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H教授の環境行政時評環境庁(当時)の職員から大学教授へと華麗な転身を果たしたH教授が、環境にかかわる内外のタイムリーなできごとを環境行政マンとして過ごしてきた経験に即して解説します。

No.008

Issued: 2003.09.04

第8講 盆休み 四方山話-電力雑感、読者の便りPart2、環境教育法、大気行政体験記

目次
N.Y大停電-電力雑感
読者のお便り part2
環境教育推進法の成立
はじめての公害ワールド体験記

N.Y大停電-電力雑感

Aさんセンセイ、夏ももう終りですね。ほんと短かったですねえ。

H教授うん、今年は異常な冷夏だったなあ、しかも各地で豪雨災害。諸外国じゃ熱波や旱魃で大被害を出しているところもあるというし、世界中が異常気象といっていいんじゃあないかなあ。

Aさん原因はなんですか?

H教授わからない、自然の変動の範囲内なのか、CO2の増加のような人為的な要素がある程度かかわっているのかどうかもわからない。科学技術の進歩は著しいものがある。でも、複雑系っていうのかどうか知らないけど、こういう話になると科学ってまだまだ無力だよねえ。
もっとも永田町じゃ熱い夏みたいだよ。民主党と自由党が合併するとか、自民党総裁選でコイズミさんがどうなるかだとかね。


Aさんはい、ストップ。そういう話はそこまで。
ところでニューヨークでは大停電だったそうですね。日本で起こったらと考えたらぞっとしますね。

H教授いやあ、日本でも危ないところだったんだよ。不祥事で東京電力の原発がみなストップ。かろうじて運転再開が間に合ったから停電騒ぎなどは起きなかったけどね。

Aさんでも不景気だっていうのに電力消費って伸び続けているんですよね。だから、発電所はまだまだ必要。でも地球温暖化のことを考えれば、火力発電はもう増やせないし、風力とか太陽光発電じゃコストがかかるうえにとても需要増を満たせそうにないでしょ。やっぱりもっと原発が必要じゃないかしら。

H教授そりゃあ、あまりに短絡的だ。電力の消費を抑制することを考えるべきだよ。

Aさん節電しろっていうんでしょう。でもそんなモラルに訴えたって効果ないんじゃないですか。

H教授もちろんそうだ。だから経済的な誘導策が必要なんだ。電力の自由化だ、規制緩和だってことで、いま電力会社はコスト削減に必死だけど、ぼくに言わせりゃ電気代が安すぎるんだ。料金体系を見直して、一定量以上の消費に対しては電気代をうんとあげることによって消費抑制を図るべきだと思うよ。

Aさんまた暴論を。いまだって日本の電気料金はアメリカの1.5倍だっていうじゃないですか。


H教授そんなコスト削減に血道をあげるからアメリカは大停電という騒動になったんじゃないか。
それに発電所のエネルギー効率って40%以下なんだ。つまり生み出されたエネルギーの6割以上を廃熱として捨てているんだ。これを有効に使えばいいんだ。

Aさんまさかあ。そんなもったいないことをしているんですか。

H教授タービンを回して発電するのは、それが技術的な限界らしい。でも、その廃熱を地域冷暖房だとかで有効活用はできるし、その技術も確立している。
だけど、電力の生産地と消費地が何百キロと離れていりゃムリ。だから既存の発電所が老朽化したら、コスト高とリスクを背負うのを覚悟のうえで都市のど真ん中に発電所を作るべきだよね。
地方はバイオマスだとか小規模水力だとか風力だとかいった自然エネルギー【1】で相当程度まかなえるんじゃないかな。ま、そうなりゃいずれにせよ電気料金は高くなるだろうけど。


Aさんそりゃ無茶苦茶じゃないですか。暴論すぎますよ。

H教授いまは暴論に聞こえるかもしれないけど、50年後には常識になっているかもしれない。
エネルギーの長期需要予測ってやつによれば、これからも毎年GDPが2%伸びるという前提でエネルギー需要は増加するとしている。でもねえ、そんな前提自体を疑い、社会全体をエネルギー需要抑制型社会に代えていかなくちゃいけないと思うよ。
それこそがコーゾーカイカクなんだ。

Aさんおっ、久々のH節ですね!ところでセンセイ、8月といえば、甲子園の季節。なんといっても最高の夏の風物詩ですよね。球児のさわやかな汗、とってもセクシーで、もう胸がキュンとしちゃいますよ(瞳をうるませて)。


H教授...

Aさんその高校野球の決勝のときが年間の電力消費のピークになっているって話を聞いたことがあるんですけど、実際はどうなんですか?

H教授日本では、年間の電力消費のピークに合わせて、絶対に停電させないことを前提に電力の供給体制を組み立てているんだ。だから、少しでもピークの平準化を考えるという意味で、甲子園の開催時期を一ヶ月前倒しにしたらいいのにと、半ば本気で考えたこともあった。その方が、選手や観客の健康にもいいだろう?

Aさん...なんてこと言うんでしょう! 呆れた...。

H教授いや、まだ続きがあって、実は、高校野球の決勝が電力消費のピークというのは、どうも俗説だったらしい。
昔、テレビの消費電力が今の機械と較べてはるかに大きくて、かつエアコンが普及しはじめた頃のこと。「みんながエアコンをつけた涼しい部屋でテレビをつけて甲子園の決勝戦を見たら電力消費があがる」と、まことしやかに言われたというのが真相のようだ。
今の電力消費の構造は産業用電力をベースに、オフィスなどの業務用冷房に加えて、民生用(家庭用)の冷房などが追加されたときに最大電力となっているらしい。つまり、工場・オフィスの稼働している平日に発生しているわけだ。
一方、甲子園の決勝戦は、休日・平日に関係なく8月20日過ぎ頃に行われている。今年はちょうど8月23日の土曜日だったから、オフィスは休みのところも多く、クーラーの効いた部屋でテレビ観戦した人も多かったことだろう。いずれにしろ、平日のオフィスアワーで、高気温になったとすると、最大電力発生になる可能性はあるものの、高校野球の決勝戦が必要条件なわけでは決してないらしいよ【2】


Aさんへえ、そうなんだ。いい加減な情報を鵜呑みにしちゃいけないってことですね。
ところで、そろそろ本題に入りましょう。今日はなんの話ですか。

読者のお便り part2

H教授本論のまえに、7月以降のお便りで気になったものがあるので、それを紹介しておこう。
最初がこれ、第5講についてのご意見だ。
「この記事中の流域委員会の文章を読みまして、驚きました。このサイトは、環境省も関連するような公的なサイトと思いますが、淀川水系流域委員会の記述については、正確ではないと思います。
委員会は、提言で、脱ダム宣言などしていませんし、原則ダムは建設しないという提言で、それに対して、国土交通省も提言を受けた整備計画作りを進めています。きちんとその辺は、委員会や行政に取材して、事実に基づいて記述くださるようにお願いいたします。」(03/7/25)


Aさんこれは手厳しいですね。

H教授淀川水系流域委員会のメンバーの方からのお便りだ。
ぼくの発言が不愉快に思われたようだから、その点はまずはお詫びをしておこう。でもねえ、ぼくは流域委員会の活動にすごい敬意を払ってるんだということも知っておいていただきたいんだ。
そのうえであえて言わせてもらうんだけど、第5講に関してどこが事実でないかぼくにはよく分からないんだ。第2講の脱ダムの論評に関してはなんといわれても仕方がないけど...。
だって「原則ダムは建設しないという提言」は、すなわち「脱ダム提言」といえるんじゃないのかな? 以前からマスコミや世間でも「脱ダム提言」という表現はされてきたしね。
それと、国土交通省近畿地方整備局と流域委員会の関係だけど、流域委員会のHPに、大津で開かれた会議の議事録があった。それによると同局が流域委員会と真摯な議論を交わしていることはわかるけど、「現時点ではダム建設は有効」との同局の発言に対して、提言を踏まえてないじゃないかという批判も出たそうだから、「提言を受けた整備計画づくりを進めて」いると言い切るのはどうなんだろう。
誤解しないでほしいんだけど、同局や流域委員会のやり方を批判しているんじゃなく、ぼくらの役人時代とちがって情報公開や住民参加という時代にふさわしいものだとぼくは高く評価してるんだ。

Aさん公的なHPに載せるのなら、きちんと当事者に取材すべきだというご意見はいかがですか。

H教授直接の取材などは確かにしていないけど、いろいろなものを材料に判断したもので、もともと「時評」って、そういうジャンルのものだというしかないなあ。
ただ、この時評でのぼくの雑感は、環境省やEICネットとしての公的な意見や判断とはまったく無関係で、そのことは誤解がないよう、はじめに断ってあるし、たいていの読者はそう思って読んでくれている。それと、もし間違いなどがあった場合や、ご指摘いただいたことに関しては、いつでも訂正したり、こういうかたちでご紹介させてもらうということでご理解いただきたいなあ。
ま、いずれにせよこれからの流域委員会の活動に期待していますので、がんばってください。
あ、そういえば、第3講のダイオキシンのところでもいくつか誤りの指摘があったので、それは今回直しておいた。くわしくは、補足説明をつけておいたので興味があれば読んでもらいたい。【第3講の修正】

Aさん他にもあるんですか?

H教授うん、つぎは第7講の亜鉛の環境基準についてのご意見だ。
「亜鉛についての時評を読んで、あまりにも皮相的な見方であのような意見を載せることへの驚きを禁じ得ない。学者だったらもう少し実態はどうなのか、引用論文はどうなのか、フィールドでの現状はどうなのか、自分なりに科学的根拠を調査して、その裏づけを持って意見を公表すべきだと思う。」(03/08/08)

Aさんひやあ、これも手厳しいですねえ。でも、「学者だったら」って言ったって、センセイはそういう意味での学者じゃないものね。

H教授うーん、キミに言われると複雑だけどね。ただそれを自覚したうえで科学論争そのものの背景や意義みたいなものについてのぼくの感想や印象を述べただけなんだけどなあ。

Aさんセンセイもツライ立場なんですね...。

H教授ま、キミにいわれたらおしまいだ(笑)。
そういえば、ひとつおもしろいご意見があったよ。第6講のコーベ空港に対するご意見。
「駄洒落で〆るんですか(笑) ちょっと勉強になる軽い読み物程度には楽しめます。テレビ番組でいうなら情報バラエティ番組クラス」(03/07/07)

Aさん情報バラエテイ番組か。うーん、言いえて妙ですね(笑)。

H教授さしづめキミとの環境漫才ってとこかな。ま、こういう読まれ方も大歓迎だ。いっそのこと環境行政戯評に名前を変えようか(笑)。
亜鉛に関しては他にも2通、おっそろしく長い、匿名でのお便りが届いた。もっとも同一人じゃないかと思うんだけど。


Aさんどんな内容なんですか。

H教授情報提供しますとのことで、環境省がデータの隠蔽や改竄をしているという一種の告発や、亜鉛が必須元素で養殖などでは亜鉛を補給しているとかいったいろんな情報だ。ぼくには、その是非を判断するだけの知識も能力もないけど、同じ内容がパブリックコメントにあり、その回答ともども環境省のHPで公表されているから、それをみてくれればいい。
ま、いずれにせよ来月くらいに中央環境審議会水環境部会が開かれるだろうから、どうなるか楽しみにしておこう。
この人の対案というかご意見も書いてあった。
「水生生物の環境基準は、個々の物質毎に定めるのではなく、AOD値で定め、AOD試験によって各水域の合否を判定する方が妥当ではないか」、「今後、海域も含めて更なる実態調査を展開し、OECDや諸外国に対する日本国環境省の面子の為ではなく、本当に水生生物のためになる環境基準を検討すべきである。」

AさんAOD試験?

H教授濃縮毒性試験といって個別の物質ごとの毒性じゃなくて、いろんな物質を含んだサンプルの水を濃縮させてアカヒレという小魚やヌカエビの生存をみるという一種の総合指標らしい。AODは、Aquatic Organisms environment Diagnosticの頭文字を取ったもので、直訳すると水生生物環境診断法といったところだ。
ま、これもパブコメに出されていたけどね。


Aさんで、センセイはどう思われるんですか。

H教授先日、「(環境省が)水質環境基準だけでなく、水量や生態系を含む『水循環』の視点から総合的な環境指標をつくる方針を決めた」と報道されていた(8月12日朝日新聞夕刊)けど、個別の物質だけでなく、こういう総合指標は必要だと思うよ。
でもねえ、例えばAOD値で環境基準を決めたとすると、汚濁負荷の削減とは直接リンクしないということになってしまう。
水環境中にある程度普遍的にみられる金属や人為的な化学物質は個別にどの程度以下が望ましいのかを可能な限り環境基準等として明らかにし、排水規制などの手段でその維持達成を目指すという大前提があっての総合指標だと思うけどなあ。
亜鉛については現在は環境基準は決っていないけど、水質汚濁防止法上の有害物質として排水基準は決められている。亜鉛に関して水生生物保全のための環境基準は決めなくていいのか、現行の排水基準は水生生物保全という新たな観点から強化しなくていいのかというのが、やっぱり一番の問題じゃないかな。

Aさんなるほど。ほかにリクエストはなんかありました?

H教授「連載の頻度を増やしてください」(03/07/03)、「安定5品目を決めたときのいきさつ」(03/07/04)、「排出権取引の評価」(03/08/07)とかいろいろあったよ、どうしよう...。(頭を抱える)


Aさんじゃ、読者からのお便りはその程度にして、最近の話題はなんかありますか。

環境教育推進法の成立

H教授第5講で、環境教育法ができるかもしれないって話をしたよね。あれからトントンと話が進んで、あっという間に7月15日に衆院、18日に参院で可決され、成立した【3】
施行は、登録事業にかかわる規定を除いて、今年の10月1日からだ。正式名称は「環境の保全のための意欲の増進及び環境教育の推進に関する法律」という長ったらしい名称。議員立法で、主務省庁は環境省、文部科学省、農水省、経産省、国土交通省の5省共管ってことだ。

Aさんたしか、去年、NGOがまとめた提言の骨子案では、学校のカリキュラムに「環境教育」という科目をつくって、専任教師が各校に張り付ける というような話だったんですよね?

H教授まあ、元々NGOの提言をベースにして法案づくりをしたわけではないから当然だけどね。
ただ、法案作成にあたった与党のプロジェクトチームが文部科学省と折衝したときに、学校教育のカリキュラムは文部科学省の聖域だからと、恐ろしくガードが固かったとも漏れ聞いているよ。それに専任教員の貼り付けは予算や人員増がからむから、財務省だってノーだったんだろうな。
でもねえ、もう少し各省横断的に前向きにやらせるように持っていければよかったのになあと思うよ。

Aさんへえ、じゃ、その法律にはなにが書いてあるんですか。

H教授法律レベルでは抽象的、理念的なことばっかりだといって過言でない。環境省のHPから引用した図を掲げておくけど、政省令がまだできていないみたいだし、国が定めるとされた「基本方針」や、地方公共団体が定めるとされた「方針、計画等」がどんなものになるかさっぱりわからないから評価のしようもないなあ。もちろん、ないよりあったほうがましとは言えるだろうけど。
霞ヶ関ルールで作られる「基本方針」の方はあまり期待できないけど、各地方自治体でつくる「方針、計画等」に、市民やNGOがどこまで意見を反映させられるかだね。

環境の保全のための意欲の増進及び環境教育の推進に関する法律(平成15年7月制定)のイメージ図 環境省発表資料より作成


やる気のある自治体や学校長にはこのフレームをうまく使って、地域の理解と協力のもとで、実践的な環境教育や教員の研修を進めてほしいよねえ。そうした試行が全国各地でうまくいって、付則で定められた5年後の見直しに反映されることを期待しておこう。

Aさんなるほどねえ、何事も一気呵成にはいかないもんなんですね。
ところで、今日は前置きが長すぎるんじゃないですか、早く本論に入りましょうよ。
今日のテーマは、いったいなんですか。

H教授以前予告だけしておいた環境ホルモン【4】とPRTR【5】の話をしようと思ってたんだ。ぼくは環境庁の大気保全局で未規制物質の担当もしたことがあるから、ちょっと関心があってね。でも、紙数-というのかどうかしらないけれど-をだいぶ食っちゃったしなあ。「もう少し短くしてください」(03/08/07)というご意見もあったし、お盆休み明けなんだから、次回にしようか。


Aさんじゃ、とりあえず予告編で、その大気での経験ってのだけ聞かせてください。

はじめての公害ワールド体験記

H教授じゃ、ほんの少しだけだぞ。それまでは自然保護・自然公園行政しか知らず、はじめて公害ワールドに行ったのが大気保全局。昭和56年のことで、59年までいた。
大気規制課ってところで固定発生源、つまり工場なんかの未規制物質の対策ってことだったんだ。
いやあ最初はほんと参ったよなあ。とにかくコトバがわからないんだもの。引継ぎでノンメタンハイドロカーボン(NMHC)【6】がどうのこうのって言われたってチンプンカンプンだった。
あわてて本屋へ行って大学受験の物理と化学を買ってきたけど、こっちのほうもさっぱりわからない。また、本屋へ戻ってこんどは高校受験の本を買ってきた。こっちはなんとかわかったけど、NMHCとはそう簡単に結びつかない(笑)。
そのかわり、こっちはど素人だからって開き直って、いろんな先生方に恥も外聞もなく、どんどんわからないことを聞きまくった。


Aさんへえ、それでどうにか門前の小僧、習わぬ経を読めるようになったんですね(笑)。どんな仕事だったんですか。

H教授大気汚染防止法上でまだ工場からの排出が規制されていない物質を必要があれば規制に持っていくのが本線。だけど逆立ちしてもムリだった。

Aさんどうしてですか?

H教授健康影響に関する定量的なデータや実環境濃度レベルの低濃度領域での健康影響の知見が皆無に近いまま、なぜ、どこまで規制するのかって言われたって答えようがないじゃないか。
しかも健康影響は大気保全局の企画課の所掌ということで、ぼくらはノータッチ。
だから、排出実態調査結果をまとめたり、こういう対策技術でここまで排出抑制できますってマニュアルを作るのが精一杯。
それで、「人為的な化学物質などの排出は可能な限り抑制に努めるべきである」って規制なし・罰則なしの訓辞規定、理念規定ができないかって法律担当の事務官に相談したけど一笑に付された。そんな時代だったんだ。
この理念は今日ではかなり常識化していると思うけど、それでも法文上の規定としては未だ謳われていないし、さっきの亜鉛の話でもそうだったけど、産業界では必ずしも確立した理念じゃなさそうだ。
規制にはコストパフォーマンスも考えなくちゃいけないし、過剰規制はいけないというのはその通りだけど、同時に人為的な化学物質なんかの大気や水系への排出は可能な限り抑制しなきゃいけないという理念を産業界でも持って欲しいね。

Aさん具体的な物質としてはどんなものがあったんですか。

H教授前任からの引継ぎでぼくのときに結論を出さなければいけなかったのがさっきのNMHC。
ぼくのときに立ち上げて一応マニュアルまでまとめ、後に法規制されるようになったのがアスベストだ。アスベストは人為的な化学物質じゃないけど。
あとその頃、廃棄物焼却場のフライアッシュからダイオキシンが日本ではじめて検出されたというんで、厚生省が矢面に立たされていた。それで、ぼくらも、こうした非意図的化学物質についてすこし勉強をはじめた。

AさんそのNMHCってのをちょっと説明してくださいよ。

H教授光化学スモッグ【7】って聞いたことがあるだろう?

Aさんええ、なんだか昔、校庭で生徒たちがバッタバッタ倒れたっていう、アレでしょう。


H教授不謹慎な表現だなあ。ああした激烈な被害の直接の原因は不明だけど、そのときの光化学オキシダントの値が高かったし、また光化学オキシダントの値が高いときには目がチカチカしたりする被害がかなりでているというので、光化学スモッグ対策として、光化学オキシダントの環境基準を定めたり、光化学オキシダント注意報を出したりしていたんだ。

Aさんその光化学オキシダント対策とNMHCと、どういう関係なんですか。

H教授光化学オキシダントは工場やクルマから出されるNOxと炭化水素(HC)が原因物質とされている。それらが大気中の太陽光による光化学反応によって光化学オキシダントと総称されるものを生成するらしいんだ。光化学オキシダントといわれるものの物質の実体としては大半がオゾンなんだけどね。
で、原因物質のうちN0xの方はそれ自身の有害性で、工場もクルマも規制されていた。炭化水素もクルマの排ガス規制をしていたから、工場からの炭化水素だけが未規制だった。
また何百何千とある炭化水素のなかでメタンだけは光化学反応性がない、つまり光化学オキシダントと無関係ということで、固定発生源からの非メタン炭化水素、つまりNMHCをどうするかが焦点だった。

Aさんどうして未規制だったんですか。その当時エイヤッとやっちゃえばよかったのに。

H教授やろうにも、そもそも実態がわからなかった。発生源がなにで、どんなNMHCがどこからどういう形でどれだけ排出されているかもわからなかったから、何年かがかりで調査を始めて、ぼくはその最終段階に当たったんだ。

Aさんでもそのときには環境風が吹き止んでいたんですね。


H教授そう、学校の子どもたちの激甚な被害はとっくに聞かれなくなっていたしね。で、わかったことは発生源はきわめて多様で、しかも他の規制物質と違うのは、煙突から出ているのがほんの一部だってこと。

Aさんへえ、じゃあ、どこが発生源なんですか?

H教授ペンキを塗ってそれが乾くということはNMHCを大気に放出するということなんだぜ。接着剤だってそうだ。ガソリンスタンドや燃料タンクでの給油の際のもれだとか、化学プラントでのパイプの継ぎ目からの漏洩だとか、炭化水素を扱っている工場の換気だとか、いっぱいある。
とても濃度規制できるような代物じゃない。

Aさんそりゃたいへんだ。

H教授規制したらどの程度の光化学オキシダントの低減が可能かなんてことも推計不能だった。一応、光化学オキシダントの環境基準を達成するための、NMHCの大気中での指針値は決っていたけど、因果関係から導き出されたものでなく、統計的な処理で出されただけだった。
こうしたことを考えると、到底、法規制に打ってでられるようなものじゃなかった。だから、そうした発生源を列挙して、抑制するための諸技術をマニュアルとしてまとめて、産業界に排出抑制を要請することで幕引きするしかなかった。
でもねえ、あと一つ仕掛けをしておいた。NMHCって言ったって、種類もいっぱいあるから、発生源のインベントリー(目録)を作る必要があるということで、ある程度の規模以上のNMHCを取扱っている個別工場ごとに使用しているNMHCの種類や取扱量、大気への排出量を毎年都道府県に報告してもらうようにした。そのため産業界ともかけあったんだけど、なんとか飲んでくれた。

Aさんえ? それってPRTRにちょっと似てないですか?

H教授もちろん法的根拠の何もない「行政指導」だから、PRTRとは大きくちがう。それに残念ながら個別工場の情報公開は拒否されたし、大気の仕事だから、固体(廃棄物)や液体(排水)への移行といったクロスメデイア、マルチメデイアの発想は入れられなかったけど、ある意味じゃ早すぎた「ミニPRTR」と言えるかもしれない。
ちょっとカッコよすぎるかな。まあ、カッコつけのための苦肉の策ともいう見方もされるかも知れないけど、NMHCのなかには光化学スモッグの原因物質としてだけでなく、それ自身の発がん性などが疑われているものもいろいろあったから、将来のことを考えて─ということも少しはあったんだ。


Aさんじゃ、そうした積み重ねがPRTRにつながったんですね。

H教授さあ、それはどうかな。熱心な自治体はそうだったかもしれないけど、ぼくはそのあと異動したから、どうなったか知らない。数年で立ち消えになったかもしれないなあ。

Aさんそんな、無責任な。自分が立ち上げたことは、例え異動したあともフォローすべきじゃないですか。

H教授あとは後任者に託したんだ。質問されればともかく、異動したあとは口出ししないというのが役人の、というかぼくの美学なんだ。

Aさん責任を問われるのがイヤだっただけでしょう。

H教授キミ、そんなことばっかり言ってるから...。あ、やめとこう、また泣き出されたら困るから。

Aさんひど〜い!!

注釈

【1】自然エネルギー
有限で枯渇性の石油などの化石燃料や原子力とは異なり、自然現象としてのエネルギーを取り出す、資源が枯渇するおそれのないエネルギーのことで、いわゆる新エネルギーに含まれる。枯渇性と対比させて「再生可能エネルギー」とも呼ばれる。
具体的には、太陽光や太陽熱、水力(ダム式発電以外の小規模なものを言うことが多い)や風力、バイオマス(持続可能なやりかたの場合)、地熱、波力、温度差などを指す。
利用に伴って資源が減少する性質のものではなく、持続可能なエネルギーであり、地球温暖化を引き起こす化石燃料などの代替物としての期待は大きい。ただし、こうした再生可能エネルギーだけで、現在のエネルギー需要は到底まかないきれない上、コスト高、不安定性などの問題点もある。
ドイツでは2000年の4月に再生可能エネルギー法(REL)が施行され、一次エネルギー消費および電気の消費において再生可能なエネルギーの割合を2050年までに50%に引き上げることが目標として掲げられている。日本では「石油代替エネルギーの開発及び導入の促進に関する法律(代エネ法)」、「長期エネルギー需給見通し」及び「新エネルギー利用等の促進に関する特別措置法(新エネ法)」がエネルギー政策として施行され、再生可能エネルギーの占める割合を増大させるとしているが、まだまだ不十分との指摘も強い。
Renewable Energy Technologies(U. S. Department of Energy)
EICネット「環境Q&A」 ドイツの再生可能エネルギーについて
【2】日本の電力消費構造
国内の電力消費の年間推移は、昭和40年代初頭魔では、年間を通じてほぼ一定だったとのこと。近年になって、冷暖房機器の著しい普及により、夏季および冬季に2つのピークが見られる(フタコブラクダ型とも呼ばれる)など、年間での格差が広がっている。過去5年の最大需要をみると、梅雨明け前後の7月21日の週に年間のピークを迎えている。 また、時間帯によっても格差は大きく、日中の活動量が多い時間帯(特に夏季の日中の暑い時間帯など)に消費のピークを迎え、多くの人が寝静まる夜間には消費が落ちているというパターンを示す。 電力供給においては、最大需要にあわせて供給量を調整することになる。このため、発電所の出力調整や停止を行うほか、日中や夏季などのピーク需要を減らす工夫などもされている。
EICネット「エコライフガイド」 『ピークカットについて』
【第3講の修正】ダイオキシン濃度にかかわるご指摘と修正のポイントについて
元の記述では、
「日本は世界一の魚食国民だ。だから、人体の各部や母乳のダイオキシン濃度も欧米より一桁高いみたいだ。」
などと、日本のダイオキシン濃度が欧米の値よりもひと桁高いと、何度か書いていました。
これに対して、関係省庁の共通パンフレット『ダイオキシン類』にも、
「我が国の母乳中のダイオキシン類の濃度は他の先進国とほぼ同程度」
などと書かれているように、現在のダイオキシン濃度は、欧米並みになっている とのご指摘をいただきました。
もう何年も前に発表された測定結果が高かったことが強いインパクトを与え、一般に誤解されているきらいがあるものの、その後のデータの蓄積により、今では欧米と変らないとされている とのことです。
謹んでお詫びするとともに、訂正させていただきます。


【3】環境教育法
7月18日に成立した「環境の保全のための意欲の増進及び環境教育の推進に関する法律」。環境省主催の意見交換会が全国5箇所(各地で昼の部・夜の部2回ずつ)で開催されることが報道発表されている。
また、8月末には環境パートナーシップオフィス(EPO)・地球環境パートナーシッププラザ(GEIC)主催の意見交換会が開催され、NPO法人環境文明21主催のシンポジウム(03/9/12)や日本環境教育学会主催のシンポジウム(03/11/9)など、各種の会合等が開催される。
環境省総合環境政策局「環境保全活動・環境教育推進法のページ」
NPO法人環境文明21提言 「持続可能な社会をめざす環境教育・環境学習の推進を」
フォーラム「環境教育推進法を考えよう!」
日本環境教育学会のホームページ
【4】環境ホルモン
正式には内分泌攪乱化学物質という。シーア・コルボーン他著による「奪われし未来」やデボラ・キャリバリー著による「メス化する自然」により内分泌攪乱化学物質が世界的な関心を集めた。
研究者や機関によって定義が確定していないが、「環境ホルモン戦略計画SPEED'98」(2000年11月改定)では「動物の生体内に取り込まれた場合に、本来、その生体内で営まれている正常ホルモンの作用に影響を与える外因性の物質」とし、疑われる化学物質として65物質をあげている。
環境省環境保健部 「内分泌攪乱化学物質(いわゆる環境ホルモン)問題」
環境省環境保健部 「内分泌攪乱化学物質問題への環境庁の対応方針について?環境ホルモン戦略計画SPEED'98?」
【5】PRTR
PRTR(Pollutant Release and Transfer Register)とは、有害性のある化学物質がどのような発生源からどれくらい環境中に排出されたか、あるいは廃棄物に含まれて事業所の外に運び出されたかというデータを、国、事業者団体等の機関が把握・集計・公表する仕組み。対象となる化学物質を製造・使用・排出している事業者は、環境中への排出量と廃棄物処理のために事業所の外へ移動させた量を把握し、年に一回報告する。
日本では、「特定化学物質の環境への排出量の把握等及び管理の改善の促進に関する法律」(1999)により制度化され、2001年4月から実施されている。事業者は都道府県経由で対象化学物質(第1種指定化学物質)の排出・移動量を国に報告し、国が集計、公表する。公表される情報は集計データであるが、個別事業所に関するデータも個別の開示請求があれば公開される。
米国ではTRI、またオーストラリアではNPIと呼ばれる類似の制度が行われているほか、オランダ、カナダ、イギリス等で国の法律に基づいたPRTRが行われている。
環境省環境保健部「保健・化学物質対策のページ」
環境省「PRTRのページ」
【6】非メタン炭化水素(NMHC)
メタン以外の炭化水素(脂肪族飽和炭化水素、不飽和炭化水素、芳香族炭化水素)の総称。NMHCと記すこともある。
メタンは光化学的に活性が低いため、光化学オキシダント対策で大気汚染を論じる場合にこのような指標が使用される。NMHCは、自動車に対して規制が実施されているほか、塗装、印刷工場などの発生源についても排出抑制の指導が実施されている。
環境省環境管理局「非メタン炭化水素濃度の推移」(平成13年度の大気汚染状況 より)
【7】光化学スモッグと光化学オキシダント
工場、自動車などから排出される窒素酸化物や炭化水素が一定レベル以上の汚染の下で紫外線による光化学反応で生じた光化学オキシダントや視程の低下を招く粒子状物質(エアロゾル)を生成する現象、あるいはこれらの物質からできたスモッグ状態のことをいう。
光化学オキシダントとは、工場や自動車排出ガスに含まれている窒素酸化物や炭化水素が、一定レベル以上の汚染の下で紫外線による光化学反応を繰り返すことによって生じる酸化性物質(オゾン、パーオキシアセチルナイトレート、ヒドロキシペルオキシドなど)の総称。
光化学オキシダントの高濃度発生は気温や風速、日射量などの気象条件の影響を受け、夏期の風の弱い日差しの強い日に発生しやすい。オキシダントと同義で使われることがある。粘膜を刺激する性質を持ち、植物を枯らすなどの被害を及ぼす。光化学オキシダントの高濃度汚染が起こるような状態のことを光化学スモッグとよぶ。
1950年ごろに米国・ロサンゼルスで、粘膜の刺激を訴える人が増え、また植物被害が生じる原因不明の大気汚染現象について研究解明が行われ、光化学反応によることが判明した。また、日本では1970年7月18日、東京都の高校生がグランドで運動中に胸が苦しいなどの症状を訴え、約40名の生徒が病院に運ばれ、同日に東京都などで数万人が目の刺激などを訴えたが、これは光化学オキシダント被害であったと考えられている。この頃から日本でも汚染や健康影響が発生するようになった。
環境基準は1時間値0.06ppm以下(窒素酸化物の影響を除いたもの)、注意報基準は 0.12ppmで、警報基準は0.4ppm。
環境省環境管理局「光化学オキシダント(Ox)」の測定状況(平成13年度の大気汚染状況 より)(PDFファイル)
環境省大気汚染物質広域監視システム「そらまめ君」 光化学オキシダントなどの常時監視時報値や、注意報・警報発令状況など

参考 「南九研時報」第40号(2003/7)

(平成15年8月16日執筆/同月末日編集了、文:久野武)