No.079
Issued: 2018.07.20
江戸川大学・国立公園研究所長の中島慶二さんに聞く、日本の世界自然遺産と国立公園のいまとこれから
実施日時:平成30年6月29日(金)
ゲスト:中島 慶二(なかじま けいじ)さん
聞き手:一般財団法人環境イノベーション情報機構 理事長 大塚柳太郎
- 江戸川大学国立公園研究所長・社会学部現代社会学科教授。専門は環境政策・環境社会システム。
- 環境省レンジャーとして、国立公園や自然遺産など自然保護と地域づくりの現場で長く実務に携わる。環境省時代には、エコツーリズム推進法の草案づくり、ワシントン条約やラムサール条約に基づく国際協力、全国の鳥獣被害対策など、自然環境行政の最前線で現実の課題と向き合ってきた。
- 2017年〜現職。
- 共著に『国立公園論』(南方新社)2017年。
世界遺産は条約で合意した国同士の約束ごと
大塚理事長(以下、大塚)― 今回は、長年にわたり環境省で自然環境行政に取り組まれた後、現在は江戸川大学教授として自然保護地域や自然保護に関する教育・研究に携わっておられる中島慶二さんにおでましいただきました。夏休みの旅行シーズンを前に、日本の世界自然遺産の特徴や利活用のポイント、さらには国立公園との関係などについて中島さんからお話を伺いたいと思います。
最初に、世界自然遺産はどのような目的で作られ、日本はどのように取り組んできたのか、お話いただけますか。
中島さん― よくユネスコ【1】の世界遺産と言われるのですが、実際は世界遺産条約という国家間の約束ごとです。人類共通の財産である、文化的なものと自然とを守っていこうと、2018年(平成30年)2月現在、世界193か国が条約を結んでいます(ユネスコ加盟国は195か国)。
大塚― ユネスコという国連機関が取り決めているのではなく、国が取り組む人類共通の資産と位置づけられているということですね。
中島さん― はい。国が主体となってその国の資産・遺産をしっかり守っていくしくみになっています。
大塚― 何年くらい前に始まったのですか。
中島さん― ユネスコの総会で条約が採択されたのは1972年です。ところが日本は、20年間条約に参加していません。
大塚― 参加しなかった理由は何でしょうか。
中島さん― はっきりはわかりませんが、私なりに推測すると、条約の一番の眼目が主に途上国の遺産の保護を先進国も手伝うということだったからではないかと思います。先進国はどちらかというと途上国の保護活動を支援する立場で関わるので、すぐに加盟しなければならないような状況ではなかったようです。採択から19年目の1991年(平成3年)、「屋久島環境文化懇談会【2】」の中で当時、国立公園協会の理事長だった大井道夫さんが、日本は条約に加盟した上で屋久島を世界遺産に登録すべきではないかと発言されて、それから外務省も政府全体も動いて、翌年の1992年(平成4年)には条約が締結されました。そして1993年(平成5年)に「屋久島」と「白神山地」が自然遺産で、姫路城と法隆寺が文化遺産で登録されました。
自然遺産については、2005年(平成17年)に「知床」、2011年(平成23年)に「小笠原諸島」が加わり、2018年(平成30年)現在で4か所が登録されています。
世界遺産の登録条件は「価値」「完全性」「保護管理」の3つ
大塚― 今日は自然遺産を中心にお話を伺います。日本にはもともと国立公園や国定公園などの自然公園がありますが、世界自然遺産はそれとは切り離して考えられていたのでしょうか。
中島さん― その逆で、まずは国立公園や保護地域の制度で守られていなければ、世界遺産の登録ができないのです。登録された世界遺産はそれぞれの国がその国の責任で保護する義務があるので、国内法で保護のしくみを作っていなければ、実際に登録地が守られないということなのです。
大塚― 国として、しっかり保護しますよ、というのが前提なのですね。
中島さん― 世界遺産の登録条件には、「価値」「完全性」「保護管理」の3つがあります。1つめの「価値」は、世界遺産の10の評価基準のうち自然遺産に関する4つ【3】のどれかに該当することが必要です。「完全性」とは価値を表しているエリアが基本的にすべて含まれて守られているのかという視点です。3つめは保護管理がしっかりできているのかということです。仮に国立公園などで保護されていない資産を推薦しても、国で保護ができていないという理由で登録されません。
大塚― 世界自然遺産に登録された場所を利活用する場合に、世界遺産委員会から何か言われることはあるのでしょうか。
中島さん― 世界遺産条約は基本的に、人類共通の遺産として価値のある場所をずっと残していきましょうと主張しているので、活用についてあまり言われることはありません。ただし、世界遺産として登録された結果、観光地として注目される可能性は高いので、環境教育やエコツーリズムなどを通じて人びとの注目を保護にとってプラスとなるべく転換するようにと、助言されることはあります。
大塚― 小笠原諸島や屋久島は環境教育などにとても良い場所だと思いますが、まずは保護をしっかり行うことに重点がおかれているのですね。
奄美・沖縄は2020年登録に向け再チャレンジの見込み
大塚― ところで今年、日本政府は世界文化遺産候補として「長崎と天草地方の潜伏キリシタン関連遺産」を、自然遺産候補として「奄美大島、徳之島、沖縄島北部および西表島(奄美・沖縄)」の推薦を目指しました。前者は現在開かれているユネスコの世界遺産委員会で登録が決まりそうですが【4】、後者は2年後の再申請を目指すことになりました。この経緯について教えていただけますか。
中島さん― 「屋久島」「白神山地」に続く自然遺産の推薦を検討したとき、「知床」「小笠原諸島」に加えて「南西諸島」も候補に挙がっていました。しかしながら、南西諸島の中で対象エリアと考えられた奄美大島と沖縄島北部(やんばる)では、保護対象の生きものの生息エリアがほとんど保護地域になっておらず、国立公園に指定するところから始める必要があったのです。
大塚― 今の時点でまだすべてが保護対象地域になっていないのですか。
中島さん― 昨年までにやんばる国立公園、奄美群島国立公園は指定されましたが、一昨年指定されたやんばる国立公園の区域に、返還されたアメリカ軍北部訓練場が含まれていませんでした。環境省は、世界遺産登録の推薦後に返還地を国立公園に追加指定【5】するスケジュールを世界自然遺産の諮問機関であるIUCNに伝えていたのですが、国立公園への編入後に改めて推薦をするよう、IUCNから勧告されたのです。
大塚― 先ほどお話のあった完全性の評価をすると、北部演習場跡地も重要な価値ある地域なので、推薦時に保護地域に含まれていなければならなかったのですね。
中島さん― そういうことです。IUCNの勧告を読むと、生物多様性の評価基準に関しては価値があるとはっきり言っていただいているので、次回推薦の際は認められるのではないかと考えています。
大陸から切り離されたことで残った、近縁の種が存在しない生きもの
大塚― 日本で既に登録されている他の4つの自然遺産と比べて、「奄美・沖縄」の特徴的なことを教えてください。
中島さん― 絶滅危惧種の危険度のランクが高いものがたくさん生息あるいは生育するというのが評価基準の1つなのですが、この点でまず評価されています(IUCN作成の絶滅危惧種リストのうち86種類)。もう1つは生物進化の固有性です。生物の進化史の中で、近縁の生きものがすべて絶滅してしまい、進化上ひとり取り残されたような形で残っている生きものが評価されています。「アマミノクロウサギ」のように形や性質が似ていて、生物学上近い関係にある生きものが他に全然いないけれども、古いウサギの形や特徴を残しているもののことです。小笠原は海洋島で過去に大陸と地続きになったことがないため、海を越えてやってきた生きものが進化してきました。「奄美・沖縄」でも同様の進化はみられますが、もとは大陸の一部だったので、大陸では絶滅した生きものがここでだけ生き残っているのです。
大塚― まさに自然の遺産ですね。
中島さん― 不思議なことが起きるものだということが、生きもので証明されているのがとてもおもしろいと思います。
地域に住む人たちが誇りを持って保護・保全に取り組めるように
大塚― 現在、日本の世界自然遺産は4つありますが、中島さんから見て世界自然遺産指定地域にとって大切なことは何だと思われますか。
中島さん― 一番大事なのは地域に住む人たちです。自分たちの地域の自然環境の価値を世界的なものとして認識して、それに関わっている自らの暮らしにも誇りを持ってもらうことが、一番大切だと感じます。たとえば屋久島では、エコツーリズムのあり方をとことん突き詰めて欲しいです。
大塚― 屋久島はモデルケースと言えるのですね
中島さん― 屋久島に限らず、日本の世界自然遺産はどこも不便な場所なので、マスツーリズム的な受け入れはなかなかできません。少人数だけど付加価値の高い観光の形を目指し、そこに世界遺産のブランド価値を活用してもらえれば、観光業ももちろんですが、それ以外の産業に対しても良い形で波及効果が出ると期待しています。
大塚― 自然遺産地域を訪れる人びとにどういう振る舞いをしてほしいですか。
中島さん― 世界遺産地域の価値は、特に今回推薦した奄美・沖縄など、生物と地球の歴史の関係のようなとてもわかりづらいものです。ただ、その価値に焦点をあてて、それを守っていくためのビジョンを共有することができれば、大きな意味を持つと思います。行政はもちろん、地域社会、そこを訪れる人たちも同じように、その価値と価値を永続させるためのビジョンを共有する作業に関わっていくことができれば、良いのではないかなと思います。
大塚― アマミノクロウサギはフラッと行って見られるわけでもないですし、地域社会の方々とビジョンの共有をするのは簡単ではないような気もします。
中島さん― 世界遺産効果で観光客の数がどんどん増えるかもしれませんが、むやみに数を増やすことを求めないでいただけたらと思います。環境には収容力の限界があるからです。少ない観光客でも、十分な金額を地域に落としてもらうようなしくみを行政と地域社会が一緒になって作っていければ、地域の合意も取りやすいのではないでしょうか。世界遺産であれば観光客の方々も許容できると思います。それが、ビジョンの共有にもつながります。
一番やらなければならないのは外来種対策
大塚― 他に目を向けて欲しいのはどのようなことでしょうか。
中島さん― IUCNの勧告の中には、北部訓練場を組み込む以外にもいくつか指摘があるのですが、その中の1つで、いま一番やらなければならないのは外来種対策だと考えています。奄美大島ではマングース対策にある程度の目処はついたのですが、現在ではノネコ問題が焦点になっています。殺処分はしたくないという人も多くいるので、何らかの形で協力をしていただければ助かります。「ノネコの里親になってくれませんか」という呼びかけが奄美の地元から発信されると思いますので、その時には是非、世界遺産の価値を守ることを日本全国で応援するという意味で、里親に手をあげていただけると大変ありがたいです。
国立公園にもっと注目してほしい
大塚― 最後に、中島さんからEICネットのユーザーの方々へのメッセージをお願いいたします。
中島さん― 世界自然遺産の保護の取り組みで一番重要なのは、国立公園です。ところが最近はなかなか理解されていないというか、知られていないというか、国立公園と聞いてもあまり心が動かない方が多いようです。
大塚― 世界自然遺産やジオパークのような新しい概念に隠れてしまっているのでしょうか。
中島さん― 84年前に日本で初めて国立公園制度ができた時は、今の世界遺産と同じような響きを持っていたと思います。自分たちに関係する制度、あるいは自分たちの生活を豊かにするものだということに気づいてもらい、国立公園が是非復権を果たしてもらいたいと願っています。国立公園に皆さんが目を向けることが、日本全体の自然を良くしていく一番の近道ではないかなと思っていますので、是非、国立公園にも注目してください。
大塚― 中島さんから、世界自然遺産の現状や世界遺産そして国立公園のこれからの展望について、さまざまな角度からお話をいただきました。本日はどうもありがとうございました。
- 【1】ユネスコ
- 国際連合教育科学文化機関(United Nations Educational, Scientific and Cultural Organization / U.N.E.S.C.O.)。
1946年11月4日、国際連合の専門機関として誕生。教育、科学、文化の協力と交流を通じて、国際平和と人類の福祉を促進することを促進することが目的。日本は1951年7月2日に60番目の加盟国となった。 - 【2】屋久島環境文化懇談会
- 鹿児島県総合基本計画の戦略プロジェクトのひとつとして1992年(平成4年)に策定された、屋久島環境文化村構想の理念を検討するために設置された懇談会。屋久島環境文化村研究会、屋久島環境文化村マスタープラン研究委員会とともに、自然と人間の共生を実現しようとする新しい地域づくりの試みである同構想をとりまとめた。
- 【3】世界遺産の10の評価基準のうち自然遺産に関する4つ
- 世界自然遺産に登録されるためには4つの評価基準、すなわち「自然美」「地形・地質」「生態系」「生物多様性」のいずれかを満たす必要がある。屋久島は「自然美」と「生態系」、知床は「生態系」と「生物多様性」、白神山地と小笠原は「生態系」で基準を満たすと認められた。
- 【4】「長崎と天草地方の潜伏キリシタン関連遺産」の世界文化遺産登録
- ユネスコの世界遺産委員会で、「長崎と天草地方の潜伏キリシタン関連遺産」は日本で22件目の世界遺産として6月30日に登録が決定した(インタビューは6月29日に行われた)。
- 【5】アメリカ軍北部訓練場返還地の追加指定
- 北部訓練場は2017年(平成29年)12月22日にアメリカ軍から返還され、2018年(平成30年)6月29日にやんばる国立公園に追加指定された。 環境省報道発表: http://www.env.go.jp/press/105659.html
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