法的なバックアップ

法律のバックアップを受ける黒い森の風車
設置数15,797機、設置容量は約15,000メガワット(2004年6月現在)。ここ10年、ドイツの風力発電利用は急激に伸び、現在世界ダントツのトップです。その背景には、まず、1991年に施行された「電力供給法(Stromeinspeisungsgesetz)」があります。風力や太陽光など、再生可能なエネルギー源によって作られた電力を電力供給会社が20年間買取ることが義務づけられ、その最低買取額が定められました。再生可能エネルギーを作れば必ず誰かが一定額以上の値段で買ってくれ、生産者に必ず利益が出る仕組みができたのです。一種、自由競争を妨げるようなシステムですが、これにより、発展途上で市場も狭く、原子力や化石燃料に比べて生産コストがかかる再生可能エネルギーを普及させるのがドイツ政府のねらいでした。この法律は、2000年、EU内での電力市場自由化に伴い、内容の修正、拡張が行われ、「再生可能エネルギー法(Erneuerbare Energie Gesetz)」として新たに制定されました。現在、ドイツの一次エネルギー総消費に占める再生可能なエネルギーの割合は、約3%、総消費電力に占める割合は9%です(2003年データ)。風力エネルギーの買取価格は1kWh当たり約9セント(約12円)、太陽エネルギーは約50セント(約70円)となっています。
ドイツの風力発電にとって、もうひとつの大きな後押しは、1998年に行われた「建設法(Baugesetzbuch)」第35章の改正です。風車の自然区域への設置に特権が与えられました。簡単に言えば、建設法上の障害が取り払われ、建設許可が出やすくなったのです。黒い森のような中山間地域では、起伏が大きいため、風車の設置可能な場所は、平地に比べ少なくなります。場所が少なければ、他の土地利用との衝突が多くなります。それにも関わらず、ここ数年、黒い森に大きなプロペラが立つようになったのは、風力発電の技術革新とともに、この特権政策によるところが大きいと指摘されます。
景観、美観も自然保護の対象
上に挙げたような法律で、ドイツ政府が再生可能なエネルギーを手厚く保護するのは、風力や太陽熱が、問題の多い原子力、化石燃料に替わるエネルギー源として将来必要になる、公共の福祉に役立つ、と認識したからです。今もっともその恩恵を受けているのが、エネルギー減価償却期間が1〜1.5年と短く効率がいい風力発電です【1】。しかし、最近のプロペラは、全長140〜160メートルと巨大で、広範囲に渡って周りの景観に視覚的影響を与えてしまいます。
景観はひとつの公共資源です。連邦自然保護法の第一章では、動植物とともに、景観(美観)も、守られるべき資源であるとはっきりと明記されています。景観は、人々が保養する空間、そして文化遺産です。社会全体で見れば、風力発電は、気候変動防止という意味で公共の福祉に役立ちますが、ローカルな観点では、同じく公共の福祉として重要な景観に損失を与えかねません。建設法第35章によって風力発電に与えられている特権は、ここで自然保護法第一章と衝突します。ただ、景観が美しいかどうか、価値があるかどうかは、客観的に表すことが困難です。見る人の知識や経験によって変わってきます。風車建設の際、一番解決に困る問題です。
さまざまな論点

牧草地と森林からなる黒い森の美しい景観
黒い森では、自治体、観光協会、ハイキング協会など様々な団体が、風力発電の増加に対して懸念を示しています。中でも一番活発に活動しているのが、「黒い森高地を守る市民協会」です。重要な観光資源であり、住民の文化遺産でもある黒い森の美しい景観を風力発電から守るために設立されたこの団体のメインテーマは、前述の建設法と自然保護法の衝突について解決の道を探ることです。
しかし、この市民協会の論調は、「法的な保護なしには風力発電は全く経済的でない」「安定した電力供給ができない」「山火事や転倒事故の危険がある」「風車の所有者は、国の保護を受け、お金儲けをしている」といったものも少なくはなく、客観的なデータや感情論を持ち出して、主観に頼るところが大きく説得力の弱い「景観論」の弱さを補おうと試みています。
これに対して風力推進派は次のように対抗しています。「風車は景観を壊しているかもしれないが、原子力発電所で事故があった場合と比べれば...」「このまま従来のエネルギーを使い続ければ、気候変動によってもっと大きな自然破壊、景観破壊が起こる」「いくつかのアンケート調査をみても、国民の大半が風力発電に対してポジティブなイメージをもっている。景観保護のために風力発電を阻止しようという少数派の意見は、民主主義では排除されなければいけない」「景観保護と言っているが、原子力支持者が背後に隠れているのでは...」。こちらの手法も反対派と同様、さまざまな比較により風力発電が重要だということを社会に認めさせ、反対派の論拠を打ち砕こうとしています。両者とも、いかにして自分のポジションを確保するか、相手を打ち負かすか、というところに目が行き過ぎているようです。そのせいで、主題である「景観」とはちょっと別のところでの論議・論争になっています。
風力 vs 木質バイオマス
「風力発電より、木質バイオマス利用を先に普及すべきだ」という意見もドイツ有数の林業地である黒い森地域ではよく耳にします。安い外材の流入、過去15年の間にあった2回の大嵐によって木材価格が低下し、低迷する黒い森の林業【2】。木質バイオマス利用は、地域の地場産業である林業の助け船となる可能性を秘めています。ただ、再生可能なエネルギー法で買取補償がされているのは電力部門だけです。木質バイオマスでは、大型のコージェネ施設(発電と発熱を同時に行う施設)だけが制度の恩恵を受け、暖房やシャワーに使われる熱だけを生産する施設には、設備投資の際に補助が出る(バーテンビュルテンベルク州やバイエルン州)のみで、ランニングコストへの補助はありません。
現在、熱エネルギー生産が圧倒的に多く(関連リンク・バイオマス利用分析を参照)、小中規模住宅地の集中暖房施設での利用ポテンシャルが高い木質バイオマス。「一部の人間の利益のために風車を立て、公共の財産である景観を破壊するよりも、熱生産部門でも効果的な補助金制度をつくり、木質バイオマスの利用を促進するほうが黒い森でははるかにいい。林業を助け、公共の財産でもある森を守ることになる。そのほうが社会全体で考えれば利益は大きい」──特に林業関係者からは、このような意見が聞かれます。またベルリンでは、森林所有者組合が、「高い成長を確保している風力の補助金を削減し、今後の地域エネルギーとしての需要が見込めるバイオマスのコージェネ施設に補助を」という働きかけを議員に行っています。ただ、大手の環境保護団体などが風力発電を後押ししてきたことなどから、現在、予断を許さない駆け引きが続いています。
白か黒でなく、灰色

風車は景観を壊しているか?
敵か味方か、イエスかノーか、風力か原子力か。風力発電の是非と景観の問題は、はっきりと白黒がつけられるものではありません。どちらも公共の福祉の向上に関わるものだからです。「風力発電は環境にいい、でも景観を壊している、自分のうちの近くには欲しくない」。いくつかのアンケート調査の結果からも、このような心理的葛藤を持つ人は少なくはありません。それを「自分勝手で中途半端だ」と非難できるでしょうか? また、風力発電と木質バイオマスの議論のように、地域にとって何が一番重要か、何を優先するべきか、という問いかけも無視してはいけないでしょう。白か黒という議論でなく、お互いに相手の意見を受け入れ、合意できる解決策を探っていくやり方、「灰色」の議論が必要なのではないでしょうか。
また、多数決で何でも解決する、少数意見は無視する、というのは少々時代遅れかもしれません。人々に十分な情報を与え、その上でコンセンサスを導いていく。最近の都市計画の市民参加などで行われている手法が適しているかもしれません。その際、カギとなるのが中立的な司会者、コーディネーターです。感情的になりがちで、横道にそれやすい風力発電の景観論争にこそ、有能な司会者は不可欠です。
現在、バーテンビュルテンベルク州では、ポジティブな基準(風速など)、ネガティブな基準(自然保護区域、ウィンドパーク間の距離など)を重ね合わせた風車設置に関する広域マップが作られています。以前は自治体単位で設置場所の指定、申請が行われていましたが、乱立する危険があるので、広域でプランをつくることによって調整しようという試みです。問題を解決するひとつの方法かもしれません。