No.067
Issued: 2005.03.03
生物多様性の体験型施設を拝見:いざ、マレーシアの南の島へ!
春の訪れを予感させる三寒四温。寒さは徐々に和らいできていますが、まだまだ油断はできません。今回は、寒さの抜けきらない日本を離れ、飛行機で約7時間30分 マレー半島の西側に位置する南国ペナン島からのレポートをお送りします。
ペナン島といえばマレーシアを代表するリゾート地です(写真1)。「降り注ぐ日差しの下、ビーチやプールでのんびり...」もいいですが、ちょっと足をのばしてみると、実は、マレーシアを始めとする熱帯地方の自然環境について“五感を通じて”知ることのできる施設がいろいろあります。この『いざ、マレーシアの南の島へ!』では、そんな体験型の施設をいくつか覗いてみました。
蝶の乱舞に囲まれて
まず最初に向かったのはペナン島の北部にある『バタフライ・ファーム』(Butterfly Farm)です(写真2)。1986年に開園した、世界初の熱帯蝶保護区自然公園で、一歩園内に入ると森林さながらに樹木や花が生い茂り、蝶が飛び交っています。その数、120種類・約4,000匹。遊歩道を歩いていると目の前を蝶が横切り、すぐそばの木に咲く花を見上げると、蜜を求めてきた数十羽の蝶が所狭しと止まっている ──そんな光景が随所で見られます。マレーシアの施設としては比較的割高な入場料(15RM=約450円)も、係員によると蝶が自由に行き交うという環境を維持するために必要で、むしろ安いくらいとのことです。蝶をかたどったワイヤーに沿ってハイビスカスの花を咲かせることで、花に集まる蝶が、“生きた蝶で作られた蝶”を演出します(写真3)。
たくさんの蝶に圧倒されながら奥へ進むと、園内で間近に見てきた蝶について学習する「教育コーナー(Educational Corner)」があります(写真4)。このコーナーにあるのは、知識を伝達するための蝶の標本だけではありません。「そもそもなぜ教育が必要なのか」、「この施設のミッションは何か」などの説明が見られます(写真5)。こちらは同行している親や大人に対する啓発という意味合いもあるようです。子どもたちが蝶の標本や生きたサソリを眺めている間に、親がじっと見入っている光景も見受けられました。
「環境教育」と書かれると、興味を持つのは教育に熱心なパパやママの方で、子どもは館内を見て回るのに夢中というのは万国共通かもしれません。一方で、教育コーナー以外でも、子どもの興味を引くように「クイズ」などの形で生態系についての知識が深められる工夫が凝らされています(写真6)。
施設と展示からは、『バタフライ・ファーム』が生きた蝶を観察するためだけの“動物園(昆虫館)”でも、標本と説明だけに終始する“博物館”でもなく、両者の融合を通じて持続可能な社会という概念を後世へ伝えていきたいというメッセージがにじんできます。体験し、楽しむことを前面に出しながら、同時に熱帯地方の自然環境教育の一端を担っています。
まず教育の必要性については以下のように説明しています:環境と自然が健全で持続可能となるということ、そのことが実感と概念として、じっくりと深く理解できるようになることができるのです。同時に施設の使命について、昆虫の世界に対する認識と理解を作り上げることとした上で、「特に若い世代に向けて」と体験型施設としてのターゲット層を強調しています。
味覚・嗅覚ツアー
南国といえば、やはりトロピカル・フルーツ。
最近では日本のスーパーやデパートでも気軽に手に入るようになりましたが、生の状態で輸入されるのはほんの一部です。トロピカル・フルーツは、収穫してから48時間ほどで品質が落ちてしまうため、輸出できないものがたくさんあるそうです。
私たちが日頃、加工品としてしか目にすることのできないフルーツや木の実を、直に触ったり食べたりしながら見学できるのが、『バタフライ・ファーム』から南へ数キロの『トロピカル・フルーツ・ファーム』(Tropical Fruits Farm)です。晴れた日にはマラッカ海峡の向こうにスマトラ島が見える高台にある、見晴らしのよいこの果樹園は、1998年にオープンしました。約10万m2の広大な農園には、140種類のフルーツと様々な熱帯・亜熱帯地方の植物が栽培されています(写真7)。
ここで参加できる園内ツアーでは、ガイドがさまざまな作物の説明をしてくれます。特徴は、「味覚」と「嗅覚」をメインにすえたプログラム。他ではなかなか経験できないような、非常に印象深いツアーです。木の前に立って説明をしたと思えば、持っていたナイフで葉を切って「匂いがするでしょ」とツアー客へ渡します。一見同じような2種類の草を摘んで匂いを較べさせ、またコーヒーの木の前では「カカオ豆やコーヒー豆は、煎る前は匂いがないんです」と説明しながら木から豆を採って確認させたり(写真8)。味覚の方でも、見たこともない果実をナイフで切り落として一口ずつ全員に配ったり、葉をかじってみたり。ガイドから渡される「植物」が必ずしも「おいしい」ものばかりではないところも、ツアーをおもしろくしています。
ツアーは約10人で行なわれます。世界各地の人たちが一緒に回る中で、ガイドから「この実は、あなたの国では○○と言われているものです」「この葉は、あなたの国では△△に使われているものです」などと説明が加わることもありました。言葉があまり通じていないような子どもでも、匂いや味の刺激を一緒に楽しんでいます(写真9)。
ツアー終了後は、お待ちかね、『トロピカル・フルーツの盛り合わせ』の試食が待っています(写真10)。日本に輸入されることのない、名前も知らないような果物もあります。どれも甘くて新鮮で、南国の香りたっぷりのフルーツばかりです。熱帯地方の作物がいろいろな形で日本に入ってきていることや、その背景を改めて考えるとともに、記憶に残りやすいといわれる「味」や「匂い」をうまく取り入れ、言葉の壁を越えて自国の農業を伝えている『トロピカル・フルーツ・ファーム』のツアーコンセプトが、年齢や言語に関係なく関心を寄せられる「環境教育」について考えた時に、大きなヒントになるのではと考えたひとときでした。
最後に:復興への祈り
『トロピカル・フルーツ・ファーム』のある高台からは、スマトラ島が望めます。
スマトラ島といえば、多数の犠牲者を出した「スマトラ島沖地震と津波被害」のニュースに、心を痛めた方も少なくはないでしょう。今でも多くの人々が救助・復興活動に献身的に取り組んでいます。
ペナン島は比較的被害が小さく、復興も早いようでした。それでも、今回紹介した施設を巡る道中、今なお残る津波の爪痕を目の当たりにすることになりました。海岸の道路沿いでは住宅の再建設(写真11)、魚の養殖ができなくなって海岸にうち捨てられた網と、船底が破損して打ち上げられているボート、その横で海岸の造成をしているブルドーザー(写真12)。ある海岸の店のオーナーは、津波によって亀裂が生じた自店の床を見せてくれました(写真13)。お兄さんが新宿で働いていると言って、、「TSUNAMI!」「Kobe(神戸)!」などと片言の日本語で話しかけ、亀裂が生じた床を指差しました。折りしも、阪神・淡路大震災から10年とテレビや新聞で報道されていた頃です。
「もう観光客が来なくてね」と愚痴をいいながらも、日本とのつながりを口にして、努めて明るく振舞おうとしている現地の人たち。被災地域が1日も早く復興し、以前のように観光客と活気が戻ってくることを願ってやみません。それと同時に、生物多様性の様子を目の当たりにできる『バタフライ・ファーム』や『トロピカル・フルーツ・ファーム』のような施設の存在や、そこでの体験を通して実感できる「マレーシアの環境教育」をより多くの人に知ってもらいたいと感じた今回の旅でした。
関連情報
- 『バタフライ・ファーム』マレーシア・ペナン島(英語、地図は『Locating Us』参照)
- UNEP 観光と生物多様性に関する包括的なレポートを発表(関連プレスリリース)
- UNEP 観光業界に持続可能性に向けた取組を要請(関連プレスリリース)
- 生物多様性に関する国際会議 パリで開催される(関連プレスリリース)
- 第一回持続可能な開発に向けた環境教育国際シンポジウムを開催へ(関連プレスリリース)
- ブラッドショー自然保護大臣 王立キュー・ガーデンの生物多様庭園を訪ねる(関連プレスリリース)
- 生物多様性保全のため、途上国の26プロジェクトを支援(関連プレスリリース)
- 16年農林水産省子ども霞が関見学デー、グリーンツーリズムなどを紹介(関連プレスリリース)
この記事についてのご意見・ご感想をお寄せ下さい。今後の参考にさせていただきます。
なお、いただいたご意見は、氏名等を特定しない形で抜粋・紹介する場合もあります。あらかじめご了承下さい。
(記事・写真:香坂玲、来野とま子)
〜著者プロフィール〜
香坂 玲
東京大学農学部卒業。在ハンガリーの中東欧地域環境センター勤務後、英国UEAで修士号、ドイツ・フライブルク大学の環境森林学部で博士号取得。
環境と開発のバランス、景観の住民参加型の意思決定をテーマとして研究。
帰国後、国際日本文化研究センター、東京大学、中央大学研究開発機構の共同研究員、ポスト・ドクターと、2006〜08年の国連環境計画生物多様性条約事務局の勤務を経て、現在、名古屋市立大学大学院経済学研究科の准教授。
※掲載記事の内容や意見等はすべて執筆者個人に属し、EICネットまたは一般財団法人環境イノベーション情報機構の公式見解を示すものではありません。