No.025
Issued: 2010.06.03
大陸横断(フォートコリンズ)
コロラド州のフォートコリンズには、国立公園局自然資源プログラムセンターがある。このセンターは、私たちがマンモスケイブやレッドウッドで勤務していた、資源・科学部門の「総元締め」のような機関だ。
このセンターに勤めるジムさんに面会をお願いしていたところ、快くインタビューに応じてくれた。国立公園全体のモニタリングや科学的調査に関するお話を伺う、絶好の機会になるだろう。
国立公園局自然資源プログラムセンター
自然資源プログラムセンター(Natural Resource Program Center)は、国立公園局全体の自然資源管理プログラムを支援するために設置されたセンターだ。様々な公園でのモニタリング業務などを支援したり、全米の調査データをとりまとめて自然資源の状況をとりまとめたレポートを作成したりしている。
「お元気ですか? まだまだワシントンDCまでは遠いですねえ」
水質・魚類などの分野を担当する水資源部(Water resource division)の部長であるジムさんは、役職名に似合わずとても気さくな方だ。ジムさんとは、レッドウッド国立州立公園の海域バイタルサインモニタリング設計ミーティングでお会いしていた【1】。
「このセンターは、国立公園局の資源管理及び科学部門(Resource Stewardship & Science Directorate)の一部を構成しています」
つまり、このセンターは本局組織に属している。具体的には、本局の資源管理・科学担当副局長の直属組織となっている。センターには大気環境、生物、環境基準(Environmental Quality)、地質、情報および水質の各部門が設置されている。
「このセンターがコロラド州にあるのには、いくつかの理由があります」
その一つは、コロラド州が地理的に米国のほぼ中心にあり、各地のアクセスに便利であること。もう一つには、自然資源分野で有名なコロラド州立大学があることだという。
「大学との共同調査や優秀な学生インターンを受入れるメリットは大きいのです」
水資源部門の年間予算は数百万ドル程度、膨大な公園面積を対象としなければならない国立公園の組織としては、決して大きな予算とはいえない。
「それでも、各国立公園には専門職員が十分に配置されているわけではないため、こうしたプログラムの効果は大きいのです」
特殊な生物やモニタリング計画の策定などの専門的なノウハウを一元化し、必要な公園に情報提供する。
「各公園の資源管理やモニタリングのニーズを満たし、支援を行うことがこのセンターの役割なのです。プログラムセンターは、10年ほど前から徐々に組織が成長してきた、国立公園局の中でも比較的新しい組織なのです」
資源管理プログラムの歴史
国立公園局の資源管理プログラムは、直接的には国立公園局が連邦議会に働きかけてできたものであるが、実現に至るまでにいろいろな経緯があったという。
「国立公園局の管理は、利用面に極端に偏っていました。バランスを取って保護面の充実を図るために、局内に科学・モニタリング部門をつくり、資源の状況を科学的に把握しながら各国立公園の管理を行うべき、という声が内外から起こりました」
米国科学アカデミー(National Academy of Sciences)が、国立公園局の資源管理についてレビューを行い、科学的なプログラムを拡充すべきとの勧告を行ったのは1963年のことだ【2】。
また、レオポルド報告書も、科学的なプログラムが不足していることを指摘している【3】。
「その結果として、国立公園局が連邦議会へ要求したイニシアティブが『自然資源チャレンジプログラム(Natural Resource Challenge)』でした」
この要求は認められ、関係予算として年間1,000万ドル(約12億円)が配分された【4】。
「国立公園局が発足した当初、公園管理者の多くはナチュラリストや生物学者でした。このような職員が公園管理のためのすべての業務をこなす、いわゆる『何でも屋』だったのです【5】」
「ところが、国立公園局の業務が変質し、管理する公園の規模が大きくなるにつれ、管理者の役割も変っていきました」
国立レクリエーション地域など、都市部の公園管理を新たに担当することになった。アクセスの容易な都市部の利用者数は急増するとともに、公園内での犯罪への対応に多くの労力を要することとなった。
「それに対応するため、取締官(Law Enforcement)のような専門職が多くなりました」
公園の主たる業務は、徐々に人(利用者)の管理、犯罪への対応、密猟の監視、交通違反の取締などに重点が置かれるようになった。また、このような取締業務は危険が伴うため、生物学を学んできた職員を従事させることができなくなった。
「つまり、『職員の分業化』が起きたのです。その後、公園の管理職の多くは、このような取締官出身者により占められることになりました」
それにより、自ら資源管理業務は軽んじられることとなり、それが公園内の自然環境の荒廃を見過ごす結果につながった。
「現在でもこの傾向は強く、ほとんどの国立公園局の所長は取締官出身で占められています」
それでも例外はある。海域モニタリングで有名なチャネルアイランド国立公園(カリフォルニア州)の所長は資源管理部門の出身である。
「『パークレンジャー』は、もともとナチュラリストを指す言葉でした。ところが、現在は『レンジャー』という役職名は取締官を意味しています」
また、対外的にはインタープリターを「パークレンジャー」と称しており、混乱が生じる場合もある。
「このように国立公園の管理は、資源ベースの考え方から、『利用者』をどのように管理するかという方向に変化してきました」
これを修正するのが、自然資源チャレンジプログラムの狙いでもあった。
プログラムセンターの必要性
「プログラムセンターの重要な存在意義は予算配分にあるのです」
各公園に配分される通常の予算額は限られており、あまり余裕がない。その一方で、日々の管理業務の中では利用者の安全確保や取締は最も緊急性・重要性が高い。資源管理が重要だといっても、現場ではどうしても軽視されがちだ。従って、公園内での予算配分も少なくなる。
「このセンターの役割は、各公園の資源管理部門が必要とする予算を届けることにあります」
資源管理予算を通常予算の一部として配分してしまうと、他の業務に回されてしまいかねない。そのため、モニタリング経費はプログラムセンターを通じて直接配分される。
「先ほどもご説明したとおり、センターは担当副局長直属の組織です。そのため、地域事務所や現場の公園管理事務所との直接的な指揮命令系統(line authority)には属していません」
センターは各公園の管理には一切関与せず、あくまで、資源管理に関する予算配分と技術支援のみを行っている。必要なプロジェクトに予算付けし、技術的助言をしている。
「現在でも各公園の所長は強い権限をもっています。中には、自分勝手な管理を行ってしまうような所長もいます。そうした場合、科学的な情報はあまり活用されない傾向もあります」
ところが、NEPAに基づくパブリックインボルブメントのプロセスが事態を大きく変えつつあるという。
「事業を行う際には、一般市民に対し事業に関する説明責任が求められます。説得力のある説明を行うためには、客観的なデータの提示、科学的情報に基づく代替案などが必要です」
公園内の自然の状況など、これまであまり優先順位が高くなかった情報についても、より詳細に調べて記録する必要が出てきた。このような業務には、従来の取締官やインタープリターでは対応できない。つまり、公園職員の構成全体にも大きな変化をもたらすことになった。
さらに、公園システム全体としても、難しい問題が顕在化してきた。それは「公園境界を越える問題」であった。
「例えば大気汚染問題などは、個々の公園の努力だけでは効果は上がりません。公園の外側から流入する大気汚染物質をとめることはできませんから」
同じことは、公園内を流れる河川の水質汚染にもいえる。
「ところが、国立公園局全体として行動すれば大きな力を発揮できるということに気がついたのです」
例えば、各国立公園の大気モニタリングステーション【6】をネットワーク化し、国全体のバックグラウンド汚染のデータとして把握することに取り組んでいる。
「このデータがあれば、国立公園局は大気浄化法(Clean Air Act)に基づき勧告を行うことができるのです。こういった国全体のデータのとりまとめを行うのもこのセンターの役割なのです」
政策目標の数値化
国立公園局では、政策目標の数値化を、戦略的計画化(strategic planning)として取り組んでいる。このセンターでは、資源管理に関する政策目標設定のマニュアル作りや支援を行っているという。
「この数値化自体は国立公園局全体の政策を管理する手法としてはうまく機能していないと個人的には感じていますが、個別の公園の目標としては有効だと思います」
計測可能な数値データを、資源に対する影響を示す指標として採用し、政策目標のレベルにより数値目標を決定する。例えば、「エルクの個体数を10%増加させる」ことなどである。
「これまで、公園資源への悪影響を無視した管理が行われたり、徐々に進む変化を見逃してしまったり、所長が代るたびに方針が変更されて一貫した資源管理が行われていないなどさまざまな問題があり、それが繰り返されてきました」
こうした反省を踏まえ、資源のベースラインデータと目標を数値化して示す。それにより、公園ごとの資源管理が客観化され一貫性が保たれるというねらいがある。
「ところが、こうした公園ごとの結果をとりまとめても、それだけで国レベルでの政策目標の達成を評価することはできないのです。個別の資源の状況はそれぞれに異なり、それを機械的に集計したとしてもあまり意味はありません」
そこにあるのは、平均化された状況か、もしくは個別の資源のトレンドに過ぎない。それだけで政府機関のパフォーマンスを計測することは容易ではない。アメリカの制度が進んでいるとはいっても、実際はまだまだ試行錯誤の段階にあることがわかる。とはいえ、それを科学的な手法で積み上げようとしている姿勢には頭が下がる思いだ。
- 【1】レッドウッド国立州立公園の海域バイタルサインモニタリング設計ミーティング
- 第15話「国立公園局と州政府の協力」バイタルサインモニタリング
- 【2】米国科学アカデミーの勧告
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・ロビン報告書(National Academy of Sciences Advisory Committee on Research in the National Parks:The Robbins Report)
・この報告書については、第14話の傍注15に解説がある。 - 【3】レオポルド報告書
- 1960年代のアメリカの国立公園における自然管理のあり方に関する動きについては、第14話の「アメリカの国立公園管理の歴史 ──1960年代という時代──」を参照。
- 【4】自然資源チャレンジプログラム
- 本プログラムが承認されたのは1999年。一連のレビューによって国立公園における科学部門の必要性が指摘されてから実現するまで、実に40年弱を要したことになる。
なお、自然資源チャレンジプログラムについては、第23話のコラムをご参照いただきたい。
また、関連する全米モニタリングネットワークの地図は、第23話の【図6】をご参照いただきたい。 - 【5】“何でも屋”
- 日本の国立公園を管理している職員は、今でも「何でも屋」だ。
- 【6】大気モニタリングステーションについて
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・モニタリングステーションについては、第8話「国立公園における霞の問題」をご参照いただきたい。
・全米の国立公園内のモニタリングステーション位置図(国立公園局ウェブサイト)
・国立公園内には、大気汚染物質に由来する霞(ヘイズ)の状態をモニタリングするためのウェブカメラが設置されており、リアルタイムで画像とデータが提供されている。
<妻の一言>
ロッキー山脈国立公園
フォートコリンズに滞在中、ロッキーマウンテン国立公園に行くことにしました。国立公園の入口のエステスパークというところまで1時間ちょっとですので、ゆっくり日帰りできる距離です。
ロッキー山脈を右手に見ながら、緑豊かな田園地帯を車で走ります。黄色く色づいたアスペンの木立があってとてもきれいです。途中、きれいな湖や川の流れなどもあり、ネバダ州、ユタ州、ワイオミング州といった乾燥地を走ってきた私たちにとってはとても新鮮でした。
国立公園には、東側のゲート(Beaver Meadows entrance)から入りました。標高が高いからなのか急に天気が悪くなり、雪もちらついてきました。
最初にビジターセンター(Beaver Meadows Visitor Center 標高2,390m)に立ち寄りました。このビジターセンターは、フランクロイドライトという有名な建築家とそのお弟子さんが設計したそうです。
ビジターセンター外観の赤茶色は、まわりに自生しているポンデローサというマツの赤っぽい樹皮の色に合わせてあるそうです。素材は、コンクリートの板と鉄骨で作られているのですが、鉄の部分はわざと錆を出すことによって目立たないようにしているそうです。
ビジターセンターを出て展望台に行ってみました。ロッキー山脈の方向は雪が降っているのか時々しか山が見えません。私たちが越えてきた縦断道路も閉鎖されてしまったそうです。
しばらく散策したのですが、気温が低く天候も崩れてきたので戻ることにしました。
入ってきたゲートとは別のゲート近くにあるビジターセンター(Fall River Visitor Center 標高2,511m)に立ち寄ることにしました。ビジターセンターは売店と一体的に建てられています。先ほどのビジターセンターより新しく、展示も充実していました。
展示もたくさんあり、ロッキー山脈国立公園の成り立ちなどと一緒に、国立公園の中に残されている民間の土地などについても解説があります。展示をひととおり見てから、隣のおみやげ屋で買い物をしてから帰りました。
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(記事・写真:鈴木 渉)
※掲載記事の内容や意見等はすべて執筆者個人に属し、EICネットまたは一般財団法人環境イノベーション情報機構の公式見解を示すものではありません。
〜著者プロフィール〜
鈴木 渉
- 1994年環境庁(当時)に採用され、中部山岳国立公園管理事務所(当時)に配属される。
- 許認可申請書の山と格闘する毎日に、自分勝手に描いていた「野山を駆け回り、国立公園の自然を守る」レンジャー生活とのギャップを実感。
- 事務所での勤務態度に問題があったためか以降なかなか現場に出してもらえない「おちこぼれレンジャー」。
- 2年後地球環境関係部署へ異動し、森林保全、砂漠化対策を担当。
- 1997年に京都で開催された国連気候変動枠組み条約COP3(地球温暖化防止京都会議)に参加(ただし雑用係)。
- 国際会議のダイナミックな雰囲気に圧倒され、これをきっかけに海外研修を志望。
- 公園緑地業務(出向)、自然公園での公共事業、遺伝子組換え生物関係の業務などに従事した後、2003年3月より2年間、JICAの海外長期研修員制度によりアメリカ合衆国の国立公園局及び魚類野生生物局で実務研修
- 帰国後は外来生物法の施行や、第3次生物多様性国家戦略の策定、生物多様性条約COP10の開催と生物多様性の広報、民間参画などに携わる。
- その間、仙台にある東北地方環境事務所に異動し、久しぶりに国立公園の保全整備に従事するも1年間で本省に出戻り。
- その後11か月間の生物多様性センター勤務を経て国連大学高等研究所に出向。
- 現在は同研究所内にあるSATOYAMAイニシアティブ国際パートナーシップ事務局に勤務。週末、埼玉県内の里山で畑作ボランティアに参加することが楽しみ。