No.034
Issued: 2012.09.20
国立野生生物保護区訪問
ワシントンDC内を横断する高速道路を避け、市街地の南部から環状に走る高速道路インターステート495号線に入る。東方に向かって走り、チェサピーク湾を渡る。魚類野生生物局での研修の一環で、近郊の国立野生生物保護区を訪問することになった。上司のピーターさんから、チンカティーグとブラックウォーターの2箇所を勧められた。
チンカティーグ国立野生生物保護区
ワシントンDC市内の高速道路はいつも混んでいる。その上、皆かなりのスピードで走行しているので、道路事情に慣れていない私たちにとっては「鬼門」だ。一方、市街地の一般道路は比較的幅員も広くて比較的すいている。ルートさえ間違えなければ意外と時間もかからない。今回も、ワシントンDC市街地の南部に位置するアレクサンドリアまで一般道路を走行し、そこからインターステートの環状線を使うことにした。
途中ポトマック川を渡るが、ハーパースフェリー付近とは比較にならないほど川幅が広くなっている。環状線をそのまま東へ走り、ワシントンDCの東側で国道50号線に乗り換える。国道といっても高速道路とほぼ変わらない高規格道路だ。チェサピーク湾の中ほどにある小さな島をつなぐように建設されたチェサピーク・ベイブリッジという大きな橋を渡っていく。
チェサピーク湾の内陸側にあるアナポリスという小さな町には海軍士官学校があり、昔ながらのレンガ色の歴史的な街並みが残されている。湾に面して港もあり、カニなどの新鮮な魚介類を使ったシーフードを提供するレストランも多い。ワシントンDCへの通勤も可能で、郊外には住宅地も広がっている。今回は残念ながら横を素通りする。
チェサピーク・ベイブリッジ(Chesapeake Bay Bridge)は、名前の通り、チェサピーク湾を渡る橋だ。橋の上から眺めると、チェサピーク湾は予想していたよりもずっと大きかった。ベイブリッジも日本の橋梁のイメージよりもずっと大きく、高いところを道路が走る。現在の橋梁と並行するように橋げたが新たに作られており、新設中の橋の大きさに驚かされる。
チンカティーグ国立野生生物保護区(Chincoteague National Wildlife Refuge)は、Snowy Gooseというガンの一種を保護するため、1944年に設立された野生生物保護区である。チェサピーク・ベイブリッジが建設されるまでは、チェサピーク湾を迂回しなければならなかったため、ワシントンDCから片道で12時間以上を要したといわれている。これが、首都の大人口地帯から比較的近いにもかかわらず、それほど開発が進まなかった理由だ。国立公園局の管理するアサティーグ島国立海岸(Assateague Island National Seashore)にも隣接しており、州の境界線をはさんでバージニア州側がチンカティーグ、メリーランド州側がアサティーグ島国立海岸になっている。2つの保護区は連続する砂嘴上にあり、生態系としては一体のものだ。
野生生物保護区内には、人工的に水位が調節されるため池(impoundment→第33話「ドンさんとの出会い」参照)が14箇所設けられている。また、保護区の年間訪問者数は150万人と、野生生物保護区としては全米でも有数の訪問客数を誇る。そのためか、新設されたビジターセンターは、魚類野生生物局の平均的なセンターと較べてかなり大規模な施設になっている。
新しいビジターセンター
私たちを案内してくれたのは、保護区スタッフのビル・ハグランさんだ。この保護区にくる前は魚類野生生物局の本局国際課に勤務していた。ピーターさんのお知り合いで、その縁で紹介してもらった。
まずは、新しいビジターセンター、Herbert H. Bateman Education and Administration Centerを案内してもらう。
「このセンターにはいろいろな工夫があります。再生可能な素材を多用していたり、各種の自然エネルギーを利用できるよう設計されたりしています」
センターの敷地自体も、もともと施設が建っていた跡地を利用しているため、大きな樹木の伐採は12本にとどまっているそうだ。これだけ大きな施設を建設した割に伐採量は少ない。
「排水は、センター前に作った人工的なウェットランドで処理しています。処理が終わった再生水は、トイレの便器の洗浄水に再利用します」
トイレにも工夫があるという。
「トイレは、水の使用量が少ないタイプを採用しました。特に男性小便用の便器は洗浄水を使用しないタイプになっています。『野生生物保護区のビジターセンターにきたら、変わった便器が使われていた』、そんなことにも興味をもってもらいたいのです」
トイレの洗浄水は、よく見ると淡い黄色に色付いている。また、男性小便用の便器は本当に洗浄水が出てこない。大きめの排水口に特殊な液体が満たされていて、それが油のように排水を覆っている。においは全く気にならない。考えてみれば、小便をするたびに上水を流すのはもったいない。
もちろん、主目的は使用水量の削減だ。ウェットランドを保護するこの野生生物保護区では、汚染水の発生を極力抑える必要がある。
施設の暖房・冷房にも工夫がある。
「このセンターの空調には地熱が使われています。地熱といっても摂氏12.8度(華氏55度)にすぎませんが、グリコール溶液を地中のパイプに通し、それを熱交換器(ヒートポンプ)に通すと空調にも利用することができるようになります」
外壁や屋根も変わっている。
「建物には、外断熱パネルシステム(Structural Insulating Panel System: SIPS)が採用されています。2枚の合板の間に分厚い断熱材を入れた外壁を使用するもので、断熱効果が高いといわれています。屋根には亜鉛の板を使用しています。腐蝕しにくく、雨水に微量が溶け出すと植物への微量元素としても機能します」
ただし、かなり重量があるため、それに耐えるだけの基礎を用意しなければならなかったという。
建物に入ると、天井がかなり高いのが印象的だ。空調効率の面からいえば天井は低い方がいいはずだ。
「天井が高いのは採光のためです。低い位置には展示物があるため、採光のためには窓を高い位置に取り付ける必要があります。ただ、自然光そのものは強いので、展示物の上に光を弱めるための白い布(ディフューザー)を設置しています」
施設には自然光をうまく取り入れている。室内にはセンサーを設置して、曇りや夕方など室内が暗いときだけ、照明で補うようにしてあるという。
「窓が高い位置にあることで、展示に集中できる効果もあるんです。低いと外の景色が見えてしまい、利用者の注意がどうしても散漫になってしまいます。特に子どもは外に出て行ってしまいたくなってしまいます」
モーションセンサーやタイマーなども採用され、照明の使用を最小限にする工夫があちこちにみられる。エネルギーの値段が安いアメリカでは、こうした省エネルギーの取り組みはめずらしい。
「自然光を取り入れることは、経費削減や、職員の作業効率を高めるという効果もあります。また、教育的な面からも、野外の環境が取り入れられることにより学習効果が増進されるといわれています」
天井が高いのには他にも理由がある。天井が低いと暗く閉鎖的なイメージを与えてしまい、なかなか利用者が入ってきてくれないそうだ。
「利用者が抵抗なく施設に入ってくる雰囲気を作るためには、利用者の興味をひきつけるような施設の大きさやデザインが求められます」
給湯は集中ボイラー式ではなく、お湯を使用する場所ごとで必要なお湯をつくる「オンサイト」の加熱装置を使用しているという。
「従来の集中ボイラーだと、必要以上のお湯を作って長い距離を流すため効率が悪いのです。ビジターセンターのような施設では常時給湯が必要な訳ではありません」
建築材料も工夫されている。
「建物の構造材には持続可能な管理が行われている森林から生産された木材が使用されています。強度を出すため、集成材を利用しています」
床は何と竹の集成材だ。カーペットの部分も、再生プラスチック、コルク、そして廃タイヤを使用した再生ゴムなどを用いた四角のマットが敷き詰められている。
「建築物の総工費は約1,000万ドルで、そのうち展示物の制作費用は100万ドル程度でした。建設費用は、各種の予算を組み合わせて捻出しました。保護区の入場料収入は、500万ドルを超える建設事業には使用できませんが、施設の維持管理費として使っています」
維持管理費を低く抑える工夫もある。
「設計の際、電球などの交換部品の種類を減らし、汎用品を使えるよう依頼しました。展示についても、特別な機材ではなく、一般に販売されているモニターとDVDプレーヤーを使用するようにしました」
天井は高いものの、照明器具の設置位置は低くしてあって、脚立があれば自力で交換ができるという。こうした点は、デザインを優先した国立公園の施設にはあまり見られない特徴だろう。
「展示内容の変更については、地域事務所が契約しているデザイン会社2社に依頼しています。現在の契約業者2社のうち1社は、このセンターをデザインした会社です。今後5年間はその業者が面倒をみてくれるはずです」
展示にはいろいろ細かい変更がつきものであるが、これなら安心して業者に任せることができそうだ。
国立野生生物保護区の管理方針
「魚類野生生物局は、野生生物の保護を第一に掲げています。その点で、利用者を第一に考えている国立公園局とは対照的といえます。それゆえ、利用者からの評価の高い国立公園局の予算と、魚類野生生物保護区の予算規模とでは大きな開きが生じ、おおよそ18倍にもなるといわれています」
ちなみに、総面積からいえば、国立公園システムよりも国立野生生物保護システムの総面積の方が若干大きい(第33話参照)。
さらに、その箇所数も増加の一途で、規模や箇所数が横ばいの国立公園システムとは対照的だ。それだけに、経費や人員は常に不足している。
国立公園局と魚類野生生物局は、同じ内務省内の政府機関でありながら、待遇には違いがあるという。
「魚類野生生物局職員のポストには、給与やランクが低いものが多いのです」
にもかかわらず、魚類野生生物局の職員には、比較的現場に近く、野生生物の保護などに直接かかわることのできるポストを好み、同じポストに長くとどまる傾向があるという。
「国立公園局がインタープリテーション(自然解説)の面で優れているといわれているのに対し、魚類野生生物局は科学の分野が高く評価されてきました」
この保護区で保護対象にしているもののひとつに、チドリがある。
Piping Ploverは1986年に絶滅危惧種に指定されたチドリの一種で、この保護区では1988年より海岸の立ち入り制限を行っている。
「毎年繁殖期になると、6〜7人のインターンが配置されます。インターンは主に学生で、モニタリングを担当します」
学生には無償の宿舎と食費が提供される。
保護区には3名の生物学者と1名の生物技術職員が勤務しているが、こうしたモニタリングにはとても手が回らない。
一方、ビジターサービス職員は7名が勤務していて、利用者向けのサービスは比較的充実している。首都圏から近く、利用者が多いことがその主な理由だ。
「夏期は入場料金を徴収するための職員を3名臨時雇用するので、ビジターサービス部門は総勢10名になります」
これは、政府が近年採用しているフィー・プログラム【1】との関連が深い。それまではすべて国庫に納入されていた入場料収入が、徴収されたそれぞれの保護区で使えるようになったのだ。ただし、使途はビジターサービス関係に限られる。職員の給与には充てられないが、臨時職員を雇用することはできる。このため、野生生物保護区でもビジターサービスが充実される傾向にある。
「以前保護区入口にあったビジターセンターには水道がなく、トイレは隣接する便槽式トイレを使用してもらっていました。ビジターセンターが営業していても、管理上トイレが閉鎖されている時期もありました。それを考えるとビジターサービスは大幅に改善されています」
なお、魚類野生生物局は、野生生物保護区の管理方針の優先順位(管理ヒエラルキー)を定めている(下表参照)。野生生物の保護を最優先にしながら、関連のある利用者の活動も許容する。もし、それらの活動が競合する場合には、優先順位に従って調整が行われる。明確な管理方針が、こうした透明性の高い優先順位付けを可能にしている。
野生生物の生息や繁殖にあまり影響のない砂浜は、区域を区切った上でオフロード車の利用のために開放されている。このような例も、野生生物保護区の管理方針の特徴をあらわしているといえる。
主たる利用目的 (Primary Uses) |
1. それぞれの保護区の設立目的に基づくもの 2. 保全を目的とするもの(ただし、1. の保護区の設立目的に反しないもの) |
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第2の利用目的 (Secondary Uses) |
3. 野生生物に依存するレクリエーション(優先的一般利用) (狩猟、つり、野生生物観察・写真撮影、環境教育、自然解説など) 主たる利用目的と補完的なものについて、 −15年ごとに再評価を行う −魚類野生生物局の義務として推進する |
第3の利用目的 (Tertiary Uses) |
4. その他のレクリエーション利用 (スノーモービル、ボート、オフロード車両などでの利用) 第2の利用目的の補完的で、主たる利用目的に反しないものについて、10年ごとに再評価を行う。 |
第4の利用目的 (Quaternary Uses) |
5A. 保護区管理のための経済的活動 (間伐、捕獲、牧草採草など) 5B. 自然資源の経済利用(その他の利用) (伐採、放牧、石油・ガス生産、送電など) 主たる目的と補完的であり、第2、第3の利用目的にも反せず、かつ、主たる目的の達成に貢献するものについて、10年ごとに再評価を行う。 |
Blackwater国立野生生物保護区見学
Blackwater国立野生生物保護区は、渡り鳥のための保護区として1933年に設立された。保護区はメリーランド州にあり、面積は23,000エーカーほど(約9300ヘクタール)もあるが、区域は複雑に入り組んでいる。
保護区には潮間帯性の湿地が広がっており、水位や塩分濃度が変化する。その他に、淡水の沼、針広混交林、農地、及び季節的にガンカモ類の生息地として湛水させる調整池(impoundment)など、多様な生息環境が存在する。
その日私たちを案内してくれたのは、保護区管理所長のラリー・マクゴーワンさんだった。ラリーさんは、5年間ほど国立公園局に勤務したことがあり、その後は20年間魚類野生生物局に勤務している。
「この保護区は、アメリカ東海岸では規模が大きい方です。森林のある湿地から潮間帯性の草地まで含めると、900エーカーほど(約360ヘクタール)の草地が広がっています。ただ、植生としての生産量は小さいようです」
近年は湿地環境が変化しつつあるという。
「これまで淡水だった湿地でも、塩分濃度が高くなっています。気候変動に伴う海面上昇の影響ともいわれるのですが、将来的に越冬環境への影響が懸念されています」
この保護区は、大西洋渡りルートを利用するカナダガンの主要な越冬地の1つとなっており、ピーク時にはガン約35,000羽、カモ約15,000羽が観察されるという。
「越冬地にいるガンカモ類は、渡りの準備のため脂肪をたくわえます。そこで、越冬のための農作物栽培プログラムを行っています」
農作物栽培プログラムは、地元の農家との協力プログラムだ。
「地元の農家に、保護区内の農地部分の耕作を依頼しています。ガンカモ類がいない時期は作物を収穫してもらっていますが、越冬時期には渡りのために北上するガンカモ類が食べるものを残してもらっています」
つまり、この保護区では渡り鳥のために作物を栽培しているのだ。
「渡りには相当な栄養が必要です。マメ類やムギが畑に残されているよう種をまいておいてもらったり、作物のうち一定割合を収穫しないで残してもらったり、越冬時期終了間際に作物を刈り倒し、渡り鳥が食べやすいようにしてもらっています」
また、この保護区にはガンカモ類以外にも、絶滅危惧種2種(ハクトウワシとデルマルバキツネリス【2】というリスの仲間)の貴重な生息地ともなっている。
「デルマルバキツネリスは、デラウエア州、メリーランド州、バージニア州にしか分布していません。生息地域が狭まってきており、絶滅が危ぶまれています」
ハクトウワシについては、2004年現在で110羽がこの保護区内に生息していることがわかっているという。野生生物観察用の車道からも2〜3羽見ることができた。
「保護区内には、日本産のシカ(Sika deer)が生息しています。このシカは外来種で、狩猟の対象となっています」
この日本からもたらされたというシカは、在来のシカと異なり、同じ踏み跡をなぞるため、植生に悪影響がでるという。何となく集団行動が好きな日本人が連想されておもしろい。
「保護区内では狩猟が認められています。日本産のシカ1,000頭、在来種であるオジロジカ42頭が狩猟の対象とされています。また、保護区内に生息するマスクラット(ムスク臭のある大型のネズミ)のわな猟師が15人います」
マスクラットについては、保護区内の15の猟区について毎年入札を行い、それぞれの猟区での狩猟権を割り当てるという。
「マスクラットは主に食用です。以前は毛皮も高値で取引されていたようです」
保護区内では、狩猟、つり、バードウォッチングなどの野生生物関係(wildlife oriented)のレクリエーションが行われている。
「保護区内での狩猟については批判もありますが、オオカミなどの捕食者が絶滅している現在、野生生物の個体群を健全に保つには適度な狩猟活動が効果的なのです」
ハンターの多くは自然保護にも理解があるという。
「近年ハンターの人口が減り、シカが増えて問題になっている地域も多いのです。狩猟を批判する動物愛護団体などもありますが、保護区の管理者の立場からすると、むしろ狩猟による好影響の方が大きいと考えています」
日本でも、狩猟人口の減少や農山村地域の高齢化の影響もあってシカなど野生鳥獣の増加で困っている地域は少なくない。アメリカも同じような課題を抱えているのだ。
「現在、米国のハンター人口は全人口のおよそ15%程度を占めているといわれています」
この数字は大きい。そういう人たちが皆保護区に押し寄せるのだろうか。ラリーさんに質問する。
「お金を持っている人たちは民間のハンティングクラブに所属しています。クラブにはクラブハウスや自前の猟場がありますが、入会に4万ドル、年会費が500から5,000ドルほどかかります」
これに対して、保護区内でのハンティングにかかる費用は1日10ドル。その代わり、施設やサービスはそれほど期待できず、いろいろな規制や手続きが必要となる。
「保護区内でのハンティングの質を維持するために、50エーカー当たり100人以下になるよう調整しています。ハンティングクラブの会員層と保護区内のハンター層はあまり重ならないため、特に民業圧迫との批判はありません」
ハンティングクラブは保護区の周辺にも多数存在するそうだ。
保護区の訪問者数はハンティング利用を含めて年間50,000人程度。チンカティーグに比べると30分の一程度だ。
「保護区の職員は常勤職員が18名です。その他、管理火災(森林火災を防止するため、人工的に起こす小規模な火災)担当の季節雇用職員が5〜6名います。利用者数は少ないとはいえ、保護区の面積や抱えている業務を考えると人手は全く足りていません」
その上、予算の制約関係から、18名の職員のうち5名をレイオフ(一時解雇)しているという。
「いずれも地元出身の職員なので、農業やその他の臨時の職を見つけているようです。メンテナンス職員は3人勤務していますが、それだけではとても間に合わないので、生物学者の職員もメンテナンスに従事しています」
民家の隣接する保護区部分は、都市隣接森林火災プログラム(Wild Fire Urban Interface)を活用しているという。
「予算は年間10件分、計60万ドル程度が支給されます。間伐は入札により外注契約します。今回の受注者はメキシコ系のグループでしたが、驚くほど安い値段できれいに仕上げてくれています。このような効率的な外部発注がなければ保護区の管理は不可能です」
地元との協力
「この保護区は地元からも支援されています。多くの利用者が訪れるため、地元にとっては貴重な観光資源になっているのです。特にハンターに人気があって、ハンターは地元にもお金を落としてくれます。また、ハクトウワシが多いので、年に1回『ワシ祭り』を開催していますが、これも人気があります」
ガンカモ類を守りながら、野生動物の狩猟も許容する。また、そこに生息する希少種をテーマとしたイベントも実施する。これまで訪れた僻地の大規模な保護区とは異なる保護区の管理方針が垣間見れる。
「地元との関係で無視できないのが、土地所有の関係です。この地域には木材会社が所有するマツ林が多く存在し、この保護区の多くの土地も、もともとは材木会社の所有地でした」
このような土地は、樹木が伐採された上で保護区に買取要求が出されるのだという。
「土地を買収した後に保護区があらためて樹木の種を蒔くことになります。このような森林再生プロジェクトを積極的に実施していて、森林官のポストまであります」
野生生物保護区には生物学を専門とする職員は多いが、森林官のポストがあるのは珍しいという。また、レッドウッド国立州立公園でもそうだったが、苗木を植えるのではなく種子をまくことが多いようだ。苗木のように活着や樹形は良くないかもしれないが、根張りはよく生育自体はいい。材木を生産するのでなければ費用は安く抑えられるはずだ。
「害虫駆除事業で10,000ドル程度が州政府から提供されていますが、この予算が森林再生の原資となっています。この地域は林業が盛んなため、州政府が比較的潤沢な予算を持っているおかげです」
ただし、この職員は夏季のみの季節雇用だということだ。
地元との協力による保護区の管理費用の節減の工夫はほかにもある。
「保護区にはウッドダックという野鳥が18つがい営巣しており、その生息環境を維持するために毎年樹木の伐採が必要になります。地元の漁師が細い木材を必要とするので、伐採を任せて経費の節約につなげています」
保護区と外来種問題
保護区では、外来種の問題もある。
日本産のシカは外来種とはいえ、それほど大きな被害は出ていない。むしろ、深刻なのはヌートリアだ。毛皮業者により導入されたこの中型の哺乳類は南米原産で、潮間帯性の草地植生を破壊してしまう。
「過去に大規模な捕獲作業を行ったことで、現在では保護区内では生息が確認されていません」
一度侵入してしまった外来種を駆除するのは至難の業だ。どうやって効果的な駆除を実現したのだろう。
「ヌートリアの駆除は農務省との共同事業で行いました」
保護区内には、現在も農務省の駆除チームが事務所を構えている。職員は常勤職員が15名もいるという。
「この事業は、保護区と農務省のパイロット事業として実施されています。農務省職員の給与は農務省が負担しますが、プロジェクト経費は魚類野生生物局がまかなっています」
駆除以前は、尾1本当たり50セント支払うプログラムがあった。一般のハンターの協力でヌートリアを捕獲していたが、一定の効果はあっても、根絶することは難しかったという。
ビジターサービスとボランティアの協力
訪問当時(2005年1月)、保護区のビジターセンターは改修中で閉鎖されていた。その代わり、小規模なビジターセンター(ビジターコンタクトステーション)が、野生生物を観察するための有料道路入口脇に開設されていた。
この野生生物観察用の車道はセルフサービスになっていて、自動車1台あたり3ドルの通行料金を封筒に入れてポストに投入する。有料道路といっても国立公園とは異なり、簡素なもので利用者も少ない。そのため、後ろから来る車もそれほどないので、ゆっくり路肩に車を止めながら水鳥を観察することができる。
通行料金の8割は、フィー・プログラムに基づき、保護区の予算として使用することができるという。
所長のラリーさんは、私たちをセンターに案内してくれた。
「ビジターセンターでのサービスはボランティアによって提供されています。ボランティアの協力は、ビジターサービスだけではありません。いろいろな面でこの保護区の管理を助けてくれています」
ボランティアといっても、国立公園のように、公園が直接ボランティアを募集するのではなく、協力団体(フレンズグループ)と覚書(MOU: Memorandum of understanding)を結んで、フレンズグループに所属する。日本のパークボランティアの制度に似ている。
覚書は各保護区が直接締結するのではなく、フレンズグループの全国組織と魚類野生生物本局との間で締結されているという。
「この保護区のフレンズグループは『Friends of Blackwater』という組織で会員は約800人です。そのうち100名程度が活発にボランティア活動に参加してくれています」
フレンズグループはビジターセンターで物販ができ、それにより収益を上げることができる。
「収益から、年間50万ドル(5,000万円)程度を保護区に寄付してくれています。保護区が独自の事業を実施しようとする時などに使えるため、本当にありがたいお金です」
保護区からフレンズグループにリクエストをだすと、理事会での審議を経て保護区に資金が提供されるという。
ちょうどカウンターには女性の売店マネージャーがいた。もちろんボランティアだ。ご主人がアメリカの有名自動車メーカーの元CEOで、退職後にブラックウォーターの近くに引っ越してきたそうだ。それ以来、保護区でのボランティア活動を行っているという。
「年間のボランティア時間はだいたい1,000時間くらいです。もちろん無給ですが、満足感があります。始めてボランティアに参加したのは1996年でしたが、売店の口座には689ドルしかなかったの」
それが、現在では常時数万ドル単位のお金があるという。
「まず、保護区のロゴの入っているシャツ、ワッペン、ポストカードなど、質の高い商品を充実させました。特にデザインには気を使いました」
利用者の購買意欲を刺激するような商品作りを検討したという。
「ポストカードには野生生物保護区の短い解説を入れています。保護区の広告になるんです。紙袋にも、フレンズグループのメンバーシップやウェブサイトの案内を印刷しました。ウェブサイトも充実していますので、ぜひ見てください」
ウェブサイトでは、人気のあるハクトウワシやオスプリーのライブ映像も提供している(www.friendsofblackwater.org)。
「販売用の書籍コーナーにも力をいれています。質の高い図書を集めるよう努力していますが、今では、このビジターステーションの売店が、地元でもっとも自然関係の図書が充実しているという評判なんです。クリスマスシーズンになると、プレゼント用に買う人が多くて売切れてしまうほどです」
中でも鳥類関係の図書の品揃えは、DC近郊を含めてもかなりのレベルだという。
「図書の在庫管理はなかなか大変です。売れた本を補充するように常に気を配らないといけません」
こうして得られた収益は、野生生物保護区の実施するプロジェクトを支援するために使われる。
「このフレンズグループのノウハウは日本でも活用できると思います。もし、興味を持つ人がいれば、ぜひここに来ていろいろ学んで欲しいので、連絡をください」
カウンターには、同じように会社を既にリタイアしたボランティアが2〜3人いて、いろいろな質問に答えてくれる。国立公園のビジターセンターよりもずっとフレンドリーな感じだ。保護区の職員も1名いるが、カウンターはボランティアに任せ、奥の部屋で仕事をしている。
魚類野生生物局の資源管理方針
保護区内には歴史的な住宅が残されている。かなり古いもので、奴隷用の住居も併設されているという。
「この建築物は、地域の歴史を知る上で大変重要なものです。しかしながら、魚類野生生物局自身は歴史的な文化財などを保存する権限はありません。国立公園局との大きな違いです」
これは、自然の風景地を保護する日本の国立公園とも共通する悩みといえる。
「州政府や地元の自治体などが保存を申し出てくれれば一緒に保存活動を行うことができるのですが、今のところそのめどはたっていません」
つまり、自らできることは限定的だから、組織の権限の及ばないところは、関係機関との連携により実現していくしかない。
「対照的なのが、多目的な利用をミッションとする政府機関(Multipurpose agencies)と呼ばれる機関です」
代表的な機関は、森林局(Forest Service)や公有地管理局(Bureau of Land Management)などだ。
「こうした機関は、私たちとは異なり予算は比較的潤沢ですが、何を中心において重点的に管理すべきかわからず、混乱してしまうことも少なくありません。魚類野生生物局の予算や権限は小さいですが、野生生物の保全という明確な目的があります。その意味で、所長という職には、限られた予算をいかに有効に活用し、ネットワークや協力関係によって大きな成果を収めるかということが求められているのです」
私たちのようなビジターにも丁寧に、そして熱心に対応してくれるラリーさんの姿を見ていると、そうした使命感のようなものがひしひしと伝わってくる。
- 【1】フィー・プログラム
- 第6話「フィー・プログラム」
- 【2】デルマルバキツネリス
- デラウェア、メリーランド、バージニアの3州に生息するリス。それぞれの州名から名づけられた。英語名はDelmarva Fox Squirrel。
妻のひとこと
チンカティーグとブラックウォーターの2つの国立野生生物保護区を訪れたのは1月でした。ワシントンDCは凍るような寒さでしたが、チェサピーク湾を越えると、寒さがかなり和らいだ感じがしました。また、首都圏からそれほど遠くないのに驚くほど自然が豊かで、風景ものどかですっかり気に入ってしまいました。
ボランティアの方々も熱心で、国立公園よりもずっと主体的に保護区と関わっているようでした。
どちらの保護区でも歓迎していただき、いろいろおみやげまで頂いてしまいました。冬の週末など、のんびりと泊りがけで出かけるにはいいところではないかと思います。そろそろ帰国の準備が始まる頃で、結局これが最後の国立野生生物保護区の訪問となってしまいました。
この記事についてのご意見・ご感想をお寄せ下さい。今後の参考にさせていただきます。
なお、いただいたご意見は、氏名等を特定しない形で抜粋・紹介する場合もあります。あらかじめご了承下さい。
(記事・写真:鈴木 渉)
※掲載記事の内容や意見等はすべて執筆者個人に属し、EICネットまたは一般財団法人環境イノベーション情報機構の公式見解を示すものではありません。
〜著者プロフィール〜
鈴木 渉
- 1994年環境庁(当時)に採用され、中部山岳国立公園管理事務所(当時)に配属される。
- 許認可申請書の山と格闘する毎日に、自分勝手に描いていた「野山を駆け回り、国立公園の自然を守る」レンジャー生活とのギャップを実感。
- 事務所での勤務態度に問題があったためか以降なかなか現場に出してもらえない「おちこぼれレンジャー」。
- 2年後地球環境関係部署へ異動し、森林保全、砂漠化対策を担当。
- 1997年に京都で開催された国連気候変動枠組み条約COP3(地球温暖化防止京都会議)に参加(ただし雑用係)。
- 国際会議のダイナミックな雰囲気に圧倒され、これをきっかけに海外研修を志望。
- 公園緑地業務(出向)、自然公園での公共事業、遺伝子組換え生物関係の業務などに従事した後、2003年3月より2年間、JICAの海外長期研修員制度によりアメリカ合衆国の国立公園局及び魚類野生生物局で実務研修
- 帰国後は外来生物法の施行や、第3次生物多様性国家戦略の策定、生物多様性条約COP10の開催と生物多様性の広報、民間参画などに携わる。
- その間、仙台にある東北地方環境事務所に異動し、久しぶりに国立公園の保全整備に従事するも1年間で本省に出戻り。
- その後11か月間の生物多様性センター勤務を経て国連大学高等研究所に出向。
- 現在は同研究所内にあるSATOYAMAイニシアティブ国際パートナーシップ事務局に勤務。週末、埼玉県内の里山で畑作ボランティアに参加することが楽しみ。