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事例4-2:宍道湖のヨシ再生(島根県松江市・斐伊川くらぶ)“生物多様性”と現場をつなぐ事例集

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キーワード
1.生物多様性で暮らす
2.鳴き砂を守る
3.海のゆりかご
4.活動のアイデア
5.人工林の間伐
6.天然林の再生
7.海の森づくり
8.都会の生物多様性
事例
1.産直市場グリーンファームの取り組み
2.琴引浜の鳴き砂保全
3.アマモ場の再生
4.宍道湖のヨシ再生
5.森の健康診断
6.宮川森林組合の取り組み
7.アマモが取り結ぶ地域連携
8.野川の自然再生
9.草原の自然が育む生物多様性 人とのかかわりが「二次的自然」維持

[4]宍道湖のヨシ再生(島根県松江市・斐伊川くらぶ)

事例4-2:多彩な協働を支える発想力―住民の視点から行政と住民つなぐ

事務所の「指定席」に座る小谷理事長

松江市の中心部から車で10分ほどの場所に、斐伊川くらぶの拠点となる事務所があります。倉庫部分を含めて66m2。隣の住宅会社が提供してくれました。副理事長の飯田幸一さんをはじめ、常勤の職員は4人。地方都市にある自然関係のNPOとしては、異例の陣容です。道路沿いにある事務所には行政や業者などの関係者がひっきりなしに訪れてきます。

「あんた、まめかいね(元気ですか?)」。
入り口のテーブルで「指定席」を陣取ることの多い理事長の小谷武さんは、次々にやってくる訪問者に気軽に声を掛けます。しばらく事務所にいれば、この団体の運営が、多種多様な団体、個人とのつながりに支えられていることがよくわかります。

2009年度の収入3190万円のうち、7割以上を自然再生や関連イベントなど、国や県などからの委託事業が占めています。
「確かに外から見ると行政と密接な関係のようですが、決して『下請け』ではありませんよ」と小谷さんは、声に力を込めます。
「こちらから行政の先回りをして、新たな事業を提案、実行してきました。長年の活動が大きな信用になっているのです」。


斐伊川くらぶ事務所

事務所に掲げられた賞状


■行政と緊張関係を大切に

行政マンだった小谷さんは、行政の仕組みや縦割りの機能などを知り尽くしています。林業を中心に現役時代から、島根県内をくまなく歩いてきましたが、常に住民の視点で行政を考えてきたといいます。

小谷さんは、「役人は何年かすれば持ち場が変わるので、新任の担当者は宍道湖の事情をよく知らないことが多いのです。だから、こっちがイニシアチブを執ってやらなければいかんのです。時には行政に対してきつい言葉で迫ることもありますがね、はっはっは…」。

小谷さんの行政に対する姿勢はしたたかですが、流域の発展という大きな目標ゆえの行動、発言なのでしこりは残りません。

「行政からすればうるさい存在でしょうが、同時にこれまでの取り組みの実績があるので、よく話を聞いてもらえますよ」と、行政との適度な緊張関係の利点を強調します。

これまで斐伊川くらぶをしっかり運営してきた秘密は「常に事業アイデアを示すことができる知恵袋になるように努力していること」と、小谷さん。この政策提案型といえるスタイルは一貫しています。ヨシ植栽による自然再生では、木工沈床枠体や木工沈床工法を採用し、竹材を利用したヨシ植栽用ポットを導入しました。いずれも小谷さんが特許を取得したものです。県産間伐材や放置された竹林の竹を利用するなど、中山間地の活性化や森林整備への配慮も忘れません。

竹を使った波止め

ヨシが芽を出した竹ポット

ヨシを材料にしたトレー試作品


小谷さんは、いつも枕元にメモ帳を置き、夢の中でいいアイデアが浮かぶと、「ばがーっ」と目を覚まし、忘れないようにすぐその内容を書き記すのだそうです。

「やったろうという意識で、どげんすればいいか考えちょるわけだ。そのことに没頭しているとひらめきが出てくる。まあどうでもいいと思っていると、ひらめきなんか出てこんよ」

自由な発想も、日ごろからの仕事への情熱から生まれるようです。

最近の新しいアイデアは、刈り取ったヨシを資源として利用するものです。県水産技術センター内水面グループや県産業技術センターの指導を得て、直径8㎝ほどの小型トレーを試作しました。ヨシを細かく砕いたものを、でんぷんを混ぜて固めたものです。ちょっと見ると、うす緑色のプラスチックのようですが、使用後には焼却できますし、自然の中に放置しても分解するので、環境に負荷をかけません。

■シジミ漁の漁業者も支援

斐伊川くらぶの照準は、団体名からも分かるように流域全体です。斐伊川流域の資源や環境の保全は、流域全体の住民や団体などが連携して取り組まなければいけませんが、実際には複雑に利害が絡み合っています。それらの間に入り、みんなが納得できる仕組みを創造、提言、実施することに心血を注いできたのです。

流域にかかわる多種多様のステークホルダー(利害関係者)の連携を育てるために、その中心で「触媒」の役割を果たすのが、斐伊川くらぶといえるでしょう。

「宍道湖ヨシ再生プロジェクト」では、国土交通省、島根県、沿岸市町村と連携してヨシ植栽適地調査とヨシの苗を育てる場所の整備を実施すると同時に、県民や沿岸住民には植栽活動への参加を呼びかけました。

小谷さんは、「このプロジェクトの目標達成には、長い時間と多くの人々の熱意が必要です」と語り、継続的な財政支援と広域的で多様なステークホルダーの協力を求めています。

行政が動きにくい場合には、率先して動くのも斐伊川くらぶの特徴です。中海にある大根島の荒地を整備したときは、山を削った土砂の捨て場に困っていた建設業者から土砂4万m3(8000万円相当)を引き取って整地する計画を立ました。荒地を管理をする農水省も動かして、「八束・花と島づくり支援事業」としてサクラを植樹するなど、新しい観光スポットづくりへ夢を膨らませます。

蘇ったヨシ原

こうした実績を積み上げてきた斐伊川くらぶに、関係団体は大きな信頼を寄せています。全国的にも有名なシジミの漁獲に頼る宍道湖漁業協同組合(組合員約1000人)もそのひとつです。290人がシジミ漁の免許を持ち、高齢化が進む漁業の傾向の中で、組合員の3分の1以上が50歳以下と元気な後継者が多くいるだけに、漁業の将来を左右する宍道湖の環境に大きな関心を持っているのです。

漁協の高橋正治参事は、「ヨシが再生してきたことは、漁獲量の保持の観点から私たち漁業者にとっても大きな方向性を示すものです」と、評価を惜しみません。

宍道湖の自然保全という大きな目標の下に、他の団体と連携、協働することは今後の持続可能な漁業への安心感となります。毎年のヨシ植栽の活動などに、漁協の組合員が積極的に駆けつけているのは言うまでもありません。

取材・執筆:吉田光宏


この特集ページは平成22年度地球環境基金の助成により作成されました。