一般財団法人環境イノベーション情報機構

事例5-1:森の健康診断(矢作川流域)“生物多様性”と現場をつなぐ事例集

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キーワード
1.生物多様性で暮らす
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3.海のゆりかご
4.活動のアイデア
5.人工林の間伐
6.天然林の再生
7.海の森づくり
8.都会の生物多様性
事例
1.産直市場グリーンファームの取り組み
2.琴引浜の鳴き砂保全
3.アマモ場の再生
4.宍道湖のヨシ再生
5.森の健康診断
6.宮川森林組合の取り組み
7.アマモが取り結ぶ地域連携
8.野川の自然再生
9.草原の自然が育む生物多様性 人とのかかわりが「二次的自然」維持

[5]森の健康診断(矢作川流域)

事例5-1:現状を把握して、対策を考える―素人が診る山林の実情

シートに葉っぱを集めて植生調査

山が荒れている。山林(やま)の手入れ不足が嘆かれている。

戦後、増大する木材需要に応えるため、国は原野や天然林の伐採跡地などに人工林を造林していった。しかし、近年は木材価格が低迷して採算が取れないことから、多くの山林が見放されている。間伐されずに過密状態のまま時が経つと人工林は「もやし」のようになるので、木材として売れないのはもちろん、大雨が降るとすぐに土砂崩れ(沢抜け)が起こってしまう。

こうした人工林の問題に対して、市民が山に入って森林の混み具合や生き物の調査をおこない、その結果を研究者が解析して森林管理に生かそうという取り組みが「森の健康診断」である。「楽しくて、ちょっとためになる」。そんな取り組みの中心にいるのが、矢作川水系森林ボランティア協議会(以下、矢森協)代表の丹羽健司さんだ。


リーダーから参加者に調査の進め方を説明


■誰も知らなかった人工林の実態

間伐されず下草が生えていない人工林

丹羽健司さんが、東海農政局豊田統計情報出張所に赴任したのは2001年4月だった。前年9月に東海地方を中心に襲った豪雨では、矢作川上流域で多数の沢抜けが生じ、矢作ダムは50年分の流木で埋め尽くされた。やはり、この地域でも山林が放置され、山に手が入っていなかった。それでは、どれくらい山が荒れているのだろうか。丹羽さんは手を尽くして調べてみたが、放置林のデータはどこにもなかった。それなのに、間伐を促進する補助事業は進められる。森林の現状をきちんと把握し、どこで何をすべきなのかと検討することよりも、優先順位を決めずにどこでも間伐すればよいと考えられていた。

山林の実態について本当のことを知りたいと思った丹羽さんは、地域の山主を対象にアンケート調査を実施した。しかし、その結果は意外なもので、放置されている林の面積の割合は予想をはるかに下回った。プロの林業関係者は60~80%の山林が放置されていると言うのに、「わからない」という回答を含めても35%にとどまったのである。

予想が外れた原因を探っていくと、このアンケートでは、丹羽さんが知りたかった放置林の現況を明らかにできないことがわかった。

矢作川上流域では人工林経営の歴史が浅く、戦後の拡大造林期に初めてスギやヒノキを植えたという山主が多かったのだ。つまり、山主のほとんどが素人だから、客観的には放置林であっても間伐が必要だとは認識されず、結果として放置されていたのである。

そして、この実態は、矢作川流域だけではなく、一部の林業地域を除けば、日本全国似たようなものであることもわかってきた。


■素人山主と森林ボランティアが一緒にできる「山林の健康診断」

子どもも調査に参加して人工林の現状を実感

2004年1月、矢作川流域の森林ボランティア5グループによって矢森協が発足した。この協議会に入るには、森林の簡易調査を実施でき、チェーンソーで安全に伐倒や造材のできる技術レベルが要求される。この一定レベルの技術を身に付ける場となっているのが、2003年から豊田市が始めた2泊3日の森林塾(現在、とよた森林学校)である。

森林塾の本家は、1994年から開催されているKOA森林塾集中コース(長野県伊那市)だ。このプログラムでは、元信州大学演習林教授の島﨑洋路氏らが中心となり、多少の技術としっかりした考え方を身につければ、初心者でも山づくりに取りかかれることを実践的に示してきた。

丹羽さんは、2001年10月にこのプログラムに参加し、科学的な山仕事は楽しいと心の底から感動した。そして、すぐに12月には足助きこり塾(豊田市)を立ち上げて森林ボランティア活動を始めた。その後、豊田市で森林塾が開かれることになり、丹羽さんが伊那で味わった感動を追体験する人が増えていった。もちろん、卒塾生たちもボランティアグループを次々と立ち上げていき、矢作川流域に協議会を設立できる素地が整っていった。

矢森協が設立すると、科学的な山仕事の楽しさを素人山主にも伝えたいと、すぐに森づくりの活動が始まった。

ところが、いざ山主と森林ボランティアが一緒になって山仕事を始めようとすると、山主たちの反応は鈍かった。山林の状態を調査し、協定書を交わして山仕事を進めるのはハードルが高い。そこで、森林塾で学んだ放置林の調査手法をもとに、山林の実態を調べて診断するまでを「山林(やま)の健康診断」と名付け、2004年4月から素人山主のために開始した。

この活動が始まるまで、森林ボランティアとは、下刈りや間伐といった山仕事をおこなうものだと思われていた。つまり、ここに現れたのは、非作業型の新しいタイプの森林ボランティアであった。作業をしなくても、愉快で科学的な森林調査をおこない、結果を地域に還元・提言することで貢献できる。この後、人工林の手入れ不足という問題に対して、調査を通してかかわっていく取り組みが一気に広がっていったのである。


取材・執筆:松村正治



この特集ページは平成22年度地球環境基金の助成により作成されました。