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事例9-2:にぎやかな草原の生物“生物多様性”と現場をつなぐ事例集

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[9]草原の自然が育む生物多様性 人とのかかわりが「二次的自然」維持(塩塚高原)

事例9-2:にぎやかな草原の生物

大野頼男さん

人間の手による収奪と撹乱が繰り返される草原の自然は、半自然あるいは二次的な自然と呼ばれる生物多様性の豊かな自然である。塩塚高原にも四国地方の貴重な動植物が多く、スミレだけでも10種類が見られるという。

塩塚峰一帯は、江戸時代の地誌『阿波志』には、鷹や鷲の猛禽類の産地と伝えられ、カリクラ、カリクラオクなど狩場を表わす古い地名が残っている。 旧新宮村(現愛媛県四国中央市)で1964年から通算14年間(2期間)鳥獣保護員を務め、『新宮村誌』(1998年)自然編の編纂に従事した大野頼男さんによると、愛媛県内で確認された鳥309種(新宮では100種)のうち、塩塚高原ではオオルリ、コマドリなど18種を確認したという。また塩塚高原で珍しいのは、徳島県の絶滅危惧種であるセアカオサムシ(甲虫目オサムシ科)がいる。前胸背板が赤みを帯びており、草原が樹木に覆われる環境になると生息できない。県内では他に塩塚高原の近くの1カ所しか記録がない。


■火入る所に絶滅危惧種

何と言っても草原の魅力は、多様な植物である。『新宮村誌』の植物リストにある塩塚高原で見られる植物は、シダ植物7種、裸子植物1種類、離弁花類49種、合弁花類49種、単子葉植物27種の計133種。草原を優占する植物としてススキ、トダシバ、ワラビ、マルバハギなどがある。土地の乾湿の程度によってヒメヤブラン、ナルコユリが優占する場所もある。これらの植物の下部に分布するオキナグサ、ウメバチソウ、コキンバイザサなどは貴重な植物として知られる。「塩塚峰高原植物保護指定植物」としてリストアップされているのは、先の3種に加えてヒメユリ、リンドウ、ナンバンキセル、センブリ、アケボノスミレ、オミナエシ、カキラン、モウセンゴケ、ヒゴスミレの9種。また全域にアケボノスミレが分布している。

人々が頻繁に出入りする草原には、帰化植物のブタナ、ヤナギタンポポ、キツネアザミ、ヒメジョオン、牧草のムラサキツメクサ、オーチャードグラスなども多い。

近年の調査では、塩塚高原の草原域で306種の植物を確認し、うち33種類が愛媛、徳島、高知各県、環境省のいずれかの絶滅危惧種だった 。過去の航空写真との比較などから、森林化が進み、草地面積が減少している。

ヒメユリ(大野頼男さん提供)

ナンバンギセル(大野頼男さん提供)

リンドウ(大野頼男さん提供)


■山焼きなければ絶滅へ

塩塚高原の動植物を対象にした研究は多くはないが、高知大学の石川愼吾教授らが発表した研究論文「四国山地塩塚高原における半自然草地植生の種多様性に及ぼす管理様式の影響」 には、草原の生物多様性の特徴がよく表れている。

2003年から2年間の調査では40haを対象に、刈り取りや山焼きなど管理形態の違いによって、植物相がどのように異なっているかを調べた。区分は(1)山焼きする場所、(2)山焼きと秋に採草する場所、(3)山焼き用の防火帯、(4)秋に採草する場所──の4つとした。

「山焼き区」では、ヤナギタンポポ、ヒメユリ、カゼクサ、センブリなどが出現する。「防火帯」ではハナニガナ、スイバなどの春から秋にかけて咲く種がまばらで、ハバヤマボクチ、ヒメヒゴタイなど夏から秋にかけて咲く種が多く見られた。「山焼きと採草」の場所では、秋咲きの種はほとんどなく、オカトラノオ、ハナニガナ、スイバなど春から夏に咲く種が多かった。「秋に採草」の草地は、オミナエシやコオニユリなど「山焼きと採草」をする場所と同じような植物が見られたが、帰化種や木本種も多かった。

季節を通して一番多くの植物種が見られるのは、秋に刈り取りする場所であり、またほとんどの絶滅危惧種は山焼き区で生育していたことが確認できた。

山焼きの生態学的な効果は、光環境を改善して、草原の植物の発芽、定着、芽生えを促進させることだが、山焼きだけではススキなどが旺盛に生長して、種の組成が単純化する。山焼きと刈り取りをセットにすることで、多様な草原植物が見られるようになる。山焼き区に多い絶滅危惧種のヒメユリやヤナギタンポポは、山焼き管理がなくなれば、短期間に消失してしまう可能性がある、という。

長年塩塚高原を観察してきた大野さんはナンバンギセルやネジバナとともに、好きな植物としてヒメユリを挙げる。「小ぶりで鮮やかな花を見ると、心がなごみますから」。

ヒメユリはユリ科の多年草で高さ数十cmに生長し、6月から7月にかけて朱赤色の花を付ける。花に濃色の斑点があるのが特徴。絶滅危惧種(環境省カテゴリーIB類)で、最近は草原で見ることが難しくなっている。4年前に休校になった平野(たいらの)小学校は、総合学習の一環として、1997年から休校となる2006年まで地元の農家が育てた苗を児童が移植して保護活動を続けてきた。

「野草愛好者の心ない盗掘が問題です。貴重な資源であることをしっかり訴えるのと同時に、毅然とした保護策がないと絶滅してしまうでしょう」

大野さんはこう説明しながら、表情を曇らせた。

オオバギボウシ(大野頼男さん提供)

ヒメヒゴタイ(大野頼男さん提供)


この特集ページは平成22年度地球環境基金の助成により作成されました。