[6]宮川森林組合の取り組み(三重県多気郡大台町)
事例6-3:地域との連携『地域性苗木』・シカとの攻防『パッチディフェンス』
■苗木をつくる生産者と山を緑化する消費者が1つのラインにつながったシステム
宮川森林組合の手がける事業に、自然配植技術に欠かせないものがある。「地域性苗木」だ。
「地域性苗木」とは地域に自生する樹木の種から育てた苗木で、日本植木協会の定めたルールに基づいてその種をどこでいつ採り誰が育てたかを明らかにしている苗木だ。
この取り組みの始まりは5年前の豪雨災害が引き金だという。災害で多くの山が崩落した。また林業の低迷による皆伐後の未造林地の増加もあり、周辺住民から緑化を求める声が上がっていた。
岡本さんはこの取り組みを始めるにあたって大台町の山を歩いたという。
「大台町の森がどんな生態系なのかなと思いまして。そうしたら、森が山頂付近からシカの皮はぎによる食害で草地化、裸地化していた。特に大台ケ原の原生林のダメージが大きくて。生まれ育った大台町をもとの美しい森に戻して行きたいと思いました」
そうして「大台町苗木生産協議会」を発足させ、町の広報誌で公募した。手をあげた15名が苗木の生産を担い、事務局を森林組合が担う。苗圃場の潅水設備や防鹿柵、遮光設備などのインフラ整備は森業山業という公共型事業からの助成金と町の助成金でまかなった。一方、苗木生産に必要なポットや地域性苗木の生産履歴を証明するためのGPS等の機材や種を蒔く苗床などの設備は森林組合が100%保障。売り上げた苗木に対して手数料をもらい、その分を販促活動や設備投資にまわし、技術研修費は森林組合が面倒を見る。
岡本さんは、この地域性苗木の取り組みをすばらしい仕組みだと実感しているという。
「この取り組みは、苗木を作るという生産者と、山を緑化していくという消費者が1つのライン上につながっているので、ロスが少ないんです。手数料を差し引いた苗木の売り上げが生産者さんの利益になり、中には年間数十万稼ぐ人もいますよ」
地域の高齢者に対する地域活性や、休耕田の圃場利用にもつながっているようだ。
■初年度は発芽率3%くらいだった
苗木の圃場を見せてもらった。ここでもしっかりとシカ、ウサギ除けのネットで囲われていた。中に入ると様々な樹種の苗木が丁寧に育てられている。樹種によって土がそれぞれ違う。育て方は難しくないのだろうか?
「いやー、最初は全然ダメでしたよ。初年度は発芽率が3%くらいで、こんなにいっぱい採ってきたのに発芽したのが5本!?なんてことも(笑)。育っても根っこがグルグル巻いてしまっていたり。これではだめだ、ってことで日本植木協会に入会して指導してもらいました」
現在協議会では、自然配植技術協会の専門家の意見や指導を得て、高度な苗木生産を行っている。
■シカ除けのためのパッチディフェンス
岡本さんに案内され、八知山の自然配植技術による治山法面の現場に着いた。植栽して1年目の場所だ。
まず目に入るのはやはりシカ除けの網だ。岡本さんは実際に山に入ってシカがものすごく多いと感じるという。
宮川森林組合はシカ除けに「パッチディフェンス」という手法を取っている。2007年から約1年半かけてシカ除けの方策を検討した結果採用している方法だ。
岡本さんから読んでみて下さい、と手渡されたシカ除けの報告書はずっしりと重い。
シカによる被害が深刻だということの重みでもある。
「パッチディフェンス」とは、植栽した苗木をある範囲、網で囲ってシカの侵入を防ぐ方法だ。従来のシカ除けの方法は、植栽した全領域を網(もしくは柵)で囲い、そこからシカを完全排除するものだった。
「大規模に柵を張り巡らしても、シカは簡単に柵を飛び越え入ってしまいます。そうなると植樹した木は全滅です。それで巡視を頻繁にしないといけない。結果、ランニングコストが大きくなってしまう。大きいネットはシカの侵入が絶対あります。風倒木で倒れた木に網が押さえつけられたり、大雨で土が流されてネット下に穴ができたり、跳び越えられたり。しかも、一度入られたら全滅です。一夜にして2年かけて育ててきたものが0になる脱力感といったら…」
「パッチディフェンスは小さなオリのようなもの。シカは、へいは跳び越えるけどオリには入らない、という発想なんです。シカがこれはオリやと認識したら、あえて危険を犯してまで入ろうとしない。今では100%シカの侵入は防げています」
企業の森づくりの植栽地では、シカ除けの網が3重にもなっていた。
「最初はこの網をはったんですが」と網目の大きい方の網を指差した。「網目が5cmあるとシカの口が通って奥歯でかみ切るんですよ。この4cmより小さい網目なら大丈夫とわかりました」
さらに下の方にだけ張ってある網はスカートネットといってシカが角で網を押し上げもぐりこまない様にするためのものだ。シカとの攻防は試行錯誤の連続だったようだ。
治山法面の植栽ではパッチディフェンスを斜面に沿って平行に帯状に苗木を囲っている。シカの食害を防ぐのとシカが歩くことで法面が侵食されるのを防ぐのが目的だ。
これだけの苦労がありながらも岡本さんは言う。
「シカも森づくりには一役かっているそうです。フンを落としたり、歩くことで地面を耕したり。パッチディフェンスはシカを完全に排除する方法ではありません」
シカの利用や数のコントロールは考えないのだろうか?
「僕らは森づくりを一生懸命頑張っていきたいと思っていますので、動物の生態的なことはご専門の方が今後解決していってくれるだろうと期待しています。ただ、今やっている森づくりが結果的に貢献できればと思っています」
■時間が経てばその分の価値を積み重ねていく森づくりをしていきたい
岡本さんに現場を案内してもらいながら、立地の読み方を説明してもらった。
「石の向きや岩肌、土砂がたまっているとか、そういう事から自然の立地を読み取るんです。わかるようになると面白いですよ」
岡本さんの植物に関する知識量と自然への洞察力に関心しつつ、話しを聞いて驚いた。
「僕、専門は機械工学なんです」
Uターンして11年目の元エンジニアだという。田舎に戻って就職する所というと役場か農協、森林組合、建設関係くらいで、たまたま森林組合が募集していたのだという。
「最初は苦労しましたよ。どの木を見ても同じに見えましたから(笑)」
「ふと気づいたんですが、以前やっていた仕事は出来上がった瞬間が一番価値が高くて、時間の経過とともに価値が下がっていくんです。森づくりは時間の経過とともに価値が高まっていくかなと思い始めた。でも今は時間が経っても価値が上がらないという現状があって、せっかく1年経ったら1年分の価値を積み重ねていく森づくりをしていかないともったいないと考えています。また、そういう職業ってめずらしいかなと思い始めたのもその頃です。ぼくは面白いと思いますよ、これからの森づくりはかなり。夢のある仕事っていったらカッコいいですけど、給料は少ないけど(笑)やりがいはあるかなと」
自然配植技術で植栽した森を見て岡本さんは言う。
「今植えている木が、数年、十数年、何十年、何百年後に、時限爆弾みたいにいい資源としてドカーン、ドカーンと当たればいいなと思っています」
宮川森林組合の挑戦は始まったばかり。
(取材・執筆:山﨑佳子)
この特集ページは平成22年度地球環境基金の助成により作成されました。