No.067
Issued: 2008.07.31
第67講 戦いすんで日が暮れて ―― 洞爺湖サミット終了!
大分県教育委員会の不祥事―ウチ社会の陥穽
Aさんセンセイ、大分県の教育委員会の採用試験で大揺れですね。あれじゃあ、学校の先生の信用なんてなくしちゃいますよね。
…(小さく)ま、アタシャ、はじめっからセンセイのこと信用してませんけどね。
H教授うん、2〜30年前まで一気に時代を遡った感じだな。
Aさんえ? 昔はあんなことがざらだったのですか。
H教授そうさ、今だって就職のとき縁故採用なんて話がよくあるだろう。
Aさんでも、それは民間企業の話です。お役所がそんなことしちゃあダメでしょう。
H教授だから役所はある意味、民間の鏡なんだってば【1】。
小さい市町村に行けば、縁故採用が当たり前だったし、国家公務員だって、人事院試験に合格することと省庁に採用されることは別だから、合格さえすればコネがある方が有利だったことは否めないだろう。
Aさんえ? そうなんですか。
H教授うん、人事院試験を受けて合格すれば、官庁訪問したりして、いろんな省庁に優先順位をつけて志望する権利ができる。一方、各省庁の方だって、面接などを行って、定員の枠内で選択することができる。
トータルで言えば、平成17年度の場合、I種試験の合格者は1674名だけど、採用者数は593名。つまり人事院試験に合格しても、行きたい省庁に行けるわけじゃないし、どの省庁からも採用されないということだっていっぱいある。
人事院試験の席次がよかったって、省庁の面接でどう考えたって非常識な人間だと思われたら、採用されないことだってあるのは当然だろう。
Aさんつまり各省庁は改めて採用試験をするわけじゃないから、コネが利くことだってあるわけですね。そんなあ…。センセイもそうだったんですか。
H教授今は基本的には成績順に採用しているらしいし、組織のためにも本当にいい人材を採用しようとしているらしいから、政治家の介入などはまずないだろうと思うけど、昔は結構あったらしいよ。
今だって外交官の息子は外交官になるケースが結構あるなんて言われているよね。李下に冠の喩もあるから、採用についても制度的に客観性・透明性をもっと担保し、本人に開示する必要はあると思うな。
もっとも総理大臣の息子だって人事院試験に合格されなければ採用されることはありえないし、人事院は独立性が高く、試験結果に手加減する余地はないだろうから、そういう意味では最低限の歯止めはかかっていたとはいえる。
でも市町村レベルになるともっと恣意的だったと思うよ。
残念ながらボクの場合、使うコネなんてなかった。「人事院試験の場合、席次まで開示されるから、とにかく合格するだけじゃなくて、いい席次で合格しなきゃあ採用は覚束ないぞ」ってハッパをかけられたくらいだった。
ボクは幸い造園職試験に合格し、厚生省に採用されたけど、ボクのときだって造園職試験の席次一番は採用されなかった。
Aさんえ、どうして? コネがなかったからですか。
H教授女性だったからだ。造園職を採用する省庁って、当時は厚生省か建設省しかなかったんだけど、レンジャーにしろ、都市公園の技術屋にしろ、女性の来る世界じゃないって認識だったんだろうな。
Aさんヒッドーイ。今だったら裁判沙汰ですね。
H教授環境庁になってからは、そういう女性差別はなくなったけどね。
ま、いずれにせよ、昔は国会議員の秘書だとか地方議員にとって、仕事の半分以上が、就職や入学の口利きと交通事故の揉み消しみたいなことだったなんて話も聞く。それを公然と本に書いている人だっているくらいだしね。
Aさんそういうのが、大分じゃまだ生きていたんだ。
あ、それとも、あれは氷山の一角で、大分だけじゃなくて、他にもまだいっぱいあるかもしれないということですか。
H教授昔にくらべれば大きく減ったことは間違いないだろうが、ないとはいえないと思うな。現に頼まれた県議に結果を知らせていた自治体が、ぞろぞろ出てきただろう。ホントにそれだけだったかって疑い出せば切りがない。
Aさんでも、なんでそういうことが通用するんですか。
H教授第21講で“ムラ”とか“シマ”という話をしたろう。ボクがかつて仕えたI先生は、それを一般化して「ウチ社会」と呼んでおられて、刺激的な論考をされている【2】。
役所とか会社とかいうのは、ひとつのウチ社会なんだけど、その中はまた入れ子のように小さいウチ社会の集まりで成り立っている。
ウチ社会にはそれぞれ独特のルールがあって、大分の教育界というウチ社会では、報道されたようなことがウチ社会の一員になり、また昇進していくための暗黙のルールだったんだろう。
他の県でもそうだった可能性は否定できないな。
Aさんそんなバカな。誰が考えてもおかしいじゃないですか。
でも、なんでそんな口利きが横行するんですか。
H教授口利きを受け入れた理由として考えられるのは、まずそれで県議なり、何なりに恩を売ることができる。具体的には県会などでいじめられなくて済む、あるいは予算要求なり組織定員要求なりのときに、応援団になってくれるかもしれない。
つまり、ウチ社会にとってメリットがあるんだ。
もう一つは、ウチ社会から反逆者を出さないようにするためということも考えられる。ウチ社会のルールは世間一般のルールとはかけ離れていることがある。それに反逆しようとしたり、ウチ社会から飛び出そうとするものも出てくるだろうけど、縁故採用の方が歯止めがかけやすいし、そういうウチ社会のルールに従順になるということがあるだろう。
民間で公然と縁故採用が行われるのも同じ理由じゃないか。
また事実、ペーパー秀才が実社会でも優秀だという保証は何もないからなあ。
Aさんそりゃあ、昔はそうだったかも知れないけど、今は時代が違いますよ。少なくともお役所の採用試験でそんなことが今も行われていたなんて…。
H教授それだけ教員社会というのが、閉鎖的だということだろう。
ウチ社会の中でも、とくに閉鎖性が強い社会、例えば警察だとか検察だとかいったところが怪しげなウラガネもどきのものに最後まで固執したのをみてもわかるだろう。第58講で取り上げた防衛省だってそうだ【3】。ことほどさように、ウチ社会システムは厳然として今もある。
それにボクはウチ社会で育った人間だから、ウチ社会システムって必ずしも悪いことばかりじゃないと思うし、大分の事件を叩いているマスコミにしたって、縁故入社が完全にないとはいえないと思うと複雑な思いもある。もちろん、今度の事件はさすがに時代錯誤も甚だしいと思うけどな。
Aさんそれとワタシたちの方だって、すぐなにかあると議員サンだとか有力者に口利きしてもらおうなどと考えるのがよくないですよね。
あ、そうだ、センセイ、アタシもぼちぼち就職活動をはじめようかと思うんですけど、どっかにコネないですか。
H教授ほら、言った尻からまたそれだ。ボクにそんなコネがあれば、まず息子に使ったかもしれないが、幸か不幸かまったくなかったし、今もない。
環境省にプロパー次官誕生
Aさんところで人事と言えば、環境省の人事異動で初のプロパー次官が誕生したそうですね。
H教授うん、環境庁一期生の西尾サンだ。他にも次官以下局長級の幹部をほぼプロパー勢が占めた。環境庁誕生から37年目になるのかな。でも逆に言うと、出身省庁に顔を利かすということができにくくなるから、仕事上はしんどいことが多くなるかもしれない。
あと、技官への配慮が目立った異動だった。
具体的には、次官級ということになっていて、初代は理工系技官が就いたことから「理工系技官の最高ポスト指定席じゃないか」と噂されていた地球環境審議官だったが、その後、事務官が就いていたんだ。これが今回、技官に戻った。
そして自然環境局長ポストは、自然系技官──つまりレンジャー──と事務官が交互に就いていたんだが、事務官局長が2代続いていた。これも、今回の異動でレンジャーが就任した。
Aさんセンセ、センセイ。そういうのって読者には興味も関心もないウチ社会の裏話ですよ。
H教授いや、そうでもないさ。これも前出のI先生に教えていただいたんだけど、例えば中国では理工系のバックグラウンドを持った人が閣僚の大半を占めている【4】。政官界でも産業界でもトップ層の大半が文系人間だなんて国は日本以外そうないと思うよ。理系離れを嘆く人が多いけど、その根っ子はこういうところにあるんだと思うよ。それがなぜかはI先生の論考が参考になる。また環境省の人的構成については第21講を再読してほしい【2】。
洞爺湖サミットを振り返る
Aさんハイハイ。さて今月の話題はなんですか。何といってもG8洞爺湖サミットをどう評価するかでしょう。
H教授その前に基本的なおさらいをしておこう。そもそもG8とはどんなものなんだい。
Aさん年1回開かれる、米英仏独日加伊露の8カ国の首脳会談、つまりサミットでしょう。
H教授うん、サミットとは75年に始まった西側諸国の経済協調のための首脳会議のことだ。
最初はロシア、カナダを除く6国で、翌年カナダが加わった。そして経済問題だけでなく環境問題なども話し合われるようになった。91年に東側陣営が自己崩壊してソ連が解体。98年にはロシアが加わって現在のG8体制になった。
ところでG7というのを知ってるか。
Aさんロシアが加わる前のサミットのことじゃないんですか。
H教授そういう使い方がされたこともないわけではない。
ただ、今でも“G7”は年3回開催されている。
これはG8からロシアを除いた主要七カ国の蔵相・中央銀行総裁会議のことで、国際金融問題だとか通貨問題がテーマだ。
混乱のもとだから、サミットのことをG8というのはやめた方がいい。
それに今回のサミットで明瞭になったのは、もはや8カ国だけではどうにもならなくなったということだろう。
来年のサミットはイタリアで開かれるが、8カ国ではなく、13カ国とか16カ国くらいにしなければいけないんじゃないかな。G8というのはいずれ死語になると思うよ。
事実、日本は反対しているが、サミット参加国を増やすべきだという意見がサミット首脳からも相次いでいる。
Aさんそういえば、洞爺湖サミットでも平行して多くの国が参加した会議がありましたね。
H教授うん、第一に言えることは、世界主要8カ国、G8だけで世界の今後を決めるのはますます不可能になったということだろう。
今回の洞爺湖サミットを見てみよう。サミットの首脳宣言では、「2050 GHG半減」ということを持って回った言い方ながら入れられたが、同時に開催された主要排出国会議(MEM)首脳宣言ではついに“50%”という文言は出てこなかった。
AさんMEMってなんでしたっけ。
H教授MEMはMajor Economies Meetingの略で、日本では主要排出国会議と訳しているけど、直訳すると主要経済国会議になる。もともとは英名でも主要排出国会議の名称にしようと思ったらしいが、途上国の反対で、主要経済国会議になったとのことだ。
米国主導で昨年からはじまった、G8+インド、中国、メキシコ、南アフリカ、ブラジルの新興5カ国+豪州、韓国、インドネシアの16カ国よりなる会議のことだ。
米国の思い通りにはならず、独自に前日開催された新興五カ国の共同声明では、先進国は2050年までに80〜95%カットすべきだと言い放った。
今回の洞爺湖サミットで明らかになったことは、サミットの首脳宣言でも食糧危機や原油価格高騰に対してこれという解決策は提示されなかったことだ。世界はますます多極化していて、8カ国のサミットという枠組自体の有効性が問われるようになっている。
これからは温暖化問題でも、サミットよりも、このMEMの方が主役になるんじゃないかな。米国の意図とは異なる効果をもたらしたといっていいだろう。
Aさんでもサミットって一回だけかと思ったら、環境大臣会合とか財務大臣会合とか、エネルギー担当相会議だとか、いろんな会議をやるんですね。なんだかお祭りみたい。
H教授うん、そのお祭りにかける費用も莫大なものだし、それに伴う環境負荷もバカにできない。それに見合うだけの効果があったかどうか、というところで評価が分かれるんだろう。
それと今回のサミットの特徴はEU vs 米国 vs 途上国 といったお馴染みの対立構造だけじゃなくて、米仏日 vs ドイツという新たな対立軸が顕在化したことだ。
Aさん原発問題ですね。
H教授うん、仏は原発大国で、技術の蓄積も大きく、温暖化対策で原発ということになれば、経済的なメリットも大きく、原発こそが温暖化対策の鍵だと意気込んでいる。米国もブッシュ政権になってからは原発回帰が進んでいるし、日本はもともと原発をひとつの温暖化対策と位置づけている。英国でも原発再評価の動きがあるそうだ。
一方、同じEUでも、ドイツはチェルノブイルのこともあり、いまだ反原発脱原発の旗を降ろしておらず、省エネ技術+自然エネルギーでなんとかしていこうという構えを崩していないんだ。
Aさんで、結局、どうなったんですか。
H教授首脳宣言では、「気候変動の対応策の一つとして原子力計画に関心を示す国が増加している」旨の客観的な記述が入っただけで終わった。
こういう場合は玉虫色の表現にするか、価値判断を加えない客観的な状況を述べるにとどめるのが万国共通のルールなんだろう。
Aさんあとは食糧危機との関係でバイオ燃料についても議論があったそうですね。
H教授うん、だけどブッシュ政権はバイオ燃料推進路線を崩していないし、EUだってある意味そうだから、ほとんど何も方針めいたことを決められないまま終わり、途上国からは批判があがった。ただ、新興国でもブラジルなんかはバイオ燃料まっしぐらだしな。
Aさんで、結局「2050 GHG半減」については、温暖化対策にネガティブなブッシュさんの許容し得るぎりぎりの持って回った言い方だけど、サミットの首脳宣言に何とか盛り込めました。でも、MEM首脳宣言では長期目標を共有することを言っただけで、数値目標については触れずじまいだったわけですね。
H教授うん、ただ中期目標については「先進国は野心的な中期の国別総量目標を掲げ実施する」ということまでは、サミット首脳宣言に謳い込めたから、まあ、これが成果と言えば成果かな。
Aさんでも、中期の国別総量目標について、数値目標を首脳宣言に盛り込むことをEUは主張したんでしょう。
H教授そりゃあそうだけど、そんなことができっこないことは重々承知の上のパフォーマンスに過ぎない。ブッシュ政権が飲むわけがないし、第一、議長国の日本自体が中期目標についての国内調整ができてないんだから、首脳宣言に盛り込むなんてできるはずがない。
Aさんそういえば、サミットって、首脳がぶっつけ本番で会議していろんなことを決めるんだと思ってたけど、実際には半年も前からいろんな調整をしているんですね。
H教授そりゃそうさ。当たり前じゃないか。
各国首脳の代理人のような役割をするシェルパと言われる人がいて、何度も何度も会議をするんだ。福田サンのシェルパは外務省の審議官だった。
シェルパが各省の意見を集約し、官邸とも調整した上でシェルパ会議に臨むらしい。「2050 GHG半減」については、ギリギリまで米国が抵抗したとのことだ。で、本番までもつれ込んで、ようやく妥協点が見出せたんだけど、そのおかげで、きわめてわかりにくい、持って回った言い方になったんだ。
サミット直後にも、ブッシュ政権は温室効果ガスの排出規制を命じた連邦最高裁判決を拒否したし、一方ではガソリン高騰への対応策として、環境対策の一環として沿岸での石油開発を禁じた大統領令を18年ぶりに解除するなど、相変わらずの温暖化対策不感症ぶりを発揮している。
ま、でもあと半年の辛抱だ。米国はガラッと変わるよ。福田サンもそれがわかっているからこそ、それなりにがんばったんだと思うよ。
ポスト洞爺湖雑談
Aさんそういえばガソリン高騰はひどいですねえ。そのうちリッター200円になるんじゃないですか。漁民が悲鳴を上げているそうですね。
H教授この高騰は原油の枯渇というよりは、投機マネーが流入しているからだろう。
サミットでも、解決に向けて、これという手立ては見出せなかったようだ。こういう国際的なカネの流れに関しては、規制するというよりは、高い地球環境税のようなものを課してカネの流れを抑制するとともに、その税収をプールして国際基金にすべきだと思うよ。
一方じゃあ、クルマの使用が減ったり、小型車へのシフトが進んでいるという話もある。
クルマ社会依存の構造を直すチャンスだと思うけどなあ。
Aさん福田サンはサミットも終わって──残念ながら支持率アップにはならなかったようですが──、先週一週間は夏休みを取られてたんでしょう。内閣改造のことを考えられてたのかも知れませんが、人気取りの政策でなく、そういう30年・50年先を見据えたこの国のあり方もじっくり考えておられたのなら嬉しいですね。
H教授ほう、いいこと言うなあ、で、キミは夏休みはどうするんだ。
Aさん(きっぱりと)決まってます。海へ行って彼氏を見つけてきます。
第66講のさまざまな話題のフォロー
H教授やれやれ。さあ、あと前講で取り上げたことについて、いくつか補足しておこう。
まずは温暖化対策からだ。「国内排出量取引制度と都内排出量取引制度」で取り上げた、東京都のCO2規制・排出量取引・CDMだけど、東京都のCO2の大発生源って、どんなところだと思う。
Aさんんーと、どんな大工場があるんでしょう。ちょっと思い付きませんが…。
H教授ぼくもびっくりしたんだけど、上位には、いわゆる工場なんてほとんどないんだ。
サンシャインシティだとかNHKだとか六本木ヒルズだとかで、トップはなんと東大だそうだ。いわゆる工場などは都内から追い出してきたからな。
Aさんはあん、だから経団連なんかも徹底抗戦しなかったんですね。
H教授だけどCO2の排出に関しては、産業部門よりもオフィスや民生・運輸部門の排出量が増えているんだ。だからこそ、やらなきゃいけないことだとも言える。
やはり1000万都市が不夜城だなんて異常だよ。
Aさんということは、霞ヶ関の大省庁や合同庁舎なんかも規制の対象になるんですね。いいことじゃないですか。
H教授うーん、どうなんだろう。
Aさんそれから「捕鯨小論」で取り上げたグリーンピースジャパンの鯨肉告発事件、センセイは不起訴にしろというご意見でしたが、やはり窃盗ということで起訴されたそうです。
H教授確信犯で、まったく改悛の情がみられないのでそうしたんだろう。だけど、国際感覚のない愚かな判断だと思うよ。
確かに外形的事実からすれば窃盗といえば窃盗だが、被害額だって微々たるものだし、初犯だし…。起訴すりゃあ、国際的に物議を醸すだけだのになあ。
Aさんそれから「諫早干拓で原告勝訴」の続きですが、やはりセンセイの予想通り、国は控訴したそうです。
H教授ただ、一方では水門の開門調査が可能かどうかの環境アセスメントを実施するそうだ。
Aさんへえ、なんでまた。環境省がそんな主張をしたわけですか。
H教授いや、新聞情報だけど、農水省と官邸は即時控訴すべしという意見だったけど、鳩山法務大臣が控訴すべきじゃないと頑強に主張した結果らしい。
Aさんへえ、法務省がまたなんで?
回想―ビートルズプラン
H教授いや法務省というよりは、鳩山サン個人が頑張ったということのようだ。なんせ、あの大臣は蝶マニア、生物愛好家として有名なんだ。生物の宝庫である干潟を潰して干拓するなどもってのほかだと以前から思っていたんじゃないかな。
もう30年も前になるけど、ぼくが自然保護局にいるとき、「ビートルズプラン」という提言をつくるためのプロジェクトチームを作ったことがあって、ボクがそのリーダーをやらされたんだけど、そのとき、ちょっとだけ鳩山サンとかかわりがあった。
Aさんビートルズプラン? なんですか、それ。
H教授都会に蝶やホタルやカブトムシなどの小動物の生息する環境を取り戻す計画だ。
今の言葉で言えば、ビオトープを都会に造ろうという提言だった。当時はビオトープなんていう言葉はまだ使われていない時代だったけど。
街づくりにそういう視点を盛り込むことを目指してレポートを書いたんだ。
Aさんだって、そんなの環境省──あ、当時は環境庁か──の所掌外だったんでしょう。
H教授今なら都市内の自然についても環境省が関与しているけど、当時は、都会の中の自然のことは環境庁の所掌外だった。だから一般論だけじゃなく、そのモデルプランとして環境庁の所管の新宿御苑の改造計画も併せて提案したんだ。これを新聞発表したら、即座に当時若手代議士だった鳩山サンから呼びつけられたんだ。
一体何ごとだろうと思い、鳩山サンのことを調べてみたら、蝶マニアらしいということがわかった。そこで、同じプロジェクトメンバーのレンジャー仲間で、蝶に一番詳しいSくんに同行してもらって、議員会館に行ったんだ。
鳩山サンとSくんの間で蝶に関するマニアックな議論がひとしきりあった。あとでSくんに聞いたら、本物の蝶マニアで歯が立たなかったと言ってた。
Aさんセンセイの「石」みたいなものですね。
H教授もっと本格的なんじゃないかなあ。驚いたよ、ふたりの会話を聞いててもチンプンカンプンだったもの。まるで唐人の寝言を聞いているようだった。
Aさんで、鳩山サンの用件はなんだったんですか。
H教授素晴らしいプランだからぜひ実現してくれ、どんな協力でもするからと熱烈なエールを送られたんだ。
Aさんで、そのビートルズプランは実現したんですか。
H教授新宿御苑を管理していたのは別の課で、そこの協力が得られなかったから、予算要求もできないまま、ぽしゃっちゃった。
でも後年、京都御苑では、その発想を入れて管理することにしたそうだし、新宿御苑の一部にもそういう場所が造られたから、まったく意味がなかったわけじゃない。
つまり、ただの草っぱらや雑木林、水辺を再評価し、できるだけ保全復元に努めるとともに、その管理は粗放なものでいい、小動物が棲めるような環境を造ろうというような内容だったから、生物多様性だとか自然再生事業の先駆けという評価だって可能だと思うよ。
Aさんセンセイがそのリーダーだったということは、言い出しっぺだったわけですか。
H教授いや当時のN課長──いまは故人だけど──の発案で、無理矢理リーダーをやらされたんだ。
Aさんでしょうねえ、センセイなら同じ蝶でも、「夜の蝶」の方でしょう。
H教授う、うるさい。夜の蝶なんて、ボクにはまったく無関係だ。…そりゃあ、興味がないわけじゃあなかったけど、まったくカネがなかったから縁もなかった。
Aさん(小さく)オカネさえあれば夜の蝶にいったわけだ。
ま、組織と関係なく、そういうトップの私的な思いが、組織としての公的な意見形成につながることがあるんですねえ。
H教授うん、よいかどうかは別にして、そういうケースがまったくないわけじゃあない。
石垣空港白保沖案をつぶした【5】のも、本来推進すべき立場の運輸大臣だった石原(慎太郎)サンの個人的な思いだったからなあ。小笠原空港の父島中央部案【6】も都知事だった石原サンがダメだと言ったらしい。
ま、いずれにせよ、ボクのような常識人には到底できないけどねえ。
Aさんセンセイ、そういう私的な思いと公的な立場の矛盾を感じられたことはあるんですか。
H教授例えば国立公園に道路を作るのを認めざるを得ない場合、道路の法面には緑化をやらせるんだ。緑化が不可能な場合には大概モルタルを吹き付ける。
だけど、個人的には道路をどうしても作らざるを得ないのなら、その法面は緑化したりモルタル吹きつけなどせずに、地層だとか、岩石だとかを学ぶための地学教材用にそのままにしておけばいいと思うんだけど、公的にはそんなこと到底言えなかった。
Aさんぷっ、“地学教材用”じゃなくて、“鉱物採集用”でしょう。
「とりまとめ予算」の謎
Aさんところでセンセイ、今頃各省は予算要求作業中なんでしょう。環境省予算は環境省のホームページをみればすぐわかりますけど、他省庁分を含めての環境保全のための全体予算って一体いくらあるんですか。
H教授うーん、それは難しい。
ま、一応、環境省予算の今年度2240億円は環境保全予算と言ってもいいだろうけど、他省庁の予算の場合、どうカウントするかだよね。
主目的は別だけど、副次的な目的として環境保全を挙げている予算が結構あるし、環境保全を目的としてはいないが、結果的に環境保全に寄与する予算もいっぱいある。執行に当たって環境保全に配慮しなければいけない予算なんかも含めれば、あっという間に10兆円はいってしまうだろう。
それらをどう見るかで、結果は大きく違ってくる。
一応は環境省がとりまとめた環境保全経費というのがあって、白書でその結果は出している。今年度2兆2千億円で、環境省予算の約十倍だ。それはべらぼうに高く見積もりすぎという見方もできれば、圧倒的に少なすぎるという見方も可能だ。
たとえば、原発立地促進予算は環境保全予算に入れるか入れないか、見方はさまざまだろう。以前は入れていたんだけど、批判も強くて、最近の白書では入れて計算した場合と入れない場合と両方の試算を載せている。2兆2千億円というのは入れた方のケースじゃなかったかな。
ま、どっちにしても他省庁の予算なんて、環境省がどうこう指図できるわけでもないからなあ。
Aさんふうん、環境省予算の10倍ですか。でも聞いてみると伸縮自在みたいだから、なんだか、インチキくさあい。
H教授何言ってるんだ。こういう「取りまとめ予算」はもっと極端なケースだってある。
これはボクの友人の話だけど、あるネット掲示板に「たかが男女共同参画のために防衛費や公共事業よりも多い9兆円も注ぎ込み、サヨクやフェミニストの食い物にされている」という書き込みがあったそうだ。
一時、テレビのお笑い番組や週刊誌でも同じようなことが言われていたことがあったんだね。それを真に受けているんだ。
Aさんそんなバカなことあるわけないでしょう。
H教授で、その友人が調べたところ、内閣府の男女共同参画局のとりまとめた予算は、一番多い年度では11兆円近くもあり、20年度は6兆円弱だったんだ。
で、その中身はというと、かつては厚生労働省予算である老齢年金国庫負担金5兆円が入っていたんだ。最近はいくらなんでもというので、さすがに年金の5兆円は外したんだ。だから、予算はがらっと減ったんだけど、それでもこの中には厚生労働省の介護予算の2兆円が丸々入っているんだ。
要は典型的な「とりまとめ予算」なんだ。「風が吹けば桶屋が儲かる」式の屁理屈でもって、男女共同参画に資すると強弁し得る予算を片っ端からただ列挙しただけの話。
Aさんばっかばかしい。
で、その男女共同参画局自体が所掌している予算、つまり男女共同参画を主目的にした予算はいくらなんですか。
H教授数億円。つまり99.99%が人の褌なんだ。こういう調子で取りまとめていけば、格差是正予算だって、メタボ対策予算だって、地震対策予算だって、すぐに10兆円ぐらいにはなってしまうだろう。
ところが、その旨を懇切丁寧に説明して、その掲示板に投稿したんだけど、頑として聞く耳を持たず、相変わらず「何兆円もたかが男女共同参画のために費やしている」を繰り返しているらしい。世の中にはまったく対話不可能な人がいるもんだと呆れていたよ。
Aさんそうかもしれませんねえ、アタシだって、対話したくても対話不可能な男性がいますもんねえ。
H教授それは意味が違うだろう! キミの場合は、相手にしてもらえないだけじゃないか。
ま、来年度予算はそれなりに低炭素社会に配慮した予算になると思うよ。だけどカネじゃないんだ。システムなんだ。税制などのシステムさえ変えれば、カネがなくても低炭素社会は可能だと思うよ。
Aさん出ました! 持論ですね。でもシステムの意味がわからないわ…。
ところで、いよいよオリンピックですね。日本はいい成績とれるかしら。頑張ってほしいですね。
H教授オリンピックにせよ、高校野球にせよ、何でこんな真夏にするんだ。
選手のコンディションだってよくないだろうし、観客だって熱中症で倒れる人が出てくる。テレビやエアコン等による環境負荷もすさまじいものがあるだろう。
こんなの開催時期を2ケ月ずらすだけで、だいぶ変わると思うぞ。これがボクのいうシステムを変えるという一つの例だ。どうだ、カネなんてかからないだろう。
Aさん…。
注釈
- 【1】役所は社会を写す鏡
- 第24講「脱線 ―ウラガネ考」
- 【2】“ムラ”・“シマ”と、I先生の「ウチ社会」論
- 第21講「環境行政の人的側面」
- 【3】防衛省問題
- 第58講「防衛省を解体せよ」
- 【4】日本社会と諸外国の理工系出身者の存在感
- 「行政技官にみる日本社会の理系」より
- 【5】石垣空港白保沖計画案
- 第17講「新石垣空港をめぐって」
- 【6】小笠原空港案
- 第37講「空港、食う幸」
第64講「小笠原の旅」
この記事についてのご意見・ご感想をお寄せ下さい。今後の参考にさせていただきます。
なお、いただいたご意見は、氏名等を特定しない形で抜粋・紹介する場合もあります。あらかじめご了承下さい。
(平成20年7月28日執筆、同年7月末編集了)
註:本講の見解は環境省およびEICの見解とはまったく関係ありません。また、本講で用いた情報は朝日新聞と「エネルギーと環境」(週刊)に多くを負っています。
※掲載記事の内容や意見等はすべて執筆者個人に属し、EICネットまたは一般財団法人環境イノベーション情報機構の公式見解を示すものではありません。