一般財団法人 環境イノベーション情報機構

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H教授の環境行政時評環境庁(当時)の職員から大学教授へと華麗な転身を果たしたH教授が、環境にかかわる内外のタイムリーなできごとを環境行政マンとして過ごしてきた経験に即して解説します。

No.061

Issued: 2008.02.07

第61講 日本列島、1月の環境狂騒曲

目次
日本を揺るがせた謎のギョーザ騒動
橋下サン圧勝―大阪府知事選
ガソリン税暫定税率延長をめぐる混迷
古紙配合偽装発覚
捕鯨問題再考
ダボス会議は政策転換の表明か?
レアメタルのリサイクルと国内資源の確保

Aさんセンセイ、まったく正月明けからいろんな事件がつぎつぎと起きていますね。
9日に日本製紙グループの賀状の古紙配合率偽装問題が発覚しました。ところがさらに、18日には大手製紙会社の大半がコピー用紙などのいわゆる再生紙について、古紙配合率を偽装していることが判明して大混乱。グリーン購入法の運用見直し論議にまで発展しています。
また、過激な反捕鯨団体シー・シェパードは、オーストラリア近海で日本の調査捕鯨を妨害していましたが、15日にはそのうち2人が捕鯨船に乗り込み、ついに捕鯨船に拘束される事態にまで至りました。
26日にはダボス会議、つまり世界経済フォーラム年次会合【1】で、福田サンが日本の温暖化対策について演説。27日には大阪府知事選でトンデモ弁護士の橋下徹サンが圧勝。
30日には中国製のギョーザによる有機リン中毒事件が発覚、パニック状態が継続中です。

一方、政界は年明けからガソリンの暫定税率延長問題【2】で擦った揉んだしていましたが、30日には与党が「つなぎ法案」なるものを提出、委員会で可決したかと思ったら、その午後には一転取り下げというドタバタ劇。
きっとアタシたちのこの会話がアップされる頃には、また何か起きていますよ。

H教授仕方がない。じゃあ、一個一個片付けていこう。


日本を揺るがせた謎のギョーザ騒動

Aさんもっともホットな話題は中国製ギョーザ問題ですね。中国から輸入された加工食品のギョーザが原因で被害者が続出、スーパーなどから中国製品が一斉に姿を消すなどの大騒動になっています。

H教授うーん、あの事件は謎だらけだなあ。今の時点で変な憶測を述べるのはやめておいた方がいいだろう。

Aさん謎だらけって? だって製造流通過程のどこかで、有機リン系の農薬である「メタミドホス」が混入したから起きた事件だということは、はっきりしているんじゃないですか。
中国産ホウレンソウでも、基準を越す残留農薬が検出されたこともあったし、中国の食品についてはかつてもいろんな事件が報じられました。だったらああいうことがあっても不思議じゃないんじゃないですか。
一方じゃ、加工食品については日本の検疫体制も整っていないそうじゃないですか。

H教授それは事実だけど、基準値を越すような残留農薬があっても、一回食べたぐらいでは何ともないのがふつうなんだ。毎日食べ続ければ慢性中毒症状が出てくる可能性があるけど、一回の摂食で中毒症状を起こすなんてことはめったに起こることじゃない。
問題の工場は中国でも衛生管理のしっかりしたところだったそうだし、急性の中毒症状を起こすほど大量の農薬が製造工程で混入した可能性はあまり考えられないんだよなあ。
被害の訴えは現時点で1,000人程度になっているそうだが、明確な農薬中毒と断言できるのは、今のところ千葉と兵庫の3家族どまりだそうだ。
メタミドホスは中国でも製造使用が禁じられている。急性中毒患者を出すほどの大量のメタミドホスがもし製造工程で混入したんなら、三家族にとどまらず、想像を絶するような悲惨な大事件になったんじゃないかと思う。


Aさんじゃあ、流通過程で混入したというんですか。

H教授事故か意図的かはわからないが、その可能性はあると思うな。ニュースじゃあパッケージに穴が開いていたという話もあった。
緊急避難的に中国製の加工食品が棚から引き上げられたり、消費者が中国製のものを食べ控えるのはやむをえないとしても、しきりに中国非難や検疫体制批判をしているマスコミに関しては、もう少し事実関係がわかってからにした方がいいんじゃないかな。
もし、日本に輸入されてから意図的に混入されたものだったとしたら、今度は猛烈な反日運動を引き起こしかねない。

Aさんま、それはそうかもしれませんが、検疫体制が不十分なのはその通りじゃないですか。

H教授もちろんそうだけど、一方じゃ「小さな政府」だとか、「官から民へ」だとか、さんざん煽っておきながら、急にそんなこと言い出すのは自己矛盾じゃないか。
仮に中国でなんらかの事故で混入したものだとしよう。しかし、今回の場合、急性中毒を引き起こすほど高濃度に混入していたのはどうやらごく少数らしい。だったら断言しておくけど、検疫体制がどんなきちんとしていても、今回のような事件の摘発は不可能だ。

Aさんどうしてですか。

H教授全数調査なんて不可能だし、やれるのはせいぜい抜き取り調査ぐらいだろう。そんなやり方で発見できるとしたら、それこそ奇跡だ。

Aさんじゃあ、検疫体制の強化は不要だというんですか。

H教授そんなことはない。残留農薬だとかポストハーベストだとか、いろんな問題が輸入食品にあるのは事実だし、食料自給率が4割を切るようになった今、加工食品も含めて検疫体制の強化は必要だ。でもねえ、この事件を直接の理由にするにはまだ早すぎると思うよ。

Aさんでも事実関係が明確になるまでだって、言えることはあるでしょう。

H教授うん、ひとつは最初の中毒事件が起きてから、それが公になるのに1ヶ月も時間がかかったという情報伝達の問題。
あと、もうひとつこれは前にも言ったが、食品安全委員会のだらしなさだな【3】。ホームページを見ても、関係機関の発表内容を貼り付けてあるだけで、安全委員会がどう考え、関係機関に対してどんな指示をしたのかまるでわからない【4】

Aさん事件の真相はどうあれ、中国の受けた打撃は深刻でしょうね。


H教授今回の事件は別にしても、中国は成長を重視するあまり、環境や安全が軽視されてきたのは事実のようだ。だからこそ今回の事件もその文脈で報じられた。いわばツケが回ってきたともいえる。
もちろん中央政府のトップはオリンピックを控えて、環境や安全重視に舵を切り替えようとしているが、面従腹背というか、下に行けば行くほど、地方に行けば行くほど成長重視のまま、暴走している嫌いも一部にあるようだ。
格差が広がる中でデモや騒擾事件などが頻発しているという話もある。北京の大気汚染もまだまだひどいようだし、北京オリンピックで世界から人が集まった結果、顰蹙を買うようなことがなければいいけどね。
ま、いずれにしても今回の事件は、真相がどうあれ、あまりにも急激な中国の高度成長に歯止めをかける結果になるんじゃないかな。

Aさんそれとやはりこんな不安な事件が起きると、日本は食糧の自給率アップを目指し、地産地消ということをもっと考えるべきじゃないかと思ってしまいますね。


橋下サン圧勝―大阪府知事選

Aさんところで注目の大阪府知事選挙ですが、橋下サンが圧勝しました。

H教授これまでの官僚上がりや旧態依然たる政治屋や学者などより、新鮮に写ったんじゃないかな。宮崎の東国原知事の例もあるしね。

Aさん大阪府は吉本興業の本拠地で、セクハラのノックさんを知事に選んだという過去もありますしね。

H教授橋下サンに関しては、公約を見てみると、実現不可能というか、そもそも市町村行政と都道府県行政の違いもわかってないんじゃないかと思わせるようなものが並んでいるから心配だねえ。
府民の受けをよくするため、徹底的な役人いびりをする可能性だってある。大幅な賃金カットだとかね。でも、マジメな役人の志気を阻喪させるようなことをすれば、ろくなことにならないと思うよ。

Aさんノックさんもそうだったんですか。

H教授いやむしろ逆で、ノックさんの場合は、あまりにも役人の言うがままになりすぎたという批判もあった。だから、そのあたりは難しいところだけど、ま、とりあえずはお手並み拝見だろう。
できれば東京都の向こうをはって、拡大排出権取引や拡大CDM【5】にチャレンジしてほしいけどね。

Aさんでも核武装論者が知事だなんて、イヤですねえ。おまけに「アジアでの日本人男性の買春はODAだ」なんてヒドイ発言もしているでしょう。

H教授ま、突飛な発言をして、世間の注目さえ浴びればいいというテレビタレントの性癖が言わしめた台詞で、本心からそう思っているかどうかはわからないさ。なんせ彼は出馬直前に「2万%出馬はない」と言い切ったんだからな。
まあ、公職に付いた以上はそういうバカな発言は控えてほしいと思うけどね。
これからは一所懸命メデイアに露出したり、講演したりしてカネを稼いでもらって、それを前に言った『拡大フィフティ・フィフティのルール』【6】で、赤字に悩む府財政に貢献してくれればいいんじゃないかな。

Aさんあ、それは厳密に言うと公職選挙法か何かの違反になるんじゃないですか。

H教授法律とか条例は人間のつくったものだから、そんなものは変えればいいんだ。
ついでに言っておくと、あのルールの応用版として、首長や議員で副職があったり副収入のある人は歳費をどんどん切り下げ、その代わりそうしたもののない、つまり首長や議員の職に専念する人は歳費を上げるみたいな措置も考えるべきだと思うよ。


Aさんまたバカなことを…。


ガソリン税暫定税率延長をめぐる混迷

Aさんところで国会は混乱してますねえ。自民党は、例の暫定税率問題では「つなぎ法案」を出したり、引っ込めたりで醜態をさらけだしていますし、ガソリン価格が高い方が環境にいいと言っておきながら、その税収でCO2を撒き散らす道路づくりを延々とやるなどという辻褄の合わないことを言ってます。
一方の民主党も年末の税制改革大綱じゃいいことを言っていたのに【7】、今じゃ暫定税率廃止一本槍で、ガソリン代値下げしか言わないなんておかしいじゃないですか。地方は反発し、民主党議員にも造反する議員がいるし。

H教授あれは小沢サンの解散総選挙を睨んでの作戦だろうけど、馬鹿げているよね。
確かにガソリン価格は高くなったけど、国際的にみれば、EUなどよりまだ廉いんだし、ガソリン価格がある程度高い方が自動車利用を見直すきっかけになるかもしれないじゃないか。
ガソリンの値段を下げるより、その税収でもって公共交通にシフトさせたり、温暖化対策に充てるべきだと思うよ。そういう意味では民主党の年末に出した税制改革大綱は基本的に正しいと思う。年明けにガソリン値下隊なんてバカなことをし出したけどな。
問題はそんなに道路がまだ必要かどうかだ。ボクはキミも知ってるとおり鉱物オタクで、昔の中小鉱山跡を探して随分僻地にまで行くんだけど、ほとんどクルマが行き交わないようなところまで、道路は実によく整備されているよ。
そりゃあ、個人的には日本の津々浦々まで、道路網を張り巡らしてくれれば、ありがたいけど、やはり税金のムダ遣いだと思う。
人口減少時代になるというのに、今後10年間に59兆円も新たに道路に投資するなんてクニは聞いたことがないぜ。正気の沙汰とは思えないよ。
必要なのは道路じゃなくて道路工事、道路事業費じゃないかと思っちゃうな。


Aさん出ました、持論が。

H教授だから暫定税率を廃止するのでなく、道路特定財源自体を一般財源化し、暫定税率分は環境税の一部に組み替えるべきだと思うな。環境税でもって「環境特定財源」にするかどうかは別にして。
そして一般財源化した分は地方に手厚く配分し、「真に必要な道路」の整備を地域の判断でやりゃあいいんだ。

Aさんでも、このまま行けば平行線のまま、強硬突破ということになるんじゃないですか。

H教授ボクの意見とは異なるけど、暫定税率延長をとりあえず3年程度とし、その間に国土交通省の言う「真に必要な道路」が、本当にそうかどうか、地域住民も含めて徹底的に議論するという選択肢だってあるんじゃないかな。

Aさんでもそうしたって、やっぱり地域の人は道路がほしいというんじゃないですか。

H教授その場合、「真に必要な道路」とは、地域住民ひとりひとりが、そのために例え整備費の0.001%でも負担するとか、福祉や教育関係予算を減らしてもいいという覚悟がある場合に限るという前提にすべきだと思うよ。

Aさんあと都市部だって、開かずの踏み切り対策だとか、安全対策、渋滞対策も必要じゃないですか。


H教授先日テレビで見たんだけど、ロンドンじゃ、温暖化対策と渋滞対策を兼ねて、都心部に乗り入れるクルマには結構高い渋滞税をかけているんだって。【8】
一般財源で対応できなければ、それくらいのことを考えりゃいいんだ。そうすれば開かずの踏み切り問題だって解消すると思うし、温暖化対策、安全対策、渋滞対策になるよ。

Aさんま、いずれにしても、今後も当分、国会からは目を離せないですね。


古紙配合偽装発覚

Aさんところで製紙会社が軒並み再生紙の古紙配合率を偽装していた事件が発覚しました。

H教授日本型システムは半ば崩壊したと思ってたけど、談合体質というか横並び体質というか、「みんなで渡れば怖くない」体質はしっかりと健在だったよね。

Aさんアタシャ、腹が立つんですけど、「品質確保のために製紙会社がわざわざ高いバージンパルプを用いていた」「できもしない基準を押し付けた環境省の責任が大きい」なんて、製紙会社が被害者だと言わんばかりの議論が一部にあるじゃないですか。
これでグリーン購入法の基準を下げたりしたら、偽装してきた製紙会社の焼け太りみたいになっちゃうじゃないですか。

H教授その代わり、製紙業界は10億円だかを環境対策、つまり植林なんかのために拠出するとしているみたいだ。ぼくに言わせりゃあ、桁がひとつかふたつ違うだろうと思うけどな。

Aさん古紙の配合率をグリーン購入法の基準までアップすることは、技術的に不可能だということは事実なんですか。

H教授知らない。だけど本当に不可能なら、はじめからそう主張すればよかったじゃないか。
ボクは製紙の技術みたいなことは知らないけど、大体、求められている品質を確保するために、あえてコストのかかるバージンパルプを多く使ったという製紙会社の言い訳自体、ボクは怪しいんじゃないかと直感的に思っているよ。

Aさんえ? 本当ですか。

H教授だから真相は知らないってば。
だけど、古紙を多く混ぜれば、品質は下がるのはある意味当たり前なんだ。繊維は短くなっているし、インクを落としたり、挟雑物を除去したりしなきゃいけない。
それでも品質を維持しようとすれば、いろんな薬剤を用いたり、エネルギーを投入したりしなければいけない。これが熱力学の第二法則、増加するエントロピーを減少させるために必要なことだ。
つまり品質を維持しつつ、古紙を多く配合させることは、バージンパルプを用いるよりも、余計にコストがかかるんじゃなかったかな。


Aさんウッソー。

H教授だから、本当のところは知らないよ。でも、そう考えた方がわかりやすい。
質のいい古紙は中国に流れて、なかなか入手しにくくなっているなんていう話もあるしね。
でもねえ、中西先生のホームページによると、製紙会社は大昔は「100%バージンパルプだ」と言いながら、実は安価に入手できる古紙を配合させていたらしいんだ。
で、今じゃ一種の環境ブームで、その逆。だけど、製紙会社の嘘つき体質は一向に変わっていないということだ。CSRが聞いて呆れるし、ISO14001の認証を取得してたって、これじゃあねえ。

Aさんでも、現実的な解決策は製紙業界にペナルティを科すとともに、古紙配合率の基準は下げずに、むしろ求められる品質、つまり白色度だとかを下げることの方を容認するってことですか。

H教授そこは難しい。あまり好きなコトバじゃないが、「環境にやさしい」ってことの指標が古紙配合率でいいかどうかだ。

Aさんえ? だって古紙をリサイクルした方が資源の節約になるし、よけいな森林伐採を減らすことになりますよね。古紙配合率が高い方がいいに決まっているじゃないですか。

H教授そんなことはないよ。古紙をリサイクルする方がCO2排出量は増えるという試算もある。もっともこれには反論もあって、どちらが正しいかボクには判断しかねるけどね。詳しくは、安井先生のホームページをみてほしい。
ただ、古紙をリサイクルすると言うことは、薬剤を使用したり、エネルギーを投入したりするから、別の意味での環境負荷は増えるということは十分にあり得ると思う。
まあ、“もったいない”というのはその通りだけど、あまりにも質の悪い古紙はサーマルリサイクル、つまり燃やしてしまうか、思いっきりカスケードしたリサイクルをした方がいいかも知れない。
それにバージンパルプったって、利用されていない間伐材だとか、端材、あるいは家屋の廃材だとかだったら別にいいんじゃないかな。現時点ではそれらを利用する方がコストがかかるだろうけど。

Aさんつまりバージンパルプでも、天然林を伐採したチップを用いなければいいということですか。

H教授それだけじゃないさ。循環型林業をやっている人工林だって、主伐材はパルプになんかせずに、建材などに用いるべきだと思うよ。

Aさん天然林でなく、かつ人工林の主伐材をゼロにするという指標を考えればいいというご意見ですね。その場合、その証明を行う国際的な認証システムが必要になりますね。

H教授そういうことだな。木材についてはある種の認証制度がすでにあるから、それとの連携・活用などを考えればいい。


捕鯨問題再考

Aさんところで捕鯨がまた問題になっています。
オーストラリア近海の公海上で、シー・シェパードが日本の調査捕鯨を妨害し、挙句の果てに捕鯨船に乗り込んで拘束される始末。
迷惑な話ですね。ああいうのは一種のテロと変わらないんじゃないですか。ほんと、無茶苦茶だわ。

H教授ま、キミの気持ちはわからないわけでもないけど、例えばそのオーストラリアなんかの国民の見方はまた違うんじゃないかな。ひょっとすると英雄視されているかもしれないということも知っておいた方がいい。

Aさんだって公海上の合法的な調査捕鯨じゃないですか。

H教授そりゃあそうなんだけど、調査捕鯨という名目で、実際にはその肉が流通している。捕鯨量はだんだん増えて現在では年間千頭、5,000トン。調査のための捕鯨じゃなく、調査という名目で捕鯨しているんじゃないかと言われても仕方がない面があると思うよ。
ましてや、公海とはいえ、自分の国の近海まできて、そういうことをやられりゃあ、鯨食文化のない国民の反感を買うのもやむをえないだろう。

Aさんえ? センセイは消極的とはいえ捕鯨賛成派じゃなかったんですか。

H教授うん、この問題は何度か話したよね【9】
ある種のクジラは増加しているのは事実だし、そのクジラが魚を大量に捕食するのも事実だ。ただ、どうしてもクジラを食用にしなくちゃいけないほど、蛋白源が不足しているわけでもないことも事実だし、公海とはいえ、わざわざ捕鯨反対派の国の近海まで行って捕鯨を実施して、神経を逆なでする必要もないだろう。

Aさんじゃあどうすればいいと?

H教授国際捕鯨委員会(IWC)の場では、科学的なデータに基づいた管理捕鯨の主張をすればいい。
ただ、当面の措置として、調査捕鯨は日本沿海に限って、そして、明らかに増加している鯨類に限って実施する、というのが大人の態度じゃないかな。
もちろん、捕鯨によらない調査は世界の海で広く行わなきゃいけないし、そのための技術開発も必要だけど。

Aさんそりゃあ、日本に限れば蛋白源は今は不足していないですけど、いつ不足するかわからないし、いろんな蛋白源があった方が栄養バランス上もいいんじゃないですか。それに蛋白源の不足している国だっていっぱいありますよ。


H教授じゃあ日本は調査捕鯨した鯨肉を、そういう国々にODAか何かで供給しているか。
そんな主張をすれば世界の笑いものになるし、蛋白源が不足している国からだって、余計なお世話だと言われかねないよ。
あと蛋白源の多様化だけど、日本にはいろんな外来生物がいるじゃないか。アメリカザリガニだとかウシガエルだとかタイワンドジョウだとかブラックバスだとか、ああいうものの駆除も兼ねた食肉利用を、政策的に進めればいいと思うな。

Aさんじゃ、センセイはクジラを食べられなくなってもいいんですか。

H教授そりゃあ食べたいさ。ひとつのアイデアだけど、伝統的な漁法での沿岸調査捕鯨や、クジラ料理を、村おこし町おこしの手法に使うことだって可能かもしれない。捕鯨見学や鯨肉を食べたい人間が押し寄せるかもしれないじゃないか。

Aさんうーん、そううまくいくかなあ。


ダボス会議は政策転換の表明か?

Aさん─ところで、毎回欠かさず話題にしている温暖化ですけど、いわば世界の賢人会議にあたるダボス会議で福田サンが演説をしたそうですね。

H教授最終日前日にようやく参加したらしい。

Aさん解せないですよね。国会の関係があるのかもしれませんが、別に野党が反対したわけでもなさそうなんだから、最初に行ってぶちあげて、会議全体をリードすればよかったのにって思っちゃいますよね。
まあそれでも、ようやく国際的な国別総量目標の策定導入に向けた決意表明をするとともに、日本としての総量目標の設定を国際公約しましたね。COP13では言わなかったことを言ったんだから、よかったんじゃないですか。

H教授そのことについて、前講のでは年末の4閣僚会合で決まったって言ったけど【10】、経産大臣は同意したわけじゃなかったみたいだ。今年に入ってからの関係閣僚会合で、経産大臣が徹底抗戦し、国別総量目標を言明するかどうかは福田サンに一任、というところまで押し返したみたいだ。

Aさんじゃ、福田サンはご自身の意志でそうおっしゃったということですね。
施政方針演説でも、低炭素社会へ転換と明言されたそうですし【11】、大英断じゃないですか。
EUでは2020年までに対90年比で20%減らすための、EU域内各国の国別数値目標を先月(08年1月)欧州議会に提案したそうですし、ブッシュさんも年頭教書で温暖化対策で途上国を支援すると言ったみたいですから、国際的に少しは前進したと言えるんじゃないですか。

H教授ただ、福田サンの場合、問題はその中身だ。
目標設定の考え方として、業種や分野別に削減可能量を積み上げるとした。
つまり、気候変動を抑止するために、50年先にはどの程度にGHGを抑えなければいけないか、というところからスタートするバックキャスト方式【12】でなく、今までのトレンドを重視する考え方で、経産省や経団連が常々主張していたものだ。経産省サイドからすれば、名を捨てて実をとったという考え方も、できるかもしれない。

Aさんトレンド重視の考え方でいけば、2050半減というのはどうなるんですか。

H教授画期的な省エネ技術だとか、CO2地中隔離だとかを目指しての技術開発重視になる。それができりゃあいいけど、できなかった場合のことは考えないでおこうということだ。

Aさんそんな無責任な。
でも洞爺湖サミットまでには、日本の総量目標を設定しなくちゃいけないことは事実ですよね。
だとすると、これからその目標値をめぐって、国内で一波乱も二波乱もありそうですね。
ダボス会議ではこの他、基準年の「90年」は、公平の見地から見直すべきだと提言したそうですね。

H教授─うん。でも基準年を90年とするというのは、気候変動枠組条約スタートのときからの先進国サイドでの約束事で、それを今さら日本に不公平だから見直せというのはちょっとあんまりだよねえ。

Aさんでも中国やインドが、数量目標を仮に設定するとしたときの基準年としては、90年は必ずしも適当じゃないでしょう。

H教授そりゃそうだ。だが、少なくとも先進国は90年とすべきで、途上国に便乗してまで自国に有利にしようというのは、あまりにもアコギだ。日本の信用を失墜させかねない提言だと思うぜ。
あとは2020年までにエネルギー効率の30%改善だとか、途上国の支援のために5年間で100億ドル規模の資金メカニズムを構築するというというような内容だったらしい。
途上国支援については、似たようなことは英国も言っているし、ブッシュさんも年頭教書で言っている。いいことには違いないけど、途上国をなんとか味方につけたい、という各国の思いが滲み出ているな。

Aさんその割に、日本は「聖域なし」とかいって、ODA予算を毎年カットしてますよね。


H教授ま、残念ながら、大幅な政策転換とまではいってない、というのが現状じゃないかな。
あと残念だったのは経済同友会【13】だねえ。第58講ので、環境税だとか国内排出権取引制度に対して、経団連は頑迷に反対しているけど、経済同友会は賛成していると紹介した。
ところが、あれは単に代表幹事の個人的な意見で、先日まとめられた同友会としての提言では、排出権取引制度には経団連に歩調を合わせて反対。環境税に関しては議題にものぼらなかったそうだ。
「同友会よ、おまえもか!」ってところだね。

Aさん気候変動、温暖化関連の自然現象の方はなにかありました。

H教授シベリアの永久凍土―つまりツンドラだね―の融解が、この数年に急速に進行しているということを海洋研究開発機構が発表した【14】。融けた深さが2000年頃の倍になっているところもあるそうだ。

Aさん温暖化の影響ですね。生態系にも変化が出そうですね。

H教授いや、もっと深刻な話があるんだ。
ツンドラの下には大量のメタンを含んだ層があるんだけど、ツンドラの融解でそれが地表部に出ると、メタンが大気中に放出されて、一気に温暖化が加速するおそれがあるんだ。


Aさん本当ですか。研究者だって予算取りのためオーバーに言う可能性があるって、センセイ、言ってたじゃないですか。

H教授データがあるから、融解が進行しているのは事実だろう。
実は、もう15年くらい昔になるんだけど、ボクが国立環境研究所にいるとき、ある研究者が同じことを言い出した。予算や手続きで相当厄介なことがあったんだけど、その熱意に押される形で研究所としても支援することにし、調査を開始したんだ。
そのときはあくまで将来の可能性の話だったんだけど、この新聞記事を読んで、言い出しっぺの研究者は先見の明があったんだなあって感心した。

Aさんメタンの温暖化係数はCO2よりずっと高いですものねえ。他には?

H教授NASAの発表じゃあ、南極の氷床の消失速度がこの10年で2倍近くになったらしい。海水温の上昇が原因とみられている。

Aさんじゃあ、海面上昇に大きく寄与するんじゃないですか。

H教授さあ、そこまでは書いてなかった。南極ではグリーンランドと違って、消えていく氷床はもともと大陸の上じゃなく、大陸の縁にくっついてるものが大半だし──氷山が溶けても海水面の高さは変わらないってことは知ってるよな──、結局雪になって大陸上に降るので、海面上昇にはむしろマイナスの影響を与えているという記事を読んだことがある。だけど、科学の最前線は常に動いているから、本当のところはわからない。ただ、生態系に大きな影響を及ぼすことは間違いないだろう。

Aさんところで、このところ新聞の一面を賑わすようなトピックの他は、温暖化だとか生物多様性だとかの話ばっかりですね。今まで取り上げたことのない、新しい話題はないんですか。でないと飽きられちゃいますよ。


レアメタルのリサイクルと国内資源の確保

H教授はは、もうとっくに飽きられているんじゃないかな。
でもキミにまでそう言われるのはちょっとシャクだなあ。じゃあ、レアメタル、レアアース、貴金属の話でもしようか。

Aさんなんです、それ。

H教授レアメタルは希少金属のことで、鉄や銅、鉛、亜鉛、アルミなどに較べると量が少ないが産業上欠かせない金属をいう。タングステンやビスマス、アンチモン、インジウムなどいっぱいある。
レアアースは周期律表の希土類、つまりごく微量にしかない稀な一群の元素類のことで、スカンジウム、イットリウム、ネオジムだとかタンタルだとか、こちらもいろんなものがある。
これらは産業用に重要なもので、いわば人体におけるビタミンのようなものといっていいかもしれない。ちなみに日本でスカンジウムを主成分とする鉱物を最初に発見したのはボクなんだぜ。

Aさん(無視)脱線はいいですから、それで?

H教授へいへい。レアメタルについては日本でもタングステンやモリブデンの鉱山もあったし、鉛・亜鉛の鉱山からの副産物としてもいろいろなものが得られたが、今じゃあすべて輸入に頼っている。
一方、貴金属というと金、銀、白金類なんかを指すんだけど、これも装飾用としてより、本当は産業用として欠かせないものなんだ。これらも電子電気機器などに微量用いられているんだ。
こうしたレアメタルなどは、アジアを中心にした需要の拡大と、原産国の資源囲い込みのせいで、この5年間でなんと国際価格が4から8倍にもなり、これからも急騰していきそうなんだ。
もう商社なんかは買い付けに必死らしい。

Aさんうーん、そりゃあそうかも知れませんが、この時評には直接関係ないんじゃないですか。

H教授ばか、「資源」と「エネルギー」は「環境」と表裏一体の関係にあるんだ。三位一体といっていいかも知れない。
で、それはともかくとして、日本には電子電気機器類、例えばケータイ(携帯電話機)やパソコンの中に、トータルでは膨大な量が蓄積されている。例えばインジウムは世界の埋蔵量の6割くらいが国内で蓄積されているそうだ。これを称して最近では「都市鉱山」などといわれることもある。

Aさんわかった。それをリサイクルしなきゃいけないって話ですね。


H教授うん、今までのリサイクルは資源問題というよりは、多くの場合、廃棄物最終処分場が逼迫しているから、ごみ減量のために行うというのが本音だった。
だがレアメタルなどは明らかにこうしたものと違い、資源確保のためのリサイクルの必要性に迫られてきたんだ。
機種交換後のケータイなんかを回収しようという話が今いろいろあって、モデル事業などが展開されている。
そのため経済産業省では資源有効利用促進法の改正を検討しているみたいなんだけど、ネックがいろいろある。
事業所からの回収はなんとかなっても、一般消費者からの回収は難しいし、コスト的にも割が合わない。そうしたものは廃棄物処理法で、市町村が埋立処理するのが一般的だ。市町村単位でこうしたレアメタルなどの回収はとてもできないしね。

Aさんじゃあ、どうすればいいと?

H教授それで悩んでいるらしいんだけど、そんなの簡単な話で、家電リサイクル法のスキーム、つまり逆流通ルートでの回収義務付けをやればいいんじゃないかと思うんだ。だけど、経済産業省としては電子電気機器メーカーや販売店の反対を恐れているし、環境省に関与されたくないんだろうなあ。でも、そんなくだらない省益にとらわれてる場合じゃない。資源有効利用促進法と廃棄物処理法と家電リ法の関係は複雑怪奇で、正直なところボクにもよくわからないから抜本改正した方がいいと思うしね。
ただ、もっと大切なことがある。

Aさんなんですか。

H教授第一点は「資源」と「エネルギー」と「環境」。これらは市場原理にのみ任せるわけにはいかないということだ。
かつて日本は「社会主義国だ」などと揶揄されたこともあったけど、今じゃあドイツなんかの方がはるかに強権的だ。でなければ自然エネルギー固定価格買取制度などできるわけがないし、またある程度強権的にやらなければ、それこそ人類は持続可能な社会はできないだろう。

Aさんご荒説として拝聴しておきましょう。第二点は?

H教授その延長線上にあって、こうしたレアメタルを含めた国内の地下資源については、将来のことを考えて、ある程度私権を制限できるようにしておいて、いつでも再開発できるようにしておいた方がいい。
実は日本にはいろんな金属鉱山が昔は何千何万もあったんだ。レアメタルだって産出しなかったわけじゃない。それが軒並み閉山したのは、自由化により海外とのコスト競争に敗れたことと、鉱害問題だ。決して取り尽くしたせいじゃないし、今の技術なら鉱害は完璧に抑えられるはずだ。
日本の鉱業法というのは、相当ひどい法律で、今でも日本の鉱区面積は日本の面積よりはるかに広い。鉱種別に重複して設定されるからね。
にもかかわらず、日本の金属鉱山は鹿児島の金以外は壊滅状態。つまり今じゃ鉱区は単なる利権の道具になりさがっている。


Aさん(話の展開についていけない)へえ、で、それで?

H教授だというのに、今ではその所在地でさえ、かつての大鉱山以外はまったくわからない有様だ。そのくせ広い面積の鉱区だけは設定して放任というひどい状態なんだぜ。これをどうすればいいかを真剣に考える必要があるだろう。少なくとも、関係者が生存しているうちにそうした過去の鉱山の所在地を、将来に備えて国家として完全に把握し、公表すべきだと思う。

Aさん(ぱっと閃く)わかった。わかりました。
要は所在のわからなくなった旧坑や廃坑の位置を、国家の責任で明示しろということですね。つまりセンセイの鉱物趣味の手助けを、税金でやれというわけだ。

H教授…また、そんな身も蓋もないことを…(照れ隠しの笑い)。

Aさんよくもそんな恥知らずなことを、EICネットのような公的なホームページに書けますね。
もう知らない。センセイのバカ!(憤然と席を立つ)

H教授…それでも必要だと思うんだけどなあ(悄然と立ち尽くす)。



注釈

【1】ダボス会議について
第49講「IPCC第四次報告書の波紋」
【2】ガソリンの暫定税率延長問題について
第35講「環境税と特会見直しと第二約束期間」
第59講「道路特定財源をめぐる混迷」
【3】安全食品委員会
第55講「食品不祥事と食品安全委員会」
【4】中国産冷凍ギョーザに関する安全食品委員会の情報提供
2008.01.30 中国産冷凍ギョウザが原因と疑われる健康被害事例の発生について
【5】拡大排出権取引・拡大CDM
第51講「低炭素社会に向けて ──拡大排出権取引」
第54講「都が拡大排出権取引にチャレンジ?」
【6】拡大フィフティ・フィフティのルール
第59講「拡大フィフティ・フィフティ」
【7】民主党の税制改革大綱
第60講「COP13の後に―ついに政府の方針転換か」
【8】ロンドンの渋滞税
Pick Up!第047回「ロンドン交通混雑税」
【9】捕鯨問題について
第54講「IWC年次総会顛末」
第50講「我、疑う故に我あり―「水伝」ブーム」
第15講「獲るべきか獲らざるべきかそれが問題だ 〜クジラ〜」
【10】国別総量目標の閣僚会合決定
第60講「COP13の後に―ついに政府の方針転換か」
【11】福田首相の施政方針演説における低炭素社会への転換について
第169回国会における施政方針演説(政府インターネットテレビ)
【12】バックキャスト方式による目標設定
第37講「超長期ビジョン検討開始」
【13】経済同友会の姿勢
第58講「万華鏡・その3 ──経済同友会の動き」
【14】海洋研究開発機構発表
シベリアの凍土融解が急激に進行〜地中の温度が観測史上最高を記録し地表面で劇的な変化が発生〜(海洋研究開発機構)
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(平成20年2月3日執筆、同年2月6日編集了)

註:本講の見解は環境省およびEICの見解とはまったく関係ありません。また、本講で用いた情報は朝日新聞と「エネルギーと環境」(週刊)に多くを負っています。

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