯨に関する日本の主張とキョージュの見解
【15】東京大気汚染訴訟
【16】拡大排出権取引(拡大CDM)と、都の気候変動対策方針
【17】東京都の拡大CDM政策
【18】「エナジーバンク」の設立
【19】「美しい星50」と「21世紀環境立国戦略」
【20】国内排出権取引制度構築への危惧
【註】環境基準の常時監視は
環境基準の常時監視は、すでに自治体の法定受託事務として税源移譲されているとのご指摘をいただきました。訂正させていただきます。

(平成19年6月28日執筆 同月末編集了)
※本講の見解は環境省及びEICネットの見解とはまったく関係ありません。