No.074
Issued: 2009.03.09
第74講 化学物質対策の新展開 ―― 化審法改正
麻生サン、風前の灯―中川財務大臣辞任
Aさんセンセイ、麻生内閣もいよいよ泥舟の体をなしてきましたね。
H教授うん、不況はますます深刻化するうえ、麻生サンが郵政民営化はもともと反対だったと言ったり、財務大臣だった中川サンの泥酔会見もあって、支持率はもはや1割を割り込む勢いだ。ああなると麻生サンが気の毒になってくる。
外交で名誉挽回を図るつもりかも知れないが、オバマさんとは昼食も共にさせてもらえなかったらしいからなあ。
Aさんコイズミさんは、麻生サンを酷評するだけでなく、例の定額給付金の補正予算案の採決には欠席すると公言しましたね。
H教授今頃になってそんなことをいうのは卑怯だろう。それよりも、麻生サンに未来がないというのがはっきりしたというのに、それでもコイズミさんに誰も追随しなかったということの意味を考えるべきだろう。
Aさんつまりコイズミ改革は完全に見限られたということですか。
そういえば、あのデタラメな「かんぽの宿」の売却問題だって、コイズミさんが元凶のようなものですものね。
日本郵政社長で、元銀行頭取の西川サンもあんまりじゃないですか。あれだったらまだ役人の天下りの方がマシじゃあないですか。
H教授はは、それはわからない。ただ、官からの天下りを民からの天下りに変えただけで「改革した」って言われても、あのザマじゃあ、到底納得できないよねえ。
Aさん麻生サンって、中川サンを当初庇ったりして、お友達に優しいことはわかりますが、KYと言われても仕方がないですね。
H教授KY? ああ、空気が読めないということか。
でも、この件に関してはそれ以上に言っておきたいことがある。
中川サンがアル中気味で、過去にも何度も酒の上での失態を犯したことがあるらしいんだけど、あの国辱的な事件が外国メディアで報じられるまで、日本のマスコミはそんなこと一行も報道しなかった。あの呂律が回らない記者会見のときだって、その場では記者からはまったく抗議の声も挙がらなかった。いかに政治記者の連中がナアナアになっていて、ダメかというのがよくわかったね。
Aさんそれもそうですけど、なぜあんな状態なのに記者会見に臨むのを事務方は止めなかったんでしょうね。そちらの方が不思議だわ。
H教授うーん、ひょっとすると中川サンは事務方とはあまりいい関係じゃなかったのかも知れない。だから事務方は失態を晒して失脚することを、むしろ望んでいたのかも知れないね。
でも、あれは確かG7のときの記者会見だったんだろう? 肝心のG7がどうだったかという報道の方が重要だと思うけど、そういう報道は、どっかに吹っ飛んでしまった。
日本のマスコミがいかにセンセーショーナリズムに毒されているかを物語っているね。
単年度予算に異議あり─直轄整備に負担金は不要か?
Aさん麻生サンに──というか政府に対して──、地方の反乱も起きています。
国直轄の公共事業への、法で定められた自治体の負担金を拠出しないと(大阪府の)橋下サンが言ったら、他の知事たちも似たようなことを言い始めました。
で、政府与党はついに負担金なしの直轄公共事業というのを検討し始めたそうです。
H教授住民が特に要望していないが、国にとってどうしても必要な事業だったら、当然そうすべきだと思うよ。
ただ、国にとって──「国土交通省にとって」じゃないよ──必要不可欠というわけではないが、国直轄でしか整備できないような事業で、それを住民が強く望んでいる場合はどうするかということだ。
Aさんセンセイのご意見は?
H教授受益者となる住民が、たとえ一人1万円でも身銭を切る覚悟があるような事業なら、自治体が一定の負担をするからという形で、国に整備を求めるのは当然だと思う。
別に直轄事業じゃなくたって、国の補助事業だって同じだ。
問題は、現在のシステムが、国→県→市町村→住民という形で、一方的に事業や予算が上から決定してしまうことにあるんだと思うな。
間接民主主義がもはや機能不全に陥っていることの証左だろう。
Aさんじゃ、どうすればいいと?
H教授何らかの形で、直接民主主義的な手法を導入し、まず市町村が住民の声を聞いて予算案や事業案を策定し、それを踏まえて都道府県が予算案や事業案を決め、最後に政府が予算や事業を確定させて、こんどはそこから都道府県、そして市町村に下ろしていき、それぞれが予算案を修正するというようにすべきだろう。
Aさんそんなことしたら、時間や手間が大変ですよ。決まった頃には、もう年度が過ぎてます。
H教授だから、単年度予算というシステムがそもそもおかしいんだ。5年くらいのタームで予算編成を行うんでいいんじゃないか。最初の1〜2年で徹底的に議論して予算を決めりゃいい。
Aさんバカいわないでください。その最初の1〜2年はなにもできないじゃないですか。
H教授それは前の5年の予算の最後の1〜2年ということにすればいいだけの話だ。
Aさんうーん、そうか。
でも下からの声を積み上げていくんだったら、無茶苦茶大きな政府になってしまうか、上に行くたびに大幅に予算が削られて、住民に不満が鬱積するだけですよ。
H教授だからこそ、受益者負担原則が必要なんだ。住民自身も身銭を切らなきゃあならないとなったら、そんなことにはならないよ。一度やってみればいい。
国土交通大臣がストップをかけたって話題になった、広島県鞆の浦の埋立計画だって、地元じゃ埋立賛成派が一応は多数派みたいだが、事業費の0.5%でも住民負担にするということにしたら、果たしてどうなるかわからないよ。
Aさんそううまくいくかなあ。
それと天災などの緊急時対応はどうすればいいんですか。
H教授1割くらいは予備費として、あらかじめ留保しておけばいいじゃないか。
不況とペットボトルリサイクルの関係
Aさんほんと、ああいえばこういうですね。わかりました。
ところでオバマ政権がスタート1ヶ月が経ちましたけど、経済危機はなお深刻化しているみたいですねえ。
H教授うん、もともと実体経済にくらべて信用経済は10倍くらいの規模があったらしい。それが雪崩を打って崩壊してきて、実体経済にも波及してきたんだから、もし、経済は回復するとしても何年もかかると思うよ。
日本もそうだけど、世界のGDPはどーんと下がってきているし、韓国ではウォンの価値が半減だとか、途上国ではGDPが一気に20%ダウンしたとか、空恐ろしいことが進行中だ。
90年のベルリンの壁崩壊にはじまる東側陣営の自壊は衝撃的だったが、それでも東側陣営内だけのことだった。今起きていることは全世界的なことで、衝撃度はそれ以上になるかもしれない。
Aさんそういえば、ペットボトルの国内リサイクルがうまくいかず、中国に流れていくという話がありましたが【1】、この経済危機で、状況がガラっと変わったようですね。
H教授うん、赤字に苦しむ自治体が回収したペットボトルを、国内リサイクルに回さずに、より高値で買ってくれる中国に流してしまうようになり、経済産業省主導で進めてきた国内リサイクル体制は崩壊に瀕していた。
ところが、テレビで見た話によると、この経済危機で中国の需要が激減してしまい日本で回収したペットボトルが中国に売れずに、宙に浮いてしまったらしい。
Aさんま、ある意味じゃ神風みたいなもので、よかったんじゃないですか。これで国内リサイクル体制が磐石のものになれば。
H教授そうはいかない。すでに国内リサイクル体制は設備廃棄などの縮小過程に入っていて、回収したペットボトルの全量をリサイクルできるような状態ではないらしい。かといって、再び設備投資するのにも二の足を踏むだろう。だから自治体の清掃工場の倉庫には、ペットボトルが山積みになって増える一方ということらしい。
環境とかエネルギーとかは、市場経済だけに任すと、ろくなことにならないという見本のようなものだ。グローバル化、グローバル化といって騒いだ挙句がこれで、米国はグリーンニューディール政策でもバイアメリカン条項、つまり「米国内から調達すべし」という条項がつくなど、保護主義的な色合いが濃くなってしまった。
オバマ政権の環境シフトはじまる
Aさんでも、オバマさんは温暖化対策には熱心みたいですね。
H教授うん、初の外遊先のカナダで、カナダとの二国間協議の枠組みである「クリーンエネルギー対話」の創設の合意を取り付けたし、家電製品などについても厳しい省エネ基準を設けるよう、エネルギー省に命令した。
施政方針演説では、連邦レベルでのGHG規制と排出量取引にも前向きの姿勢を示している。
温暖化対策だけじゃない。UNEPの管理理事会では水銀についての排出抑制や輸出入の規制のための条約を制定することを決めたそうだ。これについてもブッシュさんは自主的な取組で十分とずうっと拒み続けてきたけど、オバマさんになって条約化を支持と劇的に変わったらしい。
生物多様性条約だって、いまだに米国は加盟してないけど、これだって変わるんじゃないかな。
Aさん温暖化対策については、確かオバマさんの公約では「2050年にGHGの8割カット」で、「2020年には対90年比ゼロ%」でしたよね。日本の経産省や産業界と大体同じぐらいのものですから、COP15【2】に向けて日本とタッグを組むのかしら。
H教授それはわからない。今の不況で、国内生産量などは減る一方だから、当然GHG排出量も減少する。だとすれば、途上国やEUとの国際協調を重視して、中期目標ではもっと大胆な線を打ち出す可能性が濃く、日本だけが置いておかれることは十分考えられるよ。
Aさんオバマさんは、今度の景気対策法で、大幅な財政出動をするというのに、2013年には財政赤字を半減させるといってますよね。そんなことできるんですか。
H教授イラクからの撤退で膨大な軍事費を減らし、一方じゃあ、ブッシュ時代の富裕層への減税措置をとりやめ、増税するといっている。
Aさんそんなこと言ったって、オバマさんはアフガンには増派するんでしょう。
H教授今はそう言っているが、本心は違うと思うな。
第二のベトナムにならないうちに、撤退することを考えていると思うよ。EUも逃げ出したがっている。過渡期の策として、日本にアフガンへの派兵協力を求めてくるかもしれないが、敢然と断った方が、オバマさんに感謝されるかもしれない。
Aさんふふ、だいぶ、センセイの願望というか、希望的観測が入ってそうですね。
H教授そうかもしれない。ま、オバマさんに期待しているのは事実だが、オバマさんの政策がうまくいくかどうか、わからない。経済は上向きになるどころか、しばらくはさらに下落が続くことは間違いないだろう。オバマ人気が失速するか、国民の価値観自体が変わっていくかの競争だろう。
温暖化対策の新たな動向
Aさんところで温暖化対策ですが、日本の動きはどうなっているんですか。
H教授いろんなところで、いろんな動きがあるが、政治がまったく機能していないみたいだな。
Aさんといいますと?
H教授中期目標を検討している官邸の懇談会【3】、絞り込めないまま、90年比で7%増から、25%減までの6案を提示した。昨年から大幅な減産が続き、何もしなくてもCO2排出が減少していくというのに、第一案の6%増だの、第二案の7%増〜2%減なんてのを選択肢に選ぶ懇談会の神経を疑いたくなるけど、6月までには麻生サンの政治決断で決まるということだ。
Aさんえー? そもそも麻生サンがその頃までソーリでいられるんですか。
どう考えてもムリだと思いますけど。
H教授はは、まったくだね。
一方では、経産省はRPS法で電力会社に義務付けている新エネルギーの発電量を引き上げる方針という記事が出ていたし、さらには各家庭での太陽光発電に対して、「固定価格買取制度」を2010年度から導入という記事も出ていた【4】。
Aさんへえ、「固定価格買取制度」の日本への導入は、センセイの長年の主張だったですよね。やっと経産省も重い腰を上げたんだ。
H教授うーん、それが新聞報道で見る限り、何とも中途半端な制度だ。
現在でも家庭での太陽光発電の余剰電力は、電力会社が自主的に買い取っているんだけど、その価格を倍にして、10年間の買取を義務付けるんだそうだ。
Aさんじゃあ、小規模水力や風力発電は? それに本家本元のドイツでは固定価格買取制度により、市民の共同出資による発電も盛んになったんでしょう? そういうのは対象にしないんですか。
H教授うーん、新聞記事による限り、そういうことにはまったく触れていない。
家庭での太陽光発電の設置費用は250万円で、うち50万円は補助があり、200万円は自己負担なんだけど、自家消費による電気代の節減分と売電代で、元をとるには20数年かかるらしい。その買い取り価格が倍になれば、15年間で設置費の元がとれるというんだけどねえ。
これで一気に普及するかって言えば、ちょっと首を傾げるな。
Aさんセンセイの家はしないんですか。
H教授我が家は中古で、家自体があと10年も持つかどうか怪しいからムリだよ。
それはともかくとして、太陽光発電装置を設置した家屋には、固定資産税の減免措置を講ずるとかすればいいと思うんだけど、政治が動かないから、ムリだろう。
キミが言った小規模水力や風力発電、太陽光発電に対しては、自治体、非営利法人や、民間企業にはNEDOの助成があるらしいんだけど、余剰電力の売電価格は、電力会社の販売価格の半分程度で、元をとるどころか、修理費にもならないらしい。だから古い小規模水力はその修理費が工面できず、廃止するところが増えてきているらしい。
こういったものも買取価格を大幅アップするとともに、税の減免措置をとれば少しは違うと思うんだけどな。
Aさんうーん、日本版グリーンニューディール、道遠しですねえ。
環境省や他省庁の動きはどうなんですか。
乱立するクレジット
H教授いろんなところでCO2クレジットの話が動き出しているみたいだ。
AさんCO2クレジット?
H教授うん、京都議定書の京都メカニズムでは、CDMで削減したとみなされる一定量をCDMクレジットと呼んでいる【5】。
同じように現在政府が試行をはじめた国内排出量取引制度でも、キャップのかからない中小企業でのGHG削減量などをクレジットとして売買の対象とする、「国内クレジット制度」が動き出した。
Aさんそれがクレジット? 意味がわかるような日本語にしてほしいな。
H教授ボクに言ったって仕方がない。
一方、カーボン・オフセット【6】ということがしきりに言われるようになった。
Aさん排出したGHGを帳消しにすることですね。
H教授それをスムーズ、かつ公平にやるためにも、クレジット制度が必要だ。
環境省はカーボンオフセット用クレジットの認証制度として「J-VER」というのを立ち上げた【7】。このクレジットを企業が購入すれば、企業などがカーボンオフセットを行ったということになる。
Aさんカーボンオフセット用クレジットって、具体的にはどんなことが考えられます。
H教授例えば企業などが植林活動をして一定量を帳消しにするというのが直接的なカーボンオフセットだけど、そうじゃなくて、自治体や森林組合などがCO2削減に結びつく間伐材のバイオマス燃料化やCO2吸収量を増やす森林整備などをやった場合、企業がその分をクレジットとしてオカネを出して買ったって、オフセットしたことになる。
Aさんふーん、オフセットクレジットのJ-VERはそのままさっきの「国内クレジット」として認められるわけですね。
H教授うーん、ところがCO2吸収量の増大の方は、「国内クレジット制度」ではカウントされず、J-VERの一部だけが削減量として認知されるらしい。
Aさんそうか、京都議定書ではCO2の森林による吸収分は、国の排出量算定に一定の限度内でカウントするけど、京都メカニズムのクレジットとしては認めていないんですよね。でも、ヘンなの。
H教授他にも森林関係では、NGOなどの認証クレジットもあるし、都道府県でもCO2吸収量の独自の認証制度が動き出している。農水省や林野庁なども類似のクレジットシステムを構想しているけど、正直言ってその間の関係はよくわからない。
というより、まだまだ未整理みたいだ。きっちりと国民にわかりやすい形で、交通整理をしてほしいね。
捕鯨問題に光明?
Aさんところで何度も取り上げた捕鯨問題ですが【8】、新たな展開があったみたいですね。
H教授うん、IWCの作業部会の議長提案が出された。
日本が行っている南氷洋の調査捕鯨の規模を縮小または段階的に廃止する代わりに、沿岸捕鯨を一定の範囲で認めようというものだ。
Aさん今は沿岸捕鯨はやっていないのですね。
H教授いや、もともと小型鯨類はIWCの規制対象外で、「小型捕鯨」と呼ばれ、現在でも細々と和歌山の太地はじめ4箇所で行われている。今回の議長提案は、日本沿岸でミンククジラなどの規制対象になっているものの捕獲を、一定の範囲内で容認しようという提案だ。
Aさん以前センセイが言ってたことに近い案ですね【9】。受け入れられそうなのですか。
H教授まだ、わからない。日本政府は前向きに受け止めているようだが、問題は反捕鯨国の強硬派だ。
この案を議論の叩き台にして暫定的にでも着地点を見出し、なんとか不毛な対立抗争は一日も早くやめてほしいね。
Aさんところで前講でセンセイが希望的観測を述べた自然公園法改正はどうなったんですか【10】。
化審法改正
H教授うん、まだ各省協議中のようだ【10】。次講あたりで、話ができるかもしれない。
それよりも前講で先送りした「化学物質の審査及び製造等の規制に関する法律」、いわゆる「化審法」改正の動きを見ておこう。
Aさんもう法案はできたんですか。
H教授うん、すでに閣議決定されて今国会に提出されている。多分全会一致で可決されるだろう。
Aさんそもそも化審法というのはどういう法律なんですか。
H教授PCBの環境汚染問題がきっかけで1973年に制定された新規化学物質の製造や輸入を、ヒトの健康や生態系への化学物質による環境汚染防止のために審査し、必要に応じて規制しようとする法律だ。
Aさんつまり大気汚染防止法だとか水質汚濁防止法の規制が、公害防止のための出口規制だとしたら、化審法は入り口規制なわけですね。
H教授うん。で、化審法は環境省、厚生労働省、経産省の共管になっている。
新規の化学物質の製造・輸入に関しては、あらかじめ毒性、分解性、蓄積性、という3つの観点からチェックしていたんだ。
毒性は特に慢性毒性や生態毒性の有無をチェックする。また、分解性というのは、毒性があっても、生体内で速やかに無害なものに分解するようなものであればいいという観点からのものだ。さらに蓄積性というのは、生体内に入っても速やかに排泄されるのでなく、生体内にどんどん蓄積していくようなものであれば要注意という考え方だ。
Aさんで、規制の仕組みは?
H教授毒性、分解性、蓄積性のいずれもが灰〜黒の場合は、「第一種特定化学物質」として事実上の製造輸入禁止に近い措置をとり、蓄積性は白だが、他は灰〜黒の場合は「第二種特定化学物質」として、製造輸入を厳重な管理の下で行うというものだ。
それ以外にもそれぞれの候補物質のような「第一種監視化学物質」「第二種監視化学物質」「第三種監視化学物質」というのも決めている。
Aさんでもそれらは全部新規化学物質なんですね。それ以前から流通していた物質はどうするんですか。
それにアスベストだとか重金属は化学物質とは言えないですよね。もうひとつ、作るつもりじゃなかったけど結果的にできてしまう物質もあるでしょう。
H教授まあ、確かにそうなんだけど、この法律一つでキミが言ったもの全部をカバーするのはムリだろう。
化審法は何度か改正されたが、それを大改正しようというもので、今回の改正ではキミの指摘事項のうち、第一番目の点にかかわってくる。
即ち、法制定以前から流通していた既存化学物質についても、「一般化学物質」として定義し、一定数量以上の製造輸入については、その数量等を届出ることを義務づけた。
そして従前の第二種・第三種の監視物質という分類は廃止し、数量と有害性等の既知データによりスクリーニングを行い、灰色のものは新たに「優先評価物質」というジャンルを設ける。そして、リスク評価を逐次行い、特定化学物質指定の可否判定を行うというスキームにするそうだ。
Aさん既存の化学物質全体に網をかけようということですね。
審査や規制の考え方に何か変化はあったんですか。
H教授そうだなあ。今まではどちらかというと、その化学物質自体の持つハザード、つまり毒性などの危険度に重点を置いていたんだけど、ハザードよりはリスク管理に重心が移ったような気がする。
リスクってのは「ハザード×その物質の総量」ということになる。ある化学物質自体のハザードは小さくても、大量に使用されるものはリスクは相対的に大きくなる。
Aさんダイオキシンはハザードは大きいけど、リスクはどちらかいうと小さいってわけですね【11】。
H教授ダイオキシンはその大半が非意図的生成化学物質だから、化審法のスキームには入らないけど、まあ、そう言ってもまんざら間違いではないだろう。
あと難分解性以外の化学物質は、化審法の規制対象にはなっていなかったが、それをやめて、易分解性のものも規制対象になりうるとしたことにも留意しておこう。
Aさんこうした改正の背景には何があるんですか。
H教授国際的な流れに対応したということだろう。2002年の「持続可能な開発に関する世界首脳会議(WSSD)」で決められた国際標準的なリスク評価手順とリスク管理手順で、化学物質の悪影響を2020年までに最小化するという「WSSD目標」を具体化したということじゃないかな。
AさんEUのREACH規則もその流れですね。日本版REACH規則といってもいいのかな。でもEUのRoHS指令【12】もそうでしたけど、化学物質に関してEUは予防原則に固執しすぎて、過剰規制だという批判がありますね。
H教授EUは一般原則はそうでも、例外規定を結構設けているらしいから、実際はそれほどでもないのかもしれない。
Aさんだけど現に、ダイオキシンにしても環境ホルモンにしても、余りにもリスクを過大評価したという話がありますよね【13】。
H教授じゃ、化学物質じゃないけれど、アスベストはどうなんだい。われわれは今にして思えば、かつて、あまりにもリスクを過小評価しすぎたんじゃないか【14】。
リスクの過大評価と過小評価を較べれば、過大評価の方がはるかにマシだろう。
過大評価はせいぜいコストが余計にかかったり、快適性が損なわれるだけだが、うっかり過小評価しちゃうと将来にとんでもない禍根を残しかねない。
Aさんじゃ、この化審法の改正で、化学物質対策は万全になったと思っていいんですね。
H教授そんなわけないだろう。そういうのを“過信法”というんだ。
Aさん…オジンギャグで〆るのか。
注釈
- 【1】ペットボトルの国内リサイクルの崩壊と中国への流出
- 第42講「容器リ法見直しの顛末」
- 【2】気候変動枠組条約のCOP15
- COP15 United Nations Climate Change Conference Copenhagen 2009
- 【3】中期目標検討委員会(地球温暖化問題に関する懇談会)
- 第73講「日本の中期目標をめぐって」
首相官邸「地球温暖化問題に関する懇談会 中期目標検討委員会」開催状況等 - 【4】固定価格買取制度
- 第70講「経済危機と温暖化対策」
第68講「「低炭素社会づくり行動計画」閣議決定」 - 【5】CDMクレジット
- 第42講「温暖化対策法改正と京都メカニズム」
- 【6】カーボンオフセット
- 第59講「カーボン・オフセットとフィフティ・フィフティ」
- 【7】J-VERの立ち上げ
- オフセット・クレジット(J-VER)制度の創設について(お知らせ)(平成20年11月14日環境省報道発表)
- 【8】捕鯨問題に関する過去の講義事項
- 第61講「捕鯨問題再考」
第54講「IWC年次総会顛末」
第50講「我、疑う故に我あり―「水伝」ブーム」
第15講「獲るべきか獲らざるべきかそれが問題だ 〜クジラ〜」
IWC(国際捕鯨委員会)
鯨ポータルサイト
日本捕鯨協会 - 【9】捕鯨に関するキョージュの主張
- 第61講「捕鯨問題再考」
- 【10】自然公園法改正
- 第73講「自然公園の新たな海域保護制度を予想する」
編集註:校了直後の3月2日に、自然公園法改正に関する閣議決定の環境省報道発表が出されている。
「自然公園法及び自然環境保全法の一部を改正する法律案」の閣議決定について(お知らせ)(平成21年3月2日 環境省報道発表資料) - 【11】ダイオキシンのリスクとハザード
- 第3講「ダイオキシンの虚実」
- 【12】RoHS指令
- 第30講「ローズ指令を巡って」
- 【13】環境ホルモンのリスクの過大評価
- 第16講「環境ホルモンのいま」
- 【14】アスベスト被害の教訓
- 第31講「アスベストのすべて」
この記事についてのご意見・ご感想をお寄せ下さい。今後の参考にさせていただきます。
なお、いただいたご意見は、氏名等を特定しない形で抜粋・紹介する場合もあります。あらかじめご了承下さい。
(平成21年2月28日執筆、同年3月3日編集了)
註:本講の見解は環境省およびEICの見解とはまったく関係ありません。また、本講で用いた情報は朝日新聞と「エネルギーと環境」(週刊)に多くを負っています。
※掲載記事の内容や意見等はすべて執筆者個人に属し、EICネットまたは一般財団法人環境イノベーション情報機構の公式見解を示すものではありません。