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H教授の環境行政時評環境庁(当時)の職員から大学教授へと華麗な転身を果たしたH教授が、環境にかかわる内外のタイムリーなできごとを環境行政マンとして過ごしてきた経験に即して解説します。

No.066

Issued: 2008.07.03

第66講 福田ビジョンを超えて

目次
福田ビジョンの可能性と限界
温暖化対策最新動向
国内排出量取引制度と都内排出量取引制度
淀川水系4ダムと橋下府政
書評―『“環境問題のウソ”のウソ』
諫早干拓で原告勝訴
捕鯨小論
さようなら、りゃんりゃん

Aさん6月もいろんな事件やニュースがいっぱいでしたね。
いろんな、そして結構重要そうな国際会議がしょっちゅう行われていたような気がします。国際政治では、米国大統領選の民主党予備選をオバマさんが制しましたし、お隣の韓国では、米国産牛肉輸入再開問題でソウルは連日のデモで沸きかえり、イ・ミョンバク大統領の支持率は10%を切る始末。そして米国が日本の意向を無視して北朝鮮のテロ指定国家解除に踏み切りました。
国内政治では、国会が相変わらずのてんやわんや。沖縄県議選で自公が敗退しましたし、不祥事では居酒屋タクシー事件に、うなぎや飛騨肉の偽装事件。
そして悲しい出来事としては、岩手・宮城内陸地震や秋葉原通り魔殺人事件で、何人もの犠牲者が出ました。

H教授うん、犠牲者の方々には謹んでご冥福をお祈りしよう。


福田ビジョンの可能性と限界

H教授さて、環境行政時評だから、話題を絞らなきゃしかたがない。やはり福田ビジョンからだろう【1】

Aさん今月(6月)9日に発表されましたね。次いで自民党の温暖化対策推進本部もそれに合わせて、温暖化対策の抜本的な強化を目指した強化方策を中間報告として集約、27日に閣議決定した「骨太方針2008」でも低炭素社会実現を目指すとしています【2】
いつかセンセイもおっしゃってましたけど、政策は急展開、どうやら“平時”じゃなくなったみたいですね【3】

H教授うん、70年公害国会前後の時代の再来がはじまったのかもしれない。
もちろん、その中心軸は温暖化対策だけど、国際的にも食糧危機や水資源、原油価格高騰の問題がクローズアップされてきて、しかもそれらがお互いに絡み合っている。
これから大きく社会のあり方が変わっていくような気がしないでもない。
ま、ひとつひとつ見ていこう。

Aさん福田ビジョンについてはどうですか。

H教授長期目標としては「クールアース構想」をG8と主要排出国──つまり中国、インド、ブラジル、韓国などだね──と共有することを目指すとしていて、2050年にはわが国は現在より60〜80%削減して、世界に誇れるような低炭素社会を実現するとしている。
このこと自体はもちろん評価されるが、中期目標になると評価が分かれ、NGOなどからは後ろ向きの国に与える化石賞の第2位とされた【4】

Aさん発表された頃はちょうど温暖化関連の国際会議が開かれていたんですね。

H教授うん、気候変動枠組条約の第2回作業部会がドイツのボンで開催されていて、世界のNGOなどが集まっていたんだ。

Aさん中期目標が後ろ向きってわけですか。

H教授はっきりと中期目標として明示したわけじゃない。それは来年末までに発表するとしたんだけど、「EUが対90年比で2020年20%削減を言っている」「これは現状から14%削減で、日本でもこの程度の削減は可能だ」というようなニュアンスの発言だったらしい。

AさんそれがNGOなどの逆鱗に触れたんですね。対90年比だと、4%の削減しか意味しないじゃないかというわけですね。

H教授うん、だけど現時点では国内の意見が集約されていないんだから、ああ言うしかなかったような気がしないでもない。

Aさん政策面ではどうだったんですか。


H教授化石エネルギー依存からの脱却を正面から掲げたところは評価できると思うよ。気候変動対策の途上国支援に最大12億ドルを拠出し、「環境エネルギー国際協力パートナーシップ」を提唱している。
一方、国内対策じゃあ、太陽光発電世界一の座の奪還を謳いあげるなど、今まで遅れをとってきた再生可能エネルギーにも力を入れるとしている。
原子力も含めた再生可能エネルギー比を50%以上に引き上げるというんだけど、原子力については、ボクは再三言っているようにネガティブにならざるを得ない【5】

Aさんつい先日も岩手・宮城内陸地震があったように、日本は地震と火山の巣ですものねえ。

H教授そしてこの秋までに国内排出量取引の試行を開始するとしている。この点はあとで触れよう。
それに、秋の税制改革では、これまでずうっと先送りにされてきた環境税導入を匂わせている。
それだけでなく、税制グリーン化をもっと推し進めるとしているし、製品やサービスなどのCO2排出の「見える化」にも前向きで、来年度から試行的な導入実験を開始するそうだ。

Aさん「見える化」?

H教授うん、いろんな製品やサービスにCO2排出量を明示するってわけだ。フードマイレージなんかもそのひとつだろうけど、CO2排出の「見える化」によって、消費者が的確な選択を行うための情報を提供するってことだ。カーボン・フットプリントと言っていいだろう。

Aさん─カーボン・フットプリント?

H教授─うん。環境容量の指標として有名なエコロジカル・フットプリント──これは第三次環境基本計画などでも指標の一つとして設定されているが──に対して、特に人間活動が地球温暖化や炭素循環に与える影響に着目したカーボン・フットプリントという指標が注目されているんだ。
それはともかく、福田サンは別のところでは消費税増税にも言及しているけど、この「見える化」によって、税率を変えるなどすれば面白いと思うけどな。
いずれにしても歴代のソーリの中では一番意欲的で、環境省や経産省からのホットラインがあるんじゃないかと思うよ。


Aさんその割りに人気がないですね。

H教授人気がないからこそ、人気取りにあたふたすることなく、意欲的になれるとも言えるんじゃないかな。

Aさんセンセイ、福田サンには点が甘いですね。同じことを安倍サンやコイズミさんが言い出したとしたら、もっと点が辛いんじゃないですか。
ま、それはともかくとして、同じ日に連動して自民党の推進本部の中間報告が出されたんですね。

H教授うん、福田ビジョンの側面支援と言っていいだろう。
低炭素社会形成推進基本法の議員立法での制定を前面に打ち出し、今後の政策展開の方向性を包括的に示している。国内排出量取引は今秋からの試行的実施を踏まえて、2010年から準備的運用を始めるとしている。
目新しいところでは、カーボンオフセット推進法、電化製品のCO2表示義務化などがある。また、「2008年ピークアウト宣言」を出し、2009年以降は着実に削減を進めることを内外に示し、それから以降10年間の特別行動期間を設定し、政策の総動員体制をとるとしている。
その言やよしといったところかな。


Aさんサマータイム制度の導入も打ち出しているんでしょう。

H教授(渋い顔で)うん、これには同意できないけどね。
サービス残業を増やし、サラリーマンの疲労度を増すだけのような気がする。


温暖化対策最新動向

Aさんふふ、センセイ、今だって9時からの1限の授業は辛そうですものね。
早寝早起きしましょうよ。年寄りが夜型生活を送るなんて、不健康だし、第一エコじゃないですよ。
だから、トレッドミル検査なんて特殊な心電図検査まで受けさせられる羽目になって、しかも、それでも引っかかっちゃったんじゃないですか。

H教授…(真っ赤になって下を向く)。

Aさん(慌てて)そんな落ち込まないで…
この福田ビジョンの具体化の第一歩として、経産省では住宅への太陽光発電の支援措置の強化を進めるようですし、カーボンフットプリントの指針作りにも乗り出すそうです。
同省の総合エネルギー調査会新エネルギー部会の緊急提言(中間報告)が26日に公表されていますが、ポスト京都では経団連などの自主行動計画を、政府との協定に切り替えるなどの、より法的な効力のあるものにすべきだとしました。きっと、先日新聞で「京都議定書策定時に政府と産業界とが法的な規制を行わないと密約した」と報じられたことが利いているんでしょう。
一方、環境省の方でも、環境省と温暖化対策に熱心な自治体などとの連携組織である、「日本カーボンアクション・プラットホーム」(JCAP)を7月に設立すると発表しました。自治体などでスタートし、また検討しているカーボンオフセットのような経済的手法の情報交換を密にして、その促進を図るとのことです。
また官邸に設けられた温暖化問題懇談会も提言をまとめ提出しましたが、これは福田ビジョンを補完するもののようで、環境税創設の必要性も示唆しています。

H教授具体的な施策として、一部自治体ではコンビニの深夜営業自粛を要請しているし、京都市では規制を導入しようとしている。これに対して、業界側は効果は小さいと反論している。
要請とか規制じゃなく、深夜営業に対して新たな課税をするという手法がとれないのかなとボクなんか思っちゃうけどね。

Aさん温暖化対策と関連する国際会議もこの間、いろいろありましたねえ。

H教授福田ビジョンの出される直前、G8+αのエネルギー大臣会合が青森で開かれ、「青森宣言」が出された。ここでは「国際省エネ協力パートナーシップ」(IPEEC)の創設が決まった。G8に中、印、韓の11カ国が、それぞれエネルギー消費原単位目標を含む行動計画を策定し、その進捗状況を相互に検証するとのことだ。

Aさん福田ビジョンの「環境エネルギー国際協力パートナーシップ」とはまた別なんですね。

H教授(自信なさげに)うーん、別だと思うけどなあ。
6月中旬には、今度はG8財務省会合が大阪で開かれ、「気候投資基金」の設立を呼びかける声明が発表された。この基金は、ポスト京都までの暫定的な財政支援措置として、世界銀行内に設置する2つのファンドで運営するとしている。
福田ビジョンで言っている12億ドルの支援とは、この基金への拠出のことだろう。
また「気候変動G8アクションプラン」も決定した。新たな金融ツールの開発を奨励するとともに、排出量取引や環境税などの経済的手法について有効性を認めつつ、課題も指摘したそうだ。


Aさんアタマが混乱しちゃいますねえ。そもそも京都議定書のときにそういう基金ができたんでしょう。だったら、それへの拠出金を増やすだけでいいんじゃないですか。いろんな基金がいっぱいできて、なんだかよくわかりません。

H教授…うん、正直言って、ボクだってよくわからないんだ。
あと、6月下旬にはソウルで主要16カ国とEU、国連を加えた主要排出国会議(MEM)が開催され、洞爺湖サミットで発表する宣言案を発表した。
数値目標に触れるかが注目されたが、結局途上国と米国との溝は埋まらず「参加国は共通の理念を支持する」というにとどまった。もっとも、途上国側も長期目標の理念に理解を示したということで、一歩前進という見方もできる。
もう先進国対途上国という構図だけではなく、途上国側も成長著しい排出大国とそうでない最貧国があるという構造も明確になってきていることを忘れちゃいけない。

Aさんええ、あと環境省の動きですけど、18日には地球温暖化の日本への影響と適応策についての報告書を発表したそうですね。

H教授うん、地球環境局長の諮問委員会として設置された「地球温暖化影響・適応研究委員会」の検討結果について取りまとめ、報告書「気候変動への賢い適応」を発表した【6】
日本への影響予測については、温暖化影響予測プロジェクトの研究成果をすでに公表している【7】けど、その悪影響を回避、軽減、遅延させるための適応策をまとめたものだ。
ここで注目しておきたいのは、「賢い適応(効果的・効率的な適応)」が必要であるとしていることだ。
堤防や海岸保全施設といったインフラ整備は予算上制約があるので、それだけに頼るのでなく、地域ごとの特性に応じた避難体制を検討するといった対策を組み合わせる必要があり、そうした適応計画を策定することを提言している。

Aさん適応策ってどんなものが挙げられているのですか。

H教授例えば、食料問題に関しては高温耐性品種の開発や栽培地・栽培方法の変更や禁漁域の設定、水問題では雨水利用の促進普及、生態系の変化ではスギ林の自然林化や自然保護区の設定、災害問題では防災訓練 などなどだ。
ま、報告書の全文はすでに公表されているので、読んでみるといい。

Aさんセンセイは読まれたんですね。


H教授…まだだ。とりあえずの新聞情報による要約だ(照れ隠しの笑い)。


国内排出量取引制度と都内排出量取引制度

Aさんやっぱりねえ。
ところで、その福田ビジョンと自民党の推進本部の中間報告が出されたあと、急ピッチで国内排出量取引制度の構築に向けて進展しているそうですね。

H教授うん、産業界、とりわけ電事連などはあくまでも“どんな課題があるか見極めるための実験”という立場を崩してはいないが、経産省も制度の本格導入があとに続くものであると腹をくくったようだ。
環境省の今までの自主参加による模擬事業には、電力、鉄鋼などの主要業種からの参加がなかったけど、今秋からの試行的実施には主要業種も参加し、1,000社を越すんではないかと言われている。今、両省で制度設計を急ピッチで進めているみたいだ。

Aさんキャップはどうなるんですか。

H教授うん、そこが大問題なんだ。
排出量取引なるものは、厳しいキャップがあって初めて意味のあるものとなるんだけど、試行的実施においては、経団連の自主行動計画のような自主目標をそのままキャップとするようだ。
この点は不満が残るけど、2010年の準備的運用までにはポスト京都も決まり、それを踏まえた厳しいキャップが被さることを期待しよう。
そして、それにはボクが前から言ってた国内CDMグリーン電力証書、カーボンオフセットなどを取り込むことも必要となるだろう【8】
問題なのは、あくまで試行的実施にしか過ぎないから、今協議中の国際ルールづくりに関与できなくなるんではないかとの懸念が残ることだ。

Aさんところで、国の試行的実施に先んじて、一足先に東京都では、都内排出量取引制度が決まったんでしょう。

H教授うん、あれはすごかった。
環境確保条例改正案が都議会で25日に可決されたんだけど、大規模事業場に対するCO2削減、つまりキャップを義務付けるというもので、そのキャップは2020年度までに15から20%削減するということを目安に、今年度中に専門家による検討会で決めるそうだ。そして一種のCDMのようなものも認めるとのことだ【9】
もっとも実施そのものは2010年度からのようだから、国の準備的運用開始と同じになるかもしれない。

Aさんリーケージと言うんですか、都の事業所が都外に逃げ出したりしないんですかねえ。
都の産業振興関係の部局がよくそんな条例案を認めましたね。

H教授ボトムアップじゃ絶対ムリだったろうね。
当然猛反対したろうが、石原知事の一喝で無念やるかたなく引き下がらざるを得なかったんだろう。

Aさんスポンサーの産業界は猛反対したでしょうに、都の自民党も賛成したんですね。

H教授そりゃあ、抵抗勢力にみられたら、選挙に落ちちゃうと思ったんじゃないかな。

Aさんこれが、他の自治体に波及する可能性はないんですか。

H教授うーん、そうなればいいんだけど、黒字自治体の東京都だったから強気に出られたという面もあったろうし、何よりもあの石原サンの特異な超ワンマン体質がこの場合プラスに出たんだろう。
良識人が首長になれば、いくら環境保護派の首長だって、ああいうことはできないだろうと思うよ。そういう点、長野の知事だった田中康夫サンによく似ているよ。


Aさんへえ、センセイが石原サンを褒めるなんて珍しいですね。

H教授好き・嫌いと、政策評価は別だ。今だって大嫌いには変わりないさ。


淀川水系4ダムと橋下府政

Aさんああいうことを橋下サンもやればいいのに。

H教授国土交通省近畿地方整備局は、諮問機関である淀川水系流域委員会の反対を押し切って、淀川水系4ダムの建設という内容の河川整備計画案を作成したんだ。
国庫事業であっても、自治体に負担金の支払い義務が生まれ、大阪府の場合、すでに支出した額は260億円に及び、今後の支払額も2ダムについてだけの試算でも140億円にも上るらしいんだ。
これについて、関係知事がコメントを述べているんだけど、京都府、滋賀県に較べると一番腰の引けたコメントだったような気がする。新聞情報では、「市町村長の意見をよく聞いて態度を決めたいし、国が事業をやると決めたら負担金は法律で決められているから、払わざるを得ない」みたいなことを言ってたよ。

Aさんでも地元自治体の意見を聞くというのは、一応、もっともなようも気もするんですけど。

H教授関係市町村長は推進派だ。だって、地元は大昔、無理矢理納得させられて、ダムができるという前提での町興しを考えざるを得なかったんだから、今さら梯子を外されても困るって思うのは当然だ。彼らだって被害者なんだ。
だからこそ、「ダム以外での町興しをもう一度いっしょに考えましょう」「そのために可能な支援をしましょう」と言えばいいじゃないか。
それに負担金を出さないのは法律違反だって言うけど、「そんなものは払えない」「無い袖は振れない」って徹底抗戦して、裁判でもなんでも受けて立てばいいじゃないか。
一方じゃ、片っ端から予算カットを目論み、人事委員会なんか無視してスト権を剥奪された職員の人件費まで大幅カットしようとしているんだから、べらぼうな負担金に対しても正面から戦おうという気構えをみせてほしかった。
この負担金問題については批判も高まり、さすがに一昨日の新聞では、地方整備局に対して優先度が低いと難色を示したらしい。やはりいくらなんでも、唯々諾々と受けるのはまずいと思ったんだろう。最後まで突っ張ってほしいよな。

Aさんぷっ、ほんとにセンセイは天邪鬼だわ。府民からは絶大な人気があるというのに。
ところで、その淀川水系流域委員会ですが、カネを使いすぎだといって国土交通省から兵糧攻めにされているらしいですよ。7年間で23億円使ったそうです。

H教授くだらない話だねえ。ダムに何千億と使いながら、市民参加・情報公開のための経費をケチるなんて。600回以上の会合をやってるんだ。ムダ遣いってことはないだろう。明らかに意趣返しだ【10】
国土交通省の言う“市民参加”とか“有識者の意見を聞く”というのは、シャンシャンの御用委員会のことなんだろう。
国土交通省が手を回して国会議員に「道路財源で職員がテニスボール買うよりムダ遣いだ」などと言わせて、大臣が「お詫びの気持ちでいっぱいだ」なんて、まるで猿芝居以下じゃないか【11】
そんな何千億ものカネがあるんなら、温暖化で決壊が危惧されるヒマラヤの氷河湖の対策に回すべきだと思うよ。

Aさんふふ、H節炸裂ですね。それ以外に何かありましたか。


書評―『“環境問題のウソ”のウソ』

H教授最近、面白い本を見つけたからその話でもしようか。『“環境問題のウソ”のウソ』(山本弘、楽工社、1200円+税)という本だ。

Aさんまたトンデモ本ですか。センセイ、好きですねえ。地球温暖化問題は原発業界の陰謀だとでも言ってるんですか。

H教授違う違う、よく題名をみろよ。『環境問題のウソ』なる本の類がいかにトンデモ本かということを徹底的に論証しているんだ。この本で主に取り上げているのは、ボクもちょろっと批判したことのある武田邦彦センセイ。

Aさんああ、『環境問題はなぜウソがまかり通るのか』ってベストセラーになったやつですね。なんでもあの本で印税が4000万円入ったという話で、センセイがカッカ来てましたねえ【12】
確か、パートIIも出したんじゃなかったんですか。

H教授うん。で、『ウソのウソ』の著者の山本弘氏は環境学者でもなんでもないSF作家で、「と学会」の会長。

Aさん「と学会」?

H教授うん、空飛ぶ円盤に誘拐されただとか、日本人の先祖はユダヤ人だとかいう類の、荒唐無稽な説を唱えている本をそもそも「トンデモ本」と名付けたのは山本氏なんだ。
で、そういったトンデモ本を蒐集して、著者の矛盾や無知を片っ端から笑い飛ばすのを趣味にしているサークルが、「と学会」。
「と学会」は「トンデモ本の世界」シリーズを出していて、ボクはその熱心な読者なんだ。
でも山本氏は環境問題にはまるで素人。だから、本屋の店頭でこの本をみかけたとき、山本氏がどういうことを言うかとワクワクして買ってきた。

Aさんふーん、どうだったですか。


H教授いやあ、面白かった。普通、こういうベストセラーについて書いた本は“便乗本”と言って、くっだらないものが多いんだけど、これは違っていた。
徹底的に武田センセイのデタラメさを暴露し、笑い飛ばしていた。

Aさん例えば?

H教授武田センセイは、ペットボトルリサイクルでは、平成16年度には600億円かけて24万トン回収したけど、再生利用したのはわずか3万トン、あとは全部燃やしているなどという、鬼面人を驚かすような珍説を言っている。
ウチの学生でも、それを真に受けているのが何人もいて、ボクも酷評したことがある。
山本氏も最初はそれを事実と信じて憤激したんだけど、自分で調べていくうちに、こりゃあおかしいと気付き、武田センセイとも直接対決して、それがウソとデッチアゲと恣意的な解釈であることを、これでもか、これでもかと暴き出し、笑い飛ばしている。

Aさんどういうことなんですか。

H教授まず回収量からしてウソ。市町村が回収したのが24万トンで、他に量販店など事業系の回収ルートがあって8万トン回収されているんだけど、武田センセイは後者はリサイクルのための回収じゃなく、外国に売るための回収だからといって含めなかったんだそうだ。

Aさんだって、外国ではリサイクルするためにそれを買うわけでしょう。

H教授でも、それはセンセイの言う“リサイクル”じゃないから、回収量に含めなかったそうだ。

Aさんひぇえ、変なの。

H教授で、市町村が回収した24万トンのうち、狭雑物などを除いた残り18万トンが再生利用されているんだけど、例えばぬいぐるみの中の詰め物として再生利用したものなどは、センセイの言う“再生利用”の定義に当てはまらないそうだから含めなかったんだと。
結局、センセイのお眼鏡にかなった再生利用量は厳密に言うとゼロで、甘めに見積もってもせいぜい3万トンということだったようだ。
つまり、あの本で言う“回収量”とか“再生利用量”とかいうのは、武田センセイが恣意的に定義したものだった。

Aさん無茶苦茶じゃないですか。そりゃあ、学会発表できる代物じゃないですね。


H教授ま、これは一例にすぎない。『ウソのウソ』では、そういうデタラメを徹底的に暴き出しているんだけど、恐ろしいことに武田センセイはそれがデタラメだということの自覚がまるで欠如しているそうだ。それ以外にも武田センセイのいろんな妄説を木っ端微塵に粉砕している。
他にも温暖化問題にも言及、さまざまなレベルの温暖化懐疑論者の著書なども渉猟し、槍玉に挙げている。
もちろん山本氏は専門家じゃないからわからないことはわからないと言っていて、温暖化そのものについては、(1)温暖化は確実に起きている、(2)その原因は多分人間活動によるものだが、まだ疑問は残る ──と結論付けている。
温暖化による被害は深刻なものなのかという問いに対しては、楽観論者の意見を甘すぎると論難しつつも、あくまで深刻なものと言うのは可能性の話であり、「わからない」と言うしかないとしている。
そして「温暖化を食い止める努力をすべきか」という最後の問いには「あなたの考え方次第」と突き放している。

Aさんえ? どういうことですか。

H教授未来世代に起きる被害の大きさを山本氏は「外部費用」と呼び、その費用は不確定要素が大きすぎてわからないとして、次のように言っている。
「環境破壊を深刻に心配している人にとって、外部費用は無限大である。無関心な人にとってはゼロである。客観的かつ公正な外部費用の額を知ることができない以上、ぼくたちは自分たちの主観と信念──いわば「心の中の外部費用」に基づいて行動や選択するしかないのだ」
そして、山本氏自身の心の中の外部費用はかなり大きいとしている。
つまり確実なことは誰にもわからないけど、山本氏自身は温暖化の被害は深刻なものと受け止め、それを食い止める努力をすべきだと考えているということと、しかし、その考えを他人に押し付ける気はないということのようだ。
非専門家としては、至極まっとうな意見だと思うよ。


Aさんへえ、おもしろそう。今度読んでみようっと。

H教授うん、武田センセイに印税がいくのは不愉快だけど、山本氏にいくんだったらいいと思う。
でも、多分ただの便乗本だと思われて、ベストセラーにはならないだろうなあ。
EM菌にしたってそうだけど、世間一般を惑わすような言説に対しては、山本氏のような素人じゃなく、研究者がきちんと反論すべきだと思ったなあ。
多くの研究者は研究業績としてカウントされないような仕事はしたがらないんだねえ。
もちろん、そういうことをしている人もいるんだけど、今度は言うことが専門的過ぎて、一般の人にはよくわからないことが多い。

Aさん何を言ってるんですか、それこそセンセイの出番じゃないんですか。

H教授ボクはそれで一冊の本を書くほどの学識も根気もないんだ。その代わり、いろんなところで、口頭で一言二言は言ってるつもりだけどねえ。


諫早干拓で原告勝訴

Aさんダメですよ、そんなんじゃ。
あと、諫早干拓で、国を提訴していた漁民が長崎地裁で勝訴したそうですね。

H教授うん、諫早干拓については、この時評でも取り上げたことがある【13】
諫早干拓は97年に潮受け堤防が締め切られた。いわゆる“ギロチン”だね。
それ以降、漁業の不振が続き、00年には海苔の大凶作に見舞われた。漁民はそれが、諫早湾干拓のせいだとして工事の差し止めを提訴した。
一方、干拓事業そのものは07年に終了したので、提訴内容を潮受け堤防の撤去と排水門の常時開門に請求を変更した。
27日、佐賀地裁の判決があり、国に対して防災工事のための3年間の猶予期間を与え、その後5年間、常時開門して調査するように命じたんだ。

Aさん潮受け堤防の撤去を命じたわけじゃないんですね。

H教授うん。だから、厳密には原告勝訴とは言えないが、判決は潮受け堤防の閉め切りは諫早湾の漁船漁業やアサリ漁、養殖漁業の環境を悪化させたと認定した。
国は一貫して因果関係を否定していたから、その点に関しては、原告勝訴と言って差し支えない。
しかも公害等調整委員会が農水省に対して中・長期の開門調査を求めたのに対し、農水省は一貫してそれを拒み続けてきたんだけど、判決はそれを立証妨害と断じ、因果関係がないことの反証義務があるとしている。

Aさんでも、国は当然控訴するんでしょうね。

H教授続報はないが、おそらくそうじゃないかな。

Aさんこのことから何を学べばいいんですか。

H教授諫早干拓に限っていえば、もともと優良農地の確保というのが目的で、何十年も前から計画していたんだけど、その後減反政策などが打ち出され、必要性が薄れた。
しかし、今度は利水でなく治水対策として必要などと強弁し、財政赤字が膨らむ一方なのに、2500億円という巨額なカネを投じたことへの司法の批判があると思う。

Aさんそもそも干拓するのに、なぜ潮受け堤防の閉め切りが必要なんですか。

H教授内側の調整池を淡水化して、農業用水にしようとしたんだ。
…ところが、現実には調整池の水質は改善せず、到底農業用水として使えそうにない。

Aさんセンセイはどう思われます。


H教授農業用水は他にも確保の手段があるそうだから、調整池は農業用水としての活用はあきらめ、常時開門した方がいいと思うよ。潮受け堤防は撤去せずとも、それを有料の湾横断道路として使えばいいんじゃないかな。
昔、ボクの同僚だったK先生はそれを「ムツゴロード」と言ったけど、面白い発想だと思うよ。
いずれにしても、70年前後には司法の判決が、行政をリードした時代があった。公害事件では、挙証責任は訴える側でなく、訴えられた側にあるとされ、企業や国の敗訴が続いたんだ。
さっき言った淀川水系4ダムでもそうだけど、いわく因縁のある昔からの案件に対して、なかなか行政はストップしようとしない【14】
司法のリードで、行政のそういった体質が変わるようになればいいと思うな。


捕鯨小論

Aさんそううまく行きますかねえ。
ところで相変わらず食品不祥事が続いてますけど、調査捕鯨でも乗組員が鯨肉のいいところを持ち帰っているということがグリーンピースにより暴露されましたね。

H教授うん、昔だったら大目に見られていたけど、時代は変わったという証左だね。
その証拠を不正な手段で入手したグリーンピースの方が窃盗で逮捕されちゃったけど、何だか意趣返しのような気がする。不起訴にしないと国際的な批判を浴びるんじゃないかな。

Aさんそういえば日本は一貫して捕鯨再開を主張していますが、大手水産会社三社は捕鯨再開されても、再び商業捕鯨に乗り出すつもりはないと言明したそうですね。


H教授うん、多くの鯨類はもはや絶滅に瀕しているわけじゃないんだから、商業捕鯨再開そのものは悪いとは言えないんだろうが、国民の鯨肉に対する需要も小さく、南氷洋なんかへ行けば、また国際的な批判を浴びるのは必至だから、巨額の投資をしてまで捕鯨再開に踏み切る価値はないと踏んだんだろう。
日本近海で観光とリンクさせた捕鯨が関の山じゃないかと思うし、それくらいだったらホエールウォッチングという選択肢の方が現実的じゃないんだろうか【15】
また気候変動問題は捕鯨論争にも影響を及ぼしている。6月下旬にチリで開催された国際捕鯨委員会(IWC)で、捕鯨反対派は気候変動によってクジラの減少が懸念されるとし、一方、賛成派は気候変動と食糧危機の中でクジラを含めた再生可能な海洋資源の活用が問題解決のキーになると主張。日本政府は気候変動により南極の生態系に生じている変化を解明するためにも現行の調査捕鯨が必要だと主張したとのことだ。
また先住民捕鯨枠の新たな設定が否決されるなど、依然として対立は収まっていない。

Aさんじゃあ、この辺りで、今日の話は終わりにしましょうか。まもなく7月、いよいよ洞爺湖サミットですね。

H教授うん、ただ、ブッシュさんがいるから、さしたることは決まらないような気がしないでもない。本格的な激動がはじまるのは、11月の米大統領選以降じゃないかな。



さようなら、りゃんりゃん

H教授最後になるけど、悲しいお知らせをしなくちゃいけない。
キミの先輩で、EICネットの環境用語集の執筆や、ピックアップコーナーに留学先の英国研究所のレポート【16】の寄稿などしたぼくの教え子、霍亮亮(かく・りゃんりゃん)が28歳という若さで急逝した。あんなに快活で明るかったのに…。
最後まで病名もわからず、ご両親とも会えずじまいで逝ってしまったことは、口惜しいし悲しい。残された最愛のご主人やご両親の無念さを思うと、ホントいたたまれない思いだ。

Aさんそうですってね。友達から聞いてショックでした。ホントだったら、ワタシじゃなくて、りゃんりゃんさんがこの時評の対談のお相手のはずだったとか。でも留学に引き続いてご結婚されたから、ワタシにお鉢が回ってきたんですよねえ(涙ぐむ)。

H教授うん、今は「千の風」になった彼女の冥福をただ祈ろう。

H教授・Aさん―(黙祷)。


注釈

【1】福田ビジョン
福田内閣総理大臣スピーチ「低炭素社会・日本」をめざして(日本記者クラブにて、平成20年6月9日)
地球温暖化問題に関する懇談会提言 〜「低炭素社会・日本」をめざして〜(平成20年6月16日)
【2】骨太方針2008
経済財政諮問会議(平成20年第16回) 「基本方針2008」に向けて
【3】“平時の指摘”への対応困難
第54講「温泉の爆発事故」
【4】日本の中期目標に対するNGOの評価
第60講「検証:COP13」
【5】原子力推進に対するキョージュの見解
第18講『キョージュ、無謀にも畑違いの原発を論ず』
第45講「原発とエネルギー」
【6】「気候変動への賢い適応」
地球温暖化影響・適応研究委員会報告書「気候変動への賢い適応」の発表について(平成20年6月18日環境省報道発表)
【7】温暖化影響予測プロジェクトの研究成果の公表について
第65講「温暖化影響総合予測プロジェクト」の発表
【8】国内CDMやグリーン電力証書、カーボンオフセットなどの実現について
第63講「国内排出量取引制度の動向」
第62講「国内排出量取引制度の検討開始へ」
【9】東京都環境確保条例の改正について(2008/6/25 都議会可決)
第54講「都が拡大排出権取引にチャレンジ?」
【10】淀川水系流域委員会
第56講「淀川水系流域委員会再開」
第47講「淀川水系流域委員会休止」
第64講「暴走?する橋下サン」
【11】とんだ猿芝居
第169回国会 参議院国土交通委員会(8号) 平成20年5月15日開催
【12】キョージュのトンデモ本批判
第58講「万華鏡・その1 ──IPCCとゴア氏にノーベル賞」
第14講「ダイオキシンの余波と、リサイクルの功罪?」
【13】諫早干拓の話題
第29講「諫早干拓の新たな転回」
第21講「時評3−諫早干拓工事中止仮処分と核燃サイクル」
【14】行政の悪しき体質…
第5講「止まらない公共事業の真相=深層」
【15】捕鯨問題について
第64講「小笠原の旅」
第61講「捕鯨問題再考」
第54講「IWC年次総会顛末」
第50講「我、疑う故に我あり―「水伝」ブーム」
第15講「獲るべきか獲らざるべきかそれが問題だ 〜クジラ〜」
【16】霍亮亮さんの訃報とEICネットへの寄稿
Pick Up!第076回「さんせうは小粒なれども辛し ―イギリスの「政策研究所」―」

(平成20年6月29日執筆、同年6月末編集了)

註:本講の見解は環境省およびEICの見解とはまったく関係ありません。また、本講で用いた情報は朝日新聞と「エネルギーと環境」(週刊)に多くを負っています。