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H教授の環境行政時評環境庁(当時)の職員から大学教授へと華麗な転身を果たしたH教授が、環境にかかわる内外のタイムリーなできごとを環境行政マンとして過ごしてきた経験に即して解説します。

No.017

Issued: 2004.06.03

第17講 SEAの必要性・可能性 付:S湾アセス秘話

目次
新石垣空港をめぐって
SEAと立地地点選定
S湾巨大開発計画の顛末
石油備蓄アセスの思い出
アセスの結末

Aさんセンセイ、先月もいろんなことありましたねえ。

H教授そうだなあ。イラク駐留軍兵士によるイラク人捕虜虐待問題が明るみに出たし、日本では年金の未納・未加入が、総理から各党の党首まで続々露見。それから目をそらすためかどうか知らないけど、総理があたふたと訪朝し、拉致被害者の家族が帰国した。コイズミさんに言いたいことはいっぱいあるけど、訪朝に関しては一歩前進と素直に評価しているよ。
ま、それは別にして、あれやこれやで環境問題が霞んでしまった感があるね。


Aさんこれからもいろいろありそうですねえ。暑い夏になるんじゃないですか。

新石垣空港をめぐって

H教授もう暑いよ、すっかり夏だ。キミ、夏休みはどうするんだい。

Aさん石垣島へ行ってきます。サンゴ礁を見てこなくっちゃ。で、日夜ガイドブックと首っ引きです。

H教授研究かい、それとも観光? ひとりで? まさかカップルでじゃないよな。


Aさん詮索しないでください! プライバシーの侵害ですよ。
そういえば新聞で読んだんですけど、新石垣空港のアセスで空港予定地に貴重なコウモリのいる洞窟が見つかったそうですねえ。どうなるんでしょうか。

H教授さあ、ボクも新聞情報以上は知らない。
大体、石垣島はいたるところが隆起サンゴ礁だから、鍾乳洞が方々にあって不思議はないし、鍾乳洞にはコウモリがつきものだ。
だけど、新石垣空港はホント呪われたみたいにいろんな問題がつづくねえ。

Aさんそんなにいろいろあったんですか。

H教授ああ、もともと現空港ではジェットが就航できないというんで、話が持ち上がった。もう30年も前の話だ。

Aさん拡張はできなかったんですか。

H教授石垣市に近くて優良農地をつぶすのに住民が反対するとかなんとかいう理由で、できないということだったけど、ホントのところは用地交渉など厄介な交渉事を避けたというのが真相じゃないかと思うよ。
で、白保という海岸の沖合いに出島方式でつくると決めちゃった。昭和54年のことだ。
抜き打ちで知らされた白保住民は反対したけど、強行突破。もともと白保の人たちは離島からきたらしく、海岸に住んで漁業を営んではいたけど、漁業権そのものは持っていなかった。ま、一種の差別構造があったのかもしれない。厄介な用地買収はないというので、さっさと漁業補償まで終え、高まる反対運動のなかでアセスメント調査も実施。
ところが予定地は保護地域ではなかったんだけど、大規模なアオサンゴの群集があるなど、世界屈指のみごとなサンゴ礁だったんだ。


Aさんへえ、で、環境省 ―あ、当時はまだ環境庁でしたね― は、どうしたんです?

H教授アセスの不備を指摘し、位置をずらし、滑走路延長も短くさせた。アセス結果で大幅な変更を行わせた稀有な例だ。これが昭和末期の話。

Aさんそれがどうして?

H教授それでも反対運動は収まらず、IUCN(国際自然保護連合)総会で反対決議がなされるなど、国際的な問題になった。しかも、時の運輸大臣が「認められない」と発言するなどして、結局、平成に入って白保海上案自体、撤回せざるをえなくなっちゃった。
そこから候補地が二転三転、しかも環境問題だけでなく、土地転がし疑惑が囁かれるなどして、ようやく現在の候補地に固まったという経緯がある。

Aさんこのことから何を学べばいいんですか。

SEAと立地地点選定

H教授戦略的アセス(SEA)というか総合アセスというか、候補地探しの時点からの情報公開と市民参加の重要性だね。
空港建設が物理的に可能な地点をすべてマッピングし、一方では環境面などで絶対に避けるところ、最大限の環境対策を行うという前提で容認できるところをマッピングする。それを重ね合わせて公表し、島民すべての参加のもとで議論することからスタートすべきだったと思うよ。

AさんでもNIMBY(not in my back yard)ってよく言われるでしょう。そんなことしたら決らないってことだって考えられますよ。

H教授迷惑をこうむる地域の人たちへの優遇措置とバーターすることでなんとかなったかもしれないじゃないか。
それにそもそも高い税金を使ってホントに空港をつくる必要があるのかということだって議論の価値はあると思うよ。
だって、いまだって東京、大阪からの直行便が結構あって、今日までやってこれたんだもの。
とはいえ、今の滑走路では短いのか、石垣空港に着陸するときはいつも座席からずり落ちそうなくらいの急ブレーキがかかるよね。キミも石垣島に行くなら、その辺、よく気をつけてみるんだな。


Aさんなるほどねえ、いまのアセスメントの限界が露呈したといえそうですね。で、センセイはこのアセスに係わったんですか。

H教授いや、まったくない。耳学問と憶測。だからボクの独断、偏見かもしれないってあらかじめ断っておくよ。

Aさんそんな無責任なあ。センセイ、現役時代、アセスというか大規模開発案件でなにか係わったものはほかにないんですか。

S湾巨大開発計画の顛末

H教授そうだなあ、もう20年も前の話、ボクがある県の環境部局にいるとき、S湾の石油備蓄基地のアセスに関わったことがある。

AさんS湾?

H教授これも長い歴史があってねえ。
S湾の海岸は日本有数の長大な砂浜で、国定公園になっている。
県はその砂浜を全面的に埋め立てて、コンビナートにするというとんでもないプロジェクトを昭和43年に県のビジョンとして出したんだけど、昭和46年、このプロジェクトを中核とする「新O開発計画第一次試案」というのを発表した。
地元は推進派、反対派に二分、地元のみならず、全国的な大問題になった。反対派のリーダーが言った「スモッグの下でのビフテキより、青空の下でのお握りを」が流行語になったほどだ。
北の「むつ小川原」(青森県東北部)とならび全国の世論を二分したといっていいだろう。


Aさんへえ、知らないなあ。

H教授あーあ、昭和は遠くになりにけりだな。
新O開発計画の目玉である、S湾を埋め立て大コンビナートにするという計画には、S湾一帯が国定公園でもあったため、環境庁(当時)も難色を示した。そのため一次試案は廃案になった。その後、計画は縮小を重ね、新O開発計画は昭和55年県の計画として決定したけど、国レベルではオーソライズされることなく、事実上凍結されて、2つの具体的なプロジェクトが残った。
つまり、県が新O開発計画の一環とみなそうがみなすまいが、環境庁はこれら2つのプロジェクトを新O開発計画とは係わりないものとして審査するとして、まず北端の港湾整備についてOKした。

石油備蓄アセスの思い出

H教授そして、もうひとつが、南端の漁港付近での石油備蓄基地構想で、これをどうするかが焦点になった。
結局、海浜埋立てでなく、出島方式を県が提案。昭和57年、それを環境庁が「検討に値する」と言明することにより、事実上のゴーサインが出たんだ。

Aさんへえ、もうひとつの「むつ小川原」はどうなったんですか


H教授「むつ小川原」は国定公園でなかったせいもあり、強い反対を押し切って計画を決定し、膨大な工業用地を造成した。だが、その後の経済情勢の変化で立地企業は数えるほどで、いまやペンペン草が生え、膨大な借金だけが残った。
いま、使用済み核燃料サイクルをどうするかが大議論になっていて、いずれ、この話もとりあげたいと思っているんだけど、この再処理工場が建設中だ。
ま、いずれにしても、当初計画どおりだったら、S湾も同じ轍を踏むことになっただろうな。

Aさんで、センセイはどうかかわったんですか。

H教授ボクが県の環境部局に着任した昭和59年当時、さっきも言ったように、もう実質的なゴーサインは出ていたのでアセスが行われていた。
日本型システムでは実質的なゴーサインが出てはじめて環境アセスにかかるんだ。アセス法ができたとはいえ、この構造は今日でも基本的には変わってないね。だからこそ、SEAが求められているんだ。

Aさんそのアセスというのは、いわゆる「閣議アセス」ですね。

H教授ちがう、ちがう、個別法 ―即ち、公有水面埋立法にもとづくアセスだ。
公有水面埋立法では、事業主体である県知事が環境アセスメントを行ったうえで、免許権者である県知事に免許出願を行う。免許権者たる知事は免許をおろすに際しては運輸大臣(当時)の認可が必要となる。認可申請を受けた運輸大臣は規模の大きいものは認可前に環境庁長官(当時)の意見を聞くということになっている。そして、ボクがかかわったときは、ちょうど環境庁長官の意見を聞く段階に入っていたんだ。

Aさん運輸大臣、つまり現・国土交通大臣が、環境庁長官、今でいう環境大臣とトップ会談を行なって、意見を聞くわけですか?

H教授なにを小学生みたいなことを言ってるんだ(笑)。
長官の意見を聞くということは具体的にいうと、アセスメント結果、つまり「アセス図書」の内容を環境庁の審査官(課長補佐クラスで、窓口課の他、各局にいる)が逐一チェックして、さまざまな質問を運輸省に投げかけるんだ。
第一次質問では通常数百問に及ぶ。運輸省はそれに逐一回答するんだけど、ボクがかかわったときは、実際に回答案を作成するのは事業・計画主体すなわち県の企画・開発部局で、運輸省の担当はまるでメッセンジャーボーイのようだったな。
その回答に対してまた環境庁側が質問するという形で、通常、第三次質問・回答ぐらいで事務的には手打ちになる。
この質問・回答は非公式なメモの往復で、ふつうは2、3ヶ月かかるんだ。


Aさんそんなことになんの意味があるんですか。もうゴーサインが事実上出てるんでしょう?

H教授そんなことはないよ。これは単純に疑問な点を聞くというだけでなく、公式には出てこない詳細な環境保全上の対策の言質をとっておくという意味があるんだ。
で、それが終わると、最後に環境庁長官名の公文で、環境保全上の注文を「意見」として述べ、運輸省はその「意見」の内容を条件として県に認可を行うんだ。

Aさんじゃ、センセイは県、すなわち開発サイドに立って、その回答を書いたんですか。

H教授ちがうよ、回答案を書くのは企画・開発部局だよ。環境部局は企画・開発部局から要請があれば助言程度はするけれど、基本的にはノータッチのはずだった。
でもねえ、どこからか―たぶん、環境庁の方からだと思うけど、県の環境局長に非公式な要請があったらしい。ボクにこの件で、企画・開発部局とのパイプ役になってくれというんだ。
一次質問に対する回答が出てきたが、環境庁としては、環境保全の面から、とても話にならない回答ばかりで、これでは到底前に進めない。質問の隠された意味を読み取り、それなりに環境庁の意向を汲んだ回答で、質問―回答を絞り込んでいかないと、いつまで経ってもケリが付かないというんだ。

アセスの結末

H教授だから、やむなく、ボクはほとんど東京に張り付き、環境庁と県の企画・開発部局との隠れたパイプ役に徹せねばならなかった。

Aさんへえ、じゃあ随分と企画・開発部局に恩を売ったんじゃないですか。

H教授冗談じゃないよ。ボクが持って帰る情報をうさんくさげに扱うだけで、最初はほとんど無視。いやあ、辛かったなあ。
で、環境庁がこんな回答ならいつまで経っても前進しないと一喝。それからようやく、企画・開発部局でも、ボクの情報をまともに受け止めてくれるようになった。


Aさんよかったじゃないですか。

H教授ところが一難去ってまた一難。
最終決着へ向けて予定通り進み始めたところに、運輸大臣への環境庁長官意見の提出をなにがなんでも1ヶ月早めろという知事の、―というより知事の名を騙ったと思われる指示が、企画部局から突然下されたんだ。
で、その理由がどう考えても手前勝手過ぎて、環境庁サイドを納得させうる正当な理由がない。
企画部局が自分たちにゆとりを持たせようとして相当サバを読んだ可能性も強いんだ。
知事に直訴しようにもシャットアウトされる。
案の定、環境庁はカンカンさ。
それやこれやで、県の企画・開発部局との軋轢も絶えないし、とくに企画部局は情報を秘匿するだけでなく、平気で見え透いたうそをつくんだもん、胃の痛む思いだったよ。

Aさんへえ、カエルのおしっこをかけられても平気そうなセンセイがそう言うんだから大変だったですね。

H教授キミ、一言多いぞ。ま、それでも環境庁サイドもしぶしぶスピードアップに協力してくれ、なんとか目鼻が付きそうになった。
第二次質問の頃から環境庁の意図が見えてきたんだ。
環境庁はなんとか備蓄基地でS湾開発を打ち止めにするという言質をとりたかった。だから、第二次質問でS湾の海浜は自然環境保全上重要であること、そのため備蓄基地は環境保全に留意した設計で環境破壊を最小限にとどめること、といった回答を誘導していったんだ。
だが、その意図に県の企画・開発部局は気がついていない。


Aさんオモシローイ。で、最後はどうなったんですか。

H教授第三次質問が出た。
ただ、一問。「前回回答の...、...を総合すれば、S湾でこれ以上の埋立は自然環境保全上容認できないと解してよいか」だった。
県側の設定したタイムリミット前夜なんだ。イエスの答えでないとタイムリミットをオーバーしてしまい、知事が恥をかくことになってしまう。
ところで、県では備蓄基地は縮小した新O開発計画の一部であるというのが公式見解だったし、とくに企画部局はその看板を絶対に下ろせない立場にあったんだ。
しかし、新O開発計画は前知事時代のもので、現知事にさしたる思い入れはなく、時期未定ながら備蓄基地につづくとされていた巨大コンビナートはあきらめようとしているのではないかというのが環境庁の読みだった。
で、なんとかその本心をひきずり出したかったんだよ。

Aさんへえ、企画・開発部局はあわてたでしょうねえ。

H教授もちろんさ。内々にボクに打診してきた企画・開発部局の回答案は意味不明で、こんなものでは環境庁は到底飲まないと突っぱねた。
深夜になってしまったが、環境庁の担当者と長電話で、ギリギリの接点を見つけるため意見交換した。その結果、用意した回答案は「基本的には貴見のとおりである。環境保全目標の達成を困難にするような巨大な構築物のこれ以上の出現は極力避けるべきであると考える」だった。
「基本的には」「環境保全目標の達成を困難にするような」「極力」とかのような微妙な形容詞を方々にまぶしているので、環境庁サイドにはまだ異論が出るかも知れないが、なんとかこれで了解が得られるという感触だったんだ。
さっそく県で待機している上司に電話し、この回答案が環境庁が飲めるぎりぎりの案であると伝えた。上司はすぐに企画部局と談判。絶対飲めないという企画・開発部局に対し、「これが飲めないならタイムリミットを越してしまうし、環境部局は手を引く。あとはお得意の空中戦でもなんでもやってくれ」と恫喝した。

Aさん空中戦?

H教授有力政治家を使いごり押しすることさ。
これをやられると環境庁の事務方の反発はすさまじく、「江戸の敵を長崎で」となって、他の事業等に影響するのが必至だ。県の環境部局としては、これだけは避けたいんだ。
逆にいうとごちゃごちゃ言ってると空中戦に持ち込むぞ というのが企画・開発部局の環境部局へのこれまでの脅しだったんだよ。
で、ついにこの案で企画・開発部局は反対のまま、御前会議にかけられることになった。御前会議とは知事を含めた県の最高幹部会議の俗称だ。
知事は苦虫をかみつぶしたような顔で、じっと考え込み、ついにゴーの断を下したらしいんだ。
その報告を受けたとき、すべてが終わったとばかりに爆睡したよ。


Aさんどうだったですか、そのときの気分は

H教授いやあ、あのときばかりは県と環境庁の板挟みでなく、ふたつの巨大組織の双方を操り、手玉にとったかの快感を感じたよ。昔のロシアでツアーリとエスエル(ロシア社会革命党)の二重スパイだったアゼーフの気持ちが少し理解できたような気がした。
それになにより、知事の威光を笠にきた企画・開発部局に一泡吹かせたのが痛快だった。
これで予定通り埋立免許を取得し、無理難題をクリアーしたんだけど、その後の企画・開発部局が担当する立地決定だとか会社設立だとかのスケジュールは1ヶ月ずれこんだ。それでもなんとかなったんだ。やはりサバを読んでいたのさ。ひどいもんだよ。


Aさんそうか、アセスというのは「汗す」なんですね。でもその汗を流した苦労になにか意味があったんですか。

H教授キミもきついことをいうなあ。
こうした環境部局の影の努力と苦労を知る人は少ないし、それに 巨大な人工島が忽然と出現したことは、どう言い繕おうとも、自然環境保全上マイナスであることは言うまでもない。
工事中こそある程度地元は潤ったかも知れないが、備蓄基地の性格上、完成したいまとなっては、雇用力も知れたもので、地域振興の切り札にはならず、過疎化の傾向は依然としてつづいていることだろう。一体なんのために ─という疑問は消えないけど、しかしわが環境部局が奮闘しなかったら、もっとひどいことになっただろうとわが身を慰めるしかないじゃないか。


Aさん自己満足ですね。で、備蓄基地はどうなったんですか。

H教授ああ、去年みてきたら、できあがっていたよ。
でも愕然としたのは、高いカネをかけて水理模型実験を行なって、対岸の砂浜には影響がないというアセス結果だったんだけど、すっかり砂浜は痩せ細っていた。やっぱり自然ってのは一筋縄じゃいかないねえ。

Aさんで、いまでもアセスのときは同じようなやり方なんですか。

H教授さあ、どうだろう。それより石垣に行ったら、いままでの空港候補地を見てきたら?
百聞は一見にしかずっていうぜ。

Aさんうーん、カレがなんて言うか。

H教授やっぱりカレシと行くんだな。
きちんと予測・評価、つまりアセスをしたのか? こんどは泣かされるなよ。

Aさんもうセンセイのバカッ。
それより今回はちょっとも環境行政時評じゃないじゃないですか。昔話ばっかりで。

H教授昔話でも、経験談の方が臨場感があって面白いという読者のお便りがあったから...。


Aさんちょっとは最近のこと勉強してください!

H教授(小さく)はあい。


(平成14年5月25日執筆、同月末・編集終了)
 参考:南九研時報第28 号(平成13年5月)