一般財団法人 環境イノベーション情報機構

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H教授の環境行政時評環境庁(当時)の職員から大学教授へと華麗な転身を果たしたH教授が、環境にかかわる内外のタイムリーなできごとを環境行政マンとして過ごしてきた経験に即して解説します。

No.031

Issued: 2005.07.28

第31講 アスベストのすべて

目次
アスベストの鉱物学
アスベストの健康影響
アスベスト規制前史
アスベスト発生源対策検討会
アスベスト測定法と環境濃度
アスベスト問題の現状と教訓
さいごに

アスベストの鉱物学

Aさんうー、暑い! センセイ、この時評は夏休みはないんですか。

H教授たとえ100人でも、この時評を楽しみにしておられる読者がおられれば、休むわけにはいかないよ。

Aさん100人ねえ、よくて10人じゃないかなあ。ま、仕方ないか。じゃ、前号の予告どおり、これまでの時評を振り返っての総括ですね。

H教授バカ、最近の新聞を見てみろ。温暖化の話はほとんど出ていないけど、もう毎日、アスベストの記事でいっぱいだ。だから、今日はアスベスト特集で行こう。

Aさんへえ、センセイ、アスベストは得意なんですか。あ、そうか今日はサボルけど、「明日、ベスト」を尽くすと言い続けた60年間だったですもんねえ。

H教授そんなことを言ってるから、あるオオクチバス擁護派の人のブログで「ダジャレと噂話で講義をやってる」バカ教授などと罵倒されるんじゃないか。もうボロクソ、クソミソに言われてて、落ち込んじゃったよ。

Aさんへえ、でも鋭い指摘じゃないですか。読んでみたいなあ。


H教授うるさい。さ、はじめるぞ。「アスベスト」って、そもそもなんだ。

Aさん繊維状をなす鉱物の一種で、火に強く、曲げたりもできる工業用原料です。用途は幅広く3,000種もの製品に使用されています。建材のほか、絶縁材や水道管、ブレーキライニングにも使われています。消防服なんかにも使われてました。そのアスベストが、ものすごく細かい繊維というか針になって、空中に飛散して、それを吸うと肺に突き刺さって、健康に影響を及ぼします。たしか角閃石カクセンセキ系のものと蛇紋石ジャモンセキ系のものがあるんですよね。
どうです。たいしたものでしょう、エヘン。

H教授そこまではよく新聞に出ているけど、角閃石ってなんだ、蛇紋石ってなんだ。

Aさん...。
そうか、センセイは鉱物オタクだったんだ。じゃあ、アスベストの鉱物学はセンセイにお任せします。


H教授鉱物の種類は4,000種以上もあるが、地上の岩石を形作っている鉱物は基本的には石英セキエイ長石チョウセキ雲母ウンモ輝石キセキ角閃石カクセンセキ橄欖石カンランセキの6種類と考えていい。これを主要造岩鉱物という。石英以外はもっと細かく分類もできて、例えば角閃石というのは何十種類かのよく似た構造と成分を持つ鉱物の総称なんだ。
ま、それはともかくとして、地下のマグマが冷えて固まって火成岩ができるんだけど、マグマが地表にまで急上昇して固まるものを火山岩といい、地下深くで徐々に冷えて固まるのを深成岩という。

Aさんそういえば中学校で習ったわ。

H教授またマグマには珪酸分、つまり石英SiO2に富むものと乏しいものがある。前者は白っぽく、後者は黒っぽくなる。珪酸分の少なく黒っぽい深成岩の主成分は橄欖石という鉱物で、橄欖岩という。それが地殻変動により長い年月を経て地表近くにきたときに、橄欖石はたいていは水の作用で変質して蛇紋石という珪酸マグネシウムの鉱物に変わっている。蛇紋石でできた岩石を蛇紋岩という。

Aさんそのなかにアスベストがあるのですね。

H教授そりゃそうなんだけど、早合点せずにもう少し話を聴け。
蛇紋石にも厳密に言うと3つあって、クリソタイル、アンチゴライト、リザーダイトに分かれる。たいていの蛇紋岩はこの3つの組み合わせからなる。蛇紋岩は普通、緑色をした脂感のある美しい岩石で、工芸細工などにも使われる。蛇紋岩は非常に細かい粒の蛇紋石の集まりなんだけど、しばしば熱水の影響などで、緻密な蛇紋岩中に繊維状の蛇紋石の脈ができる。これが石綿で、クリソタイルは温石綿、アンチゴライトは板石綿とも呼ばれるんだけど、工業的に石綿として重要なのはクリソタイルのほうだ。白石綿ともいわれ、石綿全体の9割くらいを占めている。


Aさん日本にも蛇紋岩地帯というのはあるんですか。

H教授もちろんあるよ。主な構造線の周辺にはたいていあって、方々で石綿が産出する。江戸時代に平賀源内が秩父地方のクリソタイルで火浣布カカンプという燃えない布をつくったという話がある。もっとも、資源的な量がある場所は限られていて、大規模な鉱床は北海道にあるくらいだ。もうそれもとっくに閉山したけどね。だからカナダなどから輸入し、年間の輸入量は70年代から80年代は30万トン前後、世界の生産量の5%から1割近くまで達していた。

Aさんクリソタイルは蛇紋石石綿ですね。角閃石石綿のほうは?

H教授角閃石の中でも石綿状をする鉱物が何種類かある。直閃石(アンソフィライト)の石綿状のものをアモサイト、茶石綿【1】という。それからリーベック閃石(リーベッカイト)も石綿状をすることがあり、それをクロシドライト(青石綿)という。ほかにも透角閃石(トレモライト)や透緑閃石(アクチノライト)も石綿状をすることがある。いずれもMg、Fe、Caなどの含水珪酸塩鉱物で、鉱物標本としては日本の方々で産出する。ただ、資源的に重要なのはやはり蛇紋岩中に産することが多い。
つまり鉱物学的にはともかく、工業資源という観点からは青、白、茶石綿の3種類があって、日本にもあることはあるが、ここ数十年間はすべて輸入に頼っている。発がん性の強さは青>茶>白といわれている。

Aさんふうん、で、ほかに肺に突き刺さるような鉱物はないんですか?

H教授硬い繊維状や針状の鉱物は山ほどあるけど、みんなが知っている石綿のような、独特の柔らかい繊維状(これを「石綿状」という)をして大量に産するのは他には知られていない。
珪灰石なんていう珪酸カルシウムの鉱物は、石綿状じゃない繊維状をしている工業原料だけど、細かい繊維として浮遊し、肺に突き刺さるということはないんだろうな。
ただモルデン沸石という鉱物は石綿状じゃないけど、細い針の結晶が肺に突き刺さる可能性があるそうで、その有害性を論じた文献もあったような気がするから、絶対ないとはいいきれない。それでも、資源としての利用量が違うから、まずは心配しなくていい。
また石綿の代替品として開発されたロックウール(岩綿)やグラスファイバー(ガラス繊維)も肺に刺さることはないようだ。
あと、タルク(滑石)という鉱物があり、粉にしてベビーパウダーや化粧品などで大量に利用されているけど、タルクは蛇紋岩と密接に関連がある鉱物で、石綿繊維が混入している可能性があるという話を聴いたことがある。

Aさんやはり石の話になると結構ウンチクを傾けますね。ところでアスベストは石綿ですよね。これってセキメンと読むんですか、イシワタと読むんですか。


H教授どっちでもいい。前か後につくコトバが音(オン)だったらやはり音でセキメンと読むのが普通だけど。

Aさんふうん、で、蛇紋岩地帯ではアスベスト濃度は高いんですか。

H教授うん。昔やった調査では有意に高かったけど、疫学的に肺がんになる人が多いといった結果は聞いてないなあ。中皮腫になった人がいたという話はネットでみたけど。
市町村別死因統計があれば、蛇紋岩分布地域とオーバーレイしてみると、肺がんの有意差があるかどうかぐらいはわかるんじゃないかなあ。もしまだだったらやってみる価値はあると思う。

アスベストの健康影響

Aさんところでアスベストはどういう風に健康への悪影響があるんですか。中皮腫とか石綿肺とか肺がんとかいろいろ言われてますけど。

H教授アスベスト自体は毒物ではない。だから水道管にアスベストが使われていても、飲む分にはすぐ排泄されるから気にすることはない。問題は吸入なんだ。
アスベストの粉塵を恒常的に大量に吸い込むと肺機能が低下する。別にアスベストに限らず、大量の粉塵を吸入すれば肺機能は低下する。これが「塵肺」で、鉱山や炭鉱などでは昔から知られている。石英の粉を大量に吸引してかかる塵肺を「珪肺」という。同じようにアスベストによる塵肺を「アスベスト肺」とか「石綿肺」といい、アスベスト鉱山やアスベスト工場で何の対策も講じていない場合にかかる職業病だ。まあ、われわれには、そしてアスベスト工場の労働者でも近年は対策が取られているはずだから勤務年数の短い人はそれほど気にしなくていい。

Aさんでも私たちだって少量は吸入しているんでしょう?


H教授うん、天然起源か、石綿製品起源かは別にして、大気中には微量ながら浮遊していて、現代人の死体を解剖すると肺にはたいていアスベストの繊維があるらしい。ただ、肺に入ったアスベストは身体の防御作用が働いて天婦羅のような衣でくるんでしまい、無害にしてしまう。これを石綿小体、あるいはアスベストボディというんだ。

Aさん癌とは直接関係ないんですね。

H教授そもそもなぜ癌になるのかという機序がわかってないんだけど、アスベストの吸入量に応じて肺がんになるリスクが高くなることだけは確かだ。特にアスベスト関連作業に従事している喫煙者は相加的でなく相乗的にリスクが高くなるそうだ。
アスベストに関係なく肺がんになる人もいっぱいいるから、アスベストが必ずしも原因とは言い切れないけど、アスベスト関連作業従事者が肺がんになった場合は労災認定されると思うよ。
もっとも肺がんは20〜25年くらいの潜伏期間があるとされている。労災認定は5年で時効らしいから、5年以上前にアスベスト関連作業をやめていればダメらしいんだけど、これはただちに見直して労災認定すべきだね。

Aさんやはりアスベストが肺に突き刺さるという物理的なことが原因なんですか?

H教授物理的な刺激が原因だろうといわれているけど、発ガンの機序自体が100%解明されていないからねえ。石綿には若干のニッケルNiが含まれていて、それが関係しているという説もあったなあ。

Aさんあと「中皮腫チュウヒシュ」というコトバをよく聞きますけど。


H教授胸膜や腹膜の中皮にできる癌を悪性中皮腫、略して中皮腫という。ごく稀にアスベストと関係なく発病する人もいるらしいけど、アスベスト暴露に特有の癌だといっていいんじゃないかな。
20年ほど前は、極めて珍しい癌だといわれていたけど、新聞で見ると、いまや何百、何千人という単位で発見されていてびっくりした。それとアスベスト肺や肺がんは長期間のアスベスト暴露の結果らしいけど、中皮腫はときに短期間の暴露でも長い潜伏期間のあと発症するなることがあるそうだ。いずれにせよ中皮腫は潜伏期間が40年と長いらしく、未規制の時代のものが、今頃になって出てきたんだねえ。悲惨な話だ。

Aさんいま新聞で報道されている被害者数は氷山の一角かもしれないんですね。

H教授アスベスト鉱山やアスベスト工場に勤めていたり、アスベスト関連作業に従事していた人だけでなく、その家族や周辺住民が肺がんや中皮腫になる可能性もある。だけど、アスベストとの関連を医師も本人も疑わなければただの肺がんということで片付けられてしまいかねない。
あと中皮腫なんだけど、病理解剖でもしない限り、ふつうのお医者さんは肺がんの一種だって片付けてしまう場合だってあるかもしれない。そういう意味では氷山の一角だという可能性は否定しきれない。
そして潜伏期間の長さからして、中皮腫はこれから10年か、20年くらいは発症者が相次ぐだろう。石綿関連の死者は2000年から2039年までに10万人に達すると予測している学者もいる。

Aさんヒッドーイ、なんでそんなことに。

アスベスト規制前史

H教授一言で言えば、リスクの過小評価だ。
アスベストは耐火性や絶縁性がよく、加工しやすいので、欧米では戦前から使われていた。「魔法の鉱物」「奇跡の鉱物」「天然の贈り物」といわれていたくらいだ。いまじゃ「静かな時限爆弾」っていわれているけど。
戦前にもすでにイギリスではアスベスト肺の健康被害が疑われていて、作業環境では規制も行われてきたらしいけど、実効性のないおざなりなものだったようだ。
50年代から60年代になって、アスベスト肺の被害者がどんどん出てきて、発がん性も疑われるようになったし、60年前後には中皮腫のことも知られるようになり、70年頃職場環境、作業環境での規制が世界各国で行われるようになったが、管理して使えば大丈夫だという妄信で、規制値もアスベスト肺の防止という観点から定められ、発ガンのことは考慮してなかったみたいだ。まだまだ「静かな時限爆弾」は発火していなかったんだ。
70年代に入ってから、時限爆弾だということが確からしくなり、アスベストの吹きつけを禁止したり、とくに有害性が高いといわれていた青石綿の使用禁止だとかの措置が徐々に取られるようになってきた。


Aさんそれは欧米の話ですね。日本では?

H教授日本で建材などにアスベストが本格的に使われ出したのは、高度経済成長時代からで、使用量もどんどん増えていった。
日本でも1971年には労働省が労働安全衛生法に基づく特化則(特定化学物質障害予防規則、今年に入って石綿障害予防規則も定められた)でアスベストの除外設備の設置や防塵マスクの着用などを義務付け、作業環境での濃度のガイドラインを決めたし、1975年にはアスベストの吹きつけを禁止したりしている。
大体欧米に追随した規制だったけど、特に日本だけが遅れたわけじゃない【2】

Aさん除外設備って工場内のアスベスト濃度を減らすために室外にただ出すだけのところもあったって中西準子先生が書いておられましたけど。だとすれば周辺住民への影響も大きいんじゃ?

H教授ボクらが大小問わず何箇所ものアスベスト工場の調査に行った82〜83年の頃はそんなことはなかった。バグフィルターで捕集して、捕集したものはまた原料ラインに戻していた。だからバグフィルターの捕集効率だとか原料ラインに戻す過程での飛散の可能性とかを議論していたんだ。

Aさん一般環境中への排出規制はなかったんですか。


アスベスト発生源対策検討会

H教授その頃はしていなかった。米国のEPAがやっているというので、調べてみたけど、"Non Visible Emission"──つまり目に見えるような形で排出してはいけないというだけのもので、規制といえるかどうかというようなものだった。
で、80年代に入って、環境庁もそういうことを視野に入れて調査しようということになり予算も付いた。ちょうどその頃、ボクは大気規制課に異動となり、それを担当することになった。さっき言った工場調査もその一環だ。


Aさんセンセイが? 何をどういうふうにやったんですか。

H教授専門家を集めてアスベスト発生源対策検討会というのを組織し、公害研究の大御所、K先生を検討会の座長に担ぎ出した。で、アスベストがどこでどのように使われ、どのように排出され、一般環境中の濃度はどの程度で、排出を抑えるにはどういう対策や方法があるか、代替品の現状と課題などを3年がかりで調査した。

Aさん健康影響調査はやらなかったんですか。

H教授健康影響の方は大気保全局の企画課というところが担当だったが、お医者さんのグループを作って、文献レビューや症状研究などをやっている段階で、どの程度の濃度ならどの程度の健康影響があるかというようなことには程遠い感じだった。
だからボクらは、アスベストは発がん物質であり、閾値はないとされているので、一般環境中の濃度は低ければ低いほどよく、そうするにはどうすればいいかという問題意識から出発せざるをえなかった。

Aさん海外ではその頃どうだったんですか。

H教授その頃、欧米ではアスベスト規制強化派の動きが強くなり、一方、カナダなどの輸出国はきちんと管理して使えば問題ないとの立場で、論争が行われていて、はじめての国際シンポジウムがカナダで開かれることが決まっていた。だからカナダに出張させてくれとねじこんだけど、当時の環境庁は海外旅費が少なく、優先順位が低いからって却下された。

Aさんだって、英語のしゃべれないセンセイが行ったってしようがないじゃないですか。

H教授バカ、ボクじゃないよ。ペアで仕事していたN君に行ってもらおうと思ったんだ。

Aさんふうん、その調査で一番力を入れたのは何だったんですか。


アスベスト測定法と環境濃度

H教授一般環境中のアスベスト濃度がどの程度かっていうことだったんだけど、まず測定法を確立しなきゃいけなかった。

Aさんだって作業環境では測定法が定められていたんでしょう。

H教授うん、ACGIH(米国労働衛生専門家会議)や日本産業衛生学会の許容濃度の勧告値では空気1cc中に当時はアスベスト繊維2本というものだった。エアサンプラーで空気をフィルターを通して吸引して、フィルター上の繊維の数を光学顕微鏡で見ながら数えて1cc当たり何本かに換算するというプリミティブな方法だった。同じ方法が一般環境で可能かどうかということでいろいろ議論した。

Aさんだってそんなの同じでいいんじゃないですか。

H教授この測定法では長さ5ミクロン以上で、幅より長さが3倍以上あるものをアスベストとするんだ。作業環境だとほぼ100%そういうものを鉱物学上のアスベストとみて差し支えないけど、一般環境中だと、それが鉱物学上のアスベストかどうかわからない。
だけど、鉱物学的なアスベストでなくても、同じように肺に突き刺さる可能性のある繊維なら、それもアスベストとしてカウントしていいんじゃないかという意見もあった。
結局、そうして集めた一般環境中のいくつかのサンプルを透過型電子顕微鏡で分析してみて、大半が鉱物学上のアスベストだとわかったので、この測定法によるアスベストを、特殊な場合を除けば、鉱物学上のアスベストとみなしても大きな誤差はないだろうということにした。
ただ、この測定法は目で数えるし、低濃度だから、結構個人差が大きい。ボクも特訓を受けたけど、難しかった。それでクロスチェックもして、個人差を小さくしようとした。


Aさんでもなんか原始的ですねえ。もっと近代的な測定法はないんですか。

H教授粉塵を分析して鉱物学上のアスベストの割合を調べることはできるけど、繊維の数はわからない。重要なのは量ではなくて繊維の数なんだ。いくつか新しい方法も提案されてたけど、実用の域には達していなかったし、いまでも同じ測定法を採用しているところをみると、やはりこれだ!というのはないんだろうなあ。

Aさんへえ、で結果は?

H教授手元に調査結果がなく、よく覚えていないけど、おおむね空気1リットル中0.1〜10本程度だったと思う。つまりアスベスト工場などの作業環境の100分の1から10,000分の1のオーダーで、有意に高かったのが蛇紋岩地域、特に採石場周辺と、それ以外では解体工事現場の風下だったような気がする。また人が住んでいない非蛇紋岩地域をバックグラウンドとしたんだが、ゼロではなかった。

Aさんあ、それで小笠原まで2回も行き、鉱物採集してきたんですね。バックグラウンド調査という名目で。

H教授人聞きの悪いことをいうなよ。検討会の先生方と一緒にしっかりサンプリングしたよ。
で、こうした調査結果とそれを踏まえた低減方策や規制メニューの提言を「アスベスト発生源対策検討会報告書」としてまとめたんだ。その直後ボクは転勤したんだけど、85年には「アスベスト排出抑制マニュアル」として市販もされ、ある程度反響を呼んだ。残念ながらボクの手元にはなく、環境省にも問い合わせたんだけど、余部はもはやないとのことで、入手できそうにない。


アスベスト問題の現状と教訓

Aさん問題はその後でしょう。それでどういう対策をとったんですか。

H教授ボクはもう異動してたから詳しくは知らないけど、報告書をベースにアスベストの排出抑制ガイドラインをとりまとめ県に通知、一方、県を対象に測定法の研修なども開始した。その後、国際的な動向なども踏まえ、またその頃沖縄米軍によるアスベスト汚染事件が明るみに出たことなどもあって、1989年、大気汚染防止法を改正して、アスベストを「特定粉じん」と定め、アスベスト取り扱い工場を「特定粉じん発生施設」に、含アスベスト建築物の解体作業などを「特定粉じん排出等作業」とし、敷地境界濃度は1リットル当たり10本以下にするなどの規制をはじめることができたんだ。96年にも規制強化を行ったし、定期的に濃度調査も行ってきている。
また廃棄物処理法の世界でも石綿建材解体工事やアスベストを取り扱う工場からの廃アスベストは特別管理産業廃棄物として扱われるようになった。
一方、労働省のほうも逐次規制を強化。1988にはそれまでガイドラインとしていた産衛学会勧告値を管理濃度として法定化、勧告値自体も当初の空気1cc中2本から0.1本まで厳しくなっている。95年には青石綿や茶石綿の製造・使用禁止と進んできたんだ。
だが、じつは80年代も終わりになると、欧米でのアスベスト被害は潜伏期間が過ぎて、もう隠しようのないものとなっていた。時限爆弾は発火したんだ。90年代には多くの国でアスベストを使用禁止としはじめていた。

Aさんなるほどねえ。で、この先どうなるのでしょう。


H教授昨年アスベストの原則使用禁止を定めたんだけど、完全使用禁止になるのは間違いないだろう。肺がんのほうは1971年あるいは1975年の規制から30年以上過ぎており、潜伏期間からみて、新たな患者発生は減少に転じると思う。中皮腫は潜伏期間が40年と長く、「静かな時限爆弾」は発火したばかりだから、あと10年か15年くらいは増え続ける可能性がある。

Aさんで行政は、あるいはわれわれは何をすればいいのですか。

H教授これは超遅発性だけど典型的な労働災害なんだから、家族にアスベスト作業者がいるとか、すぐ隣がアスベスト工場だったとかいう特殊なケースを除いて、われわれは気にする必要はない。
行政で今すぐやらなきゃいけないのは、労災認定の時効期間の見直し、解体工事の際の飛散防止の徹底と違反者への罰則強化、中皮腫については治療法の開発、潜伏期間中の人の発掘とそれを発症させないための研究を予算化することなどいっぱいある。

Aさんアスベスト問題から学ぶべきことってなんなんですか?

H教授予防原則とは何かをもう一度、考え直すべきだ。
前講でRoHS指令が過剰規制だと日本では批判が強いと言ったろう【3】。行き過ぎた予防原則の適用だというわけだ。
リスク論やコストパフォーマンスの観点からは、これから先もアスベストは厳重に規制管理しながら使用するのが合理的かもしれない。現在の惨劇は規制以前のツケが大半であり、少なくとも80年代以降の新たなアスベスト被害はうんと小さくなるはずで、アスベスト使用禁止のトレードオフで別のもっと大きなリスクが出てくるかもしれないってね。でも今回はそういう<正論>を言う人がみごとに誰もいない。


Aさんどうしてですか。

H教授死者の重さだな。
日本の中皮腫の死者数は95年から03年で約6,000人という統計があるが、ぞくぞくと断片的な情報が入ってきて、はっきりしていないんだけど増えることは間違いなさそうだ。
2000年から2039年までの40年間で死者は10万人に達するという予測もある。
EUでも99年から2035年までに中皮腫で25万人、その他のアスベスト疾患を含めると40万人に達するという予測がある。
米国の02年の中皮腫の死者は約4,000名だった。
こうした圧倒的な死者の数にそうした賢し気な正論は沈黙せざるをえない。ごみ焼却場からのダイオキシン環境ホルモンでは誰も死んでいないから言えたんだけど。
リスク論はしばしば既知のリスクに限定されがちで、過小評価に陥りがちだということを自戒しておいたほうがいい。70年前後から規制が始まりどんどん規制が強化されていったんだけど、当初の規制の時だって当時の科学的知見で粗野であったとしても当然リスク評価をしたはずだけど、今日の惨劇を予測できなかった。
検討会の座長にお願いしたK先生がアスベストの建物への蓄積量を計算したとき、「将来を考えるとぞおっとした」とおっしゃられたことを思い出すよ。


Aさんなるほどねえ。じゃあ、これからは少々の不便と新たなコストとリスクを背負う覚悟で脱アスベスト社会を目指さねばならないということですね。

H教授うん。あともうひとつ、天然のものは安全で人工合成したものは危険だという変な思い込みがよくあるけど、そうした信仰からは脱却したほうがいい。アスベストは「天然の贈り物」だったんだから。ま、ぼくは鉱物標本としてのアスベストは好きだけど。

さいごに

Aさんへいへい、もうページ数がないですよ。

H教授そうか、あとじゃひとつだけ。7月14日、南アフリカのダーバンで開かれていたユネスコの世界遺産委員会が知床半島の世界自然遺産への登録を決定した【4】

Aさんよかったですねえ。

H教授問題はこれからだよ。先行した屋久島白神山地もそうだけど、地元はこれで知名度を上げ、観光客を誘致し、地域振興を図ろうとする。だけど、そもそも自然遺産に登録されたということは、この自然を未来永劫保護するという義務を背負うんだ。この下手すれば二律背反になりかねない難問を解決する方途を地域の人々、観光に来る人々との絶えざる対話で見出していかなきゃいけない。

Aさん国立公園が共通して抱えている課題がもっと国際的になるんですね。


H教授うん。
それから、前講でグラフを載せた【5】けど、あの出典はなんだというご質問があったからそれだけお答えしておこう。財団法人省エネルギーセンターのデータベース(http://www.eccj.or.jp/result/01/03.html)から作図したもので、データそのものはIEAのものを集計したんだそうだ。
もうひとつGDPとごみ量の相関についての国際比較についてもお訊ねがあったんだけど、国によって廃棄物の定義が違うから、そもそも国際比較は難しい。申し訳ないが、ちょっと簡単にはお答えはできない。

それにしてもここまでアスベスト被害が広がるとはねえ。
亡くなられた多くの方々のご冥福を祈るとともに、ご遺族の方や今も闘病されている方には、企業や行政だけでなく、われわれもできるだけのことをしなくちゃいけないなあ。

Aさんホントですねえ。そして、二度とこういう悲惨な過ちを犯さないよう、しっかりとこの教訓を学ばなければいけないですよねえ。


注釈

【1】
ILO(国際労働機関)の定義では、アモサイトとアンソフィライトは別物として扱っているが、キョージュの持っている鉱物辞典では、「直閃石や近縁の礬土直閃石の石綿状のものをアモサイトという」となっているので、直閃石と礬土直閃石(Gedrite)をまとめて直閃石(アンソフィライト)と表現し、その石綿状のものをアモサイトとした
【2】石綿に係る法規制
【3】】RoHS指令に対する日本の反応
【4】知床の世界自然遺産登録について
【5】前講のグラフ
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(2005年7月18日執筆 7月27日編集完了)

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