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No.136

Issued: 2008.01.24

シリーズ・もっと身近に! 生物多様性(第7回)『観光と生物多様性』

目次
観光と生物多様性:生物多様性条約の自主的なガイドライン
CBDの決議
国際機関・各国政府・NGOの動き
産業界の試み
まとめ

 生物多様性によって支えられている人間活動の最たるものの一つとして、「観光」があります。多様で多彩な地域固有の景観や生態系、文化などを求めて、あるいは魅入られて、人は旅をするといえます。また一方で、異文化に触れ、そこでの景観や生態系を肌身で感じる経験が、身近な自然や普段の生活を見直す契機になっていくのかも知れません。
 生物多様性条約では、過去3回の締約国会議において、「観光」をテーマに議論され、決議が行われてきました。生物多様性の保全やその持続可能な利用にとって、「観光」によるプラス・マイナス両面の影響が大きな注目を集めると同時に、市民や民間セクターの協力が及ぼす効果が期待されています。
 今回は生物多様性と観光との関係について取り上げていきます。

観光と生物多様性:生物多様性条約の自主的なガイドライン

 観光地までの移動手段や訪問者数、また訪問者が持ち込み排出するごみの量と質など、「観光」が現地の生態系に及ぼす影響は小さくありません。そうした影響を低減し、持続可能な観光を行っていくための議論や試みが、国内外で活発に行われています。
 一方で、観光によって得る実体験が、生物多様性保全の必要性を切実に感じるきっかけになると、観光による生物多様性や環境の保全への効果が積極的に評価されることもあります。
 生物多様性条約の枠組みでは、自主的なガイドラインを設けています【1】。その中で、以下の4つのステップが提案されています。

ステップ
1. 計画目標・ゴール
2. 評価・意思決定影響評価・影響の管理と緩和・意思決定・通達
3. 実施実施
4. 順応的管理モニタリング・順応的な管理
全過程を通じて:参加  基礎データの収集  規制と管理

表1 観光開発と生物多様性に関するCBDガイドラインの4ステップ:ユーザーマニュアル(9ページ)より

 ステップ4の「順応的管理(英語ではアダプティブ・マネジメント)」は、生物多様性条約において全体を貫くエコシステム・アプローチのという方針の中心的な概念です。"Doing by Learning"(実施をしながら状況をみて学習し、軌道修正をしていく)とも言われ、複雑で時間とともに変化する生態系に対して最初からきっちりとした計画に基づいて管理をするのは事実上困難なことから、状況の変化により臨機応変に管理計画や手法を修正していくという姿勢です。これに欠かせないのが、地域住民や利益団体の参加と情報の提供です。
 これらの4つのステップは、各1度きりで終えるものではなく、モニタリングとその結果を受けた計画の修正、再評価、それらにもとづく実施を螺旋状のサイクルとして繰り返すように設計されています。一連のサイクルでは、一貫して地域の参加の確保、基礎データの収集、利用規制などを行なっていく必要があります。
 この他、先住民族の文化や伝統的知識の尊重と保存・維持(8j項)、また環境影響評価に生物多様性の要素を組み込むためのガイドラインなどがあります。

CBDの決議

 生物多様性条約(CBD)の締約国会議(COP)では、「観光と生物多様性」を横断的課題として、2000年のCOP5(ナイロビ)、02年のCOP6(ハーグ)、04年のCOP7(クアラルンプール)において議論され、決議が行なわれました。
 ケニアのナイロビで行なわれたCOP5では、観光と生物多様性の関連性について主要な2項目を網羅しています。一つは、観光が生物資源を持続可能な形で利用していくための役割について、もう一つは観光が生物多様性に与える潜在的な影響についてです。1997年時点で4430億ドルの国際観光収入という世界観光機関による統計値などを引用して、観光の経済規模、雇用、社会的な影響力の大きさと伸びに触れています(参考値:2006年時点では5750億ドル)。
 地域社会との関わりから、アジェンダ21への言及も目立ちます。また、潜在的な影響としては、先住民族や地域社会や、自然資源と植生、海洋・沿岸域や内陸水の循環を変容させてしまうことに対するリスクが列挙されています。
 COP6では、2年間の経過報告や新しい動向についての短い決議となっています。
 COP7では、COP5までの実施状況を踏まえ、前述の自主的なガイドラインを採択する決議をしています。生物多様性国家戦略や地域計画のデータを含む社会・経済・環境分野の基礎データの重要性を強調しつつ、4つのステップについて記述しています。

国際機関・各国政府・NGOの動き

 観光と生物多様性保全を両立させるには、政府機関、NGO、企業、市民の国内外での協力が欠かせません。そして、実際にさまざまな協力関係が築かれつつあります。また政府機関内でも、縦割りのセクターを越えて、観光と農業などの地域開発・計画とをすり合わせていくことが重要となります【2】
 国連機関と国際NGOが協力した一例として、2003年にUNEPコンサベーション・インターナショナル(CI)が発表したレポートがあります。観光が生物多様性に及ぼす影響を地図上に示すもので、持続可能な観光開発に向けたガイドラインなども提示しています【3】

産業界の試み

 本シリーズの第6回では、企業活動における商品とサービスが生態系サービスに大きく依存していることに触れました【4】
 観光業界でも、事前の準備から移動、宿泊、食事といった現地での行動などさまざまな場面で生態系サービスとの関わりが見られます。ここでは、航空業界とアウトドア製品業界の取り組みを紹介します。

・航空業界
 航空業界では、温室効果ガスの排出削減の取り組みが注目されています。エンジンや機体の効率化による排出量の削減、飛行機の就航に伴って排出される二酸化炭素の相当量を吸収するカーボンオフセットの植林サービスへの寄付などがあります。また、機内やラウンジでは生物多様性への配慮がされたレインフォレスト・アライアンス認定【5】のコーヒーを提供する航空会社もあります。写真のコップには、「今、お客様が飲まれている当社(KLM)提供のコーヒーのうち、少なくとも30%はレインフォレスト・アライアンス認証のコーヒー豆から得られたものです。認定のプランテーションは高品質であるだけではなく、野生生物の保全と農園従事者の労働・生活環境の改善にコミットしたものとなっています」という解説文【6】
 2008年1月現在、コーヒー製品だけでも、688社がレインフォレスト・アライアンスの認証を取得しているとデータベースに記載されています。コーヒーだけでなく、マンゴやグアバ、ココア、花、紅茶などの製品でも認証が行なわれています。


機中で生物多様性に配慮したコーヒーを:旅の隅々にまで環境問題への対処が問われています。生物多様性にも配慮したレインフォレスト・アライアンス認証のコーヒーをANA、アセアナ航空、KLM社などが提供。

・アウトドア産業
 マウンテン・エキップメント・コオプ(Mountain Equipment Co-op)というカナダのアウトドア関連製品の販売店で最大手の生協組織チェーンは、カナダ全土でメック(MEC)の愛称で親しまれています。このMECによる、環境(特に生物多様性)の保全に関連した試みには、製品の原材料を環境や持続可能性、人権などに配慮したものを選んでいること、販売時には生分解性プラスチックでつくったレジ袋を配備していること、消費者が使い古して不要になった製品を回収してリサイクルを行っていることなどがあります。その他にも、以下のような取り組みがあります。
・売上げの1%をカナダの環境保全の活動に寄付
・建物のデザインの工夫(天然光の有効活用、雨水をトイレで利用)
・販売店での3Rの推進(自社商品の回収と再利用)
・観光と生物多様性に関する展示

生物多様性の環境学習コーナー(パソコンも利用して分類学の勉強やバーチャル観光)

生物多様性の環境学習コーナー(パソコンも利用して分類学の勉強やバーチャル観光)

自社製品の回収と再利用

自社製品の回収と再利用

天然光を利用した建物のデザイン

天然光を利用した建物のデザイン

まとめ

 観光には、余暇を過ごす人の流れに加えて、季節・気候や生態系など自然状況の変化など、流動性の高い要因が包含されます。人口増加や移動機関の発達などに伴って、観光による経済規模、社会的な影響、環境へのインパクトは著しく増大してきています。生物多様性条約などの国際政治の場でも緊急の課題として扱われています。
 国連機関とNGOの取り組みでは、観光による生物多様性に与えるインパクトを地図上に示して、観光をする一般の人々にわかりやすい情報の提供を工夫しています。行政の取り組みの中では、農業や漁業など地域のセクターと、観光と生物多様性との関係が鍵となっている様子がチリの事例などに伺えます【2】。日本でも、人為的な関わりのなかで成り立ってきた里地・里山の景観と自然を維持・保全するために、人の関わりを復興することが重要と指摘されています。
 今日、企業のCSR事業や環境保全活動でも、生物多様性の保全をテーマにした活動が数多く見られるようになってきました。特に観光の分野では、自然環境や生態系との深い関わりという特性もあって、移動時の環境影響や装備品等の購入に際しての配慮など、独自の展開が工夫されています。また、エコツーリズムグリーンツーリズムなど旅自体における環境や自然、地域文化への配慮と支持・支援もあります。エコに対する基準の選定や指標化など、活発な議論が交わされています。
 さまざまな団体が、地域からグローバルな次元で、時には緊張をはらみながら、どのように協力体制を発展させていくのか、今後の展開から目が離せません。

【1】観光開発と生物多様性に関するCBDガイドライン(英語のみ)
観光開発と生物多様性に関するCBDガイドライン(英語のみ)
CBD Guidelines on Biodiversity and Tourism Development(ガイドライン)
【2】観光開発と生物多様性に関するCBDガイドライン ユーザーマニュアル(英語のみ)
http://www.cbd.int/tourism/guidelines.shtml
Managing Tourism & Biodiversity(ユーザーマニュアル)
※観光と農業計画との関わりについて、ユーザーマニュアル p.19「チリの事例」に見られます。
【3】EICネット 環境ニュース
UNEP 観光と生物多様性に関する包括的なレポートを発表
【4】EICピックアップ 第134回
シリーズ・もっと身近に! 生物多様性(第6回)生物多様性への民間セクターの参画:事業の持続性、世界の安定のために
【5】レインフォレスト・アライアンス(日本語・英語)
レインフォレスト・アライアンス(日本語)
レインフォレスト・アライアンス(英語)
【6】コーヒーと保全:
KLM社が熱帯雨林保全に配慮したコーヒーを採用(英語のみ)
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記事・写真:香坂玲

〜著者プロフィール〜

香坂 玲

東京大学農学部卒業。在ハンガリーの中東欧地域環境センター勤務後、英国UEAで修士号、ドイツ・フライブルク大学の環境森林学部で博士号取得。
環境と開発のバランス、景観の住民参加型の意思決定をテーマとして研究。
帰国後、国際日本文化研究センター、東京大学、中央大学研究開発機構の共同研究員、ポスト・ドクターと、2006〜08年の国連環境計画生物多様性条約事務局の勤務を経て、現在、名古屋市立大学大学院経済学研究科の准教授。

※掲載記事の内容や意見等はすべて執筆者個人に属し、EICネットまたは一般財団法人環境イノベーション情報機構の公式見解を示すものではありません。