“災害級の暑さ”にあえいだ2018年の夏 ──異常気象と温暖化の影響
2018年の新語・流行語大賞のトップテンに選ばれた「災害級の暑さ」。7月23日には埼玉県熊谷市で観測史上最高気温を更新する41.1℃を記録したのをはじめ、各地で40℃を超える高温が観測され、熱中症対策への意識も上がったといえます。「不急不要の外出」を避けるなど、気象庁が記者会見で発した「災害という認識」の言葉とともに、公立小学校のエアコン設置状況などが社会的に大きな話題を呼びました。
7月に列島を襲来した西日本豪雨とも呼ばれた「平成30年7月豪雨」も、“災”の年を象徴するものでした。気象庁によると、6月28日から7月7日にかけて西日本を中心に北海道や中部地方などでも大量の降雨をもたらす結果となりました。台風7号と長期停滞した梅雨前線の影響で、水害を主として死者200名以上の大災害となりました。謹んでお悔やみ申し上げます。
この他、各地の梅雨明けが6月と、気象観測史上最速を記録したり、札幌の初雪が観測開始以来、1890(明治23)年と並んで最も遅い11月20日(平年より23日遅れ)に記録されたりと、2018年も「観測史上初」という言葉が何度も聞かれました。
ただし、必ずしも額面通りには受け止めることができない面もあるようです。エコチャレンジャー(第84回)で東京大学サステナビリティ学連携研究機構特任教授の住明正さんが話すように、「ただ、今の考え方では観測データを金科玉条にしていますが、その歴史はたかだか50年に過ぎないわけです。(中略)観測されたことは、現実に起きたこととして正しいんだけど、それが母集団全体のことを表しているのかを推定するには、50年間では短すぎるのです。(中略)これまでの数十年間の観測では見つからなかっただけで、気候という普遍的な観点に立てば、何百年という時間スケールの中では過去にも起こり得たことだし、将来的にも起こり得るのです」
異常気象という言葉も、世界的にはエキストリームイベンツ(Extreme
Events)、直訳すると「極端現象」という方が一般的です。「異常」というと、その裏には「正常」があり、変化しないことが普通という感覚につながると住さんは言います。変化が起きることに対して、本来起きてはいけないことというイメージを抱くことになるわけですが、自然というのは多様なことが起こり得るのが元来の姿といえます。
こうした「異常気象」と地球温暖化との関係について、住さんは「いろいろと起きていることに関して、温暖化が絡んでいると考えるのが普通です。ただ、温暖化の影響は、もともと自然が持っている変動度を強化するということであって、温暖化によって何か違ったことが起きるというわけではないんです」と語ります。
なお、2018年10月には、温室効果ガス観測衛星「いぶき2号(GOSAT-2)」を搭載したH2Aロケット40号機が、種子島宇宙センターから打ち上げられました。「いぶき2号」は、2009年に打ち上げられた「いぶき(GOSAT)」の後継機で、環境省・国立環境研究所・宇宙航空研究開発機構が共同開発し、今後の温暖化観測に大きに役割を果たすことが期待されます。
世界における気象の極端現象 "Extreme Events from a Climate Perspective"
国内だけでなく、世界各地で気象の極端現象──いわゆる異常気象──が観測されました。
世界気象機関(WMO)の発表によると、2018年夏前半は北半球で極端な高温、干ばつ、豪雨が続きました。
6月にはオマーン・クリヤットで日最低気温が42.6℃と“異常”な高温を呈しました。アラビア半島の炎暑に加えて、世界有数の海水温の高さになるオマーン湾からの温かく湿った空気が流れ込んだことによるとも指摘されます。
アメリカ・カリフォルニア州のデスバレー国立公園では、7月に連日の52℃超えを記録しました。約100年前の1913年7月10日に世界最高気温となる56.7℃を記録した同国立公園では、この月に観測史上世界最高となる月間平均気温42.2℃(華氏108.1度)を記録したと米国立公園局も発表しています。
北ヨーロッパでは干ばつと高温が続き、北極圏でも30℃を超えました。アメリカ・ノースカロライナ州などをハリケーン“フローレス”が襲来したのは、9月14日のことでした。
一方、南極では地球上で最も寒い気温となる-98℃が記録されたり、サハラ砂漠で異例の積雪がみられたりと、暑さだけではない極端現象が観測された年でもありました。
世界気象機関(WMO)は、個々の極端現象の原因の特定はできないものの、全体として温室効果ガスの濃度上昇に伴う長期の気候傾向と一致するとし、気候変動の影響を指摘しています。
なお、そのWMOでは、11月には世界の主要な温室効果ガス濃度が観測史上最高を更新したとする「温室効果ガス年報第14号」を公表。温室効果ガスの排出量は引き続き増加を続けており、いまだ減少に転じてはいないことがはっきりと示されたといえます。
脱プラスチック社会へ一歩前進 広がるプラスチック製品禁止の動き
UNEP「SINGLE-USE PLASTICS」の表紙
環境省「プラスチック・スマート」キャンペーンのロゴマーク
2018年に大きな転機を迎えたのが、脱プラスチックへの潮流でした。
6月8日〜9日にカナダで開催されたG7シャルルボワ・サミットで採択された「海洋プラスチック憲章」は、これまで気候変動などと比べると必ずしも大きく取り上げられてはこなかった海洋プラスチックの問題に対する世界の注目を集める一つの大きなきっかけになりました。
そんな海洋プラスチック憲章に対して、日本がアメリカとともに署名を見送ったことも、世間の注目を集めるきっかけの一つになったとすると皮肉なことと言えます。2016年のG7富山環境大臣会合では、日本政府が主導して海洋プラスチックごみの問題を主要な課題の一つとして議論し、マイクロプラスチックを含む海洋ごみ対策の重要性等をG7として確認したのとは対照的な対応でした。
2018年に進んだ各国機関等によるプラスチックごみ対策の事例としていくつか挙げると、EUでは、1月に「プラスチック戦略」を公表し、5月には「容器包装指令におけるリサイクル目標」の改訂および「プラスチック製品の環境負荷低減に係る指令案」を公表するなど、立て続けに対策が打ち出されています。イギリスでも、1月に2042年までに不要なプラスチック廃棄物をゼロにする「25年の長期環境計画」が公表されました。
これまで世界から年間約700万トンのプラスチック廃棄物を輸入してきた中国では、7月に入って、2018年末及び2019年末に輸入が禁止される目録を公表。日本は年間約150万トンのプラスチックくずを海外に輸出してきましたが、うち、約75万トンが中国向けでした。
6月にUNEPが発表した報告書「シングルユースプラスチックス(SINGLE-USE PLASTICS: A ROADMAP FOR
SUSTAINABILITY)」によると、先進国のみならず、アジア・アフリカ・中南米などの途上国でもレジ袋規制(課税・有料化や禁止令)を規定する国は少なくありません。なお、同報告書では、産業セクター別のプラスチック生産量(2015)は容器包装セクターが最も多い全体の36%を占めており、国別人口当たりのプラスチック容器包装の廃棄量の比較では、日本が米国に次いで多いなどのデータも紹介しています。
日本国内の法規制に関しては、6月15日に成立した改正海岸漂着物処理推進法において、海洋環境の保全の観点等を追加し、「災害ごみ」「漂流ごみ」を定義に追加するとともに、マイクロプラスチック対策に関する規定を追加して、国際的な連携の確保及び国際協力の推進を図るとしています。また、6月19日に閣議決定した第4次循環型社会形成推進基本計画では、「プラスチック資源循環戦略」を策定するため、中環審・循環型社会部会の下に新たにプラスチック資源循環戦略検討小委員会を設置。去る11月19日から12月28日にかけて、レジ袋有料化義務化等によるワンウェイプラスチックの使用削減や、ポイ捨て・不法投棄撲滅・適正処理、バイオマスプラスチックの導入・拡大などの内容を含む「プラスチック資源循環戦略(案)」に対する意見の募集(パブリックコメント)が実施されました。
国際機関や行政などの取り組み以上に、民間による脱プラスチック化への動きが大きく注目されました。
米コーヒーチェーン大手スターバックスがプラスチック製の使い捨てストローの使用を2020年までに世界中の店舗で廃止すると発表したのは7月のことでした。以来、外食産業によるプラスチックストローの使用見直しの他、食品メーカー等によるプラスチック容器包装等における代替素材の導入など、脱プラスチック化が一気に加速した2018年でした。
パリ協定の本格運用に向けた実施指針を採択 〜COP24「カトヴィツェ気候パッケージ」
ポーランドのカトヴィツェで12月2日から15日まで開催された国連気候変動枠組条約第24回締約国会議(COP24)。延長を含む2週間に及ぶ緊迫した交渉の結果、パリ協定の本格運用に向けた実施指針「カトヴィツェ気候パッケージ」が採択されたのが最大の成果となりました。 あらゆる国が気候変動対策に取り組む役割を果たすため、各国では2020年からのパリ協定実施に向けて自国の適応・緩和策を実現する国内制度の制定・実施体制確立を行うとともに、途上国の気候行動への資金援助の明細を盛り込むことが求められます。 途上国支援資金の2025年以降の目標の設定プロセスや、世界全体の実施状況を確認するために5年サイクルで予定されているグローバル・ストックテイクの実施方法、技術開発と移転についても決定されました。 COP23で開催が合意され、2018年1月から12月のCOP24までの1年間をかけて続けられたタラノア対話については、IPCCの「1.5℃特別報告書」に沿って緊急の行動を呼びかける「タラノア・行動の呼びかけ」として取りまとめられています。 ただし、パリ協定第6条の「市場メカニズムの活用」については合意に至らず、2019年にチリで開催されるCOP25に持ち越されました。
今回のCOP24での「パッケージ」の採択により、パリ協定が開始されることになるわけですが、各国が協定の趣旨に沿って着実にかつ加速的に温室効果ガスの排出削減に取り組んでいく上で、国際協調がますます重要になっていきます。
VIDEO
COP24閉会、各国は「カトヴィツェ気候パッケージ」に合意(COP24 closing in Poland, countries adopt "Katowice Climate package")
IPCC「1.5℃特別報告書」を発表
IPCC「1.5℃特別報告書」の表紙
前項でも触れたように、IPCCが通称「1.5℃特別報告書」を取りまとめて公表。正式名称は、『1.5℃の地球温暖化:気候変動の脅威への世界的な対応の強化、持続可能な開発及び貧困撲滅への努力の文脈における、工業化以前の水準から1.5℃の地球温暖化による影響及び関連する地球全体での温室効果ガス(GHG)排出経路に関するIPCC特別報告書』で、12月にポーランドで開催されたCOP24における重要な科学的資料として、韓国・仁川で開催されたIPCC第48回総会で承認されました。 主な内容として、1.5℃に抑えた場合には2℃に抑えた場合に比べて、例えば世界の海水面上昇が10cm低くなること、夏季に北極海が氷結しない可能性は10年に1回以上が100年に1回に減らすことになること、またほぼ100%となるサンゴ礁の死滅率は70〜90%に抑えられることなどが示されています。 そして、この1.5℃の上昇に食い止めるという目標を達成するには、土地、エネルギー、産業、建築、輸送、都市のそれぞれで急速かつ広範に変革(移行)する必要があり、全世界のCO2排出量を2030年までに2010年比で約45%減少、さらに2050年頃には正味ゼロにする必要があるとしています。
国内外で多数の自然災害(地震・火山関連災害)が発生
第1項及び第2項で紹介した、国内外の気象の極端現象とそれに伴う気象災害の発生とは少し趣を異にするため項を分けて紹介しますが、2018年はこれら以外にも多くの自然災害(地震・火山関連災害)に見舞われた年となりました。
国内では、6月18日に大阪府北部で発生したマグニチュード6.1の地震で、最大震度6弱が観測されました。この地震によって、高槻市の小学校でブロック塀が倒壊し、登校中の小学生が死亡する事故が発生。事故後に、建築基準法による基準に合わない現状があったとともに、防災アドバイザーによる危険性の指摘があったにもかかわらず看過されていたことなども発覚し、文部科学省による全国小中学校におけるブロック塀の緊急点検要請や国土交通省による一般建築物におけるブロック塀のチェックポイント作成など、社会問題化しました。また、地震の発生直後には大阪府及び兵庫県内の広範囲で停電となったほか、大阪府を中心とする関西地方の多くの交通機関が運転を見合わせたことで、多くの帰宅困難者が発生しました。
9月7日には、平成30年北海道胆振東部地震が発生。マグニチュード6.7、震源の深さ37km。最大震度は、震度階級で最も高い震度7、北海道では初めて観測されました。土砂崩れなどによって40名以上の死者を出すとともに、道内の半分の電気を供給していた苫東厚真火力発電所ではボイラー管破損による広範囲の停電が発生。連鎖的に他の発電所も停止するとともに、北海道・本州間連系設備の送電も止まった結果、離島などを除く管内のほぼ全域で電力が止まる「ブラックアウト」となりました。北海道電力では1951年の創設以来初の道内全域停電となるとともに、電気事業連合会によるとブラックアウトの発生自体も国内初とのこと。
なお、2018年の「今年の漢字」に選ばれた「災」の文字には、第1項の気象災害も含めて、日本各地で発生した大規模な自然「災」害によって多くの人が被「災」したこと、自助共助による防「災」・減「災」意識の高まりなど、新元号となる2019年以降に向けて「災」害を忘れないと心に刻む一年を象徴する文字として選ばれました。
海外でも、地震や噴火、山火事などの災害が多数発生した年となりました。
9月30日にはインドネシアのスラウェシでマグニチュード7.5の地震が発生。津波と液状化によって、死者2000人以上の大惨事となっています。さらに年の瀬も迫った12月22日には同じくインドネシアのスンダ海峡で3〜4mの津波が発生。スンダ海峡のアナククラカタウ島にある海底火山の噴火に伴う山体崩壊が原因とみられ、事前の大地震がなく“前兆なき津波”となったこともあり、死者・行方不明者を合わせ約450名を数えました。
ハワイ・キラウエア火山が噴火したのは、5月3日のこと。7月24日にはギリシャで山火事、11月にはアメリカ・カリフォルニア州で大きな被害を生んだ大規模な山火事が発生しました。カリフォルニア州一帯では、夏の高温に加えて、例年の半分ほどの降水量しかなく乾燥していたことで延焼を拡大したとみられています。
奄美・沖縄自然遺産候補地、登録の申請をいったん取り下げ、再チャレンジへ
2020年の世界自然遺産登録を目指す「奄美大島・徳之島・沖縄島北部および西表島」※赤く色づけされた地域が対象(環境省提供)
沖縄島北部の常緑広葉樹林(環境省提供)
アマミノクロウサギ(環境省提供)
6月1日、政府は世界自然遺産候補として前年(2017年)2月にユネスコ(国連教育科学文化機関)に推薦していた「奄美大島、徳之島、沖縄島北部および西表島」(鹿児島、沖縄)の推薦取り下げを閣議了解しました。
国内の遺産候補地で推薦を取り下げた例には、平成25年の「武家の古都・鎌倉」(神奈川)や平成28年の「長崎の教会群とキリスト教関連遺産」(長崎、熊本)があるものの、いずれも文化遺産で、自然遺産候補地では初の例となりました。
自然遺産の登録には、各国政府が推薦する候補地を、条約に基づく諮問機関であるIUCN(世界自然保護連合)が審査・勧告を行った上で、世界遺産委員会で議論され、登録の可否が決まります。奄美・沖縄自然遺産候補地では、2017年2月の推薦後、2018年5月にIUCNによる現地調査が実施されましたが、推薦地域が分断されていることなどから登録延期の勧告を受けることになったのです。日本政府では、この勧告を踏まえた推薦書修正作業を行い、2019年2月までの再推薦をめざすとしました。
諮問機関の勧告には4段階あり、登録延期は下から2番目の低評価に当たります。日本政府が推薦してきたこれまでの自然遺産候補はすべて最も評価の高い「登録」にふさわしいとの評価を得て、そのまま世界遺産委員会での登録が決まってきました。
再推薦後は、改めて諮問機関であるIUCNの現地調査と勧告を経て、早ければ2020年夏の世界遺産委員会で世界自然遺産登録の可否が決定される見込みです。
エコチャレンジャー(第79回)に登場していただいた江戸川大学・国立公園研究所長の中島慶二さんは、「昨年までにやんばる国立公園、奄美群島国立公園は指定されましたが、一昨年指定されたやんばる国立公園の区域に、返還されたアメリカ軍北部訓練場が含まれていませんでした。環境省は、世界遺産登録の推薦後に返還地を国立公園に追加指定するスケジュールを世界自然遺産の諮問機関であるIUCNに伝えていたのですが、国立公園への編入後に改めて推薦をするよう、IUCNから勧告されたのです」とその経緯について話します。
奄美から沖縄にまたがる4島(奄美大島、徳之島、沖縄島北部、西表島)は、大陸からの分離とその後の海面変動などの要因により、大陸と異なる独自の進化を遂げた野生動植物が亜熱帯照葉樹林の中で生息生育している世界的に貴重な地域です。
同地域の世界遺産の価値は、当初、「生態系」(アマミノクロウサギやケナガネズミをはじめとする特異な生物が進化を遂げてきた生態系)と「生物多様性」(国際的な絶滅危惧種が数多く生息生育している地域)として推薦されましたが、IUCNの指摘を踏まえて、「生物多様性」(アマミノクロウサギなど特異な固有生物を含む国際的な絶滅危惧種が数多く生息生育している地域)の価値に一本化されるとのことです。
気候変動適応法が成立 ──温暖化対策に向けた両輪が揃う
国立環境研究所「気候変動適応センター」体制図(国立環境研究所提供)
気候変動への取り組みとして、温室効果ガスの排出削減を主たる目的とする「緩和」と並び、一定程度の温暖化に「適応」することの重要性も高まってきました。6月16日には気候変動適応法が制定され、12月1日に施行。適応の情報基盤の中核として国立環境研究所内に「気候変動適応センター」が開設されました。
同法では、国が定める気候変動適応計画の策定とその進捗状況について把握・評価するための手法開発を義務付けるほか、都道府県及び市町村でも地域気候変動適応計画の策定を努力義務として定めるとともに、地域において適応の情報収集等を行う拠点として地域気候変動適応センター機能を担う体制の確保などを定めています。
なお、国立環境研究所社会環境システム研究センター長・藤田壮さんは、2018年5月のエコチャレンジャー(第77回)のインタビューで、気候変動適応に対する今後の見通しと国立環境研究所をはじめとする研究機関の果たすべき役割について、次のように述べています。 「社会が気候変動に対して、どれだけ対策を打って、どれだけ投資をして、どのような行動展開につなげるかということの検討は、これから急速に具体化すると考えています。枠組み作りを国環研をはじめとする研究機関が行って、それを情報発信し、現場からの反応を受けて改善し、研究を進めるところが鍵かと思います。また、データの提供だけでなく、地域に固有な気候変動情報を提示できるようにしているとともに、実際に適応計画の策定を支える情報を提供することをめざしています」
グリーンランドの巨大氷床、過去数百年で「例のない」速度で融解
地図でみる北極海の海氷年齢の変化(NSIDC Arctic Sea Ice News & Analysis, monthly archives:
October 2017, Figure 4b, https://nsidc.org/arcticseaicenews/2017/10/, W. Meier/National Snow and Ice Data
Center, M. Tschudi et al.)
北極海の海氷が融けた水がたまった"Melt pond"(2007年8月)(菊地隆さん(JAMSTEC)提供)
11月29日、米航空宇宙局(NASA)をはじめとする欧米の国際研究チームは、20年間の衛星画像の分析の結果に基づいて、グリーンランドと南極の大部分を覆う氷床の融解ペースが加速していることを発表しました。氷床の融解を原因とする世界の海面上昇は1992年から2011年までの19年間に約11mmで、この間の海面上昇の20%に寄与したとしています。
なお、これにさかのぼること約2か月、NASAでは最新鋭のレーザー機器「ICESat-2」を搭載した衛星を積んだロケットを米カリフォルニア州のヴァンデンバーグ基地から打ち上げています。初代の「ICESat」は2003年に打ち上げられ、2009年までの運用されてきました。今回の衛星では、より精度の高いレーザーシステムを搭載することで、氷河の状態や海氷の厚さなどを測定するなど、氷床融解の進行状況と海面上昇への影響を調査するとしています。
エコチャレンジャー(第82回)にご登場いただいた海洋研究開発機構の菊地隆さんは、極域(特に北半球)における海氷融解の現状について、「北半球の海氷は、冬に増えて3月ぐらいに一番面積が広くなり、そこからどんどん融けて夏の終わりの9月に一番小さくなります。人工衛星による観測が始まった1979年から20世紀のうちは、9月の最小面積が650万〜700万平方キロメートルくらいで推移していました。その時から見て明らかに減少しています。(中略)今すぐに二酸化炭素排出を全部やめたからといって、変化はもう止まりません。今世紀半ばぐらいまでには、おそらく海氷がほぼなくなるといわれています。北極の海氷減少については、残念ながら臨界点を越えてしまったと思います」と解説しています。
なお、北極の海氷が全て溶けても海水量が増えるわけではありません。菊地さんは、北極の海氷をコップの中の氷に例えます。
「コップの中に氷を入れて水をぎりぎりまで入れて、その氷が融けるのを待っていても水はこぼれないですよね。つまり海に浮いている氷は もともと海水が凍ってでき、既に海に浮いているものですから、海水面上昇とは関係ありません。ただし、海氷がなくなって水温が上がることで水は膨張しますので、これは海水面の上昇に繋がります」
さらに、生態系や北極圏に住む人たちの生活への影響は小さくないといいます。
「シロクマやセイウチに代表されるような、氷と共に生きる、海氷に依存する形で生きている動物たちはプランクトンまで含め、海氷がなくなることで危機的な状況になるのは間違いありません。(中略)北極に住む人たちにとっても大変なことがあります。最近は、沿岸で波が立ちやすくなり、低気圧が来ると高潮が起こるので、アラスカやカナダの北極海沿岸の人たちの生活が脅かされています。沿岸で、これまでにはなかった洪水のような状態が起こるようになってきているからです。度重なる水害で生活が維持できず、移住しなければならない人たちもいます。あるいは、これまでのようにクジラが捕れない、回遊時期が変わった、種類が変わったなど、さまざまな変化があることを、多くの方々に知ってもらえればと思っています」
IPBES 550人の研究者が3年をかけた成果を公表 〜アジア・オセアニア地域の評価報告書など
IPBES「生物多様性と生態系サービスに関する地域評価報告書 アジア・オセアニア地域(政策決定者向け要約)」の表紙
2018年3月23日、IPBES(生物多様性及び生態系サービスに関する政府間科学-政策プラットフォーム)は、550人の研究者が3年間かけた研究成果を取りまとめた評価報告書を発表しました。同報告書では、世界を4つの地域(「アジア・オセアニア」「アフリカ」「南北アメリカ」「ヨーロッパ・中央アジア」)に分け、動植物相や生物多様性の状況を詳しく示したもの、及び「土地劣化と再生」というテーマに特化した評価について取りまとめています。
「アジア・オセアニア」地域で特に注目されるのは、海産資源の乱獲と非持続的な養殖が行われ危機的な状況を引き起こしており、今後もこの生産様式が続けば2048年までに利用可能な資源がいなくなると警鐘を鳴らしたこと。なお、「乱獲」という表現が使われたのは世界でもこの地域だけでした。また、人為的なサンゴの消失が深刻なことなども報告されています。
IPBESでは、こうした現状等の評価を踏まえて、自然との調和を損なわずに実現する経済成長やインフラ開発の持続性の確保が必要なこと、これは逆にいうと生態系を活用した適応策、防災・減災及び持続可能な森林管理等の生態系に基づくアプローチが、パリ協定や持続可能な開発目標(SDGs)などの複数の目標達成に寄与し得るとしています。