No.067
Issued: 2017.07.20
温泉と宿のライター・野添ちかこさんに聞く、日本の国立公園や温泉をはじめとする旅の魅力
実施日時:平成29年6月21日(水)15:00〜
ゲスト:野添 ちかこ(のぞえ ちかこ)さん
聞き手:一般財団法人環境イノベーション情報機構 理事長 大塚柳太郎
- 旅行・観光の業界紙記者を経て、フリーで活動をスタート。
- 旅行誌、ガイドブック、新聞、テレビ、ウェブなどで日本各地の温泉と宿の隠れた魅力、おもしろ情報を紹介しています。
- 一般社団法人日本温泉協会理事(2014年〜現在)
- 3つ星温泉ソムリエ
- 温泉入浴指導員(厚生労働省認定
- 温泉カリスマ(大阪観光大学)
- 温泉指南役(岡山県・湯原温泉)
- 観光立県ちば推進基本計画策定懇談会委員(2013年〜2014年)
- 環境省国立公園満喫プロジェクト委員(2016年〜現在)
人間を健康にする温泉について、同時に人の温かみについても伝えたい
大塚理事長(以下、大塚)― 本日は、雑誌やテレビを通じて、旅と温泉の魅力を紹介するライターの野添ちかこさんにお越しいただきました。環境省は、国立公園を世界水準の「ナショナルパーク」としてブランド化し、2020年までに国立公園を来訪する外国人を1000万人まで増加させることを目指す国立公園満喫プロジェクトを展開していますが、野添さんはその有識者会議のメンバーとしても活躍されています。
本日は、8月11日の「山の日」を前に、日本の国立公園の魅力や温泉をはじめとする旅の魅力について、体験談を交えたお話を伺いたいと思います。どうぞよろしくお願いいたします。
野添さんは、旅行関係の専門誌のライターの仕事をはじめ、多彩な活動を展開されておられますが、その中で、モットーとされていることや、特に力を入れてこられたことの紹介からはじめていただけますか。
野添さん― 私は、旅行業界の記者の仕事を経て、旅のライターとしてスタートいたしました。なかでも強く惹かれたのが温泉でした。なぜ温泉かと申しますと、温泉には人を癒す力があると感じたからです。また、温泉そのものだけでなく、周囲の自然も含めた魅力があります。さらに言えば、温泉を守る仕事をされている方もおられますし、温泉地を訪ねると多くの人びととかかわりをもつことになり、人との出会いが人生を豊かにしてくれると感じました。
言い換えると、「温泉」というより「温泉を取り巻く人」が好きで、その人たちとかかわっていたい気持ちがきっかけでこの仕事を選んだのだと思います。心も体も健康にする温泉について、同時に人の温かみについても伝えたいと考えながら仕事をしてまいりました。
大塚― 私も温泉は大好きです。
野添さんはさまざまな経験をなさってこられたわけで、今でもよく覚えておられる温泉の醍醐味などをご紹介いただけませんか。
野添さん― 一番よく覚えているというか、一番はじめに温泉ってすごいなと思った時のことを、平凡なことではありますが、紹介させていただきます。
業界新聞の記者だった頃、常にパソコンばかり見ているせいで、肩はバリバリ、目はしょぼしょぼに疲れ切っていました。そんなとき、出張の前乗りで小さな宿に宿泊し、何の変哲もない小さな温泉の浴槽に入ったのですが、これがすごかった。翌日に目を覚ました時の身体の軽さに驚き、まさに目から鱗が落ちたと感じたのです。
都会で生活していると、多くの人がスマホを見るために下ばかり向いています。気づかぬうちに猫背になって体が硬くなっている人もいるでしょう。自然の中に出て、温泉に浸かると、体が元気になると実感できると思います。
国立公園満喫プロジェクトのユニークな視点として、「引き算の景観改善」が重視されている
大塚― 野添さんは、最初に紹介させていただいたように、国立公園満喫プロジェクトの有識者会議のメンバーを務めておられます。プロジェクトが始まって1年を過ぎた段階ですが、このプロジェクトについて、野添さんの目を通した紹介をしていただきたいと思います。
野添さん― このプロジェクトでは、日本の豊かな自然の象徴ともいえる国立公園に焦点をあて、国立公園を含む地域の活性化に寄与するとともに、具体的な数値目標として、2020年までに訪日外国人の数を1000万人まで増やすことが掲げられています。
まず、日本の国立公園の中から8つが選定されました。北から順に、「阿寒」「十和田八幡平」「日光」「伊勢志摩」「大山隠岐」「阿蘇くじゅう」「霧島錦江湾」「慶良間諸島」です。これら8つの国立公園のそれぞれに協議会がつくられ、プロジェクトの目標に向け、自分たちの国立公園では何が不足しているか、どのような改善を行うべきかが議論されており、実行に移され始めています。
大塚― 有識者会議は、選定8公園のそれぞれにつくられた協議会と協力しながら、さまざまな方針の提示などをされていると思いますが、その一端をご紹介ください。
野添さん― このプロジェクトで重視していることとして、(1)広域連携(国立公園周辺を含む広域周遊観光ルートの設定や、近接する国立公園と温泉地の利用による相乗効果)、(2)国(環境省、国土交通省、内閣府)と地方自治体(道県、市町村)との連携、(3)民間事業者との連携、(4)公共施設の民間開放などがあげられます。これらの課題については、以前から着手されていたこともありますが、満喫プロジェクトが始まったことで、実行に移されたり動きが加速されたものも多いと思います。
ユニークな視点としては、「引き算の景観改善」が重視されていることがあげられます。「引き算の景観改善」のアイデアは、国立公園の中心地や温泉街などを対象に、既に存在している廃屋や乱雑に設置されている広告ボード、さらには電柱の地中化を図るなど、美しい景観に改善しようとするものです。
大塚― 具体的な例をあげていただけますか。
野添さん― 十和田国立公園では、湖畔の廃屋の撤去により園地を再整備する計画のもとに、来年度には着工予定と聞いています。また、阿寒国立公園の川湯温泉や、大山隠岐国立公園の大山寺地区でも、廃屋の撤去などによる景観改善が計画されており、同時に外国人なども利用しやすいカフェなどを新たにつくる計画も進められているようです。
各地で廃屋が今まで放置されていた主な理由は、地元だけでは手の出しようがなかったことのようです。
大塚― 「引き算の景観改善」というアイデアはおもしろいし、効果がありそうですね。うまくいっている計画も多いかと思いますが、注意すべき点や改善すべき点などもご指摘ください。
野添さん― 各国立公園ごとに抱えている課題が異なるので、地元の声をよく聞くことが大切ではないかと考えます。日本の国立公園は外国の国立公園に比べ、境界がないため国立公園に遊びに来ていることを認識していないケースも多いように感じています。
最近、島根半島沖の日本海に浮かぶ隠岐諸島にはじめて行く機会がありました。私がもっていた隠岐のイメージは、学校の歴史の授業で習った、後鳥羽上皇や後醍醐天皇が流されたなど、「罪人が流された島」という程度でした。ところが実際に行ってみると、海岸線に沿って火山岩類が織りなすダイナミックな絶景、多くの固有種を含む動植物が生息する自然の生態系など、日本ではないと錯覚するような圧倒される自然に驚かされました。
大塚― 私も昨年はじめて隠岐に行く機会があり、素晴らしさを実感しました。
ほかにも、満喫プロジェクトで野添さんが気になることがあればご指摘ください。
野添さん― これまで日本のあちこちに出かけ、地元の方とお話させていただく中で、このプロジェクトを円滑に進めていくには、地元との情報共有の大事さを改めて感じています。
たとえば、プロジェクトの目標以前のことかもしれませんが、国立公園内で宿を経営している人がプロジェクトのことなど知らない人も多いのです。また、こんなことも言われました。とある宿の方からは、「登山ルートを示す看板が間違っているが、これはプロジェクトで何かできないのか。地元で誰に言えばいいのかわからない」。別の宿の方からは、「環境省の予算で数年前に遊歩道ができたが、その後は放置されている。草刈りなど手入れをするための予算措置も必要だ」。この方々の話を聞いていると、個々のエリアが抱える課題は均一ではなく、満喫プロジェクト有識者会議でなされているような大まかな議論とのギャップは否めません。
大塚― 野添さんには、いろいろな話が寄せられるのですね。
野添さん― 一方、国立公園の中で選ばれた8つの公園以外でも動きが出ています。最近、私は長野県と岐阜県に位置する中部山岳国立公園を訪ねる機会をいただきました。この国立公園の自然の素晴らしさは間違いなくトップクラスであり、8つには選ばれなかったけれど、国立公園として盛り上げていきたいという機運が高まっています。
それぞれの地域で育まれてきた個性的な文化を堀りおこそう
大塚― 満喫プロジェクトの大きな目標の1つである、外国人の来訪者数を増やすことについてはいかがですか。
野添さん― 外国からの旅行者を増やすには、一般に言われているように、交通機関などでの外国語の表記や、観光用のパンフレットを充実させていくことは確かでしょう。ただし、日本語を外国語に翻訳しても伝えたい意図が伝わっていない可能性もあり、日本人主導で進めた印刷物やPR動画の中には外国人から見ると「?」なものもあるようです。有識者会議のメンバーには外国語を母国語とする方もいらっしゃるので、具体的なアドバイスもなされています。
一方で、言葉の問題より大事だと思うのは、それぞれの地域で育まれてきた、日本人が培ってきた個性的な文化をどのように表出するかです。外国からの旅行者の多くは口コミサイトのトリップアドバイザーなどを見て、たとえ山奥であろうとも行先までのルートを自分で探し出してやって来ます。そのような方々は、日本という国の異文化体験をしたくて来ているわけですので「和の文化」を前面に出す方がいいのではないか思います。
青森県に、青森弁で接客するホテルがありますが、言葉も食もしつらえもすべてがその土地ならではの文化です。最近は「湯治」や「混浴」を体験しにくる外国人客もいらっしゃいます。
大塚― ローカル色を見直すというか、それぞれの地域の特性を大事にしようということですね。
野添さん― そうですね。入り込み統計など、観光客の量的な拡大に関心が向きすぎていますが、どのように楽しんでもらえるのか、心に残る旅をしてもらえるのか、質の向上にも今まで以上に取り組む必要があると感じています。
また、有識者会議の中でも指摘されていましたが、2020年までに外国からの訪日客を1000万人にまで増やすとのことですが、国立公園の観光客は日帰りされることも多いので、宿泊客数をどのように増やしていくかの指標が重要だと思います。
大塚― 先ほど触れられたように、かつての湯治のように温泉宿で長期間過ごすようなことはできないとしても、日本文化の一端だけでも体験してもらえるくらいの余裕のある旅行計画が望ましいということになるのでしょうか。
野添さん― 外国からいらっしゃるお客様は比較的長期にわたって滞在されますが、昔の湯治のように一ヵ所に滞在することに固執する必要はないと思います。大事なのは、それぞれの地域に固有な文化の掘り起こしを行い、その地域らしさを体験させるプログラムやツアーを充実させることではないかと思います。
トレッキング後に入る温泉は格別
大塚― 満喫プロジェクトから少し離れるかと思いますが、8月11日の「山の日」に関連することで、野添さんが最近取組まれている「温泉トレッキング」について伺いたいと思います。
野添さん― 私が提唱する「温泉トレッキング」は、本格的な登山までいかない、3〜4時間の山歩きに温泉をプラスしたものです。トレッキングシューズは履いているものの、比較的誰でも気楽に歩けるところを選んでいます。
「頑張らないアウトドア部」などという名称を付けて友人と山歩きをしていますが、美しい風景を楽しみながらトレッキングをして、その後で入る温泉の醍醐味は格別です。
大塚― エコチャレンジャーでは、今までにも「山の日」を取り上げたことがありますが、お話しいただいた登山家の方々が勧められる登山にも、野添さんたちの「温泉トレッキング」のようなものもありますよ。
野添さん― 最初の温泉トレッキングに選んだのは奥日光で、奥日光の湯元温泉を起点に湯ノ湖を一周するものでした。湯ノ湖は周囲が2.9キロで、一周にかかるのは1時間ちょっとです。散策路はアップダウンのない静かな林間コースで、アズマシャクナゲやワタスゲの群落も見られますし、湖ではマガモやヒドリガモなど水鳥たちにも出会えます。
私が旅先に選ぶ場所は、多くは“頑張らない”で歩けるコースなのですが、屋久島で一度は縄文杉を見たいと思い、10時間近く歩いたこともあります。この時は、朝3時過ぎに起き4時には出発しました。地元のガイドさんによる森の植物や動物の説明を聞きながら、疲れないペースで歩くことができ、目的の神々しいオーラを放つ縄文杉にたどり着いた時は大感激でした。念のためですが、屋久島には、あまり知られていませんが温泉もあります。
山と温泉は切っても切れない関係で、“歩く旅”ができる場所の近くには必ずいい温泉があります。疲れてパンパンになった脚、あるいは冬に冷えてしまった身体を温泉に浸すと、温泉の感動もひとしおです。
大塚― 「温泉トレッキング」が素晴らしいのはよく分かりました。これからも、多くの方々と一緒に続けていただきたいと思います。
最後になりますが、EICネットをご覧の皆さまに野添さんからのメッセージをいただきたいと思います。
野添さん― 多くの方々にとって、1週間の休暇をとって昔ながらの湯治のようなゆったりとした旅をするのはハードルが高いかもしれません。2〜3日の「温泉トレッキング」さえ難しい方も多いと思います。自然の中に出かけられるのが最善としても、日数にこだわる必要はなく、1泊でも、あるいは家の近くの温泉に日帰りで出かけるのでもいいと思います。明日の活力を生み出すためにも、できる範囲で身体を解放させていく、そのための方法の1つである温泉をうまく活用していただきたいと願っています。
大塚― 自分の身体を使うことが肝心なのですね。今日は、温泉をはじめとする旅がもつ意味とともに、政府が進めている国立公園満喫プロジェクトについて伺うことができました。ありがとうございました。
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