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H教授の環境行政時評環境庁(当時)の職員から大学教授へと華麗な転身を果たしたH教授が、環境にかかわる内外のタイムリーなできごとを環境行政マンとして過ごしてきた経験に即して解説します。

No.062

Issued: 2008.03.12

第62講 ニッポン、国内排出量取引制度導入に政策転換

目次
中南米鉱工業排水研修の開始
国内排出量取引制度の検討開始へ
山場に来たガソリン暫定税率延長問題
中国ギョーザと再発防止策
超長期ビジョンの検討結果

Aさんセンセイ、まったく今月(2月)に入ってもいろんな事件が目白押しですね。
中国製のギョーザに端を発する農薬混入事件も真相は不明なままだし、一方、ガソリンの暫定税率延長問題で国会は混乱の極み。
一向に先の見えない年金問題に、沖縄での米兵女子中学生暴行事件、それに海上自衛隊の最新イージス艦の漁船衝突事故とそれに引き続く防衛省のデタラメな対応。そして富山県入善町の「寄り回り波」という高波災害【1】
ほんとに暗い話ばっかりですね。怒りと悲しみでいっぱいですよ。

H教授はは、そうカッカするなよ。まあ、沖縄の事件では、県民の怒りが爆発。一応の決着が付いたかにみえた辺野古沖埋立【2】のアセス調査入りは無期限延期となり、いつ開始されるかわからない状態になった。
米軍の基地移転問題が争点になった岩国市長選では、あまりにも露骨な政府の兵糧作戦で辛うじて移転反対派の現職市長を下したけど、タッチの差で起きた沖縄米兵の少女暴行事件が選挙前だったら、完全にひっくり返ってただろう。
政治や行政への不信感や不安感はこれまで以上に高まっているのは、紛れもない事実だろう。
前講で取り上げた、大阪府知事選【3】に引き続く京都市長選もそうだった。

Aさんでも、京都市長選は大阪府知事選とはだいぶ違うでしょう。

H教授京都市長選では、楽勝と思われた市議会与党の相乗り候補がマサカの大苦戦。
先の不透明なこの時代にあって、シャンシャンの相乗り候補だなんてふざけるなってことだったんじゃないかな。
米国式民主主義が理想だとは思わないけど、市民参加が徹底している大統領予備選挙などを見ていると、ちょっとうらやましいことはうらやましい。


中南米鉱工業排水研修の開始

Aさんあと、センセイお気に入りのキューバですけど、とうとうカストロさんが引退しましたね。

H教授うん、これで20世紀が完全に終わったのかなという感じだな。
もっともカストロさんは国家評議会議長という国家元首の座は退いたが、完全リタイアになるかどうかはまだわからない。ただ81歳という高齢で、体調もよくないようだから、もうそろそろ限界なんじゃないかな。

Aさんでもその後任が実弟だなんて、ちょっとどこかの国みたいじゃないですか。

H教授ラウル・カストロさんだね。でも、彼はキューバ革命のときからのカストロさんやゲバラさんの同志だから、世襲というのは言いすぎだろう。そんなことを言えばブッシュさんのパパも大統領だったし、福田サンのパパも首相だったぞ。

Aさんあ、そうか。ところでこれでキューバは変わると思いますか。

H教授ブッシュさんなんかはカストロという重石がとれて、反政府運動が燎原の火のように広がり、キューバ政府が倒れることを期待したかもしれないが、そうはならないだろう。
もちろん、格差の拡大を抑制しつつ、徐々に自由化への道を進んでいくとは思うけどな。
国民にはもちろん不満はあるだろうが、施政者層も質素な暮らしをしていて、ある意味で公正な──ひょっとすれば世界でもっとも公正かもしれない──社会であること、そして貧困をもたらしたのは、なによりも理不尽な米国の経済封鎖だということはわかってると思うよ。ま、詳しくは前に話した通りだ【4】
それに較べて、中国、北朝鮮、それにロシアなんかは…。


Aさんセンセ、センセイ、それ以上はダメ。
でも、相変わらずのキューバ贔屓ですね。忠臣蔵では吉良サンのファンだし、関が原の合戦では石田サンのファンだし、要はへそ曲がりなんだ。
ところで第二期キューバ特設研修というキューバ側の要請【5】はどうなったんですか。

H教授JICA本部がうんと言わなかったから流れた。
ただ、その代わり、中南米地域を対象として、スペイン語による鉱工業排水研修が今年からスタートした。
3人×7カ国×3カ年で、キューバも対象だ。研修の実施はやはりGECに委託してやっている。

Aさんセンセイ、それにもコミットメントしているんですか。

H教授仕方ないじゃないか。行きがかりということで運営委員会に関わってるよ。
各国3人としたのは、鉱工業排水に関わる複数の組織からチームを組んでもらうようにしたんだ。新しい試みだったけど、結果的には母国ではほとんどお互い知ることのなかった別の組織の3人が、3週間合宿して意気投合したようで、皆すごく喜んでいたような気がする。
「縦割り」の弊害というのは、別に日本に限らずどこにでも見られる話だけど、それに少しでも風穴が開けられれば大成功だろう。研修員の間ではお互いの国同士の理解というのも進んだような気がする。
3人×3年で9人が非公式にでもチームを組んでくれれば、社会は変わるかもしれない。
「昔、日本では『7人の侍』が村を変えた。あなたたちは母国で『9人の侍』になってほしい」と、閉校式では挨拶した。

Aさん(キョトンとして)『7人の侍』? なんです、それ。


H教授もういい、キミと話をしていると疲れてくるよ。
彼らの国の鉱工業排水にかかる状況を話してくれたんだけど、やはり大変みたいだ。多くの国では金を採掘している。金をいったん水銀との合金(アマルガム)にするため水銀を使ったり、金をシアン溶液に溶解させたりするから、水銀やシアンによる健康被害が出たりする。
また、上水道など整備されておらず、重金属汚染の恐れのある水を利用している地域が多かったりもしているようだ。
でも研修にきた彼・彼女らは底抜けに明るくって、打ち上げパーティーではすぐに激しいダンスが始まった。ボクらは途中で帰ったけど、なんでも午前3時まで踊り狂ったという話だ。

Aさんセンセイは運動神経が鈍いから、ダンスが大の苦手ですものね。
さあ、ぼちぼち本論にいきましょうか。


国内排出量取引制度の検討開始へ

H教授いやあ、急ピッチで情勢が動いているねえ。

Aさんなんのことですか。

H教授前々から言っていた国内排出量取引制度だが、急に動きが慌しくなった。

Aさんところで排出量取引と排出権取引は違うんですか。

H教授同じことだ。昔は圧倒的に「排出権取引」と言うことが多く、Google検索では「排出権取引」の方が断然多い。でも、最近は役所もメディアも「排出量取引」と呼ぶことが多くなったようだ。
いずれにせよ、2月に入ってから、これが急ピッチで動き出した。
経産省では、局長が排出量取引の勉強会を設置すると報じられた。
自民党でも勉強会を始め、ついに福田サンも腰をあげて、首相直轄の地球環境に関する有識者会議を立ち上げた。排出量取引が主要テーマになると報じられ、産業界の重鎮もメンバー入りしているらしい。
これまで一枚岩で反対を唱えていた経団連など産業界でも、あちこちから「入り口で反対するのでなく、中身の議論を」などと言い出していて、容認の道を突っ走り出したようだ。反対の急先鋒だった経団連の会長も、「世界のマジョリティなら積極的に検討していく価値がある」と言い出す始末。頑なに反対してきた鉄鋼連盟と電事連だけが取り残されそうな勢いになってきた。

Aさんそういえば東京証券取引所グループも「排出量市場」の創設に向け、検討をはじめるそうですね。
でも、なんでこんな急ピッチに動き出したんですか。

H教授福田サン自身が指示した可能性だってある。ま、いずれにせよ、経産省官僚だって産業界だって、もうこれ以上の門前払いは保たないと思っていたのだろうし、誰か自陣営から言い出すのを待っていたのかも知れない。

Aさん「これ以上保たない」って?

H教授だって国際的な流れをみれば一目瞭然だし、直接的には米国の動きだろう。
共和党のブッシュさんは、今では口先で温暖化対策を言うようになったが、本心は温暖化対策にきわめて後ろ向きなのはキミも知っての通りだ。
だが、もはや誰が次期大統領になろうともブッシュ路線の継続はありえず、米国の大幅な政策転換は必至とわかったからじゃないかな。
米国では大統領予備選挙が進行中だが、民主党ではオバマさんとヒラリーさんが激しく競り合っていて、どうやらオバマさん優勢のようだ。共和党の方はマケインさんで決まった。そして、この3人が3人とも温暖化対策推進を言い出していて、ポスト・ブッシュ政権は国内排出量取引制度を構築し、EUの排出量市場と統合の方向に動くのは確実だ。
もともと米国は排出量取引発祥の地だ。SO2ではかなりの実績と経験があるから、そうなればあっという間に進展するだろう。
米国に追随していたオーストラリアが一足先に方向転換し【6】、その米国までが政策転換必至となれば、日本だけが取り残されるのは誰の目にも明らかになったからだと思うよ。
おまけに7月にG8洞爺湖サミット、それに先んじて神戸で環境大臣会合が開かれるんだもの、このままいけば世界の笑いものになるのが避けられないと察したんだと思う。

Aさんでも、そんなこと去年のうちからとっくにわかってたことじゃないですか。先の読めないセンセイだって…。

H教授こらこら。


Aさんいけない(ぺろっと舌を出す)。
センセイは2〜3年前からずうっと言ってましたものね。でも、こんな急激な方針転換なら、産業界も経産省も大慌てじゃないですか。

H教授そんなことはないさ。さっきも言ったように、よっぽどのぼんくらトップでない限り、誰もがそうなることは必至と考えて、そうなったときの対応策を秘かに練っていたと思うよ。

Aさんえー、うそでしょう。

H教授ずっと大昔の公害闘争華やかなりし頃の話だけど、自動車排ガスの規制のときがそうだった。ボクは関わってないし、古いことだからうろ覚えなんだけど、概ね次のような経緯だったと思う。
世界に先駆けてアメリカが世界で一番クリーンなクルマを作ると宣言し、マスキー法を制定。それに対抗して日本でも日本版マスキー法をつくろうとしたとき、運輸省や自動車メーカーは技術的に不可能だとして、こぞって規制に猛反対した。運輸省から出向していた環境庁の担当課長が板ばさみに悩んだ末に蒸発した事件さえも起きた。
だけど、自動車メーカーの社長たちは政財界に規制つぶし運動を行う一方、自社に戻ると、技術陣に何がなんでも他社に先駆けて規制をクリアできる技術開発をしろと厳命。
一方、世論をバックに自動車排ガス規制が一定の猶予期間をおいてついにスタートすることになった。
技術的に不可能だといっていた自動車メーカーも、全社が規制をクリアできる技術開発に成功し、日本車は世界でもっともクリーンなクルマとして名を馳せ、経済的にも大躍進したんだ。
環境と経済がみごとに両立した例とよく言われているよ。

Aさんえ、だって排ガス規制はアメリカの方が先行したんでしょう。

H教授アメリカのマスキー法は、自動車メーカーのロビイストの働きかけが功を奏し、ついに発動されないままお蔵入りになったんだ。だから日本車が世界一のクリーンカーになった。
話をもとに戻すと、おそらく大半のメーカートップたちも排出量取引制度の導入は、個人的には必至だと考え、そうなったときの対応策を考えてきたに違いない。
だけど日本は依然として護送船団方式の残滓が残っていて、経産省も含めて、ぎりぎりになるまで、誰も中からの方向転換を言い出せなかったんだと思うな。

Aさんへえ、じゃあ案外、環境税もそうなんですか。

H教授うん、間違いないと思う。ただ、最初に誰がそれを言い出すかなんだよね。
個人的にはガソリン暫定税率維持、道路特定財源死守なんていってる今が絶好のチャンスだと思うんだけどな。

Aさんま、その話はあとにしていただくとして、国内排出量取引制度を導入するにはどういう問題があるんですか。


H教授キャップ&トレードのキャップ、つまり大工場などの発生源ごとに排出できるGHG──主としてCO2だけど──の量、つまり排出量割り当てをどう決めるかだよね。
政府が一方的に発生源ごとのキャップを決めて割り当てる方式を「無償配分方式」と言うんだけど、「強制割り当て方式」と言った方がわかりやすいかもしれない。これにも2つあって、簡単なのは過去の排出実績をもとに割り当てる方式だ。例えば、今までの排出実績からの一律○割カットのようにね。これを「グランドファザリング方式」といい、EUのスタートはこれだった。
ただ、この方式では相対的に得をする業種と損をする業種が出てくるし、これまで一所懸命排出削減に取り組んできた工場・事業場がバカを見るということにもなりかねない。
排出実績だけじゃなく、業種ごとのエネルギー効率だとか、過去の省エネ実績だとか、いろんな要素を噛み合わせてできるだけ合理的なキャップにすればより公平だ。もっとも、膨大なデータが必要だし、総論賛成各論反対で議論百出となるかも知れないがね。これを「ベンチマーク方式」というようだ。経産省や産業界はこの方式を考えているかもしれないな。

Aさん無償配分方式というか、その強制割り当て方式以外にもキャップの決め方はあるんですか。

H教授うん、それがオークション、つまり競売方式にして、キャップを入札で決めようというものなんだ。胴元が政府ということになって、排出量と価格の入札をやって決める方式だ。
EUは総排出量の5%をオークションで決めていたけど、この割合を10%に増やすそうだ。
これまで経験がほとんどないから、実際にやるとなるといろんな問題点が出てくるだろうし、価格変動が経営に与えるリスクだってあるから、うまくいくかどうかわからない。
もともと全量をこのオークション方式でやるなんてことは、まずできないんじゃないかと思うけどね。


Aさんキャップの割り当てが難しそうですね。いっそのことキャップなしの排出量取引って考えられないんですか。

H教授常識的には不可能だろう。
理論的なものとして「ベースライン&クレデイット方式」というのが提唱されているが、この場合だって「ベースライン」というのがキャップに相当するわけで、キャップなしというわけじゃあない。

Aさん現在でも業界ごとに自主行動計画で削減目標量を決めているわけですから、これを業界全体のキャップにして、あとは業界に任せるということだってあるんじゃないですか。

H教授その場合だって、各発生源には業界団体の中で調整して割り振るわけだから、それがキャップということになる。いかにも日本的だが、うまく割り振れるかどうか。それにやはりある種の護送船団方式になってしまう気がするし、微温的な排出抑制しかできないんじゃないかな。

Aさんキャップを一切課さないまま、ある工場が削減したCO2を入札制で競売にかけることだってできるんじゃないですか。

H教授「削減した」というからには、いつの時点から削減したかということになって、もとの量がいわばキャップになるんだ。それはともかくとして、じゃあ、その削減分を一体誰が買うんだい。キャップがあって、その達成が難しいからこそ買うわけで、そもそものインセンティブが働かないだろう。

Aさんじゃ、政府が買えばいいじゃないですか。何らかの形で削減することが利益になるようにしなければいけないわけだから。

H教授政府が買うということは、結果的には税の還付ということになる。それに、排出を増やすところからは、余計にカネ、つまり税金をとらなきゃ不公平だよね。となると…。

Aさんあ、そうか。排出量取引じゃなく、一種の環境税になるんだ。
でも民間が買うことだってあるんじゃないですか。メーカーでなくても、量販店だって、市場でCO2を自社の排出量分だけ買ってきて、「わが社はCO2排出量ゼロです」というのを<売り>にして、消費者の支持を得ることだってあるかもしれないですよ。


H教授いい発想だな。つまりそれは排出量取引というよりは、一種のカーボンオフセットだよね。排出量取引は大きな発生源からの排出量を減らすための社会的な仕組みだけど、環境税やカーボンオフセットはわれわれの家庭も含めて、もっと広範なところからも排出を減らすための社会的な仕組みということになる。
また、今までの話は経済的な手段、社会的な仕組みとしてCO2を減らそうという試みなんだけど、そのおおもとではエネルギー効率の向上だとか、省エネがなされねばならないのだけど、それだけでCO2を大きく減らすのは難しい。だってエネルギーはわれわれの社会にはなくてはならないものだからだ。

Aさんだからエネルギー源として、そもそも化石燃料以外のものに替えていこうじゃないかということになって、カーボンニュートラルとか自然エネルギーや再生可能エネルギーとかの話につながっていくわけですね。

H教授そうそう。また排出量取引の話に戻るけど、環境省では3年間自主参加企業による排出量取引の実証プロジェクトをやってきたけど、その結果をうまく生かした制度設計ができるかどうかだな。
いずれにせよ、これからどういう議論がなされ、どういう制度設計がされるか見ていく必要があるし、東京都の条例【7】がどうなるかも楽しみだ。個人的意見としては、かつて話した国内CDM【8】もぜひセットで議論してほしいね。

Aさんところで、排出量取引制度っていうのは、キャップ以下に排出削減した量を売り、キャップを達成できないところが買うというシステムですね。

H教授うん、余ったところと足りないところが直接交渉するのを「相対」というんだけど、ふつうは市場を介して行う。日本でも東京証券取引所グループが創設に向けて動き出したってわけだ。

Aさん日本の国内での売買を当初は対象にしているんでしょうけど、日本の企業とEUや米国の企業との間での売買ということになると、この排出量取引制度がEU方式、米国方式、日本方式なんてバラバラのままだとうまくいかないんじゃないですか。

H教授ばらばらとは言っても、それはキャップの決め方だけの話だから、市場間の取引ルールさえ決めておけばいいということになる。ただ、そもそもキャップの厳しさが米欧日であまりにばらばらだったら、やはり困るだろう。キャップの基準や取引の対象、検証方法などは揃えた方が、統一したルールを作りやすいのは確かだ。
だからその前提として京都議定書のような共通の土台が必要だと思うよ。


山場に来たガソリン暫定税率延長問題

Aさんところでガソリン暫定税率と道路特定財源問題ですが、依然膠着空転状態が続いていますね【9】

H教授コイズミさんが首相時代にやったことについて、ボクは概ね批判的なんだけど、道路公団改革にも口火を切ったのは事実だし、公共事業削減に舵を切ったことも評価している。そのコイズミさんが民主党と妥協せよと動き出したのが気になるね。
彼は明確に一般財源化支持を公言し、「本心では与党でもそう思っている議員も多いはずだ」とまで言っている。
ま、民主党との妥協を模索するか、強行突破に走るかは、ここ数日の勝負だね。

Aさんでも6自治体を除く全首長が暫定税率維持の陳情を出したそうじゃないですか。

H教授ボクの独断と偏見で言わせてもらえば、そんなもの、国交省から仕掛けて、その恫喝に屈したに決まってると思うよ。なにしろ公共事業の大半を握っていて補助金で生殺与奪の権を握っているんだから、逆らうのは勇気がいる。首長にしたって必要なのは道路じゃなくて道路事業費だろう。

Aさんそういえば、前講のセンセイのご荒説に対して、読者からの厳しいご意見もいただいていますよ。ちょっと長いですが、全文挙げておきますね。


不必要な道路について、教授は「古い鉱山跡を巡ったから知っている」とおっしゃいます。しかし、鉱山利権についても言及していらっしゃいます。ならば、その二つを結びつけるという発想はなかったのでしょうか。地元に鉱山利権を持つローカルボスが道路整備という形で自分のところに金を落とさせるため古い鉱山のある地域に道路を整備させたと。教授は計らずして異常に道路が整備されたところばかりに行かれていた可能性があります。もちろんそうではなく公平な視点をお持ちなのかも知れませんが。

私の見た範囲では、今は一桁国道となった街道沿いの集落の中、家の軒先をかすめて大型トラックが疾走するような光景もざらにあります。排気ガスを浴びつつ登校する小学生の姿は忘れられません。

不必要な道路といえば、ある農水大臣の利権誘導(確かにやりまくってましたが)批判のために東京のマスコミが流した映像で、さっぱり車の通らない立派な道路というものがありました。準地元民は知っています。あれは光線の角度からして、明け方に撮影したものです。普段は大変交通量が多い、きわめて重要な幹線道路です。実際に地方に暮らしたことのない人なら騙されるかも知れません。

バイアスがかかっているかも知れない趣味上の経験を離れて、生活体験として本当に、地方の道路建設が不要とお思いでしょうか?首都圏と地方とで生活する上で車がどのくらい重要かという違いまで含めて考えると、私にはそうは思えません。車なしでも生活が成り立つ首都圏の道路整備より、ずっと重要であると思います。


H教授この方のご意見の評価は読者に委ねるけど、最初のパラグラフと最後のパラグラフは、完全に誤解されておられるな。
ボクは大都会に住んでいるわけじゃない。ボクだって、クルマがなくては過ごせない小さな地方都市の外れに住みついて、もう十年を過ぎているんだ。だから生活体験としても道路の重要性は重々承知しているつもりだ。
もちろん趣味で僻地回りをしているけど、そもそも、その僻地にだって何年か住んだことがあるんだということも知っておいていただきたい。
それからローカルボスが鉱山利権を持つということもあまり考えられない。鉱区を持っているのは鉱山会社以外には、なんとなく胡散臭げな都会の人たちが多いんじゃないかな。

Aさんでも地方で道路整備を必要とするところがあるのも事実でしょう。

H教授もちろんそうだ。だけどボクは「地方にこれ以上の道路整備は不要だ」なんてことは一言も言っていない。特定財源という仕組みがおかしいと言っているんだ。
一般財源化して、地域で議論して必要なところを整備すればいいと思う。
ただ、道路整備だけが予算を必要としているわけじゃない。教育だって福祉だって必要だ。他に必要なものだっていっぱいある。限られた財源の中で、それをどう配分するかを自分たちで決めるのが本当の地方自治であり、地方分権ということだと思うよ。
例えば、田舎に行くと昔あった小学校が随分と廃校になっている。これを見過ごしていいのかっていう話だってある。
限られた予算の中で優先度をつけるのは地域の人々に任せるべきだと思うよ。


Aさんでも、地方はだいたいが財政難でしょう。それにシビルミニマムという観点からすると、貧しい地方に任せっぱなしというわけにもいかないんじゃないですか。

H教授いくつかの自治体を除いて、財政難はどこも同じだ。大都会の大阪府や大阪市だってひどいものだぜ。
ま、それでもキミの言ったのはその通りだ。だけどそのことと特定財源のままで10年間で59兆円かけて道路を整備する話とリンクさせちゃいけない。
高速道路だって、空港だって、新幹線だって、赤字必至であったとしても国が責任をもってやらなきゃいけないこともあるだろう。でないと、地方は疲弊する一方だ。だけどその場合、ああいう「計画」でなく、もっと別の意味での定量的なガイドラインが必要だ。

Aさんえ、どういう?


H教授単なる思い付きだけど、そもそもの議論のスタートとして、こんなのはどうだ。
離島は別にして、いわゆる限界集落を含めて、すべての集落から市町村役場所在地まで1時間以内でアクセスできないところについては、国道でも県道でも市町村道でも大規模農道でも基幹林道でもなんでもいいから、時間短縮のできる改良整備を、国が直接または間接的に関わって実施することとするというのはどうだろう。まずは、そういう集落がどこにどれだけあるかをリストアップする。
次に、市町村役場所在地から、県庁所在地、新幹線の駅、高速道路のインター、そして空港のいずれも2時間以内にアクセスできないところについては、国、県が可能な範囲で時間短縮できる改良整備を行うこととする。これについても、まずはそういう市町村をリストアップする。
そして、すべての県庁所在地から新幹線、高速道路、空港のいずれかへは1時間以内でアクセスできるよう、国が責任を持って整備することとし、そうでない県庁所在地をリストアップする。
この作業は道路地図さえあれば、誰だってできる。キミ、試しにやってみろよ。
リストアップが終われば、それを公開し、そこから先どうするかを財源と相談の上、自治体の意見も踏まえつつ、国会で議論すればいいんだ。
そして、それ以外はすべて地方の選択に任せりゃいいんじゃないかと思うよ。

Aさんでも、今整備している道路だって、投資効果は一応はあるんですよね。
そういう計算式があって、投資効果が1だか1.2以上だかないものは整備しないって聞きましたけど。

H教授だったらなんでわがニッポンは、800兆円もの借金を抱えるようになったんだ。
そんなのは1以上か1.2以上になるように、もっともらしく数字をいじくっているだけだ。
意味があるとすれば、その数字が高い道路計画の方が、低いものより相対的に効果が高いと言えるだけだろう。


中国ギョーザと再発防止策

Aさんうーん、そうなんですか。
ところで前講でもとりあげた中国製ギョーザへの農薬混入事件【10】、真相はますます混沌としてきましたね。

H教授うん。過失ではなくて、意図的な犯罪だというのは確からしくなってきたと思うけど、日中捜査当局の言い分が真っ向から対立したままだ。
こういうとき第三者機関、つまり日中以外の国や国際機関が両国の依頼を受けて捜査する仕組みがあった方がいいかも知れないね。

Aさんそれはともかくとして、政府では関係閣僚会議を開き、冷凍加工食品の残留農薬検査をはじめるなど、緊急の再発防止策をまとめましたね。

H教授うん、その中に関係省庁に局長級の「食品危害情報総括官」を新設するというのがあったろう。

Aさんええ、それがどうかしたんですか。


H教授すべての役所の悲願は予算・定員の増加と、あとポストを増やすことなんだ。それもできれば指定職ポストを。
純増か、振替かは知らないが、厚労省や農水省はしてやったりとほくそ笑んでるんじゃないかな。
前から言ってるように食品安全委員会という独立組織があって、権限もあり事務局も張り付いているんだから、ここの有効活用、活性化を考えるのが本線だと思うけど【11】、そのことには一言も触れてないのが印象的だった。

Aさんセンセイが現役の役人だったら?

H教授 …もちろん、ありとあらゆる屁理屈をこねて、新しい組織・予算・定員要求にしゃかりきになっただろうなあ。

Aさんところで何か目新しい環境関係のニュースがありますか。


超長期ビジョンの検討結果

H教授うーん、そうだなあ。超長期ビジョンの必要性や困難性については何度も話したよね【12】
実は環境省でもその重要性を認識していて、第三次環境基本計画【13】では、2050年をターゲットにした超長期ビジョンを作成するとし、そのビジョンから出発して、ビジョンに到達するための政策の道筋を決めるというバックキャステイング方式が必要だとしている。
これを受けて予備検討を国立環境研究所が中心となって行い、その結果、2050年にCO2の70%カットが可能だという結論になった【14】。このプロジェクトについて以前にも紹介したことがあるけど、実は平成18年6月、総合環境政策局長の下、有識者による超長期ビジョン検討会及び超長期ビジョン検討アドバイザリー・グループを設置し、十数人のいろんな分野の専門家が、このレポートも踏まえた検討を開始していたんだ。
合宿を含む十数回の会合が開催され、昨年末には報告書をまとめている。付録として各メンバーの補足意見というかコメントがついている。
その報告書を中央環境審議会の総合政策部会で一応の説明を行い、審議会の委員からはいろんな意見、異見が出されている。

Aさんへえ、そうだったんですか。全然知らなかった。それは公表されているんですか。

H教授うん、環境省のホームページには出ている【15】。だが、記者発表はしなかったんじゃないかなあ。
実はボクも昨日、その検討会の座長の安井至先生のブログで、そのことを始めて知ったばかりで、まだ中身をじっくり読んだわけではない。

Aさんちらっとくらいは見たんでしょう。どういう中身なんですか。

H教授「21世紀環境立国戦略」では2050年には世界のGHGの排出量を半減させねばならないという前提で、低炭素社会=循環型社会=自然共生社会にしなければいけないと言っていたね。つまり三位一体というわけだ【16】
この報告書では、それに「快適生活環境社会」を加えていて、いわば「四位一体」としていて、それぞれの切り口から、定性的に望ましく実現可能な社会を論じている。低炭素社会の方は国立環境研究所のレポートを下敷きにしているみたいだったけど、なんせまだ読んでないから…。

Aさんでも前提がいろいろあるんでしょう。

H教授そりゃあ、そうだ。
ただ核融合のような、現在の時点ではまったく実用の見通しの立たない技術イノベーションは想定していない。
あくまで現在の技術の延長線上で、実現可能な最善の場合を描写しているような気がしたな。また、戦争や関東大震災、あるいは突発的な何十万〜何百万人ものボートピープルが押し寄せるといったカタストロフの発生はないという前提だ。

Aさん社会経済情勢の変化はどのように想定しているんですか。

H教授うん、可能な限りのデータを用いているし、人口だとか、GDPだとかも一応は想定している。ただ、それは不確実な要素が多い上、既存の公的予測──願望の入り混じったある意味楽観的な──を使わざるを得ないという制約もあったようだ。

Aさんで、そこに至るための政策提言のようなものもあるんですか。

H教授いや、それは基本的にない。
そのためには現在の社会構造を根本的に変えなければならず、それはどう考えても現時点では不可能だと断念されたのかもしれないし、委員の意見としてもまとまらなかったのかもしれない。
描かれているビジョンは楽観的に見えるが、実はその裏には深いペシミズムが貼りついているような気がしないわけでもない。
まあ、ちらっと見ただけなので、それ以上はなんともいえないし、結構分厚いものなので、じっくり読んでから、また取り上げるよ。
でも、これだけは言える。報告書以上に面白そうだと思ったのは、各検討員のコメントと審議会部会での委員と安井先生のやりとりだ。

Aさんで、今後はこの報告書はどう取り扱われるんですか。

H教授さあ、わからない。議事録で読む限りでは、環境省はなんか煮え切らなかったなあ。これを大々的に出して、「これを素材にしてこの国の未来を皆で考えよう」というキャンペーンをすればいいと思うんだけど、なんだかこそっとやって、ホームページに公表だけはしましたよというエクスキューズみたいなものを感じたなあ。
あと個人的な感想を言えば、もうひとつ「このままなにもせずにいたら、例え戦争や大地震のようなカタストロフがなくても、こうなってしまいますよ」という悲観的な見通し、“美ジョン”というより“悲ジョン”とでもいうものも必要じゃないかと思った。
そしてその両方をマンガなどで、わかりやすくビジュアルに対比させれば面白いと思うけどなあ。
ゴアさんの『不都合な真実』のように映画化もいい。その場合はやはりドラマ仕立てだな。

Aさん(にやっとして)で、そのヒロインはセンセイの大好きな蒼井優チャンってわけですね。

H教授(ギクッ)な、なんでそれを…。

Aさんへん、それぐらい、とっくにお見通しですよーだ。



注釈

【1】富山湾の「寄り回り波」
寄り回り波を知る(富山地方気象台)
【2】辺野古沖埋立
第26講「辺野古沖埋立ての新転回」
第21講「時評2−普天間飛行場の辺野古沖移設を巡って」
【3】大阪府知事選
第61講「橋下サン圧勝―大阪府知事選」
【4】キューバ事情に関して
第52講「独断と偏見のキューバ社会論」
【5】第二期キューバ特設研修
第52講「キューバ研修と環境研修のあり方をめぐって」
【6】オーストラリアの方向転換
第59講「温暖化をめぐる攻防―バリを目前にして」
【7】東京都の条例
第54講「都が拡大排出権取引にチャレンジ?」
【8】国内CDM
第51講「低炭素社会に向けて ──拡大排出権取引」
【9】ガソリン暫定税率と道路特会の膠着空転状態
第61講「ガソリン税暫定税率延長をめぐる混迷」
【10】中国製ギョーザへの農薬混入事件
第61講「日本を揺るがせた謎のギョーザ騒動」
【11】食品安全委員会
第55講「食品不祥事と食品安全委員会」
【12】超長期ビジョンの必要性や困難性
第24講「持続可能社会超長期ビジョンの必要性・可能性」
第37講「超長期ビジョン検討開始」
第45講「日本超長期ビジョン」
【13】第三次環境基本計画
第40講「第三次環境基本計画スタート」
【14】超長期ビジョン検討会報告
第51講「低炭素社会に向けて ──拡大排出権取引」
第58講「万華鏡・その7 ──「2050低炭素社会プロジェクト」再説」
【15】超長期ビジョン検討会報告
超長期ビジョンの検討について
同 検討員意見
総合政策部会議事録
【16】21世環境立国戦略の三位一体
第52講「安倍サンの「環境立国戦略」雑考」
第53講「「美しい星50」戦略を祝す」」
第54講「「21世紀環境立国戦略」再説」

(平成20年2月29日執筆、同年3月10日編集了)

註:本講の見解は環境省およびEICの見解とはまったく関係ありません。また、本講で用いた情報は朝日新聞と「エネルギーと環境」(週刊)に多くを負っています。なお排出量取引については25歳の俊秀、松本健一博士にいろいろ教示してもらいました。ここに明示して感謝の意を表するとともに、一切の文責はもちろんぼくにあることを申し添えます。