No.276
Issued: 2019.11.25
日本におけるCSF(豚コレラ)の流行(自然環境研究センター・米田久美子)
CSF(豚コレラ)はウイルスが原因のブタの伝染病です。感染力が強く、死亡率も高い疾病で、予防ワクチンはありますが、治療方法は今のところありません。家畜伝染病予防法で指定された家畜伝染病で、感染が確認されれば、その飼育施設のブタはすべて殺処分して、焼却または埋却しなければなりません。
このCSFの発生が2018年9月、国内では26年ぶりに岐阜県の養豚場で確認されました。その後、感染は拡大して2019年11月18日現在、1府8県で49件の発生が確認されています。
さらに、野生のイノシシにおいてもブタの発生から4日後に岐阜県でCSFウイルスの感染が確認され、12月には愛知県、2019年6月以降は三重県、福井県、長野県、富山県と、感染確認地点が周辺に徐々に広がっています。11月15日現在、ブタでの発生の8県を含む12県で1、432頭のイノシシの感染が確認されており(図1)、さらに拡大することが懸念されています。なぜ、このような事態になったのでしょうか。
- CSF
- 豚コレラの英名Classical Swine Feverの略称です。豚コレラはブタにとっては重大な伝染病ですが、ヒトには感染しません。
ヒトのコレラと豚コレラは全く別の疾病ですが、コレラという言葉がヒトにも感染するような誤解を与えるということで、農林水産省は2019年11月に病名を豚コレラからCSFに変更しました。本稿でもCSFと呼ぶこととしました。
イノシシにおけるCSFウイルス感染
ブタはイノシシを人為的に家畜化したものです。ブタとイノシシは生物学的には同種ですから、ブタの伝染病はイノシシにも感染します。CSFウイルスは感染したブタやイノシシの体液(唾液、涙、糞尿、血液等)に排出されて、それに別のブタやイノシシが接触(経口/経鼻感染)することで感染します。畜産業はヒトの居住地から離れた、野生動物との距離が近い地域で営まれることが多いため、家畜と野生動物の接触の機会は多くあると考えられます。
農林水産省の拡大豚コレラ疫学調査チームが2019年8月8日に発表した「豚コレラの疫学調査に係る中間取りまとめ」(以下、中間とりまとめ)では、ウイルス遺伝子の解析から、日本における発生の原因ウイルスは中国またはその周辺国から1回侵入し、そこから徐々に感染拡大した可能性が高いとしています。また、発生の時期と位置、発生農場の現地調査結果から、ブタの発生の多くは野生のイノシシから感染したと考えられるとしています。今回のウイルスは、イノシシがバタバタと大量死するほど強毒ではなかったために、気づかないうちに、野生のイノシシの間で感染が拡大し、ブタの感染も広がっていったようです。
前回の発生
CSFは1888年にアメリカから北海道に輸入されたブタで発生したのが日本の発生の始まりとされています。その後、ブタにおけるCSFの発生は全国に広がりました。1969年に新型の生ワクチンの接種が開始されてから発生は激減し、1992年を最後に発生が終了しました。流行は100年以上続いたことになります。ブタへのワクチン接種は2006年まで継続されました。
その間に野生のイノシシでの感染確認の報告はいくつかあります。また、東北地方の太平洋側のイノシシは明治から大正にかけてほぼ絶滅しましたが、その理由としてCSFの影響が疑われています。しかしどの程度の範囲でどのくらいの割合で感染していたのか等の詳細は不明です。ブタで感染が終息した後の1996年から、感染の有無を確認するイノシシの抗体調査が年間220〜1500頭の規模で継続実施されてきました。その結果は2006年以降2017年まですべて陰性でした。
しかし、当時のイノシシの分布や個体数は、次に述べるように、現在よりもかなり小規模だったと考えられ、今回のような急速な感染拡大はなかったのかもしれません。
イノシシの生息状況の変化
日本の野生動物の生息地は、明治以降の積極的な伐採、植林、開発(土地利用変化)によって全国的に著しく減少しました。しかし1960年代以降、森林伐採は減少して、自然環境は回復を始めました。また、1970年代以降、高度経済成長による環境破壊や汚染への反省から、自然保護の動きが活発化しました。一方で、農村の過疎化、高齢化の現象が進んできて、放棄耕作地や山林利用放棄が増加し、また、温暖化によって積雪量あるいは積雪期間が減少し、野生動物の生息地は拡大し始めました。これらの結果、1980年代以降にニホンザル、ニホンジカ等が増加し始め、イノシシも1990年代に個体数が急増したと推測されています。
イノシシの分布は現在も拡大傾向で、積雪地域やこれまで生息していなかった島嶼でも確認されるようになってきています(図2)(図3)。これには、上記のような温暖化の影響や中山間地域の衰退の他、ジビエやイノシシ肉の流行から飼育頭数が増加し、放獣や飼育施設からの逃亡等、人為的な拡大も一因となっていると考えられています。
実は、イノシシの個体数や密度を推測するための信頼できる手法は確立されていません。これはイノシシが定住しないこと、一腹産子数が平均で4〜5頭と多く、一方、子の死亡率も高いために、個体数変動が大きいことが主な理由です。このため、駆除や狩猟による捕獲数や、被害や目撃情報等を元に、統計手法によって個体数が推測されており、2016年度の全国の生息数は約89万頭と推測されています(図4)。2019年7月1日現在、44府県で農業被害の軽減を目標とした第二種特定鳥獣管理計画を策定し、個体数削減のための捕獲作業を行っています。しかし、削減目標とするべき、日本の自然環境の中でのイノシシの理想的な個体数を設定する方法はまだ確立されていないのです。
食品廃棄物とCSF、そしてASF
CSFのウイルスはどうやって日本に来て、どのようにして野生のイノシシに入ったのでしょうか。CSFウイルスは自然界ではブタかイノシシにしか感染しないため、海を越えて日本に入るには、意図的/非意図的に人間が運んだとしか考えられません。前述の中間まとめでは、CSFウイルスに感染したブタの肉や肉製品が持ち込まれ、残飯や食品廃棄物等として廃棄されて、それが野生イノシシの口に入り、感染が広まった可能性が推測されています。近年、海外からの訪問者増加を背景として、肉を介して、高病原性鳥インフルエンザやASF(African swine fever)などの家畜伝染病のウイルスが持ち込まれる事例が、税関検査で多く見つかってきているのです。
ASFはCSFとは別のブタの家畜伝染病で、「アフリカ豚コレラ」と呼ばれていましたが、CSF同様、誤解を避けるためASFという名称に変更されました。こちらもヒトを含む他の動物に感染することはありませんが、CSFよりも感染力や病原性が強く、予防ワクチンも現在のところ開発されておらず、養豚業界にとって恐るべき伝染病です。ASFは主にアフリカに常在していましたが、2007年に突然ジョージア、ロシアで発生し、2012年以降は東欧でイノシシとブタの感染拡大が続いています。アジアでも、2018年に中国で検出され、2019年に入ってから東南アジアにも感染が広がり、9月には韓国でも検出されています。中国ではASFの影響でブタ肉が高騰しているという報道もありました。ASFのウイルスは日本のブタやイノシシからはまだ検出されていませんが、2018年10月以降、中国や東南アジアから日本に持ち込まれたソーセージやブタ肉製品から、81件(11月15日現在)検出されています。こうしたウイルスが国内の野生イノシシやブタの口に入らないよう、輸入検疫強化や、飼料に肉類を含む場合の加熱処理徹底の普及等の対策が実施されています。
ブタのCSF対策
では、イノシシのCSFにどう対処したら良いのでしょうか。ブタの場合、感染が確認されると当該施設で飼育されるブタは全頭処分となり、消毒して、そこからCSFウイルスは消滅します。しかし野生のイノシシで感染個体をすべて捕獲することは不可能ですから、イノシシや環境の中にCSFウイルスが残り続けて、感染を広げていくことになります。ブタへの感染を防ぐためには、ブタ側の感染予防策、ブタとイノシシの接触防止策、イノシシ側の感染低減策が考えられます。
ブタの側の感染予防策としては、飼養衛生管理の徹底、飼育施設周囲の消毒、ワクチン接種によって抵抗性をつけさせるなどの方法があります。ブタへのワクチン接種は2019年10月から開始されました。
ブタとイノシシの接触防止策としては、柵や建物等で物理的に遮断する方法が考えられます。イノシシは体格も大きく、ジャンプ力があり、頑丈で大きな柵が必要となることや、設置場所が山林となって、設置作業が困難であることが課題です。日本では農業被害防止のために、江戸時代中期から長大なシシ垣によって人里周囲からイノシシを排除する対策が取られていました。こうした過去の知見の活用も必要かもしれません。また、イノシシは行動圏の中で定住と移動を繰り返していることなど、近年の知見もあり、より有効なイノシシ防護柵の設計が求められます。
イノシシのCSF対策
イノシシ側の感染低減策としては、個体数や密度を減らす、イノシシにワクチンを投与して抵抗性をつけさせて感染を減らす、という二つの方法があります。個体数管理の際には、ウイルス感染がどの程度広がっているかの浸潤調査も必要です。しかしイノシシの生息数や密度をどこまで下げれば良いのでしょうか。
米国や欧州の一部の国々では、野生のイノシシや野良化したブタの間での感染を撲滅した前例があります。欧州では、イノシシが1000〜1500頭の隔離個体群であればCSFは自然に終息する、2000頭以上、あるいは2頭/km2以上生息している場合にはCSFウイルスの感染は持続する、という目安が示されています。しかし日本と欧州では生息環境が異なること、日本のイノシシは広く連続した分布をしていること、前述のように個体数の把握が難しいこと等から、欧州の目安をそのまま利用することは難しいようです。生息密度がどの程度になるとCSFのような病原ウイルスが入った場合に蔓延する可能性が高まるというようなリスク評価は、今回のデータや経験を元に、今後、行うことができるようになるのかもしれません。
イノシシへのワクチン投与は、ブタのように個体毎に注射を打つわけにはいかないため、餌に入れた経口ワクチンを散布します。欧米の成功事例に倣い、国内でも2019年2月から欧州製の経口ワクチンの散布が開始されました。初めての試みでもあり、イノシシの感染拡大の方が速く、ワクチン散布地域で発生地域を包囲するという戦略はまだ成功していません。
CSF対策実施上の課題
これまで述べたような対策はいずれもすでに実施されています。しかし実施の段階でいろいろ困難な点が出てきます。日本の山地の地形は急峻で、車が入れる範囲は限られ、多くの作業を人力で実施する必要があります。さらに、捕獲にしろ、ワクチン散布にしろ、作業に従事するのは猟友会等の山林の中での作業経験者が想定されますが、そうした人材は人数が限られ、また高齢化してきています。
イノシシの捕獲作業は特定計画に基づき実施されてきており、捕獲の体制はすでにあります。しかしイノシシを捕獲・処分した後に課題があります。死体を放置すれば、他の動物がさわったり食べたりする可能性があり、CSFウイルスに感染していた場合には、そのウイルスが拡散される可能性が大きくなります。そのため、CSFウイルス感染の可能性のある死体は焼却、または地中深くに埋却することが望ましいのです。しかしイノシシは成獣で60kg以上もあり(図5)、山中でその死体を丸ごと焼いたり、深く埋めたりするのは重労働です。
そうなると、焼却炉のある所、あるいは重機を使って十分な大きさの穴を掘れる場所まで、山中から死体を運搬することになりますが、その間に体液等が周囲に広がらないように作業する必要があります。また、焼却炉の都合等で死体を分割する作業が必要となる場合もあります。そうした作業をどこで誰がどのように実施すれば、感染拡大を防ぐことができるか、この部分が未解決です。このため、CSF拡大防止のためのイノシシの個体数削減は計画通りには行かないのが現状となっています。
今回のイノシシにおけるCSFウイルス感染の拡大は、家畜衛生部局と鳥獣保護管理部局が協力して対策にあたることが必須な状況で、高病原性鳥インフルエンザに次ぐ事例となりました。幅広い分野の専門家が協力して、ヒトも含めた環境の健全性を一体的に検討して良好な環境の維持を図るという、ワンヘルスの考え方が必要とされています。今後、さらに多くの人々が知恵を出し合って、CSFウイルス感染拡大を止め、ASFウイルス侵入阻止を継続して行く努力が必要です。
また、CSFはブタとイノシシだけの感染症ですが、他の動物種やヒトも関与するような感染症の発生についても、注意と準備をしていくことが必要と考えられます。
参考資料
- 農林水産省 CSF(豚コレラ)について
- 拡大豚コレラ疫学調査チーム(2019)豚コレラの疫学調査に係る中間取りまとめ
- 農研機構動物衛生研究部門(2006) 豚コレラ解説
- 動物検疫所 中国、ベトナム等からの旅客携帯品の豚肉等におけるASF(アフリカ豚コレラ)ウイルス遺伝子検査陽性例について(2019年11月15日)
- 動物検疫所 アジアで発生しているASF(アフリカ豚コレラ)への対応
- 環境省(2019) 資料1 イノシシの保護及び管理に関する最近の動向 平成30年度イノシシ保護及び管理に関する検討会
- 環境省(2010)特定鳥獣保護管理計画作成のためのガイドライン(イノシシ編)
- Scientific opinion / Statement / Guidance of the Panel on Animal Health and Welfare on a request from Commission on “Control and eradication of Classic Swine Fever in wild boar”. The EFSA Journal (2009) 932, 1-18.
- Guberti, V., Khomenko, S., Masiulis, M. & Kerba S. 2019. African swine fever in wild boar: ecology and biosecurity. FAO Animal Production and Health Manual No. 22. Rome, FAO, OIE and EC.
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〜著者プロフィール〜
米田久美子
一般財団法人自然環境研究センター 研究主幹
東京大学大学院農学系研究科修士課程修了(獣医学専攻)。
カリフォルニア大学ロサンゼルス校研究員、千葉市動物公園獣医師等を経て、1993年から自然環境研究センター勤務。
2003年より環境省の鳥獣感染症関連業務を担当、農林水産省家きん疾病小委員会専門委員、環境省鳥インフルエンザ等野鳥対策に係る専門家グループメンバー等を務めた。
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