No.226
Issued: 2013.11.08
危機的状況にあるクリーン開発メカニズム(CDM)(松原英治)「開発途上国における排出削減事業の現場より」
2005年に発効した京都議定書(KP)で制度化されたクリーン開発メカニズム(CDM)は、温室効果ガス(GHG)排出削減目標を有する先進国が、途上国で行う排出削減事業からの排出削減量を自国の削減目標の達成に使用する制度です。CDM事業は急速に増加し、これまで14億tCO2近くの排出削減が達成されていますが、京都議定書の第二約束期間(2013〜2020)に入った現在、制度は危機的な状況にあります。パラグアイの植林CDM事業の現場から報告します。
CDMによる持続可能な開発への期待
CDM事業は、先進国が途上国でのGHG排出削減事業に技術提供や投資を行い、事業で得られた排出削減量を炭素クレジット(CER)へ転換し、排出削減目標の達成や市場での取引に供するものですが、第一の目的は途上国の持続可能な開発への貢献とされています。途上国は、民間ベースでの排出削減とCERからの追加収入に期待しました。しかし排出削減事業をCDM事業とするための方法論【1】を満足させることは難しく、①地域的な偏り(中国、インド、ブラジル、メキシコ、ベトナムで80%程度)、②事業分野の偏り(水力・風力などの再生可能エネルギー、工業ガスで80%程度)が顕著となりました。
途上国では、低所得者の多く居住する農村地域の開発が大きな課題の一つです。CDM事業の中でも、農地及び森林へのCO2の吸収・固定を対象とするCDM事業は、排出削減だけでなく、途上国の農村地域への新たな収入源の機会を提供するものと期待されました。とくに中南米諸国は、森林の破壊が最も進んだ地域で、年間排出量の46%が土地の改変(森林破壊等)に由来すると言われ(de la Torre et al. 2009)、多様な機関により植林CDM事業が進められました。
しかし、森林には、①非永続性(森林はいずれ消失してCO2を排出)、②不確実性(CO2吸収量の正確な予測が不可能)、③長期性(森林の成長には長期間が必要)、という特徴があります(森林総研 2006)。また、森林の定義、土地の適格性、土地の権利などの課題があり、植林CDMには他の分野に見られない複雑なルールが設定されました。このため、第一約束期間末(2012年12月)で、植林CDMとして形成された事業94件のうち、CDM理事会に登録された事業は45件、うち炭素クレジットを取得できた事業は6件に過ぎませんでした(http://cdm.unfccc.int/)。
パラグアイの植林CDM事業
(独)国際農林水産業研究センター(JIRCAS)は、小規模農家(所有面積20ha未満の農家)が農家総数の83%を占めるパラグアイにおいて、貧困ライン以下の人口割合が36%を占めるパラグアリ県で、県内の2市、16集落、167戸、240区画、215haを対象とする植林CDM事業を計画しました。植林対象地は、土壌侵食、土壌劣化により荒れた農家の土地です。
植林用樹種は、農家の希望に応じ、早生外来種であるユーカリ2種(Eucalyptus grandis、Eucalyptus camaldulensis)及びシルキーオーク(Grevillea robusta)としました。ユーカリは仮設用材または薪用として使われ、12年で成木となります。シルキーオークは、アグロフォレストリー向けに選定したもので、建築材または家具材として利用され、20年で成木となります。本事業でのアグロフォレストリーは、樹木の植栽間隔を広くとり(5m×4m)、樹間でトウモロコシ等の食用作物を栽培するもので、小規模農家向けです。本事業では、80戸(52ha)のアグロフォレストリーへの参加がありました。
植林CDM事業を計画・実施するに当たり、農家の自己責任を促すため、受益者負担の原則を取り入れ、①事業者はCDM事業化に係る経費を負担、②事業者は苗木を無償配布し、農家への技術指導を実施、③農家は自費で植栽を行い、植林地を管理、④植林地内の樹木からの収益は全て農家が取得、⑤植林地のCO2蓄積量は事業者がCER化し売却資金を集落へ還元、という基本方針としました。CER売却資金を参加農家個人ではなく、集落へ還元することとしたのは、売却資金を個人に配布するより、まとめて集落共通の便益のために使用するほうが、効果的と判断したためです。
植林CDM事業の基本方針をもとに、集落ワークショップにおいて事業内容を集落メンバーに説明し、参加者を募集しました。基本方針は同意書に反映させ、参加農家とは個別に同意書を締結しました。植林は2007〜8年の2年間で計画どおり終了しました。
植林CDM事業の手続きとしては、事業設計書の作成後、審査機関(DOE)による審査、パラグアイ及び日本政府の承認を経て、2009年9月にCDM理事会に登録しました。また、2012年には植林地及び参加農家のモニタリングを行い、モニタリング報告書を作成し、DOEの審査後、2013年8月に6,819t CO2のCERの発行を受けました。
当初、23,500t CO2のCERを計画していましたが、実績が計画の30%弱となった大きな理由は、干ばつや農家の管理不足による樹木の生育不良でした。
パラグアイの植林CDM事業の経済性
小規模農家を対象とした植林CDM事業では、事業の長期性に伴うリスクを回避するため、第1回目のCER発行で取引コスト(CDM事業化からCER取得までに必要な経費)を全て回収することが必要です。パラグアイにおいては、無駄がなかったとして、少なくとも31米ドル/t CO2のCER単価が必要なことがわかりました。これに対して、植林CDM事業のCER単価は、概ね3.8〜5.5米ドル/t CO2の範囲でした(Nakakaawa et al. 2010)。
つまり、パラグアイの植林CDM事業に係る経費は、CER市場価格の6〜10倍となります。これは、多数の小規模農家をまとめて植林CDM事業化するには、作業に多くの時間と経費が必要だったためです。
一方、農家の植林ニーズは高く、受益者負担原則での植林が受け入れられ、苗を植えなかった農家は167戸中6戸(4%)に過ぎませんでした。すなわち、植林を進めるためには、植林CDM事業としなくとも、ODAなどで農民参加のワークショップで事業のオーナーシップを醸成すれば、苗の配布だけで、植林が行われることが実証されました。
CDM事業の危機
2003年に最初のCDM方法論、2004年に最初のCDM事業が登録されて以降、2013年上半期には7,300件弱のCDM事業がCDM理事会に登録されました。CER単価については、世界の炭素クレジットの8割が取引されるといわれるヨーロッパ市場(EU-ETS)では、2008年、30米ドル/t CO2以上の価格がつきました(World Bank 2013)。しかし、CDM事業の登録件数及びCERの供給量の増とともに、CER単価の下落傾向が生じます。2012年には京都議定書の第一約束期間の終了を控え、大量のCERが発行されましたが、欧米及び日本の経済の低迷に次期約束期間の不透明性が加わり、市場では炭素クレジット価格が1米ドル/t CO2を下回る状況となりました(Vivid Economics 2013)。しかも植林CDM事業のCERは、植林の非永続性の特質から期限付きとされ、永続的なCERに比べ低価格で取引されています。
今後の予想としても、第二約束期間には日本、ロシア、カナダが削減目標を提示しなかったこともあり、炭素クレジットの需要が低下したほか、2012年以前のCDM事業からのCERや共同実施事業による炭素クレジット(ERU)の大量流入などで供給量が増大し、2020年までは供給過剰な状態が続くと見られています(図1)。CDM事業の形成には植林以外で2〜4年、植林で3〜5年必要です。しかもCERは排出削減実績によって発行されるため、事業を実施し、モニタリングする必要があり、CERの発行は、CDM事業の計画に着手後、植林以外で5〜7年、植林で7〜9年が必要です。パラグアイの場合は、7.5年を要しました。CDM事業は、短期間で価格が大きく変動する市場メカニズムに適合できず、今後は実施されなくなると推測されます(図2)。
排出量は増加を続ける?
世界銀行によれば、世界のGHG排出量は増加を続け、2009年には320億t CO2に達し、京都議定書が議決された1997年(240億t CO2)の1.3倍となりました(図3)。この状況では、2100年までに、工業化以前の時代と比べた気温上昇は、UNFCCCの目標値2℃に対し、3.5〜4℃になると言われています(World Bank 2013)。
先進国だけに排出削減目標を設定し、途上国には無制限の排出増を許容する京都議定書は、排出削減にほとんど効果がなかったと言えます。Nordhaus(2007)は、量的規制はコスト高で効果がないのに対し、炭素税のように排出に対して課金する方式は低コストで効果的と述べています。我が国では、2012年から化石燃料の利用に対し、地球温暖化対策税を導入しました。この税金は、既存の石油石炭税に上乗せするだけですから、徴税コストの増はないに等しく、その排出削減効果は2020年で6〜24百万t CO2(日本の排出量の0.5〜2.2%)といわれています(環境省)。2010〜11年には、世界全体の土地の炭素のモニタリングだけで63億ドル(6,170億円)が使用されたといわれており(Maslin et al. 2011)、量的規制が高くつくことには驚かされます。
京都メカニズムの限界が明らかとなった現在、世界共通の、国の間で不公平とならない、炭素税を含めた低コストで効果的な排出削減のルール作りが望まれます。
出典
- de la Torre, Fajnzylber P., and Nash J. 2009. “Low Carbon, High Growth: Latin American Responses to Climate Change: An Overview.” The World Bank.
- Maslin, Scott J. 2011. “Carbon Trading Needs a Multi-level Approach.” Nature Vol. 475: 445-447.
- Nakakaawa, Aune J., and Vedeld P. 2010. “Changes in Carbon Stocks and Tee Diversity in Agro-ecosystems in South Western Uganda: What Role for Carbon Sequestration Payments?” New Forest Vo. 40:19-44.
- Nordhaus. 2007. “The Challenge of Global Warming: Economic Models and Environmental Policy”
- 森林総研. 2006. “ロードマップ(道案内解説書)新規植林/再植林クリーン開発メカニズム第1.0版2006年3月.”(独)森林総合研究所
- Vivid Economics. 2013. “The market impact of a CDM capacity fund, Final Report June 2013”
- World Bank. 2013. “Mapping Carbon Pricing Initiatives - Developments and Prospects - 2013”, Carbon Finance Unit at the World Bank
- 【1】CDM方法論
- クリーン開発メカニズム(CDM)プロジェクトの開発に当たっては、プロジェクト設計書(PDD)に、CDMが実施されない場合(ベースライン)のシナリオや温室効果ガス(GHG)排出量を示すこと、またCDM実施時のモニタリング計画について記述することが必要となる。
これらの記述については、CDM理事会によって承認された方法論(通常は、ベースライン方法論及びモニタリング方法論を一対にして構成)を適用しなければならない。
なお、適用可能な承認方法論がない場合は、新たにCDM理事会に方法論を提案することができる。
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記事・図版:松原英治
〜著者プロフィール〜
松原英治 (独)国際農林水産業研究センター 農村開発領域プロジェクト・リーダー
- 1977年
- 農用地開発公団入団、国内の農用地開発事業に従事
- 1982年
- 法改正により海外業務追加、以来、国内事業とともに海外農業開発調査業務に従事
- 1992年
- 国際協力事業団に出向、農業関連の技術協力事業に従事
- 1995年
- 農用地整備公団、緑資源公団、緑資源機構で国内の農用地整備事業、海外事業に従事
- 2008年
- (独)国際農林水産業研究センター 統括調査役
- 2011年
- 農業農村工学会 国際貢献賞
- 2013年
- 現職
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