一般財団法人環境イノベーション情報機構
エコチャレンジャー 環境問題にチャレンジするトップリーダーの方々との、ホットな話題についてのインタビューコーナーです。

No.051

Issued: 2016.03.18

第51回 元・気候変動担当大使の西村六善さんに聞く、気候変動問題の解決に向けた方法論と今後の国際的な動向

西村 六善(にしむら・むつよし)

実施日時:平成28年2月22日(月)14:00〜
聞き手:一般財団法人環境イノベーション情報機構 理事長 大塚柳太郎
ゲスト:西村 六善(にしむら・むつよし)さん

  • 外務省で条約局協定課長、報道課長、官房総務課長を経て、在シカゴ総領事、欧亜局長、経済協力開発機構(OECD)駐在特命全権大使。2005年地球環境問題担当特命全権大使、2006年気候変動担当政府代表兼地球環境問題担当特命全権大使、2007年内閣官房参与(地球温暖化問題担当)を歴任。
目次
COPがはじまった1990年代にも、その背後に存在した最も大きな問題は南北問題だった
気候変動のようにむずかしい問題について、衆人監視の下でたった2週間で決着をつけるのは無理
気候変動の問題が南北問題よりも深刻だという理解が浸透し、また新たなチャンスをもたらすという認識が増えてきた
今や世界的に炭素価格(カーボンプライシング)に注目が集まっている
地球に害を与える負のものに対しては、価格をつけるという考え方が世界中で広がろうとしている
現在は世界全体が将来の成長の起爆力を探している状況

COPがはじまった1990年代にも、その背後に存在した最も大きな問題は南北問題だった

大塚理事長(以下、大塚)―  エコチャレンジャーにお出ましいただきありがとうございます。西村さんは、外務省欧亜局長、経済協力開発機構(OECD)担当大使、気候変動担当大使、そして内閣官房参謀(地球環境問題担当)を務められるなど、一貫して気候変動と地球環境問題に携わってこられました。現在は、公益財団法人日本国際問題研究所の客員研究員をされておられます。
 昨年末にパリ郊外で開催された国連気候変動枠組条約第21回締約国会議(COP21)で、世界の気候変動に関する法的枠組みである「パリ協定」が採択されました。本日は、気候変動をめぐる国際的な議論に長年かかわってこられた西村さんに、パリ協定の意義や今後の世界および日本の動向などについてお考えを伺いたいと思います。よろしくお願いいたします。
 パリ協定が採択されたことについてお伺いする前に、COPをはじめとする気候変動の国際会議の動向、まずは2009年にコペンハーゲンで開かれたCOP15のころまでの状況について伺いたいと思います。

西村さん―  非常に端的に申しますと、気候変動にかんする議論の根っこには南北問題があったのです。途上国の貧困と南北間の格差の議論がとくに大きかったのは1960年代ですが、COPがはじまった1990年代にも、その背後に存在した最も大きな問題は南北問題だったのです。当時の議論を振り返りますと、南北問題の中に科学が割り込んできたというような感じでした。しかし、科学にも力があったとはいえ、その頃は多くの関係者は科学の云い分を深刻に認識するより、南北問題をどうするかに強い関心を寄せていたのです。
 言い換えますと、南北格差の解消を目指す正義意識が途上国には強く、科学の力はそれに太刀打ちできるほど強くなかったのです。一方で、先進国がバラバラだったという感じも強くもっています。先進国の基本的な発想は、貧困の理由や貧困がもたらす問題を理解していないわけではないのですが、自国も成長しなければならず、途上国の主張をすべて聞くわけにはいかないというものでした。そうなると、分断支配のような感じになり、途上国側の主張を一部では聞き一部では聞かないというスタンスになるわけで、科学の成果もそのために利用されていたとも言えますね。

気候変動のようにむずかしい問題について、衆人監視の下でたった2週間で決着をつけるのは無理

大塚―  科学の側からみると、社会的な問題への介入の経験というか蓄積が少なかったのではないですか。

西村さん―  そうですね。その点は科学にとっては大きなチャレンジだったと思います。もちろん、科学は病気を治す、病原菌を探すなど、大きな成果をあげ人類社会に貢献してきました。しかし、地球温暖化あるいは気候変動という巨大な問題に対して、成果を世界に突きつけるには準備不足だったように感じます。たとえば、IPCC【1】が1988年に設立され世界中から著名な科学者たちが集まり協働しはじめましたが、それでもやはり科学は地球環境問題に対しては揺籃期であり、南北間の公平性を追及する途上国の力ほど強くなかったのです。
 このような状況がつづき、2009年にコペンハーゲンで開かれたCOP15もその流れの中にあったのですが、状況が変化しはじめたのも確かです。科学がかなり強くなってきましたし、オバマ大統領のような指導者が出てきて、先進国の足並みもそろいはじめ頑張ろうという前向きなダイナミズムも出てきたのです。しかし、結局のところコペンハーゲンが成功しなかったのは、方法論にも問題があったと感じています。

大塚―  その方法論というのは、科学にかかわる側面ですか、政策論にかかわる側面ですか。

西村さん―  その頃よく指摘されたポイントですが、合意に達するための方法ですね。COPの180もの国から1万人近くの関係者が集まり、一堂に会して2週間にわたり議論するのです。このことが方法論として適していないと思うのです。気候変動のようにむずかしい問題について、衆人監視の下でたった2週間で決着をつけるのは無理なのです。
 より適切な方法を説明しようと思いますが、理解していただきやすいように敢えて参考までに具体例をあげますと、イギリスのブレア前首相のような世界的な有力者に下準備をして貰うのです。このような世界的な人物に国連事務総長の代理として世界中を回り、各国の総理大臣などの主要人物に会い、きちんとした議論をして貰うのです。勿論優秀なスタッフがついて、議論をすぐ整理して文書にまとめていくのです。このような準備作業は本当は必要だと思い、当時、国連側にも提案しましたが実現しませんでした。

大塚―  西村さんの気候変動大使時代のご苦労が想像されます。

西村さん―  COPにかかわった約180か国の政府代表は、私を含めてすべて、なんとかしようと思っているのですが、180の国益を調整するのは非常に困難でした。

国連気候変動枠組条約(UNFCCC)締約国会議(COP)の主な流れ。

国連気候変動枠組条約(UNFCCC)締約国会議(COP)の主な流れ。


気候変動の問題が南北問題よりも深刻だという理解が浸透し、また新たなチャンスをもたらすという認識が増えてきた

大塚―  今回のCOP21では、議長を務めたフランスの外務大臣であるローラン・ファビウス氏の活躍が大きかったといわれますね。

西村さん―  そうですね。フランスは、交渉に練達の外交官を多数動員し、ファビウス大臣の下で、COPの会期中に事項ごとに問題ごとに、あるいはグループごとに、各国の代表団をなだめたりすかしたり、相当のことをしました。
 内容として重要だったことも2つあったと思います。1つは、気候変動の問題が南北問題よりも深刻だという理解が浸透したことです。もう1つは、気候変動問題は新たなチャンスをもたらすという認識が増えてきたことです。以前は、再生可能エネルギーといっても具体性に乏しかったわけです。仮に科学が正しいとすると、温室効果ガスの排出を削減しなければならない、そうすると経済に負担をかけなければならないと、一直線的な結論になっており、この一直線的な発想が長年つづいてきたのです。
 しかし端的に言って、近年再生可能エネルギーがものすごく安くなったのです。つまり新しいチャンスが生まれてきたのだから、途上国の側でも南北問題に固執して先進国の責任云々を主張するよりも、早く再生可能エネルギーで自分たち自身が脱炭素を実現する方が得だという発想になってきたのです。

COP21会場の様子(© UNclimatechange)。

COP21会場の様子(© UNclimatechange)。


大塚―  西村さんが以前から主張されている、化石燃料文明の終焉ですね。

西村さん―  何度も言いますけれども、南北問題、貧富の格差は先進国の歴史的な大量の化石燃料の燃焼の結果だから、途上国も同様に化石燃料を十分に燃焼できるようになってこそ格差は是正されると云うのが途上国の基本的な思想でした。しかし、安価な再生可能エネルギーの到来により、化石燃料を追求しなくても生活水準の向上を図ることは可能だと云う時代になったのです。
 先進国も化石燃料ではなく再生可能エネルギーによってエネルギー転換を図った方が、あらゆる意味において正しい文明の選択だと云う理解が急速に主流化しました。今回のパリ協定は、このような新しい文明的な認識を反映しています。化石燃料文明は時間と共に終焉を迎えると云うことを世界に示したと思います。
 温暖化の影響を研究してきた科学者は、最終的に役割を果たしたと思います。もちろん、世界には温暖化への懐疑主義に立つ政治家や産業界の人たちもおり、彼らは温暖化は「嘘っぱちだ」と論じています。例えば、世界最大の民間石油資本である米国のエクソン社【2】などは、化石燃料が温暖化を引き起こすとの説に反対しつづけています。しかし、世界人口の大半は、科学者が主張していることを聞いて心配し始めたのです。なお、最近はエクソン社も随分考え方を変えてきました。

大塚―  ヨーロッパの企業のほうが大きく変わっているようですね。また、日本の状況はいかがでしょう。

西村さん―  ヨーロッパはまさにそのとおりです。日本は、全体としてみるとアメリカの産業界や保守派の発想に近いところがあります。しかし、日本でも今度のパリ協定への評価は高く、たとえば環境省はパリ協定に基づく政策づくりに取り組もうとしていると思います。

パリ協定(環境省提供)。

パリ協定(環境省提供)。

パリ協定の採択(環境省提供)。前列左から、オランド・フランス大統領、ファビウス・フランス外相、パン・ギムン国連事務総長。

パリ協定の採択(環境省提供)。前列左から、オランド・フランス大統領、ファビウス・フランス外相、パン・ギムン国連事務総長。


今や世界的に炭素価格(カーボンプライシング)に注目が集まっている

大塚―  気候変動への対応の変化、とくに最近の急激な変化についてお話しいただいたと思います。大きな変化を前にして、私たちはどのようなことに着目し、どのようなことに注意しなくてはならないかなど、西村さんの考えをお聞かせください。

西村さん―  大局的にみると、この問題は、①個々人がどうするかという一塊の問題と、②政府が規制や補助金で誘導する政策があります。それに加え、日本ではもう1つ独特のものとして、③自主規制ともいえる自主行動計画が産業界では広く行われてきました。
 いずれも重要な政策分野ですが、日本でもっと強く意識されるべき点として価格の作用があります。それは炭素価格(カーボンプライシング)と呼ばれる政策です。化石燃料を使うことは地球環境を汚すのでコストがかかっている筈です。タダで地球を汚すことは出来ない筈です。タダでなくなれば人々は化石燃料を使わなくなるのです。
 今や世界的に炭素価格に注目が集まっています。その為の制度論も沢山議論されています。政府が企業や国民を規制したり企業が自主規制したりするほかに、企業や私人が炭素価格が上昇するので化石燃料の使用を手控えると云う仕組みの方が、有効だと云う認識が強くなっているのです。

大塚―  日本でも少しずつ変化が出てきているのではないですか。

西村さん―  そのとおりです。昨年10月に環境省が気候変動長期戦略懇談会【3】を組織しましたが、その第5回の懇談会の結果が数週間前に公表されました。それによると、炭素に値段をつけるのも1つの方策だという議論がなされています。私はもちろん賛成ですし、やっとこの議論になってきたと感じています。

大塚―  これからの動きを注目したいと思います。

地球に害を与える負のものに対しては、価格をつけるという考え方が世界中で広がろうとしている

西村さん―  炭素価格に関係して、私が非常に気にしていることがあります。それは、現在予備選挙がはじまっているアメリカの大統領選挙です。何といっても、アメリカは世界最大の二酸化炭素排出国ですから。
 とくに気になるのは共和党の候補者の主張です。ほとんどの候補者は、オバマ大統領が実施してきたことをすべて反故にすると言っています。そのような主張の背後にあるのは、先ほども申し上げた科学的な主張に対する懐疑主義なのです。しかし、懐疑主義者にとっても重要なのは値段です。ですから、化石燃料を使うほうが再生可能エネルギーを使うより高いとなれば、科学を信用しない懐疑主義者でも、値段の高い化石燃料を使うことにはブレーキがかかると思うのです。
 日本でも、世界のどの国でも、同じことが言えると思います。地球に害を与える負のものに対しては、価格をつけるという考え方が世界中で広がろうとしており、この動きが着実に加速されていくと私は考えています。

大塚―  炭素価格に関連するさまざまな動きもあるようですね。

西村さん―  炭素価格という発想が大事なことに加え、再生可能エネルギーの低価格化にもかかわりますが、新たな技術革新への期待も高まるのではないかと思っています。例をあげさせていただくと、大塚さんもご存じかと思いますが、羽のない風力発電機の開発があげられるでしょう。「羽がない」というのは、この発電機は外見からは「ただの棒」に見え、狭い間隔で設置できますし、野鳥との衝突の危険もなく、コスト安も特徴です。この発電機を発明したのは、ヴォルテックス・ブレードレスという名のスペインのスタートアップ【4】です。

大塚―  私も、この新しい羽のない発電機には大きな関心をもっています。

西村さん―  これはほんの1つの例に過ぎないと思います。このような科学技術の進歩が加速され、化石燃料に依存しない新しい文明が創られることを期待したいと考えています。

大塚―  この数年の動きをみていますと、期待できるように思います。

現在は世界全体が将来の成長の起爆力を探している状況

大塚―  最後になりますが、EICネットをご覧になっておられる読者の皆様に、西村さんからのメッセージをいただきたいと思います。

西村さん―  私は一介の行政官だったので皆さまにモノを申すのは気がひけますが、「脱炭素への信念は間違いない」と申し上げたいと思います。私がかかわってきた地球温暖化交渉の流れから、そのように申し上げたいのです。というのも、パリ協定の背後にある価値観は明らかに文明史の展開に照合しています。20年もかかってしまいましたが、その価値観が現実になったと考えているからです。
 この20年を振り返りますと、それぞれの国がそれぞれの主張をもち、なかなか主張を変えずに温暖化交渉の足かせになってきたこともあります。しかし、たとえば中国を例にあげると、中国がこれから新しい脱炭素の方向に向かって政策を転換していくのは間違いのないところだと思います。私が一緒に仕事をしてきた中国の官僚らは雄弁な南北問題の使徒ではありましたが、将来を見据える努力もつづけていました。北京のスモッグにみられるような大気汚染の状況によっては、政権が倒れる可能性なども考えていますし、近未来においては脱炭素化に向かう方向性にこそ、中国の成長を促す巨大な需要の塊があることも予測していました。
 現在は世界全体が将来の成長の起爆力を探している状況です。日本でもそうですが、世界の多くの国々で利子率が低くなっています。このことは、生産性の高い仕事が減っていることを意味しているわけです。持続的な成長をもたらす殆ど唯一の可能性は、脱炭素化の実現とそのための社会と経済の変革です。このような大きな視野に立って将来を設計していくためにも、僭越ながら、「信念は間違いない」と申し上げたいのです。

大塚―  昨年のパリ協定の採択にいたった過程を、その中で努力をつづけられた西村さんから詳しく伺うとともに、今後の進むべき方向性についても多くの示唆をいただきました。本日はありがとうございました。

元・気候変動担当大使の西村六善さん(右)と、一般財団法人環境イノベーション情報機構理事長の大塚柳太郎(左)。

元・気候変動担当大使の西村六善さん(右)と、一般財団法人環境イノベーション情報機構理事長の大塚柳太郎(左)。


注釈

【1】IPCC(気候変動に関する政府間パネル)
  研究者が各国の政府を代表する資格で参加し、気候変動のリスク、影響および対策について議論する公式の場として、国連環境計画(UNEP)と世界気象機関(WMO)の共催により1988年11月に設置された。具体的には、地球温暖化に関する科学的な知見の評価、温暖化の環境的・社会経済的影響の評価、今後の対策のあり方の3課題について検討することを目的とする。
【2】エクソンモービル社(Exxon Mobil Corporation)
 アメリカ合衆国テキサス州に本社を置く、総合エネルギー企業。国際石油資本であり、スーパーメジャーと呼ばれる6社のうちの1つ。民間石油会社としては世界最大の規模になる。
【3】気候変動長期戦略懇談会
 環境大臣の私的懇談会として、平成27年10月に設置された(座長:大西隆・豊橋科学技術大学学長)。本年1月30日に第5回懇談会が開催され、一連の会合の成果が、2月26日に最終的な「提言」としてまとめられ公表された(http://www.env.go.jp/press/teigen.pdf)。なお、西村さんのインタビューにおける発言は、この懇談会の第5回会合後の速報に基づいてなされた。
【4】スタートアップ(Startup)
 日本で使われるベンチャー企業(和製英語ともいわれるもので、たとえばVenture companyという言葉は英語圏では通常使われない)に近い意味をもつものの、欧米では「新しく創られた」というだけでなく、企業目的・組織形態・成長速度などの要因を含めてスタートアップに該当するかが判断される。主な特徴として、「新しいビジネスモデルを開発し、短期間に急速な成長を狙う」ことがあげられる。