No.053
Issued: 2016.05.20
株式会社LIXILグループ代表執行役副社長・川本隆一さんに聞く、我が国の産業界の地球温暖化対策への取り組み
実施日時:平成28年5月10日(火)15:15〜
ゲスト:川本 隆一(かわもと りゅういち)さん
聞き手:一般財団法人環境イノベーション情報機構 理事長 大塚柳太郎
- 株式会社LIXILグループ 代表執行役副社長 品質・テクノロジー・環境担当、株式会社LIXIL 上席副社長執行役員 Chief Technology Officer(CTO)兼 LIXIL Water Technology Chief Manufacturing Optimization Officer(CMOO)。
持続可能な低炭素・脱炭素社会の実現のためには産業界が積極的な行動を行うべき
大塚理事長(以下、大塚)―
エコチャレンジャーにお出ましいただきありがとうございます。
川本さんは、株式会社LIXILグループの代表執行役副社長をお努めで、LIXILグループは日本気候リーダーズ・パートナーシップ(Japan-CLP)【1】の中核メンバーとして活動されておられます。近年、とくに昨年のCOP21で「パリ協定」【2】が採択されるなど、地球温暖化対策の動きが加速され、産業界の貢献への期待がますます高まっています。
本日は川本さんをお迎えし、我が国の産業界の地球温暖化対策への取組みを中心にお話を伺いたいと思います。どうぞ、よろしくお願いいたします。
早速ですが、活躍が期待されています日本気候リーダーズ・パートナーシップ(Japan-CLP)について、組織の成立ちですとか、目標とされていること、さらには取り組まれていることなどについてご紹介いただけますでしょうか。
川本さん―
Japan-CLPは、持続可能な低炭素・脱炭素社会の実現のためには産業界が積極的な行動を行うべきである、という認識のもと、2009年に日本の有志企業により設立されました。加盟企業自らが率先して環境活動に取り組むことに加えて、民間企業として世の中に積極的な働きかけを行っています。
例えば、政府や産業界、世間の皆さんに、民間企業としての意見を示していくことです。低炭素・脱炭素社会の実現に向けた積極的な政策提言をすることもありますし、国がとろうとしている政策を後押しすることもあります。
また、Japan-CLPに参加しているメンバー企業にとっては、気候変動対応の潮流を理解して企業活動の中に組み込むために世の中の動きや事例の共有化などをとおし学習する場として活用するという側面もあります。
パリ協定の合意によって世界がようやく動き始めたというような捉え方には、違和感をもつ企業もある
大塚― 環境問題に立ち向かう上で、民間の力がなんといっても大きいわけです。お話しいただいたように、昨年12月のCOP21で採択された「パリ協定」で脱炭素化への方向性が明確になったわけですが、現在の状況を川本さんはどのように感じておられますか。
川本さん― 私の評価は、世界で広くなされている評価と変わるものではありませんが、「パリ協定」が世界のすべての国の参加を得て合意に達したという事実、これが何と言っても大きな成果だと思っています。今までも、環境に関するさまざまな国際会議が開かれ、取り組みもなされてきましたが、今回初めて、全世界が共通の目標に向かうという合意ができたのです。この合意が世の中を実際に変える大きな契機になると積極的に捉えています。
大塚― パリ協定が採択されたことを受け、日本政府は以前から準備を進めていた地球温暖化対策計画の策定を終え、Japan-CLPはその計画に対する意見書【3】をまとめられておられます。日本の企業が、現状をどのように捉えているのか、川本さんから補足していただけますでしょうか。
川本さん―
業種や事業戦略などによって、地球温暖化をはじめとする環境問題への取組み方にも違いが出てきますから、一概に日本の企業という括りで話すのは難しいかもしれません。
私は、日本企業の多くは以前から環境問題に対し、それぞれの企業が実行できる範囲内で一生懸命取り組んできたと思います。とくに、地道な努力が必要な省エネや環境保全に熱心に取り組んできたのではないでしょうか。したがって、「パリ協定」の合意によって世界がようやく動き始めるというような捉え方に対して、むしろ違和感をもつ企業もあるようですね。
大塚― とはいえ、この機会にギアを1つ上げる必要が出てきたということなのでしょうね。
川本さん― そういうことです。
事業そのものを社会の変化に対応させるという意味で、パリ協定の合意はチャンスになる
大塚― 日本政府の地球温暖化対策でも、温室効果ガスの排出量の約3割を占める産業界のさらなる努力が期待されているのはまちがいありません。パリ協定が採択されたことを踏まえ、改めて産業部門の取組みについてお考えを伺いたいと思います。
川本さん―
産業部門として一括りにお話することは難しいのですが、少なくとも私たちLIXILのように民生品を製造する企業では、温室効果ガスの排出削減は非常に重要です。企業活動をサスティナブルなものにする上で重要であるとともに、私たちが世界の人びとに提供している住まいに関わる建材や水回り設備といった商品やサービスの低炭素化・脱炭素化が重要です。人びとの暮らしの中からも温室効果ガスが出て温暖化の原因になっているのですから、これをいかに削減していくかがますます重要になるわけです。
我々の事業は人びとの暮らしに直接つながっており、「暮らし」に関わる環境負荷を少なくしサスティナブルなものにしていくかが問われています。これは私たちの社会的な使命であるともいえます。事業そのものを社会の変化に対応させるという意味で、我々は「パリ協定」における世界の合意を前向きに、むしろチャンスと捉え、積極的に事業展開をしていこうと考えています。
大塚― 官民連携とか、あらゆるセクターの協働の重要性がよく指摘されていますが、川本さんのお話を伺っていると、民間が先行するのが適すことも多いように感じます。いろいろな個性をもつ企業の集まりの中から、新しい発想なり新しい展開が出てくるように思います。
川本さん― もちろん、地球温暖化という大きな問題に対して、官による政策的なリードは必要でしょう。しかし一方で、それぞれの企業にとっては、地球規模の環境変化に対しどう積極的に適合していくか、あるいは企業の在り方をどう変えていくかが、自らの存続にとっての大命題になっています。大きな変化が目前に迫ってきているときに、それに向かって積極的な行動を起こさないことのほうがリスクを大きくしています。企業は自らの事業の展開において、世の中の変化に積極的に向き合うべきというのが私の考えです。
企業活動というのは、ある意味では社会と企業とのコミュニケーション
大塚― 心強く感じます。ところで、産業界あるいは企業と政府をはじめとする官との関係についてお話を伺いましたが、一方で、企業とユーザーあるいは消費者との関係についてもお考えを伺いたいと思います。
川本さん― 地球温暖化など気候変動が顕在化する中で、消費者の皆さんはいろいろな情報を把握されています。少し以前には、地球温暖化が本当に起きるのとか、というようなレベルの議論もありました。しかし現在は、既に地球環境の変化がはじまっており、さまざまなリスクが高まってきていることが、広く消費者の皆さんに理解されています。つまり、消費者の皆さんが商品やサービスを選択するときにも、環境性能を重視し、環境によいものを選ぶ傾向が強まっているのです。環境に優しくサスティナブルな商品を求める消費者の意思や消費行動を気持ちよくしたいという心理に、我々がどこまで応えられるかが、事業の本線になったと感じています。
大塚― 広い意味で、企業の側と民間の消費者の側とのコラボレーションということなのでしょうね。
川本さん― 企業活動というのは、ある意味では社会と企業とのコミュニケーションです。コミュニケーションをうまくとり、我々企業にとっても、社会にとっても望ましい方向に向かいたいと考えています。
「既に起こってしまった未来」
大塚― 少し話題を変えさせていただきます。先ほどから話題になっている「パリ協定」が採択されたCOP21の折に、川本さんはJapan-CLPのメンバーとして、世界中の産業界のリーダーたちが集まった会合【4】に出席されておられます。その時の印象や、強く感じられたことをご紹介ください。
川本さん― 「パリ協定」が採択された会議場の近くで、いろいろな会合が開かれました。世界中の大手企業のCEO、COO、CFOなどの肩書をもつ代表者【5】が数多く参加しており、いろいろな話を伺う機会を得たのですが、何といっても感銘を受けたのは、彼らが「パリ協定」の合意がもつ意味をはっきりと理解していたことです。「パリ協定」の合意により、世の中に存在している大きなリスクが顕在化し、それに対して具体的な市場の変化が起きる状況であることをきわめて敏感に察知していたのです。端的に言えば、彼らはこのような変化を明らかに起こりつつある、あるいは「既に起こってしまった未来」として捉えているのです。
大塚― 「既に起こってしまった未来」とは、絶妙な言い回しですね。
川本さん― たとえば、登壇したある投資家の一人は、今後はある特定の産業には一切投資はしないと言うわけです。つまり、今まで安定的に投資してきた産業であっても、先行きが保証できないものについて投資しない、反対に低炭素・脱炭素社会への変化の過程で生まれる新たなビジネスチャンスに積極的な投資をしようとしているのです。また、低炭素・脱炭素社会に向かう変化を見据えて、企業活動を適合させる能動的なアプローチを取ろうとしている企業が多かったことにも感銘を受けました。そもそもCOP21会議に参加した企業は、社会変化への感度や意識が高いこともありますが、著名な企業のCEOやCOOが気候変動を正しく理解し、それによる自社にとってのリスクと機会を掘り下げて考え、積極的に経営の舵取りをしようとしていることがはっきりしましたし、これからの世界の動きが早くなると実感いたしました。
「環境負荷ネットゼロ」の実現を掲げたLIXILの環境戦略
大塚― 今のお話しとも関係深いと思いますが、川本さんが副社長をされているLIXILグループのパリ会議以降における事業展開について、ご説明いただければと思います。
川本さん― LIXILグループは、先日、環境ビジョンや戦略などコーポレート・レスポンシビリティ戦略全体を策定し公表しました。
大塚― パリ会議を見越していたかのようですね。
川本さん― そうですね。新たに構築したLIXILグループの環境ビジョンは、一歩踏み込んだ長期的な方向性を示すものにしました。長期的なゼロ・エミッションを目指していきたいという考えのもと、2030年までに、技術革新による低炭素・節水といった「製品・サービスによる環境貢献」が、原材料調達から製造、製品の使用と廃棄などサプライチェーン全体の「事業活動による環境負荷」を超える「環境負荷ネットゼロ」の実現を掲げたのです。これは「パリ協定」で示された2℃目標や今世紀末までに温室効果ガスの人為的な排出と生態系の吸収をバランスさせるという長期目標の達成に貢献できるビジョンだと考えています。
大塚― LIXILグループの事業は、衣食住の中で主に「住」にかかわるさまざまなパートにかかわっておられますが、ネットゼロを目指すのはすばらしいですね。
川本さん―
このビジョンを達成するためには、サプライチェーン全体の低炭素化・脱炭素化に加えて、私たちの製品・サービスによる温室効果ガスの削減貢献量を引き上げなければなりません。つまり、どれだけ環境負荷の低い商品やサービスを、私たちのテクノロジーで世に送り出していけるかが目標達成の重要なキーポイントとなるわけで、私たちの事業プロセス全体を変えていかなければならないと思っています。
そのため環境戦略重点テーマとして「気候変動の緩和と適応」「水資源の保全」「持続可能な資源の利用」を掲げ、具体的な目標・施策を設定し着実に活動を展開していきます。また、従業員の行動指針として、5項目からなる環境方針を策定し、サスティナブルな社会の実現のため、製品・サービスや事業のすべての面で、地球環境に配慮して行動することを示しました。
大塚― まさに新しい企業像を伺っているように感じます。
環境活動を積極的に推進するための再構築を行わないことのリスクは、行うことによる負担よりもはるかに大きい
大塚― 最後になりますが、EICネットをご覧になっておられる多くの方に向け、川本さんからのメッセージをお願いいしたします。
川本さん― 自身を振り返りますと、省エネに始まり節水や自然資本の保全など様々な環境活動に注力してきました。しかし、今となって振り返ってみると、これらは企業として取り組むべき基本的なことであり、私の実感を申せば「パリ協定」の合意により今後の潮流が明確になり環境活動のレベルも格段に上がろうとしています。これまでじわじわと地球の気温が上昇してきたところに急に立ち上がるような気温上昇が進んだ、このような地球の気温変化を示したグラフの動きに合わせて世の中の変化も急速に進んでいるのです。世の中の変化に合致した環境活動を積極的に推進していくためには、環境ビジョンや戦略をコンセプトからきちんと考え直す必要があると思います。この再構築を行わないことのリスクは、行うことによる負担よりもはるかに大きいと私は思っています。繰り返しになりますが、将来を見据えた根源的な変化を模索すべき時にきているのです。
大塚― 川本さんから、新しい時代に向けチャレンジすることにより生じるリスクより、チャレンジしないことにより生じるリスクのほうが大きいという、すばらしいお話しをいただきました。本日は、大変お忙しい中をありがとうございました。
注釈
- 【1】日本気候リーダーズ・パートナーシップ(Japan Climate Leaders' Partnership: Japan-CLP)
- 2009年7月30日に日本独自の企業グループとして設立される。持続可能な低炭素社会への移行に先陣を切ることを、自社にとってのビジネスチャンス・次なる発展の機会と捉える企業ネットワーク。
- 【2】パリ協定
- 2015年12月12日にCOP21(第21回気候変動枠組条約締約国会議)で採択された協定。1997年に採択された京都議定書以来、18年ぶりとなる気候変動に関する国際的枠組みであり、気候変動枠組条約に加盟する全196カ国のすべてが参加している。
- 【3】日本の地球温暖化対策計画に対する意見書
- Japan-CLPは、パリ協定を受けて、2016年2月に「日本の地球温暖化対策計画に対する意見書」を発表。パリ協定により世界で巨大な脱炭素市場が創設されることを踏まえ、脱炭素社会の構築が日本の国際競争力の強化に繋がることを明示すること、「脱炭素社会への移行」という明確なシグナルを発信することを求めている。
- 【4】川本さんが参加した会合
-
・World Climate Summit(主催:World Climate Ltd、目的:COP21交渉に向け革新的ソリューションを結集し、企業・金融・政府リーダーとの共有を意図、参加者:約500名)
・Sustainable Innovation Forum(主催:国連環境計画(UNEP)のClimate Action、目的:Game Changing Solutionsの紹介、ビジネス創出、ネットワーキングを意図、参加者:約790名)
・Energy for Tomorrow(主催:ニューヨークタイムズ、目的:気候変動対策の要としてのエネルギーに焦点をあてた官民リーダーによる議論、参加者:約340名) - 【5】CEO、COO、CFO
- 企業の責任者について主としてアメリカで用いられている肩書で、最高経営責任者はCEO(chief executive officer)、最高執行責任者はCOO(chief operating officer)、最高財務責任者はCFO(chief financial officer)とよばれる。
記事に含まれる環境用語
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