大気環境基準の改定(2012年2月29日)
今年大気汚染がひどいと感じられるようになった要因の一つに大気環境基準の改定・強化が挙げられる。2012年2月29日、中国環境保護部はパブコメ及び国務院(日本の内閣に相当)の審議を経て新しい大気環境基準を発表した。大気環境基準は1982年に初めて制定され、その後1996年、2000年に改定を行い、今回が3回目の改定で最も基準を厳しくした。一般的な居住地域に適用される2級基準の年平均値で旧基準と比較すると、二酸化窒素(NO2)及び粒子状物質(PM10)の基準値が大幅に強化されたほか、新たにPM2.5の基準値も設定された。
その概要は前回の記事『中国発:数字でみた2013年上半期の中国大気汚染』の表1のとおりである。この新規に設定されたPM2.5の基準達成率が悪く、大気質指数(AQI)【1】の数値も高く出るので、体感だけでなく数字を見ても汚染がひどくなったように感じるわけだ。
実際、2012年の325都市のモニタリングデータを新環境基準に照らして評価し直すと次のようになる(旧基準では二酸化硫黄(SO2)、NO2及びPM10が評価対象。PM2.5は測定されていないので除外)。達成率が50.5%下がり、半分以下になる。
旧基準(現行基準)による達成率 |
91.4% |
新基準による達成率 |
40.9%(50.5%低下) |
この新基準は2016年1月1日から全面施行(全国で適用)されるが、実際には3段階に分けて一部前倒しで実施されている。すなわち、まず2013年1月から全国の主要74都市で新基準に適合したモニタリング(=評価)を開始し(第1フェーズ)、次に2014年1月から環境保全重点都市(全国の113都市が重点都市になっているが、前述の74都市と重複している都市も多くある)や環境模範都市等にも拡大し(合計全国190都市、第2フェーズ)、2016年1月からその他全国の地方都市に拡大して適用する(第3フェーズ)計画になっている。
重点地域大気汚染防止第12次5カ年計画(2012年10月29日)
2011年3月に決定された国民経済と社会発展第12次5カ年計画(2011〜2015年)において、大気汚染対策の拘束性目標(強制目標)として、SO2及びNO2の全国排出総量をそれぞれ8%、10%削減する目標を決定した。SO2はその前の第11次5カ年計画(2006〜2010年)策定時から既に総量削減の対象物質になっており、第11次5カ年計画期間中の5年間で10%削減する拘束性目標が掲げられ、実際には14.29%削減された。その実績の上に立って、第12次5カ年計画ではさらに8%削減を上乗せするとしたものである。NO2は第12次5カ年計画で初めて総量削減の対象物質になった。
この削減計画の実行を具体化するとともに、その他の大気汚染物質も含めた総合的な対策を示すものとして、国務院の批准を経て、2012年10月重点地域大気汚染防止第12次5カ年計画が決定された(実際に発表されたのは12月)。この計画では2015年までに重点地域のSO2、窒素酸化物(NOX)、工業煤じん・粉じんの排出総量をそれぞれ12%、13%、10%削減し、PM10、SO2、NOX、PM2.5の年平均濃度をそれぞれ10%、10%、7%、5%低下させるとしている(図1・2)。京津冀(北京・天津・河北省)地域、長江デルタ地域および珠江デルタ地域についてはPM2.5年平均濃度を6%低下と上乗せしている。そのほか揮発性有機化合物(VOC)やオゾン対策の強化なども入っている。
(注)重点地域として、北京市、上海市、河北省、新彊ウイグル自治区の一部など工業が集積して汚染物質排出量が多く大気汚染が深刻な19の省・自治区・直轄市の132.56万km2(国土面積の13.81%)が指定されている。
重点地域大気汚染防止第12次5カ年計画" data-title="重点地域大気汚染防止第12次5カ年計画における各種汚染物質排出総量削減目標(2015年/2010年)
[拡大図]
【図2】重点地域大気汚染防止第12次5カ年計画における各種汚染物質濃度の低減率目標(2015年/2010年)
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この計画によれば、目標を達成するため8類型の重点プロジェクト(SO2汚染対策447、NOX汚染対策755、工業煤じん・粉じん対策10,073、重点産業VOC汚染対策1,311、ベーパー回収対策281、イエローラベル(黄標)自動車(注:新しい規制基準に適合していない自動車)淘汰188、揚じん総合整理192、キャパシティビルディング122)合計13,369プロジェクトを実施し、これに必要な投資額は3,500億元(1元は約17円)としている。
大気汚染防止十条の措置(2013年6月14日)
河北省の石家庄市では「爆表」が常態化するほど大気汚染が激しい(12月7日)。
上述の重点地域大気汚染防止第12次5カ年計画を発表して一月も経たない2013年1月初旬、中国大陸の広い範囲に渡り激甚な大気汚染が連続して発生した。折しも1月1日から全国の74都市で新大気環境基準の要求に沿ったモニタリングを開始したが、各地で大気質指数(AQI)が上限の「500」を示し、「爆表」【2】という言葉が流行した。
事態を重視した環境保護部等関係省庁は、対策の強化や実施時期の前倒し、追加対策の実施などを含む大気汚染防止行動計画案の策定に着手した。4月の段階で国務院常務会議に案を提出したが却下され、6月14日の国務院常務会議でようやく決定された。この決定内容は「大気汚染防止十条の措置(略称「国十条」)」と呼ばれている。その概要は以下のとおりであるが、具体性に欠けるところがあり、さらに引き続き詳細を詰めることとされた。
(注)以下、各見出しは筆者が付けたもの。
(1)汚染物質排出削減の強化
汚染物質の排出を削減させる。石炭燃焼小型ボイラを全面的に取締り、重点産業の脱硫脱硝除塵の改造を加速する。都市で舞い上がる粉塵対策を実施する。燃料油の品質を引き上げ、イエローラベル自動車を期限内に淘汰する。
(2)生産能力管理の強化
高エネルギー消費・高汚染産業の生産能力新規増設を厳格に抑制し、鉄鋼、セメント、電解アルミ、板ガラス等の重点産業第12次5カ年計画で定める立ち遅れた生産能力淘汰任務を1年前倒しで達成させる。
(3)排出原単位の改善
クリーナープロダクションを大いに推進し、重点産業の主要大気汚染物質排出強度(原単位)を2017年末までに30%以上削減する。また、公共交通を大いに発展させる。
(4)エネルギー構造調整の加速
エネルギー構造の調整を加速し、天然ガス、石炭由来メタン等のクリーンエネルギー供給を拡大する。
(5)省エネ・環境保護評価の厳格化
省エネ環境保護指標の拘束力(強制力)を強化し、省エネ評価、環境影響評価に合格しない事業には、建設着工、用地提供、融資支援、電力・水供給を認めてはならない。
(6)省エネ・排出削減新メカニズムの推進
奨励と強制を組み合わせた省エネ・汚染物質排出削減の新メカニズムを推進し、汚染排出費徴収を強化する。大気汚染防止対策に対する融資支援を拡大する。国際協力を強化し、環境保護・新エネルギー産業を大いに育成する。
(7)法律等の手段の活用
法律・基準を用いて、産業を転換・グレードアップさせる。重点産業排出基準を制定、修正し、大気汚染防止法等法律の改定を提案する。汚染がひどい産業や企業の環境情報を強制的に公開する。重点都市の大気質ランキングを公開する。違法行為に対する処罰を強化する。
(8)重点地域等の対策強化
京津冀(北京・天津・河北省)を含む環渤海、長江デルタ、珠江デルタ等の地域共同対策メカニズムを構築するとともに、人口密集地域と重点大都市のPM2.5対策を強化し、各省(区、市)の大気環境整備目標責任審査体系を構築する。
(9)突発事件緊急対応管理措置の導入
重度汚染の天候を地方政府突発事件緊急対応管理の対象とし、汚染のレベルに拠って重汚染企業の生産制限や排出制限、自動車運行制限等の措置をタイムリーに実施する。
(10)全社会の動員による共同奮闘
全社会の「共通呼吸・共同奮闘」(注:2013年世界環境デーの中国内スローガン)の行動準則を樹立し、地方政府は自ら管轄する地域の大気質に全責任を負い、企業の汚染対策の主体的責任を履行させ、国務院の関係部門は調整して共同で取り組み、節約、グリーン消費方式や生活習慣を提唱し、全国民を環境保護と監督に動員させる。
大気汚染防止行動計画(2013年9月10日)
【図3】大気汚染防止行動計画における粒子状物質濃度の低減率目標(PM2.5またはPM10)(2017年/2012年)[拡大図]
2013年9月10日、国務院は上述の「国十条」を具体化した大気汚染防止行動計画(略称「国十条35措置」)を発表、通知した。十条措置の内容を具体的な35項目に分解して示したものである。この行動計画は今後5年間(2013〜17年)中国大気汚染対策の基本的な方向を示す重要文書になるという。
また、この計画では各地域の環境濃度の改善目標も具体的な数字で示されているのが大きな特徴だ。具体的には次のとおりである。
「2017年に、全国の地区級以上の都市の粒子状物質(PM10)濃度を2012年比10%以上低減し、優良天気日数を年ごとに増やす。京津冀(北京・天津・河北省)、長江デルタ、珠江デルタなどの地域の微小粒子状物質(PM2.5)濃度をそれぞれ25%、20%、15%程度低減し、そのうち北京市の微小粒子状物質の年間平均濃度については60μg/m3程度にする」
地区級以上の都市とは全国300余りの市を指す。また優良天気の日とは主要な大気環境基準6項目(SO2、NO2、PM10、PM2.5、O3、一酸化炭素(CO))をすべて達成した日のことを指す。重点地域大気汚染防止第12次5カ年計画では、北京・天津・河北、長江デルタ、珠江デルタ地域のPM2.5年平均濃度を2015年までに(2010年に比して)6%低下させるとしていたが、本行動計画ではさらに厳しくし、2017年までの5年間で15〜25%程度低減させるとした。注目度の高い北京市では60μg/m3程度にすると具体的に数値を挙げた(図3)。
京津冀(北京・天津・河北省)及び周辺地域大気汚染防止行動計画実行のための実施細則(2013年9月17日)
大気汚染防止行動計画が出されてすぐの9月17日、環境保護部、国家発展改革委員会、工業・情報化部、財政部、住宅・都市農村建設部及び国家エネルギー局は、連名で「京津冀(北京・天津・河北省)及び周辺地域大気汚染防止行動計画実行のための実施細則」を通知した。周辺地域には山西省、内蒙古自治区及び山東省が含まれる。
この実施細則では、2017年までに北京市、天津市、河北省でPM2.5濃度を2012年比約25%(注:大気汚染防止行動計画の目標と同じ)、山西省、山東省で同20%、内蒙古自治区で同10%減少させるという目標を示した。また、北京市についてもPM2.5濃度の年間平均濃度を60μg/m3程度に制御するという目標を再掲している。そして、重点任務を6分類25項目で示している。ここではスペースの関係上見出しだけ紹介しておくが、だいたいの構成は理解していただけると思う。
重点任務
- (一)総合対策を実施し、汚染物質シナジー排出削減を強化する
- 1、石炭小型ボイラを全て廃棄
- 2、重点業種の汚染対策を加速
- 3、面源汚染対策を徹底
- (二)都市交通管理を統一計画し、自動車汚染を防止する
- 4、都市交通管理を強化
- 5、都市の自動車保有量を規制
- 6、燃料油品質の向上
- 7、イエローラベル(黄標)車の廃棄を加速
- 8、自動車の環境保護管理を強化
- 9、新エネルギー自動車を強力に普及
- (三)産業構造を調整し、地域の経済配置を最適化する
- 10、産業と環境の市場参入条件の厳格化
- 11、旧式生産設備の廃棄を加速
- (四)石炭消費総量を抑制し、エネルギー利用のクリーン化を推進する
- 12、石炭消費総量規制の実行
- 13、クリーンエネルギーへの代替を実施
- 14、石炭クリーン利用を全面的に推進
- 15、高汚染燃料使用禁止エリアの範囲の拡大
- 16、高効率でクリーンな熱供給を推進
- 17、空間配置の最適化
- (五)基礎能力を強化し、監視・早期警報と緊急対応体系を整備する
- 18、環境監視キャパシティビルディングを強化
- 19、重汚染天気の監視・早期警報体系を構築
- 20、緊急対応計画の作成
- 21、地域の重汚染天気緊急対応メカニズムを構築
- 22、緊急対応措置の速やかな実施
- (六)組織指導を強化し、監督考課を強化する
- 23、地域協力メカニズムを構築整備
- 24、監督考課を強化
- 25、広く大衆を動員
各地方の大気汚染防止行動計画
国務院の大気汚染防止行動計画の発表、通知と相前後して、各地方でも名称は異なるが、それぞれの地域の行動計画を相次いで発表しているので、いくつかについて簡単に紹介しておきたい。
(1)河北省大気汚染防止行動計画実施方案
9月6日、河北省人民政府と中国共産党河北省委員会は連名で「河北省大気汚染防止行動計画実施方案」を制定し、12日に発表した。2017年までに全省のPM2.5濃度を2012年比25%以上減らし、首都周辺及び大気汚染が深刻な石家庄市、唐山市、保定市、廊坊市、定州市、辛集市ではPM2.5濃度を同33%減らし、邢台市、邯鄲市では同30%、秦皇島市、滄州市、衡水市では同25%以上、承徳市、張家口市では同20%以上減らすとしている。
(2)北京市2013-2017年クリーン大気行動計画
9月11日、北京市人民政府は「北京市2013-2017年クリーン大気行動計画」を決定し、翌12日に発表した。2017年に全市の大気中PM2.5年平均濃度を2012年比で25%以上低減し、60μg/m3程度に制御する目標を掲げた。また、これに先立つ8月23日、この計画の重点任務を84項目に分解し、それぞれの項目について責任を持って実施する機関と責任者を明確にしている。
なお、北京市ではもともと2011年に北京市クリーン大気行動計画(2011〜2015年)を制定し、毎年具体的な実施計画を定めて行っていたが(たとえば、今年3月15日に2013年北京市クリーン大気行動計画を制定)、これをさらに強化する形で定め直した。
(3)天津市清新空気行動方案
9月28日、天津市政府は「天津市清新空気行動方案」を正式に発布し、30日に発表した。2017年までに全市PM2.5年平均濃度を2012年比25%減少させるとしている。10章66項目から構成されている。
(4)上海市クリーン大気行動計画(2013-2017)
上海市人民政府は11月7日付で「上海市クリーン大気行動計画(2013-2017)」を正式に発布した。2017年までにPM2.5年平均濃度を2012年比約20%削減するという目標を掲げた(10月18日に発表していたが、正式発布は11月7日付)。
おわりに
日中大気汚染対策セミナー開会式(右端が筆者)
年末に本格的な冬を迎えて、中国各地の大気汚染も激しさを増している。冒頭でも紹介したが、「爆表」という言葉が流行し、汚染が最も激しい都市の一つである河北省の石家庄市では、「爆表」が常態化している。日本でも今年、「PM2.5」という言葉が浸透し、2013年の流行語大賞でもベストテンに選ばれるなど広く知られるようになった。
このように常態化しつつある中国の大気汚染に対して、日本でも協力の機運が高まりつつある。今年3月には、日本の産業界・経済界が中心になって「中国大気汚染改善協力ネットワーク」を設立し(事務局は日中経済協会)、3月以降数次にわたり中国で説明会やセミナーなどを開催し、民間のビジネスも意識した協力を呼びかけている。また、政府関係では4月に北京で日中大気汚染対策セミナーを開催し、日中両国の地方政府関係者や企業の代表などが参加して大気汚染対策の経験と技術の共有を図った。
さらに環境省では、2014年度予算として「アジア地域におけるコベネフィット型環境汚染対策推進事業(658百万円)」を財務省に要求しており、中国をはじめとしたアジア地域における対策推進に向けた能力構築・体制整備事業の実施を計画しているなど積極的な動きが見られている。
中国の大気汚染対策への協力は、大気汚染の被害にあっても逃げ場のない中国国民の健康保護だけでなく、在留邦人保護の観点からも大切だ。
12月8日未明の米国大使館近くの通り、AQIは爆表寸前(【図4】米国大使館データ参照)