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No.045

Issued: 2003.05.22

ドイツの『森の幼稚園』五感を使った自然体験の重要性

目次
一人のお母さんからはじまった
森の幼稚園〜様々なグループ〜
五感を使った自然体験の重要性

 1950年代半ばデンマークに誕生した『森の幼稚園』。ドイツでは1990年代半ばからその数が急激に増え、環境教育に熱心な両親のみならず、若者世代を取り込もうと懸命な環境行政や、発育への影響に関心を寄せる科学者からも大きな注目を集めています。森の幼稚園のコンセプトの1つ「五感を使った自然体験」は、環境教育の分野では、「環境市民」を育てるための重要なプロセスだとされています。
 ドイツ国内でもっとも数多く開園されている、南ドイツ バーテン・ビュルテンベルク州のバルトキルヒ、フライブルクにある2つ事例を通して、森の幼稚園と教育科学、行政との関連を探っていきます。

一人のお母さんからはじまった

 園舎も、囲われた敷地も、備え付けの遊具もない「森の幼稚園」。子どもたちは、一年中、四季を通して森の中。枯れ枝や、落ち葉などを使って、想像力のおもむくまま自由に遊びます。
 今から約50年前、森の幼稚園の生みの親となったデンマークのエラ・フラタウ(Ella Flatau)という女性は、自分の子どもを毎日近くの森に連れて遊んでいました。それを見ていた近所の人たちは、当時幼稚園が不足していたこともあって、「彼女に自分たちの子どもも預けていっしょに面倒を見てもらってはどうか」と考えました。やがて彼女の周りに住んでいた小さな子どもを持つ親たちは、自主運営によるヨーロッパで最初の『森の幼稚園』を開園しました。

 ドイツでは、1968年にウルスラ・スーべ(Ursula Sube)という女性が有志の親たちと協力して、ドイツで最初の森の幼稚園を開園しましたが、1990年代の初めまで、森の幼稚園の数はごくわずかで、その存在は世間からほとんど知られていませんでした。
 1991年、ケースティン・イェプセン(Kerstin Jebsen)とペトラ・イェーガー(Petra Jager)という2人の幼稚園の先生は、ある教育専門誌でデンマークの森の幼稚園に関する記事を読み、大変感銘を受けたといいます。
 2人は、デンマークで研修を受けた後、1993年、北ドイツのフレンスブルクにドイツで最初に公認の森の幼稚園を設立しました。このフレンスブルクの幼稚園が行った熱心な広報活動により、そのアイデアはドイツ中に広がり、1990年代半ば過ぎから、ドイツ各地で森の幼稚園が開園しています。
 現在その数はドイツ全土で300以上にものぼります。バイエルン州食糧・農業・林業省によると、同州だけでも30の森の幼稚園があります(2001年時点)。「ドイツ全土の自然と森の幼稚園」というインターネット上のリストでは、バーテンビュルテンベルク州が72件、またシュレスヴィッヒ・ホルシュタイン州(ハンブルク市を含む)が55件となっています。


森の幼稚園〜様々なグループ〜

「森の幼稚園ラヌンケル」 朝集合する山小屋。

「森の幼稚園ラヌンケル」 朝集合する山小屋。


「森の幼稚園ラヌンケル」 ブドウ畑にて土いじり

「森の幼稚園ラヌンケル」 ブドウ畑にて土いじり

「森で遊ぶグループ」 ICE機関士

「森で遊ぶグループ」 ICE機関士

「森で遊ぶグループ」 ままごと

「森で遊ぶグループ」 ままごと

 森の幼稚園の園児は、普通1グループで10人から15人です。1グループあたりに、教育を受けた先生が1人、研修生や親の有志がアシスタントとして1人か2人つきます。ここで、ドイツ・フライブルク市近郊の2つの森の幼稚園を例に、具体的に森の幼稚園の様子を紹介します。

■バルトキルヒ森の幼稚園「ラヌンケル」

 この幼稚園はフライブルクから北東へ15キロ行ったバルトキルヒ(Waldkirch)という町にあります。黒い森のすそ野に位置する町です。
 朝8時45分、親が車で子どもを集合場所まで連れてきます。集合場所には小さな小屋があり、子どもたちは小屋の中で朝のあいさつをした後、それぞれ自分で持ってきた朝食を食べます。
 このような小屋は、どの森の幼稚園にもあり、遊び道具などが置いてあるのです。また天気が悪い日などには、避難場所にもなります。
 朝食が終わると森へ出発です。広い森の中、遊ぶ場所はその日の天気や、子どもたちの希望を優先して決めます。
 2月の寒い時期、久しぶりの晴れ間が訪れたこの日は、太陽を浴びようと、見晴らしのいいブドウ畑で遊ぶことになりました。あるグループは、土いじりをし、あるグループは、草花を使って絵をかいたり、また元気に駆け回ったり、それぞれの子どもが、その場にあるものを使って自分の思いつくまま遊びます。先生の役目は、子どもたちから自然に出てくる質問に答えてあげること、子どものそばにいて危険がないか見守ることです。

■フライブルク「森で遊ぶグループ」

 森の幼稚園にはいろんなタイプがあります。1年中森の中で遊ぶオーソドックスなものから、普段は普通の園舎で子どもたちを遊ばせて、週1回など定期的に森の中へと出かけていくタイプ、また午前中は普通の幼稚園に通っている子どもが、週に1・2回、午後だけ森に通ってくるタイプなど。
  ここ、フライブルクの森の幼稚園は、普通の幼稚園に通う子どもたちが週に1・2回通ってくるタイプです。
 大きな倒木にまたがっている子どもは、ドイツの新幹線ICEの運転手になりきっています(写真)。その数分後、倒木は消防車に早変わりです。
 木の枝などを材料にして家づくりに取り組むグループ、また、木の葉や枝、花びらなどで絵を書いたり、ままごとをするグループもありました。


五感を使った自然体験の重要性

「森で遊ぶグループ」 棒切れをもつ子ども

「森で遊ぶグループ」 棒切れをもつ子ども

「森で遊ぶグループ」 小屋づくり、年齢の高い子どもが中心になって

「森で遊ぶグループ」 小屋づくり、年齢の高い子どもが中心になって

 森のなかでの遊びは危険がつきものです。子どもたちは体をつかって自分の限界を学びます。また、その限界を乗り越えたときの喜びは、自分に対する大きな自信となります。想像力、身体能力、精神と体のバランス、社会性が同時に養われるのです。四季の移り変わりを体で感じることができるのも森の幼稚園の特色でしょう。

 森の幼稚園に通った子どもは、普通の幼稚園を出た子どもより発育(特に学習の能力)に遅れが出るのでは、と心配する声もあります。しかし、ダルムシュタット教育大学教授ローランド・ゲオルゲス(Roland Georges)が行った調査によれば、両者で発育レベルに差はほとんどありません。学校に入ってからの成長を見てみると、森の幼稚園出の子どもの方が、学習面、社会行動、身体の能力とさまざまな面で成長がいい、という結果が出ています。森の中で遊ぶことで培われた想像力、集中力、我慢強さ、精神と体のバランス、社会性などが子どもの後々の成長にとって大切であることを、この学術調査は肯定しています。

 森の幼稚園は、子どもたちが五感を使って自然を体験すること、そしてそのためのプログラムの柔軟性を重視しています。「五感による自然体験」は、環境教育においてもっとも重要だとされる過程のひとつです。

 子どもたちは、物事を理解する前に、まず見たり触ったり五感を使って体験します。そうした中、自然にでてくる興味や疑問が、後々のしっかりとした理解につながるのです。「小さいころに五感を使って学んだことは大人になってからも忘れない」。フライブルクのエコステーションをはじめとする多くの環境教育の施設、団体が教育理念として掲げています。

 同時に、子どもたちの自然体験は帰宅後に両親や祖父母など家族で共有されます。「子どもが大人、特に両親を教育する」という側面も環境行政にとっては重要です(参考文献のMichel, M. Suzanne 1998)。
 プログラムの柔軟性に関しては、参考文献の「森林教育の手引き」が特に強調している点です。子どもたちの当日の雰囲気(元気があるかないか)、年齢層や家族の同伴、身体的障害の有無など、それに時間や天候などで調整するといった柔軟性があります。また、アンケートなどを通して幼児や両親からのフィードバックを記録し、森の幼稚園を常に改善、適応させていく重要性も説いています。
 一方で、森の幼稚園設立には、法的、経済的な責任と手続きも伴います。「森林教育の手引き」には、そのような実用的なアドバイスも若干載っています。同志を募る手順や、会費の集め方、また子どもが怪我をした場合の法的な手続きにもページが割かれています。
 今回紹介した事例の場合、園の経営は、主に両親から集める会費(園費)よりまかなっていました。
 フライブルクのケースでは、子ども1人あたり1時間で3.5ユーロ(約480円)となっています。このほかに、夏と冬には保護者が中心お祭りが開催され、その売上金が運営費の一部となります。補助金は出ていません。補助金をもらうにはある一定の基準を満たさなければならず、自治体からの補助金は運営を開始して2年経過した後に支給されます。

 「森の幼稚園」は、こうした経営上の不確定要素や子どもの怪我といったリスクがあります。しかし、近年、ドイツ連邦環境省では若年層をターゲットとした環境にかかわるコンテストやイベントの開催、CD-ROM教材の作成などを盛んに行っています。幼児や若者に自然に触れる機会を増やすことは政府にとっても火急の課題なのです。2003年2月にフライブルクで行われたシンポジウム「自然保護における広報」でも、ドイツ連邦自然保護庁が幼児や若年層へのアピールということを強調していました。
 『森の幼稚園』は、幼児という最年少層に、五感を使って自然を体験する場を提供し、自然の魅力をアピールする絶好のチャンスなのです。


 ドイツで森の幼稚園が数多く設立された背景には、まず、教育者や親たちの「斬新」なアイデアに対する理解、またそれを広めようとする活発な広報活動があげられます。森の幼稚園の設立の際に、行政による財政・法的手続きに関する手引きなどの支援策があることも、日本との違いといえます。
 一方で、ドイツの地理、気候、自然条件も、森の幼稚園の設立を容易にした要因としてあげておかなければならないと思います。まずドイツの都市には、大抵の場合近くに森があります。大きな町でも、中心部から自転車で15分も走れば森、といった町がたくさんあります。気候は冷涼で湿度も低く、日本と比べると安定しています。台風、大雨、猛暑などはめったにありません。比較的冷涼で乾燥した気候のおかげで、森の中に雑草が生い茂ることもなく、危険な毒蛇などもほとんどいません。
 日本の場合、地形の条件もあって、都市は一極集中型で、平地はほとんど宅地、農地として使われていて、森は遠くの山まで行かないとない、といった場合がほとんどです。森には、潅木や雑草が生い茂った場所もたくさんあり、毒蛇やスズメバチなど危険な動物もたくさんいます。大雑把な比較ですが、これだけ見ても、日本で森の幼稚園のようなものを作る場合、クリアするべき問題はたくさんあるように思えます。
 しかし、中には比較的都市近郊の里山で、管理が行き届いているところでは、下草も刈ってあり、小さな子どもでも割と安全に遊べる場所になります。
 毎日森で遊ぶ形態の幼稚園は、日本では難しいかもしれませんが、定期的に園児を森に連れて行って遊ばせる、といった普通の幼稚園に森の幼稚園を組み入れた形ならば、普及するチャンスはあるのではないでしょうか。

参考図書

  • 雑誌 BIO-city 22号 ドイツの環境教育「森の幼稚園」より(株式会社 ビオシティ)
  • "Tim Tim Mail"より「ドイツ 森の幼稚園」(株式会社 銀の鈴社)
  • 鎌倉における類似の活動実践例「青空保育なかよし会」について「里山の自然の中での土の子育てと谷戸の保全活動」(「里地通信」1999年12月号より)
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(記事・写真:池田憲昭、香坂玲、安井暁世)

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