No.274
Issued: 2019.08.13
G20大阪2019と環境問題(海洋プラスチックごみ汚染と気候変動) 松下和夫
G20と環境問題
去る6月28日・29日の2日間、大阪でG20サミット(第14回20か国・地域首脳会合)が開催されました。その直前の6月15日・16日には、軽井沢で「持続可能な成長のためのエネルギー転換と地球環境に関する関係閣僚会議」が初めて開催されています。G20では海洋プラスチックごみ汚染や気候変動も重要な議題となりました。本稿ではG20大阪サミットにおける環境問題の議論について紹介します。
G20はもともと、2008年のリーマンショックを契機に生じた経済・金融危機に対処するため、日本など先進7カ国(G7)に加えて、中国やブラジル、インドといった新興国なども含む国際経済協調のフォーラムとして発足しました。
G20メンバー各国の国内総生産(GDP)を合わせると、世界のGDPの8割以上を占めます。そして気候変動の原因となるCO2の排出量も、世界全体の排出量の約8割を占めています。このようにG20メンバーは、気候変動問題に関し、責任も能力も備えた国の集まりです。そのため、G20が協力して気候変動や環境問題の取り組みを強化し、リーダーシップを発揮していくことは、非常に重要です。
このような意味で注目されたのが、15年11月のG20首脳会議(トルコ・アンタルヤ)でした。当時の米国オバマ大統領と中国の習近平主席が、2020年以降の地球温暖化対策に関する新しい国際的な枠組みの構築に合意し、首脳宣言で「気候変動枠組条約(UNFCCC)の下で全ての締約国に適用可能な議定書,他の法的文書又は法的効力を有する合意された成果を採択するという我々の決意を確認する」としました【1】。このようなG20の成果が、同年12月の気候変動枠組条約第21回締約国会議(COP21)におけるパリ協定採択に向けた国際的な気運を高めることとなりました。
ところが現状は、米国のトランプ政権がパリ協定からの離脱を表明するなど、地球温暖化や環境問題に取り組む国際協調体制は揺らいでいます。そうした中で、日本が議長国としてG20エネルギー・環境閣僚会合を開催し共同声明【2】をまとめ、そして首脳会議でも首脳宣言【3】をなんとか採択にこぎつけたこと自体は評価されるべきだと思われます。
注目を集めた海洋プラチック汚染問題
今回のG20で注目を集めたのは廃プラスチックによる海洋汚染問題でした。実は昨年のG7サミットでは、日本政府はプラスチックごみの削減に向けた数値目標を盛り込んだ「海洋プラスチック憲章」への署名を米国とともに拒否し国際的な批判を浴びた経緯があります。そのため、G20で改めてこの問題に対する指導力発揮が求められていました。日本政府は5月31日に「プラスチック資源循環戦略」【4】を策定し、国内で適正処理・3R(リデュース、リユース、リサイクル)の率先、国際貢献も強化する姿勢で今回のG20に臨みました。
毎年800万トンものプラチックごみが海に捨てられています。これは、重量にしてジャンボジェト機5万機に相当する莫大な量です【5】。さらに、現在既に海には1億5,000万トンものプラスチックごみがあり、2050年にはそれが海にいる魚と同じ量にまで増えると予測されています【6】。プラスチック製のレジ袋などは完全に分解されるまでに非常に長い時間がかかり、いったん海に入ると、環境にとても長い間影響を与えることになります。
また、5mm以下の細かいプラスチックの粒子であるマイクロプラスチックによる影響も懸念されています。これには、歯磨き粉などに混ぜられた小さなプラスチック粒子(マイクロビーズ)が海に放出されたもの、海洋中のプラごみが、長い年月をかけて粉々になり、5mm以下のマイクロプラスチックとなって残存し続けるものなどがあります。日本近海には、世界平均の27倍のマイクロプラスチックが漂っており、ホットスポット(汚染集中地帯)となっています。
マイクロプラスチックを魚介類がえさと間違えて飲み込むことによる生態系への悪影響、その魚介類を人間が食べることによる健康被害への懸念は、新たな環境リスクと言えます。
世界のプラスチックの年間生産量は過去50年間で20倍に拡大しています【7】。海に流入するプラごみの主な発生源となっている国は、中国やインドネシア、フィリピンなどのアジア諸国です【8】。ただし、一人当たりのプラスチックごみの廃棄量は、日本が米国に次いで世界第2位です。
日本や欧米の先進国で発生した汚れた廃プラスチックは、主としてアジア諸国に輸出されています。資源としてリサイクルするための輸出という名目ですが、廃プラチックを受け入れているアジア諸国では処理能力が不十分で、リサイクルされないまま行き場を失った廃プラスチックが、海に捨てられるというケースが増えています。
このように、拡大し続けるプラスチックごみに、リサイクルや焼却処理、埋め立て処理が追い付かず、適切に処理されないプラスチックや意図的に捨てられるプラスチックの一部が川や海岸から海に入り込みます。また、漁業で使われるプラスチック製の網やレジャーでも使われる釣り糸が海に廃棄されると、そのまま海洋プラスチックごみとなります。このため、ポイ捨てをしないことに加え、海洋プラスチックごみの元となるプラスチック、特に「使い捨て用プラスチック」の利用自体を減らしていくことが重要です。
G20のエネルギー・環境閣僚会合では、G20各国が海洋プラスチックごみの削減に向けて自主的な対策を実施し、その取り組みを継続的に報告・共有する「G20海洋プラスチックごみ対策実施枠組み」【9】という国際的な枠組みを創設することで合意しました。
またG20大阪首脳宣言【10】では、「我々は,共通の世界のビジョンとして、『大阪ブルー・オーシャン・ビジョン』を共有し,国際社会の他のメンバーにも共有するよう呼びかける。これは,社会にとってのプラスチックの重要な役割を認識しつつ,改善された廃棄物管理及び革新的な解決策によって,管理を誤ったプラスチックごみの流出を減らすことを含む,包括的なライフサイクルアプローチを通じて,2050年までに海洋プラスチックごみによる追加的な汚染をゼロにまで削減することを目指すものである。」とし、具体的な数値目標と達成時期を明記しました。今後はこの目標が達成できるよう、そして確実に海洋ブラごみの減少につながる、実効性の伴う枠組みにしていくことが課題です。
すでに日本政府は、ノルウェーとともに、有害廃棄物の国境を越えた移動を規制するバーゼル条約の改正案を共同提案し、リサイクルしにくい汚れた廃プラスチックも規制対象にするという改正案が、今年5月に採択されています。
これにより、リサイクルに適さないプラスチックごみは同条約が定める有害廃棄物に指定されると同時に、受け入れ国の同意のない輸出も禁止されます。締約国はプラスチックごみの発生を最小限に抑え、可能な限り国内で処分することが求められます。
また、日本はごみ収集から処理までの優れたシステムとノウハウを持っているので、日本のノウハウをアジア諸国に伝え、アジア諸国の処理能力を向上させる取り組みも重要です。
最終的には、経済開発協力機構(OECD)が提唱する「拡大生産者責任」(EPR)を、廃プラスチックにも適用することが重要です。これは、生産者が製品の製造、流通、廃棄まで責任を持ち、使用済み製品の回収やリサイクル、廃棄の費用を負担するという考え方です。日本では、家電リサイクル法や自動車リサイクル法などにすでに適用されています。
現状の確認にとどまったG20での気候変動問題
G20サミットの主要議題の一つに位置づけられた気候変動・エネルギーについては、首脳宣言では、前回のG20の各国の立場を再確認するにとどまっています。すなわち「ブエノスアイレスにおいてパリ協定の不可逆性を確認し、それを実施することを決定した署名国は、完全な実行へのコミットメントを再確認する。米国はパリ協定から脱退するとの決定を再確認する」との内容となっています。この内容は、パリ協定の実現に向けた政治的なモーメンタム(勢い)を高める、というG20に期待された本来の目的からは程遠いものです。昨年10月に発表され、気候変動問題の緊急性を訴えた「IPCCの1.5℃特別報告」への言及もありません。
エネルギー・環境閣僚会合の共同声明【11】では、CCS(炭素回収貯留)、CCUS(炭素回収利用貯蔵)などの「非連続なイノベーション」が繰り返し強調されています。しかしながらCCSやCCUSについては、現状では実用性・経済性・環境影響とも不確実です。一方で、急速に普及が拡大し、価格の低下している再生可能エネルギーについては、首脳宣言ではほとんど言及がありません【12】。
IPCC(気候変動に関する政府間パネル)が求める非連続なイノベーションとは、産業構造や経済システムの転換、エネルギーや社会システムの見直し、そして価値観の転換など、脱炭素社会に向けた現代文明全般の「これまでにないスケール」でのシステムの変革の実施であり、単にいくつかの技術要素の導入に留まるものではありません。
気候変動問題に日本は今後どう取り組むべきか
気候変動問題はますます深刻さを増しており、その影響で、今や、豪雨などの異常気象が日常化しており、抜本的対策が急がれます。
昨年12月にポーランドでの気候変動枠組条約第24回締約国会議(COP24)で、国連のグテーレス事務総長は、「優先順位は、野心、野心、野心、野心、そして野心だ」と強調しました。野心とは、各国の削減目標などをより高くし、取り組みの強化を図ることを意味します。すなわち脱炭素社会の実現に向けて、経済や社会の仕組みを変え、エネルギーもクリーンな再生可能エネルギーに大胆に転換していくことが求められています。
これは、世界的な潮流です。例えば、今年5月に行われた、欧州連合(EU)の立法機関に当たる欧州議会選挙で、躍進を遂げたのは、極右政党ではなく、「緑の党」系の環境政党でした。ドイツでは欧州議会選挙では第2党の議席を得、最近の世論調査結果では第1党になったと報じられています。
環境政党の躍進を支えたのは、「グレタ効果」であると言われています。スウェーデン人の16歳の少女、グレタ・トゥーンベリさんが昨年8月から一人で毎週金曜日に国会前で座り込みをはじめ、気候変動の危機を訴えた始めたことがきっかけとなり、現在では世界中の若者たちによる抗議活動が盛り上がり、ヨーロッパの選挙での環境政党の支持拡大につながったと見られています。
トゥーンベリさんは国連やヨーロッパ議会でも演説し、「私たちの家(=地球)は、燃えている」と力説しました。地球が今、まさに火事であるのに、実現の不確かな非連続的なイノベーションを求めて消火の技術をこれから研究するというのでは遅すぎるでしょう。再生可能エネルギーやエネルギー効率化などすぐにできる実用化された技術や対策はたくさんあり、そうしたことを大規模に早急に実施すべきでしょう。
日本政府はG20の直前の6月11日に、パリ協定に基づく長期戦略【13】を閣議決定しました。長期戦略には、今世紀後半のできるだけ早期に「脱炭素社会」を実現するとの方向性は示したものの、いまだ多くの課題が残されています。
2050年までに温室効果ガスを80%削減するという目標は変えず、30年の削減目標は13年比でわずか26%のままであり、これは主要国で最低レベルです。
太陽光や風力などの再生可能エネルギーを主力電源とすることは明記されたものの、CO2の排出量の多い石炭火力発電は「依存度を可能な限り下げる」という表現にとどまり、継続する方針が示されています。現在新増設計画がある石炭火力発電25基を容認することにつながりかねません。日本の石炭火力発電は技術が進んでいて環境負荷が低いとされますが、たとえ最先端の石炭火力発電設備であっても、同等の天然ガス発電の約2倍の量のCO2が排出されるのです。多くの国が石炭火力発電からの撤退に向けて動き出している中、日本だけ逆行することになりかねません。
脱炭素達成の手段として、まだ実現していない技術の将来的な革新(非連続的イノベーション)を重視する一方で、すでにある技術や対策によって直ちにできることを先送りする姿勢が続いています。太陽光や風力など、技術が確立している再生可能エネルギーの導入を後押し加速すべき、意欲的導入目標や導入策も明示されていません。
また、CO2の排出に価格を付けて削減を促す「カーボン・プライシング」(炭素の価格化)は、最も有効な地球温暖化対策であり、日本も本格的に導入すべきですが、引き続き検討するとの内容にとどまっています。日本で導入している炭素税は、CO2排出量1トン当たりの税額が289円と、炭素税を導入する他国と比べても低く、CO2排出抑制に効果をあげていません。現実には北欧諸国などでは炭素税の税額を高く設定することで、CO2を排出しない製品の普及と開発省エネ技術の開発が促され、新たな経済発展につながっています。
国連気候サミットに向けて
今年9月には国連事務総長主催の気候サミットが開催されます。
グテーレス国連事務総長は、G20直後の6月30日にUAEで開催された気候変動会議に出席し、各国政府に対し、2020年までに石炭火力の新設を中止し、今後10年間でGHG排出を45%削減し、化石燃料ベースの経済から再エネ経済へ移行するよう要求しました。さらには、9月の国連サミット気候サミットには、2030年までに排出の半減、2050年までにカーボンニュートラルを達成するための具体的な計画をもって臨むよう、各国政府に要求しました【14】。
日本政府も2030年に向けた温室効果ガス排出削減目標を引き上げための準備を進めるべきです。また、石炭火力発電所の新設・途上国石炭事業への公的資金による支援を撤回し、再生可能エネルギーの抜本的拡大策の推進と本格的なカーボン・プライシングの導入を進めるべきです。
本稿は、JSTサイエンスポータル・コラム - オピニオン
-「海洋プラスチックごみ汚染」と「気候変動」―今回のG20で今後の課題が明らかに(掲載日:2019年7月12日)に加筆したものです(下記リンク参照)。
https://scienceportal.jst.go.jp/columns/opinion/20190712_01.html
なお、筆者が共同議長を務めた「T20気候変動・環境タスクフォース」によるG20に向けた提言とPolicy
Briefについては、下記ウェブサイトを参照いただけると幸いです。T20とは、G20メンバー国を中心としたシンクタンクの連合組織です。
https://t20japan.org/task-forces/climate-and-environment/
(松下和夫)
- 【1】G20アンタルヤ・サミット
- 首脳コミュニケ(仮訳)第24項
- 【2】20 持続可能な成長のためのエネルギー転換と地球環境に関する関係閣僚会合
- G閣僚声明(仮訳)
- 【3】
- G20 大阪首脳宣言
- 【4】
- プラスチック資源循環戦略
- 【5】
- WWF「海洋プラスチック問題について」
- 【6】
- 同上
- 【7】
- Neufeld, L., et al. (2016)
- 【8】
- 環境省「海洋プラスチックごみ問題について」(2019年2月)
- 【9】
- G20 海洋プラスチックごみ対策実施枠組(仮訳)
- 【10】
- G20 大阪首脳宣言
- 【11】G20 持続可能な成長のためのエネルギー転換と地球環境に関する関係閣僚会合
- 閣僚声明(仮訳)
- 【12】
- 首脳宣言第36項の米国の立場を述べたところに「再生可能エネルギー」という言葉が1か所あるのみである。
- 【13】
- 「パリ協定に基づく成長戦略としての長期戦略」
- 【14】
- Japan Times 2019/07/01
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なお、いただいたご意見は、氏名等を特定しない形で抜粋・紹介する場合もあります。あらかじめご了承下さい。
〜著者プロフィール〜
松下和夫
京都大学名誉教授、(公財)地球環境戦略研究機関(IGES)シニアフェロー、「T20気候変動・環境タスクフォース」共同議長、環境イノベーション情報機構評議員、国際協力機構(JICA)環境ガイドライン異議申立審査役。
環境省(旧環境庁)、OECD環境局、国連地球サミット(UNCED)事務局(上級環境計画官)等勤務。
2001年から2013年まで京都大学大学院地球環境学堂教授(地球環境政策論)。
持続可能な発展論、環境ガバナンス論、気候変動政策・生物多様性政策・地域環境政策などを研究。
主要著書に、「東アジア連携の道をひらく:脱炭素・エネルギー・食料」(2017年)、「自分が変わった方がお得という考え方」(2015年)、「地球環境学への旅」(2011年)、「環境政策学のすすめ」(2007年)、「環境ガバナンス論」(2007年)、「環境ガバナンス」(市民、企業、自治体、政府の役割)(2002年)、「環境政治入門」(2000年)、監訳にR.E.ソーニア/R.A.メガンツク編「グローバル環境ガバナンス事典」(2018年)、ロバート・ワトソン「環境と開発への提言」(2015年)、レスター・R・ブラウン「地球白書」など。
(個人ホームページ URL:http://48peacepine.wixsite.com/matsushitakazuo)
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