No.015
Issued: 2004.04.08
第15講 Hキョージュのやぶにらみ環境倫理考
Aさんセンセイ、春ですねえ。桜がとってもきれい!
H教授櫻の樹の下には屍体が埋まってる、か...。
Aさんなんですか、それ。気持ち悪いこと言わないでください。
H教授あ、ゴメンゴメン、梶井基次郎の一節だったんだけど、教養のないキミにはわかんなかっただろうなあ。
Aさんそりゃあ、センセイのように棺桶に片足突っ込んでない、無知な若者ですから。
H教授キミ、教師に対してえげつないこと言うなあ。ま、いいや、ぼくは美女にやさしいから。
Aさんへえ、センセイも人を見る眼があったんですね。尊敬してますよ、ねっセンセ(上機嫌)。
H教授悪人なおもて往生す、美女にはやさしいから醜女にはもっとやさしくすることにしてんだ。
トレードオフとLCA
Aさんへいへい、どうせアタシャ醜女ですよ、さっさと本論に行きますよ。
(うれしそうに)センセイ、前講で廃家電の横流しの話したでしょう。読者から、「リユースの観点からは悪いことではないかもしれないが、あの国だったらフロンの処理なんてしないだろうから、オゾン層保護の観点からは悪いんじゃないか」ってお便りがありましたよ。
H教授(虚を突かれて)うーん、そう言われればそうだな。しかたない、冷媒にフロンを使ってる廃家電は除外ってことにしとこうか。
ま、これも一種のトレードオフって奴だな。
Aさんトレードオフ? なんです、それ。
H教授ほんとにキミ、院生になったってのに、なんにも知らないんだな。レーニンも言ってるぞ、「無知が役に立ったためしがない」って。いや、ちがったか、マルクスがヴァイトウリングに投げつけたコトバだったっけな、ま、それはどうでもいいや。
トレードオフってのは簡単にいえば、あちら立てればこちら立たずという関係のようなことだ。
Aさんもう少し具体的に言ってください。アタシャどうせアタマが悪いんですから。
H教授怒るな、怒るな、顔に小じわが出来るぞ。美人が台無しだ。
Aさんもう、こきおろしたり、持ち上げたりぃ。
H教授ま、いいじゃないか。もう2年ほど前になるけど、「自動車NOX・PM(粒子状物質)法」の規制強化に関して、以下のような新聞への投書があった。
「ディーゼル車は乗用車も、数年以内に車検を通せなくなります。ですがディーゼル車を廃車にして買い替える別の車の製造過程でもエネルギーが費やされ、温室効果ガスも発生します。そうした、新たに生じる環境への負荷を差し引いてなお意義ある規制かどうか検証した規制なんでしょうか。ものは大事に使えと、教わったので、まだ使えるものが強制的にスクラップされることに抵抗があります」という内容だった。
つまりNOX、PMはよくなるかもしれないけど、その代わりスクラップ、つまりゴミが増えたり、スクラップの処理で温室効果ガスが増えるだろう、こういうのをトレードオフというんだ。
Aさんなるほど、ところでそれに対して環境省はなんて答えたんですか。
H教授そのときの環境省自動車環境対策課の答えは、「環境への負荷を数字ではじきだし、比べることはしていません。環境基準の達成は、従来の対策で困難ならば、より厳しい規制を設けるしかありません」だけだった。
Aさんはあ? それってなんにも答えてないんじゃないですか?
H教授(苦笑して)ま、担当課としては、そういう木で鼻をくくったような、すれちがいの答えしか出せないんだろうなあ。よくわかるよ。
Aさんどういうことですか、もっとちゃんと説明してください!
H教授LCAって知ってる?
Aさんセンセイ、まえに試験で出したじゃないですか。Los Angels in California of America って書いちゃった。名答でしょう。
H教授あれはキミかあ。0点どころかマイナス点をつけたぞ。
LCAはライフサイクルアセスメントの略なんだけど、製品なんかの誕生(原料発掘)から死(廃棄)までの生涯を通じてのトータルな環境負荷を評価する手法のことだ。環境省も盛んにその必要性を力説してるんだけど、その質問は、まさにLCAをきちんとしたのかと問うてるに等しいね。
Aさんその環境省がしてないってどういうことなんですか?
H教授できないんだよ。例えばNOXとPMを目標まで減らす2つの手段があったとしたら、その2つのどちらを取るかは本来コストではなく、それこそエネルギーの消費だとか、温室効果ガスだとか、その他の環境負荷の小さい方をとることがいいよね。この場合はLCAは可能だし、必要だ。
でも、NOXやPMを減らすことと温暖化対策とごみの減量の3つでどれがいちばん重要かってどうやって判断するの?
Aさんそんなことワタシに聞いてわかるわけないじゃないですか!
H教授ま、そりゃそうだ。さっきの読者の質問に数字で答えることは可能だよ。でも、数字ったって「NOXとPMを削減することはリンゴ3個を得ることに相当します。それにより生じる環境負荷はバナナ2本を捨てることに相当します」というようなことになる。
いや、それだったら金額で換算できるから比較できるな、義理が3つと人情2つを比較するようなものだ。
Aさんはあ?
H教授環境負荷を抑えるったっていろいろあるよね。ダイオキシンを減らすのも、温暖化を防ぐのもBODを削減するのもみんな重要だ。3つとももっとも効果的に減らせればベストだけど、現実にはそうはいかないし、それどころか、しばしばトレードオフの関係になったりもする。
そのとき何をいちばんのターゲットにするかを決めるのは科学ではなく、個々人の、あるいは社会全体の価値観だし、自分の置かれている立場によってもちがう。
日本のような縦割り社会じゃ、自動車環境対策課の立場からすればそう答えるしかないじゃないか。
Aさんうーん、なんかよくわかんない。
H教授だから、将来の実現可能なビジョンを展望した上でないと、真のLCAの導入はむつかしいということ。
もっともこの場合でも評価はできないまでも、質問者が言ったように、新たな規制によるメリットだけでなく、そのためにどの程度スクラップが増加し、エネルギーを消費し、温室効果ガスを出すかという試算をして公表することは、本来必要なんだと思うよ。
「地球にやさしく」の陥穽
Aさんなるほどねえ、一口に「地球にやさしく」って言ったって結構むつかしいんですね。
H教授キミ、キミ、地球にやさしいなんて言い方はよしたまえ。
Aさんどうしてなんですか、みんなそう言ってるじゃないですか。(段々激昂してくる)センセイは口では環境がどうこうなんて言ってながら、ホントは地球のことなんてどうでもいいんですよね。
センセイみたいな役人がノーパンしゃぶしゃぶの接待を受けて、この日本を無茶苦茶にしたんだ。なんでこんなセンセイに付いてしまったんだろう(泣き出す)。
H教授そんな接待いちども受けてないよ。銀座のクラブも、向島の料亭も行ったことないもの。大体カネも権限もない、当時の環境庁にそんな接待の声がかかるわけないじゃないか。...(小さく)いちどくらいは受けたかったなぁ。
Aさんは?
H教授いや、なんでもない。
そもそも人間がなにをしようが地球が滅びるわけがない。ちょっとした引っかき傷ができるくらいで、それもすぐ回復しちゃうよ。
滅びるのは人間と、可哀想に道連れにされる何割かの生物だけだよ。だから「地球にやさしく」なんてゴーマンというもの。「人にやさしく」って言わなくっちゃあ。
人間中心主義か自然中心主義か
Aさんじゃ、「地球にやさしく」は撤回しますけど、でもそれだと環境保全は人間のためにやるように聞こえますよ。それは人間のエゴイズムじゃないですか。人間も含めた生物すべてのためじゃないんですか。
H教授うん、それはじつは環境倫理を考えるうえでの大問題なんだ。
人間はいずれにしても他の動植物を食べないと生きていけないよね。それは生物としての宿命だ。
一方、人間はスポーツとしての狩猟だとか釣りを楽しんだり、戦争で大量虐殺を引き起こしたり、他の生物には考えられない、生存の目的には不必要な残酷なことをする。
そのくせ、愛情だとか哀れみだとか悲しみだとか、生物に不要な過剰な感情も持ってしまった。
これはおおきな矛盾だよね。この矛盾を解消するために、<動物の権利訴訟>だとか、<動物の解放>だとか、<ディープエコロジー>だとか、<ガイア仮説>だとか、さまざまな環境倫理論が提唱されているんだけど、やはり人間と自然を二項対立させてしまう欧米の思想の文脈じゃムリだと思うな。
万物に神が宿るとし、無用な殺生を慎む一方、やむをえず殺生するときは感謝と崇拝の念を抱くという、東洋的というか、アニミズム的というか、縄文人的な感覚の復権が必要なんだろうと思うよ。
Aさんふうん、人間のための環境保全か自然や生物のための環境保全かってのは大問題ですねえ。
H教授理念と言うか、観念のうえではね。でもじつは政策とか行動とかいうレベルで考えれば、そんなたいした差はないさ。
Aさんはあ?
H教授だって昔は人間は神の代理人であり、他の生物は人間の管理下にある、人間のために他の生物はどうなってもいいんだというのが欧米の主流の思潮だった。
でも、いまは表立ってそんなことを言う人はまずいない。
同じ人間中心主義でも、人間も生態系の一部であり、人間のためにも生存の基盤である生態系をむやみに破壊しちゃいけないというように変わってきた。ま、そのとおり行動してるかどうかは別にしてね。となればつまり人間中心主義者も自然中心主義者もやることはそんな大差ないと言うことになる。
獲るべきか獲らざるべきかそれが問題だ ―クジラ―
Aさんそんなことないでしょう。例えば捕鯨の問題なんかはその2つの立場の対立じゃないんですか。
H教授確かにそうみえるかもしれないけど、本質はまったく別だと思うよ。ベジタリアンが言うなら別だけど、一般的には鯨肉を食べる文化と食べない文化の対立なんだ。
何年かまえに日本で開かれたIWC(国際捕鯨委員会)の総会では、絶滅の恐れはなくなったとして、商業捕鯨再開を求める日本などの要求が、またもや米国を中心とする勢力に否決された。
そのシッペ返しで、イヌイットなどに認められていた生存のための原住民捕鯨枠の延長までも否決しちゃった。
世論調査では、日本でも商業捕鯨賛成派よりも反対派のほうがやや上回ったらしいけど、キミは捕鯨再開に賛成、反対?
Aさんよくわかんない。ワタシ、クジラなんて食べたことないもの。
H教授はは、美味しかったらいいというのか。名答だ。
Aさんそんなこと言ってません!
H教授ま、いいや。病原体生物や衛生害虫については保留するとして、人為による動植物の種の絶滅はなんとしても避けなくちゃいけない、というのはわかるよね。
クジラについてはかつて捕鯨のため頭数が減り、絶滅に瀕しているというキャンペーンが盛んになされた。
でもその背景には、あんな可愛い、高い知能を持った動物を殺すのは可哀想という欧米の情緒的な世論があったんだ。
一部の種類を除いては絶滅に瀕していない、というのが大多数の科学者の意見だったらしいんだけど、衆寡敵せずで、商業捕鯨は中止、以降は細々と調査捕鯨という形で実施されるだけで、その結果、鯨肉はいまや貴重品になってしまった。
Aさん美味しいんですか。
H教授昔は牛や豚よりも安く、給食でよく食べたんだけど、その頃は美味しいと思わなかった。いまは珍味だから美味しいと思うけど。
Aさんいちど食べさせてくださいね。ところでクジラは減ってるんですか。
H教授うん、そこが問題なんだ。調査捕鯨のデータなどが集積し、もはや絶滅に瀕するどころか、増加傾向にあることは科学的にはだれも否めないところまで来ている。そこで、IWCがどうするか注目を浴びたんだけど、やっぱり再開はならなかった。
Aさんでもやっぱりクジラやイルカを殺すのは残酷じゃないですか。
H教授きみはマグロや牛や豚は食べないの? ぼくは昔、養豚場を見学したことがあるけど、ほんと子豚って可愛いんだぜ。それをわれわれは食っちゃうんだ。もちろん、食肉用の家畜なんだから、野生の動物とはまったく別だという論理はそれなりに正しいけど、ときには人間の生存のために殺される動物に対し、心の片隅で感謝と痛みを忘れるべきじゃないと思うな。
Aさんでもセンセイ、ハエだったら平気で殺すでしょう。
H教授うーん、それはそうだ。一般的には、小さいものより大きいもの、殺される動物の苦痛を理解できないものより理解できるものの方が、なんとなく殺すことに目覚めが悪いし、ヒトに被害や迷惑を与えるものだったらそれほど気にせずに殺せるということはあるな。でも、一茶なんかは、やれ、打つなハエが手を擦る足を擦ると言ってるぞ。
Aさんやはり食文化のちがいなんですかねえ。韓国のイヌ食も欧米に非難されてますよねえ。
H教授だけど、クジラの捕獲や利用は欧米の方がもっとえげつない歴史を持ってるんだよ。
Aさんえ、そうなんですか?
H教授日本では昔は獲ったクジラは食べるだけでなく、余すところなく利用し尽くした。
大体日本では、明治になるまで人為のため絶滅した動物なんてなにひとつ知られていないんだよ。
欧米では鯨油を取るだけのために乱獲した歴史があるし、太古の昔から絶滅させた動物は枚挙にいとまない。
だから珍妙な陰謀論がでてきた。
Aさんえ? なんですか。その珍妙な陰謀論って。
H教授梅崎っていう人の書いた「動物保護運動の虚像 ―その源流と真の狙い─」(成山堂書店)だよ。C・W・ニコルが推薦している。
これによるとね、欧米のエスタブリッシュメントは、「地球を自分たちが支配できる規模に保つために、有色人国家の経済と人口の成長を、できるだけゼロに近づける戦略を持っている。その一環として、環境・動物保護運動を起こしている」そうだ。
そのためローマクラブに「成長の限界」などを書かせて、正当化を図ったんだが、その先兵がグリーンピースなどの捕鯨反対運動だっていうんだ。クジラは愛らしい知能の高い動物だ、というキャンペーンで世論を誘導したというんだよね。
まあ、それなりに筋は通っていておもしろいけど。
Aさんセンセイはそれを信じているんですか?
H教授まさか。だったらブッシュの―あ、いけない、同盟国の元首を呼び捨てにするとはなにごとかなんて投書もあったから言い直すけど―、ブッシュ大統領の反環境路線なんて出てくるわけないじゃないか。
Aさんで、結局センセイは商業捕鯨再開に賛成なんですか?
H教授賛成は賛成だけど、それほど積極的じゃないなあ。
絶滅に瀕しているわけじゃないから、他の動物と同じで、獲ったっていいとは思うよ。
でもイヌイットはともかくとして、われわれはクジラは食べたいけど、別に食べなくても生きていけるし、ちょっと可哀想かなあっていう気もしないわけじゃない。
それに、商業捕鯨を再開しようと思っても、もう設備を廃棄しちゃってるから、本格的な再開は無理じゃないかと思うよ。
Aさんなんか歯切れが悪いですねえ。
H教授うーん、ヒトとヒトの共生、ヒトと自然との共生、ヒトと動物との共生とかいうのを具体的にイメージするとき、理性で考えた答えはしばしば感性と衝突する。
このヒト特有の過剰な感情をどう扱うかが、むつかしいねえ。
正直言って、我家の美生(ミオ)が死んだりしたら...。
Aさんミオ? なんですかそれ。
H教授我家のでぶっちょメスネコだよ。キミより百倍も大事な存在だ。もし彼女が死んだりしたら、知識でしか知らないアフリカの何十万人の餓死のこともすべて忘れて、嘆き悲しむと思うよ。
Aさんハイハイ、一所懸命そのデブメスネコを可愛がってやってください。
でもヒトのメスだけは手出ししちゃダメですよ。出そうたって、相手にされるわけないですけどね。
あ、それ以上近づいちゃダメ! ダメだって、キャー!!
H教授バカ、でっかい蚊がいたから叩こうとしただけじゃないか。だれがキミなんかに。
Aさんバカ言わないでください。まだ蚊がでる季節じゃないでしょう!
H教授う、そう言われればそうだなあ、じゃあ、なんだったんだろう。
Aさんそれって飛蚊現象でしょう。老人のかかる目の病気の前兆だそうですよ。センセイの場合、それを言い訳にしたセクハラかもしれませんけどね。
H教授うるさい。それに温暖化やヒートアイランドで蚊の出現時期や蚊の種類だって変わる可能性がある。マラリアが将来は日本に北上するかもしれないし、西ナイルウイルスだって蚊が媒介するって話だ。
Aさんもうだいぶ貴重な誌面、というかどうか知らないけど、使いましたよ。さっさと最近の環境行政時評に行きましょう。
H教授そうだな、生態系というか生物多様性の話に関しては、2つばっかり新しい動きがあった。
Aさんなんですか、例の亜鉛の排出基準(→第7、8、9講【1】)ですか?
カルタヘナ議定書と遺伝子組換え
H教授いや、そっちは知らない。ひとつはカルタヘナ議定書が発効し、それに伴い正式名称を遺伝子組換え生物のなんちゃらたら言う「カルタヘナ法」が先日施行された【2】。
Aさんカルタヘナ議定書?
H教授うん、生物多様性条約に基く議定書で、遺伝子組換え生物の環境影響を防止するための国際的な取り決めだ。そしてそれを担保する国内法がカルタヘナ法。
Aさん遺伝子組換え生物ってなんか不気味ですよねえ。モンスターが生じたらどうしようかって思っちゃいますよ。
H教授遺伝子の突然変異は自然界では日常茶飯事だ。ある意味では子どもが生まれること自体、広義の遺伝子組換えといえないことはない。
生物ってのはそうした無数の遺伝子の組み合わせのバリエーションのなかから自然選択で生きのびてきたものなんだ。最適生存原理だよね。
だから、人為的な遺伝子組換え生物を自然界に放てばモンスターどころか、ほとんどがたちまち滅んでしまうだろうと言われている。
そういう意味では、それほど怖がることはないのかも知れないけど、万一ってことがあるから、それへの対応について共通のルールを定めることにしたんだ。
Aさん別に遺伝子組換えを禁止するってわけじゃないんですね。
H教授そりゃ、そうだよ。収量増加や害虫に強い生物を作り出すとかメリットも大きいからね。
ま、でも立花隆のように遺伝子組換え万万歳とは思わないし、慎重であるべきだとは思うよ。
人間に害はなかったけど、風が吹けば桶屋が儲かる式の、予想外の生物への悪影響がでたという例も知られているしね。
Aさんもうひとつは?
エイリアンをめぐって
H教授外来生物種についての法律を国会に出している【3】。
Aさん外来生物種?
H教授帰化植物だとか移入種だとかいわれるものだね、英語で言えばエイリアン。
Aさんそもそもお米だってもともとはそうなんじゃないですか。
H教授はは、ま、そりゃそうだ。でも何百年とか何千年経って定着しているものはいまさらどうしようもないじゃないか。
それにこれからだって人間の生活に役立つものはどんどん移入することになるかも知れない。
この法律は、人間に被害を与えたり、生態系を混乱させるものに関しては移入を原則禁止したり、すでに移入されているものは駆除したりしようとするものだ。それから人間に被害を与えたり生態系を撹乱させる恐れがあるかもしれないものについても一定の規制を加えようというものだ。
Aさんそういえば和歌山の台湾ザルをどうこうという話があったですね。
H教授うん、ニホンザルとの雑種ができ、ニホンザルの純血が撹乱されるから、駆除しようとしているものだね。
動物学の世界では違う種として扱われているようだけど、雑種ができ子孫が残せるということは、種は同じと言うことだと思うんだ。ブルーギルだとかセイタカアワダチソウのように種の異なるものが、土着種を捕まえて食べたり、環境を変えたり ―つまり生態系を撹乱して土着種を滅ぼすという話とは違うよね。
生物多様性条約の世界では種内の遺伝子も多様であるべきで、同じ種でも違う地域に棲むのは違う遺伝子を持っているからそれらを大切にしなければいけないと言っている。例えばホタルにしても岩魚にしても、河川ごとに特徴があるから、ちがう川に放流するべきじゃないという。
Aさんセンセイはどう思うんですか。
H教授キミ、国際結婚はどう思う?
Aさんは? なんですか、いきなり。
H教授もちろん、野生生物の遺伝子の多様性を保全することは重要だし、それを撹乱するような人為的な持ち込みをすべきでないし、持ち込まれたものは可能ならば駆除することにも反対はしない。ただ、そういう議論が人種の混血はいけないんじゃないかなんてところに結びつかないかが心配なんだ。
たとえば、ナチスの純血主義なんかはその典型だろう。
Aさんそりゃ、考えすぎですって。
H教授ま、いずれにしても、人間が勝手に自分の都合で持ち込んでおいて、生態系を撹乱するからっていまさら駆除するのは、やむをえないとはいえ、持ち込まれた生物の立場にたてばあんまりじゃないかと言いたくなるだろうな。そういう意味で、せめて心に痛みを感じるべきだと思うよ。
Aさんなんかごまかされた感じだけど、まあいいか。
他にはなんか法律が上程されていないんですか?
VOC規制導入!
H教授うん、あと4本ある。
ひとつは海洋汚染防止法の改正で、国際条約に対応して、いままで一定程度認められてきたし尿など廃棄物の海洋投棄をより厳しく制限しようとするもの。
それから大気汚染防止法の改正で、これは固定発生源からのVOC(→第10講【4】)の濃度規制を導入しようというものだ。
Aさんセンセイが昔やろうとして挫折したNMHCの法規制ですね。やっとリベンジできたんだ【5】。
これでSPMや光化学オキシダントはぐんと改善するんですか。
H教授まさか。そんな簡単にはいかないさ。
Aさんえ?
H教授まえにも言ったけど、VOCやNMHCはさまざまな発生態様がある。例えばペンキを塗ったり、接着剤を塗ってそれが乾くということは(有機溶剤として使われている)VOC、NMHCを大気中に放出しているということなんだ。今回の法改正では屋外での塗装という大きな発生源というか発生態様は規制できないみたいだし、規制の中身は、マトモな企業ならとっくに対応している程度の規制だから短期的、直接的な削減効果はそれほどないと思うよ。
それでも、法規制されてないから、なにしてもいいんだ的な考えの企業には厳しい規制かもしれない。
とりあえず法の網をかぶせることに意義があるんだということなんだろうな。
Aさんじゃ、なんのための規制なんですか。
H教授この法律は単なる規制だけでなく、というか、法規制は最小限なもので、事業者の自主的取組が重要だと法のなかで明言していることが目新しいね。さまざまな発生態様があり、規制に馴染まないものも多いことから、そうしたんだろうけど、国民も含めてVOCの排出者に対する理念規定、訓示規定もあって、直接的な効果は少ないかもしれないけど、中長期的にはとてもいいことだと思うよ。
産業界も「自主管理で減らせてみせる」と言っているみたいだから、楽しみだね。
それにボクが苦し紛れにはじめたインベントリーというかミニPRTRの試みもちゃんとは入っているみたいだ。
ま、具体的なことは政省令がまだできてないからよくわからないところもあるんだけど、今後の展開を期待したいね。
Aさんでも屋外塗装なんかはどうなるんですか。
H教授たしかに屋外塗装からの負荷は1/4を占めるくらいおおきいし、低VOC塗料の普及を待つしかないんだけど、たとえば公共事業での低VOC塗料の率先使用だとか、エコマークやJISとの連動だとか、規制以外のツールをいろいろ考えているらしいよ。
これからは単なる○か×か式の規制とは一味ちがう道を模索していかなければならないんだけど、貴重な試みだね。
Aさんやむなくそうしたという面もあるんでしょうけど、うまく行ってほしいですね。
環境配慮促進法案上程
Aさん...で、他には?
H教授廃棄物処理法も改正される。岩手・青森県境の産廃不法投棄問題と硫酸ピッチ問題がきっかけで、重大な不法投棄には国が関与できるようにしたり、県の権限というか責務を重くした。
後者に関しては、硫酸ピッチを基準にしたがわない方法で処理したり、従前の産廃の不法投棄や不法投棄未遂だけでなく、不法投棄目的の収集運搬などの準備行為までも処罰の対象にしようとするものだ。
Aさんなんだか改正ばっかりですね。新法はないんですか。
H教授あるよ、いわゆる環境配慮促進法というのができそうだ【6】
Aさんなんですか、それ。
H教授環境報告書って知ってる?
Aさんええ、もちろん。いまブームみたいですね。
H教授この法案は環境報告書推進法案といっていいかもしれないな。
環境報告書はいろんな企業で作りだしたけど、手前味噌みたいなのも散見されるから、その仕様を揃えようとするとともに、一部上場企業だけでいえば、まだ1割弱しか作ってないみたいだから、これをもっと普及させることを意図したんだろうな。
特殊法人などの公的企業には一定仕様の環境報告書とその第三者チェックを義務付け、その他の大企業にも環境報告書作成の努力義務を課そうというもんだ。
Aさん毎回、毎回、いろんな法律改正や新法をつくる動きがあるんですね。
H教授うん、新法つくりや法改正は役人の勲章だからな。
でも、それで環境がどれだけよくなるのか、わからないようなのが多いような気がするね。
Aさんじゃ、センセイはどういう法律や施策が必要だと言うんですか。しかも実現可能な。
H教授はは、それがわかってれば、キミとの環境漫才なんてやってないよ。
注釈
- 【1】亜鉛の環境基準に関するこれまでの話題
- 第7講
- 第8講
- 第9講
- 【2】カルタヘナ法について
- 正式名称:遺伝子組換え生物等の使用等の規制による生物の多様性の確保に関する法律
- 環境省生物多様性センター「カルタヘナ法関連情報」
- 文部科学省の同法関連ページ
- 同省解説資料
- 【3】外来種対策法案について
- 環境省報道発表(平成16年3月8日)「特定外来生物による生態系等に係る被害の防止に関する法律案」の閣議決定について
- 環境省自然環境局「外来種(移入種)対策について」
- 【4】VOCに関するこれまでの話題について
- 第10講
- 【5】NHMCについて取り上げた過去の講義
- 第8講
- 【6】環境配慮促進法案について
- 環境省報道発表(平成16年3月8日)「環境情報の提供の促進等による特定事業者等の環境に配慮した事業活動の促進に関する法律案について」
この記事についてのご意見・ご感想をお寄せ下さい。今後の参考にさせていただきます。
なお、いただいたご意見は、氏名等を特定しない形で抜粋・紹介する場合もあります。あらかじめご了承下さい。
(2004年3月18日執筆・同年4月2日編集終了)
参考:南九研時報第34号(2002年6月)
※掲載記事の内容や意見等はすべて執筆者個人に属し、EICネットまたは一般財団法人環境イノベーション情報機構の公式見解を示すものではありません。