No.037
Issued: 2015.01.27
鈴木正規環境事務次官に聞く、2015年の環境行政の展望
実施日時:平成27年1月7日(水)15:45〜
ゲスト:鈴木正規(すずきまさき)さん
聞き手:一般財団法人環境イノベーション情報機構 理事長 大塚柳太郎
- 環境事務次官。
- 環境省大臣官房審議官、自然環境局長、地球環境局長、官房長を経て、14年7月から現職。
今年も、福島の復興が大きなウエイトを占める
大塚理事長(以下、大塚)― 明けましておめでとうございます。
年頭にあたり、環境行政の責任者の立場から2015年を展望するお話をいただきたいと存じます。
鈴木さんが環境事務次官に就任され半年になろうとしておりますが、環境行政のモットーですとか、本年の基本方針について、最初にお伺いしたいと思います。
鈴木さん― 環境省が取組む仕事は年を追うごとに多岐にわたってまいりましたが、どれもが疎かにできないものと認識しています。国民の皆さまの生命や生活にかかわる問題が多く、皆さまからの期待あるいは付託に十分応えることが、環境省の使命と考えております。省内のそれぞれの局、課、室の職員が担当するテーマに一所懸命に取組んでおりますので、私としては、全員が全力を発揮できるようしっかりサポートをしたいと思っています。
大塚― 環境省が取組むテーマがますます多岐にわたっていることは、私たちも強く感じています。それら多くの課題の中で、鈴木さんが最も力を入れようとされていることからお話しください。
鈴木さん― 今年も、福島の復興が大きなウエイトを占めると考えています。昨年、放射性物質に汚染された土壌等を搬入する中間貯蔵施設について、福島県などにその建設を受け入れていただきましたので、これから中間貯蔵施設の整備に取り掛かります。地元や住民の方の理解を得つつ、事業をいかにスムースに進めていくかに全力を注ぐつもりです。また、除染についても一昨年の年末にスケジュール全体の見直しをいたしましたので、それに合わせて作業を進めてまいります。再度の見直しは許されないと考えております。さらに、放射能汚染にかかわる健康影響を心配される方が多くおられますので、この面でのフォローにも今まで以上に取組む必要があります。このように、福島を中心とした震災関連の課題が、何といっても重要になります。
大塚― 中間貯蔵施設については、お話しいただいたように地元から受け入れが認められましたし、実行に着手されると期待しておりますが、今年1年でどのくらいのところまで進むとお考えでしょうか。
鈴木さん― そのとおりですが、なかなか難しいところもございます。まずは、中間貯蔵施設の用地の確保を進めることが先決で、そのためには地権者の方々のご理解を得る必要があります。この重要な宿題には去年から取組んでおりますが、その結果をみながら貯蔵の作業も進めることになりますので、まずはこの点に全力をあげようと考えています。
COP20では、COP21に向けて一定の基盤つくりができた
大塚― 福島をはじめとする復興のテーマとともに、グローバルにみると、地球温暖化をはじめとする気候変動の重要性が増し、大規模な災害が増えていることが緊急性を高めているように感じます。昨年12月にペルーで開かれたCOP20(気候変動枠組条約第20回締約国会議)【1】について、鈴木さんのお立場から、どのような成果があり、どのような課題があるかをお話しいただきたいと思います。
鈴木さん― 最大の成果は、今年の年末にパリで開かれるCOP21に向け、2020年以降の新たな枠組みをつくるというモメンタム【2】が維持され、温室効果ガスの2大排出国である中国とアメリカを含め、すべての国が合意したことだと思います。その前提となる各国の目標を約束草案【3】と申しますが、その中にどのような内容を盛り込むかについても、非常に粗いものとはいえ大筋の合意ができました。COP21に向け、一定の基盤つくりができたと考えています。
大塚― 京都議定書以来の日本の念願が実ったのだと思います。ところで、温室効果ガスの排出量の削減目標の枠組みについて、日本を含め、パリのCOP21で具体的な進展が期待できるのでしょうか。
鈴木さん― 今回の枠組みは、米中がかなり主導しながら進められました。とはいえ、各国が自主的に「野心的ではあるけれども実行可能な」、あるいは「実行可能ではあるけれども野心的な」目標を立てていきましょうとなったわけです。日本については、今の状況の中で、「実現可能性」と「野心的」を両立させる目標を早急に作ることになります。望月環境大臣もできるだけ早く作りたいとの意向ですし、具体案の作成が今年の大きな仕事になると考えています。
大塚― COP20では、途上国の中でも少しずつ意見が異なる傾向がでてきたと報道されていますが、この点を含め、温暖化の影響を強く受ける途上国の立場、あるいは途上国に対する先進国の立場についてはどのようにお考えでしょうか。
鈴木さん― 途上国では、貧困問題がやはり大きな問題と思います。その上、気候変動との関連が想定されるさまざまな災害が起きているわけで、被害の度合いによって、国による対応の差が出てきているようにも感じます。途上国が強い関心をもつのは、被害をいかに小さく抑えるか、あるいは被害が出たとき資金援助などの支援をどの程度受けられるかで、先進国の政策を見ながら対応している面もあるように思います。今回のCOP20で、途上国の温室効果ガスの削減を支援するための「緑の気候基金」への出資額が、先進国を中心に100億ドルを超えたことなどから、これからも先進国と途上国との駆け引きがつづくとしても、今回の枠組みが根幹から破綻することはないと思います。
ある程度人が入って自然を護ることを大事にしたい
大塚― 地球温暖化あるいは気候変動にかかわり、「災害」と「環境」が非常に近いテーマになってきたように感じます。「災害」に対してもさまざまな技術やノウハウをもつ日本の活躍を期待したいと思います。
ところで、鈴木さんは自然環境局長を経験されていますが、生物多様性をはじめとする自然環境保全も重要な課題と思います。その一方で、日本における大きな問題は鳥獣による被害の深刻化でしょう。
鈴木さん― 日本における自然の原点として、奥山があり里山があり集落があることが特徴でした。その中で、鳥獣と人の棲み分けがなされ、里山では人の手が入った形で独特の自然が護られてきました。ところが、人口減少あるいは高齢化が進む状況で、人手によって護られてきた里山がだんだん荒れているわけです。そのような自然をどう護るかが、1つの重要なポイントになると思います。具体的には、人がそのような場所に入る機会を増やす、たとえば観光を含め、自然を見てもらうことなどにより、できれば雇用の機会が生まれ、里山的な自然の維持につながればと思います。バランスをとることが非常に難しいのですが、ある程度人が入って自然を護ることを大事にしたいと考えています。
大塚― 昨年、鳥獣保護法が改正されましたが、ただ今ご指摘された点とも関連があるのですね。
鈴木さん― 「鳥獣の保護及び管理並びに狩猟の適正化に関する法律」が昨年5月に成立いたしました。その最大の目的は、「生物多様性の確保」と、「生活環境の保全」および「農林水産業の発展」を両立させることです。ご承知のように、野生動物の個体数が増加をつづけ、イノシシによる農作物の食害やニホンジカによる自然植生の食害が深刻化しています。今回の法律改正により、野生動植物と人との新たな関係づくりが進むことを期待しています。
PM2.5については、インベントリーをきちんと把握し、どういう対策を打つかを検討したい
大塚― 話題を変えさせていただきます。大気環境は身近な環境の1つで、昨年はPM2.5【4】が大きな話題になりました。EICネットでも、PM2.5にかかわるアクセス数が通常をはるかに超えて増加いたしました。そろそろPM2.5の季節になりますし、PM2.5の発生源が、大陸だけでなく日本由来もあると指摘されています。どのような対策をお考えでしょうか。
鈴木さん― 2つあります。1つは、PM2.5が高くなりそうなとき、あるいは高くなったときにどのような注意報なり警報を発するか、その精度をどう高めていくかで、実際に検討に着手しています。もう1つは、PM2.5の原因にかかわることで、PM2.5の組成が必ずしも十分に解明されていない部分があるので、その解明です。西日本で観測されるかなり部分は大陸由来のものであろうといわれるものの、東日本などでは大陸由来とは考えにくい高濃度のPM2.5が観測されることもあります。現在、専門の研究機関にPM2.5の組成や生成のメカニズムの検討を依頼しています。インベントリーをきちんと把握し、どういう対策を打つかを検討したいと考えています。
20数年前にダイオキシンが発生して更新を進めたゴミ焼却施設も徐々に寿命に近づき、新たな更新時期を迎えている
大塚― つぎのテーマに移らせていただきます。循環型社会の形成も、持続的な環境つくりの基本と思います。
鈴木さん― 循環型社会の形成にかかわる問題は、最近ではほかの多くの環境問題ほど話題になっていないかもしれませんが、大きな問題をはらんでいます。その1つをお話ししましょう。20数年前に、ゴミ焼却場でダイオキシンが発生し、その解決のために焼却場施設の更新を進めました。しかし、更新した施設も徐々に寿命に近づき、新たな更新時期を迎えているようです。このような更新需要にきっちりと応え、万が一にもダイオキシンが出ないようにいたします。しかし、ゴミ問題の原点であるゴミの量を減らすことに対し随分努力をつづけてきたものの、再利用・リサイクルを含めて、まだまだ改善する余地があると思います。さらに、新興国の多くはゴミ問題に苦しんでいますので、国際的なお手伝いを含め、循環の問題も大きな柱の1つと考えています。
大塚― ダイオキシンの処理技術は日本がまさに進んでいるわけですし、PM2.5への対処もそうかもしれませんが、国際的なネットワークをつくり貢献していただきたいと思います。報道によりますと、日中韓の環境大臣会合なども開かれているようですので、環境の分野では近隣国との協力を進めることを期待いたします。
鈴木さん― 毎年、日中韓で環境大臣会合を開いており、今年は中国がホスト国になる年です。中国も色々と環境問題では大変苦労しており、とくに黄砂やPM2.5の問題に対処してもらうことは日本にとっても非常に重要です。そのためにも、技術支援を含め3か国の間で力を合わせてやっていこうと思います。
大塚― 政治的には厳しい状況がつづいていますが、環境の面では相互理解が進んでいるようですね。
鈴木さん― 中国政府は、国民との関係で環境問題を真剣に考えざるを得ないでしょう。一昔前の日本がそうだったように、経済成長だけでなく、環境問題にきちんと対処してほしいというのが、中国人民のニーズとして出てきていると思います。環境分野で協議をしやすい雰囲気を、これからも大事にしていきたいと思っています。
子どもや孫の世代のことを考えると、少しでも良い環境を将来に残すことが私たちに課せられた重要な責務
大塚― いろいろのテーマについて駆け足でお伺いしてきましたが、ほかにも、今年とくに力を入れようとされていることがあればお話しください。
鈴木さん―
1つ付け加えたいと思います。それは、政府全体で目指している、地方創生にかかわる「まち・ひと・しごと総合戦略」における環境省の立場です。
大きく分けて2つあります。1つは、各省が協働して行おうとしている「地域経済雇用戦略の企画・実施体制の整備」にかかわっています。各地域の特性を活かす上で自然環境は重要なポイントになりますので、私たちはさまざま角度から貢献していきたいと思います。
もう1つは、環境省の専門性が期待されている項目です。その中で3つほど紹介させていただきます。第1は、農林水産業の成長に資することで、先ほど申し上げた鳥獣保護法の改正とも関連させ、「鳥獣被害対策実施隊」による対策の推進を考えています。第2は、国立公園やジオパークなどの美しい自然を活かした開発に貢献することです。第3に、豊かな自然に恵まれた地方で、その豊富な再生可能エネルギー資源の利用を進めることです。具体的には、バイオマスの利用やエネルギーインフラの整備・充実の推進などを考えたいと思います。
大塚― 是非よろしくお願いします。
最後になりますが、EICネットをご覧いただいている方々に向けたメッセージをお願いしたいと思います。
鈴木さん― 環境は幅広い内容を含み、身近な生活環境から地球規模の環境までありますので、EICネットの読者の皆さまが関心をもつテーマにも人による違いがあるでしょう。しかし、さまざまな環境問題は相互に関連している側面もありますし、是非、環境にかかわる多くのテーマに今まで以上に関心をもっていただきたいと思います。そのためにも、EICネットで発信される情報が活用されることを期待しています。最後に申し上げたいのは、使い古された言葉ですが、子どもや孫の世代のことを考えると、少しでも良い環境を将来に残すことが私たちに課せられた重要な責務と考えています。皆様は、それぞれのお仕事をもちそれぞれのお立場があろうかと思いますが、環境のために努力していただけると幸いです。
大塚― 読者の皆さまへのメッセージとともに、EICネットを運用している我々にも激励というか、叱咤をいただいたように思います。本日はお忙しい中、ありがとうございました。
注釈
- 【1】COP20(気候変動枠組条約第20回締約国会議)
- 2014年12月1日から12月14日まで、ペルーの首都リマで開催。この会議で、2020年以降にスタートさせる新たな枠組みの草案を起草し、2015年12月にパリで開催されるCOP21で「意味ある合意」をまとめることを目指している。
- 【2】モメンタム(momentum)
- 勢い、推進力。
- 【3】約束草案(intended nationally determined contributions)
- 2015年の合意に先立ち、各国の気候変動対策の政策決定プロセスに関する目標。
- 【4】PM2.5
- 微小粒子状物質。大気中に浮遊している2.5μm(1μmは1mmの千分の1)以下の小さな粒子で、従来から環境基準を定めて対策を進めてきた浮遊粒子状物質(SPM:10μm以下の粒子)よりも小さい。
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