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H教授の環境行政時評環境庁(当時)の職員から大学教授へと華麗な転身を果たしたH教授が、環境にかかわる内外のタイムリーなできごとを環境行政マンとして過ごしてきた経験に即して解説します。

No.068

Issued: 2008.09.04

第68講 夏の夜の夢 ―― キョージュの2030年論

目次
レンジャー100人の意識と意見
北京オリンピックの光と影
ゲリラ豪雨、親水公園を襲う
淀川水系4ダムと地方自治体
素人知事の<暴論>考
改造福田内閣スタート
「低炭素社会づくり行動計画」閣議決定
真夏の夜の夢―キョージュの2030年論
第9幕「パリ協定の特徴・意義及び今後の対応」

H教授いよいよ8月も終わりだなあ。お盆明けから朝夕は急に涼しくなった。ところでキミ、しばらく姿を見せなかったが、どこに行ってたんだ。

Aさんうふっ、内緒です(上機嫌で思い出し笑い)。

H教授またオトコか、つくづく懲りないやつだなあ。

Aさん放っておいてください。夏は恋の季節なんです。

H教授ふうん、「ピンキーとキラーズ」か

Aさんまた訳のわからない呪文を言ってるわ。
そんなことよりセンセイは何をしていたんですか。


レンジャー100人の意識と意見

H教授第49講で取り上げたレンジャーへのアンケート調査【1】を、「レンジャー100人の意識と意見」という形でまとめた。

Aさんそれって、一昨年の卒論でKサン、そして去年の卒論でそれを引き継いだHクンがまとめたものをレビューしてリライトしたんですか。

H教授うん、ただボクは改めてそのアンケート原文を読んでみて、自由記述欄にびっしりと書いてあった100人を超すレンジャーの生の声を電子ファイルに整理しておこうと思ったんだ。そこには夢や希望、抱負が書かれている。そしてそれ以上に叫びがあり、苦悩がある。さらには地方事務所と現地保護官の意識のズレ、そして世代間や採用種別間の微妙な葛藤などの生々しい書き込みがある。これを三択や四択の統計解析に押し込めることは適当でないと思ったんだ。

Aさんでもそうすると個人が特定されるんじゃないですか。

H教授だからできるだけ原文を尊重しつつも、個人が特定されそうな部分は削除や趣旨を変えない程度に改変した。一方、その書き込みのバックグラウンドも明らかにしておく必要があるから、採用種別や、ベテランか中堅か若手か、地方事務所勤務か現地保護官かなどある程度のグルーピングもした。


Aさんそれは論文にして何かに発表するんですか。

H教授いや、しないというかできない。一部の関係者にのみ配布して、希望するレンジャーにも届けることにした。だから研究業績にもカウントされないし、経費は全部持ち出しになったんだけど、このことでレンジャーへの刺激になり、かつレンジャー間の活発な交流と議論のきっかけになればいいと思ったんだ。ま、レンジャーOBとしての最後のご奉公というところかな。

Aさん余計なお世話だと思われるだけかも知れませんよ。

H教授はは、それも覚悟の上さ。


北京オリンピックの光と影

Aさんところでセンセイ、この夏は何といっても北京オリンピックでしたよねえ。
終盤になって、陸上の400mリレーで悲願のメダル! 朝原サン、とてもうれしそうだったわ。2冠の北島クンといい、銀メダルをとったフェンシングの太田クンといい、本当によかったですねえ。

H教授うん、日本はまずまず善戦したんじゃないかな。女子ソフトは金だったし、バドミントンではオグシオの影に隠れて目立たなかったスエマエが世界ランク1位の中国ペアを破る大番狂わせ、その後に敗れたとはいえ、気持ちのいいプレイを見せてくれた。女子バレーの栗原もよかった。それに卓球では平野早矢香の求道者のような面持ちがよかったねえ。マラソンの野口みずきの欠場は残念だったけど。

Aさんセンセイ、なんだか女子ばっかりじゃないですか。もう。

H教授え? キミだって挙げたのは男子ばっかりだったぞ。

Aさんあ、そうでしたかねえ(照れ笑い)。
で、オリンピック全体を通しての感想はどうだったんたんですか。第20講のようなショービズムがどうこうなんて言うのはなしにして【2】

H教授え? そうか…。「たかがスポーツ、されどスポーツ」というのは何度でも言いたかったんだけどなあ。
本来、開催時期を真夏からずらすべきだというボクの意見は変わらないけど、それはそれで、もちろん楽しめたよ。柔道は不振だったけど、それは柔道がそれだけ国際化したということで、悲しむべきものじゃない。スモウだって横綱が外国人というのが当たり前なんだからな。
北京では懸念されてたテロもなかったし、ちょっと中国の応援に品がないというのがあったが、どうせ中国語はわからないから、大して気にならなかった。

Aさん大気汚染が懸念されていた割には世界新もいっぱい出ましたね。ボルト選手の陸上100mなんて信じられないくらい。


H教授まあ、中国政府も交通規制や工場の操業制限など、それなりに気を遣っていたし、それに64年の東京オリンピックのときの方がもっと汚染されていたからなあ。
もともとオリンピックに出るようなアスリートは頑健そのものだから、少々の汚染はどうってことないのかも知れないな。
ただねえ、一方じゃ中国ではこの5月に四川省大地震で8万人も犠牲者を出し、今も“塗炭の苦しみ”に喘いでいる。そんなときにスポーツの祭典で浮かれていていいのかなという気がちらっとしなかったわけでもない。
もちろん、だからこそ夢を与え、国の一体感を高めるためにやったんだという言い方もできるけどね。
ただ、オリンピック開催の前提となり、中国も約束していたはずの民主化については、結局デモの許可を出さなかったりと、おざなりに終わったね。

Aさんオリンピックは平和の祭典だというのに、その前夜からグルジアとロシアとの間で突如戦争が起き、今も不穏なままというのはいただけませんね。

H教授うん、民族自決の原則はもちろん正しいんだけど、実際にはコソボでもそうだったように、大陸では民族というのは入れ子のようになっていてそう単純ではない。
グルジアでは少数派のオセット人が抑圧され、グルジアは反ロ、親米だから、その抑圧されているオセット人は親ロとなる。グルジアの中でも、そのオセット人が多数派の南オセチアはロシアの圧力で自治州として半独立のような状態で、今もグルジアからの完全独立とロシアへの併合を主張している。
グルジアは絶対に独立を認めようとはしないから、グルジア政府と自治州政府との紛争が絶えず、南オセチアには平和維持軍と称してロシア軍が駐屯している。
そもそもは米国の支援をアテにして南オセチアに侵攻したグルジアに非があるのは明白だ。おまけにオリンピックの前夜というタイミングもあんまりだろう。ただ、ロシア側の“大ロシア主義”みたいなものも露骨に感じられ、そうしたロシアの挑発に乗ったという見方も可能だ。
つまり、どっちもどっちと言うしかない。しかもその背後には、米国・ロシア・EU諸国の、パイプラインなどエネルギー確保の思惑が見え隠れする。
オリンピックではスポーツマンシップを通して人間の偉大さ、人間への信頼みたいなものを感じることができたけれど、同時に起きたこの戦争では人間の愚かさ、醜さのようなものを感じざるを得なかったねえ。


Aさん一方じゃ、例のギョーザ事件【3】と同じようなギョーザの中毒事件が、中国でも7月はじめに起きていたことが発覚。オリンピックを控えた中国政府は、日本側に捜査終了まで公表を伏せるよう依頼したそうで、日本側も了解していたわけです。それを“政府による隠蔽”だとして、読売新聞がすっぱ抜きました。

H教授しかも向こうの捜査責任者が飛び降り自殺したなんて不可解な事件も起きている。どうやらギョーザへの農薬混入は中国で起きたとみるのが真相のようだ。
ただ、中国政府から日本にそういう通報があったこと自体は評価できる。
もうオリンピックも終了したんだ。一日も早く、捜査結果の全容を日中政府は発表してほしいね。


ゲリラ豪雨、親水公園を襲う

Aさんさて、先月末からしばしば“ゲリラ豪雨”があって、神戸の都賀川の親水公園では水遊びをしていた小学生ら4人が突然の増水で不幸にも亡くなってしまう事故が起きました。亡くなった小学生のご冥福をお祈りしたいですね。
ところで、こういうゲリラ豪雨の回数が年々増えているそうですね。

H教授年々というわけじゃあないけど、5年単位ぐらいの平均値で見てみると明らかに増加しているし、そのときの雨量も増加傾向にあるようだ。ボクは気象のことはよくわからないけど、こういうゲリラ豪雨の頻発にはヒートアイランド現象温暖化が関与していることは十分考えられるそうだ。

Aさんこの事故で「よい子は川で遊ばない」みたいな風潮が戻ってくるのはイヤですね。
やはり警報システムのようなものが必要なんでしょうか。


H教授すべての川にそんなことをするのは不可能だろう。上流で雨が降れば、突然の増水もあるということを周知徹底したうえで、あとは自己責任でリスク管理するしかないよ。
そもそも、都市的利用を優先するがあまり、都市河川は狭い川幅──あえて言えば垂直護岸で固めた排水路にしてしまったのが元凶と言える。おまけに、町全体をコンクリートジャングルにして、雨水が浸透できなくしてしまった。
迂遠なようだけど、ヒートアイランド現象の緩和と、雨水浸透・地下水涵養のために都市緑地を増やすこと、道路などの舗装は補修時に若干のコストがかかっても透水性舗装に切り替えること、さらには雨水利用を積極的に推進していくことだろう。
もちろん、親水性の維持確保は今後とも続けていくべきだ。


淀川水系4ダムと地方自治体

Aさん洪水といえば、淀川水系4ダムについて【4】、大阪、京都、滋賀の三知事が国土交通省に連名で意見を提出する方針を決めたそうです。いつになるか、どんな意見になるかは、まだわからないそうですけど。

H教授いいことだね。4ダムのうち滋賀県の大戸川ダムについては、すでにダムではなく堤防などによって洪水防止を図るという滋賀県独自の代替案がまとめられているそうだ。橋下さんだって、予算カットにしゃかりきなんだから、負担金にノーというしかないだろう。
これで三知事が真っ向から反対意見を述べれば、国土交通省も強行突破はできないと思うな。
ことここに至れば、役人でなく、政治家の決断が必要なんじゃないかな。前任の国土交通大臣は役人のいうがままだったらしいけどね。


素人知事の<暴論>考

Aさんその橋下さんですが、関西三空港に関連して、伊丹は廃港も検討すべきだなどと述べて、“暴論”だとか“素人の発想だ”などと総スカンをくってますね。

H教授暴論と言うけど、現実性があるかどうかは別にして、正論だと思うよ。関西の空港問題については前にも言ったけど、正論が次々と敗れていった歴史なんだ【5】
ま、個人的には伊丹空港の方が関空よりはるかに便利だから残してほしいけどね。

Aさんへえ、橋下サン嫌いのセンセイが珍しく橋下擁護なんですね。

H教授好き嫌いと政策評価は別だ。ついでにいえば老朽化した府庁の立替問題をめぐって、遊休化しているWTCコスモタワーを府が市から買いとってそこを府庁にすればいいとか、府と市が一体化すべきだとかいう橋下サンの発想自体はボクも評価しているんだ。
ただそうなった場合、府庁までやたらに遠くなるから検討会などで呼ばれたときに行くのが大変になるから、個人的には迷惑なんだけどね。

Aさんセンセイ、そんな心配不要ですよ。何年も先の話でしょう。センセイ、とっくに定年になってヨボヨボ。府の検討会に呼ばれることもないですから。


H教授キミもえげつないこと平気で言うよなあ。

Aさん違うんですか。

H教授そりゃそうかもしれないが、惻隠(ソクイン)の情ってものがあるだろう。

Aさんワタシはショクインじゃありません、院生です。

H教授(小さく)日本語もろくに知らない院生か…。


改造福田内閣スタート

Aさんセンセイ、ところで先月末に内閣改造がありましたね。

H教授うん。福田さんもこれでやっと自前の内閣を持てたということだ。新自由主義を標榜するコイズミ改革と縁切りができたと言っていいだろう。ただ、今度は旧来のバラマキ型政治屋からの圧力が強くなるんじゃないかな。

Aさんもうすでに兆円オーダーの補正予算の話が出てるみたいですね。

H教授例えば燃料高で採算割れしている漁業者に、ただ単に燃料費の増加分を補填するだけってのはいただけないねえ。そりゃあ、緊急措置としてやむをえないかも知れないけど、同時に燃料高が今後続いても、やっていけるような抜本的な方策を考えるのが政治だろうと思うけどね。
いずれにせよ、もはやバラマキ路線に戻ることができないことは福田サンも十分承知だと思う。そこをどううまく舵取りできるか、まずはお手並み拝見だね。

Aさん今度の環境大臣はいかがですか。


H教授斉藤(鉄夫)サンだね。個人的にはまったく知らないが、公明党で、珍しく理系のバックグラウンドを持った人だそうから、期待したいね。
温暖化対策の中期目標として、日本としては最低でも対90年比で25%カットだと抱負を述べ、経産省に挑戦状を叩きつけていた。その言やよしだ。それになんといっても公明党ってのは連立政権の生殺与奪の権を持っているんだ。がんばってほしいねえ。
また、文部科学大臣に就任した鈴木サンは昔からの環境族で、小中学校の教科に「環境」というのを作りたいと言っている。環境教育推進法立法のときにも頑としてカリキュラムへの干渉を拒否した頑迷な文部官僚相手【6】にどこまで頑張れるか見てみよう。


「低炭素社会づくり行動計画」閣議決定

Aさんいよいよ9月には国会が始まりますし、税制改正や21年度予算でどれほど福田カラーが出せるかですね。
そういえば内閣改造直前に「低炭素社会づくり行動計画」が閣議決定しましたね。

H教授うん、第66講でも紹介した福田ビジョン【7】を明文化したものだね。
2050長期目標を現状から60〜80%カット、世界全体のGHG排出量を今後10〜20年間にピークアウト──つまり減少──させる、また来年のしかるべき時期に日本の中期目標としての国別総量目標を明らかにするなどと言っている。
国内排出量取引は10月から試行的実施するそうだし、本年度秋の税制改正では環境税の取り扱いを含め税制グリーン化を推進すると随分前向きだ。

Aさんそういえば経産省は自動車税を現在の排気量でなく、CO2排出量に応じて決めるという方針を打ち出したそうですね。


H教授うん、それだけじゃなく、「見える化」策としてのカーボンフットプリント【8】についても9月中に経産省はガイドラインを策定するそうだし、そのISOの規格化に向けても積極的に対応していくそうだ。
あと、この閣議決定で注目したいのは、「ドイツを含む諸外国の再生可能エネルギー政策を参考に大胆な導入支援策や新たな料金システム等を検討」と言っていることだ。
わざわざドイツと明示していることは、現在のRPS法のようなおざなりなものでなく、自然エネルギー固定価格買取制度の導入も視野に入れているんじゃないかな。

Aさんで、8月21日からは、ガーナで気候変動枠組条約締約国の作業部会が開かれ、日本政府は「セクター別アプローチ」【9】を正面から打ち出すとともに、国別総量目標を定めるのは先進国のみと、米国と一線を画するような提案をしたんですね。

H教授うん、この部会は今も続行中なので、それ以上の言及は控えよう。

Aさんじゃ、今日のメインディッシュはなんですか。


真夏の夜の夢―キョージュの2030年論

H教授そうだなあ。夏の夜の夢として、2030年の日本を考えてみようか。
2050年は、「美しい星50」から「環境立国戦略」、そして福田ビジョンから今度の「低炭素社会づくり行動計画」までの、共通した長期目標の年次だ。
だけど、その頃には間違いなくボクは生きていない。ボクがギリギリ生きているうちに見られる可能性のある日本社会の姿を考えて見たいんだ。

Aさんセンセイ、糖尿に高血圧にメタボでしょう。タバコをはじめ、ありとあらゆる不摂生をやっておきながら、2030年にまだ生きているつもりなんですか。ついこの間もトレッドミル検査でひっかかって、高価な心筋シンチ検査とかいうのを受けさせられたんでしょう。
絶対ムリですって。ムリ、ムリ。せいぜい5年ですよ。いや下手すれば年内だって──。

H教授そ、そこまで言わなくたって(激しく落ち込む)。

Aさんあ、冗談、冗談。センセイ、絶対長生きしますよ。100歳までだって大丈夫。だって研究もせず、学生をいたぶって楽しんでばかりなんだから、ストレスなんてこれっぽっちもないですし。

H教授キ、キッミー…(絶句)。

Aさんいけない、また言い過ぎちゃった。
でも、なぜ2030年なんですか。低炭素社会の中期目標なら2020年でもいいんじゃないですか。

H教授(気を取り直して)2020年というとあと12年後だよね。その頃だったら、まだまだ社会全体が大きく変わるということにはなってないだろうという直感だよね。
いろんな新しい動きが起きているものの、社会全体が大きく変わるには慣性のようなものがあって、まだ時間がかかる。


Aさんなんだか抽象的だなあ。

H教授少し具体的に言おうか。日本の人口が減少してきたのは知ってるよね。じゃ、世帯数はどうだ。

Aさん当然減ってるんじゃないですか。
 

H教授ところが、人口が減ってはきていても、世帯数はいまだに増えているんだ。
核家族化はまだまだ進行していて、あと10年や15年くらいは増えていきそうなんだ。その後は世帯数が減少に転じるんだけど、2030年には世帯数の減少傾向もほとんどすべての地域で明確になっている。
いつも人口ばかりが問題になるけれど、環境に関して言うと、より重要なのは世帯数なんだ。

Aさんふうん、なんだかよくわからないけど、まあ、いいわ。
で、2030年の日本はどうなっているんですか。

H教授今原油は値上がりしてるよね。ただ、今の高騰は多分に投機マネーによるもので、まだオイルピークに達しているかどうかは明確ではない。でも、2030年なら多分オイルピークを過ぎたことが誰の目にも明らかになる。
つまりこれからも原油価格はどんどん高くなっていって、ガソリンにしてもいずれはリットル300円とか400円になっているかもしれない。
それから2030年には中国もインドも先進国になっていて、膨大な量の原油を必要としているだろう。それだけじゃなく、食料も資源も大量に消費して輸出余力はなくなっている…いやそれどころか輸入大国になっているかもしれない。
われわれは今、豊かな──ある意味では飽食の──時代に生きているけど、それは海外から安価な食料を輸入できているからなんだ。安価な労働力、安価な輸送費、そういう条件が全部すっとんだら、大変なことになると思わないか。

Aさんということは、食料も海外に依存できなくなるということですか。


H教授うん、そういうことだ。
だけど逆に考えてごらん。戦後の日本の発展は、都市化と脱第一次産業化と資源・エネルギー・食料の海外依存がもたらしたものなんだ。
この話は授業で何回もしたけど、都市化ということでいえばDID人口──つまり人口集中地区というか、街に住んでいる人──は、1950年に35%、それが高度経済成長開始とともに年々上昇、2005年には66%になっている。かつては人口の3分の2が田舎に住んでいたのに、今や3分の2の人が街に住むようになった。都市がどんどんできていき、大きくなってきたということだ。
また主たる生計を何で営んでいるかというと、1955年には41%の人が農林漁業だったのに、それが急激な勢いで減少し、2005年にはわずか4%だ。
エネルギーの輸入依存度は、1955年に21%だったのが、今日では90%を超しているし、戦後の日本を支えた炭坑はほぼ姿を消して久しく、金属鉱山もほとんど壊滅だ。
同じように主食用穀物で言えば自給率は93%から60%に減っているし、カロリーベースでいえば、40%を割り込んでいる。木材の自給率なんかは95%から21%まで落ち込んでいる。
以上述べたように、都市化と脱第一次産業化そしてエネルギー・資源・食料の海外依存化が、一貫して戦後日本では進行してきたんだ。

Aさん位―それが日本の経済的繁栄をもたらしたんですね。

H教授うん、実質GDPはこの50年で11倍になった。もっともこの間、一次エネルギーの供給も7.5倍になっているから、再生不可能な枯渇性のエネルギーをじゃぶじゃぶ消費した分だけ豊かになったと言えるかもしれない。
しかし、こうした日本の成長と繁栄を支えた前提条件が崩れさっていることが、2030年には誰の目にも明らかになっているだろう。


Aさんまずはガソリンや食料がどんどん値上がりするわけですね。

H教授そう、当然のことながら、食生活のレベルは落ちる【10】し、クルマ社会を維持することも難しくなるだろう。

Aさんじゃあ、マクドのハンバーガーも吉野家の牛丼も高級料理になるわけかしら。

H教授少なくとも、今みたいな過当な値引き競争はできなくなるんじゃないかな。
食生活全般として、肉よりは魚や野菜、同じ肉でも牛よりは豚や鶏がおかずの中心になるだろう。それも国産品中心にならざるを得ない。それも結構高価になって、エンゲル係数は上昇していくだろう。

Aさんそ、そんなあ。あまりにも暗い未来じゃないですか。

H教授そうネガティブに考えるからいけないんだ。食生活が変わるということは、労せずしてメタボ対策ができるということだし、キミの場合で言えば、ダイエットなどしなくても済むということだ。それから肉食から野菜や魚介中心の食事になるということは発ガンリスクの減少にもなるだろう。
国産品中心になるということは、フードマイレージだとかバーチャルウォーターを減らすという観点からも、好ましいことだ。

Aさんセンセイ、コーヒー中毒で、牛肉の脂に目がないんでしょう。そういう生活ができなくなって我慢できるんですか。


H教授うるさい。
それからもっと肝心なことは、農産物、林産物、水産物が安価に海外から輸入できたことが、都市化や脱第一次産業化と農山漁村疲弊の最大の原因なんだけど、その原因が徐々に消滅していく。つまり、都会と田舎、農林漁業と商工業の経済格差がなくなっていくわけだ。
そうなると都市化や脱第一次産業化とは逆の流れがはじまる。人口だけじゃなく世帯数も減ってくるんだから、空き地や空家もいっぱいできて、地方回帰、農業回帰がはじまるし、庭やベランダでの自家菜園が当たり前になる。
会社だって、屋上にはソーラーパネルがびっしりとあり、週一、二回は会社所有の農園で農業するのが勤務の一部になるかもしれない。そうなると当然、給与の一部は現物支給の食材ということになる。

Aさんでも現在の自給率はカロリーベースで40%しかないんでしょう。一気に自給率100%なんて物理的にも不可能じゃないですか。

H教授高度経済成長以前は8000万人が自給できていたんだ。農業技術も向上している。
贅沢さえ言わなければ十分可能だよ。キューバではソ連崩壊後の経済危機の中で、都市内のあらゆる空地に菜園を作って耐え忍んだ。2030年には多くのゴルフ場や赤字空港、赤字のアミューズメントパークを農地に戻そうという動きが出ているかもしれないぜ。
ついでにいえば、空き地、空家がいっぱいできてくるということは、浸水危険地帯なんかを居住地域じゃなくするような誘導策もとれるようになる。莫大なカネがかかるハードな洪水対策よりも、自然に逆らわないようなソフトで安価な洪水対策だってとれるようになる。


Aさんつ、つまりGDPだとかGNPは減少時代を迎えるわけですね。

H教授いやGDPやGNPはオカネのやりとりの総量みたいなものだろう。全体的に物価が上がるから、GDPやGNPは必ずしも下がらないだろう。ただし、モノのやりとりの総量は減ると思うよ。
だからごみの総量も減るし、リユース、リサイクルは当たり前になって、3R社会が実現する。

Aさんつまり社会はどんどん昔の時代に戻っていくことになるんですか。

H教授そうはならないだろう。ITや省エネなどの技術はどんどん進んでいくんだ。クルマやエアコンは難しいかもしれないが、それ以外については、現在程度の電化製品は享受できるだろう。
ITの浸透で、在宅勤務も増えると思うよ。通勤地獄からは開放されるんだ。
海外旅行はなかなかできなくなるかもしれないが、豊かな自然の中で暮らせるようになる。


Aさんでも海外からの輸入ができなくなれば、資源も不足するでしょう。

H教授資源不足、資源不足って言うけど、もともと日本は原油とアルミ以外、大抵のものは自給できていたんだ。
4万キロに及ぶ長い海岸線は豊富な海の幸をもたらしてくれたし、国土の三分の二という先進国きっての高い森林率は山の幸ももたらしてくれた。
資源の足りない部分はリサイクルの徹底で補うんだ。人口も世帯数も減っているんなら需要そのものも減っていくだろうしね。
その頃になるとメーカーは安価なものを大量生産するんでなく、長持ちするいいものを作るようになるだろう。そして、その補修、修理や維持管理の収益の方がメインになっているかもしれない。

Aさんでもエネルギーはどうなるんですか。日本で原油なんてほとんど採れないんでしょう。

H教授自然エネルギーと石炭、天然ガスが中心になって、炭坑が復活する。もちろん、石炭や天然ガスでの発電はCCS付きだ。自然エネルギーの活用には復興した林業の副産物として出てくる膨大な量の間伐材が重要な役割を果たすだろうし、建物の屋上にはソーラーパネルというのが常識になる。
原子力をどう考えるかだけど、日本は火山と地震の巣なんだし、原子力燃料はもともと自給できないんだから、脱原発の道を進むしかないだろう。
エアコンは贅沢品になるかもしれないが、その頃には、舗装のアスファルトやコンクリートも多くは剥がされたり透水性のものになるだろうし、都市へのエネルギー集中が減少しているだろうから、窓を開けっ放しにして扇風機をつけたり、玄関先などに打ち水をして涼をとればいいんじゃないかな。

Aさんク、クルマは?


H教授バイオ燃料などで動く超低燃費の小型自動車には乗れるかもしれないけど、総じてクルマも贅沢品になっていることだろう。公共交通と自転車中心ののんびりとした社会になればいいじゃないか。でも、それは世界と隔絶した社会になるんじゃなく、IT技術の発達で国際性は十分に担保できるだろうよ。
人々はあくせくとモノを手に入れることを夢見て、忙しない生活をするんじゃなくて、自然の中で散策したり、思索したり、芸の道に励んだりして、“人間らしい生活”を送るんだ。

Aさんうーん、他の選択肢はないんですか。

H教授そりゃあ、エネルギーだけに関して言えば、メタンハイドレートの実用化とか水素化社会がもし実現していたとすると、クルマやエアコンなども今と変わらず使えるし、海外旅行なども同じように行けるだろう。でも、それだけの話だよ。
いずれにせよ、都市化と脱第一次産業化、また資源や食料、エネルギーの極端な海外依存からは脱却しなければいけない。

Aさんで、2030年にはそういう時代になっていると。

H教授まだなってはいないだろうけど、そういうふうに行くしかないというのが、全国民的なコンセンサスになっていて、その方向に急転回しつつある社会だと思うよ。逆に言うと、そうならない限り「2050年低炭素社会」なんてのは不可能だと思うな。

Aさんなんだか夢がないなあ。

H教授そうかあ? 一人当たりのGDPで言えば、フランスや北欧と日本は同レベルだし、持っている電化製品の種類と数だって日本の方が多いだろう。でも、のんびりとしたバカンス、ゆったりとした生活空間という点からみると大違いだ。人口、世帯数が減少していくということは、地方分散、農業回帰とともに、そういう人間らしいくらしが実現していくということだ。
食生活は質素になるし、ブランド品からは遠くなるけど、そういう社会に近づくんだから、夢一杯じゃないか。


Aさんでも牛肉は食べたいし、ブランド品もほしいし、海外旅行もしたいし、エアコンとクルマもないと寂しいし…。

H教授それは飛躍的な技術のブレークスルーがあれば可能かもしれない。そうなれば素直に享受すればいいんだけど、それがなくても、皆がそうなら慣れるよ。
日本は敗戦でガラっと価値観が変わった。同じように、2030年にそんな価値観の大転換が実現しているかどうかだよね。

Aさん…。

H教授それから少子高齢化の話なんだけど、農業回帰が進むという話をしたよね。
農業というのは経験知と家族の手助けが必要だから、老人の知恵は尊重され、大事にされるようになるだろう。結果としてこれ以上の核家族化は防げる。しかも安定して食料が確保できるということで、男女を問わず農業志向の若者が増えるんじゃないかな。農家に嫁いだ女性は、老人が子どもの面倒をみてくれるということで、安心して子作りができて、少子化にも歯止めがかかるかもしれない。
一方で、政府にはカネがない、借金だらけだし、年金財政だってその頃には破綻しかかっているだろう。介護や保育にこれ以上かける財源がないとすると、お互いの知恵で助け合って暮らしていくしかないだろう。そうなると人口は減少するけど、世帯数はもっと急激に減少する。つまり、大家族が新たな形で復活の兆しを見せるかもしれない。
これが新たな日本型文明の夜明けになればいいよねえ。


Aさん…(話の展開についていけず呆然としている)。

H教授その日のために、キミも今から大学のエコファームで汗を流すんだな。農業体験というのは多分役に立つよ。たとえそういう社会にならなかったとしても、とりあえずのダイエット対策にはなるだろう。

Aさん放っておいてください。ですけど、そんな社会が来たとして、センセイのその頃の夢はなんなんですか。

H教授その頃には日本の多くの鉱山や石切り場も再開されるに違いないじゃないか。ボクにとっては夢いっぱいだよ。

Aさんな、なんですって! あのくだらない石ころ拾いがしたいがためだけに延々と夢を語ってきたんですか。それにセンセイ、その頃85歳ですよ。万が一生きていたとしたって、石ころ拾いなんかできるわけないじゃないですか。バカバカしい(憤然と席を蹴って去る)!!

H教授…ゴホン、せめて鉱物採集と言ってくれないかなあ。

Aさん─セ、センセイ。大変!自前の内閣も出来たし、お手並み拝見とか言ってましたけど、それがアップもされないうちに、福田サンが突然政権を投げ出しました。

H教授そ、そんなバカげたことが。そりゃあ、無責任すぎる。ボクは福田サンにはそれなりに好感をもって期待していたというのに(ブツブツ…)

Aさんーセンセイ、よく聞こえませんが。

H教授……(突然叫ぶ)フ、フクダ!!


注釈

【1】レンジャーアンケート
第49講「レンジャーアンケート」
第47講「世界遺産と国立公園見直し」
【2】オリンピックとショービズム
第20講「オリンピックとショービニズム」
【3】ギョーザ事件
第62講「中国ギョーザと再発防止策」
第61講「日本を揺るがせた謎のギョーザ騒動」
【4】淀川水系4ダム
第66講「淀川水系4ダムと橋下府政」
第64講「暴走?する橋下サン」
第56講「淀川水系流域委員会再開」
第47講「淀川水系流域委員会休止」
【5】関西の空港問題史
第6講「コーベ空港・断章」
【6】環境教育推進法
第8講「環境教育推進法の成立」
【7】福田ビジョン
第66講「福田ビジョンの可能性と限界」
【8】カーボンフットプリント
第66講「福田ビジョンの可能性と限界」
【9】セクター別アプローチ
第63講「温暖化対策の国内動向」
【10】日本の成長と繁栄を支えた前提条件が崩れたときの、食生活のレベル低下
第16講「BSEと鶏インフルエンザ雑感2」

(平成20年8月26日執筆、同年8月末編集了、9月1日加筆)

註:本講の見解は環境省およびEICの見解とはまったく関係ありません。また、本講で用いた情報は朝日新聞と「エネルギーと環境」(週刊)に多くを負っています。