一般財団法人環境イノベーション情報機構

EICピックアップ環境を巡る最新の動きや特定のテーマをピックアップし、わかりやすくご紹介します。

No.095

Issued: 2006.05.11

小笠原のエコツーリズム(前編)─持続可能な島づくりへの取り組み─

目次
ホエールウォッチング&ドルフィンスイムのツアーに参加
南島へ
父島 固有種の森へ
母島の取り組み
小笠原エコツーリズム協議会の発足
写真1:南島(小笠原国立公園特別保護地区)の扇池

写真1:南島(小笠原国立公園特別保護地区)の扇池

 日本の代表的な海洋島【1】小笠原諸島。「東洋のガラパゴス」と呼ばれる固有で豊かな自然を持ち、2003年には国内の世界自然遺産登録候補地に選ばれるなど注目を集めています【2】。しかし、固有種の減少や外来生物による生態系破壊が深刻な問題となっています。また地域社会においても生活や経済に関する多くの課題を抱えています。
 そのような中で、島内外の様々な立場の人たちが、自然との共生を理念としたエコツーリズムの推進による持続可能な島づくりに取り組んでいます。東京から1,000km離れた小さな島での取り組みを現場からレポートします。


小笠原諸島(父島・母島)の地図

小笠原諸島(父島・母島)の地図

小笠原諸島(東京都小笠原村)の概要

地勢:
東京から南南東1000km、32の島々(聟島列島・父島列島・母島列島・硫黄島列島他)
面積:
父島24km2・母島20km2
交通:
東京(竹芝)〜父島間航路(25時間半)、父島〜母島間航路(2時間)
自然環境:
亜熱帯海洋性気候、固有動植物種、海洋生物、サンゴ礁など
人口:
父島1927人、母島440人(平成18年3月1日)
主な産業:
観光業、建設業、漁業、農業、など
年間来島者数:
約3万人(うち観光客が約6割)
歴史:
江戸時代後期まで欧米の捕鯨船中継基地
1830年の最初の居住後は開拓の時代
1944年
島民内地引き揚げ、戦後米軍統治下(欧米系島民以外は帰島できず)
1968年
日本返還、戦後の特別措置法による復興開発事業
1972年
小笠原国立公園に指定
1979年
村政確立

ホエールウォッチング&ドルフィンスイムのツアーに参加

 「(時計の)10時の方角でクジラがブロウしています」。ガイドの声で目を向けると、ザトウクジラ【3】が大きく潮を吹き上げました。大歓声を上げて写真を撮る観光客に、ガイドは「自主ルールで100m以内には船の方から近づかないことを取り決めています」とクジラに近づかない理由を説明します。
 小型船に乗ってクジラやイルカに出会い、時には一緒に泳ぎながら観察する小笠原で大人気のツアー。参加した3月はザトウクジラのシーズンです。繁殖のため小笠原に戻ってきたクジラが子クジラを連れて泳いでいます。
 今度は人懐こいミナミハンドウイルカの群れを発見しました。すぐにでも近づいて一緒に泳ぎたそうな観光客に、ガイドは「あの群れには何隻も船がついているから、他の群れを探しに行きましょう」とイルカへの配慮を見せました。

 小笠原村は1988年に返還20周年記念のむらおこし事業として、日本で初めてホエールウォッチングを実施しました。先進地のハワイを視察するとともに、当時小笠原村にザトウクジラ調査に訪れた鯨類学者の意見も参考にして、クジラへの接近方法などを定めた『ホエールウォッチング自主ルール』を導入し、小笠原ホエールウォッチング協会(OWA:1989年設立)が専門機関として調査研究や普及活動を行ってきました。OWA主任研究員で「クジラ博士」の森恭一さんは、「当時は地域全体を巻き込んで盛り上げていこうと様々なメンバーが一緒に取り組んでいました。小笠原村のエコツーリズムの始まりだったと思います」と振り返ります。
 一方、ドルフィンスイムは1990年代半ばから始まりました。最初はルールを設けずにツアーを実施していましたが、「多くの船でイルカを囲むのはかわいそう」という観光客の意見や安全性の問題から、ガイドの中に危機意識が生まれました。2005年に観光協会ガイド部加盟のガイド業者が集まって話し合い、「同じ群れのイルカにアプローチする船は4隻まで」、「水中へのエントリー回数は5回まで」という制限を定めた『ドルフィンスイムのガイドライン』を作りました。ガイド自身が危機感を持って作ったルールだからよく守られています。現在もOWAによるモニタリング調査やガイドの話し合いが重ねられ、「イルカのためになるルール」を作っていこうとしています。
 また、OWAではホエールウォッチングインタープリターの認定事業や勉強会を行っており、多くのガイドや島民が参加しています。森さんは「観光客が、価格だけではなくイルカ・クジラへの配慮やプログラム内容でガイドを選ぶようになって欲しい」と語ります。

写真2:ホエールウォッチング船からザトウクジラを観察する観光客

写真3:陸上鯨観察会で自主ルールを説明するOWAの森さん


南島へ

 続いて、ガイドと一緒に南島に上陸しました。南島は父島の南西1kmに浮かぶ長さ約1.5km、幅400mの小さな無人島です。サンゴ礁の隆起・沈降によってできた沈水カルスト地形で、小笠原諸島を代表する景勝地です。国立公園特別保護地区特定地理等保護林、東京都指定天然記念物に指定されています。
 南島は小笠原村の観光の目玉で、この日も多くの人が入島していました。船を下りる前に外来種の種子を持ち込まないように靴底を洗い流します。芝の間のルートを外さないように注意して歩き、東尾根に登ると絶景が広がります【写真1】。
 「宙を舞う顔の白い鳥はカツオドリです。南島は海鳥の繁殖地としても重要なのです」と東京都自然ガイドが説明します。アオウミガメが産卵に来るという扇池の白浜では白い貝がたくさん落ちています。
 「約1,500年前の半化石のヒロベソカタマイマイです。南島は特別保護地区なので決して持ち帰らないで下さいね」
 ガイドが教えてくれました。

 南島ではノヤギの食圧が原因の土壌流出や観光による過剰利用が問題となり、2000年頃から地元の市民団体や観光協会、村役場や東京都などが保全と活用のための自主ルールづくりに取り組んできました。現在は、2003年4月に始まった東京都版エコツーリズムの自然環境保全促進地域に指定され、東京都自然ガイドの同伴の下で「適正な利用のルール」を守って利用することが決められています。
 具体的には、決められたルートを歩くこと、滞在時間は2時間以内とすること、観光客15人に対して東京都自然ガイドが1人付くこと、1日あたりの最大利用者数は100人とすること、年末年始に3か月間の入島禁止期間を設定すること、などが決められています。東京都では東京都自然ガイドの認定講習を行うほか、2003年からは東京都自然ガイドのうち指導者となる者を対象に「核となるガイド講習」をワークショップ形式で行い、小笠原村全体を動かしていく人材の育成に取り組んでいます。

写真4:南島を歩く観光客。1日に100人までしか入島できない。

写真5:南島で観光客に説明する東京都自然ガイド


父島 固有種の森へ

 「この実はどうして空洞になっているのでしょう」。海岸の近くを歩いていると浜に落ちていた実をガイドが渡してくれました。「実は浮き輪となって種を水に浮かせる働きをします。遠い昔、はるか海を越えて小笠原諸島に流れ着いたのです」【4】
 小笠原諸島の森や歴史を深く知るには、ガイドと一緒に歩くのが一番です。植物の進化の歴史に詳しいガイド、戦跡に強いガイド、説明が上手でわくわくさせてくれるガイド、旧島民で森の奥まで知り尽くしたガイドなど、個性豊かなガイドが様々なストーリーで森を案内してくれます。
 山頂に登り父島を見渡すと、深い色の緑や黄緑色の木がモザイク状に広がっています。
 「これが父島の森林の特徴で、優占種がなく違う種同士が隣り合ってユニットを作っています。乾性低木林といい、葉は硬くて小さく、背が低いのが特徴です」
 テリハハマボウという固有種は一日で花が落ちるので「イチビ」と呼ばれていることや、白い花を咲かせるムニンヒメツバキから採れるハチミツが美味しいこと、昔はオガサワラビロウの葉で屋根を葺いていたことなど、「小笠原は海もよいけど、森もよいですよ」と笑顔で語るガイドの話に引き込まれます。

 陸のツアーには他にも、第二次世界大戦時に小笠原村が要塞化した際の砲台跡や昔の軍道などの戦跡を巡るツアーや、「グリーンペペ」の愛称で親しまれる光るキノコの観察、天然記念物のオガサワラオオコウモリを見るツアー、星空観察などのナイトツアーも行われています。
 2004年には海だけではなく陸のツアーにもルールを作ろうと、観光協会ガイド部のナイトツアーを行う業者が中心となって「オオコウモリの会」を結成しました。現在はオオコウモリ、グリーンペペ、ウミガメを対象とした利用のための自主ルールを定めています。

写真6:ガイドに固有種の進化の歴史を学ぶ

写真6:ガイドに固有種の進化の歴史を学ぶ

写真7:木性シダの生い茂る森

写真7:木性シダの生い茂る森


母島の取り組み

 父島から「ははじま丸」に揺られて2時間で母島に到着します。港のある沖村に集落が集まっていて、父島に比べると行き交う人も少なく、のんびりとした田舎に来たような雰囲気があります。レモンやパッションフルーツ、島トマトなどの栽培や、漁業などの一次産業が盛ん【5】。宿では島で収穫された野菜や魚を味わうことができます【6】
 母島東岸にある石門一帯は森林生態系保護地域に指定されており、ウドノキやシマホルトノキなどの巨木の湿性高木林が広がります。その鬱蒼とした原生林はガイドがいないと迷子になってしまいそうな雰囲気です。
 以前は石門の鍾乳洞探検が人気でしたが、台風による崩壊や遭難事故が起きたことをきっかけに、地元の協議で2001年に入林禁止となりました。しかし、一部のルートはガイド同伴の下での利用を認めることとなり、母島観光協会が中心となって母島森林ガイドを養成してきました。
 2003年には東京都版エコツーリズムの対象地となり、「適正な利用のルール」が運用されています。それに加え、地元の協議会で2003年に『石門の自主ルール』を設定し、携帯トイレの携行や希少種のアカガシラカラスバトの繁殖時期である10〜2月の入山禁止期間の設定、入山レポートの提出などが義務付けられています。
 母島観光協会は、「東京都版エコツーリズムの開始後、有名になった石門に行きたいという観光客が増えてきましたが、崩壊箇所があり、固有種が多いものの展望はないなど、玄人好みの面があります。母島には乳房山や南崎など明るくて展望のよい場所がたくさんあるので、石門にこだわらずに母島のよいところをぜひ見ていってほしいと思います」と語ります。
 また、母島では、ふるさととして母島を誇れる島にしたいと、「母島ふるさと検討会」を立ち上げ、話し合いや島内の清掃など様々な取り組みをしています。
 「自分たちの島を小さな努力を重ねて、大切に美しいまま後世に引き継いでいく。住民が幸せに暮らしていくことが、エコツーリズムに通じるのではないでしょうか」

写真8:石門一帯(母島東岸森林生態系保護地域)

写真8:石門一帯
(母島東岸森林生態系保護地域)

写真9:湿性高木林の中の固有種シマホルトノキ(島名コブノキ)

写真9:湿性高木林の中の固有種シマホルトノキ
(島名コブノキ)


小笠原エコツーリズム協議会の発足

 小笠原では、2002年にエコツーリズム推進委員会を発足し、自主ルールを集めたルールブックの作成やエコツーリズム推進マスタープランの策定に取り組むなど小笠原独自のエコツーリズムを模索してきました。2004年に環境省のエコツーリズム推進モデル地区に指定されたことを受け、それまで経済関連団体中心だった推進委員会に行政・NPO団体・研究者・漁協農協・企業などが加わり、2005年に島内外の関係16団体からなるエコツーリズム協議会を発足しました【7】。小笠原村役場が事務局となり、小笠原のエコツーリズムのあり方を議論し、合意形成を図っています。
 現在、ルールに関しては村内に9つある既存の自主ルールを設置団体だけではなく全村的なルールにするにはどうすべきか、属島や戦跡など新たなツアー対象についてもルールを作る必要があるのではないかなど、検討を行っています。ガイド制度に関しても小笠原村にふさわしいガイド制度の検討やガイド育成について議論しています。また、エコツーリズム事業の実行組織のあり方も話し合っているところです。様々な立場の人々が一同に会してエコツーリズムのあり方を議論できる場がこれまでなかったことからすると、大きな前進と言えます。
 1968年返還後の復興開発事業を経て、公共事業中心の経済構造から自立性の高い産業構造への移行が求められている小笠原村では、今後いかにして自立していくのかが大きな課題となっています。地域の自然・経済・社会全てにおいて持続可能という理念を持つエコツーリズムによる持続可能な島づくりの推進、そのための資本となる自然資源をいかにして保全し、利用していくのかが問われています。後編では自然資源の保全の取り組みをご紹介します。(後編につづく)

写真10:B-しっぷ
(観光協会・商工会・OWAが入る建物)

写真11:おがさわら丸を見送る船。島の暖かさに感動し、再び訪れる観光客も多い。


【1】海洋島
有史以来一度も大陸と地続きになったことがないため固有種の宝庫であり、「進化の実験場」とも呼ばれる半面、生態系は非常に脆弱である。
【2】世界自然遺産候補地
小笠原諸島は、2003年に環境省と林野庁が設置した「世界自然遺産登録候補地に関する検討会」にて、知床・琉球諸島とともに最終候補となったが、自然保護担保措置と外来種対策が課題とされた。
世界自然遺産推薦候補は知床、小笠原諸島、琉球諸島の3地域に
【3】ザトウクジラ
沿岸域で見られるザトウクジラは12〜5月頃、外洋性のマッコウクジラは5〜11月頃がシーズン。その他、ミナミハンドウイルカやハシナガイルカなども観察できる。
【4】浜に落ちていた実
ここで見たのは木から落ちたもので、残念ながら、実際に漂着しているものは見かけませんでした。
【5】小笠原村の産業
農業は兼業農家が多く、近年は台風による被害を避けるためにハウス栽培が盛んである。小笠原村は農地法が適用されておらず、また農業基盤の脆弱性という問題を抱えている。漁業は内地に出荷しているが地理的な不利性がある。林業は行われていない。
【6】島で収穫した野菜や魚
小笠原村では以前は一次産業と観光の結びつきが乏しかったが、近年では地産地消の取り組みが始まり、一次産業と観光の連携が模索されている。
【7】小笠原エコツーリズム協議会の参加団体
小笠原村商工会、小笠原村観光協会、小笠原母島観光協会、小笠原ホエールウォッチング協会、東京島しょ農業協同組合、小笠原島・母島漁業協同組合、小笠原海運株式会社、NPO法人野生生物研究会、NPO法人小笠原自然文化研究所、小笠原自然観察指導員連絡会、NPO法人日本ウミガメ協議会、環境省小笠原自然保護官事務所、国土交通省小笠原総合事務所、東京都小笠原支庁、小笠原村

参考図書

  • 豊田武司(2003)「小笠原植物図譜(増補改訂版)」アボック社
  • 有川美紀子(2003)「小笠原自然観察ガイド」山と渓谷社

*取材に当たり、東京都小笠原支庁土木課、小笠原村産業観光課、小笠原ホエールウォッチング協会、小笠原村観光協会、小笠原母島観光協会、東京都自然ガイドの方々をはじめ、小笠原の多くの皆様に御協力頂いたことを感謝いたします。

(記事・写真:山崎麻里(東京大学大学院農学生命科学研究科 D1))

〜著者プロフィール〜

山崎麻里
東京大学大学院農学生命科学研究科・森林科学専攻博士課程1年。専門は林政学。中央大学研究開発機構準研究員。
エコツーリズムにおける自然資源管理をテーマとして、学部4年次より小笠原にてフィールドワークを行う。山好きだったが、小笠原で海も好 きになった。多くの方にお世話になっているので、早く還元できる研究をしたいと奮闘中。