No.134
Issued: 2007.12.20
シリーズ・もっと身近に! 生物多様性(第6回)『生物多様性への民間セクターの参画:事業の持続性、世界の安定のために』
日常の活動で、生物多様性の動向にもっとも大きな影響を及ぼすのが、民間セクターの活動です。生物多様性の保全や持続可能な利用に、より積極的に参加することが国際社会において求められています。生物多様性や生態系サービスは、企業自らの存在基盤であると同時に、世界の貧困層が依存する糧にもなっています。
こうした現実的課題を受けて、2006年3月に開催された第8回生物多様性条約締約国会議(COP8)では、民間セクターの参画に関わる決議が初めて採択されました。今、ガイドラインの作成、生物多様性国家戦略への寄与など具体的な項目を着実に実践していくことが求められています。
生態系サービスと企業活動
人間を含めた地球上のすべての生命にとって、生物多様性はかけがえのない価値と多彩で重大な機能を有しています。そもそも生命の存在そのものが生態系、水や空気の物質循環に依存しています。企業活動においても、生産、流通、販売などさまざまな局面で生物多様性との深い関わりがあります。
シリーズ第1回でも紹介したように、「ミレニアム・エコシステム・アセスメント(Millenium Ecosystem Asseccment)」では、生態系に由来する人類の利益となる機能(生態系サービス)を4つに分類しています。以下、これらの機能分類に沿って、企業活動と生物多様性との関わりを整理してみます。
すべての企業活動は、「サポート」機能に依存しています。食料品や衣料品を扱う企業であれば、その原材料は生態系サービスの「供給作用」から得ていますし、原材料の安定的な供給には、害虫や気候変動などの影響を抑える「緩和作用」が関係してきます。食品や薬品や化学製品の開発に際して、遺伝子資源の「供給作用」が歴史的に大きな役割を果たしてきました。アオカビは薬品としてのペニシリンの開発に決定的でしたし、お酒やチーズなどの身近な食品も遺伝子資源の安定的な供給が必要です。アウトドア製品の会社であれば、生態系が提供するレクリエーションや美しい風景など「文化的効用」が産業を成り立たせています。
企業活動にとって生物多様性が重要な理由
企業活動と生物多様性との関わりについて、企業の側で共通しているのは、「企業の活動の持続性を確保する上で、生物多様性は不可欠である」という認識を土台にしている点です。
生物多様性と民間セクターについては、多方面から議論がなされています。環境や生物多様性への関与は、企業にとって義務や社会的貢献の一環であるとする倫理的な側面もありますし、同時に企業にとっても投資の対象であったり企業価値のベースとなる経済的な側面もあります。企業内では、従業員のモティベーション向上や意識啓発、福利厚生にも深く関わってきます。
企業の社会的貢献やビジネスと生物多様性の関係性についてのセミナーが開催されたり、書籍の発行、雑誌の特集が組まれて、原料の調達、流通、マーケティングなどの専門的な領域にまで、議論は広がりを見せています(関連リンク参照)。
根底にあるのは、企業も社会やその基盤となる生態系の中で存在していく以上、生物多様性と、生物多様性がもたらす生態系サービスを保全し、持続可能な利用をしていかなければならないということで、これが企業の社会的責任(CSR)の枠組みの中で認識されています。
国際機関や、政府、非政府組織(NGO)でも、民間セクターが生物多様性の動向にもっとも甚大な影響力を持ったアクターであるとしてみなしており、生物多様性の保全、持続可能な利用、遺伝子資源からの利益の配分は、企業の活動抜きには語れないと認識しています。
生物多様性と高い貧困層の依存度
人類は、豊かな生物多様性に基づく生態系サービスに生活の基盤を依存しています。その依存度合いは、世界的に貧しい層であるほど大きくなっています。企業活動による生物多様性への影響は、世界の最貧困層(通常、1日1〜2米ドル以下の収入)と呼ばれる多くの地域住民に対して直接的な影響を与えています。世界銀行によると、8億人以上にものぼる世界の貧困層の7割が地域社会(rural areas)で生活しており、5億人以上の最貧困層の人々が生活を何らかの形で森林資源に依存しています。生き残っている陸地の生物多様性の8割が森林地域にあるとも言われ、貧困層と生物多様性が隣り合わせであることがわかります。
最新の世界銀行年次報告2008では、「農業と開発」をテーマとしており、農業に依存する貧困層が多い割には援助などが少ないという実態を描いています。
生物多様性に依存する貧困層の生活手段の確保による、安定した国際社会の実現は、企業にとっても重要な要素です。特に、日本のように貿易を盛んに行なっている国にとって、国際社会の安定はきわめて重要です。
生物多様性条約 民間セクターに関する決議(VIII/17)の概要
2006年3月に採択された、企業を中心とする民間セクター(private sector)に関連する決議(VIII/17)。冒頭部で民間セクターの参画がもっとも遅れている分野の一つであると指摘し、民間セクター参画の重要性、期待される貢献や役割、企業の関わり方などの内容が盛り込まれています。
COP8の決議VIII/17では、民間セクターの参画が不可欠な理由として、以下を列挙しています。
(a)民間セクターの参画がおそらくもっとも遅れているが、日常の活動においてビジネスと産業は生物多様性に大きな影響力がある。模範的な実践を採択・促進していくことは、条約の2010年ターゲットに対して相当な貢献ができる
(b)民間セクターは政治及び世論に対する影響力も大きく、条約を広める上でも鍵となる
(c)生物多様性に関する知識と技術の蓄積と、より全般的なマネジメント、研究開発、コミュニケーションの能力が民間セクターにはあり、条約の実行面でも活躍が期待できる
決議内容の議論のプロセスでは、欧州連合(EU)が、先進国から発展途上国などへの技術移転の分野で特に期待を表明しています。
2010年までの目標達成に向けて、具体的に民間企業が条約の枠組の中で貢献できる分野として、特に以下の項目が列挙されました。
(a)民間セクターに関係が深い分野における、生物多様性関連のツール、ガイダンス、基準
(b)意思決定に組み込むという目標のための生物多様性とエコシステムのサービスの価値を評価するツール
(c)条約の目的に合致する形で、生物多様性のためのオフセット・ガイダンス
(d)産業基準、認証スキーム、ガイドラインの中に生物多様性を組み入れていくためのガイダンス
(e)民間セクターのために条約のガイドの作成
(f)各国のニーズや状況に合わせて、民間セクターが参画していくための締約国向けガイダンス
共通の基準や行動規範の設立を求める項目が目立ちます。オイルパームなどの農業分野や、アルミの採掘など鉱業分野において、企業活動が及ぼす生物多様性への悪影響を抑え、保全に貢献していくための行動規範が誕生しています。
決議では、生物多様性条約に民間セクターが関わっていく方法についても、以下の4つパターンを列挙しています。
・生物多様性国家戦略(NBSAP)の策定プロセスにおいて
・約締約国会議(COP)、科学技術助言補助機関(SBSTTA)と生物多様性の関連会議の参加を通じて
・自らの操業活動の基準、ガイドラインの開発と実践によって
・経営戦略や事業運営の中で、生物多様性と事業の関わりについて意思決定していくことで
欧州委員会・欧州連合理事会・IUCN共同開催 リスボンの会合
民間セクターと生物多様性が直面する課題への対処を議論するため、ビジネスと生物多様性に関するハイレベル会合が2007年11月に開催された。場所は、EUの議長国ポルトガルの首都リスボン。リスボンは、2000年3月に欧州理事会が「リスボン戦略」と呼ばれる経済・社会政策の目標を掲げた地でもある。この戦略の目標は、「より多い雇用とより強い社会的連帯を確保しつつ、持続的な経済発展を達成し得る、世界で最も競争力があり、かつ力強い知識経済となること」としており、社会・経済・雇用を三本柱とする、経済成長を謳っている。
今回の会合でも、生物多様性への貢献と競争力の確保が両立すること、戦略的にメリットがあることなどが確認され、生物多様性がリスボン戦略という欧州全体の経済戦略の文脈の中で議論された。
関連情報
- 生物多様性条約 民間セクターに関する決議(VIII/17)
- 生物多様性JAPAN(Biodiversity Network Japan) 冊子「ビジネスと生物多様性」
- 日経エコロジー(2007年2月号) 特集「本業で問われる生物多様性」
- 名古屋市中小企業情報センター「生物多様性とビジネス」
- Forests & Forestry (世界銀行)
- World Development Report 2008: Agriculture for Development (世界銀行)
- 【関連セミナー】欧州委員会・欧州連合理事会 EU議長国ポルトガル開催 会合:ビジネスと生物多様性 - 欧州 - 2007年11月
- 【関連セミナー】生物多様性JAPAN(Biodiversity Network Japan)「ビジネスと生物多様性」
- 【関連セミナー】環境パートナーシップオフィス(EPO)/地球環境パートナーシッププラザ(GEIC)CSR連続セミナー 生物多様性シリーズ第1回「食品業界と生物多様性」
EICネット 環境ニュース:CSR連続セミナー第1回「食品業界と生物多様性」開催へ
EICネット 環境ニュース:CSR連続セミナー第2回「建設業と生物多様性」開催へ
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記事:香坂玲
〜著者プロフィール〜
香坂 玲
東京大学農学部卒業。在ハンガリーの中東欧地域環境センター勤務後、英国UEAで修士号、ドイツ・フライブルク大学の環境森林学部で博士号取得。
環境と開発のバランス、景観の住民参加型の意思決定をテーマとして研究。
帰国後、国際日本文化研究センター、東京大学、中央大学研究開発機構の共同研究員、ポスト・ドクターと、2006〜08年の国連環境計画生物多様性条約事務局の勤務を経て、現在、名古屋市立大学大学院経済学研究科の准教授。
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