No.053
Issued: 2007.06.07
第53講 今後の国立・国定公園のありかたをめぐって
談合と天下り余聞
Aさんセンセイ、独立行政法人緑資源機構の官製談合事件が摘発されましたね。理事長は林野庁からの天下りのようですけど、責任を取るつもりはまるでないみたいですね【1】。
H教授自分は直接関わってないということだろう。新聞報道によれば、林野庁からの天下り組は談合に関しては蚊帳の外で、何も知らないって言ってるそうだ。天下り組には汚れ仕事はさせないって不文律だったらしいから、具体的には知らなかったかもしれないけど、まったく知らないなんていうことはありえないと思うけどね。
緑資源機構は、かつて森林開発公団と言ってたところで、林野庁から多数の技官が天下っている。林野庁としては大事な天下り先としてこれからも確保しておきたいところだろうが、これからは厳しくなるだろうな。
Aさん天下りといえば民営化された成田空港会社のトップに役人OBが再任をしようとしたら、官邸に阻止されましたね。
H教授住友商事の元副社長がなったね。でもこれだって天下りだろう。官の天下りがいけなくて、民の天下りならいいというのも不思議な話だ。
緑資源機構にしたって次の理事長ポストは事務官が虎視眈々かもしれないし、一方じゃ官邸サイドは民からの天下りでそれを阻止しようとするかもしれない。技官、事務官、官邸の三つ巴の暗躍がもう始まってるかもしれない。でもねえ、本当に天下りがいけないんなら、プロパーがなるべきだろう。
ま、いずれにしても、以前も言ったように、国でも25年50歳で天下りという体制はほぼ完全に崩壊した。財務省や公共事業を抱えている省庁は必死に抵抗するだろうが、長期的にみれば、大半の職員は地方自治体と同じように定年まで勤めることになるのは間違いないだろうし、定年もそのうち65歳まで延伸になるだろう。
Aさん地方自治体じゃ定年後だって天下りしているんじゃないですか。
H教授部課長クラスじゃ天下りたって給料は半額どころか3分の1にダウンじゃないかな。あれを天下りって言っちゃ気の毒な気がする。
それと、天下りの構図って、決して役所だけじゃない。むしろマスコミも含めて大手民間の方がもっとおおっぴらにやっているよ。一部のトップは定年後も役員になってとんでもない高給。トップへ行くコースから外れたエリートは取引先の弱い立場の会社のトップへ行き、多くの一般の社員は実質的な社内定年制で55歳になったら賃下げ。こういう構造の方にもきちんとメスを入れてほしいね。
Aさんま、いずれにせよ、少なくとも安倍さんは財務省を筆頭とする霞ヶ関旧体制を打破しようとする面だけはコイズミさんの衣鉢を継いでいるわけですね。
H教授衣鉢を継ぐ? また古い言葉を。
Aさんへへ、アタシだって教養のあるところを見せなくっちゃ。
H教授じゃ旧体制はアッチのコトバでなんというんだ。
Aさんえ? オールドシステムですか?
H教授アンシャン・レジームだ。それくらいは知っておくんだな。
Aさん(小さく)えらそうに。アタシの3倍も生きてきたからといって、くだらない雑学を振り回さないでよね。フン。
H教授え?
「美しい星50」戦略を祝す
Aさんいえいえ。
でも、それだけじゃないでしょう。一昨日(5月24日)には突然「美しい星50」戦略をぶちあげ、2050年までに世界のCO2排出量を現在の半分にすることを呼びかけたそうじゃないですか【【2】。なかなかやりますねえ。
H教授「美しい日本」からいよいよ「美しい星」か。
いやあ、ゴールデンウィーク直後の朝日新聞にちらっと出ていて、てっきり誤報だと思ってたからびっくりだね。大英断と言っていいだろう。ただねえ…。
Aさん現状からの半減じゃなくて、90年からの半減にしろと言いたいんでしょう。
H教授そんなケツの穴のちいさ…。
Aさんセンセイ!
H教授うっ、言い直そう。そんな細かなことを言う気はないさ。ただねえ、どうして「日本が先頭に立ってまず半減させる」って言わなかったんだろう。
Aさんえ? だってそんなこと当然でしょう。言い出しっぺがまず手本を見せるのは、当たり前じゃないですか。
H教授うーん、だといいんだけどねえ。
Aさんなんか奥歯にモノが挟まったような言い方ですねえ。
H教授単位GDP当たりのエネルギー使用量――これをGDPエネルギー原単位というんだけど――は、日本が現状では世界でもっとも少ないらしい。日本を1とするとEU平均や米国は2で、カナダが3という話がある。
とすると、世界のCO2排出量を半減させるんだったら、現状で各国のエネルギー使用量を凍結して、世界各国が日本並みにエネルギー効率をアップさせるだけで可能かもしれないじゃないか。その場合、日本は削減の必要はないということになる。
Aさんセンセイ、それはいくらなんでも勘繰りすぎでしょう。
H教授そうかなあ。だったらなぜ国内排出量取引制度の構築とか炭素税の導入とか全面的な税制のグリーン化とか再生可能エネルギーの固定価格買取制度の導入とかを言わないんだろう。そういう具体的な政策手段をいっしょに言えばいいのになあと、一瞬思ったんだ。
ま、杞憂に終わればいいけどね。
実はその翌日、つまり昨日だね。前講でも言った「環境立国戦略」の原案がまとまった【3】。なんでも「SATOYAMAイニシアティブ」など重点的に着手すべき8つの戦略を挙げているらしい。
その原案を見れば杞憂かどうかはわかる話なんだけど。
Aさんじゃ、それを読めばいいじゃないですか。
H教授うーん、そこまでは新聞に出ていなかったし、環境省のホームページにもまだ提示された原案はアップされていないからわからないんだ。
Aさん環境省に電話一本かければ済むことじゃないですか。ほんとにケチっていうか、面倒くさがりというか…。
H教授ま、そういう面は皆無だとは言わないが、誰でも知れる報道だけからどこまで真相に迫れるかを試してみたいんだ。
Aさん(独り言)勝手なこと言ってるわ。
で、その提示された原案には日本自身がCO2排出を半減化させるという目標が明示されていると思います? 論点整理ペーパーには両論併記でしたけど。
また、8つの戦略に、今おっしゃった国内排出権取引制度や炭素税や税制の全面的なグリーン化や再生可能エネルギーの固定価格買取制度の導入は入ってると思われますか。
H教授遠回しにそれを暗示するようなことは書いてあっても、ズバリとは書いてないんじゃないかな。だって、国民に負担を強いたり産業界が抵抗するようなことを、参院選挙前には言わないだろう―― というのがボクの読みなんだけど、外れてほしいねえ。
Aさんセンセイの予測はいつも悲観的ですねえ。
H教授予測通りだったら、オレの予測は当たったと自慢すればいいし、外れたらそれこそ大喜びすればいいんで、どちらにしても落ち込むことはないから、その方がいいんだ。
Aさんヘンな理屈。ま、それはともかくとして「美しい星50」の発表の翌日に「環境立国戦略」原案提示というのは、偶然の一致ですか。
H教授さあなあ。環境省かその周辺に誰か智恵者がいて、安倍サンの懐に相当深く食い込んでいるのかもしれないなあ。
Aさんで、今後のスケジュールはどうなるんですか。
H教授近々閣議決定し、6月上旬のドイツで開かれるG8で提示するらしい。
AさんIPCCの第三部会の報告書要約版も公表されたからグッドタイミングではありますね。どうでしたか。第三部会の報告書要約版は【4】。
H教授ボクがごちゃごちゃいうより安井先生が素晴らしいレポートを書いておられるから、そちらを読んだ方がいい【5】。
でもねえ、IPCCの第四次報告書も第一部会から第三部会までの全部会報告の要約版が出揃った今じゃあ、2050年CO2半減なんて、スローガンとしてもある意味じゃもはや当たり前すぎて、それほど反響はないかもしれない。
去年だったらインパクトは大きかったんだろうけどねえ。
Aさんそういえば、先月ノルウェーが2050年にはGHG排出ゼロを目指すと宣言したのに、引き続き今度はコスタリカが2030年までにGHG排出ゼロにすると発表しましたね。
H教授まあ、コスタリカの場合はもともと発電も水力が圧倒的で、残りは風力と地熱で、火力発電は数%しか使ってないようだからなあ。そのうちアイスランドも言い出すかもしれない。
そういう意味では、国際的には遅きに失したといってもいいかも知れないけど、参院選挙対策であれ、なんであれ、いいことには違いない。憲法改定などよりもそっちの方に力を入れてほしいね。
拡大排出権取引制度と国内CDMの萌芽
Aさんそれとも関連するんですが、経済産業省は大企業が支援して中小企業の温室効果ガス排出削減を達成した場合、その削減分を大企業の削減量にカウントするなんて言い出したそうですね。第51講でセンセイが言った『“拡大”国内排出権取引制度』みたいな感じをちょっと受けましたけど【6】。
でも、そもそもが日本の場合、EUと違って国内排出権取引制度を構築してませんし、個々の企業の排出可能量、つまりキャップを決めていないのに、なんでそんなことができるんですか。
H教授経団連の自主行動計画というのがあって、業種ごとの排出削減目標というのを決めている。そしてその業種の団体では加盟企業に自主的にある程度割り振っているんじゃないかな。
ま、いかにも日本的だけど、そんなのじゃあ間に合わないよ。
なんとしても国内排出権取引制度をきちっと作り、厳しいキャップも決めることが必要だと思う。
でも経済産業省がそういう国内CDMめいたことを言い出したのはいいことだと思うよ。
Aさんあと多分温暖化の話だと思うんですけど、政府の経済財政諮問会議で、これまでは審議内容を概ね公表していたのに、今月15日の「地球環境問題」については「外交交渉に影響が出るため」として非公開としています。これはどう思われますか【7】。
H教授とんでもない話だよね。さっきの「美しい星50」とも関係あるのかも知れないけど、そういう秘密主義は百害あって一利なしだと思うよ。
ロシア革命が起きたとき、革命政府はツアーリが起こしたドイツとの戦争をどうするかで、首脳部が屈辱的でも講和するというレーニン派、革命戦争として継続すべしだというブハーリン派、講和でもなく戦争でもなくというトロツキー派の三つに分かれて国民の前で大論争した。結果はブレスト=リトフスク講和に終わったんだけど【8】、そういうのをちょっとは見習ってほしいね。
Aさんその他の話題はなんかありますか。
H教授うーん、いくつかあることはあるよ。ボクはあまり詳しくない分野なんだけど。
Aさん環境行政時評なんだから、一応は紹介しておかなきゃダメじゃないですか。
最近の話題1 ──航空機騒音環境基準の抜本改正
H教授(渋々)わかった。
まずは航空機騒音の環境基準が34年ぶりに抜本改正されるらしい。航空機騒音と言うのはふつうの騒音と違い、間歇的なものなので、これまではWECPNL、つまり加重等価継続感覚騒音レベルという独特の「うるささ指標」を用いていたんだけど、これは日本独自のものだったので、それを国際標準である「Lden」という方式に切り替え、同時に空港周辺の地域レベルの基準値も強化するらしい【9】。
Aさんなんだかよくわからないですね。
H教授ボクだってわからないから、それ以上は突っ込まないように。
最近の話題2 ──電磁波公害
H教授ところで典型七公害ってなんだ。
Aさんえ、なんですか、いきなり。
えーと、大気汚染、水質汚濁、騒音、振動、悪臭、それから地盤沈下… えーと、あとは土壌汚染ですよね。
H教授そうそう。だけど他にも公害はあるよね。「公害」の定義は?
Aさん人為で引き起こされる広域的な環境汚染というか被害じゃなかったですか。
H教授その場合の環境汚染とか被害というのは、「人の健康または生活環境」へのことを言い、原子力災害を除くと言うことになっている。
Aさんなぜ原子力災害を除くんですか。最悪の公害じゃないですか。
H教授一般用語でいう公害という意味ならそうだろうが、法律的に言うと、原子力関係は原子力基本法という法体系のもとで処理されるので、環境基本法で言う公害には該当しない。ついでに言うと、だから原発のごみは廃棄物処理法の廃棄物じゃないんだ。
Aさんヘンなの。
H教授で、典型的な公害として7つ挙げられていて、それを典型七公害というんだけど、それ以外にも公害と呼んでおかしくないものがいくつもある。例えば「低周波騒音」という“聞こえない騒音”がそうだ。
そうしたもののひとつとして「電磁波」がある。送電線や発電所など電力設備の周りに生じる電磁界がその周辺の住民の健康に悪影響を及ぼすんじゃないかという話だ。
具体的には、例えば高圧鉄塔で結ばれている高圧線の周辺では白血病になるリスクが高くなるんじゃないかと疑われている。
政府は電界については一定の規制を設けていたんだけど、磁界については未規制のままだった。このほどWHOが新たな環境保健基準をまとめるのにあわせて、日本でも経産省が規制に乗り出すことを決めたそうだ【10】。
Aさんテレビなどの身の回りの電化製品やケータイ電話が身体に悪いという話もありますね。
H教授それは「トンデモさん」の領域じゃないかな。大きなリスクがあるのなら日本人の平均寿命は短くなるはずだけど、そうはなっていない。つまり特殊な場合を除き、リスクはもしあったとしても無視し得るほどのものだろう。
もちろんこれからも地道な調査研究は必要だろうし、その結果も公表すべきだけどね。
Aさんほかには?
水俣病のダブルスタンダード問題
H教授今まで何回か話したけど【11】、水俣病の判断基準は行政と司法、つまり環境省と最高裁で異なる見解を示していて、ダブルスタンダードになっている。
「環境省の基準は水俣病の基準で、最高裁の方は有機水銀中毒の基準だから別に矛盾していない」などという三百代言みたいな話もあったけど、このほど最高裁で有機水銀中毒患者だとして賠償が認められた水俣病不認定患者が、政府に不認定処分を取り消すよう大阪地裁に行政訴訟を起こした。
最終決着がこれでつけばいいんだけどねえ。
Aさん―だって、最高裁の判例が出てるんだから、そんなの簡単に決着つくんじゃないですか。
H教授さあ、原告は81歳という高齢。国が一審で敗訴しても最高裁まで争う気なら、時間切れになるおそれなしとは言えないだろう。硫黄島帰島問題と同じだね。
Aさんえ? どういうことですか。
H教授以前に言わなかったかなあ。昨年から映画の世界ではブームになった硫黄島だけど、実はあそこには戦前1,000人以上の住民がいて、戦争中に強制移住させられちゃったんだ。アメリカから返還された今は米軍と自衛隊の基地しかない島になっているんだけど、旧住民たちが帰島させてくれと政府に陳情している。
Aさん至極もっともな話じゃないですか。
H教授まあねえ。だけど徹底的に破壊され尽くした島だ。帰島を認めると、本土との交通だとか学校だとか医療だとか日常の買い物だとか、あらゆるインフラ整備が必要になってくるから、おいそれと認めるわけにはいかない。
だから考え付いたのが引き伸ばし作戦。つまりそういう面も含めて多角的な調査が必要だから待ってくれというわけだ。
何年も何十年も調査を続けているうちに、元島民たちはどんどん亡くなっていくだろうし、二世たちは今さら戻ろうなんて気を起こさないだろうから、その時点で土地を買収すればいい。そうすれば厄介な難題の片が付く。
Aさんへえ、センセイ、妙なこと知ってますねえ。環境省なんて関係ないんでしょう。
H教授確か当時の総理府だか国土庁だかが仕切っていたと思ったんだけど、そこからの要請でボクも30年ほど前にその調査団の一員として硫黄島に自衛隊機で渡ったことがあるんだ。観光開発のフィジビリティスタディって奴だ。
Aさんヒドーイ。自分はそれを利用してちゃっかりと硫黄島に行ったんだ。
最近の話題4 ──光化学スモッグと越境大気汚染
H教授さ、次の話題だ。最近また光化学スモッグの観測頻度が増えてきているんだけど、その原因は中国からの越境移動だとわかったというニュースが出ていた。
Aさん中国からやってくるのは黄砂だけじゃなかったんですね。
ところで、光化学スモッグの大半はオゾンですよね。
H教授うん、正確に言うと、光化学スモッグ被害は光化学オキシダントと言われている物質群の濃度が高いときに生じる。そのオキシダントの大半がオゾン。オキシダントは窒素酸化物と炭化水素類が大気中で光化学反応を起こすことで生じる。その大陸で生じたオキシダントが偏西風に乗って日本にやってきているということがシミュレーション実験などで明らかになったそうだ。
まあ、オキシダントは自然条件でもときに環境基準程度なら越すことがあるけど、大陸からの越境移動で注意報レベルの濃度が出現することもあるようだ。
また、窒素酸化物や硫黄酸化物はガスなんだけど、それが大気中を長距離移動しているうちに、一部が水に溶けて硝酸や硫酸になる。つまり酸性雨になって日本に降り注ぐってわけで、こちらの方はもう20年以上前から言われていた。
Aさんじゃあ、ますます中国にしっかりと公害対策をやってもらわなきゃいけないですね。脱硫、脱硝、VOC対策、それにCO2対策で省エネも必要だし。日本の「技術」の出番じゃないですか。
H教授うん。こういうのを long-range transportation、訳せば「長距離輸送」という。特に国境を超える場合には越境大気汚染とか呼ばれている。酸性雨の場合だと、米国からカナダ、EUの工業地帯から北欧などの例がよく知られている。
それとねえ、こういう越境汚染を引き起こすということは、それ以前に汚染物質の発生地域ですごい大気汚染がある可能性が高いということに注目しておいた方がいい。中国じゃあ酸性雨のことを「空中鬼」と呼んでいると言うんだけど、酸性の雨だけでなく、直接の亜硫酸ガス曝露もヒドイんじゃないかな。日本が半世紀前に経験したことだ。同じ轍を踏まないようにしてほしいね。
Aさんでも、その全部が日本に来ているわけじゃないですよね。むしろ大半が海に落ちているんじゃないですか。海の方に影響はないんですか。
H教授(虚をつかれて)うーん、そうだなあ。温暖化は海の酸性化を進行させるって話もあったよなあ。どの程度の寄与かはしらないけど、それをさらに促進させる可能性も考えなくちゃいけないね。今度専門家に聞いてみるよ。
国立・国定公園の見直しと生物多様性保全
Aさんさ、いよいよ本題です。
国立・国定公園の指定及び管理に関する検討会の提言はいかがでしたか。
H教授戦前の国立公園法を発展的に解消し、自然公園法を制定して今年で50年になる。その間に自然公園をめぐる社会の変化はすさまじいものがあるので、もう一度原点に立ち返って考え、問題点を洗い出し、今後の方向性を模索しようという趣旨で、昨年10月に外部の有識者による検討会が発足、指定に関する分科会と管理運営に関する分科会の二つを設けて検討を重ねてきた。その提言が今年の3月にまとまり、公表されたわけだ【12】。
実は検討会発足前に内々の問題点の洗い出しのようなものがあり、ボクなんかもヒアリングを受けたことがあるんだ。
Aさんはいはい。それでその提言の中身はどうなんですか。
H教授指定の方では、現代のニーズに適合しているかという話があった。
つまり、かつては絶景ともいうべき大自然が自然公園の中心だったけど、今じゃ生物多様性の保全とか里地里山の保全のようなニーズも出てきて多様化していて、そのニーズに応えるべきだというのが最初の提言。
対応すべきものとして挙げられているのが「照葉樹林」「里地里山」「海域」だ。また、具体的な地域として奄美群島の国定公園から国立公園への昇格や、沖縄本島「やんばる地域」の国立公園化などを挙げている。
どれももっともだと思うけど、地域社会がそれを受け入れるかどうかだな。
それと海域は海中公園地区以外は規制がきわめて弱い普通地域としての指定しかできなかった。これをなんとかしたいというのが昔からの願望だったけど、各省のガードが固いからてこずるかもしれない。
Aさん提言はそれだけですか。
H教授いや、二番目は「国民の利用」の視点に立った指定をと言っている。
自然公園の存在の意義や多面的な役割をもっと国民にわかりやすく発信すべきで、その観点から区域の見直しを行なってわかりやすい公園をつくるべきだと提言している。
Aさんなんだかよくわからないな。
H教授公園を原生自然型、人文景観型のようにタイプ別に分け公園の特色を明確にするだとか、あるいは2つ以上の地域―ボクらは昔は「団地」と呼んだんだけど―をまとめて一つの公園とすることの妥当性を検証しろということのようだ。
例えば「富士箱根伊豆国立公園」というのがあるけど、富士山と箱根と伊豆半島と伊豆七島を一つにまとめていいのかということだ。
Aさんそんなのいっぱいあるじゃないですか。でも、そもそもどうしてそういうふうになったんですか。
H教授昭和30年当初まで、当時の厚生省は、国立公園は20程度が適当だと考えていたらしい。国立公園の指定要件もかなり厳密だったようだ。国立公園はムリだということで国定公園にしようとしたところも多いけど、この頃から観光開発が活発化していて、指定陳情が激しく、政治的な動きにまでなり、結局はこのような動きに押し切られて国立公園が増えてしまったんだ。しかし、国を代表するはずの国立公園が50も60もあるというのはおかしいというので、国立公園にする場合は近傍の既存の国立公園に無理矢理くっつけちゃったらしい。
また、その後も、地方からの陳情があって、国立公園や国定公園にしたところも多いけど、単独じゃちょっとスケールが小さすぎるというので、いくつかの地域をまとめて一つの公園をつくったりしたんだ。旧厚生省や旧環境庁にしたって自然公園の区域が広がることは基本的にウェルカムだったしね。
Aさんあとの提言は?
H教授国立公園と国定公園の位置づけをしっかりさせるということ。それから生態系ネットワークという視点を持てということだ。つまり自然公園が単独にポツンとあるんじゃなくて、できるだけ連続するようにしろということだろう。これは生物多様性の保全という観点からは重要だね。
Aさん管理運営の方の提言は?
H教授実はここ数年、管理主体については、国立公園は国(つまり環境省)が管理主体で、国定公園は県という短絡した地方分権の考え方が拡がっていたんだ。今回の提言では、そうじゃなくて環境省、各省、都道府県や市町村、住民、利用者、産業界、土地所有者といったいろんなステークホルダーが連携し協力し合って管理を行うんだということを言っている。地域制の公園制度を採用しているんだから、当たり前のことだけどね。
Aさんセンセイが第23講で言ってたのと同じですね【13】。で、そういう提言に対して環境省はどう言ってるんですか。
H教授今年度から3ヵ年で国立・国定公園総点検事業を実施し、国立・国定公園の再配置を行うとしているし、具体的に地域名の挙がったものについても公園の指定や昇格を検討していくとしている。
また、管理運営の方では多様な主体の参画による管理運営を推進するとし、具体的には来年度は尾瀬など3地区で協議会を発足させるなどしてモデル事業を展開していくそうだ。
あとは今後の国立・国定公園のあり方について広く国民の意見を聞くとして、パブコメ募集を行っている【14】。
Aさんセンセイのコメントは? また今後どうなっていくと思われますか。
H教授まあ、常識的な提言だな。というよりここ数年で環境省サイドが実現できると踏んだものを提言してもらったかのような感がする。だから、例えば国有林の特別会計制度を解体し、環境省の国立公園行政に統合させるといったドラスティックな提言はなかった。
ボクが第7講で言った「大国立公園」、つまり限りなく営造物制に近い公園の話【15】も直接には出てこない。
Aさんでも、3年後の国立・国定公園の再配置は可能だと思われますか?
H教授国立公園からの国定公園への格下げだとか地域まるごとの削除は不可能だろう。地域社会や自治体がイメージダウンだとして猛反対するだろうしね。
ただ近年、“国立公園は国が管理するものだ”といって、地域社会や自治体が無関心になる傾向が一部にある。そういうところをもう一度公園管理に参加させるためのショック療法という意味があるのかもしれない。
公園利用者も減少気味だし、もう一度国民に国立・国定公園というものを考えてもらおうというのがもう一つのねらいだろう。そういえば今年のゴールデンウィークに新宿御苑で国立公園フェアが開催【16】。われわれレンジャーOBもボランティアとして多数参加し、盛況だったそうだ。いい試みだと思うよ。
Aさん「われわれレンジャーOB」って、センセイは石採りに行ってたんじゃないですか。
H教授…ゴールデンウィーク前半は例年仲間と石採りに行くので、来年、もしやるなら後半にって、国立公園協会に頼んでおいた。
Aさんふーん、公益より私益優先ですか。まあ、いいわ。
あとは生物多様性とか里地里山の保全とか生態系ネットワークというのを重視していますね。
H教授同時期に平行して「新・生物多様性国家戦略の見直しに関する懇談会」というのが開催されていたけど、少なくても事務局レベルでは密接にすり合わせをしているみたいだな。こちらの方は昨年の夏に発足。この3月に論点整理ペーパーを発表【17】し、ゴールデンウィーク前に正式に中央環境審議会に諮問した【18】。
Aさん環境省のねらいは何なんですか。
H教授2002年に閣僚会議決定された「新・生物多様性国家戦略」では、“三つの危機”と言う観点を打ち出した。このうち第二の危機──つまりライフスタイルが変り、人が回りの自然に干渉することが減少、放置するようになってしまったことからくる生物多様性の減少という問題意識が出てきたけど、それに対する抜本的な政策対応がまだ打ち出せていない。ボクの見立てでは、それをなんとかしたいということじゃないかな。
そしてそのツールとして、やっぱり重要なのは国立・国定公園といった自然公園なんだという捉え方なんじゃないかと思う。
そうそう、生物多様性保全の観点から温暖化をどう捉えたらいいかも議論になりそうだという話も聞いた。いろんな影響が出てくるだろうからね。
Aさんなるほどねえ。
追悼 大井道夫サン
H教授ところで先日、大井道夫サンが亡くなられた。日本の国立公園行政史では忘れてはならない人物だ。ボクがレンジャーをしている頃にはもう退官されておられたけど、当時ボクが赴任していたえびの高原までプライベートで来てくださったこともある。謹んでお悔み申し上げておこう。
Aさんどういう方なんですか。
H教授ボクが役所に入ったときの国立公園局の計画課長。つまり技官のトップだった。
レンジャー経験がなく、酒もタバコもやられず、マージャンが唯一の趣味という人だったが、名文家で著書もものにされている。
行政面では非常なアイデアマンで、功績はきわめて大きい。中でも東海自然歩道のアイデアは秀逸だったし、その波及効果も大きかった。
Aさんもう少し具体的におっしゃってください。
H教授確か昭和42年だったか、明治維新から100年というので、それを記念して2つの国定公園が東と西に誕生した。明治の森・高尾国定公園と明治の森・箕面国定公園だ。
大都市近郊の東京都と大阪府が濃密な公園管理を行うということで誕生した国定公園だったんだけど、それを歩道でつなごうというアイデアを出したのが大井さんだったんだ。
世は高度成長で浮かれていたけど、公害も顕在化していた時代で、このままでいいのかみたいな世相の中に打ち出した浮世離れした“東海道53次の現代版”だというので、新聞等では大喝采。自治体のトップや政治家にも大受けで、当時の大蔵省でも予算をつけざるを得なかったほどだ。
それから随分と各地で自然歩道ブームが起きた。
Aさんその歩道整備は、誰がオカネを出すんですか。
H教授沿線の都府県が整備したんだが、国立公園、国定公園内なら当時は都道府県に対する国庫補助制度があった。だが、高尾山と箕面の間にある国立・国定公園はわずかで、大半が空白部分。だから、その空白部分をできるだけなくそうというので、いっせいに多くの国定公園を指定した。
こうして誕生した国定公園は当時の常識で言う「傑出した自然の風景地」とは言い難いものが多かったけど、今にして思うと、その大半が里地里山、つまり今日的な価値が認められる地域だし、生態系ネットワークという観点から見ても、意義は大きい。
聞くところによれば、当時も東海道メガロポリスの後背地に、自然歩道を中心に緑の回廊をつくるという発想も秘めていたらしい。今じゃ、こういう構想は忘れられているけど、ひょっとすると、これからこそ真価が発揮されるようになるかもしれない。
Aさんうーん、“先見の明”があったんですねえ。センセイの“浅見の迷”とは大違いですね。
センセイもそういうアイデアを出して、大井サンを越すように努力しなくちゃいけないですね。
H教授そりゃムリだ。
H教授どうしてですか。
Aさん東海自然歩道とも関係あるんだけど、ほら、言うじゃないか、「箱根八里は馬でも越すが、越すに越されぬ大井サン」って。
Aさん…。
注釈
- 【1】独立行政法人緑資源機構
- 1999年10月に、「森林開発公団」と「農用地整備公団」を統合して前身の「緑資源公団」が発足。2003年10月には、「緑資源公団」を解体して「独立行政法人緑資源機構」が設立された。農林水産省所管の独立行政法人。
2006年10月に、林道整備事業の受注を巡る常態的な談合の疑いで公正取引委員会の立ち入り検査を受け、07年5月に公取委からの告発により理事らの逮捕や本部の強制捜査が行われた。林野庁出身で元長官の理事長は給与の一部を自主返納するものの、辞任しない考えを示す。
本稿脱稿後、受注業者等による政治献金問題等が発覚したのと前後して、疑惑の渦中にいた関係者が相次いで自殺するなど、より大きな問題へと発展してきている。緑資源機構自体についても、「主要2事業廃止」「事実上解体」などと報じられている。 - 【2】美しい星50
- 【3】環境立国戦略
- 【4】IPCC第四次報告書第三部会報告書概要
- 【5】安井先生のレポート
- 【6】“拡大”国内排出権取引制度
- 【7】経済財政諮問会議(内閣府)
- 【8】ブレスト=リトフスク講和
- 【9】航空機騒音環境基準の抜本改
- 【10】環境保健基準と、日本の規制
- 【11】水俣病のダブルスタンダード
- 【12】国立・国定公園の指定及び管理に関する検討会 提言
- 【13】自然公園の管理のあり方
- 【14】国立・国定公園のあり方に関するパブリックコメント
- 【15】大国立公園構想
- 【16】国立公園フェア
- 【17】新・生物多様性国家戦略の見直しに関する懇談会 論点整理ペーパー
- 【18】審・生物多様性国家戦略の見直しに関する中環審諮問
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(平成19年5月26日 執筆 同年同月末日 編集了)
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