No.072
Issued: 2009.01.13
第72講 2009年霧中の旅 ―― 新春呆談
H教授やあ、明けましておめでとう。
Aさんセンセイ、なにがオメデタイんですか。
オメデタイことなんてなんにもないじゃないですか。ミ・ゾ・ユウの経済危機の中で、非正規労働者は3万5千人が解雇され、春までには30万人解雇だって話もあります。アタシの就職だって、難しそうだし…。
一方じゃあ、イスラエルがガザを連日空爆した上、ついに地上侵攻。ジンバブエでもコレラが大流行するなど、暗いことばっかりです。
そりゃあ、アタシだって、明けましてオメデトウって言いたいんですけど、とても言う気になれません。
H教授それでも正月にはオメデトウって挨拶するんだ。それが日本の文化というものだ。"How are you?" と言われりゃあ、風邪で調子悪くったって"Fine thank you, And you?" って答えるのと同じようなもんだ。
Aさんぷっ、同じことを去年の正月もおっしゃってましたね【1】。
でも、センセイ、ハワイに行かれたとき、"How are you?" って言われて、"How are you?" って返したそうじゃないですか。
センセイの環境庁時代のお友達が "How do you do?" と勘違いしたんだろうって、笑いながら教えてくれましたよ。あと、"Thank you" と言われて、"You're welcome" と言えずに、"Thank you" と返したそうじゃないですか。
H教授(真っ赤になって)う、うるさい。誰だ、そんなことを教えたやつは! …S君か、それともT君か、チクショウ。
Aさんふふ、ま、それはいいじゃないですか。お正月から、カッカ来ちゃあダメですよ。
H教授カッカ来てるのはキミじゃあないか。まったく…。
Aさんそれはともかくとして2008年は大変な年でしたねえ。
サブプライムローンに端を発し、リーマンブラザーズの破綻以降、とてつもなく深刻な世界同時経済危機に見舞われ、金融業界だけでなく、米国のGMなど自動車御三家も売れ行きは半減し、風前の灯みたいです。
日本でも、一気に円高になって、輸出企業はアップアップ。あのトヨタまでもが大幅赤字に転落しました。
またサブプライムローンの破綻は、いろんなところに波及し、農林中金だとか、資産運用に失敗したところが続出しています。
H教授確かに不況は深刻なようだ。ボクの第二作の売れ行きもイマイチのようだし【2】。
Aさんそんなの関係ないですよ。第一作を読んだ人は、誰も第二作を買おうとは思わなかっただけでしょう。
そんなことより、大学までもが何百億円と赤字を出したところがあり、理事長が解雇されたところもありましたね。ウチの大学は大丈夫なんですか。
H教授(不機嫌に)知らないよ、そんなこと。ボクには大学や学部のことはわからないし、そんなことより自分の授業とゼミのことで、手一杯なんだ。
Aさん―手は一杯でも、遊んでいる足で、ミオと戯れ【3】、あとは石っころ集めに奔走しているんですね。<研究>の方はどうなっているんですか。
H教授ボクに<研究>などできるわけないだろう。そんなこというのは木に魚を求めるようなもんだ。
Aさん(小さく)あ、居直っちゃった。オタク本のことで傷つけちゃったかな。
H教授キミこそ、修士論文の方はどうなったんだ。
成果の乏しかったCOP14
Aさん(慌てて話題をそらす)えー、そろそろ本論に入りましょうか。
もう去年のことになっちゃいましたけど、前講以降の動きをさらっとおさらいしておきましょう。COP14が終わりましたけど、何か成果はあったんですか。
H教授前講で予想したとおり、さしたる成果はなく、今後の作業日程だけが定められたといって過言じゃない。
EUはその直前の首脳会議でポスト京都の包括的な温暖化対策案を合意したが、もう一方の米国が死に体の大統領じゃどうしようもないだろう。
「2050半減」を先進国側が言えば、途上国側は「2020先進国中期目標」の明示が先決と譲らず、全世界が協力して今世紀半ばまでにとるべき長期的な行動とされる「共有ビジョン」は、ついに持ち越しとなった。
Aさん今後の作業日程はどうなっているんですか。
H教授今年の年末にCOP15がデンマークのコペンハーゲンで開かれ、ここでポスト京都の枠組みを定めるとされている。そのための本格折衝は6月の作業部会で示される予定の議長案が出てからということになる。
日本はそれまでに中期目標を決められるかどうかだけど、環境省と経産省の主張に隔たりがありすぎる【4】。だから、最後は政治のリーダーシップによる政治決着ということになるんだけど、いかんせん、今の政治状況ではどうにもならない。
それまでに行われるだろう総選挙の結果次第ということになるんじゃないかな。
Aさん民主党政権が誕生すれば、多分環境省寄りの決着になるんでしょうけど、そうじゃない場合はどうなるんですかねえ。
H教授さあねえ。「対90年比ゼロ%」というオバマさんに近い案でいくんじゃないかな。だとすれば、COP15もまとまらないということになるが、オバマさんのことだ、土壇場に来て豹変し、ウルトラCの提案でポスト京都の枠組みが決まるということもあり得る。
その場合、梯子を外された日本だけが取り残されて世界の笑いものになる可能性だってあるんじゃないかな。
…いかん、いかん、テーマは前講以降の出来事のおさらいということだったな。
公益法人制度改革
Aさんふふ、ところでセンセイ、先月から公益法人制度が変わったそうですね。
H教授うん、公益法人には会費で賄う「社団法人」と、基本財産の果実、つまり運用益で賄う「財団法人」がある。もっとも現在の金利では果実だけで賄える財団法人なんてまずないけどね。
とにかく、2万5千を超える数の公益法人があるんだ。都道府県が所管する法人が多いけど国が所管するものも7千を超えるらしい。この公益法人の制度改革のための法律ができて、去年の12月から施行している【5】。
実は、今までの公益法人には、天下りの受け皿のためにのみ作られたようなものもあるし、目にあまるようなムダ遣いや政官界との癒着などもしばしばみられた。コイズミ改革の延長線上で、こうしたことを改めようとしたことが背景にある。
Aさんへえ、いいことじゃないですか。
H教授そう簡単には言い切れないんだ。
今回の制度改革によって、公益認定がされれば「公益社団法人」「公益財団法人」、公益認定がされずに登記だけしたものは「一般社団法人」「一般財団法人」、今後5年の間に登記もしないものは解散ということになる。
だから、法律の施行を受けて、各団体とも公益認定を受けて公益法人を名乗るか、認定を受けずに登記だけして一般法人を名乗るか、どちらの道をとるべきか検討しているんだけど、どこも悩んでいるらしいよ。
Aさん何を悩んでいるんですか。
H教授普通に考えれば、公益認定を目指すということになると思うんだけど。どうやらメリットが判然としないらしいんだ。税制の優遇以外に具体的なメリットが見えないらしい。しかも、公益認定のためのハードルがきわめて高く、その後のチェックも厳しいらしい。
寄付金をもらっている団体は、この税制の優遇措置があるかないは死活問題だけど、利益を出していない団体は今でも税金をほとんど払っていないのでメリットがない。そもそも環境系の団体のほとんどは利益なんて出していないんだ。
一方、一般法人になると何かしら不都合があるのか、この辺りも判然としないらしい。
だから、悩んでいるらしいんだけど、実際は5年間の猶予があるから、その間にメリット、デメリットをじっくり判断しよう、ということらしい。
環境系の社団法人や財団法人は総じて地道な活動をしているし、“天下り役員”ったってびっくりするような薄給なんだけど、世の中の批判を浴び続けている。おまけに昨今の入札改革で、随意契約もおいそれとはできなくなったから、経営も苦しいと思うよ。
Aさんうーん、何を目的に法律を作ったのかわらないですね。
でも過去を見てみると、ひどい公益法人もありましたよねえ。“渡り鳥”というんですか、天下りで信じられないような高給をとって、辞めるときにも退職金がっぽりで。そういう外郭団体を渡り歩く手合いがいましたよねえ。
H教授今でもいるんじゃないかな。だけど、そういうのは個別につぶしていけばいいんで、今回の<改革>は、盥の水と一緒に赤子まで流してしまうことになりかねない。
ま、今までの行政改革と称するものも、概ねプラスよりもマイナスの方が多いんじゃないかと、ボクなんかは思っちゃうけどね。
「政策棚卸し」の行方
Aさんセンセイ、いいときに役人やめましたよねえ。
ところで役所のムダ遣いということがよく言われていますが、自民党の「無駄撲滅プロジェクトチーム」が、「事業仕分け」=「政策棚卸し」ということで洗い出したところ、3500億円もの無駄が出てきたそうですよ。
H教授12月6日の朝日新聞の記事だね。でもそれはまだほんの一部にすぎない。
「政策棚卸し」はいいことだと思うけど、あの記事だけではよくわからなかったので、ネットで調べてみたんだ。
自民党と政策シンクタンクの「構想日本」が組んで、各省をヒアリングして、各省予算を項目ごとに「不要」だとか「要改善」だとかの仕分けをしているんだけど、現在までに終わったのは外務、環境、文部科学、財務の4省だけ。
「構想日本」のホームページで仕分け結果を公表しているし、評定者のコメントまで出ている【6】。コテンパンにやっつけている評定者のコメントは痛快だけど、役所側の言い分の方は出ていないから、不公平感は免れないな。
Aさんへえ、例えばどんなふうにですか。
H教授例えば、環境省関連で言えば「SATOYAMAイニシアチブ」など百害あって一利なしだと切り捨てている。だけどこれは閣議決定された「第三次生物多様性国家戦略」の目玉だから、環境省としては到底納得できる話じゃないだろう【7】。
ボクの古巣の環境調査研修所は「要改善」だったけど、コメントでは不要だとか自治体へ移すべきだとか民営化すべきだとか、好き放題書かれていた。
国立公園だって、環境省は自然の「保護」だけやってればよくて、「利用」のことなどは考えるな、なんてとんでもないことが書かれていた。
省庁側の言い分や反論を早急にまとめてホームページで公表すべきだと思ったよ。
Aさん国土交通省や農林水産省はやってないんですか。
H教授まだみたいだな。だけど本当に「政策棚卸し」を急がなきゃいけないのは、泡瀬干潟の埋立だとか、大戸川ダムといった、本来「時のアセス」にかけるべき公共事業だと思うんだがなあ【8】。
ああいう公共事業の「政策棚卸し」こそ早くやって、仕分けと評定者のコメントを出してもらいたいよ。それをみてからだな、「政策棚卸し」へのボクの棚卸しは。
2009年度政府予算案決定
Aさんところで来年度の政府予算案はどうですか。
H教授総額88兆5千億円。対今年度107%弱という大盤振る舞い。それに補正予算もあるから、財政規律も何もあったもんじゃあない。
そりゃあ、緊急時だからというのはわかるが、だからこそ単なるカンフル注射だけでなく、新たな将来に向けての重点投資をしなければいけないんだけど、そこがよく見えないね。
道路特定財源の一般財源化というのも、完全に骨抜きに終わってしまい、相変わらず道路トンカチに予算をばらまいている【9】。
自然エネルギー復興に向けて ──拡大PPP論
Aさんでも目新しいところでは、太陽光発電を設置する家庭に対する補助金を復活したそうですよ。
H教授補助金システムは原資に限りがあるから賛成できないなあ。
ボクに言わせりゃあ、補助金システムより、以前から言ってるように、自然エネルギー固定価格買取制度を導入すべきだろう。電力会社に買い取り義務を負わせればいいんだ【10】。
Aさんその自然エネルギーの発電装置は、誰が設置するんですか。
H教授誰だっていい。NPOだって構わない。補助はしないが資金は融資するし、税制上の優遇措置も行う。儲かるうえに、環境にもやさしいとなれば、市民も出資するだろう。
どうも経産省の自然エネルギー拡充政策というのはトンチンカンだな。51カ国が設立協定を結び、今月下旬にも発足が予定されている、国際再生可能エネルギー機関(IRENE)に加盟もしていなってのはどういうわけなんだ【11】。
Aさんでも自然エネルギーって、コストは原発や火力発電より高いでしょう。そんなことすれば電力会社は価格に転嫁して、電気料金がメッチャ高くなりますよ。
H教授いいんだよ、そうすれば個人だって企業だって、自然と節電意識が身につくし、省エネ技術が発達する。
もちろん電力の価格体系も変えなきゃいけない。使えば使うほど単価は高くなるようにするんだ。累進価格制だな。
それに原発はバックエンド費用をカウントしていないし【12】、火力の燃料への課税が廉すぎるのが問題。
「拡大PPPの原則」を導入すれば、決して自然エネルギーは高くない。
Aさんまた“拡大”シリーズですか。「拡大PPPの原則」ってなんですか。
H教授今までのPPPの原則──ま、PPPの最後のPは「原則」という意味だからPPPだけでいいんだろうが──は、公害被害の責任・補償に限定されている。そうじゃなくて、環境負荷そのものに税とか課徴金のようなものを課せばいい。
つまり、これまでは規制基準さえ守っていればOKだったけど、そうじゃなくてBODだってSO2だって規制基準以内であっても、排出量に応じて負担を課すようにする。
CO2だってそうだ。CO2の排出量に応じて税を課すんだ。難しく言えば外部不経済の徹底した内部化を図るということだ。
開発税だとか水源税、森林税だとか、いろんなことが言われてきたし、ゴミの世界では拡大生産者責任ということが言われているが、そういったものも、みな拡大PPPの原則の変形だといっていいだろう。
Aさん超広義の環境税ですね。その場合の税額はどうして決めるんですか。
H教授理屈だけでいえば、ノーネットロス原則【13】で、環境劣化の絶対値を価格換算して、それを税額にすればいいんだろうけど、誰もが納得する数式化は無理だろうから、当面はエイヤッで決めるしかないだろう。
ま、拡大PPPと言ってもいいし、「拡大代償ミティゲーション」と言ってもいいが。
Aさんそんな実例、外国にはあるんですか。
H教授さあなあ、でも夢物語かも知れない。先日、途上国の人々と話する機会があったんだけど…。
Aさん(話を遮って)「通訳さんを介して」って言わなきゃダメですよ。
H教授はい、はい。
Aさん「はい」は一度でいいんです。
H教授わかったよ。途上国じゃあ、基準オーバーみたいな違反があっても、罰金さえ払えば、そのまま違反を続けてもいいんだってところが多いみたいだ。びっくりしたなあ。
Aさん日本はどうなんですか。
H教授もちろん刑事罰、つまり懲役とか罰金は、警察−検察−裁判所といったルートでなされるんだけど、それとは別に行政罰というのがあって、違反をした場合には排水停止命令のようなものまでかけられるから、違反を続けることはできない。
Aさん従わない場合はどうなるんですか。
H教授そうすると告発、つまり司法の手に委ねることになるんだけど、公然と違反し続けるなんて例は聴いたことがない。つまり罰金さえ払えば、違反し続けられるなんてことは日本じゃほぼ不可能なんだ。その話をしたら途上国の人はびっくりしていたなあ。
だけど逆をいえば、規制に違反さえしなければ、いくら環境負荷をかけても免罪されるなんて言うのもおかしな話だ。違反しなくても、それなりの負担を排出量に応じてかけるというのが、ベストじゃないかなあ。
Aさんうーん、その話をもっと拡張していけば、いわゆる環境税だけじゃなくって、カーボンフットプリントだとか、カーボンオフセットだとかフードマイレージだとか、バーチャルウォーターだとかいった、いろんな目新しいコトバ【14】も全部引っくるめて税制のシステムに組み込めそうですね。
H教授うん、そのためには環境基本法に、大原則としての「拡大PPPの原則」を埋め込んじゃえばいいんだ。いや、それだけじゃダメだな。税の基本法、つまり憲法も改正しなくっちゃダメかも知れない。
Aさんつまり、環境負荷の削減に向けて、憲法改正まで視野に入れなきゃあいけない時代になったということですね。
だけど、そんなことをしたら物価は高くなるでしょうし、国際競争力も落ちて、経済もマイナスになるんじゃないですか。
H教授すぐそういうことを言う。まだ成長神話にとりつかれているな。
まあいい、この話はまたあとでやろう。
そうそう、来年度政府予算案の話だったな。大戸川ダム【15】には予算はつけなかったそうだ。
Aさんあと国内排出量取引制度の試行【16】は結局どうなったんですか。
H教授12月12日に締め切った。個別企業の参加申し込みが315社。その他に鉄鋼連盟、自動車工業会、自動車車体工業会は団体で加盟を申請したそうで、全部で446社で、そこからのCO2排出総量は国内排出量の約半分だそうだから、「とにかくスタートを!」との環境省の念願は果たされたといっていいだろう。
まあ、どれほどの排出削減効果があるかはわからない。
ただ、幸か不幸か、自動車業界などは今年は大幅な減産を余儀なくされそうだから、来年度の排出総量は相当減ることになるだろう。経済危機がもっとひどくなれば、排出総量はどんどん減っていって、ちょうど90年前後のソ連・東欧の状況のようになるが、こういう減り方は決してハッピーじゃないな。
日本初、商業用原子炉の廃炉
Aさんところで浜岡原発ですが、中部電力は1号機と2号機を廃炉にすることを決めたそうですね。で、代わりに6号機を新設するとか。
H教授実は原発の耐用年数は当初30年と決められていたんだが、まだもつということで60年まで延ばしちゃった。
この1号機、2号機とも運転開始後30年程度だから、廃炉にする必要はないんだけど、一方じゃ耐震基準が強化され【17】、耐震補強工事にかかる経費が莫大なものになり、廃炉にして新たに作った方が経済的ということになったようだ。
日本では本格的な廃炉ははじめてのケースなんだけど、似たような話は他にも出てきそうだ。
CO2対策で日本は原発をメインに据えているが、国際的にはCDMの対象にもなっていないことからもわかるように、きわめて補完的なものと捉えている。
前にも言ったけど、浜岡原発は東海地震の想定震源域だし、浜岡に限らず、日本は地震と火山の巣なんだから安易な原発頼みはやめた方がいいと思うんだけどね【18】。
必要なダム、あと100基?
Aさんこれから各地の原発も老朽化が進みますよねえ。心配だわ。
そうそう、12月10日付けの朝日新聞によると、全国の一級河川で100年から200年に一度あるような規模の大洪水を防ぐためには、建設中・計画中のダム150基以外にも新規に100基必要だと国土交通省は試算しているんだそうです。
H教授97年に河川法が改正され、1級河川109水系について逐次河川整備基本方針とそれに基づく河川整備計画を策定中なんだ。
基本方針は今後100年を見通した整備方針で、基本計画の方は今後30年間の具体的な整備計画をまとめようとするものだ【19】。
基本方針の方は、すでに104水系で策定されていて、今年度中にはすべて策定されることになるそうだ。まあ、今後100年の見通しということだから、技術者の夢を語っているんだろうが、それこそ前世紀、いや19世紀の夢だね。時代感覚のなさに呆れちゃうよ。
2009年、霧中の旅
Aさんさあ、ぼちぼち新しい年のことを語りましょう。今年の見どころと見通しは。
H教授大状況がどうなるかにすべてかかっているね。
戦後日本を牽引してきたトヨタまでが赤字に転落、米国じゃGMなど自動車の三大メーカーすべてが死に体みたいになってしまっていて、どこも失業者がうなぎのぼりに増えている。
この経済危機がどこまでいくのかだ。
不況になればなるほど、民間からのCO2排出は減るが、一方じゃ環境投資の方はしようとしてもできなくなってしまう。
政府の役割はいやおうなく大きくなって「小さな政府論」はすっとんでしまうが、他方では政府の資金も税収減で底をついてしまう。
Aさんオバマさんは「グリーンニューディール」ということを言っています。今後10年間に日本円にして15兆円の国費を投入し、500万人の雇用創出を図るとしています。
H教授日本でも民主党がその日本版をまとめた。予算の試算はしていないようだが、エネルギー転換や農林漁業再生で雇用を250万人創出するということのようだ。
Aさんセンセイはどう思われますか。
H教授もちろん賛成だよ。そしてその財源として、道路やダム、空港に代表されるトンカチ型公共事業は大幅削減しなきゃあいけないし、民主党の案に関して言えば、農家への所得保障のような単なるバラマキもやめるべきだ。
ただねえ、グリーンニューディールで、経済は再び成長をはじめるという幻想は捨てた方がいい。
これ以上の“負のスパイラル”を止めて、健康で文化的な生活の底支えをしてくれる手段だと思った方がいい。
Aさんこれ以上の経済成長は幻想だなんてどうして言えるんですか。
H教授ちらっとテレビで聞いたんだけど、レスター・ブラウン氏なんかも、再生可能エネルギーは無限大にあり、それを活用する技術革新により、経済成長は永遠に可能だと誤解されかねない──真意は違うと思うけど──発言をしていた。」
だけど無限の経済成長なんていうことは、地球自身が有限なのにあるわけがない。生態系の頂点にいるヒトは、底辺の地球資源や生物に制約されるに決まっている。
だから、技術革新は必要だし、結果としてGDPや国民総所得があがれば享受すればいいとは思うけど、経済成長自身を自己目的にしちゃあダメだと思うよ。
“成長”よりは“安定”、“モノの豊かさ”よりは“心の豊かさ”を涵養すべきだし、「貧しきを憂えず、均しからざるを憂う」ことを忘れないでほしいね。
Aさんそうですね、目的はみんなの幸せですものね。
グリーンニューディールによって格差はできるだけ小さく、未来の世代ともども、衣食住を保障し、その基盤である環境を守って、持続可能な安定した社会を築ければそれでいいということですね。
(小さく)…でもやっぱりもっとオカネがほしいし、ブランド品も身に付けたいんだけどな。
H教授え?
Aさんいえいえ、別に。
米国ではいよいよブッシュさんが消えていき、オバマさんが登場します。どんな舵取りをするのかが見ものです。日本の方は、麻生サンがいつまでもつか、民主党政権が誕生するかどうかで、いろんなことが変わってきそうですね。
H教授うーん、ボクは民主党政権ができても、それは一時的なもので、大規模な政界再編成が起きそうな予感がする。当たるも八卦、当たらぬも八卦というやつだけどな。
Aさんところで今の経済危機に関しては、年末年始の討論番組なんかでも、金融資本主義の時代は終わっただとか、ホントの20世紀が終わったという人もいます。これからグリーンニューディールの時代が始まるなどという評価もあります。センセイはどう思われます。
H教授うーん、よくわからない。資本主義はコンドラチェフの波だとか、いろんな周期で好況・不況の波があるらしい。たまたまいくつかの波がかぶっただけで、何年かすると戻るのかも知れない。ただ、ボクはもっと本質的な“一つの時代の終わり”が来たような気がする。つまり「無限成長の夢」が終わったと、とらえるべきじゃないかな。
それよりもっと、今回の危機では強く思ったことがあるんだ。
Aさんえ、なんですか。
H教授80年代後半からのバブルの膨張と91年の崩壊もそうだったし、そして今回のサブプライムローンの破綻に端を発した経済危機。
いろんな人がいろんなことを言っていて、いかにももっともなんだけど、全部起きてからの「後智慧」なんだよね。
前FRB議長のグリーンスパンさんは、伝説的な名采配を振るったって、現役中の評価は高かったけど、今度の危機の勃発後には自分の誤りを認めて、100年に一度の大津波だと言った。
だけど津波なら自然現象だけど、今回の危機は自然現象とは一切関係なく、100%人間のやったことだ。
当局や経営者や経済学者は、なんでこうなることを事前に予測して、規制するなり警告するなりの手を打てなかったんだろうってことだ。
Aさんそりゃあ、戦争なんかのように民族的・宗教的な憎悪で、どうにも止められないってこともありますし、何時の世にも詐欺師に騙される人がいるじゃないですか。
H教授関係ないよ。経済政策とか経営戦略だとかは、頭のいい多くの優秀な人間が冷静な頭脳で立案したはずだから、こうなることを当然予測できたろうし、阻止できたはずだと思うんだけどなあ。
Aさんセンセイだって予測できなかったでしょう。
H教授ボクは経済学にはとんと無知だから、具体的に何が起きるかなんてのは、もちろんわからなかったけど、こんなことが永遠に続くはずはないという、断固たる確信だけは持っていたから、うろたえたりはしなかった。だからこそ、何でプロがそんなこともわからなかったのか、余計に不思議なんだ。
Aさんそんなこと、いっぱいあるんじゃないですか。
派遣労働者の切捨てが問題になっていますけど、あれだってコイズミ改革で派遣の自由化を認めたときに、当然今日の事態は予測できたはずでしょう。
H教授うーん、となると、やはり人間社会が進化システムであるがゆえの宿命ということなのかなあ【20】。
考えてみれば気候変動対策だって、もうズルズルと20年以上も手を拱いていて、ネットや書籍では反温暖化対策論者が跋扈しているものなあ【21】。
やっぱり前途は多難だ。2009年の先行きは不透明で、「2009年霧中の旅」に出かけなければいけないということだ。
Aさんでもセンセイが本当に出かけたいのは「石探し夢中の旅」なんでしょう。
H教授(しみじみと)そうなんだよなあ、せっかくの正月休みなんだ。
元旦は石探しに行って、二日・三日はミオを膝に抱いて箱根駅伝を見ながら昼酒を飲みたかったのに、何でこんなできの悪い院生相手に、時間を取られなきゃあいけないんだって思っちゃうよね。
Aさんセ、センセイ、何もそんな言い方しなくったっていいじゃないですか、ア、アタシだって…(泣き出す)。
H教授(うろたえて)あ、冗談、冗談。さあ、お屠蘇を空けて。
注釈
- 【1】「明けまして…」の常套句
- 第60講
- 【2】キョージュの著作
- 第71講「遠慮しつつも「ぼく自身のための広告」」
第60講「遠慮がちのPR」 - 【3】愛猫ミオ
- 第46講「動物愛護を巡って2 ──動物愛護管理法の話」
- 【4】環境省と経産省の主張の隔たり
- 第63講「温暖化対策の国内動向」
第71講「COP14前夜」 - 【5】公益法人制度改革
- 公益法人の改革について(行政改革推進事務局)
- 【6】構想日本の「国の事業仕分け」関連資料
- 【公表】国の事業仕分け 当日配布資料(構想日本 2008/12/11更新)
- 【7】SATOYAMAイニシアティブと第三次生物多様性国家戦略
- 第57講「第三次生物多様性国家戦略案まとまる」
- 【8】時のアセスについて
- 第71講「「時のアセス」を考える ──泡瀬干潟埋立に画期的判決」
- 【9】道路特定財源の一般財源化について
- 第71講「真の行革とは?―パーシャル・アライアンスの勧め」
- 【10】自然エネルギー固定価格買取制度の導入提言
- 第70講「経済危機と温暖化対策」
- 【11】国際再生可能エネルギー機関(IRENE)の設立
- 海外ニュース「ドイツ 国際再生可能エネルギー機関の基礎協定が合意される」
- 【12】原発のバックエンド費用(後始末経費)
- 第18講「バックエンドの衝撃」
- 【13】ノーネットロスの原則
- 第43講「ミティゲーション・バンキングとノーネットロス原則」
第2講「環境アセスメント私論」 - 【14】本講で扱ってきた“目新しいコトバ”と、税制システムへの組み込み
- カーボンフットプリント 第66講「福田ビジョンの可能性と限界」
カーボンオフセット 第59講「カーボン・オフセットとフィフティ・フィフティ」
フードマイレージ 第66講「福田ビジョンの可能性と限界」
バーチャルウォーター 第68講「真夏の夜の夢―キョージュの2030年論」 - 【15】大戸川ダム
- 第71講「追い詰められる国交省 ──大戸川ダムと道路整備中期計画」
- 【16】国内排出量取引制度の試行
- 第62講「国内排出量取引制度の検討開始へ」
第70講「経済危機と温暖化対策」 - 【17】原発耐震基準の強化
- 第55講「中越沖地震と柏崎刈羽原発」
- 【18】“地震と火山の巣窟”日本における原発頼みの危険性
- 第45講「原発とエネルギー」
- 【19】河川法の改正と、河川整備基本方針・河川整備計画の策定
- 第45講「新たな河川行政の芽生え」
- 【20】人間社会が進化システムであるがゆえの宿命
- 第70講「ヒトは「ダーウィン・ディレンマ」を超えられるか」
- 【21】反温暖化対策論者の跋扈
- 第50講「温暖化を疑い、反温暖化対策論を疑う」
この記事についてのご意見・ご感想をお寄せ下さい。今後の参考にさせていただきます。
なお、いただいたご意見は、氏名等を特定しない形で抜粋・紹介する場合もあります。あらかじめご了承下さい。
(平成21年1月3日執筆、同年1月6日編集了)
註:本講の見解は環境省およびEICの見解とはまったく関係ありません。また、本講で用いた情報は朝日新聞と「エネルギーと環境」(週刊)に多くを負っています。
※掲載記事の内容や意見等はすべて執筆者個人に属し、EICネットまたは一般財団法人環境イノベーション情報機構の公式見解を示すものではありません。