一般財団法人 環境イノベーション情報機構

メールマガジン配信中

H教授の環境行政時評環境庁(当時)の職員から大学教授へと華麗な転身を果たしたH教授が、環境にかかわる内外のタイムリーなできごとを環境行政マンとして過ごしてきた経験に即して解説します。

No.025

Issued: 2005.02.10

第25講 エイリアンを巡って ―外来生物法雑感

目次
インド洋津波災害雑感
京都議定書まもなく発効!
三宅島帰島開始
来年度環境省予算案概括
アクテイブ・レンジャー
地方環境事務所誕生!
バスに乗り遅れるな ―特定外来生物ドタバタ劇

Aさんセンセイ、まもなく春だというのに浮かぬ顔ですね。あ、前歯がない! みっともなあい。それが原因ですね。
どうしたんですか、モチを噛んだら、抜けちゃったんですか。

H教授(苦りきった表情で)モチじゃない、パンのへただ。


Aさんぷっ、なっさけないですねえ。アタシャ慣れっこでいいですけど、ゼミの若い女子学生なんか気味悪がって近づいてこないじゃないですか。

H教授ほうっておいてくれ。還暦を迎えたんだ、歯も目もなにもかも衰えるさ。
大体キミ、ボクに還暦祝いも寄越さなかったぞ。

Aさんそんなあ、泥棒に追い銭じゃないですか。

H教授な、なんだと!

インド洋津波災害雑感

Aさんま、いいじゃないですか。それにしても前講のすぐあとに起こったスマトラ沖地震の津波災害はひどかったですねえ。

H教授うん、豪雨災害に中越地震で去年は終わりかと思ったら、最後の最後に超弩級の災害だもんなあ。死者・行方不明が30万人を越したそうだから、史上最大級の災害だ。浮かぬ顔をしていたとすればそのせいだよ。


Aさん今度の津波の被害に比べれば人間のすることなんてたかが知れてますねえ。

H教授そんなことはない、第一次・第二次大戦の死者はそんなものじゃないし、平時でもヒットラーやスターリン、ボルポトの大量虐殺はもう1桁上だ。アフガン、イラクの死者だって相当なもんだ。
ま、それにしても自然がいかにおそろしいか、まざまざと実感させられた。

Aさんところで、津波の死者をもっと減らす手立てはなかったんですか。

H教授まあ、日本のような多発地帯ならそれなりに警戒態勢が取れたんだろうけど、インド洋ではほとんど経験がなかったみたいだから、人災だと責めるのは酷かもしれない。それにしても、もう少しなんとかならなかったのかという気がするけどねえ。

Aさんあとイラクやアフガンでは戦争状態で、米軍がしょっちゅう大型ヘリを飛ばしてるんだから、それらを即座に、かつ大量に動員すれば、すこしは名誉挽回できたのに、時期も規模もピントはずれで、ほんとブッシュさんって視野狭窄ですよねえ。

H教授不愉快になるからその話はやめよう。ところで津波は英語でなんというか知ってるか?

Aさんさあ?

H教授TSUNAMI。日本語がそのまま通用する珍しい例だ。逆に言うと日本は津波大国で、三陸地方など各地で古来から津波で甚大な被害を受けている。おかげで、警報システムもきちんとしているし、沿岸住民も津波に敏感なんだ。
ま、今回の問題はいかに国際社会が被災地のひとびとの生活再建に取り組めるかだ。


京都議定書まもなく発効!

Aさんところで、いよいよ京都議定書発効ですねえ。

H教授うん、2月16日には発効する。EICネットを見ればわかるけど【1】、歴史的な第一歩だというので、京都や東京など各地でいろんなイベントが催される。政府では、いままでの「温暖化対策大綱」を改定して、来年度早々には地球温暖化対策推進法の規定による「京都議定書削減目標達成計画【2】」として閣議決定することになっている。
でもねえ、各省調整のメドがまったく立たないままみたいなんだよね。まったく、浮かれている場合じゃないよ。

Aさんやっぱり環境税炭素税)問題が原因ですか。

H教授うん、前講で言った対立の構図はそのままみたいだ。まあ、役人のやることだから、土壇場のウルトラCで玉虫色の「達成計画」を決定することもないとはいえないけど、そんな呉越同舟の妥協の産物じゃどうしようもない。ここはやはり政治の出番だよねえ。
といっても日本の場合、大臣なんてのは基本的には各省官僚の代弁者なんだから、ソーリの出番じゃないかな。郵政民営化なんかよりよっぽど喫緊の課題だと思うんだけど、コイズミさんは関心ないのかなあ...。

三宅島帰島開始

Aさん明るいニュースもありますよ。5年ぶりに三宅島島民の帰島がはじまりました。

H教授うん、火山活動がややおさまったということなんだろうなあ。めでたいことだけど、噴火の危険性だけでなく、SO2などの火山ガスにも注目しなけりゃいけない。


Aさん古典的公害の代表的な大気汚染物質ですね。

H教授うん、公害物質としてのSO2は石炭などを燃焼するとき石炭に含まれている微量の硫黄分が酸化されてできる。昭和40年代前半までは、そうしてできたSO2が、工場周辺の山の木を枯らし、住民にも喘息などの呼吸器障害を引き起こした。また酸性雨の原因物質でもある。
SO2の環境基準が決められ、排出規制もなされるようになり、いまではそうした工場起源のSO2は激減、全国ほとんどの地域で環境基準を達成している。「日本は公害との闘争に勝利した」という1977のOECDレポート(「日本の環境政策レビュー」)の評価はこのSO2対策の成功によっているとさえいえる。
でもボクの現役時代、唯一環境基準未達成地域があった。いまでも未達成だと思うけど、どこだと思う?

Aさんえ、え? ひょっとして鹿児島?

H教授そう、桜島が原因だ。1年間に桜島火山から排出されているSO2は、全国の工場全体から出る年間量に匹敵するなどといわれていた。ま、毎日大量のSO2を出すんじゃなく、間欠的だし、しかも気をつけなきゃいけないのはそうしたときの風下だけだけどね。
桜島山麓ではppmオーダーに達し、臭いがすることだってあるし、風向きによっては、鹿児島市内だって環境基準値を越すことがよくある。
三宅島もそうじゃないかと思うよ。

Aさん対策はないんですか

H教授大気汚染防止法の世界では高濃度になったときは、発生源の工場などの操業停止要請だとか命令だとかを出さなきゃいけないんだけど、相手が火山じゃどうしようもない。ま、0.01%ぐらいは工場も寄与しているかもしれないから、法的にそうした要請や命令を出さなくていいかどうかは微妙な問題を含んでいるけど、常識的・現実的にはそんな要請や命令を出せるわけがない。つまり公害諸法では自然汚染のことを想定していないんだね。
でもねえ、その場合にも、モニタリングをしっかりやって、一定レベルを超す高濃度のときは屋内にいるようにとか、風上に避難するようにとかいうリアルタイムの情報開示とガイドラインというか、警報が必要だと思うよ。
三宅島に帰島するひとたちはたいへんだと思うけど、行政は噴火だけでなく、そうしたところにも目配りしてほしいよね。テレビで見る限りはそうしたことをやっているようだけど。


Aさん環境基準をクリアできないような、そうしたところには本来住むべきではないんじゃないですか?

H教授まあ、環境基準を絶対視してしまえば、そういうことになるかもしれない。
でも、そうしたところにも人は住んで歴史と文化をつくってきたんだ。ある程度のリスクを覚悟で住むという選択を拒めないし、ボクだってそこが故郷だったら、住みたいと思うよ。
そして、行政はリスクを軽減できるような現実的な対処方法を提供しなければいけないと思うな。

Aさんでも日本は火山地帯ですよねえ。ほかにもそんなところがいっぱいあるんじゃないですか。

H教授うん、温泉地帯なんかじゃ「地獄」なんてのもよくある。そんなところが観光地になって集落を形成している。
ま、ふつうは山間地の小さい集落だから環境基準の常時監視【3】もしてないけど、環境基準アウトのところも結構あると思うよ。SO2だけじゃなく、硫化水素なんかの危険性もあるかもしれない。
もっとも、鹿児島の場合、日常的に一番困ったのは降灰だったけどね。風の具合で夏には降灰がすごいんだ。夏でも窓を閉めっきりにしなければいけないから、クーラーの普及率が異常に高かったな。ぼくは最初の夏はなんとかクーラーなしで耐えたけど、2年目はダメだった。

来年度環境省予算案概括

Aさん要は最初の年は引越し費用のせいでオカネがなかったんでしょう。
ところで来年度の政府予算案ですが、三位一体改革、中途半端に終わりましたね。マスコミでは、道路公団民営化、郵政民営化といい、結局コイズミ改革は腰砕けだという評価ですよねえ。かけ声だけでなんにもしていないって。

H教授そりゃ、現場を知らないものの言い分だ。実際にはとんでもない混乱を招いている。それに、なんにもしてないどころか、いろんなことをしているよ。いいか、悪いかが問題なだけで。
例えば、あっというまに自衛隊のイラク派遣、そして期限がきたあとの派遣延長だってやっちゃったじゃないか。

Aさんそりゃあ、センセイはイラク派遣反対でしょうから...。

H教授とんでもない、ぼくは一度だって派遣反対なんて唱えたことはない。

Aさんえっ、そうなんですか。じゃ、賛成?

H教授もちろんだよ。イラクの混乱を放っておくわけにはいかないから、大賛成だよ。ひとつだけ条件があるけど。


Aさんえ、なんですか?

H教授米国のイラク侵攻はとんでもない許されざる戦争犯罪だったと公然と認め、盟友が犯したその罪滅ぼしのための人道支援だと明言することだ。

Aさんセ、センセイ。そんなことできるわけが...。
それより惨身遺体改革、もとい三位一体改革でバタバタしたんですが、環境省の来年度予算案は、結局どうなったんですか。

H教授公共事業関係では廃棄物処理施設の整備が2割減の約1,000億円となり、従来の補助金はかなりが交付金ということになった。
自然公園施設の整備も一割減の125億円と大きく減らした。国立公園の施設整備補助については県のやることではないという、とんでもない地方分権の観点から廃止され、今後の整備は直轄でやることになる。もちろん県単独でやることは可能だけど、ま、ほとんどなくなるだろうな。
国定公園は補助金が交付金になった。
県立自然公園などの国立・国定公園以外の整備費補助は何種類かあったけど、基本的に廃止。
まあ、自然公園はハコモノ整備よりは維持管理などのソフト関係にシフトすべきで、予算額の減額よりも、県との関係がより希薄になってしまうのが痛い。
浄化槽整備だけが270億円ほどで微増だけど、これも補助金は大きく減り、そのかわりに交付金になった。
つまり公共事業関係では惨敗ということだね。こうなると道路、港湾なんていうのとひとくくりにして公共事業というのはどうかと思うなあ。


Aさんその補助金と交付金とはどうちがうんですか。

H教授はは、よくわからない。環境省だってどう区分けすればいいか、考え中なんじゃないかな。

Aさんはあ? 公共事業関連以外はどうだったのですか。

H教授環境監視調査補助金が税源委譲で廃止、26億円カットされた。その分が地方でちゃんと財源手当てができるか、どうか疑わしい。つまりモニタリングや常時監視といった環境行政におけるもっともベーシックな施策の先行きが心配なものになってきた。
一方、大きく増えたのが石油特会の環境省分で233億円となり前年度からほぼ倍増して、それなりに温暖化対策経費を中心に新規予算や増額が認められた。


Aさんで、総額ではどうなんですか。

H教授総額では約2,350億円で、対前年より9%ほど減額になっている。
環境の時代だとか循環型社会の形成だとかいってる割にはひどい予算になった。どうだい、これでもコイズミ改革はなにもしていないなんていうのかい?

Aさん予算の大枠はわかりました。あと、個別になにかありますか。

アクテイブ・レンジャー

H教授そうだなあ。アクテイブ・レンジャー【4】というのができることが決まった。

Aさんアクテイブ・レンジャー? それはなんですか。

H教授国立公園のレンジャーって知ってるよね。


Aさんセンセイもそうだったんでしょう? 地区自然保護事務所やその出先で自然保護官として駐在している技術系職員の総称で、全国に200人くらいいるんじゃなかったですか。

H教授職業としてのレンジャーはそうだね。現場に出ていない職員も含めて、レンジャー要員として採用した自然保護系技官全体を指す場合もある。この場合には、霞ヶ関などにもレンジャーがごろごろ―といってもたかが知れてるけど―いることになる。

Aさんいずれにせよセンセイの話では、レンジャーは許認可や計画、調整などを行う行政官で、米国のような自然解説やパトロールをするというイメージとはだいぶ違うんですよね。

H教授うん、そうした部分はボランテイアやアルバイトに頼ってきたんだけど、そこを担う任期制の職員、つまり非常勤国家公務員をアクテイブ・レンジャーとして来年度は60人採用するそうだ。
先行して2人を試行で公募したそうだけど、なんと百人以上も応募があったそうだ。

Aさんいいことじゃないですか。

H教授かれらのメイン業務を何にするかだね。違反行為摘発のパトロールか、ビジターセンターに拠点を置いたインタープリテーションか、と考えただけでも業務の中身は相当違うからねえ。外来生物法とリンクさせて、エイリアン(外来種、移入種、侵入種)【5】の駆除なんてのもすることができるかもしれない。
ただ、重箱の隅をつつくような違反行為を片っ端から摘発なんてして、その後始末はすべていままでのレンジャーがやるなんてなると、業務がストップしかねない。だからよっぽどよく考えなきゃいけないね。
ま、ひとつの公園で何十人という規模になれば、いろいろと分業できると思うけど。

Aさんね、センセイ、ワタシやりたい!やれるかなあ。

H教授競争率は高いし、将来の身分保障はなにもないよ。そういう意味では海外青年協力隊みたいなものだ。それにどこに住むんだろう。多分宿舎なんてないだろうしなあ。
それでもこれはグリーンワーカー事業【6】とうまく組み合わせられれば、日本の国立公園行政に新たなスタートをもたらすかもしれない。正規のレンジャーだって、いまや現場管理はII種職員に任せる方向みたいだから。


AさんII種職員?

H教授うん、昔はレンジャーはI種の技官が中心だったけど、7〜8年前からI種は本省要員として少数に絞り、現地要員として大量にII種技官を採用しはじめた。
II種ってのは、もともとは短大卒を対象にした試験区分なんだけど、そんなものはとっくに有名無実化し、ほぼ全員が大卒になり、レンジャーの世界ではいまや大卒どころか院卒もごろごろいるみたいだよ。時代が変わったということなんだろうなあ。

Aさんだって、国家公務員って定員が決まっているからそんな大量採用できないんじゃないですか。

H教授はは、大量ったって、たかが知れてるさ。90年代に入ってから部門間配転という形で赤字で苦しんでいる営林署(現・森林管理署)の職員を毎年受け入れてきたんだけど、最近ではかれらが毎年停年でやめていくから、その分、受け入れ人員にある程度の余裕ができてきたんだ。

Aさんじゃ国立公園の将来は万々歳じゃないですか。

H教授そうはいかない。県や市町村と一体になっての公園管理というのが昔からの国立公園のポリシーなんだけど、その根っこのところが、地方分権法以来大きくゆらぎ、今回の「惨身遺体改悪」で、息の根をとめられた。
おまけに来年度から地区自然保護事務所がなくなってしまうんだ。
だから新たな国立公園像をつくりあげられるかどうかだねえ。

地方環境事務所誕生!

Aさんえー、地区自然保護事務所がなくなるんですか。

H教授そう。今、地区自然保護事務所は全国に11ある。一方、全国に9つの地方環境対策調査官事務所というのがあるんだけど、この2つを合体させて全国で7つの「地方環境事務所」という地方支分部局ができることになった。その代わりにボクの古巣、本省の水環境部が環境管理局に統合されて、「水・大気環境局」に改称されるそうだ。


Aさんへえ、ついに地方支分部局か。センセイがスタートさせた国立公園管理事務所の「専決・ブロック制」(第7講その4)【7】は行き着くところまで行き着いたんですね。

H教授え? ボクはそんなだいそれた構想なんて考えたことないよ、自分が楽をしたかっただけで。それに当時は新たに地方支分部局ができるなんて夢にも思ってなかったし。

Aさんで、その所長ポストは地区自然保護事務所長、つまりレンジャーがなるんですか。

H教授地方環境対策調査官事務所長より格が高いから、とりあえずは地区自然保護事務所長が横滑りするんだろうなあ、将来はわからないけど。もっとも昔とちがって、指定職なんかじゃないし、そういう意味じゃランクもあがらないみたいだけどな。
そりゃあ、数人の部下しかいなかったかつての国立公園管理事務所長が、何十人という職員をもち、いくつもの課を持つ地方環境事務所長になるんだから、組織的にはすごいと思うけど、問題はこの事務所がなにをするか、できるかだね。


Aさんところで地方環境対策調査官事務所ってなにしているんですか?

H教授地方環境情報の収集というのが主たる役割だったと思ったけどなあ。いまだからいうけど、ボクも行きたかった職場だったんだ。

Aさんえ? そんなおもしろい仕事なんですか。本省の貴重な情報源だったんだ。

H教授うーん、ボクのいた課では、必要な情報のほとんどは県経由で先に入ってきたから、当時は盲腸みたいなものにしか思えなかった。で、そこにボクの同期が行ってたんだけど、ほとんど残業ゼロと聞いて、とってもうらやましかった。

Aさんえー、いまじゃそんなことはないでしょう。

H教授それでも地区自然保護事務所と同じフロアで隣り合わせのところなんか見ていると、その差は歴然としているみたいだよ。片っ方は毎晩残業で、片っ方は早々といなくなるらしいから。

Aさんで、地方環境事務所の業務は地区自然保護事務所の業務プラス地方環境情報の収集ということになるわけですか。

H教授マサカ。地区自然保護事務所の業務を2つの課で引き継ぐ以外に、新たに廃棄物担当の課や温暖化対策の課もできるみたいだ。

Aさん具体的には?

H教授さあ、いまその議論を環境省でやってる最中じゃないかな。とくに廃棄物は一廃は市町村、産廃は都道府県と権限がはっきりしているから、普及啓発や県域をまたぐ広域産廃の対応以外になかなか難しいんじゃないかな。
昔、マスコミがしきりに言ってた産廃Gメンなんてのは、本気でやるんなら警察からの出向職員を受け入れでもしないと、とてもじゃないけど難しいと思うよ。


Aさん温暖化の方は?

H教授さあ、まだ決まってないだろう。石油特会のカネがだいぶ増えたから、細々というか、いろんな業務が考えられると思うけどね。

Aさんじゃ、自然保護2課だけが忙しくて、あとの課は毎日ぶらぶらなんてことになりかねないですね。

H教授うん、そうならせないためにも、大胆に本省業務を出先に下ろす必要があると思うよ。
あとねえ、個人的な希望をいわせてもらえば、瀬戸内法(第10講)【8】を所管する瀬戸内室ってのが省庁再編前にはあったんだけど、この業務を担当する課を、ぜひ中四国の地方環境事務所につくってほしいね。

Aさんところで、いずれにせよ地方環境事務所は大都市に置くわけですね。

H教授そりゃそうだ。いまの地区自然保護事務所も大都市に下りているところが多いけど、もっと徹底的になる。
一番古い国立公園管理事務所だった日光、箱根はいまではそれぞれ北関東と南関東の地区自然保護事務所ということになっているけど、こんどは関東地方環境事務所として統合されて、さいたま市に下りるみたいだし、上高地の入り口の島島という辺鄙なところにある中部地区自然保護事務所は、中部地方環境事務所として名古屋市に下りるみたいだ。
阿蘇にある九州地区自然保護事務所は熊本市に下りて、九州地方環境事務所になる。
いくつかの地区自然保護事務所は残るけど、それは地方環境事務所の出先になるそうだ。

Aさんかわいそう、せっかくレンジャーになったのに大都会勤務じゃ。

H教授だから現場はII種職員が中心になるんだろう。このままいくと、ほんとうに優秀で自然が大好きな連中はI種など見向きもせず、みんなII種として採用試験を受けるようにもなりかねないんじゃないかって危惧するよ。ボクだってII種を志望してたね。あるいはアクテイブ・レンジャーをね。


Aさんはは、センセイはそうなってたらまちがいなく落ちてましたよ。だって植物のことも鳥のことも知らないんですもん。

H教授...。

バスに乗り遅れるな ―特定外来生物ドタバタ劇

Aさんところで、オオクチバスがどうとかで新聞に出てましたね。

H教授ああ、外来生物法【9】の話だな。
ブラックバスの一種のオオクチバスは、「特定外来生物」【10】の指定の第一陣には入れない方向で調整していた。ところが、最終段階になって大臣が記者会見で、突然入れるって話をしたことから、急転直下、指定されるってことになった――ってやつのことだろう。
ボクは霞ヶ関官僚の高等戦術かと、一瞬思ったんだけど、本当のところはよく判らない。でも、ま、いいことじゃないかな。

Aさんちょ、ちょっと、センセイ。もう少し順序立てて話さないとダメですよ。読者に不親切じゃないですか。

H教授読者じゃなくて、キミが無知なだけだろう。ま、いいか。じゃ、その話をちょっとしよう。
そもそも話は1992年に遡る。それ以前から「生物多様性の保全」ということがしきりにいわれるようになってたんだけど、この年、気候変動防止枠組条約だけでなく生物多様性条約が採択されて日本も加盟し、翌年には発効した。そのなかでエイリアン、つまり外来種(移入種、侵入種)の導入の防止や制御が謳われていたんだ。


Aさんそういえば地球サミットリオ宣言にもそんなのがありましたね。でもなんで?

H教授生態系の破壊を防ぐってことだね。長年かけて形作られた地域固有の生態系を人為によって、安易に破壊しちゃいけないってことだ。
地球環境問題の解決には、物理・化学的な技術対策だけではダメで、森林の保全など生態系保全との両輪でやらなければうまくいかないって認識が、ようやく定着したんだ。

Aさんでも、おコメだってネコだって、そういう意味では外来種じゃないですか。

H教授ネコをバカにするな。近縁のイリオモテヤマネコツシマヤマネコは固有種だ。
ま、それはともかくとして、イネのように田んぼや畠で栽培するもので、自然の山野に生育する恐れのないものは自然の生態系に悪影響を与えないので、外来種とはいっても目くじらを立てる必要はない。また、自然の生態系に入りこんだものでも、歴史的にすっかり定着してしまったものは、今さらどうしようもないよ。
でも、これからは生態系を破壊するおそれのあるような外来種は、「侵入の予防」「初期段階での発見と対応」「定着した生物の駆除・管理」という3段階のアプローチで対応しようということになった。
そして、この条約を踏まえて、生物多様性国家戦略というものがつくられた。
最初の国家戦略は、各省の既存施策を羅列しただけのものだったけど、2002年に改定された現行の国家戦略では、三つの危機、即ち「開発による破壊」と「管理の減少による自然の質の変化」――つまり里山保全だよね――、そして第3の危機として、この外来種問題を挙げているんだ。


Aさんなにかきっかけとなる事件でもあったんですか。

H教授ブラックバスやブルーギルの問題、それにタイワンザルとニホンザルの混血問題なんかが世間を賑わせていたよ。メダカまでが、外来種にニッチ(生態的地位)【11】を奪われそうになって、レッドデータブック絶滅危惧種として記載されたってことで騒がれた。
その頃から規制方法が検討されてきて、ようやく去年の6月に外来生物法、正式名称「特定外来生物による生態系等に係る被害の防止に関する法律」が公布されたんだ。

Aさんところで、日本には外来種ってどれほどいるんですか。

H教授環境省がつくったリストでは、2,200種ほど挙げているって話だ。


Aさんコメやムギやサツマイモなんかもそれに入っているんですか?

H教授ん? さあ、どうだろう。暫定的なリストなら、環境省のホームページでも公表されているから、自分で調べてみてごらん【12】
ところで、キミの知っている外来種で、近年に入ってからたちまち日本全土に広がったものを挙げてごらん

Aさんえーと、アメリカザリガニ、ウシガエル、セイタカアワダチソウセイヨウタンポポ... 外来生物法はそうしたものを片っ端から駆除しようというのですか。

H教授いや、キミがいま挙げたものなんかは、それなりに定着してしまったから、現時点ではこれ以上の大きな影響が生じることはないと思われているし、そこら中に蔓延しているので駆逐は不可能だ。
問題なのは、現時点で大きな影響を与えているもの、あるいは今後そうなる恐れのありそうなもので、それらを「特定外来生物」として政令で指定し、規制しようとしているんだ。

Aさんすべての外来生物が規制の対象になるわけじゃないんですね。

H教授外来生物法の対象になるのは、「我が国の生態系、人の生命若しくは身体又は農林水産業に被害を及ぼし、または及ぼすおそれ」があるものに限定されている。野外に侵入・定着するおそれのないものまで闇雲に規制することはできないし、農作物やペットなどで有用なものもたくさんあるからね。
だから専門家の意見を踏まえて、とりあえず6月の法施行に合わせた第一次指定で40種ほど選定する運びになっている。


Aさんはーん、それにオオクチバスを入れるかどうかが大問題になったんですね。

H教授そうそう、ほかにもセイヨウオオマルハナバチ【13】なども論争の対象になっているみたいだ。

Aさんオオクチバス論争というのは、釣り人や釣業界と、自然保護派の争いなんですね。

H教授自然保護派以上に内水面の漁業者にとっての死活問題みたいだ。だから、条例でキャッチアンドリリース禁止などを決めた例もあるほどだ【14】。一方、釣業界にとっては、バスフィッシングは救いの女神みたいなものだったらしいし、何百万といる釣人の抵抗も強くて、とりあえず、第一次指定は先送りになりそうだったんだけど、最後にひっくりかえっちゃって、第一次指定に間に合うことになったってわけだ。
バスに乗り遅れるなってことかな(笑―自分だけ)。

Aさんセンセイはどう思われるんです?

H教授ボクは魚釣りをやらないからからかもしれないけど、断固指定すべき派だ。
もっとも、魚以外の陸釣りなら得意だけど。

Aさんは? 魚以外の釣り??

H教授いや、なんでもない(苦笑)。
ところで、このオオクチバスってのはすごく貪欲らしくって、ふつうだったら、ある程度のところでいろんな他の魚などエサとなる生物の数と均衡して安定するんだけど、こいつらは片っ端から食べ尽し、最後は自分の稚魚まで食ってしまうという話もあるみたいだ。だとしたら、やっぱり第一次指定は当然じゃないかな。


Aさんふうん。ところで特定外来生物に指定されたら、完全駆除までやっちゃうんですか。

H教授うーん、種類にもよると思うけど、ある程度定着してしまったものは、実際問題としてムリじゃないかな。当面は国立公園の中核部だとかの地域に限定して駆除するのが精一杯だと思うよ。むしろこの外来生物法によって安易に外来生物を持ち込んじゃいけないって精神をPRできることの効果の方が大きいと思う。

Aさん厳格な保護派の人は同じ在来の生物でも、水系のちがうところに放しちゃいけないなんて言いますよね。外来生物法では、そこには触れていないんですか。

H教授うん、それは将来の課題として積み残しになったようだ。ま、そういう研究者の主張は主張としてわかるし、発光間隔の違う西日本のホタルと東日本のホタルを混在させてしまうのは問題だけど、「ホタルの復活」なんて考えているところで、近くの水系に生息する同種のホタルを持ってくるのまで規制するということになると、ちょっとどうかと思うなあ。

Aさんどうしてですか。

H教授あまり厳格厳密になりすぎると、かえって人と生き物との距離を大きくしてしまうことになる。過ぎたるはなんとやらとか、角を矯めてなんとやらと言うじゃないか。
まあ、富士には月見草――あ、これも外来種だけど――が似合うなんていうけど、キミには厳格とか厳密とかいうコトバはおよそ似合わないな。

Aさんし、失礼な。いつもいい加減なセンセイにだけは言われたくないですよぉだ。


注釈

【1】京都議定書の発効に関連するイベント
EICネット イベント情報コーナー
【2】京都議定書削減目標達成計画
「京都議定書の締結に向けた国内制度の在り方に関する答申」について(平成14年1月24日環境省報道発表資料)
【3】常時監視
環境省環境管理局水環境部では、「公共用水域における亜鉛の常時監視結果(平成3〜12年)」を公表している。
また、同省大気環境課及び独立行政法人国立環境研究所が提供・運用する、大気汚染の広域監視システム(愛称「そらまめ君」)による常時監視結果(速報)がリアルタイムに公表されている。
大気汚染の広域監視システム(愛称「そらまめ君」)
【4】アクティブ・レンジャー
国立公園の現地管理業務を行う環境省の自然保護官(レンジャーと言われている)の補助員。国立公園利用者の指導など主として野外の現場業務を行う。
環境省の自然保護官が会議や許認可指導などの室内業務に終われ、自然保護地域の現場で行うパトロールや利用者指導等の業務に手が廻らないため、自然保護官の補助員を特別に雇用し、現場に配属することにより国立公園の現場管理業務を充実させようとするもの。
2005年度から約60人の雇用を予定している。
アクティブ・レンジャーの試行について(平成17年1月4日 環境省報道発表資料)
環境省アクティブ・レンジャー(試行)の募集(環境省自然環境局沖縄奄美地区自然保護事務所)
環境省>国立公園等現地管理体制強化(アクティブ・レンジャー(仮称))推進費
【5】エイリアン(外来種、移入種、侵入種)
概ね、同義で用いられるが、意味の込め方などで用法が異なる場合もある。
外来種
移入種
侵入種
【6】グリーンワーカー事業
環境省が国立公園等の現場管理作業のために雇用した地域住民等のこと。
野生生物の保護・保全や外来種対策に関する現場作業、また、清掃困難地における環境美化作業など現実の自然環境保全業務には多くの人手を要する業務が多い。
環境省では、これら人手を要する現場管理作業を効果的に実施するため、地域の実情をよく知っている地元住民等を雇用する「国立公園等民間活用特定自然環境保全活動事業(グリーンワーカー事業)」を2001年度から予算化し、従来、実施されていなかった各種の現場作業を進めている。
ツキノワグマを保護管理するための監視活動、眺望を確保するための展望地の樹木伐採、公園内の不法投棄ゴミ処理など全国で毎年100件程度の現場作業が実施されている。
グリーンワーカー事業(環境省・山陽四国自然保護事務所)
【7】専決・ブロック制
第7講その4
【8】瀬戸内法
第10講
【9】外来生物法
環境省>自然環境局>外来生物法HOME
【10】特定外来生物
特定外来生物等の選定について
【11】ニッチ(生態的地位)
動物であれば、餌となる植物や他の動物、隠れ家など、また、植物であれば、光合成に必要な太陽光や根を張るための土壌など、生物が自然の生態系内で生きていくために不可欠なもの(環境)がある。生物種が生態系内でこれらを巡る種間の争奪競争に勝つか、耐え抜いて、得た地位が生態的地位(ニッチ)である。ニッチを獲得できた生物種だけが生態系内で安定した生存が可能となる。
一般に、生物種は様々な生物の相互関係の中で適応して、ニッチを獲得しやすい特有の形態や習性を持つようになる(進化する)ので、生態系内には多様な生物種が複雑な相互関係の中で存在する。安定した生態系は、ニッチを持った多くの種で成り立っており、通常、空いているニッチはない。また、一般的には、ひとつのニッチを異なる種が占める(獲得する)ことはできないので、安定した生態系に新たな生物が侵入する余地はほとんどない。人為的要因などで生態系が撹乱された場合には、ニッチが混乱するため、様々な種が侵入し、新たなニッチを獲得するための種間競合が起る。この競合は、ニッチが安定するまで続けられる。
なお、外来種が定着するのは、島嶼等で生態系を構成する種数が少ないため、空いているニッチがある場合や人為的な生態系の撹乱などでニッチが混乱している場合など、何らかの要因でニッチが空いていた場合に多い。また、ニッチを持っていた在来種との競合に勝ってニッチを獲得し、定着する場合もある。
【12】日本の外来種リスト
「移入種(外来種)への対応方針について」(環境省 野生生物保護対策検討会移入種問題分科会(移入種検討会)、平成14年8月)
【13】セイヨウオオマルハナバチ
環境省特定外来生物等分類群専門家グループ会合「セイヨウオオマルハナバチ小グループ会合」
環境省パブリックコメントに対する意見の概要「セイヨウオオマルハナバチ」(27種)
【14】キャッチアンドリリース禁止条例
「滋賀県琵琶湖のレジャー利用の適正化に関する条例」(琵琶湖ルール)が制定され、2003年4月1日より施行開始している。
主な内容は、以下の3点。
・ブルーギルやブラックバスなど外来魚のリリース禁止
・プレジャーボートの航行規制水域での航行禁止
・従来型2サイクルエンジンの使用禁止(2006年4月施行)
詳しくは、
滋賀県の同条例のポータルサイト
アンケート

この記事についてのご意見・ご感想をお寄せ下さい。今後の参考にさせていただきます。
なお、いただいたご意見は、氏名等を特定しない形で抜粋・紹介する場合もあります。あらかじめご了承下さい。

【アンケート】EICネットライブラリ記事へのご意見・ご感想

(平成17年2月3日執筆、同7日編集了)
参考:環境行政ウオッチング(南九研時報第49号、平成17年2月予定)。
なお、本稿の見解は環境省およびEICの公的見解とはまったく関係ありません。

※掲載記事の内容や意見等はすべて執筆者個人に属し、EICネットまたは一般財団法人環境イノベーション情報機構の公式見解を示すものではありません。