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No.104

Issued: 2006.08.24

人間は自然に内包される「第3回大地の芸術祭・越後妻有アートトリエンナーレ2006」

目次
公共事業としての側面
育ってきた住民の参加意識
第3回芸術祭の作品
人と自然の格闘の証「瀬替え」を作品化した“農舞楽回廊”
取組みの深まりと広がり

 新潟県十日町市と津南町で、里山の風景などを舞台にした「大地の芸術祭・越後妻有アートトリエンナーレ2006」が開催されています(会期:2006年7月23日から9月10日)。
 世界の第一線で活躍している国内外の現代美術のアーティストに里山を舞台に作品を制作してもらう、世界的に見てもスケールが大きいアートイベントで、3年ごとに開催されてきました。2000年の第1回、2003年の第2回に続き、今回が3回目の開催です。40の国と地域から約200組のアーティストが参加し、330点以上の作品が展示されています(第1回・第2回に制作され、恒久設置されている作品を含みます)。
 アートイベントですが、第1回から「人間は自然に内包される」というコンセプトを中心に据え、作品を通じて人と自然の関わり方を考える場を提供しているという点では、優れた環境教育の場としても機能していると思います。

公共事業としての側面

 「大地の芸術祭」は、会期中に美術作品を展示するイベントですが、スタート時点の企画の主眼は芸術祭の開催そのものではありませんでした。新潟県が県内を14の広域行政圏に分けて1994年に立ち上げた、各地域の地域づくりプロジェクト「ニューにいがた里創プラン」。これに基づく十日町周辺地域の事業「妻有アートネックレス事業」として始まり、アートを活用した公共施設の整備と、まちづくりの「プロジェクト成果発表」の機会としての「大地の芸術祭」でした。このため、特に第1回、第2回の芸術祭で制作されたアート作品には、宿泊施設、教育施設、町のサイン、公衆トイレなど公共施設としての役割を兼ねるものが多くありました。
 総合ディレクターを務めることになった北川フラムさんは、「アパルトヘイト否!国際美術展」、水俣の映画に関する出版など、社会問題とアートをつなげる事業に多くの実績がありますが、それだけに、大地の芸術祭の公共事業としての側面に当初から意識的だったようです。第1回の公式ガイドブックの中で「公共事業をできうる限りその場限りのものでない、住民が参加できる、将来の地域展望に近づいた、その総和が発進力を持つもので進めたいと考えた」と書き、「公共事業はどのようにあるべきか」という問いかけをしていたのが印象的です。
 公共事業としての側面を意識したことが、「人間は自然に内包される」という環境配慮に通じるコンセプト設定にもつながっていると思います。

■妻有地域

芸術祭の舞台となっている妻有地域の範囲は、新潟の十日町市と津南町の760平方キロメートル。05年4月の合併前には十日町市、川西町、津南町、中里村、松代町、松之山町を含んでいました。東京23区や琵琶湖がすっぱり入ってしまう広さですが、人口は約7万4,747人(18年7月1日現在の住民登録数)、65歳以上が人口4分の1を占める過疎高齢化地域。新潟県中越地震の被災地でもあります。

魚沼米で有名ですが、良い米がとれる要因となっているのは寒暖の差が大きい盆地の気候。夏が暑い一方、冬は日本有数の豪雪地帯となります。

芸術祭では、広大で美しい里山風景の中に作品が点在する展示方法がとられています。


「美人林」と呼ばれているブナ林
(松之山・松口)。

田んぼとウドの花(松代・室野)。


育ってきた住民の参加意識

 自然環境に対する姿勢に加え、この芸術祭の重要な特徴として「住民参加」があげられます。第1回目から作品の制作、設置、管理などに、地元住民が協力していますが、回を追うごとに、協力する人が増え、積極的になってきた様子が目に見えて感じられます。
 第1回開催時には、地元の人に芸術祭を見に来たというと「そんげなイベントもあったね」と、どこか他人事のような反応をする人が結構いました。それが第2回の時には、住民の方々から声をかけてもらう機会が増え、今回の第3回では、作品の制作や管理にボランティアとして積極的に関わろうとしている住民の方にお会いする機会が増えました。
 全国から多くの人(第1回には16万人、第2回には20万人)が妻有を訪れた実績が認識されたとか、芸術祭の趣旨が徐々に浸透してきたということもあるでしょうが、「手伝った作品が形になる、さまざまな人と知り合える機会ができる、お客さんに喜んでもらえる」といった楽しさを住民自身が実感するようになったことが変化の一番の理由ではないかと思います。

■こへび隊

【ロゴマーク】

芸術祭のボランティアサポートスタッフは、地域住民以外に首都圏を中心とした他地域からの参加者も数多く活躍しています。
受け持つ仕事は、作品制作サポート、アート管理、広報、イベント企画・運営、グッズ開発・販売、来場者に向けインフォメーションツアーガイドなど多岐にわたっており、10〜70代まで年齢もさまざま。ロゴマークにちなんで「こへび隊」という愛称がつけられています。


松之山・上蝦池集落の方々が観客をもてなすために設けた休憩コーナー。山百合は集落のおじさんが山に入って採ってきた野生のもの。無料でお茶もいただけます。


第3回芸術祭の作品

 2006年に見ることができる作品で、環境問題へのつながりからも興味深いものをいくつか紹介します。「人間は自然に内包される」というコンセプトがどのように活かされているか考えながら鑑賞してみてください。


■「繭の家−養蚕プロジェクト」古巻和芳+夜間工房(設置場所:松代・蓬平)

 「空き家プロジェクト」による作品の一つ。
 養蚕農家だった古民家を再生しています。1階には集落の人が育てた繭や養蚕の道具が作品として展示され、この地域の生活の歴史を偲ぶことができます。2階では一転して繭を素材にしつつ非日常的なイメージの空間が提示されています。

プロジェクトのために集落の人が育てた繭の一部。網状のものは養蚕の道具。1万匹の蚕を育てました。

2階展示作品の1つ。暗闇の中に置かれた古い長持ちの蓋をあけると、純白に輝く造型が現れます。


■TIRAMISU3 持ち上げて−行ったり来たり マーリア・ヴィルッカラ(松代・桐山)

家に足を踏み入れると、空気の密度が変わったような気がします。

 フィンランドの女性作家が手がけた「空き家プロジェクト」による作品。
 この家に残っていた道具類(自然物が素材)を利用して空間を構成するとともに、作家のこれまでの作品の要素を空間の中に滑り込ませています。もと住んでいた家族が子ども用に一時家の中に作っていたブランコを再現したスペースが印象的でした。


■「脱皮する家」日本大学芸術学部彫刻コース有志(松代・峠)

丹念な彫り込みによる質感が圧巻です。
(写真提供:新潟県十日町地域振興局)

 「空き家プロジェクト」による作品の一つで、梁、柱、廊下、壁、天井など古民家一軒の材質表面をくまなく彫刻刀で彫りあげています。黒くすすけた古材と露わになった本来の木の色が混じり合った模様が家を覆っており、「脱皮」という表現が納得できます。本来の色を内部に保ち続けている木の生命力にも心打たれます。


■「ヤギの家プロジェクト」小林豊(設置場所:松代・松代小学校)

チーズづくりワークショップのひとこま。
(写真提供:新潟県十日町地域振興局)

 松代小学校で飼っていたヤギの小屋を制作するとともに、できるだけ環境に負荷を与えないヤギの飼育を行ったプロジェクト。人が消費していない雑草や野菜クズを餌にし、小屋の敷きわらとフンは田んぼの肥料として利用しました。会期中は05年に行ったワークショップで作ったヤギチーズを小屋に展示していますが、200gのヤギチーズを作るには餌(植物)約10kgが必要だそうです。


■小白倉いけばな美術館(設置場所:川西・小白倉)

宇田川理翁さんの作品。地域に自生する山百合や食用に栽培されている夕顔などが部屋を浮遊しています。真下から寝ころんで見るための籐枕が用意されていました。

 小白倉は、第5回「美しい日本のむら景観コンテスト」で農林水産大臣賞を受賞した集落)【1】。この作品は集落全体を美術館として見せることを目的に、現在も人が住んでいる民家3軒を中心に、21名のいけばな作家が1週間単位でリレー展示を開催しています。
 日本人が古くから築きあげてきたいけばなの文化。その歴史と現代美術との関係や、活けられた植物と自然そのものとの関係など、さまざまなことを考えさせられます。


■「ポチョムキン」カサグランデ&リンターラ/壁にかけられているのは「静寂の層」ウシャ(設置場所:中里・倉俣)

カサグランデ&リンターラは、この場所に捨てられていたパワーショベルの部品を作品の一部に使っています。

 作品が設置されているのは、かつて建設残土などが不法投棄されていた場所。
 「ポチョムキン」の作者はフィンランド人の2人組で、深刻な社会問題をテーマに扱いながら、どこか暖かみのある美しい空間を作り出すことに定評があります。この作品も20世紀的な重工業のイメージを呼び起こすコールテン綱壁を使用しながら、周辺の風景や木に不思議と調和する空間をつくりあげています。
 「静寂の層」はブルガリア人の作家が日本各地の地面や水面を撮影した写真をもとに制作した作品。


■「星の木もれ陽プロジェクト」木村崇人(設置場所:中里・市之越)

鑑賞できるのは土日の夜1時間だけ。
(写真提供:新潟県十日町地域振興局)

 星型の人工太陽を大型クレーンで夜間に森の上に吊るし、星形の木もれ陽をつくる作品。星型に変わった木もれ陽に溢れた森の中を歩くことにより、観客が普段気づいていない地球や自然の神秘を感じてもらうことを意図しています。


■「ソイル・ライブラリープロジェクト」栗田宏一(設置場所:十日町・南鐙坂)

土地ごとに固有性をもっている土の色。
(写真提供:新潟県十日町地域振興局)

 新潟県全域で採取した土750種類を古民家内に展示し、土そのものの美しさを作品にしています。普段、身近にあるのに意識していない土の色の多様さに驚かされます。


空き家プロジェクト
 もとからの過疎化の傾向に加え、妻有地域は新潟中越地震、04年豪雨、06年豪雪の災害被害地となったため、空き家が急速に増加しました。
 この空き家を有効活用しようと、今回注力された取組みが空き家プロジェクトで、約40軒の空き家・廃校をアーティストらが「里山の美術館」として生まれ変わらせています。
 そのままでは廃屋同然になってしまうおそれがある建物を、アートの力で再生利用し、地域活性化に役立つ資産に転換させようとした試みは、環境の観点から見ても興味深い取組みです。
 なお過疎の促進要因の1つとなった異常気象は、温暖化の影響により発生頻度が増加する可能性があることが指摘されています。

人と自然の格闘の証「瀬替え」を作品化した“農舞楽回廊”

 “農舞楽回廊(設置場所:松代・室野)”は地域の人と土地・自然の格闘の証である瀬替えの場所そのものをアートにした作品です。この作品について、作者の磯辺行久さんや作品制作に協力した室野区長の佐藤定行さんにお話を伺うことができましたので、やや詳しく紹介してみたいと思います。
 複雑に蛇行を繰り返す渋海川による洪水被害と山間地特有の耕地不足に悩まされ続けていた流域の農民たち。長い時間をかけて、人力で瀬替えを行うことで、被害の軽減と耕地確保を行ってきました。「大地の芸術祭」開催地区以外も含め、渋海川の流路延長約80km中には、江戸前期から昭和中期までに行われた瀬替え箇所が47か所も確認できるそうです(文献1)。
 山の一部を崩し、川の流れを変える土地改変を人力で行うことは、もちろん大変なことです。当時の農民は困窮の果てに、智恵を絞って瀬替えに取組んできました。
 作品は瀬替えされる前の川の流れに沿って黄色のポールを立て、人と土地・自然の格闘の歴史を示しています。また山に取り囲まれた地形は音響がよいことから、ここを天然の円形劇場に見立て、やぐらを立てました。
 作者の磯辺行久さんは、アーティストでもあり、米・ペンシルベニア大学大学院でエコロジカル・プランニング(環境利用適性評価に基づく地域計画づくり)を学んだ環境問題の専門家でもあります。「渋海川の瀬替えは1つの流域内での数の多さから、全国的に見ても珍しい例。土地利用の地域固有例としてもっと評価・重視すべきではないか」と指摘されます。
 また、室野区長の佐藤定行さんからは、この場所の瀬替えは幕末から明治にかけ、当時地主だった家が中心になり実施されたらしいことを教えていただきました。ただし、資料が残っておらず、情報を知っていそうな関係者も高齢になっていることから、どのように瀬替えを行ったのか、詳しい部分についてはわからないことが多いそうです。
 「地元でもようやく瀬替え地の大切さに気づき出したところです。今回の作品をきっかけに渋海川の瀬替えの研究が進められ、その過程が明らかにされることを期待したいと思います」と話されていました。
 作品がきっかけとなって、この土地と人間の歴史への関心が高まり、その解明が進むことを私も期待したいと思います。

瀬替え
瀬替えは曲がりくねって洪水が起きやすい川の流れを真っ直ぐに変えること。瀬替えが完了すると、もとの川底は水田として利用することができます。
磯辺さんは「これだけの土地改変をするにはコモンズ(自然環境を持続的に管理していくための住民組織)のようなものがあったのではないか」と想像されています。

渋海川の瀬替えについて

コモンズについて

  • 宇沢弘文氏講演「持続的発展と社会的共通資本」(同志社大学社会的共通資本研究センター)

上から見た“農舞楽回廊”。かつて崖に沿って川が流れていたことが示されています。

風はかつての川筋に沿った方向に流れるそうです。ポールは会期終了後に地元で農業用に再使用されます。


芸術祭の記録映像用に磯辺さん(右)が佐藤さんをインタビューしているところ。


取組みの深まりと広がり

 公共事業としての作品が比較的目についた第1回、第2回と比べ、今回の芸術祭では、前述した地域住民の参加意識の高まりとともに、作品に現れた作家の地域・環境への理解のありようが深化、多様化していることを感じました。「妻有アートネックレス事業」の立ち上げから数えて約10年の時間をかけ、ようやくアートそのものが地に足をつけてきたのだともいえそうです。
 また中越地震被害からの復興に向けて行政の財政が厳しい中、企業、財団、海外政府などから多くの助成・協賛が今回、寄せられましたが、これも「里山でのアートイベント」という世界的に見ても珍しい芸術祭の性格と、継続した取組みによる実績が評価された結果でしょう。
 「妻有アートネックレス事業」で当初計画されていた芸術祭の開催は3回まで。第4回の開催については現時点(06年8月22日)では白紙の状態です。1〜3回を通じた作品の質の高さ、取組みの深まり方、広がり方を考えると、ぜひ開催して欲しいところです。会期中にお会いした地元関係者からも次回開催への意欲を示す声を聞きました。
 次回の話は別にしても、妻有地域ではすでに恒久設置されている作品を核として、多様な人びととのパートナーシップにより、日常の中での地域活性化の取組みを継続していくことも可能だろうと思います。
 そのような取組みも期待しつつ、「人間は自然に内包される」という環境観、環境配慮の地域での活かされ方、深まり方を今後も引き続き注目していきたいと思います。


【1】美しい日本のむら景観コンテスト
第5回 美しい日本のむら景観コンテスト 農林水産大臣賞(農林水産省)
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(記事:関智子、写真:新潟県十日町地域振興局、文中に記載がない場合は関智子)

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