No.018
Issued: 2004.07.01
第18講 キョージュ、無謀にも畑違いの原発を論ず
H教授国会も終ったねえ、いよいよ参議院選挙だ。
Aさん環境省関連の法案はどうなったんですか。
H教授5本(→第15講)全部通ったけど【1】、メデイアではほとんど取り上げてくれなかったねえ。
Aさんどうしてですか。
H教授決ってるじゃないか。地味な環境関連法案なんかに、メデイアの目が向くわけがない。年金法案に未納・未加入問題、拉致家族帰国問題やらあって、おまけに閉会と同時に自衛隊の多国籍軍参加を決めちゃった。ほんと、世の中しっちゃかめっちゃかだよねえ。
Aさんでも自衛隊は多国籍軍に参加はするけど、統合司令部の指揮下には入らないそうですよ。
H教授詭弁としか思えないね。レストランに入るけれど、なにも注文せずに持参のお弁当食べるって言ってるようなもんじゃないか。
Aさん(慌てて)センセ、センセイ抑えて、ここは環境行政時評ですから。
H教授(不満そうに)わかってるよ。
エコツーリズム
Aさんで、法律以外に環境問題でなにか目立った動きはありましたか。
H教授そうだなあ、温暖化対策の話はあとでするにして、エコツーリズム推進会議(→第12講その2)の報告書がまとまったようだ【2】。まだ入手していないんだけど、エコツー憲章の制定や、ネット上でのエコツー総覧、エコツー大賞の創設、推進マニュアル策定などを提言しているようだ。
また、環境省では今年度から3カ年かけて13地域をモデル地区として計画策定や資源調査、ガイド育成やプログラムの開発・普及事業なんかに助成するようだよ。
Aさんモデル地区って西表なんかですね?
H教授いや、あそこは先進地区で、すでにいろんな取り組みをやっちゃってる。むしろあそこでの経験を他のモデル地区に生かそうってことじゃないかな。
原生的な自然、既存大観光地、里地里山の3つのタイプからモデル地区を選んだようだ。
ガイド認定制度とか国立公園の利用調整地区とのリンクなどの課題は先送りになったのかな。規制緩和の時代に新たな認定制度を設けるってのはなかなかたいへんなのかなあ。
環境ホルモンのリスト見直し
Aさんなるほどねえ。他には?
H教授あと、第16講で触れた環境ホルモンだけど、SPEED'98の「優先的に検討すべき物質リスト」を抜本的に見直し、一律のリスト化をやめて、より実態に即した形の区分を検討するとしているようだ。
横浜国立大学環境科学研究センターの中西準子先生は「この6年に及ぶ期間と莫大な調査費はまさにリストを否定するためのものだった」【3】とSPEED'98自体に極めて厳しい批判をされているけど、ぼくは必ずしもそうは思わない。17講で言ったから繰り返さないけど。
温暖化対策大綱改定作業
Aさんじゃ、温暖化対策大綱の話に行きましょうか。いまどうなってるんですか。
H教授今年が第一約束期間に向けてのファーストステップの最後の年なんだ。だから、これまでの取り組みを評価し、追加的施策を検討することになっているんだ。
ところが、先日公表された「温室効果ガス排出量データ」では、CO2の排出量が対前年度比で2.8%増加している【4】。2001年度は対前年度△2.0%減だったけど元の木阿弥になっちゃった。だから、対90年比で11.2%増。京都議定書の取り決め「90年比6%削減」をクリアしようとすると、今の排出量から2割近くもカットしなければいけないんだ。
Aさんなんで増えたんですか。
H教授東電の事故隠しで原発がほとんど止まってしまったことも大きく起因しているんじゃないかなあ。これは2003年度まで尾を引いたから、2003年度実績も厳しいんじゃないかと思うよ。
で、環境省や関係各省の審議会なんかで追加的施策をどうしようかということで、いま侃々諤々の議論をしている。
Aさんへえ、いよいよ温暖化対策税の導入ですか。
H教授う〜ん、それが不思議なことに温暖化対策税の話はあまり聞こえてこないんだよねえ。水面下でいろいろあるのかもしれないけど、みえないんだ。
それでなくとも道路などの特会(特別会計)は不透明だとして世間の批判は厳しいから、ガラガラポンするいいタイミングだと思うんだけどなあ【5】。
で、新たにCO2の「国内排出量取引制度」や産業界の自主努力だけでなく、政府との協定化、さらには事業者の排出量の算定、報告、公表制度などを打ち出す構えみたいだけど、経済産業省や産業界がどういう反応を示すかだね。
Aさんその経済産業省はどうなんですか。
H教授総合エネルギー調査会では2010年の中長期エネルギー需給見通しの改定を含めた「2030年のエネルギー需給展望」の中間とりまとめを公表、同時にそれを後押しすべくエネルギー環境合同会議の中間まとめ案を「10の提言」として発表したけど、省エネ対策の強化や下方修正したとはいえ、原発の新増設みたいな話が中心みたいだねえ。じっくり読んでないからなんともいえないけど。
AさんでもロシアもWTOのからみでEUに京都議定書批准を約束したから、年内には発効するんでしょう?
H教授さあ、ゲタを履くまでわからないよ。イラクがどうなるか、米大統領選がどうなるかも関係してくるかもしれない。
Aさん発効が決ったわけじゃないから追加的施策の検討も及び腰なんですか。
H教授さあ、どうだろう。でもこの調子で行くと京都メカニズムをフルに活用しても90年比△6%減はむつかしそうだね。そして米国の京都議定書復帰も不可能となると、第二約束期間に向けての話し合いなんて完全に宙に浮く恐れがある。
Aさんまさか日本までもが京都議定書離脱なんてことにならないでしょうね。
H教授日本が議長国だったんだから、それはありえないけど、政府のトップや産業界、各省が内心京都議定書は発効しない方がいいなんて思ってたりすると、第二約束期間に関しては思いっきり腰が引けることは大いにありそうだね。
Aさんどうすればいいとセンセイは思われるんですか
H教授独断と偏見でいいか?
Aさん今ごろ何言ってるんですか。センセイの話で独断と偏見以外のものがなにかあるんですか。
H教授へいへい、日本全体の化石燃料の輸入量と化石燃料からの発電量をまず現状凍結し、漸減させることを大前提として決めちゃえばいいんだ。
Aさんえ〜、また無茶苦茶な暴論を。規制緩和の時代にそんなバカなことできるわけないじゃないですか。
H教授ありもしない大量破壊兵器の脅威を言い立て国際法を無視して独立国を侵攻したり、国会審議もせずに多国籍軍参加を決めちゃったことに比べたら、なんでもないさ。それに、その大枠さえ決めちゃえば、あとは思いっきり規制緩和すりゃいいさ。
すさまじい省エネ競争が起きるし、ESCO事業なんてのもどんどん拡がってくる。
当然、電気代やガソリン代も上がるから、われわれのライフスタイルも変わってくる。
あとは従来型の公共事業を半分以上、できれば9割ぐらいカットし、浮いた半分は借金返済にあて、あとはCO2の吸収源整備として「緑の公共事業」やその他の持続可能社会形成に寄与するソフト事業の助成に充てるんだ。
Aさんセンセイ、今日は思いっきり過激ですね。この暑さでどうかしちゃったかな。
H教授それぐらいの覚悟がなけりゃ、温暖化対策にしてもヒートアイランド対策にしても抜本的な解決にならないってことが言いたいんだ。
Aさんで、センセイの非現実的なご高説・ご迷案はともかくとして、政府は温暖化対策大綱でどういう追加的施策を決定しようとしているんですか。
H教授各省がてんでばらばらに検討している段階で、まだそこまで話は行っていない。数カ月後にもう少し見えてくるだろうから、またそのときにしよう。
核燃料サイクル問題入門 ―原発あれこれ
Aさんほかには?
H教授さっきも話した通り、経済産業省はいま「エネルギーの中長期見通し」の改定作業を進めているんだ。
原発はいまや電力の4割を賄うほどの地位を占めているんだけど、その原発が大揺れに揺れている。
Aさんああ、核燃料サイクルの問題ですね。
H教授お、よく知ってるね。じゃ、今日のメインデイッシュは核燃料サイクルと原発でいくか。
Aさん原発は、環境省は管轄外なんでしょう。だったらセンセイ、畑違いのド素人なんだから、この話題に触れない方がいいんじゃないですか。トンチンカンなこと言うと、また厳しいお手紙が来ますよ。
H教授うるさい、岡目八目ってことだってあるだろう。どういう問題だか言ってごらん。
Aさん(渋々)え〜と、ウランを燃やすとプルトニウムができます。日本はそのプルトニウムを取り出して、もういちど燃料として使うことを国是として開発を進めてきました。でもその費用がものすごくかかるので、欧米でやっているような使い捨て方式に切り替えようとする動きが政府与党内で公然と出てきたんでしょう?
H教授まあ、簡単にいえばその通りだ。キミ、「トイレなきマンション」って知ってる?
Aさんセンセイ、ワタシが住んでるところがそうだと言うんですか。そりゃオンボロアパートだけど、共同トイレぐらいあります。あったりまえじゃないですか。バカにしないでください!
H教授ちがうちがう、「トイレなきマンション」っていうのは原発を揶揄して言われるコトバなんだよ。使用済み核燃料などの原発からの放射性廃棄物をどうするかということを決めないまま、つまりマンションでいえば、トイレをつくらないまま、建てちゃったという意味なんだ。
Aさんえ〜、なんでえ?
H教授使用済み核燃料などの高レベル放射性廃棄物は、再処理しようがしまいが、最後は地層処分、つまり地下深部に廃棄するしかないんだけど、日本みたいに火山だの地震だのが多い国じゃあ、安全性にもうひとつ不安が残るというか、住民や自治体の不安を説得しきれないので、問題を先送りしたままスタートしちゃったんだろうな。
何十年かするうちに廃棄技術も進歩するだろうし、原子力アレルギーも薄まるだろうというのもあったのかもしれない。
Aさんそんな無責任なあ。
H教授原子力に限らず、そんなのはいっぱいあるさ。
さ、まずは基礎から行こう。さっきウランを燃やせばプルトニウムができると言ったよね、じゃ、ウランを燃やすってどういうこと? 火をつけるの?
Aさんバカにしないでください。なんか「ウラン235」というのが核分裂するときのエネルギーを取り出すんじゃなかったですか。
H教授235ってどういう意味?
Aさんワタシャ理系の人間じゃないですから、それ以上聞かないでください。
H教授じゃ、ごく簡単に説明しておこう。
ウランは元素番号92で天然界で存するもっとも元素番号の大きい、つまり質量の大きいものだ。
ウラン原子には、プラスの電荷を持ち原子核を構成している陽子92個と、その回りを回っているマイナスの電荷を持った電子92個が含まれている。その他に原子核には電荷を持たない、陽子とほぼ同じ質量の中性子も沢山含まれている。
電子の質量は無視できるほどのものだから、ウラン原子の質量は原子核を構成している陽子の数と中性子の数の和と考えていい。「ウラン235」の「235」はこの和、つまり原子の質量を現わすんだ。ウラン原子は、陽子数92だから、ウラン235の原子核中の中性子は143だ。
ところで、天然に産出されるウラン鉱石中のウランには、ウラン235はわずか0.7%ほどしか含まれていない。ほとんどが「ウラン238」といわれるものなんだ。これらの質量の異なる(ウラン)原子を、(ウランの)「同位体」という。ウラン238の原子核の陽子・中性子の数はわかるかい?
Aさんえ〜と、ウランは元素番号が92だから、陽子は92個ですよね。そうすると中性子は238から92を引いて、146個でいいんですよね?
H教授そうそう。で、そうした同位体の中には不安定な原子核を持つものがあって、そういうものは放射線を出して安定なものに変わろうとする。
放射線にもいろいろあって陽子や中性子、電子などの素粒子を放出する場合は他の元素にどんどん変わっていき、最後に鉛などのような安定な元素になろうとする。これを放射壊変というんだ。
一方で、放射線のなかにはガンマ線といって、電磁波、つまりエネルギーだけのようなものもあって、この場合は物質としては変化しない。ま、いずれにせよ、こういう放射線を出す性質を「放射能」といい、放射能のある物質を「放射性物質」というんだ。
ところで、この放射壊変を行うような性質を利用して年代測定などに使うこともあるのは知っているよね。
Aさんえ〜と、ウラン235とか炭素14とかですね。
H教授ベリリウム10なんかもそうだ。「半減期」と呼ばれる壊変の速度にそれぞれ違いがあって、年代測定をしたい標本に合わせて適切な指標・方法を使わないとならない。でもこの話は省略しよう。
で、ウラン235はそれだけでなく、中性子をぶつけてやるとまっぷたつに分裂して、そのときまた中性子をいくつか放出して別のウラン235原子をつぎつぎと分裂させる。これが連鎖反応だ。
ウラン235を3〜4%ぐらいに濃縮させてやって、これに中性子のスピードを減速させてあててやると、緩いスピードだけど、つぎからつぎと核分裂の連鎖反応が起こるんだ。こうして核分裂の連鎖反応が一定の割合で持続する状態を「臨界」という。つまり、原子炉が稼働しているということは、炉の中は臨界状態にあるということだ。
このときに生じる熱エネルギーで水を水蒸気にして、その圧力でタービンを回して電気にするのが原発のメカニズムだ。わかったかい。
Aさんやっぱり最後はタービンを回すんですね。
H教授そりゃ、どんな発電だってそうだ。
ところで、ウラン235を100%近くにまで濃縮させると、あっというまに連鎖反応が終了して、一気に大量のエネルギーを放出する。これが原爆の原理だ。
Aさんじゃ、ウラン鉱山ではしょっちゅう爆発が起きるということですか。
H教授そんなばかなことあるはずないじゃないか。自然界じゃウラン235はウラン鉱石中のウランのなかの0.7%ほどに過ぎないから、そういうことは起きない。
Aさんあ、そっか。
ところで、日本にはウランはあるんですか。
H教授鉱物標本になるようなものならほうぼうにある。資源としては岡山・鳥取県境の人形峠だとか、岐阜県の東濃が有望といわれたこともあるんだけど、やはり量が少なかった。
ふつう、ウラン鉱石は「閃ウラン鉱」とか「ピッチプレンド」とかいう酸化ウランが多いんだが、酸化物以外にもいろいろある。
「燐灰ウラン鉱」という燐酸塩鉱物は黄色四角板状の結晶をするんだが、これに紫外線をあててやると、幻想的で妖しい蛍光を発して、思わず息を飲む美しさだ。
ま、いずれにせよウランはすべて外国から輸入しているんだけど、統計上は国産エネルギーとしている。これも不思議な話だ。
Aさんセンセイ、どうでもいい話は詳しいんですね【6】。でも、そんなことより、原発からの放射性廃棄物について教えてくださいよ。
H教授わかった、わかった。一口に放射性廃棄物と言ったって、従業員の作業着のような低レベルのものと使用済み核燃料のようなきわめて危険なものがある。これを「高レベル放射性廃棄物」といって、厳重に処分される。
ところで、使用済み核燃料の大半はウラン238で、他に核分裂生成物などが含まれるんだけど、それに加えて、核分裂を起こさなかったウラン235や、ウラン238からできた元素番号94の「プルトニウム239」など、有用な放射性元素も含まれているんだ。これらを有機溶媒で分離・抽出して、資源の有効利用を図ることを「再処理」という。同時に、再利用できない高レベル放射性廃棄物はガラス固化されて地下深くに保管というか廃棄する、つまり地層処分するわけだ。
Aさんどうしてウランがプルトニウムに変わるんですか。
H教授中性子を吸収するんじゃなかったかな。
Aさんだって中性子を吸収するだけならウランの239とか240の同位体になるだけじゃないですか。それに天然界に元素番号92を越すものはないって言ったじゃないですか。
H教授う〜ん、そのへんはボクもよく知らないが、中性子は「中間子」というものを介して陽子+電子と相互に変われるみたいだ。
中間子の存在を予言したのが、湯川秀樹博士で、その功績で日本初のノーベル賞を受賞された。
それからあとの方の質問だけど、宇宙創成期には元素番号110番近くまでの元素があったらしいんだけど、そうしたものは不安定で急速に放射壊変を起して、現在では天然には存しないということだ。
核燃料サイクルと高速増殖炉
Aさんで、プルトニウムの危険性はどうなんですか。
H教授うん、ウラン235と同じようにやっぱり核分裂を起し、現に原発のなかでもできたプルトニウムの一部は「燃えている」らしい。しかも、プルトニウムの核分裂のときのエネルギーはウラン235よりはるかに強力らしい。原発というのはある意味ではプルトニウム製造装置だから、世界中でこのプルトニウムの行方に関心を持っている。
Aさん武器に利用されないよう厳重に監視しつつ、それを取り出して、再び発電用燃料にすればいいんじゃないですか。
H教授それが核燃料サイクルということの意味で、プルトニウムの核分裂を利用して、発電しながら消費した以上の燃料を生み出す発電炉を「高速増殖炉」という。つまり核燃料を増殖するという意味だ。ちなみに「高速」は、速いスピードの中性子を当てて核分裂を頻発させることからくる。
技術的に容易ならばそうするのが一番だし、そうすれば化石燃料なんて発電にはいらなくなるぐらいのエネルギーが得られるという。
だけど原理的にできるということと、実用化とはまた別だ。
Aさんオトコとオンナがいれば原理的には恋はできるけど、恋仲になれるかどうかはまた別ですもんね。
H教授関係ないだろう!
太陽が燃えるというのは核融合を起しているということで、原理は早くからわかっていたし、核融合炉というのも実用化されるだろうなんて言われていたけど、30年経った今でも、まったく実用化の見通しは立たない。今後ともまずムリじゃないかと言われている。
この高速増殖炉もちょっと似たようなところがあって、制御が結構厄介で、技術的にもむつかしく、危険性も大きいというので、フランスと日本以外の大抵の国ではとうに開発を断念していたんだ。
そのフランスはスーパーフェニックスという実証炉段階までこぎつけたものの、事故を起こして運転中止になり、ついに撤退まで追い詰められた。
日本では、実験炉「常陽」が1977年に初臨界を達成し、開発段階の次のステップである原型炉「もんじゅ」でも1994年に初臨界を達成した。ところが、これも事故を起こし、自治体や住民が猛反対し、実験再開の見通しは立たない。もう日本でも高速増殖炉は事実上棚上げじゃないかな。
プルサーマル
Aさんじゃ、核燃料サイクルはやらないということなんですか。
H教授プルサーマルって知ってるか。
じつは高速増殖炉が実用化するまでのつなぎとして考えられていたのがプルサーマルなんだ【7】。
でもいまではこれが核燃料サイクルの本命になってしまったかの感があるね。
Aさんどんなものなんですか。
H教授再処理で得られたプルトニウムをいままでの核燃料と混合させて使おうというものだ。この燃料を「MOX燃料」という【8】。
これだと高速増殖炉でなく、いまの原発でも運転管理の変更だけでできるというんだ。
だから当面プルサーマルを進めようとしているんだけど、一昨年の東電の原発事故隠しの影響で、どの自治体も難色を示しているんだ。
Aさん諸外国は使用済み核燃料はどうしているんですか。
H教授ワンス・スルーといって、使用済み核燃料を再処理しないでガラス固化させて、地下深部の坑道跡なんかに埋めてる政策をとっているところが多いらしい。
バックエンドの衝撃
Aさんじゃ、日本だけどうして核燃料サイクルに固執してるんですか。
H教授ウラン資源に乏しいからというのが理由だね。
いずれにせよ核燃料サイクルは国策、使用済み核燃料は全量再処理することにして、膨大なカネを使ってむつ小川原に再処理施設を建設中だから、いまとなっては核燃料サイクルや〜めたっ といかなくなった。
Aさんそれがどうして?
H教授ところがここに来て急に怪しくなった。
というのは使用済み核燃料の再処理と地層処分、それに原子炉自体、古いものだともう廃炉の検討をしなくちゃいけなくなってきた。
そうした後始末経費、これをバックエンドというんだけど、これが20兆円近い、途方もないカネがかかるという結果が出て、それをだれがいつ負担するかで揉めているんだ。
そうした流れの中で与党の有力政治家がワンス・スルー、つまり諸外国のように再処理せずにそのまま地層処分しろって言い出した。その方がコスト的にいいからって。
経済産業省は必死になって否定していたけど、その否定の仕方が最近弱々しくなってきて、どうなるのかと思ってたけど、さっき言った「10の提言」では従来の方針を当面継続するみたいだ。
Aさんふうん、ところで使用済み核燃料などの原発からの放射性廃棄物は、いまどうしているんですか。
H教授一部は英仏の企業に再処理を依頼しているけど、残りは各原発で貯蔵しているはずだ。
使用済み核燃料は地下のプールに沈めておき、作業着などの低レベル廃棄物はドラム缶に詰めて構内に保管している。
もうどこもアップアップで、これじゃあかなわないというので、最近、低レベル廃棄物は廃棄物処理法の一般廃棄物と同じような処理をしようという方向で進んでいると聞いているよ。
Aさんえ〜、それって廃棄物処理法の廃棄物じゃないんですか?
H教授ちがうよ。廃棄物処理法にも「放射性物質及びこれによって汚染された物を除く」ってちゃんと書いているよ【9】。
ついでに言うと、一般環境中で放射能汚染が生じたら、それはもちろん環境汚染だけれど、環境庁(当時)は口出しできなかった。環境省になってからはどうだか知らないけど、多分いまでもそうじゃないかな。
Aさんどうしてそんなバカな話がまかり通っていたんですか。
H教授原子力関連はすべて原子力基本法という法律の系列で処理されることになっていて、旧通産省と旧科学技術庁の専管事項なんだ。
原発のリスク
Aさんへんなの。で、原発から日常的に出てくる放射線って、ヒトとか生態系への悪影響はないんですか。
H教授事故でも起さない限り日常的には問題ないだろう、石炭発電所からの方が排出される放射線量は多いんだから。
Aさんえ〜、どうして?
H教授石炭中には微量ながら放射性物質があってそれが煙突から放出されるからだ。
Aさんへえ、じゃ事故の危険性はどうなんですか。
H教授通常は限りなく安全、リスクはきわめて小さいけど、絶対ってものはないからなあ。
フェイルセーフだとか多重防護だとかECCSだとかいろいろやってるけど、スリーマイルだとかチェルノブイルだとかの惨事が現に起きているし、原発そのものじゃないけど、数年前に日本でもウラン濃縮工程でとんでもない事故が起きて、死者も出たもんなあ。
それとねえ、他のものなら最大の惨事の程度がだいたいわかるんだ。でも原発の場合、それがわからない。だから余計に不安になるんだ。
地震のことは当初から計算しているらしいけど、テロリストが小型原爆を原発に落としたらどうなるのか、隕石が直撃したらどうなるのか、こうしたことを考えると、既知のリスク論だけではなかなか片がつかない。
Aさんどういうことですか?
H教授例えば、新幹線や飛行機事故の最悪のケースは乗客が全員死ぬことだよね。ま、飛行機が都心に墜落すればもっとひどいけど、それでも想像力の範囲内だ。いずれにせよ、多く見積もっても数千人の死者だろう。
原発の場合、それがわからない。わかっているのかもしれないけど、安全性を強調するばかりで、そんな試算を目にしたことがない。
Aさんちょ、ちょっとそんな簡単に数千人なんていわないでくださいよ。チェルノブイルだってそんな沢山のヒトは死んでないでしょう。
H教授原発の場合、万一、ウルトラ・シビア・アクシデントが起きてメルトダウン、つまり炉心溶融がどんどん進行していったら最後どうなるかわからない。
溶けた炉心は地球の中心部を通り過ぎて反対側まで行くんじゃないかなんて話もあった。いわゆるチャイナシンドロームだね、まさか、そんなことはないと思うけど。
それにチェルノブイルの被害の全貌もまだ見えていない。ガンなんかの遅発性影響がどの程度あるのかわからないものな。
核燃料サイクルかワンス・スルーか
Aさんうーん、だんだん本線から外れていくなあ。
核燃料サイクルかワンス・スルーかどっちがいいとセンセイは思ってるんですか。
H教授プルトニウムの一定程度の消費につながるから、住民や自治体の了解のもとでプルサーマルで細々と核燃料サイクルをやるのは仕方がないと思う。だけど、全量再処理=高速増殖炉という既定の路線は断念した方がいいと思うなあ。
ま、もっと重要なのは、原発はある意味ではプルトニウム製造装置なんだから、ここ数十年は仕方がないとしても、将来のビジョンとしていつまでも原子力をエネルギー源として依存し続けるかどうかだよ。
Aさんそんなこと言ったって...。 欧米はどうなんですか。
H教授欧州は将来のビジョンとして脱原発までいくかどうか別にして、新規原発は抑制だね。
北欧諸国では脱原発に加えて、徐々に化石燃料依存からも脱却し、自然エネルギーの開発を進めるとともに、省エネ社会化を睨んでいる。
ま、その通り行くかどうかわからないけど、その志やよしとしなければ。
米国は論外だ。新規原発推進をやめたんだけど、ブッシュ政権になってからは、再び推進に舵を切り替えたらしい。化石燃料も抑制なんてアタマの片隅にもないみたいだしね。
Aさんでも脱原発、脱化石燃料なんて不可能じゃないですか。自然エネルギーったってたかが知れてるでしょう。
H教授コージェネだとかの廃熱をうまく使うカスケード利用で熱効率を現在の4割から8割にあげることを考える。もちろん、発電所は大消費地のど真ん中に置くんだ。
原発がどうしても必要だったら、高速増殖炉なんかよりも、技術的に可能かどうかわからないけど超ミニ原発を開発して各町々に置くことを真剣に考えたらどうだろう。
Aさんセンセ、真夏の夜の悪夢ですよ。日比谷公園に原発を!論なんて。
H教授だって、そうすれば最悪の事故が起きてもせいぜい被害はひとつの町で終わるじゃないか。リスクは自分で負うんだ。ま、これは半ば冗談だけど。
でも真剣に消費エネルギーを半減させる社会を考えるべきだと思うよ。
Aさんムリですって。江戸時代に帰れ、電灯の代わりにロウソクを使えっていうんですか。
H教授すぐそういう風に短絡させる。
エネルギーが半分の時代って、たかだか昭和40年代半ばだよ。その頃はもう基本的な電化製品は大抵そろっていたよ。
省エネ技術もあの頃とは比べ物にならないから、昭和50年代の半ばくらいの生活水準は保障されるよ。
キミもその頃の記憶はあるだろう。
断想―原子力安全対策室長の頃
Aさんまだ生まれてません!
ところでセンセイ、環境庁は原子力関係は管轄外なんでしょう。その割には随分知ったかぶりしていろいろ言ってるじゃないですか。
H教授じつは県にいた頃、原子力安全対策室長というのをやったことがある。ちょうど、チェルノブイルの頃だ。だからいまでも少しは関心があるんだ。
Aさんなんで環境庁出身のセンセがそんな畑違いのところに。
H教授当時はいまとおなじ行革がはやりで、一部局一課削減ということになった。
環境庁系列の仕事は二課で、衛生部のなかの環境局に属していたんだけど、県内に原発があって、原子力安全対策室というのも独立室として環境局に属していた。つまり二課一室体制だった。
それが行革で局がなくなったうえ、原子力安全対策室も課と対等の独立室から公害規制課の課内室に格下げされた。
ボクはたまたまそのとき公害規制課長で、ムリヤリ室長兼務にさせられた。
Aさんで、行革のセンセイの評価はどうなんですか。
H教授最悪だよ。そんなことやったって仕事が減るわけないから、局長の代わりに環境審議監を置き、原子力安全のグループを束ねる実質的な室長として、原子力安全対策監というのを置いた。
Aさんだったら、いままでとまったく変わりないじゃないですか。
H教授ところがそれまでの局長と室長は決裁権もあったし、県会での答弁権もあったんだけど、環境審議監、原子力安全対策監には与えられなかった。
Aさんそれがどうかしたんですか。
H教授いままで原子力関係の案件は室長→局長でケリが着いた。ところが行革以降は原子力安全対策監→室長(兼課長)→環境審議監→部長とクリアすべき関門ばっかり増えた。
おまけにそれまでは局長室に飛び込みで入ってもどうってことなかったけど、部長になると抱えている課も多いから、いちいちアポを取らなきゃいけない。
だから、それまでのような迅速な対応がとれなくなり、どこが行革やねんって感じだったなあ。
Aさん行革って組織の数を減らすことじゃないんですね。
H教授あったりまえだよ。仕事を減らせないんだったら、権限を下部に委譲し、その代わり責任も取らせるようにすることが真の行革だと思うな。
ま、それはともかく、原子力安全対策室っていうのは原発周辺のモニタリングをするだけで比較的ヒマな部署だと思われていたんだ。
ところがボクが併任で室長になって1月後、GWのど真ん中にチェルノブイルさ。以降連日深夜まで残業、担当は土日なしで泊まりこむなどで、ひどい目にあったよ。
Aさんへえ、それはお気の毒に。原発に冷たいのはそのときのトラウマですね。
H教授うるさい。で、騒ぎがまだ続いているうちに、6月県会だ。
ボクのいた県の県会の委員会ってのは国とちがってあらかじめ質問がわかっておらず、ぶっつけ本番なんだ。当然もっともホットな話題に質問が集中するはずだから、もう、他の課長連中はこんどの委員会はHさんのひとり舞台ですねってはしゃいでたよ。
仕方ないから付け刃で必死になって勉強した。
Aさんで、どうだったんですか。
H教授いやあ、あきれた。一回も質問がなかった。
Aさんえ〜、どうして?
H教授議員さんがなんで質問するかというと、ボクの独断と偏見で言わせて貰えば、大抵の場合、役所側から支援者・支持者向けにいい回答をひきだすか、そうじゃない場合は、どんどんどんどん問い詰めていって、立ち往生させ、県民向けにいいカッコすることが主眼だ。
いずれにしても、委員会で質問した以上、役所の答弁に対して、一度や二度はサラトイ(役所用語で再質問のこと、更問と書く)しなくちゃいけない。だけどサラトイするには議員さんの方もそれなりに勉強しなけりゃいけない。
でもねえ原子力関係はコトバだけでもややこしいんだ。もうほとんど忘れちゃったけど、単位ひとつ取ったって、ベクレルだ、シーベルトだ、キューリーだレムだラドだレントゲンだって、ほんと訳わからなかったもんなあ。
だから、議員さんもサラトイできるほどの勉強ができなくて、それくらいなら質問自体をやめとこうとなったんじゃないかなあ。
Aさんよかったじゃないですか。
H教授その代わり本会議では質問が出た。こちらはあらかじめ通告されてるから、答弁案を書くんだけど、それでOKかどうか御前会議(→第17講)が終わるまで待たなきゃいけない。順番ってものがあるから真夜中まで待たされて、御前会議の場から質問があった。
Aさんへえ、厳しい指摘があったんですか。
H教授いや、新聞ではチェルノブイリとなっているが、政府はチェルノブイルと言っている。リかルかどっちが正しいんだというご下問だ。「だれかリルを知らないかー」って大笑いさ。
Aさんなんですか、それ?
H教授...ジェネレーションギャップか、昭和は遠くになりにけりだな。
Aさんま、いずれにせよ原子力と係わったのはそのときだけですね。
H教授そうなんだ、だからちょっと心配なんだ。いままでは間違ったことを書いても大抵EICの方でチェックしてくれたけど、原子力関係はEICでもチェックしきれないかもしれない。抗議が殺到したりするんじゃないかって。ま、そのときはすぐに謝って、誤りを訂正するけどね。
Aさん大丈夫ですって。この時評、そんな読まれてないですから。
とくにEICネットがリニューアルされてからは、せいぜい1講 10通ですから。
H教授(小さく)そうか、やっぱり対談相手は魅力的な子でなければダメなんだな。
Aさんな、なんですって
H教授いや、なんでもない。
あ、あとひとつだけ言っとこう。原子力防災訓練ってのがあるんだ。事故が起きたという想定で年に一回訓練するんだよね。原子力安全対策室が担当なんだけど、話を聞いて笑っちゃった。
Aさんどうしてですか。
H教授だって、事故が起きるのは勤務時間中で、知事・副知事ら全幹部、市町村長や関係者も全員いるという想定での事故訓練なんだ。もちろん、全員その日はシナリオを持って待機しているわけさ。
意味がないとはいわないけど、想定がどう考えても現実的じゃないよねえ。
Aさん責任者としてそういう想定を変えなかったんですか。
H教授郷に入りては郷に従えさ。最初の年は茶番とわかっていてもそうした。
Aさんつぎの年は?
H教授はは、転勤で環境庁に帰っていた。
Aさん...。
注釈
- 【1】先の国会で審議された環境関連法案について
- 第159回国会(平成16年通常国会) 提出法律案と状況
- 第15講
- 【2】エコツーリズム推進会議
- 環境省「エコツーリズム推進会議 議事次第・議事要旨」
- 同報告書
- 第12講・その2
- 【3】環境ホルモンリストの見直し
- 環境省環境保健部「内分泌攪乱化学物質(いわゆる環境ホルモン)問題」
- 「環境ホルモン戦略計画SPEED'98」改訂ワーキンググループ会議
- リスト見直しに対する中西教授のコメント
- 第16講
- 【4】エネルギー起源CO2排出量実績
- 資源エネルギー庁の報道発表について(EICネット国内ニュース)
- (独)国立環境研究所 温室効果ガスインベントリオフィス(GIO)データ提供
- 第12講・その2
- 【5】特別会計(石油特会、エネルギー特会)について
- 第9講
- 【6】鉱物(いし)とキョージュ
- キョージュの趣味は、鉱物収集(石ころ拾い)。高山で、崩れ落ちた岩石(石ころ)を足で払いながら、少しでも光るものを見つけては、拾い集めていく、という収集方法が特技。
拾い集めた鉱石を、夜な夜な取り出しては、ひとりでニヤニヤ眺めているのがキョージュの至福のとき だとか。 - 【7】 プルサーマル
- プルサーマルとは、現在の原子力発電所(軽水炉)で、ウラン燃料にプルトニウムを混ぜた混合燃料を利用する技術。
軽水炉原子力発電所で使われるウラン燃料は、ウラン235の割合を3〜5%に高めたものが使われるが、プルサーマルでは、ウラン235に代えて一部プルトニウムを使い、ウラン資源の有効利用を図る。この混合燃料を、「MOX燃料」という。
なお、「プルサーマル」は、「プルトニウム」と「サーマルリアクター(熱中性子炉;一般的には「軽水炉」をさす)」からできた言葉。 - 【8】MOX燃料
- 現在の原子力発電所は、ウラン235を3〜5%に濃縮した「ウラン燃料」を用いる。 「MOX燃料」とは、このウラン235に代えて、使用済み核燃料の再処理によって分離・回収されたプルトニウムを4〜9%含む混合燃料のことで、ウランの酸化物(二酸化ウラン)とプルトニウムの酸化物(二酸化プルトニウム)を混ぜて作られることから呼ばれる。MOXは、Mixed Oxide(混合酸化物)からとった名称。
- 【9】廃放射性物質と、廃棄物処理法
- 「廃棄物処理法(1970)の対象となる廃棄物は「ごみ、粗大ごみ、燃え殻、汚泥、ふん尿、廃油、廃酸、廃アルカリ、動物の死体、その他の汚物または不要物であって、固型状又は液状のもの(放射性物質及びこれによって汚染された物を除く)」と定義される。」
- 廃棄物
- 放射性廃棄物
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平成16年6月24日執筆 同月末・編集終了
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