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事例3-3:つぼ網に、豊かで多彩な海の幸がはねる!“生物多様性”と現場をつなぐ事例集

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[3]アマモ場の再生(岡山県備前市日生町)

事例3-3:つぼ網に、豊かで多彩な海の幸がはねる!

■つぼ網漁師を訪ね、真夏の日生へ

漁場から日生漁港までは10分ほどの近さだ

日生町漁協に置かれているつぼ網の模型

つぼ網の構造は昔とほぼ変わらないが、ポールもまんだいの輪も、かつてはモウソウチクを使っていた


真夏の陽射しと乾いた熱風を受け、海も山も照り輝く梅雨明け直後、わたしは再び日生を訪れた。冬には叶わなかったつぼ網漁(この地域に独特の小型定置網)の取材と、アマモの海をこの目で見るのが目的だ。

「よく来たね」

にこやかに出迎えてくれた日生町漁協・組合長の本田和士さんが、さっそく現役のつぼ網漁漁師、岸渕和義さん(65)と引き合わせてくれた。本田さんと岸渕さんは、長年一緒にアマモの種をまいてきた、つぼ網漁師仲間だ。

現在、つぼ網漁を営むのは実質8軒。岸渕さんは、20年ほど前に始めたカキ養殖を冬場に営むかたわら、毎年春先から秋までつぼ網漁を続けているという。


まんだいも戻り網も、魚が入りやすいよう工夫しつつ、昔は自分で編んだという

「つぼ網は、ひいじいさんの代からや」

漁師の家に生まれた岸渕さんは、中学校を卒業すると迷わず漁師になり、祖父、父と3代で海に出た。当時はつぼ網漁が主で、冬場は7、8カ統(セット)、網の手入れに手がかかる夏でも5、6カ統の網をかけていたという。

「当時は魚もたくさん獲れたし、値もよかったしな」。

カレイ、メバル、サワラ、マナガツオ、モンゴウイカ、ベイカ、ボラ…。豊かな漁場では、多種多彩な魚が入った。

「ツナシ(コノシロ)なんかもすごく値がよかった。それが今では半額、どころか『いらん』と言われることもある」

岸渕さんは、残念そうに語る。

その上、つぼ網漁は網の手入れに膨大な手間ヒマがかかる。


10年ほど前まで、網の場所決めは毎年抽選で行った。網の位置は厳格に決められていて、組合の指定から1mでもずれると、張り直しを命じられたという

カキ養殖で生計が立つ今、若い世代には一層敬遠されている。それでも岸渕さんがつぼ網漁を辞めてしまわないのは、「やっぱり好きなんかな。それに、ひいじいさんの代からやっているのを、そう簡単には終わらせられんし。辞めてしまえば何も残らない。網を売ったところで二束三文でしょう」。

先祖代々、創意工夫と苦労を重ねながら続けてきたつぼ網漁。その工夫と苦労の一端を垣間見せてもらうため、翌日の漁に連れて行っていただくことになった。


■種々多様な生命があふれる浅い海

海にはいつもひとりで出る

翌朝。4時半に船溜まりを出て、わずかに明るみ始めた海を漁場へと向かった。黒くなめらかに広がる海面を、小さな1灯が照らして船は進む。

岸渕さんが設置している網は、今は2カ統だけ。4時半に海に出ても7時半からのセリに十分間に合う。4、5カ統持っていた頃は、夜中の2時には出て網を上げたという。

最初に向かったのは、日生の対岸にある鹿久居島(かくいじま)の沿岸。円形状に立てたポールに網を張り巡らせたつぼ網が見えてきた。思っていた以上に海岸が近い。ここの水深は満潮でも4mほどだという。なるほど、これだけ浜に近い浅場なら、光合成をするため浅い海に生えるアマモとの付き合いは深いはずだ。

道網が岸から沖へと真っ直ぐに張られているのが見てとれる。岸近くから沖へ戻ろうとする魚たちを、この道網が、直径10mほどの円形の身網へと導くのだ。


身網の高さの中ほどにつけてある“まんだい”を手繰り寄せる

「今日はどうかな」。岸渕さんは船を静かに網に近づけると、鈎のついた竿で身網から延びているロープを引き上げる。と、水面からは見えなかった円錐状の袋網が姿を現した。つぼ網漁では、袋網は“まんだい”と呼ばれている。先に行くほど直径が小さくなる塩ビニパイプの輪っか3本が網を水中で広げ、身網に入った魚をまんだいにいざなう。まんだいの口には戻り網がつけられていて、いったん中に入った魚は出られなくなる仕組みだ。

しかし、身網に導かれたすべての魚がまんだいに入るわけではない。身網は入り口がそのまま出口だ。出て行く魚を引きとめるものは何もない。本田さんがつぼ網漁を“究極の待ちの漁法”といい、「資源を守る先人の知恵の結晶」だと評するのは、そのためだ。 1カ統のつぼ網に、まんだいは5つ。岸渕さんは手馴れた動作で順番にまんだいを上げ、先端の口をしばってある紐をほどいて、中身を船上のカゴにあける。

獲物は手早くその場でざっと分類し、値のいいエビ類や大きな魚などは船倉の生簀へ。小魚やイカなどは甲板に並べた箱に仕分けしていく。船の上は、あっという間に種々雑多な魚介類であふれ、魚工場のようなにぎやかさだ。この海の豊かさを改めて思い知る。


ミズクラゲもかなり入っていて、重いまんだいを船に引き上げるのはかなりの力仕事だ

その場でおおまかに分類していく

大きなモンゴウイカに思わずにっこり


「今日はモンゴウイカが多いな。日によって何が入っているかわからん。それがこの漁の面白さだよ」。

まんだいが海中から浮かび上がり中の魚が見えてくると、「ほれ、イカだ。大きなカニだ。おっ、エイタン(エイ)がおる」と、岸渕さんは少年のように目を輝かせる。

2つ目の網は、鹿久居島の隣、頭島(かしらじま)の漁港のすぐ近くだ

瀬戸内海の豊富な小魚たち


ガラエビ、コブトエビ、スクモエビ、クマエビ、テッポウエビ…。エビだけでも何種類もとれる。本田組合長は「最近アマモに住む緑色のモエビが戻ってきた」と喜ぶ

地元ではイシモチと呼ばれるテンジクダイ。4cmほどでも立派な成魚


船の生簀で活かしてあった魚は、すぐに揚げて目の前の市場へ運ばれる

この日の漁獲は“まあまあ”。2カ統の網を上げ終え、朝日を受けて漁港に戻ると、奥さんの千代子さんが待っていた。2人でていねいに漁獲物を分類し直し、目の前の市場に出荷する。

さあ、これで家に帰ってひと休みかと思いきや、岸渕さんは再び船に乗り込んだ。

「これから昼すぎまで、浜に干しておいた網の手入れだよ」。

水温が高く生き物の生命力が旺盛な夏場は、1週間に1回のペースで網をすべてきれいなものと交換するという。はずした網は近くの砂浜に運び上げ、2、3日干してからゴミや付着生物を掃除し、破れを繕う。汚れた網には魚が入らないし、ゴミがたまると潮の抵抗が大きくなって、網が破れることもある。つぼ網漁は、網の手入れのよさが身上なのだ。5カ統設置していれば、夏場は1週間に5回も一連の網の作業をしなくてはならない。これはやはり重労働だ。

「おかげさんでアマモが増えたから、梅雨ごろは網にアマモの枯れ葉がたまって手入れが大変だよ。その割に、エビやら魚やらが急に増えたというわけでもない。長い目で見ないといかんのやろな」

岸渕さんに息子はなく、つぼ網漁の後継者もいない。

「まだ体は動くし、やれるうちはずっと続けるよ」

明るい笑い声を後に残し、すでに気温30℃をこえている夏の海へと、船は軽快に出て行った。


奥さんの千代子さんが、細かい分類を手伝う

割烹旅館の板前が、漁の帰りを待っていた。その場で品定め

頭島で民宿を営んでいるいとこが、魚を分けてもらいに船で乗りつけてきた


豊かな瀬戸内海の幸



この特集ページは平成22年度地球環境基金の助成により作成されました。