No.185
Issued: 2010.12.07
中国発:2010年度中国気候変動白書を読む
メキシコ・カンクンでの国連気候変動枠組み条約第16回締約国会議(COP16)を目前に控えた2010年11月23日、中国政府は2010年度中国気候変動白書(正式名称は「中国気候変動対応政策と行動2010年度報告」)を発表した。2008年10月に初めてこの白書を発表して以来、今年で3回目となる。
第1回目の白書は中国語で約1万6千字あまりの内容であったが、今年の白書は付録なしで約4万字の大作になっている。これは中国の気候変動対応が年々充実していることを象徴するものだ。
2010年度中国気候変動白書のポイントをまとめてみた。
気候変動白書発表のねらいは世界に向けた宣伝活動
2008年10月に初めての白書が発表された時、驚くべき事実があった。それは中国語以外に7つの外国語(英語、フランス語、ロシア語、ドイツ語、スペイン語、アラビア語及び日本語)に翻訳され、同時発表されたことだ。これは明らかに世界に向けて中国の気候変動対応を宣伝することをねらったものだ。第2回目以降は中国語と英語のみになったが、いずれもCOP開催直前に発表し、いわばCOPに臨むに当たっての中国の立場と対応を説明する決意表明文書にもなっている。
2009年の発表は中国の二酸化炭素排出削減に関する2020年目標の決定発表と同時に行ったし、今年の白書では「カンクン会議について」と題する1節を特に設け、カンクン会議(COP16)に臨む中国政府の態度を明確にしている。
この白書の発表にみられるように、近年中国政府は気候変動対応に積極的になってきている(表1参照)。もちろんその行動と態度は日本をはじめとする先進諸国に必ずしも十分な満足感を与えるものではないが、世界一の排出大国として「新しい貢献」(白書のことばをそのまま引用)をしようとしている。
年月 | 行動内容(※印は主に国際社会へ向けての行動) |
---|---|
1992年12月 | ※国連気候変動枠組み条約批准 |
2002年8月 | ※京都議定書批准 |
2006年3月 | 国民経済と社会発展第11次5か年計画決定(拘束性目標を初めて設定) |
2007年6月 | 中国気候変動対応国家計画決定 |
2007年6月 | 省エネ・汚染物質排出削減総合業務実施案に係る通知発表 |
2007年10月 | 中国共産党第17回全国代表大会で胡錦涛総書記が初めて積極的対応を表明 |
2007年11月 | 国家環境保護第11次5か年計画決定(温室効果ガス排出抑制を初めて記述) |
2008年3月 | 再生可能エネルギー発展第11次5か年計画決定 |
2008年6月 | 中国気候変動対応省レベル計画プロジェクト始動 |
2008年6月 | 中国共産党中央政治局が気候変動対応に関する学習会を開催 |
2008年7月 | ※洞爺湖サミットで中国の立場を発表 |
2008年10月 | ※初めての気候変動白書(「中国の気候変動対応政策と行動」)を発表 |
2008年12月 | ※COP14で先進国に「2020年までに1990年比で25〜40%削減」を要求 |
2009年5月 | ※「中国政府のコペンハーゲン気候変動会議に関するスタンス」発表 先進国に「全体として2020年までに1990年比で最低40%削減」を要求 |
2009年9月 | ※国連気候変動サミットで胡錦涛国家主席が中国国内の2020年目標を発表 |
2009年11月 | 国務院常務会議で「2020年までに単位国内総生産(GDP)当たりの二酸化炭素排出量を2005年に比べ40〜45%削減」を決定 (※)第2回気候変動白書を発表 |
2009年12月 | ※COP15で強気の姿勢を貫く(途上国に排出削減枠を設けることに反対) |
2010年1月 | ※COP15「コペンハーゲン合意」に基づき中国国内目標(削減行動)を提出 |
2010年5月 | ※緑色経済と気候変動対策国際協力会議を北京で開催 |
2010年8月 | 低炭素省及び低炭素都市モデル業務の実施に関する通知を発表 |
2010年10月 | ※国連気候変動枠組み条約特別作業部会を天津で開催 |
2010年11月 | ※第3回気候変動白書を発表 |
白書の構成
それでは白書がどのような構成になっているか具体的にみてみよう。白書は全体で8章から構成され、これに前書きと結びがついている。章立ては次のとおりだ。
- 第一章 気候変動緩和政策と行動
- 第二章 気候変動適応政策と行動
- 第三章 気候変動対応のキャパシティビルディング
- 第四章 国民の意識と行動
- 第五章 地方の気候変動対応政策と行動
- 第六章 産業別気候変動対応行動
- 第七章 気候変動国際交渉参加の立場と主張
- 第八章 気候変動対応国際交流と協力
この中で特に注目すべき章は第一章である。白書の約3割を占めるこの章は,中国政府がとった主な措置を具体的に紹介した最も重要な部分である。中国の気候変動対応政策を理解する上で核心の部分であるということができる。
第一章(気候変動緩和政策と行動)の具体的内容
1.省エネ目標責任審査の強化
第11次5か年計画で定めた拘束性の目標「単位国内総生産(GDP)当たりのエネルギー使用量を2005年に比して20%程度低下」を達成するため、各地域や各部門は省エネに努力してきた。その結果、2009年には単位GDP当たりのエネルギー使用量は3.61%低下し、4年間の累計で15.61%低下となり2010年末には目標を達成できそうな見込みである(表2参考)。
上述の目標を達成させるため、国全体の目標を各地方に分配して割り当てるとともに、目標任務未達成の地方政府職員を問責する「目標責任制」を制定した。2009年及び10年に31の省級政府(省、自治区、直轄市)及び千の重点企業を対象に目標の達成状況について評価審査した結果、北京市及び天津市の2つの直轄市は既に目標を達成し、湖北、湖南、広西など22省(自治区、直轄市)は目標達成に向けての進み具合は80%以上であった(図1参照)。
また、千の重点企業の過去4年間の省エネ業務は顕著な成果が上がっており、累計で1.32億トン標準炭相当の省エネを実現し、目標達成度は132%に達している。
単位GDP当たりの省エネ実績 | |
---|---|
2006年 | -1.33% |
2007年 | -3.27% |
2008年 | -4.59% |
2009年 | -3.61% |
2009年末までの 累計 |
対2005年比 -15.61% |
2.産業構造の調整促進
工業のエネルギー消費量がエネルギー消費総量に占める割合が特に高いことに鑑み、工業の内部構造調整を実施するとともにサービス産業等の発展を促進することにより省エネを進めた。
具体的には伝統的な製造業(製鉄、非鉄金属、石油化学、電力等)の技術改造等を進めるとともに立ち遅れた生産能力(生産施設)の淘汰を行った(図2参照)。
3.制度、基準及び価格政策の整備
エネルギー効率に関する制度と基準を充実させるとともに、エネルギー価格政策を進め省エネ・エネルギー消費量抑制経済政策を充実させた。たとえば扇風機やプリンターなど9種の製品のエネルギー効率表示実施規則を定め、また、アルミ電解や鉄合金など全国の8種の産業に係る電力価格の上乗せ料金を0.05元/kwhから0.10元/kwhに値上げした。さらに各地方はその実情に応じて上乗せ料金をさらに上積みすることを認めた。
4.重点省エネプロジェクトの実施
十大重点省エネプロジェクトを推進し、過去4年間累計で中央政府の財政資金を287.6億元投入し、1.4億トン標準炭相当の省エネ能力を形成した。
5.省エネ及び省エネサービス産業の発展推進
省エネ及び省エネサービス産業の発展を推進するとともに省エネ・低炭素消費生活様式を推進した。たとえば高効率省エネエアコンを2,000万台近く普及させ(市場占有率80%以上)、また、個人が新エネルギー自動車、排気量1.6リッター以下の小型車、燃費が現行の基準よりも20%程度良いガソリン乗用車及びディーゼル乗用車を購入する場合は補助金(3,000元)を出した(注:1元は約13円)。
6.グリーン低炭素エネルギーの発展
再生可能エネルギーや原子力発電など低炭素エネルギーの発展を推進した。2010年4月には改正後の再生可能エネルギー法を正式施行し、再生可能エネルギー発展基金を設立し、風力発電、太陽エネルギー等の再生可能エネルギー全額買取制度及び優先調達弁法を制定し、再生可能エネルギーの発展を法律的に支えた。
特に風力発電プロジェクトの発展は迅速で図3のように毎年装置容量が倍増している。
7.森林の炭素蓄積能力の増加
植林、森林保護及び生態環境の改善を推進し、炭素蓄積能力を増加した。2009年6月に中央政府としては初めての林業業務会議を開催し、林業が気候変動対応の中で特殊な地位にあり、気候変動に対応する上で林業の発展は戦略的選択であることを明らかにした。
2009年11月には国家林業局が「気候変動対応林業行動計画」を発表し、林業発展計画の3段階目標(全国森林被覆率に関する目標として2010年20%、2020年23%、2050年26%以上)と22の主要行動を確定した。
8.国家低炭素省区及び低炭素都市モデル業務の実施
2010年7月(注:実際に発表されたのは8月)、国家発展改革委員会は「低炭素省区及び低炭素都市モデル業務の実施に係る通知」を発表した。これは中国が温室効果ガス排出抑制に係る2020年行動目標を実現するための重要な措置である。
各地域の特徴と分布を勘案して5省(広東、遼寧、湖北、陝西、雲南)及び8都市(天津、重慶、深セン、アモイ、杭州、南昌、貴陽、保定)でモデル業務を実施することを決定した。具体的には以下の5つの業務を実施する。
- (1)低炭素発展計画の作成
- (2)低炭素型発展の支援に関する政策
- (3)低炭素排出を特徴とした産業体系の速やかな構築
- (4)温室効果ガス排出に関する統計データ及び管理体制の構築
- (5)低炭素型ライフスタイルと消費モデルの形成
第二章以下の内容
第二章以下の内容について簡単に紹介しておく。
1.第二章 気候変動適応政策と行動
農業、水資源、海洋、衛生健康及び気象の各分野で具体的にどのような対策を講じたか、簡単に紹介している。
2.第三章 気候変動対応のキャパシティビルディング
気候変動対応のためには各方面のキャパシティビルディングが必要であるとし、法律体系、管理体制、インフラ整備、情報整備、科学技術等各方面でのキャパシティビルディングを強化したとしている。
3.第四章 国民の意識と行動
政府やNGOが積極的に行動し、メディアや国民も広く参加して広報・教育活動を実施してきたことを具体的な例を挙げて紹介している。2010年に上海で開催した万国博覧会は低炭素万博を実行したと紹介している。
4.第五章 地方の気候変動対応政策と行動
この章は第一章の内容と多少関係している。全国の省で気候変動対応のための指導者組織と業務組織を設立し、各省の気候変動対応計画及び関連する計画の作成作業、クリーン開発メカニズム(CDM)プロジェクト業務、気候変動対応のキャパシティビルディング、気候変動分野の国際協力の指導などを実施したとしている。
5.第六章 産業別気候変動対応行動
工業分野はエネルギー消費の重点分野であり、2009年以来重点産業において立ち遅れた生産能力の淘汰、省エネ・汚染物質排出削減の実施、技術進歩の加速、管理制度の改革、一連の産業規則の制定などを行い、顕著な成果を上げてきたとしている。そして、電力業、製鉄業、石油化学工業、建材業、非鉄金属業、建築分野及び交通分野で講じた措置について具体的に紹介している。
6.第七章 気候変動国際交渉参加の立場と主張
これも毎回同じような内容だが、積極的かつ建設的に国際交渉に参加したとし、その主張のスタンスに触れている。また、COP16に臨むスタンスを紹介している。
7.第八章 気候変動対応国際交流と協力
国際対話に積極的に参加し、各国、国際組織、国際研究機構との実務的な協力を広範に展開してきたことを紹介している。また、CDMプロジェクトの実施とそのメカニズム改革を促進してきたと紹介している。2010年10月末現在、2,732のCDMプロジェクトが国内で認可され、そのうち1,003のプロジェクトが国連CDM理事会に登録されている。これらプロジェクトの実施による年間の二酸化炭素削減量は2.3億トンに達し、世界全体の60.8%を占めるに至っていると紹介している。
今後の行動の行方
中国は2007年に初めて米国を抜いて世界一の温室効果ガス排出大国(世界全体の排出量の21%)になったが、2008年にはさらに排出量が増加し、世界全体の排出量の22%を占めるに至っている。白書でも各種の講じた措置が強調されているが、平均で10%近い経済成長を続けている状況下において、中国が二酸化炭素排出総量を減少に転じることは容易ではなく、今後しばらくの間はこの増加傾向が続くであろう。
第一章の1.で省エネ目標責任審査の強化について紹介したが、一部の地方ではこの省エネ排出削減目標を達成するため、強権的に電力制限をかけ、市民生活に不便さをもたらしている。これを見かねた国務院弁公庁は、2010年11月23日に『国務院弁公庁:住民生活用電力と正常な発電・電力使用の秩序確保に関する緊急通達』を公布し、各地方に対して影響を受ける住民生活など重点利用者への電力供給を速やかに回復し、電力網スケジューリングと発電活動への違法な関与を禁じた。
中国では「上に政策あれば下に対策あり」といわれるように、過度に締め付けるとごまかしや違法な行為が行われるようになる。国際社会が中国に対して温暖化防止に対する強い措置を期待するのはよいが、本当に効果を上げるためにはその限度を見極めながら着実に行動することが、長期的には持続可能な発展につながっていくと思うがどうであろうか。
関連情報
- 中国気候変動対応政策と行動2010年度報告(中国語)
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図表・記事:小柳秀明
〜著者プロフィール〜
小柳秀明 財団法人地球環境戦略研究機関(IGES)北京事務所長
- 1977年
- 環境庁(当時)入庁、以来約20年間にわたり環境行政全般に従事
- 1997年
- JICA専門家(シニアアドバイザー)として日中友好環境保全センターに派遣される。
- 2000年
- 中国政府から外国人専門家に贈られる最高の賞である国家友誼奨を授与される。
- 2001年
- 日本へ帰国、環境省で地下水・地盤環境室長、環境情報室長等歴任
- 2003年
- JICA専門家(環境モデル都市構想推進個別派遣専門家)として再び中国に派遣される。
- 2004年
- JICA日中友好環境保全センタープロジェクトフェーズIIIチーフアドバイザーに異動。
- 2006年
- 3月 JICA専門家任期満了に伴い帰国
- 2006年
- 4月 財団法人地球環境戦略研究機関(IGES)北京事務所開設準備室長 7月から現職
- 2010年
- 3月 中国環境投資連盟等から2009年環境国際協力貢献人物大賞(International Environmental Cooperation-2009 Person of the Year Award) を受賞。
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