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H教授の環境行政時評環境庁(当時)の職員から大学教授へと華麗な転身を果たしたH教授が、環境にかかわる内外のタイムリーなできごとを環境行政マンとして過ごしてきた経験に即して解説します。

No.039

Issued: 2006.04.06

第39講 PSE法騒動やぶにらみー付:プルサーマル&水俣病再説

目次
WBC狂騒曲
イラク侵攻3年
PSE法騒動やぶにらみ
原発開発の新動向
水俣病再説

WBC狂騒曲

Aさんセンセイ、春です。春、もうすぐ桜が咲くわ!

H教授昨日東京に寄ったんだけど、向こうじゃもう満開だったよ。お台場の一流ホテルの窓から見る桜は格別だったなあ。

Aさんえー、センセイが一流ホテル? ウッソー。センセイは一泊一万円以下のオンボロビジネスホテルしか泊まらないって話を聞きましたよ。クルマは廃車寸前のもの、着るものはツルシの見切り品専用なんでしょう。


H教授誰がそんなこと言ってたんだ!

Aさんえ? 違うんですか?

H教授う、まあこの場合はボクが出したわけじゃないから。

Aさんじゃだれが出したんですか。

H教授聞いて驚くな。JALだ。

Aさんへえ、どうしてまた。センセイなんて接待してもなんも見返りがないのに。

H教授いちいちうるさいなあ。実は去年と同じく先週から道東に行ってたんだ。

Aさんへえ、例の人妻とですね【1】。今年はどこを回ったんですか。

H教授世界遺産知床釧路湿原、サロマ湖などいろいろ回ってきたし、自然環境事務所の所長さんの話も聞いてきた。

Aさんじゃあ、今回はその話ですね。

H教授いやあ、貰ってきたいろんな資料などはまだ目を通してないから、次の機会にしよう。で、一昨日の夕方の便で女満別空港から帰るつもりだったんだけど、機体の不具合が点検で見つかったというので、2時間待たされた挙句、欠航。
もう関西便はないので、代替として羽田まで行き、JALが用意したホテルに泊まらされた。それが、「お台場の一流ホテル」ってわけだ。
で、翌朝伊丹まで飛んで、一日遅れで昨日帰ってきたんだ。


Aさんへえ、儲けたじゃないですか。どうせ安売りチケットだったでしょうに。

H教授冗談じゃない。早く帰って美生【2】を抱きしめたかったよ。
ただ、こういうことがあると飛行機会社の経済的それに精神的負担はバカにならない。結構怒り出す乗客がいて、何人もの社員が平身低頭して気の毒なくらいだ。
だから日常の整備点検がいかに大事かということだ。
キミもそうだ。いつまでもふわふわしているうちに、どんどん後輩に追い抜かれるぞ。
桜、桜と浮かれているうちにキミ自身が姥桜になりかねないから心することだ(お説教のつもり)。

Aさん(キョトンとして)エツ、アタシが桜にですか。ふふ、なんかロマンテイックだな。

H教授...。

Aさんところでセンセイ、WBC【3】で日本が世界一になりました! トリノオリンピックは荒川静香以外総崩れでちょっと残念でしたが、ようやくその鬱憤が晴らせました。

H教授うん、よかったな。ただし、優勝はしたが、世界一強いなどと自惚れないことだ。

Aさんどうしてですか。弱ければ優勝なんかできなかったでしょう。

H教授そりゃそうだ。弱くはないよ。ただ名実ともに世界一強いかどうかは、日本と米国、韓国そしてキューバ、ドミニカの5カ国間くらいでそれぞれ総当り10回戦くらい戦わなきゃわからない。


Aさんなにが言いたいんですか。

H教授リーグ戦じゃなくて勝ち抜き戦では、一番強いものが勝ち残るのでなく、強い中から運がいいものが勝ち残るんだ。
話は変わるが、進化のメカニズムは突然変異と自然淘汰だとされてきた。より強いもの、より繁殖力の強いものが栄えることによって進化してきたということだ。
でも最近の学説では、環境が激変したときに起る激烈な淘汰は、ただ強い個体や種、繁殖力の強い個体や種が生き延び栄えるんじゃない。個体差や種差がいろいろある中で、その激変した環境にもっとも適合した個体や種が残るとされている。
でも環境がどう変わるかなんて生物にとってはあらかじめ予測できるわけじゃない。つまりある意味じゃ運であり、偶然なんだ。
WBCの試合を観ながらそんなことをふっと考えた。

Aさんセンセイ、素直に日本が勝ったことを喜びましょうよ。

H教授もちろん喜んださ。
でも一番喜んだのは米国が二次リーグで敗退し、準決勝からのトーナメント戦に米以外の4国が勝ち上がってきたことかな。もともと、このWBCは米国で企画・開催され、審判は全部米国人、組み合わせも米国が有利なようにセットされていたと囁かれている。
つまり米国が優勝して当然なような仕込がしてあったと思える不自然さがあった。デタラメで露骨な誤審もあっただろう?
そうした中での米国敗退だもの、思わずバンザイ!と叫んじゃった。

Aさんセンセイ、随分米国には手厳しいですね。


イラク侵攻3年

H教授なんでも自分の唯我独尊的な思い込みが通ると思うのは大間違いだ。
例えばイラクだ。
イラク侵攻から3年経った。あっという間のバクダッド陥落で、戦争は終わったと高らかに宣言したけど、治安は快復しなかった。地下のフセインのせいだというので必死に探索、ようやく逮捕したが、それから一年半たったいまも一向に情勢は好転しない。
米国としては巨額のカネがかかるから一日も早く撤退したいんだろうけど、このままじゃ撤退もできない。前門の虎、後門の狼ってわけで進退谷まったってところだろう。

Aさんさっさと撤退しちゃえば?

H教授本格的な内戦になるかもしれない。もともとイラクってのは民族や宗教などの統合軸のない人工国家なんだから。もっともフセインはそれを圧制の下とはいえ、反米をイデオロギー装置として統合していたんだから立派だといえば立派だ。
だから、内戦にならずにすむ唯一の方策があるとすれば、やはり統合のシンボルを考え出すことなんだけど、それはやはり当面「反米」イデオロギーしかないだろう。つまり自由民主主義型選挙で安定的な統一国家ができるとしても、それは反米が旗印になるしかないんじゃないかな。

Aさんいっそのことフセインに弾圧されてたシーア派に露骨に肩入れしてシーア派主導の国にするってのはできないんですか。人口も多数派みたいだし。

H教授そのシーア派はイランとツーカーだ。イランは反米を国是としてブッシュ政権と真っ向から対峙しているんだぜ。余計まずいだろう。

Aさんつまり革命は輸出できないんだということを知っておいた方がいい。


PSE法騒動やぶにらみ

Aさん(小さく)わかったようなこと言ってるけど、どうせ誰かの受け売りでしょう。
さ、ぼちぼち本論に行きましょう。なんかPSE法が揺れていますね【4】

H教授うん、4月から施行予定だったんだけど、反対運動が強まる中、経産省はビンテージものを適用除外する方針を急遽決めたかと思えば、PSEマーク付与のための検査機器も無償で貸し出すなんて言い出すし、一昨日は実質的に一年間猶予期間を延ばすに等しいような姑息なことまで言い出しちゃった。つまり、一年間は実質的にPSE対応せずに売買しても、それをレンタルとみなして後日PSE対応すればよいなどと言い出した。
一方、民主党では、施行を1年間延伸する議員立法を目指すという方針を固めたそうだ。
この39講がアップされる頃にはまた方針変換しているかもしれない。

AさんところでPSE対応って?

H教授特定電気用品だとか一般電気用品だとかいろいろあるが、大雑把にいえば、漏電していないか、電源は入るかなど、基本的な機能の確認と外観の点検を行うこと。それにパスしたものにはPSEマークをつけるってことだ。
反対派の人たちが一番怒っているのは、マークのついていないものは販売しちゃいけないという規制が始まることなんだ。

Aさんそれのどこが問題なのか、新聞記事を読んでもよくわからないんですけど。センセイ、一から解説してください。

H教授いや、実はボクも新聞でしか知らなかったんだ。ところが今月はじめにうちの学生の環境サークルから問い合わせがあった。


Aさんえ? 問い合わせ?

H教授うん、そのサークルでは毎年4月に卒業生から不要になった家具や教科書や電化製品などを回収し、それを新入生に格安で、つまり回収費用分くらいを負担してもらって提供するというリサイクル市なるイベントをやってるんだけど、それがPSE法に引っかからないかという問い合わせだ。

Aさんどう答えたんですか。

H教授不良品を売ったりしたら道義的に問題になるから、その辺りはきちんと対応する必要はあるが、PSE法自体は業の規制で、キミたちは業としてやるわけじゃないからまったく問題ないはずだ。ただどうしても気になるなら、念のため経産省に問い合わせろって。

Aさんなあるほど、センセイにしては珍しくマトモな答えじゃないですか。

H教授で、さっそく学生が問い合わせたところ、「PSE法の対象になる」という返事だったらしい。仰天したねえ。

Aさんえー、そうなんですか。

H教授で、ボクも調べてみようと思ったんだが、まず条文を読みこなせない。とにかく法律ってのは悪文だね。普通の国民はこの法律を読んでもまるで意味がわからないと思う。法学部出身官僚が世間を牛耳るために、特殊訓練を受けた自分たちだけにしかわからない法律をわざわざ作ってんじゃないかとまで思っちゃうな。
役人生活30年のボクがちんぷんかんぷんなんだから間違いない。


Aさん別に電気用品安全法だけじゃないでしょう。なんとか汚染防止法だって自然なんとか法だってそうじゃないですか。

H教授そりゃそうだし、環境関連の法律に関してボクも少しはその恩恵を受けてきたのは事実だけど、法治国家としてこれでいいのかと思っちゃうな。
ま、それはともかくとして条文をきちんと読むのをあきらめ、いろいろネットで調べてみたんだけど、わからないところがいっぱい出てきて、一方事態の方は日々変わっていくという、まあ、こういう状況なんだ。
反対運動は収まる気配はないし、前講でご紹介した安井先生のホームページをはじめインターネットの世界でも盛んに書き込みがされている【5】。一知半解で変な発言すると方々から猛反発を食らいそうだからなあ。

Aさんいいじゃないですか。読者や経産省に教えを請うつもりで言えば。

H教授そうか、じゃいっちょやってみるか。まず、PSE法の「PSE」ってなんだ?

AさんBSEなら知ってるんだけど...。
「PSE」だったら、アタシ的にはPeace, Satisfaction, Environmentがいいなあ。平和・満足・環境。

H教授聞くんじゃなかったか。
PSE法の正式名称はさっき言ったように「電気用品安全法」。PSEなんだけど、P及びSは "Product Safety"、Eは "Electrical Appliance & Materials" の略だそうだ。


Aさん要するに中古の電化製品について一定の安全性を担保するために、業者──あ、大学の環境サークルも入るのか──に規制をかける法律なんですね。

H教授いや、本来の法律の目的はまったく別のところにあるようなんだ。
もともと法制定時に中古品や中古業者のことを規制対象として念頭に置いていたかどうかも怪しい。

Aさんえー、な、なんですって?

H教授この法律は'99年に成立した法律なんだけど、実はその前に電気用品取締法というのがあり、これを抜本改正した法律なんだ。

Aさんだからその時に中古品を規制するという項目を追加したんでしょう。
お役人はヒマさえあれば規制を追加しようとするってセンセイ、前に言ってましたよ。

H教授もともと電気用品取締法ってのは40年以上前に出来た法律で、当時は電化製品による火災などの事故も多発していたから、それを防ぐために目を光らせてメーカーをがんじがらめに縛る法律だったんだ。
だけど今じゃ技術の進歩でそんなことは滅多に起きなくなり、時代に合わなくなったというんで、政府というか旧通産省ががんじがらめにしていた規制を緩和しようと作り直した法律なんだ。つまり主対象はメーカーで、趣旨としては電気用品取締法の規制の緩和。そして一定の安全性を保証するマーク制度も前からあったんだ。なんだか郵便局みたいなマークだけど。
経産省の出した両法の新旧対照表をみても、中古品、中古業者を規制対象に追加するなんて一言もいってないよ。

Aさん規制緩和? そんなバカな。

H教授バカなといっても仕方がない。旧法の電気用品取締法も新法の電気用品安全法も、「電気用品の製造、輸入、販売等を規制する」としか言ってないんだ。
中古品や中古業者が規制対象に含まれるというのは、「旧法の時もそうだった」と経産省は言っているらしいけどね。


Aさんでも実際にはそんな規制はまったくしてなかったんでしょう?

H教授うん、中古業者には周知期間が極端に短かかったなんて批判されてるけど、周知期間が短いも何も、経産省自体が去年か今年に入ったあたりに、この条文だったら中古業者・中古品も規制対象だと解釈できるな、じゃそう解釈しよう、と決めたんじゃないかな。マサカこんな騒ぎになるなんて夢にも思わずに。
なんでも大手リサイクル業者から問い合わせがあったそうだから、それがきっかけだったかもしれない。
役人は規制対象を広げるのが好きだし、その方が国民の安全にもより寄与することになると強弁できる。そして、その方が登録検査機関の仕事が増えて天下るチャンスも増えるかもしれないなんて浅知恵もあったんじゃないかと邪推したくもなる。
つまり、当時はリユースとかリサイクルを阻害したり、レトロ音楽文化を妨害する一面を持つといったことは、きっとまったく念頭になかったんだと思うよ。
だから文化人やリサイクル業者などから非難を浴びると、土壇場になって次々と後退させていく。だけどいったん中古品や中古業者も規制対象だと公言した以上、それだけはどうしても引っ込めるわけにいかないというのが事の真相じゃないのかな。

Aさんマサカ〜! それはセンセイのとんでもない憶測、妄想じゃないですか。
それに中古品といえど、やはり一定の安全性の確保は必要なんじゃないですか。


H教授その辺りは、大きな政府か小さい政府かということに係わってくる。
「小さい政府」原理主義だと、それは消費者の自己責任だし、そもそも安全性を無視するような業者からは誰も買わなくなって市場から淘汰されていく。その間に被害にあった消費者は法廷で争えばいいということになる。

Aさんそう言われればそんな気も...。

H教授しかし、少なくとも中古業者も含めた製造・輸入・販売業者と消費者の責任範囲についての理念的なルールぐらいは作る必要があるだろう。
PSEマークのようなマークシステムも意味がないとは言わない。エコマークなんてのもあるしな。
だけど、マークがなければ販売できないというのはやりすぎだと思う。それに、下衆の勘繰りげすのかんぐりかも知れないけど、マークの認証料をアテにしたり、天下りと連動させようという意図も感じられるもんなあ。

Aさんじゃセンセイはどうすればいいと?

H教授平成7年には製造物責任法、略称PL法が施行されている。
PLとはProduct Liabilityのことで、製造物の欠陥で事故が起きたときはメーカーや輸入業者が損害賠償責任を負うという法律だ。
従来の民法の大原則であった過失責任を欠陥責任原則に転換した被害者保護の法律なんだけど、これを改正して製造者、輸入業者、販売者、消費者の責任の理念的な分担を中古品も含めて盛り込めば、そもそも電気用品安全法なんて法律自体不要じゃないかと思うし、それこそが真の規制緩和だと思うけどね。
まあ、まったくのド素人がいうことだから、ボクの言ってることがどこまで的を得ているかは、わからないけど。


Aさんご高説かご荒説かはわかりませんが、拝聴しておきましょう。
でもきっと、「根拠のない憶測妄想やデタラメを公的なウェブに載せるのは何事か!」なんて苦言がどっと来ますよ。

H教授いいじゃないか、そうすれば労せずに勉強できる。それに意外と真相の一端を衝いているかも知れないという変な自信もないわけじゃないんだ。


原発開発の新動向

Aさんところで第18講で畑違いの原発、とりわけ核廃棄物とプルサーマルの問題をとりあげてちょっと話題を呼びました【6】けど、どうやらプルサーマルが動き出したようですね【7】

H教授うん、先行していた関電や東電の原発はプルサーマル計画について国の許可や地元了解を得ていたが、トラブル隠しだとか燃料データ改竄などが発覚して頓挫、地元了解は白紙撤回・凍結状態になっていた。
しかし、玄海原発(九電)をトップに伊方原発(四電)、浜岡原発(中電)が動き出した。玄海原発では国の許可も昨年とったし、今日、地元佐賀県も事前了解を出したというニュースが流れていた。早ければ2010年度までに全国初のプルサーマルが運行されるようになるかもしれない。

Aさん海外でも原発復帰の動きがあるようですね。

H教授うん、米国はブッシュ政権になってから急展開したし、このところ温暖化対策優等生の英国やドイツでも自然エネルギーだけじゃどうにもならないと、脱・原発路線を見直す動きが出てきたと新聞にあった。

Aさん日本で動き出した背景は何かあるのですか。

H教授やはりオカネじゃないかな。原発所在地はおおむね豊かでない地域だ。昨今の景気回復も多分及んでいないだろう。
電源立地地域対策交付金など原発関連の交付金【8】はプルサーマル実施予定自治体には手厚く配分するそうだから、のどから手が出るんだろうな。
でも電力会社も国策だからお付き合いしているだけで、本音のところでは原発から手を引きたがっているという話をよく聞く。どこまで本当だかわからないけど。

Aさんそうしたときに原発に水を差すような判決が出ましたね。
石川県の志賀原発2号機(北陸電力)の運転差し止めを求めた民事訴訟で、3月24日、富山地裁は原告勝訴の判決を下しました。
プルサーマルや炉自体の危険性については原告の主張は採用しませんでしたが、現在の耐震設計は不十分で、想定を超えた地震が起きた場合、事故が起り原告等が被曝する可能性があるとしています。


H教授この2号機は今月運転開始したばかりの新しい原発で、国の原子力安全委員会【9】が'81年に決めた原発の「耐震設計審査指針【10】」にのっとった設計をしているんだけど、地裁はこの審査指針自身がその後の地震や活断層研究の成果を踏まえていない、つまり甘すぎるとしたんだ。
原子力安全委員会もこの指針が古くなってきたこと自体はわかっていて、'01年から見直し作業を始めたんだけど、いまだに成案を得ていない現状らしい。
ちょうどその間隙を縫った大胆な判決だったな。

Aさんただちに控訴したらしいですね。

H教授そりゃあそうだろう。それにこの判決は仮執行宣言がついていないから、最高裁までいって判決が確定しない限り効力を発しない。
今までの同種の訴訟では概ね原告敗訴になっているし、被告会社や経産省は高裁、最高裁では当然ひっくりかえるとタカをくくってると思うし、またそうなる可能性は大きいと思うよ。

Aさんいくら地裁段階とはいえ、判決ってそんな軽いんですか。三権分立で司法の役割は重大だし、それなりにきちんと受け止めなきゃいけないんじゃないんですか。


水俣病再説

H教授はは、そりゃまあキミの言う通りだけど、現実には最高裁判決、つまり確定判決だって無視している例だってあるくらいだからなあ。

Aさんえー、そんなバカな。あっそうか、水俣病ですね。

H教授うん、一昨年10月に最高裁判決が出され、環境省の水俣病認定基準は厳しすぎるとの判断が下された。
22講でこの判決を取り上げ、「今回の判決で認定基準を再検討せざるを得ないんじゃないか」「それに95年の「最終解決」も蒸し返されるかもしれない」と言ったけど【11】、環境省は頑強に見直しを拒んだままだ。
一方じゃ、昨年には新たな提訴も起った。最高裁判例が出されている以上、時間はかかるが、同様の判決が下されるだろう。


Aさんその後の行政の動きはどうなっているんですか。

H教授もともと公害健康被害補償法というのがあって、'75年から地元県が法定受託事務(当時は委任事務)として国から請け負い、専門家による「認定審査会」を作り、ここで環境省の認定基準に照らして、認定か棄却かを決めていた。
ところが申請者数が多く、また認定作業は結構面倒な作業らしくて、これだけでは対応できないので、議員立法で「認定業務促進臨時措置法」というのが制定し【12】、これに基づいて県の認定審査会とは別に、国でも審査会を作って対応したんだ。
'95年には政治決着としての「最終解決」が出されたし、認定申請者も大幅に減ってきたんで、臨時措置法は延長されず、'96年には申請受付を打ち切り、国の審査会も終わっちゃったんだ。それから以降は当初通り、県の認定審査会で認定業務を行ってきた。
これまでに3,000人が認定されたし、「最終解決」でさらに約1万人が一応は救済された。
ところが一昨年の最高裁判決で状況がガラリと変わった。ひょっとすればというので申請者がいっぱい出てきたけど、県の認定審査会は国の認定基準と最高裁判決とが整合性がとれてない状況では認定業務はできないとストップしてしまった。
そんな中で申請者が4,000人近くになったけど、宙に浮いたままの状態になっているらしいんだ。

Aさんなんか打開策はないんですか。

H教授今月に入って、自民党の水俣問題小委員会では業を煮やして臨時措置法をもう一度復活させて、国の方で審査会を再開させようという動きがあるらしい【13】

Aさん再開したって、そんな状況の中で審査会の委員に就任してくれる専門家がいるのかしら。

H教授うん、それが最大のネックだね。
そしてまた別の動きも出てきた。
実は今年は水俣病の公式確認から50年になる節目の年なんだ。
だから、5月1日に式典を行い、ここで過去の検証と再発防止のための有識者の提言を踏まえ、大臣が「誓い」を宣言しようというので、その提言をしてもらうべく有識者を集めて大臣の私的機関としての「水俣病懇談会」というのを昨年立ち上げたんだ【14】
ところが先日行われた第10回会合では、環境省の思惑とはうらはらに、現行の救済制度や認定基準の見直しを議論すべきだという意見が続出したらしいんだ。
新聞では、「5月1日の式典までに提言はまとまらない見通し」だと書いていた。


Aさんなぜ環境省は見直さないんですか。

H教授歴史の重みだろうな。今まであまりにも多くの経緯があり、積み重ねがある。それを簡単にガラガラポンするわけにはいかない。
それに最高裁判決を踏まえた救済制度にして、政治決着としての「最終解決」も見直すとすれば天文学的な予算が必要になり、とてもじゃないけど財務省もコイズミさんも、「うん」とは言わないだろう。

Aさんセンセイはどう思われるんですか。

H教授最高裁判決で否定された現行の認定基準を維持することの妥当性・正当性を法的に明確に説明することはできないんじゃないかな。
だったら、どんなに苦しくても三権分立国家なんだから、最高裁判決に従って見直すしかないと思うけどな。

Aさんでも水俣病の認定基準って、お医者さんたちの専門家が作ったものなんでしょう。お医者さんじゃない最高裁判事が誤りって決めるのもなんか変に思うんだけど。

H教授認定基準を決める行政的な前提ってのがあって、結局のところお医者さんたちの専門家もその前提の中で決めざるを得なかったんだろう。
ボクはまったくのド素人だから、水俣病=有機水銀中毒なのかどうかもよくわからないんだけど、一口に水俣病とか有機水銀中毒と言っても悲惨な劇症性のものもあれば、比較的症状が軽いものまでいろいろあるに違いない。そうしたことを踏まえた基準にすべきだったんじゃないかな。
また、もし仮に有機水銀中毒の一定レベル以上のものだけを水俣病というんだとしても、そのレベル以下の有機水銀中毒の人たちだって公害の被害者には違いないんだから、単に棄却するんじゃなくて、その程度に応じた補償がなされて当然だったと思うけどな

Aさんふうん。
ところで、第37・38講と先延ばしにしてきた「第三次環境基本計画案」ですが、いかがでしたか【15】

H教授もうページ数がない。その話はまた今度にしよう。

Aさんあ、逃げた。まだ読んでないんだ。

H教授うるさい。それよりまもなく新年度だ。今度こそ修士論文をきちんとやれよ。

Aさん放っておいてください! そんなこと言うんだったら、センセイもきちんとしたレフェリー付きの論文【16】を一本くらいは書いてくださいよ。大学に来て満十年過ぎたんでしょう!

H教授・Aさん(同時に)ふん!


注釈

【1】“例の人妻”との道東周遊記
【2】美生
ミオと読む。メスの老デブネコで、キョージュがこの世で唯一愛している存在らしい。
【3】WBC(World Baseball Classic)
世界各地の野球強豪国が集った国別対抗戦。五輪に参加しない米メジャーリーグの選手たちも祖国を代表して参加することになり、注目を集めた。
参加国は、日本を始めとしたアジア勢4カ国、本場アメリカを中心とした北中南米地区の8カ国と、豪州や欧州、アフリカからの4カ国の計16カ国。リーグ戦・トーナメント戦を勝ち上がった日本(王貞治監督)が3月20日の決勝でキューバを破って、初代チャンピオンとなった。
【4】PSE法と、経過措置終了による混乱と対策
【5】PSE法についての書き込み
安井先生の「今月の環境」と、コメントおよびトラックバック
【6】畑違いの原発論
【7】動き出した、プルサーマル計画
【8】原発関連の交付金
【9】原子力安全委員会
原子力関連の行政府からは独立・中立した国の機関。原子力基本法、原子力委員会及び原子力安全委員会設置法及び内閣府設置法に基づいて、内閣府に設置されている。
主な活動として、
・原子炉の設置許可などに関する安全審査の実施
・設置許可のあった原子力施設に対して規制行政庁が実施する「後続規制」活動の監視・監査と、不断の改善・向上促進を目的とした「規制調査」の実施
・原子力安全に関する指針類の整備
・原子力施設に関する事故などへの対応
【10】耐震設計審査指針
【11】水俣病関西訴訟最高裁判決と、水俣病の経緯
参考資料
【12】認定業務促進臨時措置法
正式には「水俣病の認定業務の促進に関する臨時措置法」という。昭和53年制定。
【13】自民党水俣問題小委員会
【14】水俣病懇談会
【15】第三次環境基本計画案
【16】レフェリー付きの論文
査読をクリアした論文の意で、学術論文、研究論文と評価される最低条件。
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(平成18年3月26日執筆、同月末編集了)
※本講の見解は環境省およびEICの見解とまったく関係ありません。

※掲載記事の内容や意見等はすべて執筆者個人に属し、EICネットまたは一般財団法人環境イノベーション情報機構の公式見解を示すものではありません。