一般財団法人環境イノベーション情報機構
エコチャレンジャー 環境問題にチャレンジするトップリーダーの方々との、ホットな話題についてのインタビューコーナーです。

No.047

Issued: 2015.11.20

第47回 国立研究開発法人国立環境研究所エコチル調査コアセンター・新田裕史センター長代行に聞く、4年が経過したエコチル調査の成果と展望

新田 裕史(にった ひろし)さん

実施日時:平成27年10月13日(火)13:30〜
聞き手:一般財団法人環境イノベーション情報機構 理事長 大塚柳太郎
ゲスト:新田 裕史(にった ひろし)さん

  • 国立研究開発法人国立環境研究所環境健康研究センター・センター長代行、エコチル調査コアセンター長代行。
  • 1982年東京大学大学院医学系研究科修了(保健学博士)。国立公害研究所研究員、東京大学医学部助手、国立環境研究所総合研究官を経て、2011年より現職。中央環境審議会臨時委員(環境保健部会)。専門分野は環境疫学。特に、大気汚染の健康影響に関する疫学研究。
目次
環境汚染の影響を受けやすい子どもの健康影響をていねいに調べ、そのリスクに基づいて母子の健康や環境保全対策を立案
対象者として条件に合う妊婦さんの78%が同意し、非常に熱心で几帳面に対応されています
エコチル調査の元々の主題は環境汚染による子どもへの健康影響ですが、環境汚染に限らず、子どもを取り巻く環境を広く扱っています
アレルギーを引き起こす食べ物を与える時期は、エコチル調査でも重要な検討課題
エコチル調査では、北海道から九州・沖縄まで、統一した手法でデータを収集するところに大きな意義がある
未来に向かってよりよい環境を残す、我々の世代の責任のほんの一端でも、エコチル調査が担うことができれば、本当に嬉しい

環境汚染の影響を受けやすい子どもの健康影響をていねいに調べ、そのリスクに基づいて母子の健康や環境保全対策を立案

大塚理事長(以下、大塚)― 本日はエコチャレンジャーにお出ましいただきありがとうございます。新田さんは国立環境研究所で長年にわたり、大気汚染の健康影響など環境疫学の研究にたずさわり、4年前に始まった環境省が企画したエコチル調査(子どもの健康と環境に関する全国調査)に中心メンバーとしてかかわり、現在はエコチル調査コアセンターのセンター長代行を務めておられます。エコチル調査については、このコーナーで2012年4月に、当時の佐藤洋・国立環境研究所理事から調査の目的や趣旨を中心に伺いました。今回は、4年ほど経過した時点での成果や展望を中心にお伺いしたいと思います。よろしくお願いいたします。
調査結果を伺う前に、環境疫学者としての新田さんからエコチル調査の意義について、日本に限らず世界を視野に改めてご紹介いただきたいと思います。

新田さん― 人の健康にかかわる環境要因は実に多様です。それぞれの環境要因の単独の寄与は小さくても、全体としての寄与は大きくなります。通常の環境疫学の研究、たとえば大気汚染の健康影響の研究では、大気に直接関係する要因に絞って因果関係を明らかにするのがふつうです。そのため、ほかの要因の影響があるとしても、相対的な影響の程度については明らかにしにくいのです。この弱点を解決するには、エコチル調査のような大規模なコホート研究【1】が必要なのです。

大塚― お話しのように、人の健康、とくに子どもの健康にはさまざまな要因が関与するのでしょうね。ところで、エコチル調査のような大規模調査は日本でははじめてとしても、国際的にはどうなのでしょうか。

新田さん― 発想の原点は、先進8カ国(G8)の環境大臣会合が1997年にアメリカのマイアミで開かれたときにさかのぼります。子どもは環境汚染の影響を大人より受けやすいから、子どもの健康影響をていねいに調べ、そのリスクに基づいて環境保全対策を立案すべきという結論になったのです。この内容が、環境保健の分野では非常に有名なマイアミ宣言【2】になりました。
マイアミ宣言をうけ、アメリカをはじめとするいくつかの国が疫学調査を企画しました。とくにアメリカは2000年ころから準備を進め、準備段階でも相当の予算を投入してきたのですが、昨年、中止に追い込まれています。ほかには、北欧のノルウェーとデンマークで、エコチル調査に似た国家プロジェクトが進められています。したがって、10万人規模の調査を行っているのは、日本と北欧だけです。

大塚― エコチル調査は、日本はもちろん国際的にも大変重要ですね。ところで、アメリカで中止せざるをえなかったのはなぜですか。

新田さん― 調査計画は非常によくできており、我々も多くのことを学ばせてもらいました。準備の期間も十分あったのですが、費用がかかりすぎる計画だったことが中止の最大の理由だと思います。アメリカでの調査が中止されたことで、日本のエコチル調査への期待がより高まったともいえます。

対象者として条件に合う妊婦さんの78%が同意し、非常に熱心で几帳面に対応されています

質問調査票回答者(お母さん)の年齢
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大塚― エコチル調査が始まりほぼ4年が過ぎました。新田さんは、調査にかかわる多くの研究機関・研究者、参加されている10万組を超える母子をはじめ、多くの方々に接してこられたわけです。今まで受けている印象からお話しください。

新田さん― 最初に妊婦さんに調査への参加協力をお願いし、10万人の方が承諾してくださり、ほとんどの方から子どもさんが産まれて10万人が加わり、約半数のお父さんにも協力いただいていますので、エコチル調査の参加者は約25万人という規模になっています。私も含め、調査者は数千人規模の疫学調査の経験は豊富なのですが、そのノウハウが役に立たないことが多いというのが率直な気持ちです。
今でもよく覚えていますが、最初のリクルートで対象者としての条件に合う妊婦さんに声をかけたとき、我々の当初の目標は7割の方から承諾をいただくことでした。実は、7割は「高すぎる」という意見が多かったのです。ところが、実際には78%という高い同意率だったのですよ。
同意率だけでなく、調査への参加の内容がすばらしいのです。参加されている方は、一言でいうと非常に熱心で几帳面に対応されています。子どもさんが産まれてから半年ごとに、10数ページもある質問票への記載をお願いしているのですが、きちっと回答してくださっています。今までの経験に比べても、妊婦さん、あるいは小さいお子さんのいるお母さん、そしてお父さんの熱意を強く感じています。


エコチル調査の元々の主題は環境汚染による子どもへの健康影響ですが、環境汚染に限らず、子どもを取り巻く環境を広く扱っています

大塚― 調査結果に移らせていただきます。非常に多くの項目があるわけですが、まずは、お母さんの生活習慣の特徴からはじめていただけますか。

新田さん― 生活習慣病という言葉があるように、喫煙とか飲酒、あるいは食生活などの生活習慣は健康にかかわる非常に大きな要因です。大人の健康についてもそうですが、子どもの場合には、とくにお母さんの生活習慣が重要です。エコチル調査では喫煙や飲酒の状況を詳しく調べており、妊娠の初期と中後期の2回質問しています。初期の調査では、妊娠前の生活習慣も聞き、妊娠前後での比較ができるようにしています。
調査は継続中で収集したデータについても点検途中のため、暫定的な集計結果でお話をさせていただきますが、妊娠初期における喫煙の有無については、お母さんの年齢によるかなりはっきりした傾向があります。若いお母さんほど喫煙率が高いことはある程度知られていたのですが、10万人規模のデータから数字ではっきり示されました。また、妊娠前には喫煙し妊娠中は禁煙していたお母さんが、子どもさんが産まれた後に喫煙を再開する割合も若いお母さんのほうが高いのです。一方で、飲酒については妊娠時にやめる割合が、喫煙者が禁煙する割合より高く、妊娠中にも飲酒する方は2〜3%にすぎません。そして、飲酒と喫煙を比較すると、お母さんの年齢による違いが逆になります。妊娠中も飲酒するお母さん、また出産後に飲酒を再開するお母さんとも、高齢になるほど高いのです。喫煙についても飲酒についても、該当するお母さんの割合がわずか数%ですので、今までの調査の規模では差を議論することはできませんでした。このことをとっても、大規模調査の意味が大きいと感じています。

喫煙の有無(妊娠初期)
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喫煙の有無(1歳6か月時)→再喫煙が問題
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飲酒の頻度(妊娠中後期)
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大塚― 先ほど、お父さんの話も出ましたが、父親の育児へのかかわりについてもご説明ください。

新田さん― はい。父親の育児への参加が、養育環境といいますか、子どもの成長発達あるいは健康に重要であるとの指摘は多くなされています。実際、私たちの世代に比べると、父親の育児参加の程度が相当高くなっています。これで十分かどうかは議論があるところですが、たとえば、お父さんの育児への協力の程度を、「非常によく協力する」「よく協力する」と答えたお母さん(妻)が3分の2ほどになります。逆に、「まったく協力しない」「ほとんど協力しない」と答えたお母さんは10%弱おられます。したがって、9割くらいの父親は何らかの形で協力しており、3分の2くらいはお母さんから満足されていることになります。世代の差を感じますね。

大塚― 日本の家族形態も大きく変化し、核家族化がますます進んでいます。今のお話を聞いていると、エコチル調査は日本の社会のシステムについても調査しているように感じますね。

新田さん― そのとおりです。エコチル調査の元々の主題は環境汚染による子どもへの健康影響ですが、環境汚染に限らず、子どもを取り巻く環境を広く扱っています。そのため、家族を含む社会的な環境の影響についても、全国を視野に特徴を明らかにできるのではないかと、期待をふくらませているところです。

パートナーの育児への協力度
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パートナー(配偶者など)の育児や家事に対するお母さんの満足度
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アレルギーを引き起こす食べ物を与える時期は、エコチル調査でも重要な検討課題

大塚― 子どもの健康あるいは生活そのものの結果に移らせてください。さまざまなことがありますが、最近、この20〜30年くらい前からでしょうか、大きな問題になってきた子どものアレルギーからお願いいたします。

新田さん― 子どもさんのアレルギーで、両親の関心がとくに高いのが食物アレルギーです。アレルギーを起こしやすいとされるものを食べさせない、食べさせはじめる時期を遅くする、また、母親自身がアレルギーの場合には、その食品を子どもさんに食べさせないようにすることもよく見られます。
エコチル調査では、食物アレルギーについて多くの事項を調査しています。子どもさんの年齢についていえば、出生後の年数が経つほどアレルギーと診断される割合が上昇するのはもちろんですが、ほぼ1歳に達した時に7%くらいがアレルギーと診断されています。

大塚― 7%というのは予想されていたレベルですか。

新田さん― 予想よりやや低かったかもしれません。それでも、やはり高いなと感じました。
出生後の時期別に、食べさせるものと食べさせないものを比べると、いろいろな傾向がみてとれます。はっきりしているのは、アレルギーを起こすのではないかと言われている食べ物を、離乳食として与えないだけでなく、食べ始めの時期を大きく遅らせていることです。そのような食べ物の例をあげると、卵、ピーナッツ、蕎麦、牛乳などになります。さらに詳しい集計内容は環境省のホームページをご覧ください(http://www.env.go.jp/chemi/ceh/index.html)。

食物アレルギーと診断されたこと
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食べ始めた時期(離乳食を食べ始めている子ども)(1歳時)
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環境に地域差がある
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大塚― マスコミでも、小学生などの食物アレルギーが給食との関係もあり、よく取り上げられているように思います。生まれて間もない1歳児の段階でも、アレルギーの割合は同じように高いのでしょうか。

新田さん― その点については、いろいろと考えるべきことがあります。子どもさんにアレルギーが起きていてなくても、お母さんの判断で、つまり医師の指示がなくても、子どものアレルギーを心配して食べさせない割合がかなり高いのです。実は、さまざまな食べ物の食べ始めの時期の影響については国際的に研究が進んでおり、食べさせる時期を遅らせるほどアレルギーが増えるという仮説も出ています。アレルギーを引き起こす食べ物を与える時期は、エコチル調査でも重要な検討課題であり、十分検討し早めに結論を出したいと考えています。
食物アレルギー以外にも、さまざまなアレルギーの分析に取組んでいます。たとえば、スギ花粉症は有病率が非常に高く、しかも環境汚染による影響も大きいのです。


エコチル調査では、北海道から九州・沖縄まで、統一した手法でデータを収集するところに大きな意義がある

大塚― 環境汚染物質の健康影響にかんする分析は、エコチル調査で最も時間がかかるのだろうと思いますが、現時点でお話しいただけることをお願いします。

新田さん― 最初に、エコチル調査における環境汚染物質の影響評価の設計についてお話しします。私たちは、胎児期、すなわち子どもさんがお母さんの体内にいるときの環境汚染物質への曝露が重要と考え、その程度をできるだけ定量的に明らかにしようとしています。そのために、妊娠期における母親から血液と尿、出産後に母体と子どもを繋ぐ臍帯の臍帯血、出産後に母親の毛髪と子どもさんの毛髪、さらには母乳など、多くの生体試料を収集しています。分析方法もほぼ確立し、試料中の化学物質の分析を始めたところです。最初に着手したのは、子どもの成長発達に関係が深い重金属類の分析です。
たとえば、メチル水銀の子どもの成長発達への影響は以前から指摘されているものの、根拠になっているデータは対象者が比較的少数で、水銀の曝露レベルが高い地域でとられたものです。このデータがとられた時期よりも現在の水銀の曝露レベルは低いはずなので、今回の分析結果は重要な知見をもたらすと期待しています。

大塚― 水銀の影響についてご説明いただきましたが、最近多くの方が心配されている放射線の影響は、エコチル調査で扱われているのでしょうか。

新田さん― ご承知のように、エコチル調査を開始した直後に東日本大震災が起きました。大震災は被災地を中心に日本中に大きな影響をおよぼしましたが、エコチル調査の対象地域に福島の沿岸部が含まれていました。東京電力福島第1原子力発電所の事故によって環境中に放出された放射性物質による健康影響に対する懸念に応えるために、調査途中で対象地域を福島県の全域に拡大しました。また、福島県以外にも被災地の宮城県が調査対象地域に含まれています。
エコチル調査では、北海道から九州・沖縄まで、統一した手法でデータを収集するところに大きな意義があります。その調査対象に被災地の福島県と宮城県が含まれているので、当初の計画よりも東日本大震災に起因する放射線の影響が、捉えられる可能性を高めたと考えています。もちろん、放射線の影響に特化した調査ではないため、見出すことができない影響が残るかもしれません。もう少し時間はかかるものの成果を公表できると思っています。

大塚― 分かりました。膨大なデータの分析は本当に大変な作業でしょうが、今のお話しを聞いていると、今後2、3年あるいは数年先には多くのデータが公表されるということですね。

新田さん― そうです。もう少し具体的に申し上げると、母親の周産期【3】における健康状態や出産時の子どもの状態(出生体重など)と生活習慣などとの関連性については、来年度から発表できるように努力しているところです。


未来に向かってよりよい環境を残す、我々の世代の責任のほんの一端でも、エコチル調査が担うことができれば、本当に嬉しい

大塚― エコチル調査はまだまだつづき、データを収集し分析しながら成果の発表と休む間もないと思いますが、よろしくお願いします。最後になりますが、新田さんからEICネットの読者の皆さまにメッセージをいただきたいと思います。

新田さん― 子どもの健康を考えることが、未来に向かって、次の世代、次の次の世代の子どもたちに、よりよい環境を残す責任は我々の世代にあるのです。その責任のほんの一端でも、エコチル調査が担うことができれば、本当に嬉しいことだと思っています。とくに私は、未来に向けてよりよい環境を残していく責任は、日本だけでなく世界中のすべての国のすべての人びとにあてはまると考えています。このことを、エコチル調査をとおして世界に向け発信したいと願っています。

大塚― どうもありがとうございました。改めて申すまでもなく、エコチル調査の成果は、日本人はもとより、世界中の人びとが期待し行方を見守っています。今後とも、調査の舵取りが大変だと思いますが、ますますご活躍ください。

国立研究開発法人国立環境研究所エコチル調査コアセンター・センター長代行の新田裕史さん(左)と、一般財団法人環境イノベーション情報機構理事長の大塚柳太郎(右)。

国立研究開発法人国立環境研究所エコチル調査コアセンター・センター長代行の新田裕史さん(左)と、一般財団法人環境イノベーション情報機構理事長の大塚柳太郎(右)。


注釈

【1】コホート研究(cohort study)
 疫学の研究手法の1つで、特定の要因に曝露した(された)集団と曝露して(されて)いない集団を一定期間追跡し、集団間での疾病や特定の状態の発生率の比較をとおして、要因の影響の有無を解明することを目的とする。
【2】マイアミ宣言(Miami Declaration)
 1997年にアメリカのマイアミで開催された先進8カ国(G8)環境大臣会合で、子どもの健康のための環境政策が緊急の課題と認められ採択された。優先的に取組むべき分野・課題として、(1)リスク評価および基準の設定、(2)子どもの鉛へのばく露、(3)微生物から安全な飲料水、(4)大気の質、(5)環境中の(受動)喫煙、(6)内分泌かく乱化学物質による子どもへの新たな脅威、(7)地球規模での気候変化の子どもの健康影響が定められた。
【3】周産期
 出産前後の期間。妊娠22週から、児の出生後7日未満までを指す。