No.043
Issued: 2006.08.03
第43講 「拡大ミティゲーション論」
水没、日本列島
Aさんセンセ、「日本沈没」【1】と言いたくなるようなものすごい集中豪雨だったですねえ。九州や長野など各地で随分被害が出てますし、韓国や中国でも洪水ラッシュだそうです。ようやく晴れ間が出てきたけど、まもなく8月だというのに、まだ完全には梅雨は明けてないみたいですよ。
H教授ん、被災地の皆様には心からお見舞い申し上げよう。
Aさん3日間で1,200ミリを越す降雨の地域もあったけど、常識はずれですよね。一方、西ヨーロッパじゃ前代未聞なくらいの猛暑だそうですし、こう異常気象が続くと気候変動がホントに起きてるのかなあと思っちゃいますね。
H教授その可能性はあるね。あと50年ぐらいしたら、20世紀末から誰の眼にも気候変動が起きていることが明らかだったのに、あの頃の人間の目は節穴だったのかと言われかねない。
事実、極地なんかでの氷河、氷床の後退は誰の眼にも明らかなそうだ
温暖化から一挙に寒冷化?
Aさんそういえば、先日の新聞(朝日7/24夕刊)に「メキシコ湾流水温が上昇、気候変動の恐れも」って出てました。
H教授海洋大循環【2】って知ってるか? 熱帯で温められた暖流「メキシコ湾流」は、大西洋の表層を北上する。だからヨーロッパは緯度が高い割に温暖なんだ。それがノルウェー沖で冷気と接して冷え、それとともに塩分濃度も高くなる。比重が大きくなるので、沈み込みはじめ、冷たく重い低層の流れとなって逆流し、大西洋から太平洋を流れる。北太平洋で再び上昇して暖流となってUターンして、熱帯地方でさらに暖められて再びメキシコ湾流になるということらしい。
ところが、温暖化の影響でそのノルウェー沖での冷え方が鈍化し、また氷河や氷床の融解は塩分濃度を下げる方向に作用するという。だから沈み込み量が減ってきていて、将来は大循環がストップするかも知れないという話だ。
この熱塩循環ともいわれるベルトコンベアーみたいな海洋大循環が止まってしまうと、ヨーロッパをはじめ、各地で一挙に寒冷化する可能性も指摘されているんだ。現に、一万年ほど前に大循環の停止が起きていて、ヤンガードライアス期という寒冷期が千年ほども続いたという話がある。「The Day After Tomorrow」なんて映画の元ネタになっている【3】。
海流は2000年周期で循環し、大きな熱容量で気候を維持している。
地球温暖化によって、メキシコ湾流(暖流)の速度・方向が変化し、ヨーロッパが寒冷化する可能性が指摘される。
Aさんああ、観ました。確か数日間で一気に寒冷化が起きちゃうんですね。おそろしい。
H教授はは、あれはSF映画だから極端な話になっていて、そういう寒冷化が起きる場合でも数日間とかじゃなくて、数十年単位の話だろうし、しかもそれが起きるのが事実だとしても100年単位の先の話らしいけどね。
打ち水広告
H教授ところで、23日の毎日新聞の19面を見たか。
Aさんいえ、読んでませんが。何か出てましたっけ?
H教授5段抜きくらいの大きな公共広告だ。「本日、7月23日(日)正午、日本全国いっせい打ち水」だって【4】。
全国方々で大雨被害が続いているさなかに、なんという愚かな広告かと思っちゃったね。主催は「打ち水大作戦本部」とあったけど、後援に国土交通省と並んで環境省も名を連ねていた。知人から聞いてマサカと思ったんだけど、事実だった。
主旨はわかるけど、タイミングを見極めて実施しないと、せっかくの試みが台無しだ。
北朝鮮ミサイル問題
Aさんところで、北朝鮮のミサイル問題がまた大騒動になってます。
とうとう国連安保理が非難決議を全会一致で可決しました【5】。ホント、とんでもない国ですよねえ。
H教授その意見はボクも賛成だけど、日本の取った態度も評価できないねえ。
Aさんえ? どうしてですか。
H教授制裁一本槍の強硬路線を突っ走った。同じ強硬派のアメリカでさえ、もてあまし気味だった。そしてアメリカの説得で渋々制裁決議から非難決議への移行に賛同したらしい。
Aさんそれがどうかしたんですか。
H教授だったら、もっとはじめから他国との協調姿勢を取っておくべきだったと思うよ。大体あのミサイルは日本近海に落ちたんじゃないんだぜ、ロシアのウラジオストック沖だ。そのロシアは不快には思っただろうが、声高に抗議したりはしなかった。韓国だってそうだ。
だのに、なんで日本だけが─と思われるのがオチじゃないか。
そもそも、日本国内にだって米軍がミサイルを装備しているじゃないか、とアジア諸国は見ていると思うよ。
Aさんまあ、そうかもしれませんが…。それにしても北朝鮮って国はよくわかりませんねえ。
H教授ん、あの国はあのままでは持たないとは思うけど、どういう形でいつ変わるかが、誰にも予測がつかない。暴発させぬよう、挑発に乗らないというのが、原則だと思うよ。
「もったいない」選挙
H教授あと、滋賀県知事選で大番狂わせがあった【6】。
Aさんええ、自公民相乗り現職候補を無名のオバチャンが破ったんですよねえ。
H教授無名じゃないよ。環境の世界では有名な研究者だ。ボクもよく知ってるよ。なんせボクの大学の後輩だからな。
Aさんへえ、センセイの知り合いだったんですか。
H教授いや、ボクが知ってるだけで、向こうは知らない。
Aさんそんなことだと思った。
勝因は何だったんですか?
H教授新幹線の栗東新駅の是非、あとダム建設という公共事業に的を絞ったシングル・イッシューの選挙戦にした点だろうな。前知事も環境問題にはそれなりに熱心だったみたいだから、差別化するにはシングル・イッシューしかなかった。それが大成功したんだ。
2005年9月の衆院選、いわゆるコイズミさんの“郵政民営化選挙”みたいなものだ。もっとも郵政民営化は賛否はともかくとして、その是非は喫緊の課題ではなかった。それに対して、栗東新駅は─もはや遅すぎた感もあるけど─、未来の世代にも影響の出てくる大問題だし、それに関しては県民の意向は世論調査で明らかだったから、シングル・イッシューに持ち込めさえすれば大番狂わせということではなかったんだと思う。
Aさんキーワードは、「もったいない」ですか。
H教授ん、250億円だ。うち240億円を県と地元市が負担する。
栗東だったら在来線を使っても京都から20分足らず、米原まで30分。その在来線の駅とは遠く離れたまったくの新駅で、しかも止まるのは「ひかり」「こだま」だけ。誰が見ても大赤字は確実じゃないか。さらに地元市長っていうのは知事の実弟。「もったいない」だけじゃなく、うさんくさく思われても仕方ないよねえ。
Aさんでも、負けた現職候補は経済効果は抜群で、10年で元が取れると言ってましたよ。…ちょっと信じがたいけど。
H教授ホントにそう思うんなら、「万一赤字のときは私財を投げ打ちます」ぐらい言わなきゃあ。
で、恥をさらしたのが、民主党だったね。この体たらくじゃあ、政権なんて取れっこないよ。
Aさんでももう工事に着工しちゃってるんでしょう。ホントにストップできるんですか。
H教授難しいのは事実だ。でもやるっきゃないだろう。大体、知事選前に協定を結んだり着工したりというのがトンデモない話なんだから、法廷で争ってでもやるんだろう。でなきゃあ、県民から総スカンだもんなあ。
Aさん県議会と真っ向対決。不信任されるんじゃあないですか、長野県のように。
H教授はは、面白いじゃないか。とことんやってみるんだな。
日本も世界も荒れ模様
Aさんまた、無責任な。
あ、そうだ。その長野も、県知事選ですね。でもこの水害のさなかに「脱ダム」じゃあ、苦戦するかもしれませんね。
それはそうと、日銀がゼロ金利を緩和しました。
H教授そういう話になるとぼくは経済オンチだから、さっぱりわからない。デフレが終わったということなんだろうけど、原油の高騰かなんかを契機にハイパーインフレにならないよう願うだけだ。
Aさんそれにしても福井サンは続投するつもりなんですね。
H教授ヒドイ話だ。国家の中央銀行の総裁が私生活で国民から総スカンを喰らうようじゃどうしようもないねえ。
Aさんところで、また中東が大変ですねえ。
H教授ん、イスラエルのヒズボラ殲滅作戦というかレバノン攻撃だね。とうとう国連施設まで攻撃しちゃった。しかし、いくらブッシュさんでもあれほど露骨にイスラエルを支持するかねえ。
Aさんコイズミさんはどうなんですか。
H教授内心はともかく表向きは中立だろう。オイルのことを考えれば、アラブをこれ以上敵に回すことはできないんじゃないかな。反米チャベス大統領のベネズエラだって、石油があるから、あんまりアコギな扱いはできないと思うよ。
ま、いずれにしても何の罪もない無辜の民が殺されるような時代は早く終わって欲しいな。
Aさんそのコイズミさんもいよいよ任期満了。最後にドミニカ移民の問題を片付けていきました【7】。
ポスト・コイズミも、安倍サンで決まりみたいですね。
H教授ドミニカ移民問題は鮮やかだったね。判決理由でいくら政府批判がなされようが、勝訴は勝訴なんだから、ほっかむりしようと思えばできたし、官僚は猛反対だったと思うけど、鶴の一声で決めちゃった。ああいうところが最後まで高支持率だった所以なんだろうなあ。稀に見る天成のポピュリストだよね。
でも、ポストコイズミはわかんないよ、この世界は一寸先は闇だから。
ミニ環境行政時評
Aさんその前に、簡単でもいいから本来の環境行政時評をしとかなきゃダメですよ。
H教授ーん、何があるかなあ。
そうか、G8サミットがロシアで開かれた【8】。温暖化は正面からは議論にならなかったけど、エネルギー安全保障が中心議題になったようで、その流れの中で行動計画を策定。各国が省エネ目標値を設定するとか、再生可能エネルギーの利用拡大を進めるとかの話が出たそうだ。
コイズミさんは、「3Rを進め、環境と経済の両立を進めよう」と訴えたそうだ。
Aさんこれで米国も京都議定書復帰の目が出ればいいですね。
H教授そりゃ、ムリだろう。ま、次の大統領選まで待つしかないだろうな。
Aさん国内では?
H教授容器包装リサイクル法の見直しが終わり、いよいよ家電リ法の見直しがはじまるそうだ。
Aさん何が主要な論点なんですか。
H教授ひとつは対象品目をどこまで拡大するか。現在はブラウン管テレビ、冷蔵庫、エアコン、洗濯機の4品目だけだけど、これをどこまで拡大できるかだ。お隣の韓国でももっと幅広くやっているし、EUは電子電気機器の原則回収を謳ったWEEE指令が動き出した。国際的にも「E-waste(電気電子機器廃棄物)」として問題化しているからね。
Aさん他には?
H教授あとはリサイクル費用の徴収を前払い方法に切り替えられるかどうかだ。多分メーカーサイドとの厳しいやりとりになるだろうな。
Aさんでも、クルマは前払い方式になったでしょう。
H教授ん、その前例や、さっき言った国際動向がどこまで環境省や地方自治体の追い風になるかだ。ま、これからどういう議論がされ、どういう展開になるか見守っていこう。
Aさんあ、グリーン契約法だか環境配慮契約法が議論されてるそうじゃないですか。
H教授自民党の中で議論が基本的にはまとまったので、野党と協議し、秋の臨時国会で議員立法として提出する動きがあるということだ。
こういうのは総論では賛成でも各論は異論が出てくることが多いから、どうなるか予断は許さない。
Aさんその前にどういう中身なのかちゃんと説明してください。だいたいセンセイ、中身知ってるんですか? 知ってるのは法案の名前だけじゃないんですか。
…あ、ヤバイ、言い過ぎた。(ぺろっと舌を出す)
H教授ほんとうにキミって奴は…。
そう言われるだろうと思って、昨日ちゃんと調べてきたよ。
政府の物品やサービス購入にあたって、ただ単に価格が安いかどうかだけでなく、省エネ、温室効果ガス排出量なども総合的に評価することを義務付ける法案だそうだ。
今までなんでも競争入札、競争入札って騒ぎ、価格だけを問題にしてきたけど、やはりそれは行き過ぎだってのがようやくわかってきたんじゃないかな。
だいたい、「安かろう悪かろう」とか「安物買いの銭失い」というのは相当程度真実だもんなあ。キミもブランド物を随分バーゲンで買ってたからわかるだろう。
Aさんアタシャ、苦学生ですよ。バーゲンでなけりゃブランド物なんておいそれと買えません。
H教授そもそもブランドにこだわるのがおかしいんだ。ボクなんかはそういうのは一切気にしないぞ。
Aさんセンセイはもう少しこだわってください!
じゃ、いよいよ本論としますか。ところで今日の話題は?
アセスとミティゲーション
H教授「拡大ミティゲーション」ってのはどうだい。
Aさんなんですか、それ。
H教授ま、追々わかるよ。まずはミティゲーションの説明をしてごらん。
Aさんええと、アセス用語ですね。確か、「環境影響緩和措置」じゃなかったですか。
H教授ん、開発に伴う環境影響をできるだけなくすための手法だ。
Aさん開発による環境影響をなくすために事業の「回避」をまず考え、回避できないなら環境影響の「低減」を考える。低減もできない、あるいは低減しても残る環境影響は「代償」するっていう3段階ロケットですね。
H教授「回避→低減→代償」の3段階って言われてるけど、「回避→最小化→修整・修復→軽減→代償」の5段階に細分する考え方もある。アメリカやヨーロッパの一部で以前から言われてたんだけど、日本でもアセス法アセスでその考え方が導入されたとされている【9】。
Aさん何か具体例で説明してくれませんか。
H教授湿原や藻場・干潟のある海浜の埋め立てを計画したときのことを考えればいいよ。
例えば干潟を100ヘクタール埋め立てて、運動公園を造るという計画だった場合、最優先に考えなきゃいけない「回避」とは?
Aさん他の場所を探すとか、既存の校庭の活用策を考えたりして、埋め立てせずにその目的を達成する方法を考えることですね。
H教授じゃあ、「低減」と「代償」は?
Aさん「回避」の方法がどうしても見つからない場合には、平屋建ての計画だった体育館を高層化したりして埋め立て面積をできるだけ減らすことを考えます。これが「低減」です。
少々低減したところでやはり80ヘクタール埋め立てしなくちゃならないとなれば、埋立地の前面や脇に、埋め立ててしまう干潟の面積より少し多目の100ヘクタール以上の人工干潟を作るといった手段が「代償」です。2割くらいは活着しないと見越せば、80ヘクタールの人工干潟が確保されます。
H教授ん。現にアメリカのサンフランシスコ湾では、人工海岸の前面海域であっても、埋め立てる場合は埋立面積以上の面積を海に戻すことを義務付けている。つまり干潟や自然海浜だけでなく、湾の絶対面積を減らしちゃいけないということを決めているそうだ。
ところで、埋立地のすぐ脇でそういう代償措置をとることをオンサイトというんだ。だけど、そういうところがなくて、うんと遠いところにしか人工干潟なんかを作れないこともある。それをオフサイトという。
Aさんそういうのもミティゲーションというんですか。
H教授ん。それと、今までの話は埋め立てで失われるのと同質の環境を造成しようというものだった。干潟を埋めるんだったら人工干潟を造るとかね。
だけど失われる干潟と同等以上の価値のある環境、例えば広大な森林を造ればいいじゃないかという考え方もありうる。これをアウト・オブ・カインドという【10】。
Aさんそんなのおかしいわ。その価値の程度を、誰がどう決めるんですか。
H教授ん、干潟とかサンゴ礁とか湿原だとか里山だとか原生林だとか、そういった環境ごとの特性―これをハビタットというんだけど─、ハビタットごとの交換価値を決めなきゃいけないということになるね。
環境価値を決める方法は有識者を集めて決めたっていいし、環境価値を決める方法というのもいくつか提案されていることは提案されている。
Aさんなんだか環境への冒涜だって感じがするなあ。
センセイはそれでいいと思ってるんですか。
ミティゲーション・バンキングとノーネットロス原則
H教授ボクが言ってるんじゃない、アメリカなんかの最新の議論を紹介しているんだ。
で、こうした議論の延長線上に「ミティゲーション・バンキング」なんて概念が考えられ、現に動いているそうなんだ。
Aさんミティゲーション・バンキング? なんです、それ?
H教授要するにオフサイトもOK。アウト・オブ・カインドもOKというのを前提にして考えると、代償ミティゲーションをするんだったら、いちいちその都度人工干潟をつくったりせずとも、あらかじめ第三者がそういう代償ミティゲーションの広大な環境を整備─これがミティゲーション・バンクだ─しておいて、その一部を買えばOKということになる。
どうだ。合理的だろう。
Aさん(あきれて)さすが、排出権取引を考えるお国柄ですね。合理的というかなんというか…。
日本ではどうなんですか?
H教授実は日本ではアセス法アセスでミティゲーションを取り入れたといいながら、ミティゲーション概念の一番肝心なことをスポイルしているんだ。だからミティゲーション・バンキングの議論なんて、はるか先の話だね。
ま、どちらにしてもミティゲーション・バンキングなんてのはあまり日本に向いている制度には思えないけど。
Aさん一番肝心なことをスポイルしてるってどういうことですか?
H教授つまりミティゲーションの本来目指すものは、なんらかの定量的な評価により、環境影響をゼロにするということなんだ。これを「ノーネットロス原則」という。
日本のミティゲーションは、このノーネットロス原則を明示していないし、前提ともしていないんだ。だからしばしばミティゲーションと称して、見せかけの「代償」でお茶を濁す。
少なくとも公共事業においては、まずはノーネットロス原則というのを確立すべきだろうな。
あとは、個別具体的に議論していけば、落ち着くところに落ち着くと思うよ。
あとねえ、ノーネットロス原則はなぜ必要かといえば、そもそもはその対象になるような環境が減少しており、それを食い止めることの公益性が高いということにあるんだ。つまり、アウト・オブ・カインドの考え方とはある意味二律背反の関係になるということも忘れちゃならない。
Aさん民間の開発ではノーネットロス原則はどうなるんですか。
H教授ボクは必要だと思うが、憲法上の財産権との関係で社会的な合意を得ることは難しいと思うな。
それよりは開発面積に応じてかなり高い自然改変税を課し、これで開発を抑制するとともに、その税額で保護対策を図るとかの方が手っ取り早いと思う。
Aさん話を元に戻しますが、「代償」よりは「低減」を優先し、「低減」よりは「回避」を優先というのがミティゲーションの本線ですね。でも今の話だともっぱら「代償」ばかりじゃないですか。
3つのRではRecycleよりReuse、ReuseよりはReduceと言っておきながら、現実にはRecycleばっかり優先しているのにも似ていませんか。
H教授ん、なかなか鋭い指摘じゃないか。でも、それは当然なんだ。
そもそも、アセスってのは誰がやるんだ。
日本型「回避」とは
Aさん計画・事業主体です。…あ、そうか、だったら自己否定するに等しい「回避」を最優先するわけありませんね。
H教授ん、だからアセス図書では「「回避」を最優先に考えたけど、できませんでした。ついで「低減」を考え、目いっぱい「低減」したけど、これが精一杯でした。その代わりにこれだけの「代償」をします」というストーリーづくりに励むことになる。
Aさんじゃあ、日本ではホントの意味での「回避」というのはないんですか。
H教授日本では、そもそも大きな開発構想というのは事前に環境部局と協議調整を図るのが当たり前なんだ。その時、これはいくらなんでもということで、環境部局が拒否して流れたというケースが結構ある。これが「回避」だ。あるいは大幅に規模を縮小させたりもしている。これが「低減」だ。
だけど、こういう回避や低減は水面下で行われ、表に出てこないから、実態はよくわからない。
環境部局との調整がつき、これでいいでしょう、アセスしましょうということになって初めてオープンになる。だからアワスメントになっちゃうんだ。
まあ、中には環境部局との調整未了のまま突っ走ったりして、大きな反対運動が起こった結果として、回避や低減を余儀なくされることもままあるけどね。藤前干潟とか三番瀬がその典型例と言えるだろう。
拡大ミティゲーション論
Aさんで、センセイのいう「拡大ミティゲーション」というのは? オフサイトとかアウト・オブ・カインドのことなんですか?
H教授違う違う。ノーネットロス原則を、空間的な環境改変時の原則に限ることはないということだ。
例えば、空間だけじゃなく「時間」という要素を取り入れて考えてみるんだ。
そうすると自然再生事業なんてのは、まさに時間を要素に入れたミティゲーション、つまり時間差ミティゲーションじゃないか。
Aさんまあ、そういえばそうですね。でも、それがどうかしたんですか。
H教授空間や時間だけでなく、「次元」をもうひとつ上げたっていい。つまりアセス用語に限定することなく、環境保全の一般的な原則にするということだ。アインシュタインが特殊相対性理論を一般相対性理論に拡張したようにね。
Aさんもう! わかりやすく説明してください。ネット資源が「もったいない」じゃないですか!!
H教授先日、ある会合で日本を代表する電機メーカーの話を聞いたんだけど、「わが社は“2010年地球温暖化負荷ゼロ企業”を実現させる」って言うんだ。
Aさん2010年には二酸化炭素排出ゼロを目指すというんですか。そんなバカな。できるわけないじゃないですか。
H教授その説明はこういうことだ。以下の数字はデタラメで、単にわかりやすくするためだと思ってくれ。
現在年間100万トンの二酸化炭素を排出しているとしよう。もちろん単位製造量当たりの二酸化炭素排出量は年々減らしていくんだけど、2010年には製造量が二倍になり、そのときの二酸化炭素排出量は150万トンになるという予測なんだ。
Aさんどこが二酸化炭素排出量ゼロなんですか。1.5倍になってるじゃないですか。
H教授そっから先がミソなんだ。
そうして作り出される電化製品は省エネタイプの最先端を行くもので、現在使われている製品がそれだけ買い替えされると、その製品使用に伴うトータルの二酸化炭素排出量は現在の1000万トンから2010年には850万トンになる。つまり150万トン減る。
製品製造に伴う二酸化炭素排出量は150万トンだから差し引きゼロになるってわけだ。これを称して「地球温暖化負荷ゼロ企業」って言ってるわけだ。
Aさんはあ? ちょっと待ってください。
現在の二酸化炭素排出量は製造時の100万トンに使用時の1000万トンで計1100万トン。
2010年には製造時150万トンに使用時の850万トンで1000万トン。
ちょっと減っただけじゃないですか。何が排出ゼロですか!
H教授「排出ゼロ」とは言ってない。「負荷ゼロ」と言ってるんだ。要するに、排出量が減ることが重要なんだし、面白い発想だと思うよ。
これってある意味じゃあ、ミティゲーションの「代償」の発想じゃないか。
もちろん排出原単位を減らす努力をしない言い訳にさせちゃいけないけどね。
Aさんなんかごまかされた感じがするなあ。
H教授重要なのは、この発想は他にも適用可能だということだ。
例えば、大気や水質の汚染で健康に与えるリスクを減らすことはもちろん一番大事だし、ゼロに近づける努力が必要だ。だけど、原理的に完全ゼロにすることはできない。
一方、その健康リスクをはるかに上回る健康向上をもたらすような製品開発に力を入れ、トータルリスクをゼロどころか一挙に大幅マイナスにするというのを基本方針とするようなことも可能だろう。
Aさんそれって詭弁じゃないですか。
H教授お、難しいコトバ知ってるな。
Aさん馬鹿にしないでください。何が「拡大ミティゲーション」ですか! …どんないい話かと思えば。
H教授そうかなあ、キミ若いのに頭が固いねえ。ある種の発想の転換だと思うけどなあ(未練たっぷり)。
Aさんはあー(深い溜め息)。でももう夏休みだ。しばらくセンセイの顔を見ずに済むかと思うと、ほっとします。
H教授それはこっちのセリフだよ。
Aさん、H教授(同時に)フン!!
注釈
- 【1】日本沈没
- 1973年に刊行された小松左京著の長編SF小説「日本沈没」。超ベストセラーになるとともに、映画化、テレビ化、ラジオ化、劇画化などされ、一大センセーションを巻き起こした。2006年に、再び映画化されている。
- 【2】海洋大循環
- 【3】The Day After Tomorrow
- 2004年に公開されたアメリカの映画。気候変動に関する研究成果を基に、地球温暖化によって引き起こされる可能性のある地球崩壊への道のりを描いたパニック超大作。異常気象がもたらす様々な大規模自然災害を壮大なスケールで映像化し、話題を呼んだ。
- 【4】>打ち水大作戦
- 【5】北朝鮮のミサイル問題と、国連安保理の非難決議
- 【6】滋賀県知事選挙
- 【7】ドミニカ移民問題
- 【8】G8サミット
- 【9】ミティゲーションの緩和段階
- 【10】アウト・オブ・カインド(Out-of-kind Mitigation)
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なお、いただいたご意見は、氏名等を特定しない形で抜粋・紹介する場合もあります。あらかじめご了承下さい。
(平成18年7月26日執筆、同月末編集了)
註:本講の見解は環境省およびEICの公的見解とは一切関係がありません
※掲載記事の内容や意見等はすべて執筆者個人に属し、EICネットまたは一般財団法人環境イノベーション情報機構の公式見解を示すものではありません。