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H教授の環境行政時評環境庁(当時)の職員から大学教授へと華麗な転身を果たしたH教授が、環境にかかわる内外のタイムリーなできごとを環境行政マンとして過ごしてきた経験に即して解説します。

No.057

Issued: 2007.10.04

第57講 第三次生物多様性国家戦略案をめぐって

目次
安倍政権蒸発から福田政権誕生へ
シドニー宣言―安倍サン最後の貢献?
急旋回必至の米国温暖化対策
いよいよスタート、「ポスト京都」本番
第三次生物多様性国家戦略案まとまる
Hキョージュ版 幻の生物多様性国家戦略

安倍政権蒸発から福田政権誕生へ

Aさんセンセイ、自民党の新総裁は下馬評どおり福田サンに決まりましたが、それにしても安倍サンの辞任にはびっくりしましたね。

H教授うん、いくらなんでもあんな辞め方はないよなあ。病院で自殺未遂を図ったなんて怪しげな情報がネット上で飛び交っているし、某週刊誌は自らの追及した安倍サン自体の脱税事件が安倍サンを追い込んだと称している。

Aさんえー、ホントですか。新聞やテレビではそんなこと一切報道しないですね。

H教授ま、多分ガセネタなんだろう。そんなことより次の総理大臣は誰かの方が重要には違いないんだけど…。


Aさんえ? なんだか意味ありげな言い方ですね。

H教授今も首相は安倍さんだけど、入院中で首相としての機能は完全に喪失している。ところが首相臨時代行も置いていない。つまり、今現在、政治のトップは空白なんだ。

Aさんそれがどうかしたんですか。後継総裁が決まったんだから、間もなく福田サンが就任するでしょう。

H教授2週間も政治のトップが空白でも、日本は日々動いていて、われわれの生活には何の支障もない。つまり日本には総理大臣なんていらないってことじゃないか。

Aさんまた暴論を。
でも安倍サンって「環境」には理解があった首相じゃないですか。

H教授うん、それはそうだ。2050年には世界のCO2を半減と言い切って世界に発信したのは、安倍サンが経済界や経済官庁の言い分よりも、環境省サイドの振り付けに乗ったからだと思う。そして、それは国際社会の動向を見てのご自身での判断だったと思うよ【1】
福田政権になっても「2050年半減」路線から後退させることはできないだろう。

Aさんでも、そんな安倍首相ですが、評価されず参院選で大敗したのはどうしてですか。

H教授まあ、コイズミ改革の後遺症──格差拡大──に、年金事件や閣僚の不祥事が相次いだことだろう。
安倍サン自身は、新自由主義的で競争重視のコイズミ改革自体を推し進める気はなかっただろうけど、コイズミ改革を継承するという旗印を下ろすわけにはいかなかった。
で、むしろご本人は教育だとか憲法といった国家主義的な改革をやろうとしたけど、それは多くの国民の求める方向とはズレていたんだ。


Aさんでも続投しようとしたわけでしょう。

H教授ボク自身も安倍サンのそういう価値観や歴史観には反対だし、多くの国民も違和感を持ったけど、ご本人はそれなりにマジメな人だから、それを引き続きやろうとしたんだろう。
だけど、もはや与党内でも、従いていく人がいなくなっちゃった。で、疲労困憊のはてにプッツン。一番しちゃいけないときに辞任しちゃった。
もともと強い国家だとか、強いリーダーというのが安倍サンの主張だったけど、安倍サンの性格とは、実はミスマッチだったんじゃないかな。
本人は強い人じゃなかったんだ。基本的には善意の人だけど、線の細い人だったんだと思う。

Aさん善意の人? その割にはメディアはけちょんけちょんですね。

H教授当然だろう。「地獄への道は善意で敷き詰められている」んだもの。

Aさん出ました、十八番が。マルクスの『資本論』第2巻ですね。

H教授うるさいなあ、キミは(渋い顔)。

Aさん後継は福田サンで決まりましたけど、センセイ、コイズミさんの再登板というのはありえなかったんですか。


H教授パフォーマンスのうまさで、今だって国民の支持はかつてほどじゃないにしろ高い。だからご本人は固辞するだろうけど、自民党の中でコイズミさん再登板の声が挙がるかと思った。だが、チルドレンを除いて、一切コイズミコールがなかったのが印象的だったなあ。
福田サンだって口では改革を言うだろうが、少なくともコイズミ改革のような新自由主義的な「改革」を推し進める気はまったくなく、むしろ逆だと思うよ。

Aさんでも経済は立ち直ったじゃないですか。

H教授それがコイズミ改革の効果かどうかはわからないが、確かにキミたち学生の就職氷河期は終わったし、多くの企業で景気がよくなったのは事実だろう。
だけどジニ係数を見てもわかる通り、格差は広がる一方だし、生活者が豊かになったという実感はほとんどないんじゃないかな。

Aさん(小さく)ジニ係数か。…きっとまた名前を聞きかじっただけなのよね。

H教授え?

Aさんいえいえ。でも景気がよくなったら、いずれは給料もあがるんじゃないですか。


H教授激しい競争社会になっちゃったからそうはならないんだ。収益はさらに競争に勝ち抜くために使わなきゃいけないからな。
だったら税金で召し上げればいいんだけど、国際競争力アップのためと称して、むしろ企業減税圧力の方が強くなってしまう。

Aさんでも福田サンも前途多難ですね。参院では与野党逆転ですし、テロ特措法延長問題もありますし。前門の虎、後門の狼ですね。

シドニー宣言―安倍サン最後の貢献?急旋回必至の米国温暖化対策

H教授ま、今のところはお手並み拝見と見守るしかないさ。
本論にいこう。まずはやっぱり温暖化だろうなあ。9月に入っての動きは?

Aさん安倍サンの最後の晴れ舞台がオーストラリアのシドニーでありました。APEC、つまりアジア太平洋経済協力会議の首脳会議が開かれました【2】

H教授うん、日米豪がASEAN(東南アジア諸国連合)と中国、韓国を取り込もうとしたんだと思うよ。

Aさんはあ?

H教授EUはすでに90年比で温室効果ガスの排出量がマイナス数%にまでいってるし、先日来日したメルケル独首相の話を聞いてもわかるように、ポスト京都には野心的な案を出してくるだろう。
だが、日本の政府部内では環境省はEU的な動きに半ば共鳴するだろうが、政府与党内の大勢はそうじゃない。米国と一緒になって反EUの立場に同調、というか主導しようとする意図があったのかも知れない。
だから経産省や外務省なんかは、米豪と一緒になってASEANや中韓を取り込もうと必死になったんだと思うよ。環境省にしたって、アジア諸国との協調によって温暖化対策を進めること自体は大賛成だろうし。


Aさん(小さく)またセンセイの独断と偏見がはじまった。
で、それが効を奏して、域内では初めてとなる温暖化対策宣言である『シドニー宣言』が出されたんですね【3】

H教授ポスト京都」として微温的だが、一応は数量的な、途上国も含めた何らかの枠組を作ってEUに対抗しようとしたんだ。
中国をはじめとした途上国が一切の数量的枠組拒否の姿勢を崩さず難航したが、結局、努力目標としての数量目標の明示に成功した。
「エネルギー効率を2030年までに05年比で25%アップ」、「域内の森林面積を2020年までに2000万ヘクタール増加」の2つだ。

Aさんセンセイはどう思われます?

H教授そりゃいいことには違いないけど、米国にしても豪州にしても京都議定書離脱国だ。そんな国と組んでどうするんだという感は拭えないね。しかも、ブッシュさんは国際的な信用も今やゼロに近いというのに。

Aさんじゃ、どうしろと?

H教授環境外交はもちろんいいけど、それより、日本の排出量削減の目標を明示するとともに、それへのロードマップとそのための政策手段を明らかにする、そして途上国に対してCDMや環境ODAを充実強化していくことが最優先だと思うよ。

急旋回必至の米国温暖化対策

H教授あと米国では連邦政府は依然として温暖化対策に微温的だけど、いろんなステークホルダー、つまり連邦議会、州政府や自治体、産業界、市民団体等では温暖化対策へのシフトが急激に進んでいる。

Aさん沿岸州を中心にCO2規制というかGHG規制を始めたり、始めようとしているんでしょう。

H教授うん、かなりの州で排出権取引や火力発電、自動車の燃費規制などいろんなことがスタートしようとしている。
9月20、21日付の新聞記事によると、連邦議会でも10近い法案が今秋審議されるそうだ。いずれも長期目標として排出半減を掲げ、排出権取引を主たる柱とするもので、もっともラジカルな案では2050年には1990年比△80%にするというものまであるそうだ。
もう10年前の、全会一致で京都議定書拒否を決議した時代とはみごとに様変わりしているんだ。


Aさん主導しているのは民主党ですか。今や両院で多数派ですものね。

H教授いや党派より選出議員の地域特性によるみたいだ。共和党議員だって法案提出に名を連ねている。一方じゃ、石炭産業を抱えるような地域は両党議員とも反対しているみたいだしね。
以前にも言ったけど、アメリカは国内に2つの国があるようなもので、その2つの国の力関係が大きく変わってきているんじゃないかな。
州政府だけじゃないよ。京都議定書ではもともと米国は90年比△7%のはずだったんだけど、ブッシュさんがホゴにした△7%を守ると宣言している「クールシティ」は、全米で700を越したというからね。
保守的な宗教右派までが温暖化対策を声高に唱え出したというし、企業でも温暖化対策は必至とみて、それに乗り遅れないようにする動きも活発らしい。
さしものブッシュ=チェイニー枢軸も、最近では温暖化対策をやると言わざるを得なくなっている。

いよいよスタート、「ポスト京都」本番

Aさんそうか、間もなくニューヨークで気候変動に関する国連のハイレベル会合が開かれますよね【4】。それに合せて、今週末の27〜28日にはブッシュさんが提唱して米政府主催で専門家レベルの主要排出国会議を開くわけですね。ブッシュさんも変われば変わるものですね。

H教授変わりたくて変わったわけじゃないだろう。イラク政策の失敗やあまりの不人気ぶりに、やむなくそうしたんだろう。
ブッシュさんばかりを見ていないで、米国総体の動向を見誤らないことが必要だね。さもないと、気が付けば日本だけが取り残されていた、ということになりかねない。


Aさんほんと、センセイはブッシュさんには点が辛いですね。

H教授彼は政治家と医者にだけはなっちゃいけなかったんだ。

Aさん医者!?

H教授そう、藪(=ブッシュ)医者。

Aさんまたオジンギャグですか。早く本線に戻してください。


H教授(小さくなって)はーい。
ハイレベル会合は世界150カ国以上の首脳が会し、「温暖化対策、いかにあるべきか」という、いわば自国のスタンスを述べる場だ。つまり、「ポスト京都」のゴングが鳴る、政治的には極めて大事な会議だ。
だのに、京都議定書議長国の日本の総理大臣が出ないというのは、ちょっと情けないよねえ。92年のリオサミットも国会開会中だというので、総理大臣が出ずに失笑を買ったけど、それ以上の醜態だね。
米国主催の主要排出国会議の方は、世界のGHG排出の8割を占める16ヶ国の専門家を集めて、やはり「ポスト京都」の枠組みについて話し合うらしい。
京都議定書は米国が離脱して蚊帳の外になっちゃったけど、今度は何としても米国主導の枠組み作りをしたいんじゃないかな。安倍サンお得意の「美しい星50」のように、ブッシュ政権も世界全体で2050にはGHG半減というのを、いよいよ長期目標として提示し、議論するつもりらしいよ。

Aさんでも、中国やインドなんかは、数量的な義務付けをいやがっているんでしょう。

H教授だから、中国やインドなど途上国には受け入れられる程度の、緩い、そして義務とはしない努力目標的なものを、枠組みとして念頭に置いてるんだろう。日本の協力を得てEUの先手を取ろうとする戦略じゃないかな。

Aさんそんなの受け入れられるかしら

H教授先日のシドニー宣言の延長線上で考えているんじゃないかな。
問題は日本や米国が途上国の発展に寄与しつつ、そのGHG抑制、エネ効率向上にどの程度の資金的・技術的援助ができるかということと、一方で自国のGHG排出をどこまで減らせるかということだと思う。
ところが、米国も日本もODAは減らす方向だし、一方、EUと違い、自国の排出量削減は進むどころか増やしている。
だから、最終的には「ポスト京都」は、日米豪のラインですんなりとまとまるわけがないと思うな。
だって温暖化をもたらす原因の大半は先進国で、その被害をまず受けるのは途上国だ。
だったら、まず先進国が大幅カットしなきゃいけない。EUはかなりのカットをしているのに、日米豪は全部90年より増えているようじゃあ説得力がないじゃないか。


Aさんいずれにせよ、温暖化対策の行方はこれからますます目を離せませんね。

H教授うん、11月にはIPCCの第4次統合報告書が出されるだろうし、12月にはCOP13とCOP/MOP3がインドネシアのバリ島で開かれる。
そして来年、舞台はわが日本に移る。5月には神戸でG8環境大臣会合、そして7月には洞爺湖サミットだ。中でも一番注目されるのは米国と中国、インドの出方だと思うよ。

Aさんそれだけ温暖化の危機が進行しているということなんでしょうね。

H教授うん、例えば北極海の海氷はどんどん縮小していき、今夏は最小記録を更新。7〜80年代にくらべて4割も縮小してしまった。
こうした海氷の減少がさらに温暖化を加速させることになる。正のフィードバックというか、一種のスパイラル現象だね。
で、このほど米国地質調査所は、ホッキョクグマは2050年までに3分の1にまで減少すると発表。米国内務省では、米国絶滅危惧種法による絶滅危惧種として指定する方針らしいよ。

Aさんうーん、いよいよ待ったなしの温暖化対策を進めなきゃいけないですね。

H教授うん、各省の予算要求が出揃ったけど【5】、温暖化対策には環境省だけじゃなく、他省庁も相当の比重をかけている。
でもねえ、日本は財政難なんだ。だからカネをかけるといってもたかが知れている。
だから社会システムを変えなきゃいけないんだけど、そちらには皆及び腰なのが歯痒いねえ。


Aさん環境税だとか国内排出権取引・国内CDM制度などですね【6】

H教授うん、何年も前から「真摯に検討すべき課題」だというだけで、一向に前に進んでいない。
民主党は5月に「脱地球温暖化戦略」を発表したけど、その中に国内排出権取引制度や地球温暖化対策税といったものを盛り込んでいる【7】
まもなく誕生する福田内閣はいつ解散総選挙に追い込まれるかわからないが、民主党の提案を基本的に呑むとともに、これも長年懸案のまま先送りになっている道路特定財源の温暖化対策への活用だけはきちんとやってほしいね。
そうすれば次期総選挙で与野党が逆転したとしても、福田内閣の功績は絶大で、後世に名を残すと思うよ。

Aさんでも明るいニュースもあるじゃないですか。
GHGのひとつでもある代替フロンの規制が前倒しになるそうじゃないですか。

H教授うん、フロンの話は第29講でしたことがあったね【8】
フロンオゾン層を破壊するというので20年前モントリオール議定書が採択され、これに則って、オゾン層破壊能の強いCFC(クロロフルオロカーボン)などは96年までに先進国は全廃、途上国は2010年までに使用禁止されることが決まっている。
だけど、オゾン層破壊能の弱い代替フロン──具体的にはHCFC(ハイドロクロロフルオロカーボン)──に関しては規制が弱く、途上国での全廃は2040年までとなっていた。
それを、今月モントリオールで開かれたCOPで、10年間の前倒しが決まったそうだ。フロン類は代替フロンも含めて、CO2よりも1万倍以上も温暖化係数が高い。そういう意味では朗報だね。

第三次生物多様性国家戦略案まとまる

Aさん毎回、毎回温暖化の話で、まあ、一番動きの早い分野だからそれも仕方がないんでしょうが、他の話に行きましょう。第三次生物多様性国家戦略の案がまとまったそうですね【9】

H教授うん、日本政府は、平成7年に『生物多様性国家戦略』を、これを改訂した『新・生物多様性国家戦略』を平成14年に決定した。それ以降はあまり新聞報道はなされなかったけど、生物多様性の問題は、生物多様性条約COP6での2010年目標国連のミレニアム生態評価(MA)、COP事務局報告のGBO2を経て、国際的課題として重要性は温暖化と並ぶほどになってきているようだ。
今年3月にドイツ・ポツダムで開かれたG8環境大臣会合でも、6月のハイリゲンダム・サミットでも取り上げられている【10】
2010年に開催される生物多様性条約のCOP10は、すでに名古屋に招致することを閣議了解していて、多分それで決まりとなるだろう。
そんな中、この4月に第三次生物多様性国家戦略について中央環境審議会へ諮問。それを受けて自然環境・野生生物合同部会で設置した小委員会がとりまとめたものが、9月14日に公表され、いまパブコメ中だ【11】
11月中旬頃には地球環境保全関係閣僚会議の議を得て、正式決定ということになるらしい。

Aさん中身はどうなんですか。

H教授いくつかある。これまでの国家戦略では、現状認識として「三つの危機」──人間活動や開発による危機、人間活動の縮小による危機(里地里山問題)、人間により持ち込まれたものによる危機(外来種等による生態系撹乱)──を言っていたんだけど、さらに「地球温暖化の危機」を新たに付け加えた。

Aさんじゃ、「四つの危機」ですか。

H教授うーん、構成上は「三つの危機」と対等ぐらいの新たな危機と位置づけている。
それから、目標を100年先に置いているのも特徴的だろう。100年間で壊してきた自然の生態系を100年かけて回復するという壮大なものとして提示している。

Aさん50年じゃなくて?

H教授うん、今までの超長期計画がおしなべて50年先としていたものを100年としている。キミの孫の世代まで見据えているんだ。その意気込みは買えるね。

Aさんだって、100年先の前提となる社会の状態なんか、わからないじゃないですか。

H教授とりあえず人口は5000万人、うち65歳以上人口は40%としている。
この人口予測は、まあ妥当じゃないかと思うよ。
そして気温は、最善の温暖化対策を取ったときのIPCCの平均予測値である1.8℃上昇と想定している。
そもそも、この国家戦略案は二部構成になっていて、第一部が「戦略」で、理念、現状と課題、そして100年先を見据えた目標と基本方針となっている。
第二部が「行動計画」で、今後5年間の国土空間的施策、横断的・基盤的施策をまとめている。
この行動計画の中で具体的な数値目標もあげている。ラムサール湿地を10箇所増やす、種の保存法希少種指定を15種増やす、というようにね。

Aさんふうん。5年先と100年先に、森林を何%増やすといった、土地利用の定量的な目標は掲げていないんですか。>

H教授それは担保がないから、やれなかったんだろうなあ。
でも100年先の国土の土地利用は、生物多様性保全の観点からみてどうあるべきかという定量的なビジョンは必要だと思う。
ま、それがムリだとしても、例えば人口はどんどん減るんだから、ニュータウン、ゴルフ場やスキー場などの面的開発への圧力は減るだろうと単に予測するだけじゃなく、新規の面的開発や埋立を抑制するといったぐらいの戦略=基本的方針は打ち出してほしかったな。

Aさんそれこそ、強い政治的リーダーシップのもとでないと不可能でしょう。ところでSATOYAMAイニシアティブってコトバをよく聞きますけど。

H教授21世紀環境立国戦略でも出てくるよね。この生物多様性国家戦略案の第一部の「戦略」の最終章では、日本の自然共生モデルを作り上げそれを世界に提案していくことで世界の持続可能な社会づくりに貢献していくとして、これをSATOYAMAイニシアティブと称している【12】


Aさんふうん、行動計画の方は、目玉というか、何か目新しいことはありますか。

H教授うーん、地域空間施策として森林、田園地域・里地里山、都市、河川湿原等、沿岸・海洋に区分して、基本的な理念や方向性を示してはいるし、いくつかの数量的な目標を明示していることも前進だと思う。
もっとも、国立・国定公園制度の生物多様性保全の観点からの総合的な見直し以外の施策になるとトーンダウンし、既存の各省の施策の羅列以外は、調査・普及啓発みたいな話ばかりになってしまう感がするね。新規施策となると財務省だって目を光らせていて露骨には書かせてくれないだろうし、各省の合意も必要だということになると、これが限度かもしれない。
ただ、国内における生物多様性の総合評価を行い、「危機の状況の地図化」とか「生物多様性ホットスポット」を進めることや、そのための「生物多様性指標」の開発を行うと言っているから、相当の意欲と危機感は感じられるよ。

Aさんホットスポット? まさかネット用語じゃないですよね。

H教授当たり前だ。
ぼくが昔から知ってるホットスポットは、マントルからマグマが直接割れ目を通って地表にまで上昇する、ハワイのような地域を指す地学用語だったけど、ここで言うホットスポットは、生物多様性の保全の上で重要な地域のことだ。
Conservation International(CI)という国際的なNGOでは、生物多様性の観点から緊急かつ戦略的に保全すべき地域を「生物多様性ホットスポット」として、世界34箇所を選定し発表しているんだけど、日本列島そのものがホットスポットに選定されている。
その理由は、「貴重(固有種が一定種数以上)な地域ながら、開発の影響を受けている」ということらしい。
だから、世界のホットスポットである日本から、その中でも特に生物多様性の観点から大事な地域、いわばウルトラ・ホットスポットを抽出しようというものだ。


Aさんどの程度の広さの地域をどれぐらい選ぶんですか。

H教授そこまでは書いてない。総合評価の結果をみてから議論するらしいから、まだイメージとしては固まってないんじゃないかな。

Aさんホットスポット保全法をつくるとかそういうことじゃないですよね。

H教授抽出をしても、その大半はなんらかの保護地域に指定済みだろうし、具体的な保全はそうしたなんらかの保護地域システムに委ねるつもりじゃないかな。
むしろ、生物多様性やホットスポットのことを踏まえて、理念法としての自然環境保全法とか、同法による自然環境保全基本方針を抜本改正するということなら考えられるかもしれない。
また、調査面では「生態系総合監視システム」を構築するとしている。
環境省では平成15年度から「モニタリングサイト1000」事業を開始し、すでに700余りのモニタリングサイトを構築している。これをさらに1,000にまで増やすとしているんだけど、そうしたモニタリング体制を土台として、総合的な監視システムを造りあげるいうことなんじゃないかな。

Aさんでも莫大なオカネがかかるんじゃないですか。

H教授そうでもないだろう。既存の自然環境保全基礎調査(略称「緑の国勢調査」)の予算を充当するなどによって、相当部分カバーできるんじゃないか。

Aさんふうん、でもこの行動計画だけじゃ、なんか物足りないなあ。


H教授この第三次多様性国家戦略案には抽象的にしか書かれていなくても、21世紀環境立国戦略なども横目でにらんだ、いろんな動きがすでに出ているよ。

Aさんえ? 例えば?

H教授国立・国定公園については生物多様性・照葉樹林・里山などをキーワードにした再編がすでに動き出している【13】
また、10月中に環境省では閉鎖性海域の懇談会を立ち上げるとしていて、閉鎖性海域における新たな指標や中長期ビジョンを策定を目指すそうだ。これなんかは海洋基本法の海洋基本計画づくりとリンクさせるつもりじゃないかと思うし、そのキーワードとしても生物多様性を前面に出してくるんじゃないかな。瀬戸内海の海底ごみ実態調査も今秋から動き出しそうだ。
それからこの国家戦略案に明示していないけど、行政的には非常に気になる部分がある。

Aさんえ? それはなんですか。

H教授林野庁解体問題さ。数年先には林野庁を分割、森林経営をやっている部分は独立行政法人化するそうだ。残った保健休養や国土保全・温暖化の吸収源といった公益的部分がどうなるかが、まったく表には出てこないんだけど、この動きが気になる。
なにしろ国有林は国土面積の2割、生物多様性の重要な翼を担う森林面積の3割を占めているんだからなあ。

Aさん環境省と合体?

H教授それも選択肢の一つだとは思うが、まったく見えてこない。

Aさんま、それにしても100年先を目指した戦略と、5年間の行動計画には随分ギャップがありますねえ。予算じゃ財務省、政策だったら各省との関係で、なかなか書けなかった部分がいっぱいあったと思いますが、センセイだったらどういう夢物語を描きますか。


Hキョージュ版 幻の生物多様性国家戦略

H教授うーん、いろいろあるなあ。でも税金をあまりかけられないという前提で話してみよう。
100年先は人口5000万人というんだから、少なくとも新たな面的開発は抑制する。
例えば埋立などは原則禁止、自然水際線の人工化も原則禁止、ニュータウンやスキー場やゴルフ場などについても公的な開発は原則禁止。
これらを例外的に許容する場合はノーネットロス原則と受益者負担の導入。
そして民有地などの民間セクターによる開発で禁止できないものについては目の玉の飛び出るような開発税をかけて、開発抑制を図るとともに税収を保全施策に充当する【14】


Aさんうひょー、そりゃあ、よほど強力な政治のリーダーシップがなければ無理だわ。

H教授それだけじゃない。100年先ということになれば、今あるダム、橋梁、護岸、水路などのインフラはいずれにせよ耐用年数が来る。その時点で何でもかんでも更新するのではなく、ゼロベースで考えて、本当に必要なものだけに更新を絞り、他は破棄する。
そうすれば維持管理費もかからなくなる。そして更新する場合は徹底した環境配慮、環境共生型にする。

Aさんひぇえー、それも口で言うのは簡単だけど…。
放置林化しつつある里山はどうするんですか。全部の二次林を保全なんてできないでしょう、もはや薪炭林の時代じゃないんですから。
それに、そもそも人口も少なくなるし、人手をかけた里山の維持は困難じゃないですか。

H教授そうだなあ、全国三千数百箇所、つまり旧市町村単位で一箇所ずつくらいをNGOや住民の力を借りて“モデル里山”として保全管理し、教育や休養、保健、研修の場とする。もちろんそれが自然公園などに入っていなければ、自然公園などにするなどの手当てもしなきゃいけない。
残った大半は自然の推移に委ねるしかないだろう。100年も経てば、ある程度は自然林に近いものになるんじゃないかな。

Aさんじゃあ、放置林化したスギ・ヒノキの人工林はどうするんですか

H教授優先度をつけて循環型林業の場として再生する。ただし、どう考えても立地上それが難しく、地すべり等の防災上の問題が起きない場所は放置するしかないだろう。
こうした放置林だって、100年もすればスギ、ヒノキは倒れ、別の樹種の森林となって遷移していくよ。
場合によっては、自然の遷移を早めるような措置も必要になるかもしれないけど。

Aさん放棄された田畑や休耕田はどうするんですか。

H教授こちらは健全な森づくりの場とする。温暖化対策からしても、炭素の吸収源を増やさなきゃどうしようもないだろう。

Aさんモデル里山にしても、循環型林業の場にしても、森づくりにしても、莫大な経費がかかりますよ。そんなオカネがあるんですか。あまり税金はかけないといったじゃないですか。

Aさん

H教授だから、一日も早く税収中立の原則のもとで、環境税を設けるとともに、前に言ったように、国内排出権取引制度と国内CDM制度を構築し、CDMの対象を吸収源整備にまで広げなくちゃいけないんだ! これこそが民間活力の導入であり、究極のCSRだ。

Aさんうーん、そんな事例は海外にあるんですか。


H教授知らない。おそらく世界に例がないんじゃないかな。だからこそ、それを日本型自然共生モデルとして世界に提案して行く。それこそが本来のSATOYAMAイニシアティブじゃないかなあ。
日本はかつて独自の日本型システムで発展してきたけど、それにはいろいろ問題があったことも事実だ。
そして、バブル崩壊以降は急速に変わり、コイズミ改革で今や米型の競争社会になっちゃった。
欧米と一口にいうけど、欧と米は違うんだ。
ボクらはこれから未知の、そして新たな日本型社会を形成していかなきゃいけないんだが、それは米型とは対極にあるもので、むしろ欧型から学ぶものがあると思うよ。

Aさん米型と欧型か。ワタシB型、センセイ確かO型だったですよね。B型とO型って相性が悪いのよねえ。

H教授な、何の話だ…(がっくり)。


注釈

【1】 2050年、CO2半減計画 ──安倍総理の「美しい星50」構想
【2】 安倍さん最後の晴れ舞台 ──APECシドニー首脳会談
【3】シドニー宣言
気候変動、エネルギー安全保障及びクリーン開発に関するシドニーAPEC首脳宣言(骨子)[外務省]
【4】気候変動に関する国連のハイレベル会合
【5】各省の予算要求書
【6】環境税や国内排出権取引、国内CDM制度
【7】 民主党の「脱地球温暖化戦略」
【次の内閣】脱地球温暖化戦略などで方向性示す[民主党]
【8】フロン規制の話
第29講「フロン・マニフェストとオゾン層破壊」
【9】第三次生物多様性国家戦略について
【10】G8環境大臣会合とハイリゲンダム・サミット
【11】第三次生物多様性国家戦略のパブリックコメントの募集
生物多様性国家戦略の見直しに関する意見募集(パブリックコメント)について(平成19年9月14日環境省報道発表)
【12】SATOYAMAイニシアティブ
【13】国立・国定公園の再編
第53講「国立・国定公園の見直しと生物多様性保全」
【14】日本のアセスメント制度の特徴と、開発抑制・回避策
第43講「ミティゲーション・バンキングとノーネットロス原則」
アンケート

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【アンケート】EICネットライブラリ記事へのご意見・ご感想

(平成19年9月24日執筆 同月末編集了)

(本講の見解は環境省およびEICの見解とはまったく関係ありません。)

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