No.055
Issued: 2016.07.21
東京学芸大学名誉教授の小泉武栄さんに聞く、山がもつ自然の魅力と楽しみ方
実施日時:平成28年6月30日(火)14:00〜
ゲスト:小泉 武栄(こいずみ たけえい)さん
聞き手:一般財団法人環境イノベーション情報機構 理事長 大塚柳太郎
- 1948年、長野県飯山市に生まれる。東京学芸大学卒業。
- 東京大学大学院博士課程単位取得。理学博士。
- 2013年3月に東京学芸大学を退任し、現在は名誉教授。
- 専攻は自然地理学、地生態学、第四紀学。生き物のくらす舞台である土地の地質や地形、気候、歴史などを総合的にとらえる独特の視点で自然を研究、自然を見る楽しさの普及に力を入れている。
- 著書に『日本の山はなぜ美しい』(古今書院)『山の自然学』(岩波新書)『山の自然教室』(岩波ジュニア新書)『自然を読み解く山歩き』(JTBパブリッシング)『日本の山と高山植物』(平凡社新書)など多数。
自然地理学の中でも、私は要素に分けないで全部一緒にやろうとしてきました
大塚理事長(以下、大塚)― エコチャレンジャーにお出ましいただきありがとうございます。
小泉さんは、長年にわたり東京学芸大学で自然地理学の教育研究に携わられるとともに、山の研究者として日本はもとより世界の多くの山々を踏破してこられました。また、日本ジオパーク委員会委員として日本各地のジオパークの選定などにも携わられ、自然を見る楽しさの普及にも力を注いでおられます。
本日は、新たに制定された「山の日」が間近に迫ったのを機に、山に焦点を当てながら自然の魅力や楽しみ方などについてお話を伺いたいと思います。どうぞよろしくお願いいたします。
地球上のどの地域にも固有の地形あるいは地質・植生などがあり、そのような自然を理解する学問が自然地理学と思いますが、最初に自然地理学がどんな学問であり、小泉さんがどのような視点に関心をもたれてきたかをご紹介ください。
小泉さん― 自然地理学は、地球表面の地形・気候・土壌・水・植生などを対象に研究する分野です。世界は広いものですから、地域による違いがたくさんありまして、その違いが私たちの研究対象になります。
ただ、自然地理学は、ふつうは地形学、気候学、水文学【1】、土壌学、あるいは植生学などに分かれるのに対し、私は分けないで全部一緒にやろうとしてきました。現在、学問はどんどん細分化していますが、その反対の方向です。今日のテーマの山でいえば、山はいろいろな岩でできていますが、岩が変わると地形も植生も変わるのです。風化の仕方が違うため、ある場所は壁になり、ある場所はザラザラの斜面になります。このように、地質がベースになり、その上に地形があり、その表面に岩屑が乗ってきて、その上に植物が生えるというように、全部が繋がっているのです。
大塚― 地質が繋がりの最初にあるのですね。
小泉さん― そうです。私が大学院の博士課程で研究をしているとき、地質をベースにボトムアップで、他の要素を上に載せていくと解釈しやすいことに気づきました。
ただ、その前の修士論文では、高山の森林限界を抜けると急に景色が複雑できれいになることを研究対象にしました。そして、いろいろな地形や残雪、水、さらにはいろいろな植物群落がモザイク状になっていることの原因を探ったのです。
日本の山は世界で一番風が強く、風があたるところは雪が吹き飛ばされ、反対側に積もる
大塚― どのように研究をなされたのですか。
小泉さん― 木曽駒ケ岳の高山帯で調べたのですが、冬の状況から全部調べようと、毎月出かけ雪の中にテントを張って観察しました。それで山のことがかなりよくわかるようになったのです。
特に重要なのは風と雪です。日本の山は世界で一番風が強いのです。山で風があたるところは雪が吹き飛ばされ、反対側に積もるわけです。地形のでこぼこに応じて、雪が積もる場所が変わるのです。場所によっては、30メートルも40メートルも積もることもありますし、雪崩が落ちることもあります。大きな雪の堆積ができると、その周りでは雪解けが遅くなって別の植物が生えてくる。このようにして、全体の景色がモザイク状になるのです。
もし風が強くなければ、日本の山は多分ハイマツが全部を覆ってしまい、高山植物が生える場所がなくなってしまうでしょう。風が強いことと、雪が多いことの両方がなかったら、こんなにきれいな景色にならなかったはずです。
大塚― ところで、日本の山は多様性が高いといわれますが、小泉さんはどのように感じておられますか。
小泉さん― 多様です。ものすごく多様です。
砂漠の山はもちろん非常に単純で、植物はほとんど生えていません。一方、ヒマラヤ山脈なども雪と岩と氷だけの世界で、どの山も同じようで特徴がないのです。それに対し、日本の山はみな違っています。白馬岳は白馬岳、剣岳は剣岳、飯豊山は飯豊山と、一つとして同じものがありません。日本の山はものすごい多様性と素晴らしさをもっているのです。
大塚― 日本の山の多様性に、最初にお話しいただいた地質が関係しているのですね。
小泉さん― すごく関係しています。一例として、白馬岳で地質が変わると生える植物が変わることを紹介しましょう。白馬岳は堆積岩【2】の山なのですが、ところどころに流紋岩【3】と石灰岩【4】が帯状に入っているのです。そこでは、岩が割れてザラザラした斜面をつくるのです。そのような場所はコマクサ、オヤマソバ、ウルップソウ、タカネスミレなどだけが生え、すぐ隣では高山のふつうのお花畑になるのです。
このような見方は、全体の景色を見ればよく分かると思います。言い換えると、登山者の目で見るのと共通する面が強いのです。景色が大きく変わるところがあれば、それが地質の境目なのです。
ジオパークの「ジオ」は、たんに地形・地質だけでなく、植生や人間の文化活動や歴史も含む
大塚― 小泉さんは、日本ジオパーク委員会の発足時からの委員、そして現在では顧問として、ジオパークの選定などに関わっておられます。まず、ジオパークの歴史からお話しください。
小泉さん― ジオパークは、1990年代にドイツの地質学者が提唱しました。それを受け、日本でジオパークをつくる動きが本格化したのが2008年で、日本ジオパーク委員会がつくられました。その委員会には、学会が6つと地質学関係の団体が2つ、それに京都大学の尾池和夫先生【5】、NHK解説委員の伊藤和明さんと私がメンバーになりました。
世界ジオパークは、昨年からユネスコの正式のプロジェクトになりました。現在では世界遺産やエコパーク【6】と同じレベルで扱われています。
大塚― 委員会の活動やジオパークの特徴についても教えてください。
小泉さん― 委員会は、世界ジオパークの候補地を推薦したり、国内の日本ジオパークを決定したりします。現在、日本にある世界ジオパークが8つ、日本ジオパークが39あります。
「ジオ」というラテン語は「地球」や「地形・地質」という意味をもつのですが、ジオパークの場合は、たんに地形・地質だけでなく、植生なども含みますし、場合によっては人間の文化活動や歴史も入ります。これらすべてを含めてジオパークとしましょうという考え方は、私が以前から主張しいることとぴったり合っています。
従来は、植生は植生、地形は地形、岩は岩で話が終わっていたものが、ジオパークという見方の中ですべてがかかわってくるようになったのです。そうすると、自然の見方も変わってきます。
大塚― 日本の39のジオパークはそれぞれ特徴があると思いますが、例をあげてご説明いただけますか。
小泉さん― 「おおいた豊後大野ジオパーク」を取り上げましょう。このジオパークは大分県の阿蘇山の東側に位置し、阿蘇山の火砕流が流れ固くなり凝結しています。ここでは昔の人が、6カ所くらいに石の磨崖仏(壁に掘った大きな仏様)をつくっています。ジオパークに認定されるまでは、磨崖仏があるというだけでしたが、その背景やどのようにつくられたかも説明もされるようになったのです。阿蘇の凝固した火砕流は50〜100メートルの厚さですが、磨崖仏をつくるために、火砕流のどこを掘っているかを調べた結果、火砕流の一番下と上が少し柔らかいので、そこを選んで掘っていたことが分かったのです。
植物に関係が深いものとして、北海道の襟裳岬にある「アポイ岳ジオパーク」を紹介しましょう。ここはかんらん岩【7】の山で、高山植物がいっぱい生えていることで有名です。ただ、ここのかんらん岩は何層かに分かれていて、岩盤になっているところとザクザクしたところでは高山植物が違うのです。その理由ですが、アポイ岳にはかんらん岩が蛇紋岩【8】化して崩れやすくなったところがあり、そこが周囲と異なる植生になったのです。「地質・地形」「気候」「植物」の見方を合わせないと理解できない例なのです。
日本の山は高すぎず傾斜も急すぎることもなく、歩いて登れるのが特徴
大塚― 少し話題を変えさせてください。登山にもプロフェッショナルなものからハイキングまでありますし、ジオパークでのジオツーリズムも最近盛んになっているようですが、日本人は山好きなのでしょうか。
小泉さん― 登山の歴史を調べると、日本人は縄文時代から山に登っています。世界で圧倒的に早いと思います。日本の山は高すぎず傾斜も急すぎることもなく、歩いて登れるのが特徴です。ところが、ヨーロッパアルプスの山は斜度が急すぎて、ふつうの人は登れないのです。そのため、スイスでは登山電車に乗って展望台に着き、周囲を見渡して降りてくるのがふつうです。一方、熱帯の山では植物が繁茂していますし、氷河の山も大変です。それに対し、日本では足で歩いて登っていくのがふつうです。
大塚― 多くの日本人は、当然のように思っていますね。
小泉さん― そうなんです。もう少しありがたみを感じてほしいですね。残念なことに、最近は多くの人びとにとって山が身近な存在ではなくなり、一部の登山者のものだけになってきてしまっています。山には怖いこともあるのですが、良いことも楽しいこともいっぱいあるし、山の恩恵もたくさんあります。山の恩恵といえば、水のことを考えれば分かりやすいでしょう。温泉もあります。山の恩恵はものすごく大きいのです。山にもっと向き合い、もっと親しんでほしいと願っています。
大塚― 都市化・近代化が進んでいることと関係しているのでしょうか。
小泉さん― そうだと思います。農業体験のなくなったことも大きいでしょうね。自然というのは自分の思うようになりません。いやなこと困ることがいっぱいあります。地震や火山の噴火もあるし、雨が降ったり雪が降ったり、寒いなど、それが本来の自然なのです。最近は、何でも思うようにならないことを嫌がる風潮が強すぎるのではないでしょうか。たとえば、子育てもそうでしょう。うまくいって当然という感覚がいき過ぎているように感じます。個性個性というけど、かけ声だけでちっとも大事にされていません。思うようにいかないことはいっぱいあるのです。しかし、うまくいけば大きな喜びもありますよね。そういう体験をしてほしいと思います。
名前を覚えるだけでなく、「なぜここに生えているのか」「この先にはなぜ生えていないのか」を考えると、自然観察も面白くなるし、自然の理解も進む
大塚― 小泉さんから、山をもっと楽しむヒントをいただけますか。
小泉さん― 私は自然観察会のような山行の時、一緒に登っている人に「なぜここに、この森があるのか」というような質問を必ずします。黙っているとみんなさっさと上に行ってしまうのですが、「上に行かないで、まわりを見てください、何か気づいたことはありませんか」と問うのです。そうすると、木が曲がっているとか、地表がザラザラしているとか、いろいろなことが出てきます。そこで、なぜ木が曲がっているのだろうか、なぜここはザラザラしているのだろうかと、次の答えを求めて質問を出します。そうすると、皆さんが初めて自然を見始めます。多くの自然観察会では、植物の名前を知っておしまい、昆虫を見ておしまい、あるいは岩の名前を覚えておしまいで、実は誰も自然を見ていないのですよ。
「これは何です」だけで終わっていたら、それ以上は進みません。私の場合は、「これは何です」だけではなく、「なぜここに生えているのか」とか「この先にはなぜ生えていないのか」を考えるようにします。そうすると、自然観察も面白くなりますし、自然の理解も進むのです。
大塚― 自分の身体を動かすこと、そして考えることですね。ところで、8月11日の「山の日」が今年からはじまります。小泉さんは、どのような日になることを期待していますか。
小泉さん― 日本の山がこんなに素晴らしいのに、あまり生かされていないと感じています。先ほども述べましたが、山に出かけいろいろと体験してほしいと思います。たとえば、私が山の観察会で皆さんに「これはどうしてだと思いますか」と質問すると、最初はたじたじとされます。しかし、そのうちに慣れてきます。答えが間違ってもいいわけです。それで少し安心して、そのうちに、ある植物を見て「この植物があるから、蛇紋岩地じゃないか」などと楽しそうに言いだすのです。
高い山でなくてもいいのです。最近、北海道根室市の落石岬に行きました。落石岬は台地ですが、アカエゾマツの立派な森が湿原と帯状になっています。湿原の中に、土饅頭みたいな「やちぼうず」【9】ができ、その上にアカエゾマツが伸びています。窪みのところどころには、ミズバショウが生育しています。このような素晴らしい景色を見て、木はこういう場所に生えるのだな、などと自然の素晴らしさが実感できるはずです。
このような時、私もですが皆さんは本当に楽しそうです。そのような楽しみ方ができることを期待しています。山の日は、多くの方が自然に接し自然を見直すきっかけになってほしいと思っています。
大塚― 小さいことでも自分で見つけるといいのですね。
小泉さん― おっしゃる通りです。そのためにも、山に目を向けてほしいのです。高い山でなくてもいいのです。山に出かけて、謎を探して謎解きをしてみる。それがすごく大事で、自然を見て自分の頭で考え、自然を理解し、さらに親しむというステップになると思うのです。
好奇心を旺盛にして好奇心を広げてほしい
大塚― 最後になりますが、EICネットをご覧になっている皆さまに、小泉さんからメッセージをいただきたいと思います。
小泉さん― 私の場合は、「繋がり」を意識してきましたし、「なぜ」ということを重視してきました。野外に出て、いろいろなことに興味をもちますし疑問を感じます。山でも丘陵でも、ここになぜこの川が流れているのだろうかとか、ここになぜこの植物が生えているのだろうかとか、なぜこの岩は尖っているのだろうかとか、そういうことはいっぱいあると思います。好奇心を旺盛にして好奇心を広げてほしいのです。このようにすると、いろいろなことが理解しやすくなったり、新たな発見にも出会ったりできるのです。
大塚― 本日は、山をテーマにしながら自然とどう向き合うかについて、小泉さんの体験談を交えてお話しいただきました。ありがとうございました。
注釈
- 【1】水文学
- 地球上の水の流れとその存在状態を解析する学問で、人間活動にとって重要な河川水・地下水・湖沼水などと、付近の地表・流域・陸域の水の動きを中心に扱う。
- 【2】堆積岩
- 岩石が風化・侵食されてできる礫・砂・泥、あるいは火山灰や生物の遺骸などが堆積しできた岩石。
- 【3】流紋岩
- 火山岩の一種。マグマの流動時に形成される斑晶の配列などによる流れ模様(流理構造)が特徴的。かつては流理構造の見られないものを「石英粗面岩(せきえいそめんがん)」と呼んで区別していたが、現在では流紋岩に統一されている。成分は、SiO2が70%以上を占め、白い。
- 【4】石灰岩
- 炭酸カルシウムからなるサンゴ礁や動物プランクトンの殻が海底に積もって生じた岩石。
- 【5】尾池和夫
- 地球物理学・地震学者。2003年から2008年まで京都大学総長。
- 【6】エコパーク
- 「ユネスコエコパーク」あるいは「生物圏保存地域」とも呼ばれる。ユネスコ(国連教育科学文化機関)の「人間と生物圏(Man and Biosphere: MAB)計画」(1971年発足)に基づき長期的な研究モニタリングのために設定された地域。自然と人間社会の共生を目指して人間活動の影響などを研究するため、法的に保護される「中核地帯(コアゾーン)」、保護の妨げになる活動が禁じられている「緩衝地帯(バッファーゾーン)」、許可を得た活動は認められる「移行地帯」が設定される。日本では、1981 年に屋久島、志賀高原、白山、大台ケ原・大峯山、2012 年に綾、2014 年に只見、南アルプスが認定されている。
- 【7】かんらん(橄欖)岩
- 火成岩の一種。マントル上部を構成する岩石の1つであり、ほとんどが地下深くに存在する。地表で見られるのは、地殻が捲れあがりマントル物質が地表に現れたものや、マグマが急激に上昇する際に運ばれたものである。
- 【8】蛇紋岩
- 蛇紋石からなる岩石で、表面に蛇のような紋様がみられる。地質的に脆弱な地質構造線や断層構造に沿って分布する。含水性のため風化作用を受けやすく崩れやすい。
- 【9】やちぼうず(谷地坊主)
- ヒラギシスゲやカブスゲなどのスゲ類が繁茂した株が凍結で土まんじゅうのように高くなったもの。
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