No.030
Issued: 2014.06.10
国立環境研究所社会環境システム研究センター・フェロー 甲斐沼美紀子さんに聞く、脱温暖化に向けた今後の対策
実施日時:平成26年5月14日(水)16:00〜
ゲスト:甲斐沼 美紀子(かいぬま みきこ)さん
聞き手:一般財団法人環境イノベーション情報機構 理事長 大塚柳太郎
- 1975年京都大学大学院工学研究科・修士課程修了。工学博士。現在、国立環境研究所社会環境システム研究センター・フェロー。温暖化対策の評価研究に従事。IPCC第4次及び第5次評価報告書の主執筆者。
- 1994年日経地球環境技術大賞受賞、2010年科学技術・学術政策研究所より「ナイスステップな研究者」受賞、2011年環境科学会学術賞を受賞。
アジアを主な対象にした温暖化対策の評価モデル、「AIMモデル」
大塚理事長(以下、大塚)― 大塚理事長(以下、大塚)― 本日は、EICネットのエコチャレンジャーにお出ましいただきありがとうございます。甲斐沼さんは気候変動問題、とくに脱温暖化社会・低炭素社会に向けたビジョンの構築の分野で、長年にわたり活躍されておられます。本日は、IPCC(気候変動に関する政府間パネル)の活動や、脱温暖化に向けた今後の対策などについてお伺いしたいと思います。どうぞ、宜しくお願いいたします。
脱温暖化社会という言葉は、最近はよく聞かれるようになりましたが、甲斐沼さんが取り組みをはじめられたころの状況をご紹介いただけますか。
甲斐沼さん― 私が勤めています国立環境研究所は、1990年に国立公害研究所から名称変更されたのですが、そのころ、国内だけでなく地球全体で考えなければならない環境問題、たとえばオゾン層の減少、地球温暖化、越境大気汚染などが大変重要になってきていたのです。IPCCが創設されたのが1988年でしたし、1990年にはIPCCの第一次評価報告書が出されています。
私は国立環境研究所に新設された地球環境グループに配属され、森田先生【1】をはじめとするメンバーと、地球温暖化に対して我々が何をできるかを議論しました。そのころ、IPCCの報告書とともに、温暖化の統合評価モデルが欧米を中心につくられはじめていました。我々はアジアに着目しました。1990年におけるアジアのCO2排出量は世界全体の23%くらいでしたが、人口は世界全体の6割もあり経済成長もつづいていました。このまま対策を講じないとものすごいことになるので、私たちがAIMモデル【2】と呼ぶ、アジアを主な対象にした温暖化対策の評価モデルをつくり、アジアの国々で使ってもらおうと考えたのです。
大塚― お名前の出た森田恒幸さんや甲斐沼さんをはじめ、日本の研究者が非常にいい仕事をされました。ところで、1990年にはまだ温暖化への危機意識が薄かったように思いますが、どのように受け取られたのでしょうか。
甲斐沼さん― 温暖化は、50年とか100年のスパンで考える長期的な話です。私もインドネシア、インド、中国など多くの国に行きましたが、当時はどの国でも環境部局の方々は目先の大気汚染や水質汚濁の問題で忙しくしており、50年先とか100年先の計画やビジョンをつくるインセンティブをもちにくい様子でした。
大塚― AIMモデルをはじめ、アジアのことは改めてお伺いしたいと思います。
IPCC第3作業部会は温室効果ガスの排出そのものの削減やそのための政策・施策が対象
大塚― 日本でもよく知られるようになったIPCCですが、このコーナーで昨年12月に三村信男さんからお話を伺いましたので、甲斐沼さんからは気候変動の緩和策を扱う第3作業部会を中心に紹介をお願いいたします。
甲斐沼さん― 三村先生が属している第2作業部会が気候変動の影響や気候変動への適応を扱うのに対し、私が属している第3作業部会は温室効果ガスの排出そのものをどのように削減するか、そのための政策や施策を対象にしています。温室効果ガスの削減を緩和と呼んでいるわけで、どのような緩和策が適しているか、そして政策評価の基礎になる将来の排出シナリオを、2100年までに、あるいはもっと先の2200年や2300年までに、気候を安定化させることを考慮しながら作成しています。それぞれのシナリオに対する経済評価も重要なテーマになっています。
大塚― 影響や適応を扱う第2作業部会と、第3作業部会との関係をもう少しご説明ください。
甲斐沼さん― 第2作業部会の検討課題はもちろん重要です。国連気候変動枠組条約(UNFCC)の締約国会議(COP)では、カンクン合意【3】により、「2°C目標」と呼ばれる、温度上昇を産業革命前に比べ2°Cに抑えることが目標になりました。この時の2°Cのように、何°Cまで上昇したらどのような影響が現れるか、たとえば生態系や食糧生産にどのような影響がでるかは第2作業部会で検討されており、その温度上昇に抑えるには大気中のCO2濃度を何ppmに抑えればいいかが第3作業部会の検討課題になります。第2作業部会が目標として設定する温度上昇に対して、さまざまな条件におけるCO2排出量とCO2濃度との関係を明らかにし、その対策の経済評価も行います。検討する要因は、各種エネルギーの利用割合を何%にするか、建物の断熱をどのくらいにするかなど、じつに多岐にわたります。
アジアの国々では、温暖化の影響を人々が肌で感じているようで、対策にもすごく熱心
大塚― 適応策が大事なことはよく分かります。とはいえ、CO2の排出量の削減が不可欠ということですね。削減に向けた具体的な方策については、どのようなことが考えられているのでしょうか。
甲斐沼さん― CO2の排出量の低下には、エネルギーを供給する側と需要する側の両方がかかわります。供給側としては、CO2を出さないか比較的少ないエネルギー源として、再生可能エネルギー、原子力、そして化石燃料を用いる発電で排出されるCO2を捉えて地中に埋めるCCS【4】の3つがあります。ただし、原子力は安全性の問題と、核燃料の使用後の廃棄が大きな問題になっています。石炭火力とCCSをセットにする方法も議論されていますが、CO2を地中に埋めておく場所の問題、とくに地震があっても地表に出てこないのかとか、50年あるいは100年といった期間では使えても、何百年もつづけられるかなど、さまざまな問題を抱えています。やはり、再生可能エネルギーが重要になってくると思います。
需要側でCO2を削減させる手段はたくさんあります。たとえば、効率的な空調や断熱性の高い建物は削減効果が大きいですし、交通・運輸分野でも削減に成功すればその効果は大きなものになります。じつは、途上国では交通・運輸分野でのCO2排出量が今後も大きく増えるといわています。日本は車社会になる前に鉄道が敷設されましたが、中国やタイをはじめ多くの途上国では鉄道の敷設の前に自動車道、とくに高速道路がつくられ、大きな問題になっているのです。今後、大量輸送が可能な公共交通を充実させる必要があります。もちろん郊外などでは車が必要ですが、車といっても、電気自動車、ハイブリッド車、さらに将来的には燃料電池車など、技術革新によりCO2の排出量を減らすことが大事になります。
大塚― いろいろ紹介していただきましたが、各国の政策として進みつつあるのでしょうか。
甲斐沼さん― 温暖化の影響は、すでに現れているとみていいでしょう。たとえば、インドネシアでは雨季から乾季への変わり目がずれてきて、雨季が短くなり、その短い間に、もともと激しい雨に見舞われていたのがさらに激しくなっており、その影響を人びとが肌で感じているようです。そのため、対策を早く打たなければと考えはじめているのです。先ほど申し上げたように、私たちは1990年代にインドネシア、インド、中国などを対象にAIMモデルの研究をはじめました。その頃は、正直に申して彼らはあまり熱心でなかったのですが、今は違います。すごく熱心です。ほかの多くの国々、たとえばタイなどもかなり熱心になったと感じています。
IPCCの評価報告書を作成するための作業は、多くの研究者がつくった何百というシナリオをレビューすること
大塚― 今年4月にドイツのベルリンで開かれたIPCCの第3作業部会の議論で、今のお話と関連するような成果もあったのでしょうか。
甲斐沼さん― IPCCの評価報告書を作成するために、多くの研究者がつくった何百というシナリオをレビューしました。長期的なシナリオでは、2100年くらいまでを視野に入れ、どういう対策をとるとどこまでCO2の排出量を下げられるか、そのためにはどれくらいの費用がかかるかなど、グローバルな評価が可能です。そのためには各国がどの程度まで温室効果ガス排出量を抑制する必要があるのかといった検討も可能ですが、個別にどの国がどういう対策をとったらいいかという議論はしません。
IPCCのシナリオ・データベースは、オーストリアにある国際応用システム分析研究所(IIASA)に置かれています。そこに研究者がつくったシナリオを登録して、このデータベースからレビューをするのです。大きな問題は、「2°C目標」のためには大気中のCO2換算濃度【5】を450ppm程度に抑える必要があるのですが、2011年にはすでに430ppmくらいまで上がっていることです。450ppmに抑えるのは非常にむずかしいのです。その上、CO2の排出量を削減しなければといいながら、石炭は安いですから、途上国を中心に使用量が増えCO2濃度はますます上がっているのです。最近、オーバーシュートシナリオという新しい考え方も出てきています。オーバーシュートとは、濃度が450ppmを超えてもそのあとグッと下げていけば気温は上がらなくてもすむということで、ある意味では現実的な面があるともいえます。しかし、もしオーバーシュートすると、後で急激に下げなければならないのですよ。
大塚― 現実的とはいえなそうですね。
甲斐沼さん― IPCC が1990年代からで警告を出しているにもかかわらず、CO2濃度がどんどん上がっていて、今ではオーバーシュートも議論されているのです。将来、2040年とか2050年になって、先ほどのCCSのような技術を使うといっても、濃度を下げるのはむずかしいですよ。大変厳しくなってきているのが現状と思います。
大塚― IPCCには多くの人びとが期待しています。しかし、IPCCの警告が守られないというのもまさにおっしゃる通りですね。
甲斐沼さん― 温暖化の影響は、IPCCが予測したよりも早く出てきているようです。
今努力するか将来努力するか。先延ばしにするほど気温を安定化させることが難しくなる
大塚― 異常気象については、先ほどのインドネシアの話もありましたが、世界中で起きているといっていいでしょう。甲斐沼さんは、IPCCの報告書をどのようにして活かすことができるとお考えでしょうか。
甲斐沼さん― IPCCは、論文のレビューを中心としていることからもわかるように、あくまで研究をベースにしています。何百人という研究者が集まって、執筆者以外の研究者たちも協力して下さっています。中には、2°C目標は厳しいといわれる方も、2.5°Cあるいは3°Cまでは仕方がないという方もおられます。とはいえ、目標値があり、そのために必要なエネルギーとして、風力発電、太陽光発電、地熱発電などの再生可能エネルギーにはどのくらいのコストがかかるか、原子力発電や火力発電にはどのくらいのコストがかかるかをレビューし、どこにどのくらいの削減のポテンシャルがあるかの情報を提供することが、IPCCの基本的な役割と思っています。
大塚― IPCCの役割はよく分かります。ところで、2015年にパリで開催予定のCOP21までに、すべての国を対象とした2020年以降の新たな枠組みを再構築するとのことですが、IPCCはどのようにかかわるのでしょうか。
甲斐沼さん― IPCCの報告書で、サマリー版には載っていないのですが、「政策決定者向け要約」に温暖化対策として書かれている内容を紹介しましょう。気温がどのレベルに上がっても、温室効果ガスを出しつづければ、気温はさらに上がりつづけます。気温の上昇分が2.5°Cだろうと、3°Cだろうと、4°Cだろうと、気温を安定化させるには最後は排出量をほぼゼロにしなければならないのです。最後に排出量をゼロにするのは、それまでの排出量が多いほどむずかしくなります。現在出されているシナリオで最も高いのは、2100年に4.8°C上昇するというものですが、その場合には、最終的に4.8°Cあるいは5°C上昇分の排出量をゼロにしなければなりません。言い換えると、今努力するか将来努力するかです。今ならば2°Cのところが、将来ですと4°Cとか5°Cになるのです。この事実を、多くの方々に認識してほしいのです。
CO2の排出量の削減はほかの便益をももたらすので、民間の活力を引き出し発展につなげてほしい
大塚― よく分かります。このことにも関連し、もう1つ気になるのは、COPの議論で途上国と先進国との意見の違いが大きいことです。
甲斐沼さん― 途上国は、温室効果ガスを多く出してきたのは先進国だからあなたたちでなんとかしなさいと、主張しているのは確かです。問題は、先進国では排出量が頭打ちになっているのに対して、途上国ではどんどん増えていることです。2°C目標ですと、2050年に排出量を世界で半減する必要があるのですが、たとえば中国では現在の1人あたり排出量より少なくしなければなりません。そのような状況で、中国では大気汚染も深刻ですから、大気汚染対策として電気自動車に代える努力や、石炭火力の使用をなくす努力もはじまっています。実際、太陽光発電や電気自動車の技術開発が進んでいて、製品が海外に輸出され経済発展に貢献もしています。インドも太陽光のポテンシャルが豊富なので、民間のベンチャー企業による太陽光発電の開発が進み普及しはじめています。このように、途上国の人びとにとって状況は厳しいのですが、CO2の排出量の削減はほかの便益をももたらすので、中国やインドだけでなく、ほかの国々でも民間の活力を引き出し発展につなげてほしいと思っています。
大塚― 甲斐沼さんはAIMモデルの研究以来、アジア諸国とずっと付き合ってこられました。それぞれの国が努力することがもちろん重要なのですが、見方を変え、日本がこれからどのようなサポートをするのがいいのか、今までの経験を踏まえお考えをお聞かせください。
甲斐沼さん― 私の専門分野ではないのですが、まず日本の技術について触れたいと思います。とくに申し上げたいのは、省エネに有効な技術が沢山あることです。たとえば、日本の新幹線は非常に省エネ性が進んでおり、多くの国で役立つだろうと思います。冷暖房の技術もそうです。途上国の冷房は温度を下げ過ぎることもあり、エネルギー消費量が多いのです。日本製品は高品質でも、不要な機能も多くついているということも耳にしますが、日本企業の方もたとえばインドではインド人の生活に合わせたエアコンをつくるなど、それぞれの国に適した製品つくりも進めています。このような努力を積み重ねることが、日本の大きな貢献になると思います。
私自身がお手伝いできるAIMモデルについても、少しお話しします。私たちは、AIMモデルを多くの国の方々と協力してつくり、ワークショップも毎年開催してきました。インターナショナルワークショップとトレーニングワークショップとがあるのですが、トレーニングワークショップでは若い方々を国立環境研究所にお呼びしています。私たちが重視しているのは、モデルを開発して政策立案をサポートすること、とくに将来のロードマップの施策つくりに役立つ解析ができる研究者を育てることです。この経験に基づく活動を広げたいと考えています。たとえば、JICA(国際協力機構)がタイに、気候変動の緩和と適応のための温暖化対策センターをつくっていますが、そういうところでAIMモデルを中心にした教材づくりなどができればと思っています。
大塚― 温暖化を防止するための個々の技術も大事ですが、大きな指針づくりも大切ですね。
甲斐沼さん― そうです。非常に重要と思っています。
一人ひとりが将来世代のことを考え、今対策することが重要
大塚― 最後になりますが、EICネットは多くの方々にご覧いただいています。今までのお話と重複することもあろうかと思いますが、気候変動という大きなテーマに対して、あらためて、甲斐沼さんからEICネットの読者に向けたメッセージをお願いいたします。
甲斐沼さん― 気候変動は実際に進行しており、対策を早くすればするほど有効ということを分かっていただきたいと思います。最終的に、温室効果ガスの排出量を下げなければならないのです。ゼロにしなければ、どんどん気温上昇が進むことを知っていただきたいのです。目に見えないということもあり、なかなか対策が進まない状況ですが、先ほども例をあげさせていただいたように、大気汚染対策とセットにして取組むとか、太陽光発電などの再生可能エネルギーを利用することで、新しい産業の発展や雇用の創出にも役立ちますので、ぜひ積極的に協力していただきたいのです。最後になりますが、一人ひとりが将来世代のことを考え、今対策することが重要と申し上げたいと思います。
大塚― 地球温暖化という今世紀最大の問題への対応が、遅れがちになっていることを改めて痛感するとともに、甲斐沼さんたちの取組みの重要性を確認させていただきました。ますますご活躍ください。本日はありがとうございました。
注釈
- 【1】森田恒幸
- 故人。元国立環境研究所社会システム研究領域長で、AIMモデルの開発などを中心的に進めた。
- 【2】AIMモデル(Asian-Pacific Integrated Model)
- アジア太平洋統合評価モデル。アジア太平洋地域における、物質循環を考慮した地球温暖化対策評価のための気候モデル。
- 【3】カンクン合意
- 2010年にメキシコのカンクンで開催された、気候変動枠組条約第16回締約国会議(COP16)でなされた合意で、気温上昇を産業革命前に比べ2°C以内に抑えるため、2050 年までに世界規模での温室効果ガスの排出を大幅に削減するビジョンを共有すること。
- 【4】CCS(Carbon Dioxide Capture and Storage)
- 二酸化炭素回収・貯蔵。火力発電所などで大量に排出される二酸化炭素を回収し貯蔵することで、現在、世界で70以上の大規模プロジェクトが進行中。
- 【5】CO2換算濃度
- CO2だけでなく、すべての温室効果ガスの影響をCO2濃度に換算した値。
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