一般財団法人 環境イノベーション情報機構

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H教授の環境行政時評環境庁(当時)の職員から大学教授へと華麗な転身を果たしたH教授が、環境にかかわる内外のタイムリーなできごとを環境行政マンとして過ごしてきた経験に即して解説します。

No.065

Issued: 2008.06.05

第65講 08年5月、神戸のG8環境大臣会合をめぐって

目次
天災と人災―ミャンマーのサイクロンと中国四川省の大地震
神戸でG8環境大臣会合開催さる
脱温暖化2050プロジェクト
「温暖化影響総合予測プロジェクト」の発表
再びG8環境大臣会合
関連行事その1 ──キョージュのシンポジウム
関連行事あれこれ2 ──「気候変動と水」特別シンポジウム
温暖化対策最新動向あれこれ
国際会議ラッシュ
“遊び”のない社会、ゆとりのない社会
生物多様性基本法成立

天災と人災―ミャンマーのサイクロンと中国四川省の大地震


Aさんセンセイ、先月(5月)の上旬はミャンマーのサイクロンに引き続き、中国四川省の大地震と、悲惨な災害が続きましたね。

H教授ああ、ミャンマーじゃ国連推計で10万人の犠牲者が出たというし、四川省の大地震ではすでに7万人弱の犠牲者が出て、まだ増え続けているそうだ。
多くの方々の、かけがえのない命が奪われた。謹んでご冥福を祈ろう。

Aさん確かに天災には違いないけど、人災の面も大きいんじゃないですか。
各国からの救助隊の派遣の申し出を両国とも最初は拒否していたでしょう。
最終的には受け入れましたけど、“条件付で受け入れを許可してやる”ってな感じじゃないですか。
天災は何よりも初動時対応でしょう。速やかに救助を受け入れていれば、何万人かが助かったかもしれないじゃないですか。あんまりだわ…。


H教授うん、確かにキミの言う通りだし、ボクもそう思う。だが、残念なことに、国際政治の場はそうすんなりとはいかないんだ。
ミャンマーでは軍政が敷かれていて、つい昨年も仏教徒のレジスタンスを圧殺したばかりだ。不用意に外国人を入国させて機密を知られたくはないのだろうし、それがきっかけで被災者の不平不満に火がついたらかなわないと思ったのかも知れない。カネや物の援助なら大歓迎だけど、人はゴメンだと思っても不思議ではない。
救助隊を送ろうとする方だって、メンバーに諜報員を紛れ込ますことを考える国が出てきても不思議ではないしね。

Aさんそういう意味では、中国の方だってそうですね。チベットで暴動というかレジスタンスを鎮圧したのは、ついこの間のことですものね。

H教授うん、四川省では四つの原発のほか、多くの軍事施設や核関連施設も被災したらしい。だから、よけいに機密保持にセンシティブなのかも知れない。

Aさん放射能漏れはなかったんですか。

H教授可能性はないわけじゃない。放射能被爆の恐れがあるというので9,000人が避難させられたという記事が出ていた。また、土砂崩れで川が塞き止められできた「土砂ダム」が、その後の大雨で決壊の恐れがあって、下流にある放射性物質と化学物質を回収し、移転させる作業を突貫工事で進めている、なんて記事も報道されている。
どちらも断片的な情報で、続報がないから真相はよくわからないけど。

Aさんそれにしても学校などの公共施設は、緊急時には避難所の役割を果たすものなのに、そうした施設が簡単に全壊しちゃってますね。

H教授貧しい地域では、学校などはまず作ることが急務で、耐震性がおろそかにされたのかも知れない。でもそれだけじゃなくて、至るところで手抜き工事がされていたのが発覚したなどの報道もなされている。


Aさんこんなことでオリンピックなんて本当にできるんですか。

H教授不測の事態が起きない限り、国家の威信にかけてもやろうとするだろう。
日本だって、阪神淡路大震災のあと、神戸が元気を出すためにといって空港を造った【1】
それと日本は食料や資源などを相当程度中国から輸入しているんだ。だから今回の大地震は日本にも大きな影響が出てくるかもしれない。

Aさんそういえば四川省はレアメタルの宝庫だそうですね。

H教授うん、多くの鉱山が被災しており、レアメタルの価格は急上昇しているそうだ。日本の在庫は数ヶ月だそうだから、その先が大変だ。
地震前の話だけど、山口県にある喜和田鉱山という昔のタングステン鉱山では、レアメタルの価格高騰で坑内の取り残しの鉱石を取り出したそうだし、ケータイやPCのリサイクル──いわゆる都市鉱山だけど──も、この地震がきっかけで一気に進むかもしれない【2】

Aさんでも、こういう大災害が起きると、人間が自然を征服しただなんて考えがいかに傲慢かがわかりますね。人間はせいぜい高さ何百メートルかのビルを建てるぐらいだけど、プレートの動きはヒマラヤ山脈をつくり、マリアナ海溝をつくるんですもの、スケールが違いますね。


H教授それはそうなんだけど、人間の活動が原因で、気候変動が起き、海水温が上昇し、サイクロン、ハリケーン、台風などの規模も大きくなったことを忘れちゃいけない。
もちろんミャンマーの今回のサイクロンや、2005年のフロリダのハリケーン・カトリーナ【3】が直接的な温暖化の影響だと即断するつもりはないけど。

Aさんあ、そうか。北極の氷がどんどん減っていくのは、多分に人間活動がもたらした温暖化のせいですもんね。
そのおかげでそれまで氷原が太陽光を反射させていたのが、直越海洋に吸収されるようになり、それがまた氷原の消失を加速させるんですよね。

H教授うん、そういう意味では北極は極めてピンチな状況なんだ。にもかかわらず、先日テレビで知ったんだけど、北極海の海氷が少なくなったことで、開発に有利な条件ができたというので、先進国では北極海の海底地下資源の争奪戦が盛んになっているというんだから、人間の業というしかないね。

Aさんまあ、あきれた…。
そのおかげでシロクマが激減、ついに米国内務省ではシロクマを絶滅危惧種に指定しましたものね。ブッシュさんの手前、温暖化とは無関係だと注釈付きですけど。

H教授聞きようによっては、ブッシュさんに対する、すごい当て付けのような気もしないではない。
つい数日前も、ブッシュさんの腹心だったマクレラン前大統領報道官が、イラク戦争は誤りだったと著書で公言した。
また、日米同盟の観点からか安全保障の観点からか、渋る防衛省を尻目に、福田サンはクラスター爆弾の実質的な即時全面廃止の条約案に同意することに、最終段階で政治決断した。
コイズミさんや安倍サンならできなかったよ。
ま、皆、ブッシュさんの泥舟から逃げ出そうとしているんだと言えなくもないかも知れないけど。

神戸でG8環境大臣会合開催さる

Aさんぷっ、ついに“泥舟”扱いですか。
ところで5月24日から26日まで、神戸でG8の環境大臣会合がありましたね。あの結果をどうみられますか。

H教授うん、新聞報道による限り、だいたい想定の範囲内だったなあ。

Aさん何がですか。

H教授あの会合は鴨下環境大臣を議長として開かれ、最後に議長総括が出された。その総括を読んでも、本質的な部分では昨年末の気候変動枠組条約COP13より踏み込んだ内容にはなってはいないと思ったな。
2050年の長期目標に関しては世界で半減、先進国はより大幅な削減というのにとどまり、COP13と同じことを再確認したに過ぎなかったし、中期目標やピークアウトに関してはむしろ一見、後退したかの感さえある。

Aさんえ? 後退?

H教授うん、中期目標に関してCOP13では、議長提案で2020年に90年比25〜40%カットを示唆し、すったもんだしたんだけど【4】、今回の議長総括では実効的な中期目標の必要性を述べるにとどまったし、ピークアウト──つまり世界全体で排出削減に向かう時期──についても、COP13の「今後10〜15年」というのから「今後10〜20年」となってしまった。

Aさんうーん、どうしてですかねえ。

H教授国内事情が大きかったのかもしれない。伏線はあったんだ。
(5月)11日付けの新聞では、政府は2050年の日本の長期目標として「現状より60〜80%削減」が有力で、それを福田ビジョンとして今月発表という情報が流れたが、続報はないままだ。
その2日後の新聞には官房長官談話として、福田ビジョンについて長期目標のことは一切触れず、このビジョンには中期目標は盛らない、これからの交渉ごとであり、手のうちのカードを年内に見せることはありえないと言明した。

Aさん見せることはありえないというより、見せられるカードをまだ持ってないというべきじゃないですか。


脱温暖化2050プロジェクト

H教授はは、なかなか鋭いじゃないか。それだけ政府部内や、政府と経済界との水面下では激しいつばぜり合いをしているんじゃないかな。
環境省の方も、環境大臣会合に間に合わせるかのように、5月22日には国立環境研究所を中心とする研究チームによる「脱温暖化2050プロジェクト」の成果報告として『低炭素社会に向けた12の方策』を発表した【5】
この12の方策をすべて実施することにより、2050年の対90年比70%削減は可能とした。

Aさんへえ、その中身は?

H教授全28ページの報告書で、環境省や国環研のホームページに全文公表されているから読んでみるといい。
オフィス・住宅のエコ化、トップランナー機器のレンタル、旬産旬消農業、森林との共生・木材活用等々12を挙げている。
横断的な対策として、国内排出量取引環境税も挙げているし、ボクがかねてから言っている、電力料金体系の見直しや自然エネルギー固定価格買取制度もその中に入っている。
もっとも今後の技術開発に期待している部分も大きいし、エネルギー源はCCS付き火力と原発も想定し、エネルギー需要は減少させず、経済はこれからも成長し続けるとしている。
産業界や国民に不安を感じさせないように配慮したようにも読めて、その辺りはちょっと納得しがたいし、いささか楽観的すぎるんじゃないかと本能的に思ってしまうけどね。

Aさんセンセイは経済の無限成長は非現実的だというペシミストですものね。

H教授うーん、ちょっと違うな。
結果的に成長が続くならいいけど、成長それ自体をもはや目標とする時代は過ぎたと思ってるんだ。
気候変動によるパニックを今から避けるために、まずやらなければいけないことは、エネルギーの総量抑制で、それで結果的に成長ができなくなっても仕方がないという覚悟をしておくこと、いわば社会全体が“足るを知れり”をモットーとすることなんだ。

Aさんふーん、でもそれじゃ夢がないんでは?

H教授非エネルギー消費型の趣味を持てばいいんだ。ボクなんか高級車だとかブランド品だとかにはまったく興味がないけど、夢は今でもいっぱい持ってるぞ。


「温暖化影響総合予測プロジェクト」の発表

Aさん(小声で)石っころか…。
で、温暖化影響の方も、何か新しい知見がまとまったんですよね。

H教授うん。環境省は地球環境研究総合推進費で『温暖化影響総合予測プロジェクト』【6】を立ち上げていたんだけど、前期研究期間が終了したというので、5月29日にその結果を発表した。
多くの大学や研究所の研究者を結集したプロジェクトで、今世紀中頃(2050年頃)までに重点を置きつつ今世紀末までを対象として、水資源、森林、農業、沿岸域、健康といった、我が国の主要な分野における温暖化影響予測及び経済評価を行ったんだ。
報告書本文は全95ページ、概要版でも15ページもある。これらもすべて環境省及び国環研のホームページ上で公表されている。

Aさんかいつまんで言うと、どんな内容なんですか。


H教授ボクだってじっくり読んだわけじゃないけど、IPCCの現状程度の対策の延長線でいくとどうなるかというシナリオ、つまり90年比で2030年に1.9℃、2050年に2.8℃、2100年には4.8℃上昇した場合、どんな影響が出てくるかを予測したんだ。
これまで、日本は温帯域だから、温暖化の影響は比較的小さいだろうと予測、あるいは願望する向きもあったけど、被害は相当深刻であることが示唆された。
全国的に豪雨が増えるし、一方日本海側では農業用水が不足する。ブナの分布域は激減し、白神山地では2050年以降ブナは壊滅。コメの収量は2040年頃から北日本で減少をはじめ、今世紀末には九州、中国も減少するそうだ。また海面上昇と高潮増加による浸水被害も顕著になる──などだ。その他、熱中症などの暑さによる死亡率が増加するなどと予測されている。

再びG8環境大臣会合

Aさんひゃあ、おそろしい。
にもかかわらず、神戸の環境大臣会合で、具体的・定量的な話がされなかったんですね。
じゃあ、洞爺湖サミットでも似たようなことになるのかな。

H教授いや、こういう状況になればなるほど、トップの意向が最後に利いてくるかもしれない。道路特定財源の一般財源化のときでもそうだっただろう。これを政治学的にはボナパルチズムというんだ。
今月公表されるという福田ビジョンがどうなるかだね。ボクはそういう意味でも、福田サン個人には相当期待しているんだけどなあ。

Aさん議長総括では、今までにないことも言及したでしょう。

H教授うん、日本政府は低炭素社会の国際研究ネットワークの構築を提唱し、これを『神戸イニシアティブ』と呼んだ。まあ、こういう造語は役人の得意とすることだね。
で、議長総括でも『神戸イニシアティブ』を検証するための主要国会合を呼びかけた。
また、狭い意味での温暖化問題に限定することなく、生物多様性の保全に言及したり──これは多分、同時期にボンで開催されていた生物多様性条約のCOP9を意識したんだと思うけど──3Rの国際的連携による推進などにも言及した。
あと特筆すべきは、日本の、特に経産省や産業界が言い出している「セクター別アプローチ」【7】について、国別総量目標の設定には有効だが、それを代替するものでないということで釘を刺したことだろう。

Aさん途上国や米国の反応はどうだったんですか。

H教授米国については、あまり報道されなかったから知らない。
どうせポストブッシュは大幅な政策転換を強いられるに決まってるんだから、代表団もあまりがんばらなかったんじゃないかな、ま、ボクの独断と偏見だから間違ってるかもしれないけど。
途上国の方は、招待国として参加したんだけど、例え削減量がマイナスであっても義務付けされるのには抵抗はあるみたいだ。ただ、自主目標として数値目標を掲げる国がいくつも出現したみたいで、それが救いといえば救いだね。
もちろん、そのための資金や技術援助を先進国に要請しているし、先進国サイドもそれにはマジメに対応しようとしているみたいだ。


関連行事その1 ──キョージュのシンポジウム

Aさんふうん。
そういえばセンセイ、関連行事のシンポジウムにパネリストとして参加されたって言ってたじゃないですか【8】。いかがだったですか、引き立て役のご感想は。

H教授う、うるさい。
研究者に混じってのパネルディスカッションというのは初めてだったので、少し緊張したけど、なんとか無事終了した。
みなさん、パワーポイントを使ったけど、ぼくだけは使わずに話した。

Aさん使わなかったんじゃなくって、使えないんでしょう。正確に言わなくちゃ。

H教授ホント、キミは一言多いねえ。
ま、引き立て役だったかどうかは、聴衆の評価に任そう。
基調講演の代わりの基調対談として、兵庫県知事の井戸サンと滋賀県知事の嘉田サンがそれぞれ話された。

Aさんえ? ぶっつけ本番で対談されたんですか。

H教授ま、あれを対談というのはムリがあるなあ。コーディネーターが間に立って両知事がそれぞれの県を目指すことを話すという形式だった。
それなりに聞き応えはあった。

Aさんふーん、関連行事でセンセイが出席されたのはそれだけなんですか。


関連行事あれこれ2 ──「気候変動と水」特別シンポジウム

H教授いや、環境大臣会合前日の、IGESなどの主催、つまり実質的には環境省主催といっていい『気候変動と水』という特別シンポジウムも聞きにいった。
去年のノーベル平和賞を受賞したIPCC議長のパチャウリさんが基調講演し、そのあとボクも知ってるパネリストが入ったパネルディスカッションで、超満員だった。何人も知ってる顔に出くわした。
気候変動の具体的な現われは、水資源の不足と過剰―洪水―という形で表出し、すでにその兆候が現われているというのが基本的なスタンスで、なかなか説得力があった。
なかでもアルピニストの野口健サンが、ヒマラヤの決壊のおそれがある氷河湖のことを、しきりに訴えてたのが印象的だった。

Aさんフロアとの交流はあったんですか。

H教授もちろんあったよ。ボクのゼミ生も出席し、盛んに手を挙げていたけど、指名されず、前方の招待客からの挙手だけを指名したかの感があったな。
最初の発言者は国会議員だった。

Aさんつまり、あらかじめ準備された「サクラ」との交流だったと。

H教授はは、そんなことは言ってないよ。

Aさんつまり、そういうことでしょう。

H教授たまたまだろう。
で、終ったあと環境行政学会で旧知の某氏に会ったんだけど、そのあとレセプションがあって、それに出ると言ってた。ボクはさっさと帰ったけど。

Aさんはは、センセイは呼ばれなかったんだ。

H教授特別シンポジウムの裏話を書かれるのが嫌だったのかな。


温暖化対策最新動向あれこれ

Aさんそりゃ、自意識過剰でしょう。センセイのことなんか、環境省はすっかり忘れてただけでしょう。
そんなことより、国内排出量取引制度のことはどうなったんですか。

H教授さあ、官邸の懇談会では産業界からの反対が相次いだとあった。
一方、環境省の検討会の中間とりまとめが5月20日に発表された【9】。4つのオプションが出されて、それぞれメリット・デメリットがとりまとめられてホームページに公表されていたけど、ボクが以前から言ってた国内CDM【10】の話にはほとんど触れていなかった。
詳しくは読んでないから、評価は差し控えるけど、東京都が都の事業者に対する排出量取引制度、都内CDMの導入についての条例の改正案をまとめていて【11】、今月にも都議会で議論がはじまるそうだから、前哨戦としてそちらの方に注目したいな。

Aさんそういえば、世界銀行が主要排出70カ国を対象にした削減対策の評価をしたところ、日本は最低ランクだったそうですね。

H教授うん、なんと62位で、21位の米国よりはるかに下というのは哀しいね。
前に紹介した化石賞【12】はNGOの評価だけど、今度の評価は、世界銀行という公的機関によるものだから、ちょっとツライものがある。
ただ94年から04年までの進展に関する評価で、それまでに日本企業は可能な技術的対策をほとんどやってしまったからだという評価も成り立つ。だって、単位GDP当たりのCO2排出量は依然として世界でトップなんだもの。

Aさんお、センセイ、日本企業には甘いじゃないですか。つまり個別企業は必死に努力しているけど、環境税だとか、国内排出量取引だとか、自然エネルギー固定価格買取制度だとかそういう社会的制度の進展がないからだというわけですね。

H教授それがないのは産業界での抵抗が強いからだ、と言い換えてもいいけどね。
先日、うちの大学院が産官学で組んで、リサーチコンソーシアムというのをやった。
その目玉として、トップメーカー3社と電力会社を呼んで、それぞれが取り組んでいる温暖化対策について報告してもらったんだけど、ホント、必死になって取り組んでいるという感じがした。
ただ、学生からの質問で排出量取引制度について企業がどう考えているかというのがあったんだけど、一様にネガティブで、国内では技術革新によるCO2削減が大事だし、海外では日本の最先端技術の移転による削減が大事だと訴えていたのが印象的だった。

Aさんセンセイはどう思われるんですか。

H教授もちろん排出量取引制度やそれから派生したCDMがマネーゲームの道具になっているという指摘は重要だし、技術革新は大事だと思うけど、技術ばっかりを強調されるのには違和感を持ったな。
コイズミさんは「改革なくして成長なし」、つまり成長こそが至上の目的だと言ったけど、産業界も同じように絶えざる技術革新で、CO2を抑制しながらも、結局は成長し続けることを目的としているように感じた。

Aさんそれがいけないと?

H教授確かに日本は単位GDP当たりのCO2排出量は世界でもっとも小さい。
だけど、排出量自体は減っていないどころか、むしろ増えている。

Aさんそれは産業部門じゃなくて、民生部門や運輸部門のせいでしょう。


H教授民生部門や運輸部門が増えた原因は、産業部門が次々に作り出す電化製品やクルマのせいだろう。
日本人一人当たりのCO2排出量は年間約9トンだ。これに世界人口65億人を掛けてみろ。約600億トンだ。
2005年の世界の排出量271億トンの二倍以上になってしまう。
つまり、世界に冠たる日本の省エネ技術を、今直ちに全世界に普及させたとしても、日本人と同じような水準の生活をしたとすれば、否応なく温暖化の加速は必至となる。

Aさんだから技術革新、技術のブレークスルーが必要だというわけでしょう。

H教授だが日本は現実に技術のブレークスルーを繰り返してきて、エネルギー効率は格段によくなったが、民生部門や運輸部門を含めた、トータルでのCO2自体の削減には成功していないじゃないか。このことが、技術革新だけによるCO2削減の困難性を示唆していると思うなあ。
つまり、全世界の人々がある程度公平な量のエネルギーを消費しつつ、ボクらの孫やひ孫の世代まで成長し続けることは、まず不可能で、そのためには少なくとも先進国ではこれ以上の成長を求めてはいけないということだ。いや成長したっていいんだけど、エネルギー消費は全体として抑制することを前提にしなければいけないんだ。


国際会議ラッシュ

Aさんセンセイの持論ですね。それができるほどヒトは賢いかどうか…。
それはともかくとして、環境大臣会合のあとは2日おいて第4回アフリカ会議(TICAD)が横浜で開かれましたね。

H教授うん、アフリカは人類発祥の地、いわば我々のゆりかごの地でありながら、欧米の植民地支配の後遺症の中で構造的に貧困を強いられてきた。
かの超楽観主義者ロンボルグ【13】でさえ、「サヘルサハラ(サハラ南辺)は、より一層貧困に喘ぐようになり、まったく改善されていないと認めざるを得ない地域だ」としている。
温暖化の被害を真っ先にこうむり、食糧危機が生存に直結するのもアフリカだ。
皮肉なことに経済指標で見る限り、アフリカは豊かな地下資源により急成長を遂げているにもかかわらず、その恩恵を受けているのはほんの一握りの人々だけだ。
日本の高度成長はさまざまな問題を含みつつも、総中流化といえるような豊かさをもたらしたのと大違いだ。
今回のTICADでは、横浜行動計画や横浜宣言が出されたんだけど、従来と違うのは単に貧困からの脱却だけでなく、温暖化対策の重要性にも言及されたことだろう。
毎年減額を続けてきたODAでも、アフリカ向けには一見大盤振る舞いするかのようだ。

Aさんで、それが30日に閉幕して、福田サン、今度は明日からローマで開かれるFAOの会議、食糧サミットに出られるそうですね。


H教授うん。で、今、食料危機が騒がれるようになり、国際的なブームになってるバイオ燃料を、食糧作物に求めるべきでないという演説をするそうだ。
つい2年前、ぼくの大学のリサーチフェアでも、学生たちが風潮に乗って「バイオ燃料バンザイ」みたいな発表が相次ぎ、ボクは冷や水を浴びせてたけど、聞く耳持たぬという感じだった。意外と破綻は早かったなあ。

Aさんでもホント、国際会議ラッシュですね。もう福田サンとしては、外交に活路を見出すしかないと言う感じなんですかね。

H教授そんなことないよ。道路特定財源の一般財源化問題にしても、まだまだ手を抜けないし、国内問題でもやらなきゃいけないことは山ほどある。コイズミさんや安倍サンの尻拭いみたいなのばっかりで気の毒だけどね。


“遊び”のない社会、ゆとりのない社会

Aさんそういえば、また国家公務員制度改革基本法が与野党で合意、成立したそうですね。

H教授うん、キャリア制度の解体と幹部人事の一元化、政治家との接触や天下りの原則禁止だとかということでスタートしたんだけど、そもそも当初案がぐちゃぐちゃになってしまい、なんだかどれも中途半端に終わったみたいで、どの程度実効性があるのかよくわからない。
公務員や行政制度に関しては、他にも地方分権推進委員会の勧告を一部受ける形で、一級河川の一部については管理権限を自治体へ移管するだとか、あるいは福田サンが言いだしっぺの消費者庁の設立だとか、いろんな案件が目白押しだ。

Aさんでも公務員制度も昔とは随分変わったんでしょう。


H教授うん、まったく様変わりしている。でも、それは公務員制度が変わったというより、社会そのものが変わったんだと思うな。
一言で言えば、効率性ばかりを強調して、コマネズミのようなゆとりのない社会になっちゃった。いわばクルマのハンドルの“遊び”がなくなっちゃったんじゃないかという感じがするなあ。

Aさんえー、どういうことですか。

H教授役所の中からは、勤務時間中に談笑するなんてことが、ほとんどなくなってしまった。街に出ても、量販店やコンビニは年中無休、夜間営業もあたりまえ。元旦だって営業しているところが多い。
今や大学だってそうだ。かつては教員の都合で休講にして、それで学生も喜んだなんてことがあったけど、今じゃ休講にすることも容易じゃないし、秋学期などは祝日を何回かつぶしてまで講義しなくちゃいけなくなった。

Aさんセンセイにとってはあまり喜ばしい変化じゃないみたいですね。
老い先短いんだから、ゆっくりさせろというわけですか。

H教授こらこら。
若い頃こそ、そういう“遊び”みたいなものがないと、心身がすり減ってしまうんじゃないかと思うなあ。


生物多様性基本法成立

Aさんところで生物多様性基本法【14】が成立しましたね。

H教授うん、議員立法だ。5月28日に参院本会議で全会一致で可決成立した。

Aさん何か大きく変わることがあるんですか。

H教授まあ、理念法だからねえ。理念法としてはすでに環境基本法自然環境保全法があるし、それの改正で生物多様性保全を入れるという方法もあったんだろうけど、そうすれば、各省協議やなんやでもみくちゃになる恐れがあるので、議員立法になったのかもしれない。

Aさん既存の理念法と矛盾する点はないんですか。

H教授それはないと思うよ。
この基本法は現在の生物多様性国家戦略の根拠法となるだけでなく、自治体でもそれぞれ多様性戦略の策定がなされることになる。
あと、25条で、「生物の多様性に影響を及ぼすおそれのある事業」については「計画の立案の段階から」の環境アセスメント【15】、つまり戦略アセス【16】を行うことが義務付けられた。

Aさんどんな事業が対象になるんですか。またアセスメントの中身は?

H教授25条にはそこまで書いてない。だから、今後施行規則案の検討段階で、対象事業の定義と具体的な規模要件、アセスの内容やアセス法との関係などが議論されるんだろう。
関係法案の改正などで、結構手間取りそうな気がするなあ。

Aさんセンセイのご意見は?

H教授もちろん大きく一歩前進したと評価しているよ。
ただ、前にも言ったかもしれないけど、既存の法体系で保全の手立てがなされていない地域、水域がいろいろある。そうしたところの開発・改変の原則禁止規定を盛り込んで欲しかった。
残されたサンゴ礁藻場干潟、自然湿原、自然河川や自然海岸や原生流域などは、いちいち自然公園などの保護地域に指定するまでもなく、開発・改変の原則禁止や抑制を規定したっていいと思うな。

Aさん私権との関係で、そう簡単にはいかないんじゃないですか。


H教授そうしたところのほとんどは国公有地のはずだぜ。
特に今年は国際サンゴ礁年だ。サンゴ礁がある海域は公有水面に決まってるんだ。戦略アセス云々以前にサンゴ礁埋立の原則禁止規定くらいは入れたっていいだろう。
生物多様性に関してはさっきもちょっと話したように、先月末にCOP9がドイツのボンで開かれたんだけど【17】、そこで報告書『生態系と生物多様性の経済学』が発表されている。『生物多様性版スターン報告』とも呼ばれているらしい。
新聞によると、2050年までに自然地域の11%、サンゴ礁の60%が喪失する可能性があること、また森林生態系の劣化によって2050年における経済的損失は200から500兆円にのぼり、GDPを6%押し下げる可能性があるとしているらしい。
ま、ボクは経済学オンチだから、細かい数値はよくわからないし、そもそも世の中には経済価値で計ることのできない重要なものがいっぱいあると思っているけど、このままいけば大変なことになって、気候変動とも絡んで、ボクらの首を絞めることになることくらいはわかる。まさにウロボロスの蛇だね。


Aさんウロボロスの蛇ねえ【18】。はいはい。
ところで確か2010年に生物多様性のCOP10が名古屋で開催されることが決まったんですよね。

H教授うん、2010年は節目の年で、国際生物多様性年にもなっている。
2002年にハーグで開かれたCOP6では2010年を目標年とする『2010年目標(2010 Target)【19】が定められたんだ。そういう意味でも単にお経の文句としてでなく、中身のある生物多様性保全のための骨太の政策を定めてほしいね。
さあ、今日はこの辺りで終わろうか。

Aさんえ? 今日のオチはないんですか。

H教授バカ、何を言っているんだ。漫才じゃあるまいし。

Aさんえ? そうだったんですか。アタシャ、てっきり環境をネタにした漫才だとばっかり思ってましたが。

H教授…。



注釈

【1】コーベ空港
第6講「コーベ空港・断章」
【2】都市鉱山(携帯電話・PC等のリサイクル)
第61講「レアメタルのリサイクルと国内資源の確保」
【3】カトリーナ災害
第33講「温暖化と自然災害」
【4】気候変動枠組条約COP13の結果
第60講「検証:COP13」
【5】低炭素社会に向けた12の方策(脱温暖化2050プロジェクト成果報告)
環境省報道発表
国環研記者発表
【6】「温暖化影響総合予測プロジェクト」成果発表
環境省報道発表
国環研記者発表
【7】セクター別アプローチ
第63講「温暖化対策の国内動向」
【8】キョージュのシンポジウム
第64講「米国の新GHG総量目標発表」
【9】国内排出量取引制度検討会「中間まとめ」
国内排出量取引制度検討会「中間まとめ」について(お知らせ)
国内排出量取引制度検討会の開催状況・結果について
【10】国内CDM
第51講「低炭素社会に向けて ──拡大排出権取引」
【11】都内排出量取引&都内CDMに関する東京都条例改正案
第54講「都が拡大排出権取引にチャレンジ?」
【12】化石賞
第60講「検証:COP13」
【13】超楽観主義者・ロンボルグ氏
第12講「ロンボルグの波紋」
【14】生物多様性基本法
第64講「生物多様性基本法の動き」
生物多様性基本法が成立!(WWF-J)
【15】環境アセスについて
第2講「環境アセスメント私論」
第32講「アセスの課題」
【16】戦略アセスについて
第2講「戦略アセスと政策決定システム」
第51講「SEAガイドライン」
【17】生物多様性条約第9回締約国会議(COP9)
会議概要発表(外務省)
会議概要発表(環境省)
生物多様性条約第10回締約国会議の開催地及び日程の決定について(環境省報道発表)
【18】ウロボロスの蛇
第1講「キョージュ、ヒトの未来を語る」
【19】生物多様性に関する2010年目標
第49講「生物多様性保全を巡って」
アンケート

この記事についてのご意見・ご感想をお寄せ下さい。今後の参考にさせていただきます。
なお、いただいたご意見は、氏名等を特定しない形で抜粋・紹介する場合もあります。あらかじめご了承下さい。

【アンケート】EICネットライブラリ記事へのご意見・ご感想

(平成20年6月2日執筆、同年6月3日編集了)

註:本講の見解は環境省およびEICの見解とはまったく関係ありません。また、本講で用いた情報は朝日新聞と「エネルギーと環境」(週刊)に多くを負っています。

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