一般財団法人 環境イノベーション情報機構

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エコチャレンジャー 環境問題にチャレンジするトップリーダーの方々との、ホットな話題についてのインタビューコーナーです。

No.029

Issued: 2014.05.09

日野市環境情報センター長・小倉紀雄さんに聞く、市民と行政と企業の協働による身近な環境問題への対応

小倉 紀雄(おぐら のりお)さん

実施日時:平成26年4月7日(月)14:00〜
ゲスト:小倉 紀雄(おぐら のりお)さん
聞き手:一般財団法人環境イノベーション情報機構 理事長 大塚柳太郎

  • 日野市環境情報センター長、東京農工大学名誉教授。
  • 1940年 東京都生まれ、67年東京都立大学大学院理学研究科博士課程修了(理学博士)。東京都立大学理学部助手、東京農工大学農学部助教授、同大学農学部教授を経て03年同大学名誉教授、09年から現職。専門分野は環境科学、水環境保全学、市民環境科学。
  • 環境省越境大気汚染・酸性雨対策検討会委員、国土交通省河川生態委員会委員。
  • 著書に「水辺と人の環境学(編著)」(朝倉書店)、「市民環境科学への招待」(裳華房)など多数。
目次
上流が非常にきれいで、だんだん生活排水が入って汚れていくプロセスがわかりやすかった多摩川支流の南浅川で調査を開始
互いのデータを比較できるように、全国一斉で、しかも同一手法で同一項目を測定
数値だけ並べてもわかりにくいので、CODの値を3段階の色別に地図上に表すことに
結果を専門的な言葉ではなく、分かりやすく市民に伝えることが大事
行政の若い職員たちが、先輩にならって市民の中に入り一緒に汗かく姿勢をつづけて欲しい
大規模な処理施設をつくるより、地域にあった簡易浄化、簡易下水等の施設を普及させること、そのための人材養成を目指すことが大切
耳学問でもいいので自分たちで実態を知ること、そして原因を探ること、問題があれば対策を考えることが大事

上流が非常にきれいで、だんだん生活排水が入って汚れていくプロセスがわかりやすかった多摩川支流の南浅川で調査を開始

大塚理事長(以下、大塚)― 本日は、EICネットのエコチャレンジャーにお出ましいただきありがとうございます。小倉さんは、長年にわたり大学の教員として教育研究にたずさわれた後、「身近な水環境の全国一斉調査」の実行委員長をお務めになるなど、市民の方々と環境保全に取り組まれておられます。本日は、地域における身近な水との付き合い方、市民と研究者および行政とのかかわり方などについてお伺いしたいと思います。よろしくお願いいたします。
早速ですが、小倉さんが大学での教育・研究の後に、市民との協働に深くかかわられるようになった経緯をご紹介いただけますか。

小倉さん― 私は、1974年に東京農工大学に赴任し、近くを流れる多摩川の支流の南浅川で調査をはじめました。当時は下水道が十分に発達しておらず、南浅川は上流が非常にきれいで、だんだん生活排水が入って汚れていくプロセスがわかりやすかったからです。それに、南浅川だと大学から車で1時間半もあれば源流まで行くことができ、1日で上流から最下流まで回れたからです。調査をしていた1984年に、「浅川地区環境を守る婦人の会」の方々に出会いました。このグループは、合成洗剤をやめ石鹸を使うことで水をきれいにする活動をされていました。私どもは石鹸だけが浅川の汚れの原因ではないことを見出していたので、勉強して一緒に考えませんかと呼びかけたのです。すると、大勢の主婦の方が大学にみえ、勉強しましょうということになりました。実際に自分たちで水質を測定したいと、1984年から市民による水質調査がはじまったのです。

大塚― 「浅川地区環境を守る婦人の会」について、もう少しお話しください。

小倉さん― 「浅川地区環境を守る婦人の会」は、合成洗剤をやめて石鹸を使おうという消費者運動を目的にしていたのです。私たちと話をしているうちに、自分たちで勉強して水質を測ろうということになったのです。実際に皆で南浅川を上流から下流まで見ることからはじめられました。簡便に水質を測ることができるパックテスト【1】で実際に測定し、上流は非常にきれいで、生活排水が入るにしたがい汚れていくことを実感されたのです。排水が川を汚していることに気づき、川をきれいにするためには実態をよく知らなければならないと、月に1回定期的に測定をはじめられたのです。これはすばらしいことだったと思います。
合成洗剤による汚染を簡単に測る方法はなかったので、有機物の量をトータルに表す指標であるCOD【2】と呼ばれる化学的酸素要求量や、アンモニアの濃度を測ることにより、生活雑排水による汚れの原因を明らかにしようとしたのです。1年間測った時、結果をそのままにしないで地図上に表し、実際に歩いてどこから排水が入るかの調査もはじめたのです。最終的には、木炭を使った水質浄化にも着手されています。実態解明、原因の把握、そして対策まで、自分たちで活動を深められたのは、大きな意味があったと考えています。

佐賀県の詫西子供クラブの調査の様子(2009年)

岩手県の金田一小学校の一斉調査の様子(2005年


互いのデータを比較できるように、全国一斉で、しかも同一手法で同一項目を測定

旭川流域ネットワークでの調査の様子(2012年)

旭川流域ネットワークでの調査の様子(2012年)

大塚― このことが1つのきっかけで、「身近な水環境の全国一斉調査」をはじめられたのだろうと思います。10年が経ったわけですが、当時、小倉さんがお考えになったことをご紹介ください。

小倉さん― なぜ、全国一斉かというと、全国各地でさまざまな市民グループが、独自の方法で、独自の測定項目で、測定日もバラバラで水質測定をしていたのですね。折角皆さんが測っておられるのだから、互いのデータを比較できるように、全国一斉で、しかも同一手法で同一項目を測れないかと考えました。ちょうど大学を定年退職し少し自由な時間ができた時でした。河川環境管理財団から助成金をいただくことができ、2004年6月に、第1回の「身近な水環境の全国一斉調査」がスタートしました。

大塚― 全国各地で市民グループの動きがはじまっていたというお話でしたが、そのころはどのような状況だったのでしょうか。

小倉さん― すべての都道府県ということではなかったですが、霞ヶ浦、琵琶湖流域、岡山県の旭川流域などに、いくつかの大きな市民団体のネットワークができていました。私たちは、水質測定をしていたグループだけでなく、水と親しむ活動をしていたグループなどにも呼びかけたのです。

大塚― 先ほど伺った、同一手法で比較可能なデータを得たとのことですが、実施された内容を具体的にご説明ください。

小倉さん― 測定したのは、先ほどもお話ししたCODです。CODを選んだ理由は、有機物による汚れをよく表すうえに、簡易測定用のパックテストのキットがあったことです。私どもが最も気にしたのは、市民が調査したデータだから精度が悪いのではないかと言われることでした。そのため、同じ試料について3回測定し中央値をとることで精度を確保しました。また、厳密にいうと試料水の水温によって化学反応の速度が変わりますので、水温を測り反応時間による影響をなくすようにしました。
その上で、全国で同じ日に測定することにしたのです。日本では6月5日が「環境の日」になっていますので、その日に第1回の「身近な水環境の全国一斉調査」を開催しました。その後も、6月の第1日曜日に調査を行っています。日曜日であれば子どもたちが親と一緒になって参加でき、市民の環境に対する関心も高まると考えたからです。

数値だけ並べてもわかりにくいので、CODの値を3段階の色別に地図上に表すことに

大塚― ところで、10年前の最初の調査の時、各地での測定結果を、小倉さんが中心となって実行委員会が集め分析されたのですか。

小倉さん― そうです。

大塚― 結果はいかがだったのでしょう。

小倉さん― 全国調査の結果をどのように表現するか、実行員会で議論しました。数値だけ並べてもわかりにくいので、CODの値を3段階の色別に地図上に表すことにしたのです。私たちが水環境マップと呼ぶもので、赤が一番汚れていて、青が一番きれいで、黄色が真ん中を表します。もちろん、正確なデータをつかって、きちんと緯度経度を合わせて地図上にプロットしました。

大塚― 2004年のデータを見ても、多くの調査地でなされていたのですね。

小倉さん― そうですね。2,500地点くらいでした。現在では、ほぼ倍くらいになっています。10年間にすると、延べ52,400地点になり、参加者は71,000人ぐらいになります。
水環境マップにしたことで、流域ごとに水質の変化をみることも可能ですから、汚染の対策を考えるのはもちろんですが、市民の方々にとっても、3つのレベルに色分けされた結果をみて、なぜ汚れているかを考え、今回は赤だったこところを次回は黄色に、さらには青にしたいという動機づけにもなったようです。また、子どもたちの環境学習などにも役立つ、ユニークな情報の伝達手法になっていると思っています。

大塚― 10年間つづけられて、水質のレベルは全体的に変わりましたか。

小倉さん― 全体的な変化ということですと、この調査は必ずしも定点で測っていないので、答えにくいのです。一度測ってきれいだと次回は測らないことも多く、気になるところやまだ汚れているところを測ろうとするからです。もちろん、継続して測ってきた地点もあり、そのようなところでは水の汚濁は改善される傾向にあります。

大塚― 対象の選定をみても、行政が行う調査とは違うのですね。

小倉さん― そうです。身近な気になるところ、汚れが気になるところを選んで下さいと申してきました。行政にできないような調査をすることで、行政のデータを補完することにもつながると考えています。

大塚― 伺っていますと、参加された市民の方の考え方とか見方に変化があったように感じます。

小倉さん― 市民の方々は1回測ったのではよく分からないから、来年も測ってみようという気持ちになったように思います。また、今までは住んでいる地域のことしか考えなかったけれども、全国のデータを見る大切さの意識が高まったと思っています。

CODのパックテスト

浅川流域水質map
[拡大図]


結果を専門的な言葉ではなく、分かりやすく市民に伝えることが大事

大塚― 10年間つづけてこられて、小倉さんご自身はいかがでしたか。

小倉さん― 専門家としては、新しいデータを高度な方法で得るのは当然として、結果を専門的な言葉ではなく、分かりやすく市民に伝えることが大事という意識を改めて感じました。
そのような意識が、実態を分かりやすく測定し、原因を探り、対策を考える、という一貫した流れを実現したいと考えてはじめた「市民環境大学」に通じるものがあります。「市民環境大学」における市民の方の実践をみていると、専門家として逆に学ぶことも多いですね。地元の川を一番よく知っているのは市民なのですから。

大塚― 日野市でつづけられている「市民環境大学」について、もう少しご紹介ください。その活動の一環として、放射線の調査もされていると伺っています。

小倉さん― 私は、日野市環境情報センターに勤務するようになってから、「市民環境大学」をはじめました。年に20回、毎週木曜日にかなり専門的な話を分かりやすく話しています。
ご指摘の放射線の測定ですが、この「市民環境大学」を修了した方々が自主的にOB会をつくり、毎月1回集まって話し合いをする中から、実践活動をはじめたのです。1つは水質、1つは大気中のNOx(窒素酸化物)の濃度、もう1つが東日本大震災の後でしたので放射能でした。放射線測定については、日野市が月に1回測定をはじめたので、同じ地点で測定するようしています。もう2年が過ぎたところです。空間線量などのデータをまとめ、安全安心な暮らしができることを確かめながら、現在も継続して測定しています。

市民環境大学の募集チラシ
[拡大図]

放射線測定の様子


行政の若い職員たちが、先輩にならって市民の中に入り一緒に汗かく姿勢をつづけて欲しい

大塚― 少し話題を変えさせてください。小倉さんは、研究者と市民との関係、あるいは行政と市民との関係についてどのようにお考えでしょうか。

小倉さん― 先ほども少し触れましたが、研究者は専門的な内容を正確に伝えることが大事と思います。市民が自主的に活動されていることも多いのですから、測定手法を含めて科学的に正しいかどうか、出されたデータが正しいかどうかをチェックし、一緒によりよい方法を見出していくことが役割と思います。行政は、いろいろな情報をもっていますのでそれらを市民に公開し、市民と一緒になって考え行動するのがいいと思います。たとえば市の環境基本計画は、市民にとって身近なテーマですし、市民参加でいいものがつくられています。
私が勤務している環境情報センターは市の機関ですので、私自身が、市民と行政を仲立ちする立場にあると思っています。以前は行政と市民が対立的な関係になったこともありましたが、今は協働する機運ができあがっています。

大塚― 成熟した社会を目指す上で、行政と市民の協働は欠かせないと思います。日野市はその1つのモデルケースですが、小倉さんは日野市環境情報センター、通称「かわせみ館」のセンター長をされていることからも、重要なポイントをご紹介ください。

小倉さん― 行政の担当者たちが、市民の目線に立つことが大事と思います。たとえば、日野市にはたくさん用水がありますが、自然あるいは生態系に配慮した川づくり・用水づくりを進めるにあたり積極的に市民の意見を取り入れてきました。市民の中にも「かわせみ館」に出入りされるような方にはさまざまな知識をもつ方も多く、政策づくりに有効に活かしてきたと思いますね。積極的に行政が動けば市民も動く、市民が動けば行政も動くという関係です。行政の若い職員たちが、先輩にならって市民の中に入り一緒に汗かく姿勢をつづけて欲しいと思っています。

大塚― さらなる発展を期待しています。

潤徳水辺の楽校での一斉調査の様子(2010年、増田さん撮影)

大規模な処理施設をつくるより、地域にあった簡易浄化、簡易下水等の施設を普及させること、そのための人材養成を目指すことが大切

大塚― 話題を変えさせていただきます。日本は水資源に恵まれている国と思いまが、世界を見渡すと、21世紀は安全な水の確保が最も深刻な課題の1つと言われています。アジアなどの途上国における水をはじめとする環境問題への対処について、小倉さんの考えをお聞きしたいと思います。

小倉さん― 私は海外で活動した経験がそれほど多くありませんが、それらに基づいてお話ししたいと思います。1つはソフト面で教育が大切と思うことです。私は、ユネスコ・アジア文化センターが識字教育の一環として行っている、『ミナの笑顔』【3】のビデオの開発を手伝ったことがあります。水と森とリサイクルについて、アジアの人たちにわかりやすく伝えるビデオ教材をつくることでした。私が感じたのは、アジアの途上国には識字教育を必要とする人がまだ多いわけで、環境教育もさまざまな人びとに理解されることが大事ということです。そのためにも、アジアをはじめとする発展途上国の教育者などが活躍できるよう援助する必要性を感じました。
ハードな面では、安全安心な水を得るために、簡便に飲料水をつくる装置、簡易な下水処理、あるいは雨水タンクの利用など、それぞれの地域にあう方法で、上水なり下水なりを自分たちで管理できるようにするのがいいと思います。水ではなかったのですが、大気汚染が進んだ中国の重慶市で、5年ほど共同研究をした経験があります。最初に驚いたのは、日本の脱硫装置が導入されていたのですが、十分に操作できる技術者がいないという理由で無駄になっていたことです。私たちは、それよりは石炭のブリケット化、すなわち石灰を混ぜて豆炭を製造するブリケット工場を各地につくり、石炭に含まれるSO2(二酸化硫黄)【4】を石灰と反応させ除去するほうが、大気汚染の改善につながると感じました。その経験からも、水の場合も大規模な処理施設をつくるより、地域にあった簡易浄化、簡易下水等の施設を普及させること、そのための人材養成を目指すことが大切と思っています。

耳学問でもいいので自分たちで実態を知ること、そして原因を探ること、問題があれば対策を考えることが大事

大塚― 小倉さんが強調された実際に役に立つ技術という視点が、市民と協働して環境問題に取り組まれていることに通じているのだろうと感じました。
ところで、EICネットは企業関係者をはじめ多くの方々にご覧いただいています。今までのお話と重複することもあろうかと思いますが、EICネットの読者の皆様に向けた小倉さんからのメッセージをお願いいたします。

大阪府の川辺kid'sによる一斉調査の様子(大和川、2006年)
大阪府の川辺kid'sによる一斉調査の様子(大和川、2006年)

大阪府の川辺kid'sによる一斉調査の様子(大和川、2006年)


小倉さん― 環境に向き合うには、耳学問でもいいので自分たちで実態を知ること、そして原因を探ること、問題があれば対策を考えることが大事になります。対策まで考え、実践できれば本当に素晴らしいと思います。そのためには、市民と行政との協働が必要であり、多くの場合に市民と企業との協働も必要です。
市民と行政と企業の3者が協働することが、これからは特に重要になると考えています。実は、「身近な水環境の全国一斉調査」には多くの企業がCSRの一環として取組んでおられます。これからは今まで以上に多くの企業が参加し、水質調査などに取り組んでいただければと思います。企業にお勤めの方も地域では一市民なのですから、市民として一緒に考え一緒に行動していただけるよう願っています。

大塚― 今日は、長年の活動のポイントとともに、身近な環境をめぐる市民、行政、研究者、そして企業の望ましい関係などをお話しいただきました。今年の「身近な水環境の全国一斉調査」も、大きな成功をおさめられることを心より期待しています。本日はありがとうございました。


日野市環境情報センター長の小倉紀雄さん(右)と、一般財団法人環境情報センター理事長の大塚柳太郎(左)。

日野市環境情報センター長の小倉紀雄さん(右)と、一般財団法人環境情報センター理事長の大塚柳太郎(左)。


注釈

【1】パックテスト
比色法による簡便な水質分析法。ポリエチレンチューブの中に調合された試薬が1回分ずつ封入されており、チューブからでている「ライン」を引き抜き、スポイトと同じ要領で水を吸い込み、一定時間後に標準色と比べて濃度を読み取る。
【2】COD
化学的酸素要求量(Chemical Oxygen Demand)。広く用いられている水質汚濁の指標のひとつ。検査水に含まれる有機物と反応して消費された酸化剤(過マンガン酸カリウム、重クロム酸カリウム)の量を酸素の量に換算した値。CODの値が大きいほど、水中の有機物が多く水質汚濁の程度が大きいことを示す。
【3】『ミナの笑顔』
公益財団法人ユネスコ・アジア文化センターが、アジア太平洋地域の教育者とともに、識字教育のために制作したアニメーションシリーズで、世界の39言語版がある。
【4】SO2
二酸化硫黄。石炭などに含まれる硫黄(S)が燃焼(酸化)されると、ほとんどがSO2として排出さる。別名は亜硫酸ガス。
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