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H教授の環境行政時評環境庁(当時)の職員から大学教授へと華麗な転身を果たしたH教授が、環境にかかわる内外のタイムリーなできごとを環境行政マンとして過ごしてきた経験に即して解説します。

No.070

Issued: 2008.11.07

第70講 憂鬱なる硬派 ―― 「人類は絶滅する」考

目次
世界同時経済危機の真っ只中で
経済危機と温暖化対策
安全安心な食品のために
海洋保護区の設定、検討開始
書評―「人類は絶滅する」
ヒトは「ダーウィン・ディレンマ」を超えられるか

世界同時経済危機の真っ只中で

Aさんセンセイ、アメリカ発の世界同時経済危機は一層深刻になったみたいですね。円高が続く一方で、株はバブル破綻時の最低安値を更新しました。どうなっちゃうんでしょうね。

H教授さあ、ボクは経済オンチだからわからないけど、ひょっとしたらもう世界恐慌の中に入ったのかもしれない。
アイスランドなんて、国家自体が破産に瀕しているようだもの。ボクも何年か前に例の“人妻”【1】と行ったけど、アイスランドって本当にいいところで、キューバと並んで好きな国だったんだけどなあ。
そのキューバもハリケーン被害と今度の経済危機の影響で大変なんじゃないかな。
日本だってこれから深刻な不況がはじまるだろう。株で損をした人は自己責任だろうが、学生やキミのような院生は来年から再び就職氷河期に入るかもしれない。

Aさんやっだー。脅さないでくださいよ。でも、そうなるといろんなところに影響が波及するでしょうね。

H教授日本や欧州なんかより、外需頼みの中国、インド、ブラジルといった新興国の方がダメージは大きいんだろうな。
でも日本だって、急激な株価の下落のあとの乱高下と円高。輸入産業にとってはいいだろうが、輸出産業には大きな痛手だろう。
株はボクには関係ないが、外貨で少し預金をしていたのが、えらく目減りしちゃった。ま、その分、円預金は外貨換算では高くなったからいいようなものだけど。

Aさん誰もセンセイの懐具合なんか聞いていません。
そういえばガソリンが安くなりましたね。数少ないよいことですね。

H教授投機マネーが逃げたのかな。でもそうなると結果的にCO2は増えちゃうだろう。それにいずれまたガソリンはじりじりと値を上げるんじゃないかな。


Aさんで、麻生サンは補正予算を二次に渡って組み、その予算規模は6兆円。急遽まとめあげた政府の総合経済対策、追加経済対策の事業費規模では27兆円という途方もない額。道路財源からも1兆円を地方に交付税として配るそうです。
でもこれって、バラマキみたいなものじゃないですか。気前よく減税もするそうですし。

H教授みたいなものというか、票目当てのバラマキそのものだろう。今こそ真の構造改革のチャンスだと思うんだけど、そういうことには目がいってないようだ。
これでますます日本の借金は増えるだろう。もう1000兆円の大台に乗るのは時間の問題、目と鼻の先じゃないかな。
そして、この経済危機を奇貨として麻生サンは解散を先送りするつもりらしい。

Aさんそんなことはどうでもいいです。

H教授どうでもよくはないだろう。国民の審判を一度も受けていない総理大臣が次々と誕生なんて、異常そのものじゃないか。
それと、この時評がアップされる頃には米国の次期大統領が決まっているだろうが、この経済危機問題で世論は一気にブッシュさんの共和党──つまりマケインさん──から民主党のオバマさんに流れた。ワイルダー効果がよほど利かない限り、地滑り的勝利になるかどうかは別としてオバマさんに凱歌が上がる公算が大きい。

Aさんワイルダー効果?

H教授白人の心の奥深くに巣食う黒人差別が、いざとなると表面に出てくることだ。


経済危機と温暖化対策

Aさんふうん。そうはなってほしくないですねえ、
ところで、この経済危機で温暖化対策が遅れるんじゃないですか。

H教授うん、ある先生の掲示板に、ヒマさえあれば先生の悪口を書き込むストーカーのようなのがいて、(この経済危機で温暖化対策などという馬鹿げたことをいうやつはいなくなるだろう)なんてことを嬉しそうに書き込んでいたけど、英国政府はこの経済危機のさなかに2050年にはGHG排出を90年比で80%カットを目指すと表明した。EU内先進国の姿勢は変わらないし、むしろ加速するかもしれない。
ただEUの中でも東欧諸国などは尻ごみをする可能性はあるだろうし、新興国はそれこそ温暖化対策どころじゃないかもしれない。
でも世界同時経済危機がもっと進行すれば、ソ連崩壊後の共産圏諸国のように、世界全体が生産力を大幅にダウンさせ、結果としてCO2排出量を相当減らすというシナリオだってまったくありえないわけじゃないだろう。決して好ましいことじゃないけど。

Aさん恐ろしいことを言わないでくださいよ。で、米国はどうなんですか。

H教授米国だってオバマさんはもちろんのこと、マケインさんも温暖化対策は前向きに取り組むとしている。
もともと米国はブッシュさんという温暖化対策消極論者がヘッドなんだけど、カラダの方は違う。州や市レベルでは、日本よりはるかに熱心な対策をとっているところが多い。
例えば再生可能エネルギーの普及のために、欧州はドイツを筆頭に自然エネルギーの固定価格買取制度を導入している。一方、日本や米国では、RPS法といって電力会社に一定量の新エネルギー導入を義務付けている。でもねえ、その一定量というのが日本では1%台で、2020年の目標だって2%を切っているのに対して、米国の州では2020年には15%とか20%とか2桁台を目標としているところが多い。
ボク自身は固定価格買取制度を導入すべきだと思っているんだけど。

Aさんでもブッシュさんだって、バイオエタノールの拡大にはご執心じゃないですか。


H教授そのおかげでとんでもない混乱が起きている。米国では大豆畑からトウモロコシ畑に切り替えるところが増えてきて、世界的に大豆不足。そのトウモロコシは中南米の主食であるソルティージャの原料なんだけど、米国の戦後世界戦略が功を奏し、その大半を米国から輸入するようになってしまった。
ところがブッシュ政権のバイオエタノール政策でトウモロコシの多くが、食糧としてではなくバイオエタノールの原料になってしまい、トウモロコシ価格が高騰してしまった。
おかげで中南米の庶民は、今度の経済危機とで弱り目に祟り目とのことだ。

Aさんでも温暖化対策には有効なんでしょう。

H教授先日発表されたFAOの08年世界食料農業白書では「現状では温室効果ガス排出抑制への貢献は期待されたほど大きくない」とした。緑地や森林が畑に転用されることでかなり相殺されるし、エタノール製造過程で化石燃料を消費するので、場合によっては温室効果ガスを増やしてしまうことだってあるとしている【2】
つまりブッシュさんのやったことはトウモロコシ業界のロビー活動に乗せられたトウモロコシ農家へのバラマキだということだ。

Aさん本当にセンセイのブッシュさん嫌いは徹底していますね。それにコイズミさんと橋下サン。あれほど毛嫌いしていた石原サンは今ではたまに褒めているようですけど。

H教授新銀行東京の一件だけはどうしても許せないけどね。


Aさん日本の首相、麻生サンはどうなんですか。

H教授麻生サンの頭の中には温暖化対策などはないと思うよ。なにせ、国会答弁で閣議決定したはずの2050年に現状よりGHG60〜80%カットの数字を知らなかったほどだから。
ただ温暖化対策は後回しだとトップダウンで指示するほどの信念と権威を持ってないのが幸いして、国内排出量取引の試行【3】は予定通りスタートしたし、官邸にあった懇談会では中期総量目標についての検討会を設けることを決定した【4】

Aさんその試行なんですが、産業界はこぞって参加しそうなんですか。

H教授前講でも言ったとおり、政府はキャップを自主申告とし、経団連の業種ごとの自主行動目標をブレークダウンした罰則なしのキャップを容認する代わりに、団体ではなく個別企業ごとの参加を原則とした。鉄鋼メーカーの組織する鉄鋼連盟は依然業界団体としての加盟を要求しているようだ。でもこれを認めたらほとんど排出量取引の意味はなくなってしまうから、断固拒否すべきだと思うな。
前向きな企業も多いし、その流れが大勢になれば鉄鋼連盟も容認せざるを得ないんじゃないかな。
また排出原単位など二酸化炭素排出総量以外のものを自主的なキャップとして容認することもありうべしとしているが、これもやっちゃいけないと思うな。

Aさんま、いずれにせよ、どうなるかお手並み拝見ですね。

H教授年末にポーランドのポズナニで開催されるCOP14がどうなるかだね。


安全安心な食品のために

Aさんさて、中国ギョーザ事件からミニマムアクセス米の事故米転用事件に引き続いて、再び中国の乳製品のメラミン汚染が話題になってましたけど、そのあと国内でも日清食品のカップ麺から防虫剤が検出されたり、さらには伊藤ハムの東京工場で長年使っていた地下水がシアン化合物に汚染していることが明らかになり、どこも回収に大わらわになっています。

H教授しかも伊藤ハムの場合、公表までにタイムラグがあった。つまり隠蔽していたということだ。
ただ、伊藤ハムの事件では、地下水が汚染されていたということで、ただちに代替水源にしなければいけないのは当然のことだけど、製品にシアン化合物が検出されたという報道はなかったから、当然、分析したと思うんだけど、検出されなかったんなら回収までする必要があるのかなと思っちゃうね。廃棄処分にするのはもったいないじゃないか。もっともソーセージからはトルエンが検出されたというニュースもあった。
いずれにしても先日からの食品回収騒ぎで膨大な量の廃棄物が出ることになった。
一方じゃあ、飢餓に苦しんでいる何億という人がいるというのに、なんたることかと思うよ。

Aさんそれだけじゃありません。最新のニュースでは、キリンビバレッジがフランスから輸入したミネラルウォーターのボルヴィックにペンキが浸透して異臭がしたとかで57万本を回収することにしたそうです。
でも、これだけ食品の安全性が疑われるような事態が続発すると、ワタシたちは何を食べたらいいのかと思っちゃいますね。


H教授ひとつは前から言っているように食品安全委員会があまり機能していないという問題だ【5】
それともっと根本的な対策として、自給率アップと地産地消を進めるべきじゃないかな。新興国が食糧輸入大国になってしまい、一方じゃ、米国の大豆畑がバイオエタノールブームでどんどんトウモロコシ畑に変わっていっているなんて話もあって、世界的な食糧危機も噂されている。穀物自給率が3割を切る国なんて先進国じゃ日本だけだぜ【6】

Aさん地産地消ですけど、それだって安全とは限らないじゃないですか。

H教授だったら自分で栽培すればいい。そのうち市民農園だとか、ベランダ菜園が大流行するかもしれない。休耕田を市民農園に開放するような施策も考えてみればいいんじゃないかな。政府は市民農園整備促進法なんてのを平成2年に作っている【7】けど、制約ばかり多くて、ほとんど機能していないのが実態だ。

Aさんでも現に、ほうぼうに市民農園があるじゃないですか。

H教授農協や自治体の公営のものもあるけど、大半が個人のものだ。農地法などの法に抵触しないよう、農園を所有している個人が市民に土地の貸借契約をするんじゃなくて、入場料というか使用料をとって市民に非営利目的のために使用させるという形態だ。だから、市民農園の作物は耕した市民の自家消費に供されるだけで、売買は禁止されているし、流通ルートに乗ってこない。そうした市民農園は全国各地に1万箇所以上あるらしいけど、きちんとした統計もない。
本当に推進する気があるんなら、農地法の抜本改正を含めて、もっとマトモな政策を打ち出すべきだと思うな。
民間の方が進んでいるよ。貸家だって昔は大屋さんが店子から家賃を徴収していたけど、今じゃほとんどが管理会社に代行させている。市民農園の管理に関しても同じように農家から委託を受けるビジネスが一部では生まれて好評を博しているという記事も出ていた。


海洋保護区の設定、検討開始

Aさんところで環境省が海洋保護区だとか自然公園の海域特別地域の創設について検討を始めたそうですね。

H教授うん、海洋基本法が議員立法で昨年4月に成立、7月に施行されたんだけど、この3月には同基本法に基づく「海洋基本計画」が定められた【8】
その中に、「浅海域藻場干潟サンゴ礁等については重要な場所であるが、過去にその多くが失われた」として、「自然公園や鳥獣保護区等の各種保護区域の拡充の取組をする」としている。また、生物多様性の確保や水産資源の持続可能な利用のため「わが国における海洋保護区の設定のありかたを明確にしたうえで、その設定を適切に推進する」と明記されたんだ。

Aさんいいことですね。いつまでに具体的なことが決まるんですか。

H教授基本計画はおおむね5年後を目途として、5年後に見直しされることになっているので、5年以内にやるということだろう。

Aさんこれで藻場、干潟、サンゴ礁などは少なくとも破壊からは免れることになるんですね。よかったじゃないですか。ちょうど今年は国際サンゴ礁年でもありますし【9】

H教授さあ、どれだけの藻場、干潟、サンゴ礁が指定されるかだけど、楽観はできないと思うよ。

Aさんえ、どうしてですか。

H教授自然公園の前面海域は「普通地域」という規制の極めて緩い地域にしか指定できなかったんだ。

Aさんああ、だから知床世界自然遺産の登録のときも海域の保護体制が弱いってIUCNからクレームがついたんですね【10】


H教授うん、瀬戸内海なんてのは、中心部の海域は一応は国立公園でありながら、環境省──当時は厚生省だったけど──は埋立にはほとんど関与できず、どんどん埋立と汚染が進行していった。だから、漁民や市民、そして地方自治体の手で、ついに瀬戸内海環境保全臨時措置法を作ったほどだ【11】

Aさんそうか、センセイは昔瀬戸内海国立公園のレンジャーで、後には瀬戸内室長もやったんでしたっけ。

H教授自然公園の海域特別地域の設定だとかの海域保護制度の創設は、長年の環境庁の悲願だった。だが、各省の利害が交錯する中で、一向に日の目をみず、辛うじて自然公園の海中公園地区自然環境保全地域海中特別地区がその後創設されたにとどまっている。それだって指定も本当に点のような狭い区域だったんだ。
だから、いくら海洋基本計画に明記されたからって、従来型のやりかたでいくと、各省協議でもみくちゃにされて、ものすごく狭い区域に限定される可能性が高いだろう。
各省協議で完全に調整がついてから、上にあげるという従来型の方式でいっちゃあダメだと思うよ。


Aさんじゃあ。どうすればいいと?

H教授海洋基本計画については総合海洋政策本部が立ち上がった【12】。本部長は総理大臣、副本部長は官房長官と海洋政策担当大臣になっている。
環境省の原案と、それに対する各省の意見を提出させて、それに対してこの3人がエイヤッと決めてトップダウンにするぐらいにしないと本当に実効性のある保護区なんてできないと思うな。
海洋保護区ってどんなもので、どんな規制をするかという議論は必要だが、少なくとも現存するすべての藻場、干潟、サンゴ礁は原則として海洋保護区にしなくちゃいけないだろう。
また沿岸部が自然公園になっているところでは、それだけではなく、すべての自然海岸の前面海域を自然公園海域特別地域にするぐらいのことはしてほしいね。
もちろん海洋保護区や海域特別地域では埋立は、原則禁止と明言するんだ。

Aさん海域だったら「地域」はおかしくないですか。「水域」か「海域」にしないと。

H教授くだらん揚げ足をとるんじゃない。そんなこといえば海中公園地区の「地区」だってそうじゃないか。

Aさんそうか…。
ところで本日のメインディッシュはなんですか。


書評―「人類は絶滅する」

H教授目先のことじゃなくて、「人類の絶滅」を考えてみよう。

Aさんひぇえ、またなんで。

H教授マイケル・ボウルターという生物学者が学際的なチームを組んで2002年に発表した『人類は絶滅する』(朝日新聞社、2005)という本を読んだんだ。

Aさんそりゃ、まあいつかは絶滅するでしょう。だって地球だって何十億年か先には太陽に飲み込まれるんでしょう。

H教授うん、そしてその太陽自体が燃え尽きて最後に爆発をするらしいし、宇宙だって何百年億年か先にはエントロピーが極大になる、つまり熱的死を遂げるとされている。
だけど、そんな超超未来じゃないんだ。

Aさんえー、じゃ、いつだっていうんですか。

H教授うん、今までのいろんな生物の「綱」とか「目」とかいう大グループごとに、もっと細分した「科」という数がどれだけ含まれているかを化石記録を使って100万年ごとに算出して見ると、すべての生物の大グループは同じパターンの盛衰が見られて、数式化できるというんだ。
つまり、ある時点から急速に科の数が増えてピークに達したあとは徐々に減少に転じ、やがては絶滅していくというんだ。


Aさんで、アタシたち人類は?

H教授動物界脊椎動物門哺乳綱、つまり哺乳動物という大グループに属している。
かれの数式を当てはめれば、哺乳動物は6500万年前の新生代に入ってからは、科の数を増やす、つまり多様性を増していき、中新世初期、2000万年ほど前にピークに達したが、それから多様性は減少に転じた。そして9億年先に絶滅するそうだ。
大型哺乳動物と小型哺乳動物にわけると、ヒトも含めた大型哺乳動物に関してはもっと早く、数百万年先に絶滅するといっている。

Aさん数百万年か、そんな先のこと考えても仕方ないじゃないですか。

H教授ところが、この数式は系外からの干渉がない場合で、生物史をみると過去5回の系外からの干渉による大絶滅が起きている。
一番最近のものは6500万年前だ。メキシコ湾に隕石が落下することによって、恐竜をはじめとする大絶滅が起きた。だからこそ空いたニッチを埋めるべく哺乳動物の科レベルでの多様性が増してきたんだろうと思う。

Aさん…大絶滅…(話の先が読めない)。

H教授驚いたことにボウルターの率いるチームによると、4万2千年前から6回目の大絶滅が起きているというんだ。
そしてそれは近年になりますます加速しているという。つまり今、6回目の大絶滅の真っ只中にいるというわけだ。

Aさん4万2千年前っていうと…。


H教授ホモサピエンス、つまりわれわれがアフリカを出て、世界に散っていったときだ。ヒトはその優れた狩猟技術により、われわれの兄弟であるネアンデルタール人からマンモスまで、多くの大型動物を絶滅に追い込んだというんだ。つまり人類が元凶で大絶滅がはじまった。
ネアンデルタール人については、直接われわれのご先祖さまが殺戮したわけじゃないと信じたいけどね。
そうそう、この間、イエティ、つまり雪男の足跡を日本人チームが発見したという記事が出ていた。このイエティがネアンデルタール人の末裔であってほしいね。

Aさん…じゃあ、われわれは生物にとっての悪魔みたいなもんじゃないですか。そ、そんなあ。

H教授これは別の本で読んだんだけど、生物としてのヒトは数十万年前にアフリカに登場し、今日まで生物学的にはほとんど変わっていないらしい。だが、4万2千年前かどうか覚えていないけど、数万年前にヒトは突然抽象的な思考や高度な言語コミュニケーションができるようになったらしい。つまり生物としてだけではなく、社会的存在としても今日と変わらないものになってしまった。

Aさんえ、どうして?なんで?

H教授わからない。神が啓示したというトンデモ論者もいる。先日逝去した偉大なSF作家、A.C. クラークなんかも、そこに超存在としてのモノリスの関与を暗示した『2001年宇宙の旅』という名作を発表している。
ま、ボクは知能の発達が単に閾値を越して、量から質にそれこそ弁証法的に転化しただけだと思うけどね。
それに抽象的な思考や高度な言語コミュニケーションを持つのはヒトだけだというのは早計かもしれない。ネアンデルタール人はヒトよりも豊かな思いやりや自然哲学を持った存在だというジーン・アウルの『エイラ』のような作品もあるし、イルカだってそうだという研究者もいるからね。


Aさんまたペダンティックなゴタクを並べているわ。

H教授うるさい。ここから先は再びボウルターが言っていることだ。1万年前、われわれは農業を発明した。いわゆる農業革命だね。それから以降農耕牧畜のため、次々と森林を切り開き、多くの動植物の生息地を破壊し、絶滅に追いやった。さらに宗教や文字を発明してからは、それが一層ひどくなった。
そして近世に入り、われわれは自然科学を手にした。それが技術と結びつくことにより、科学技術は今日まで異常な発達を遂げ続けている。産業革命で、化石燃料による動力を得た以降、温室効果ガスを排出し続けることにより気候変動をもたらし、今やわれわれ自身の首を絞めようとしている。
このあたりはジャレド・ダイアモンドの『銃・病原菌・鉄』『文明崩壊』に通じるものがある【13】
そして確実に近い将来ヒトは絶滅し、そのことにより、再び地球は動物、それもげっ歯類などの小型哺乳動物の天国になるが、9億年先には結局すべての哺乳動物は滅びてしまうというんだ。

Aさんそのヒトが元凶となったために起きている大絶滅で、ヒト自身はいつ絶滅するとボウルダーは言っているんですか。

H教授具体的な年数は言っていないが、何千年も先という遠い未来のことではないように思ったな。長くても2〜300年以内という感じじゃないかな。ひょっとすれば100年以下ということも考えているのかもしれない。

Aさんえー、長くても2〜300年? セ、センセイはどう思われるんですか。


H教授化石になる生物というのはごくごく一部に過ぎないから、化石記録でそこまで断言できるかという点に疑問は残るし、それが事実だとして、それはなぜかという内的なメカニズムもわかっていない。それに研究者間で概ね合意に達している「種」でなく、ある意味恣意的に定義され、研究者間で意見も食い違うような「科」を選んだことにも納得がいかない。

Aさんつまり、眉唾ものということですね(胸をなでおろす)。

H教授でも、6回目の大絶滅の渦中にあるということはその通りかもしれないと思うな。
史上かつてないスピードで野生動植物が減少していっていることは、超楽観主義者ロンボルグ【14】がなんと言おうと事実だろう。

Aさんえー、じゃあセンセイも近々人類は絶滅すると?

H教授それには疑義が大いにある、というか、そんなことを認めちゃいけないと思う。
例えばネイティブアメリカンだ。
ある種のエコロジストは、かつてのネイティブ・アメリカンやアイヌなどは大自然を畏敬し、自然と一体になった生活をしていたと賞賛する。
でも最近の研究によれば、ネイティブアメリカンの祖先はすぐれた狩猟技術で多くの大型動物を破滅に追いやったらしい。だが、有史前のあるとき、そのことが結局は自分たちの首を絞めるということに気付き、ライフスタイルを意識的に変えたんだ。だから北アメリカはヨーロッパ人が侵略するまでは多くの自然が残された。
つまり回心したという前例があるじゃないか。
ヨーロッパ人にはそういう回心はなかったようで、かつて牧草地にするために、ありとあらゆる森林を切り開いた。だけどやはり、十何世紀かになってようやくそのことの誤りに気がついてからは森の造成に励んできたんだ。酸性雨被害で一躍有名になったドイツのシュバルツバルトの森、俗称「黒い森」だって、原生林じゃない。人々が復元した森なんだ。
もっとも、それから以降も、新世界へは侵略し、自然破壊を続けたけどね。


Aさん日本はどうなんですか。

H教授日本の場合は、平地部は江戸時代までに多くは田畑に姿を変えたけど、幸か不幸か急峻な地勢のため、国土の7割を占める山地とそこでの森林の多くは残った。
現在でも国土の67%が森林という世界でも有数の森林大国だ。それでもって、江戸時代には世界に類を見ないエネルギー非消費型の高度な文化を循環型社会の中で築き上げた。もちろんそこには差別とか飢餓とかの多くの悲劇、惨劇もあったけどね。
また北海道のアイヌの人たちは、和人やロシア人と交易しながらも、もっと素朴な自然哲学を持っていたことも誇っていいことだと思うよ。

Aさんそれはともかくとして、過去のそういった事例を思い浮かべると、このまま大絶滅に突き進むと考えるのは早計で、ネイティブアメリカンが、これ以上の発展や成長を断念し、安定と持続、自然との共生の道を選んだように、ヒト社会もそういう選択をするかもしれないし、そのために残された時間はまだあるということですね。

H教授うん、少なくとも生物多様性だとか循環型社会だとか持続可能社会だとが、口先だけかもしれないけど、今や大抵の人がいうようになったじゃないか。

Aさんそうか、よかった。


ヒトは「ダーウィン・ディレンマ」を超えられるか

H教授うーん、安心するには早すぎる。ボクは誰よりも“硬派”で任じているんだけど、この『人類は絶滅する』を読んだ後、かつてボクが国立環境研究所で仕えたI先生の卓説『進化する社会の光と影』を読んでガックリしてしまい、憂鬱になった。さしずめ“憂鬱なる硬派”になってしまったと言ったところかな。

Aさんえー、センセイが硬派? 冗談でしょう。

H教授石は硬いじゃないか。で、ボクは石が大好きな鉱物マニア。硬派そのものじゃないか。

Aさんバッカバカしい。オジンギャグか。ま、いいわ、先を続けてください。

H教授先生は人間社会は生態系と同様の進化システムだと言うんだ。そして人間社会を構成するさまざまな国家とか民族とか会社とかいった入れ子のようになっている内部組織それ自体も進化システムだと喝破されている。
進化システムとは何かということは直接先生の論説を読んでくれればいいけど、進化しない社会は淘汰されていくということだ。そして進化して栄えていく生物種や社会は環境に過剰適応して、特殊化していく。だから、環境が変わったときには特殊化したが故に適応できず滅んでいく。多分、これがどんな生物種も最後には滅んでいくメカニズムなんだろう。先生のおっしゃられる「ダーウィン・ディレンマ」とはこのことだと思う。


Aさん滅んでしまったサーベルタイガーの牙みたいなものですね。そういえばセンセイに貸してもらった手塚治虫も初期の名作『メトロポリス』でも似たようなことを言ってましたね。

H教授うん、つまりざくっと言えば、温暖化=気候変動を招いたような社会システムを極限まで発展させた社会が「勝ち組」ということだ。その果てが自滅だとわかっていてもそうせざるを得ないのが進化システムなんだ。
そうした淘汰圧の中で、いろんなレベルでの人間社会はかつての相互扶助システムである「共同体」から「機能体」に進化してきたというのが先生の説だ。

Aさん機能体?

H教授機能体は淘汰に勝ち抜くという目的のための極度に分業化が進んだ組織だ。
かつてヒトは生き延びるための多くの行為は自分の責任で背負っていた。だが、文明の発達は、そうした行為を個人の領域でなく社会化していった。医療、教育、福祉、みんなそうだ。その方が合理的で効率的だからだ。

Aさんいいことじゃないですか。

H教授うん、生き延びることに汲々していた昔のヒトから見ると天国のようなものだろう。
でも個人の領域を社会化するということは、先生によるとその社会の構成員はそれぞれがなんらかの自分の社会的義務を負うということになる。そして社会が淘汰圧の中で生き延びるためには、構成員はその義務を果たすためにコマネズミのように働き続けねばならない。つまりどんどんゆとりのない社会になってしまうとおっしゃるんだ。これが機能体への進化ということだろう。
個人の社会的義務はますます過酷にならざるをえないということは、社会的ストレスは増える一方だということだ。これが先進国で自殺が増える一方だということの真の原因だとおっしゃる。

Aさんうーん、今の方が物質的には豊かなのに、自殺が多いということはそういうことなのか。
でもそれは個人差が大きいんじゃないかしら。センセイなんて、どう見てもコマネズミのように働いてストレスが溜まっているなんて思えないけどな。


H教授キミもそうだよね。ゆとりの塊みたいなものだ。もっともキミの場合、コマネズミのように常に実らぬ恋を追い求めている。

Aさんふん、放っておいてください。それが若さなんです。ハイ、先にいってください。

H教授先生は、自由・平等・博愛という近代精神の行き着いた果てが、そうした現代社会ということで、それを超える現代精神を我々は持たねばならないし、そのために残された時間はわずか数十年だとおっしゃっている。
でも、先生ご自身はすごくそのことに悲観的で、ボウルダーと同じように長くても2〜300年で滅びるか著しい衰退を招くと思っておられるように感じた。それがボクの読み違いなら幸いだけど。

Aさんで、センセイは?

H教授ボク自身はそうなる蓋然性はあるけど、必然性はないだろうと思っている。いや、思いたい。確かにマクロな事象だけみれば悲観的になるけど、身近なところでは思いやりとか助け合いとか信頼とかの絆は今だって至るところに見られるじゃないか。
シジュフォスの神話じゃないけど、ボクはやはりヒト社会が持続できるように戦いたいんだ。

Aさんでました、お得意の「シジュフォス」。次は「ミネルバの梟」ですか、それとも「ここがロードス島だ、ここで跳べ」ですか。

H教授一々うるさいねえ。黙って聞けよ。
災い転じて福となすというコトバがあるよね。ボクは今日の世界的な経済危機が、別の社会に移行するひとつのきっかけになればいいと思っているんだ。
成長よりは安定、発展よりは持続を重んじる社会に脱皮できればいい。物質的には今より貧しくとも、精神的には豊かな社会になって何千年も持続していく可能性はあると思う。
日本の江戸時代や、アイヌ、ネイティブアメリカンといった先住民族に学ぶところは多いと思うよ。


Aさんセンセイ、言うことだけは立派ですね。でも昨日も校庭で100円玉を拾うと、周囲を見回してそっとポケットにしまったでしょう。で、「今日はツイてる」なんて、ニコニコしてたじゃないですか。

H教授(ギクッ)見てたのか…。

Aさんそんなセコイことばっかりしてるくせに、よくそんなこと言えますね。今のセリフだって、ゼミの若い子たちにモテたいがばかりの発言じゃないですか?

H教授う、うるさい。人がマジメに話しているときに茶化すんじゃない。

Aさんじゃモテたくないんですか。

H教授…。


注釈

【1】例の“人妻”
第27講「道東周遊随想―世界遺産登録と海域保護」
【2】FAOの08年世界食料農業白書(The Sate of Food and Agriculture)
世界食料農業白書 目次ページ(英語)
【3】国内排出量取引の試行
第66講「国内排出量取引制度と都内排出量取引制度」
排出量取引の国内統合市場の試行的実施
地球温暖化対策推進本部「排出量取引の国内統合市場の試行的実施について」
【4】中期目標検討委員会の設置
地球温暖化問題に関する懇談会(開催状況)
「第6回地球温暖化問題に関する懇談会(平成20年10月20日)」(議事要旨)
【5】食品安全委員会の問題
第69講「食品不祥事 ―事故米転売、メラミン入り食品」
【6】食料自給率
農水省「知ってる?日本の食料事情」
世界の食料自給率
【7】
市民農園整備促進法(総務省法令データ提供システム)
農水省「市民農園整備促進法」
【8】海洋基本法の制定と海洋基本計画の策定
第55講「その他の話題」
海洋基本法(総務省法令データ提供システム)
【9】海洋基本法の制定と海洋基本計画の策定
国際サンゴ礁年ホームページ
国際サンゴ礁年について(環境省)
【10】知床の世界自然遺産登録と、海域の保護体制の脆弱さへの指摘
第27講「道東周遊随想―世界遺産登録と海域保護」
【11】瀬戸内海の埋立と、海域保全前史
第10講「瀬戸内法の世界 ・・・その1 瀬戸内法とはなにか」〜「瀬戸内法行政の先駆性・先見性と限界」、「埋立て秘話」「臨時措置法から現行法に」
【12】総合海洋政策本部
総合海洋政策本部(首相官邸)
【13】ジャレド・ダイアモンドの説
第38講「「文明崩壊」を読む」
【14】超楽観主義者 ロンボルグの主張
第12講「ロンボルグの波紋」

(平成20年10月31日執筆、同年11月5日編集了)

註:本講の見解は環境省およびEICの見解とはまったく関係ありません。また、本講で用いた情報は朝日新聞と「エネルギーと環境」(週刊)に多くを負っています。